まずはフィオスの力を借りて
翌日早速ジケは動き出した。
記憶を頼りに歩いてみるも、なんせ長い人生の記憶だから朧げで場所も名前も完全には思い出せなかった。
だから目的の場所を探してふらふらとさまよっている。
ありていに言えば迷子である。
幸いなことに目的の場所は平民街。
貴族街ならすでに叩き出されているところだ。
それでも周りの目はあまり良くはない。
スライムを抱えた貧民街の子供に向けられる視線は優しいものではない。
綺麗めな服の一着でもあればよかったのにジケは持っていなかった。
日々貧乏暮らしだったから仕方ないが久々にそんな視線を向けられて少しだけショックだった。
町中には人と時々魔獣。
意外と魔獣を出している人もいる。
小さい魔獣ならそのまま連れているし、大型の魔獣でも小さくしている人もいた。
ただし全員が全員魔獣を出しているのでもない。
魔獣を出しておく利点として絆が深まりやすいということが挙げられる。
対して魔獣を出しておくと食費などがかかる場合があるという切実な問題もある。
フィオスはそこら辺楽でいい。
予定では午前中には着くと思っていたのに結局たどり着いたのは昼をだいぶ過ぎてしまっていた。
これは改めて見る町中が楽しかったせいもある。
田舎に引っ込んで生活していて町から離れていたことと、色んなことが起こる前の平和な町並みを子どもの視点で見ることに新鮮さを覚えたのだ。
歩き回ってようやくたどり着いたのはヘルファンド清掃商会と看板が掲げられた建物。
建物の見た目は小さな一軒家で商会とはなっているけれどお店っぽさはない。
正直目的がなきゃ来るようなところではない。
だってモノを売る商店的な商会ではないから。
「はい、何か御用でしょうか……」
大きく二回ノックするとドアが開いて中から男性が顔を
当然のことなんだけど男性の顔がジケの記憶よりも若くて驚く。
茶色の髪を後ろに流して固め、ゴツゴツとした四角に近い顔をしている。
表情は険しく見えるがこれは機嫌が悪いわけではなく素の状態でフレンドリーに見えないだけなのである。
「子供がこんなところになんのようだ」
招き入れることすらしない。
明らかに貧民街の住人、しかも子供なら新たな顧客候補にも見えない。
だからといってさっさとドアを閉めないところに表情から窺えない優しさを感じる。
下手をすれば問答無用でドアを閉められると思っていた。
「ここで働かせてほしくてきました」
「……悪いが貧民の子供を雇わなきゃいけないほど困ってもない。帰ってくれ」
「待ってください。せめて話を聞いてください」
「君に何が出来るというのかね? 年はいくつだ、十かそれよりも若いのか? 力があるようにも見えない。そもそも私の仕事が何なのか分かっているのか?」
「確かに力はあんまりないけど仕事内容は分かっていますよ。何が出来るかと言えば……貴族からのクレーム、困ってるでしょ?」
グダグダと説明していては見切りをつけられる。
ジケが一言で、スパッと興味を引く。
ピクリと男がジケの言葉に反応を示す。
怪訝そうな表情のままギッと目を細めジケを見定めるように上から下へ視線が動く。
子供にしてはやたらと自信がある態度。
たいてい子供は男の不機嫌そうな顔を見ると怖がるものだが、目の前の少年はしっかりと目を見据えてきた。
最近の悩みの種を一発で言い当てられて男は困惑した。
酒の席で誰かに漏らしたこともない一部の人しか知らない悩みだった。
内容を知っている人は信頼を置いているので話を漏らすはずもない。
漏れても問題はないと言える内容だが誰かに喜んで話す内容の話じゃない。
仮に知ったからといって貴族からのクレームに頭を悩ませているから何なのだという話だ。
今のところ競合相手もいない事業で、やってやろうという野心がある誰かが子供を使って探らせていることも考えられなくはない。
ただ目をつけても新しくやりたいと思う人はまずいない。
目的や経緯が分からない。
そう思う男にとって目の前の少年が貧民の子に見えるのも問題である。
慈善事業や明確な目的もなく安く済む貧民街の子供まで使い始めたら商人として終わりだ。
なんて噂されるか分かったものでない。
今はしっかり事業を軌道に乗せたいのであまり噂を立てたくない。
しかし商人としての勘が目の前の少年の話を聞けと言っている。
ダメならさっさと追い出してしまえばいいと思った。
長々と入り口先で会話していると周りに見られてしまう。
男はジケを迎え入れることにした。
中は事務所というより家のリビングのようだった。
それもそのはずでこのお店は空いていた一軒家を買い取って事務所にしたものであった。
ジケを部屋にある応接部分に座らせると男は程なくして温かい紅茶を持ってきた。
たとえ貧民の子供でも招き入れた以上お客様なので相応の対応を心がける。
ジケは紅茶を軽く一口飲んで口を湿らせる。
歩き回って疲れているからやけに紅茶が美味しく感じられる。
「それじゃあ仕事の話しましょうか。まずは自己紹介からで、俺はジケです。見ての通り貧民街出身で年は自分でもよく分かりません。それでこいつは俺の魔獣のフィオスです」
ちらりとテーブルに置かれたフィオスを見る。
貧民の子供が魔獣を連れていることに疑問を持ったが、そういえば少し前に貧民やお金のない平民のために国で魔獣契約をさせることを行うと話に聞いたことを思い出した。
だから貧民に見えても魔獣を連れていても不思議じゃない。
「私はオランゼ・ヘルファンドだ。年や出自などどうでもいい。私が知りたいのはなぜ貴族に困っていることを知っているか、その情報でどうしたいかだ」
「それでいいんですか」
「なに?」
「重要なのはなんでそんな事を知っているかじゃなくて俺が本当に解決出来るかじゃないですか?」
子供らしからぬ態度。
まるで人生経験豊かな老人でも相手にしているときの空気感。
堂々としていて余裕を感じさせる。
フィオスはこっそりとジケがテーブルに置いたお茶に覆いかぶさって飲んでいる。
「まず一部だけ。一番クレームの多い区域を俺に任せてください。俺一人で処理してみせましょう」
「君が一人で? 一番うるさい区画は今五人も割り当てて朝早くから素早くやらせてるのにそれでも苦情を申し立ててくるんだぞ」
ヘルファンド商会は正確にはヘルファンド清掃商会。
やっている仕事は名前の通り清掃である。
詳しくは家庭から出るゴミの収集から焼却までを行う専門の業者。
基本的にゴミは個人が契約して持っていってもらうか都市に数カ所あるゴミを集める場所まで持っていかなければならない。
そこに目をつけたのがオランゼでゴミを集める事業を起こした。
大規模なゴミ捨て場は郊外にあって遠い上にゴミがたまっていて臭いがキツイので捨てに行きたがらない人も多い。
もっと町中に小規模なゴミ捨て場を設置して、そこからゴミを集めて、集めたゴミを魔法で燃やすのが彼らの仕事だった。
最初はもっと小さく平民街の一部でやっていたものを少しずつ拡大して今では貴族街にも事業は及んでいた。
おおむね事業は好評でゆくゆくは都市全体へと広めるつもりだが現在の障害は貴族街の人々であった。
貴族街でも事業をありがたがる人も多いが中には集積所の都合や細かいことにうるさい貴族もいる。
作業が遅いとか汚い臭いなどと毎回のように苦情を付けてくるが貴族相手に下手な態度もとれない。
人を増やして出来る限り苦情が出ないようにしていても目ざとくいろいろ見つけてくる。
調べたところ作業やゴミ置き場に不満があるのではなく苦情を原因としてサービスの値下げをさせたい、それをオランゼ側から言わせたい思惑が透けて見えてきていた。
別にサービスだって高額なものではない。
むしろ苦情をつけられるせいで対策を講じねばならずに費用がかさんでいるまであった。
苦情に負けて値下げをすれば
「どうせなんか言われるなら任せてみませんか」
よほど自信があるように見えてオランゼはジケを測りかねていた。
測るも何も何の情報もジケから出ていないから分からなくて当然である。
何をしても苦情が出てくる。
ジケはそれならば一度ぐらい自身に任せてみてはどうだと提案する。
「ただし」
「ただし?」
「上手くいったら三人分の給料を貰いたいです」
「何をバカな」
オランゼが鼻で笑う。
作業は単純で雇われているのは平民のみで給料も決して高いとは言えない。
それでも三人分の給料が欲しいとはふっかけすぎにも程がある。
「現状五人で回しているところを一人で、しかもクレームもないなら十分利益はあるじゃないですか。元々いた五人は事業の拡大に回せばいいですし」
「……」
オランゼが右手の手のひらの真ん中を左手の親指で強く押す。
考え込むときのオランゼの癖である。
提案は分かった。
確かに一人で仕事をこなせるなら、それも苦情が出ないなら五人分の働きよりも優秀なことになる。
三人分の給与を要求する権利もなくはない。
ただ肝心な部分は何も聞いていない。
「どうやってやるつもりだ?」
「それはまだ秘密です」
予想していた質問。
用意していた答え。
言うつもりなら最初からどうやるのか説明した方が早いし、確実なのに言わないのだから言うつもりがないのだとオランゼも予想していた。
何をしているか知った上で考えもなくこんな小さいところに来る必要はない。
嘘をついても実際やらせてみればすぐに分かるし、騙すにしてもオランゼから取れるものは少ない。
貴族街に入る理由としてもただほとんど通行出来るだけで利用しようもない。
何も分からないなりに考える。
オランゼを騙して何か利益を引っ張れるか、己を客観視してみるも悲しいほど利益がない。
料金の引き下げを狙う貴族がいるにはいるが貧民の子を雇って問題を起こさせようなんて、貴族がそこまでやらないと信じたい。
それに入り込むだけなら三人分の給料を要求するなんて相手が渋る条件は提示しない。
「……明日収集日だ。いきなりだが出来るか?」
「もちろんです」
「給料は普段は月払いだけど今回は明日一日限りで雇って成果を見て決める」
オランゼが立ち上がり丸められた紙を持ってくる。
テーブルに広げるとそれは都市の地図であった。
都市の西側の平民街の商会があるところをだいたい中心に西部平民街の三割程度と平民街に接する貴族街の一部が赤い線で囲ってある。
「ここが一番苦情の多いところだ。この区画をやってもらおう」
オランゼが指したところはまさしく平民街と貴族街の境目であった。
良くない言い方をしてしまえばギリギリ貴族が居を構える地域。
ただ爵位だけを持っていて、ごくごく狭い領地持ちなんかは、自分が貴族であるというところにのみ高い誇りを持っていて性格が悪い人も少なくない。
平民とは違うんだなどというプライドがタチの悪い態度を誘発している。
純貴族ではなく少し過去を辿れば平民上がりであることがわかる連中ばかりだろう。
もっとありていに言ってしまうとちっぽけな貴族のプライドだけしか持たない厄介者である。
そうした人からの苦情が多かった。
「これがこの区画の拡大図だ。地図もタダじゃないんだ、無くすなよ」
もう一つの紙のロール。
開いてみるとオランゼが指差した区画の拡大図でゴミ集積所と特にうるさい家が書き込んである。
書いてあるのは苦情の内容やタイミング、回数などとその対策で丁寧な対応を心がけていることが窺える。
「やり方は分かるか? ゴミを馬に引かせた荷車に運んで……」
「馬も荷車も俺には必要ありません」
自信満々に答えるジケはニヤリと笑った。
オランゼはここまででジケがこの商会が清掃の仕事をしていることは知っていそうであることは分かっている。
しかし貧民街までは利益にならないので現状清掃の仕事は貧民街ではやっていない。
仕事の内容が清掃であることは知っていても詳細に何をどうする作業かまでは知らないと考えていた。
しかしジケは全てを知っているようであり、かつその上で必要なものまでいらないというのである。
「……ふん、まあいい。時間もやり方も君に任せる。ただあまり遅いとそれはそれで苦情が出るから気をつけろよ」
「ふふっ、期待していてください」
「もしできなければどうなるか覚悟しておけよ」
交渉は成立した。
一度きりのチャンスだが一度あれば十分だとジケは思った。
オランゼは任せてはみたが酷い苦情がくることは覚悟していた。
どうせもう講じ得る手段がないから無視しようと思っていた区域だ。失敗したら手を切ったっていいかもしれないと今後を考える。
「分かってますよ。じゃあ成功のためにあともう一つお願いいいですか?」
「なんだ?」
「用意してほしいものが……」
ジケが最後にちょっとしたお願いをしている間にフィオスはちゃっかりとお茶を飲み干していた。
◇
「ふんふふーん」
次の日ジケは朝早くにオランゼの元を訪れてから指定された貴族街の区画に向かっていた。
薄暗い朝の町はまだ人通りも少ない。
朝の空気はひんやりとしていて心地よい。
その上ジケはいつものボロ服の上から大きめの濃紺のクロークを羽織っている。
いつもは迷惑そうな顔をされるのに、服一枚で今日ばかりは貧民だと気づく人もいない。
昨日お願いしていたのがこのクロークだ。
仕事を完璧にこなしても貧民の子が貴族街をウロウロしていれば平民街より嫌な顔をされる。
貴族の子に見えなくても追い出されはしない程度に見える必要はある。
見られただけでクレームが飛んできそうなら対策はしておかなきゃいけない。
急遽用意してもらったので少々サイズは大きいが中にフィオスを抱えられる余裕があってむしろ好ましい。
平民街を抜けて貴族街。
うるさいとされている家の近くにある集積所から向かう。
そうして着いたとある空き地の前でジケは立ち止まった。
今は高い木の壁で囲ったゴミを置いていく集積所になっている。
詳細まではジケに知りようもないけれど家を手放す時は
空き地のままということは恐らく事業に失敗したとか馬鹿な息子が馬鹿をしたとか、どうしたにせよ
仮にこの土地が再び売り地になってもゴミ集積所になってしまったからこの先も買う人はいない土地になってしまった。
それにしても、周辺や特に土地の両側から反発は酷かったろうによく集積所に出来たものだとジケは感心した。
家の隣にゴミを置きますなんて平民でも嫌がるだろうに。
ゴミ捨てに関して料金が安いとか特典があるのかもしれない。
あるいは単なる曰く付きの空き地よりもゴミ捨て場を受け入れることで心が広いアピールもできて周りの住人にも恩を売れると吹き込んだかもしれない。
プライドで生きている貴族相手にならあり得る話だと。
積まれたゴミの山はゴミを入れる袋に麻でできた大きな袋を使っているので見た目は茶色い。
この量を素早く運ぶのが大変なのは想像にかたくない。
貴族から出るゴミは平民よりも多い。
これは平民がギリギリまでものを捨てないのに対して貴族はそうでないからである。
食べ物が良い例だ。
腐りかけでも食べられるなら食べてしまう平民と違い、貴族は早い段階でも捨ててしまう。
服も破けたりすれば手直しせずに捨ててしまう貴族もいる。
もったいないと思わざるを得ないが価値観の違いがある以上ジケは批判するつもりはなかった。
ジケだって余裕があれば腐りかけよりも新しいものの方がいい。
「よし、頼んだぞ」
ジケは抱えていたフィオスを集積所に放す。
ポヨポヨとフィオスは跳ねてゴミに近づき、一袋に覆い被さって身体の中に取り込んだ。
ジンワリと麻袋が溶けて中身が見える。食べ物の残りや野菜のクズが出てきたと思えばそれらもすぐに溶けていく。
思っていたよりも時間がかかる。
大口を叩いたのにこれでは作業を見られてクレームがつくかもしれない。
少し心配がジケの胸をよぎるが、やるにつれてフィオスも作業に慣れてきて効率が上がってきた。
段々とゴミを溶かす速度も上がり、数も複数個まとめて溶かせるようになっていった。
貴族街のゴミはまだ大丈夫な食べ物も多く質が良い。
雑食性で何でも食べることができるスライムにも食べ物の良い悪いや好みのようなものがある、はず。
ガラクタのようなものでも消化吸収はできるがフィオスは人でも食べられる物、特に人と同じようにおいしいものを好む。
貴族のゴミには料理の残りなんかもあるのでゴミの中ではフィオス好みのゴミと言える。
フィオスが全てのゴミを溶かした頃には体積が増えて大きくなっていた。
野生の魔物の状態ではなかなか見ることもない状態だがスライムは食べた物を完全に吸収するまでは身体の体積が増える。