計画設計
「若いっていいな〜」
結局そのまま机に突っ伏して寝てしまった。
これが年寄りの時なら非常に危険だった。
腰が固まり体を伸ばすのにとても苦労するところが若い体は
目を覚ましたジケは軽く体を伸ばしがてら体操する。
心なしかフィオスも上に伸びたり横に伸びたりとジケのマネをしているように見えた。
エニとラウは家にいない。
お国で兵士として働くことが決まったのでこの家を出ていくことになる。
名前も知らないような人も多い貧民街であるけれど当然知り合いだっている。
子供であるので大人にお世話になることも多く、そうした人たちに挨拶回りに二人して朝からどこかに行ってしまった。
どこにも行かないジケには必要のない行為だ。
ちょっとした疎外感がないこともないが、一人の時間ができてちょうどよかった。
ジケはたっぷりと寝てすっきりとした頭で改めて今後について細かく考えてみる。
無計画に動くことはできない。
計画や指針となるべきものを今のうちに考えておく必要がある。
そもそも今自分に起きていることが何なのか。
夢だとしてもやたらとリアルで人一人の人生を全て見るなど馬鹿馬鹿しい話はあり得ない。
ただ若返って時間が戻ったなんてことも大概馬鹿馬鹿しい話である。
もしかしたら夢なのはこの若返っている方なのかもしれない。
「まあ、どっちでもいいんだけどさ」
プニプニとフィオスをつつく。
この感触が夢だとしたらかつて類を見ないほどリアルな夢である。
「やり直すチャンスなのかな? どう思う、フィオス?」
こんなこと話せる相手もいないのでフィオスに話しかける。
何も答えないが何も答えずに聞いてくれるだけでいいのだ。
夢にしても夢じゃないにしてもこの人生は続く。
ならば夢だからと
「夢でもいい。たとえ夢でもやり直せるなら……今度は。……今度は?」
前の人生を生きている時には色々考えた。
ああしたい、こうしたいといっぱいあったけれど、どの考えもその場限りのものであった。
どうしたいか考えてみて、恐ろしく自分が空っぽなことに気がついた。
日々を必死に生きてきた。
お腹いっぱい食べたいとか、一日中寝ていたいとか、やりたいことを考えることはあったが、人生をこうしたいとかは、夢を描けるほどの余裕もなくて考えたことがなかった。
余裕ができた時にはジケはすでに年寄りだった。
その後の人生に希望を持つこともなくて穏やかであればよかったのである。
口に出てくるほどの強い願いがなかった。
「何がしたいか……」
例えば強くなりたい。
年を取るまでにケンカをしたことだって何回もあるけれど勝ったことなんて子供の頃の数回ぐらいのもので、大人になってからは簡単にボコボコにされた。
魔力がないからと諦めて体を鍛えることもしなかった。
魔力がなくたって体や腕っ節は鍛えられるし、出来ることもあるのだと中年になってから気付かされた。
子供っぽい目標かもしれないが生きていく上で武術の心得はあって腐ることはなかったと感じた。
戦うことなく人生を過ごしていたがそれは戦いと無縁だったのではなく戦えなかったから逃げていただけだ。
戦わなくて済むならその方がいいけれど魔物や人がいつ敵になるか予想もつかない。
次に思いついたのは金だ。
やっぱり金。なんといっても金。
もし大金持ちになれたならと誰もが一度は夢を見る。
お金があるなら個人の武力がなくともなんとか出来ることだって多い。
誰かが言っていた。
この世の中には金で買えないものも多い。
だが金があればそれを守ることが出来ることだって多いのだと。
一生貧乏暮らしだったので贅沢まで望まないが生活に困らないぐらいの蓄えがあって平民ぐらいの暮らしができればいい。
得られるなら一生遊んで暮らせるお金が欲しいけど。
大きな夢を描いた次はもっと細かな夢が浮かんでくる。
あれを食べてみたいとかこれをしてみたいとか、アイツのことぶっ飛ばしたいとか。
雑多な考えが浮かんでは消えていく。
そうして別に叶える必要のない夢とか、よくよく考えてみればくだらない願いとかいらないものが消えていく。
最悪お金がなくても、力なんかなくてもなどと大きな欲望すらも消えていく。
そして最後の最後に消えずに残った思いが一つだけあった。
「……お前と二人で飲んだお茶は美味かったな」
いや、不味かった。
素人が適当に採ってきた草を乾燥させて作った苦いお茶などそんなに美味いものでもない。
でも古ぼけた家の中で菓子もなくただフィオスと飲んだお茶のことが最後の最後に思い出された。
どうしてそれが頭に浮かんだのか分からない。
夢を考えるうちに人生を思い出し始めて、思い出せる限りの道のりを頭の中で辿っていた。
年を取ってからというものフィオスとお茶を飲むのが習慣になっていた。
フィオスが聞き役になってくれるだけでなく共にお茶を飲んでくれる平和でなんてことない時間は一日の楽しみだった。
お金とか力とかが欲しいと思っていたのに残ったのはフィオスへの想い。
最後まで気づいてやることができなかった人生のパートナーと今度こそ一緒に生きていきたいという夢だった。
「そうだな……また一緒にお茶でも飲めるといいな」
ボーッと考え事に
逆にフィオスにつつかれているみたいでジケは笑顔になる。
「穏やかな人生、平和な生活……それにお前が一緒にいるのが一番だな」
考えうる限りのことを考えて後に残ったのはいつもと変わらない日常だった。
叶えたい望みは多くある。
全てを叶えることは無理かもしれない。
思い返すと辛い人生だったけれど最後の平穏は悪くなかった。
「そのおかげでお前とも絆を深められたのだしな」
ジケはフィオスを膝の上に乗せた。
フィオスと一緒にいる、なんてことはない日常をまた送ることが全ての欲望を取っ払ったジケの心の底に残っていた。
「うん……少しワガママになってみよう」
でも強さもお金も手に入れるために努力してみる。
セコセコと働かなくてもよかったり、少し力を持った他者に脅かされないようなぐらいのものは平穏のために必要だ。
機会を得た分の努力をして、やり直してみて少しでも前の人生よりも良い人生にしてみようと思う。
そして最後は穏やかに暮らす。
またフィオスとお茶でも飲んでフィオスを撫でて一日を過ごすのだ。
良い家で良いお茶になってさらに奥さんとか子供とかいればベストだけどそこにフィオスは必要だ。
「我ながら素晴らしい目標だな」
あまりに欲を出しては破滅するので手を出せるところは出してフィオスとの老後人生に華を添えるつもりで頑張ろう。
「何もしない平穏な生活のためにはまずは力と金だな」
力や金は浅ましき欲望だが誰もが望むもの。
生きていくためには必要なものなので望んだって恥ずかしくない。
浮かんでは消えていった夢の中に金を払えば叶えられるものもたくさんある。
力を得るのはちょっと難しいがお金なら稼げる目処がある。
ただし知っている知識を使って稼ぐにもその元手となるお金が必要になる。
当面の生活を豊かにするためにもお金を稼ぐ手段が必要である。
これについて、ジケはお金を稼ぐ手段にはもう当たりを付けていた。
確実ではないが上手くいけば子供だけど収入を得られるようになる。
ここはフィオスの力を借りて、少しジケが上手くやれば大丈夫なはずだ。
ついでより先のこともジケは考えた。
この先の時代は変革の時代を迎えるとジケは思っている。
一番は魔獣に対する考え方の変化が起こる。
新たな技術が生まれて人の生活が豊かになる。
そしてそこに莫大な利益も生まれた。
技術の中には戦争が理由で生み出されたものもかなりの数存在している。
中にはあくどい商人もいたし、そうしたところからなら技術を先に持ってきて利益にしてしまっても良いのではないかとジケは考えていた。
「か、紙とペンが欲しい……」
考えを頭の中だけでまとめるのはなかなか難しい。
書き出してまとめたいが、文字の読み書きもできない貧民の子供が紙やペンなど持っているはずがない。
「なんか代わりにないかな」
一旦思考を中断してジケは周りを見るが、ここは基本的に何もない家だ。
「うーん……あっ、あれなんかどうかな」
ジケは
長年手入れもされていなくて
中から
「フィオス、手の煤だけキレイに出来るか?」
手が真っ黒になってしまったのでフィオスを呼んでスッと手を差し出す。
するとフィオスがジケの手を包み込んで煤だけを溶かしていく。
あっという間に手がキレイになった。
やってくれるかちょっとドキドキしたけど上手くジケの意図を汲み取ってくれた。
「なんか書くもの……あれでいいか」
ジケは自分の部屋に行く。
魔獣との契約を行う前の日にベッドが壊れた。
夜中にいきなり板が抜けて背中を打ち付けることになったために朝も遅くまで寝ていてラウに叩き起こされることになった。
最後のベッドだったのにと思いながら部屋に行くとまだ隅の方に木片と化したベッドが避けてある。
適当な板を手に取って床に置くとそれに炭で文字を書く。
不恰好だけどとりあえず考えをまとめるために書くだけだからキレイでなくてもいいだろう。
ジケは色々と生まれた技術を思い出せる限り書いてみる。
そしてその中からジケが知っていて再現出来そうなものだけ残して、それ以外は塗りつぶして消す。
記憶力フル回転。
サラッと思い出せるものもあれば、思い出せそうで思い出せないものもある。
思い出した技術でもその仕組みを知らないものもあるし聞いたことがあるものもあって頭から煙が上がりそう。
「助けてフィオス!」
疲れたジケは床に体を投げ出すとフィオスを額に乗せる。
ちょっとヒンヤリとしているフィオスがフル回転させた頭に気持ちいい。
「あぁ〜」
ある程度冷えたら今度はフィオスを頭の下に置く。
ぷにゅりとしたフィオスが頭を柔らかく受け止めてくれる。
フィオスを頭に敷くと気持ちいいのだけど枕には向かない。
なぜなら揺れるから。
プルプルと震えて微振動しているので寝ようと思うと気になってしまう。
でもなんだかんだ寝ちゃうこともあったしフィオスが察してくれたのかいつの間にか振動が収まって寝ていたことも結構あった気がしないでもない。
ジケは昔は理由が分からなかったが、ようやく分かった。
嬉しかったのだ。
フィオスの嬉しいという感情が感じられる。
今回の人生では最初からフィオスを受け入れられているせいか死ぬ間際に感じられたようにフィオスの感情が分かる。
何というかフィオスはジケに触れられているだけでも嬉しいのだ。
「可愛い奴だな」
枕にしようとして何で揺れるんだ! なんて怒ったこともあったけれどこんな素敵な理由があったとはおどろきである。
「よっと!」
足で勢いをつけて上半身を起き上がらせる。
年を取ると寝るのも一苦労だったが若いとそのまま寝れてしまいそう。
ここで寝ちゃうとせっかく一人でいられる時間が無駄になるので考えを再開する。
「これとこれと……これかな」
目ぼしい技術に丸をつける。
戦争の時に研究されて生み出された技術で、のちに民間の商会に売られてヒットした技術。
アイディアを先取りしてもそんなに心も痛まない。
「しかも使えそうだな」
応用法についても少し考えてみたら今やろうとしているお金稼ぎにも使えそうだなと気がついた。
「とりあえずこの三つで他のやつは……クソ商会だったところのやつは奪ったるかな?」
基本的に知らないことの方が多いのだけど評判悪い商会だと悪評と共に情報が
悪い商会でどんな扱いを受けるかはジケも知っている。
事前に悪い商会が生まれることを防げるならそれもアリかもしれない。
「あとは強くなる方法か……」
ジケはフィオスを見る。
「お前のせいじゃないけどな」
どうしても強さにおいて魔力は必要な要素である。
おそらく現在のところ過去最高にフィオスとの絆は深まっているけれどフィオスからもらえる魔力は微々たるもの。
魔力がなくてもそれなりに強くなれるが貧民の魔力のない子供に武芸を教えてくれる奇特な人なんていない。
「そういえばあの爺さん昔からここらにいるって言ってたな……探してみようかな?」
強くなる方法にも思い当たることがあった。
お金を稼ぐ方法にしても強くなる方法にしても確実じゃないけど試さないよりはマシだろう。
一通り考えるべきことは考えた。
考えるのも疲れるし、とジケは外に出ることにした。
フィオスを抱えて道を歩く。
色々考えてみて分かったのは意外と思い出せないし、意外と思い出せるということである。
すんなりと思い出せることもあるのだけど何となく聞いた覚えがあってもその細かな中身まで思い出せないものも多かった。
そして意外と貧民街についても思い出せないことも分かった。
年を取ってからはここを離れていたし時代によって貧民街も変化があった。
迷子になっても不自然だし歩き回って貧民街の記憶を呼び起こしておこうと思った。
「よう、ジケじゃねえか。話は聞いたぞ」
「どうも、おじさん」
「思ったより元気そうじゃないか」
歩いていると声をかけられた。
なんてことはないように答えたジケだけど相手のおじさんのことは思い出せない。
「それがお前の魔獣か。……まあ俺もこんななりしてるが魔獣が小鳥でな」
ジケが住んでいるところの近くではジケの魔獣がスライムであることは広まっていた。
ショックを受けて自暴自棄になってないか心配してくれている大人も多かった。
「昔は荒れたもんさ。デカい体して小鳥だもんな。だがまあ生きること諦めんじゃねえぞ」
「ありがとう、おじさん。頑張るよ」
エニやラウが良い魔獣を得て、貧民街を出ることも伝わっていた。
余計にジケのことを気にかけていたが思っていたよりも平気そうだとおじさんは感じていた。
隠したくなるようなスライムも出して堂々と歩いている。
「俺はまだ……小鳥が恥ずかしいのだが若いって素晴らしいな」
ジケの抱えているフィオスを見ておじさんが目を細める。
自分は小鳥を隠して過ごしてきたのにフィオスを出しているジケに
「ほら……これ持ってけ。元気付けてやろうと思ったがいらなかったかもな」
「貰えるものは貰います。ありがとう!」
「はははっ、その調子だ。じゃあ新しい門出の祝いだと思ってくれ」
おじさんはジケに袋を渡した。中にはいくらか食料が入っている。
こんな感じで道を確認がてらに歩いていると色々と声をかけられた。
どの人もジケを心配してくれているようで意外にもその温かさに驚いた。
おじさんと同じく食べ物を分けてくれたりしてジケを元気付けようとしてくれた。
「顔に傷がある男?」
「うん。貧民街にいないかなって」
ついでに人も探すことにした。
戦うための技術を教えてくれる人の心当たりがあるが、出会ったのは過去ではだいぶ先のこと。
過去に聞いた話では出会う前から貧民街に滞在していたというが、いつからいたのかまでは分からなかった。
だから探してみて、いなければ別の手段を考える必要があると思っていた。
さらりと聞けば相手も特に不思議に思わず答えてくれる。
「あー、そういえば家無しの方にそんな奴がいるって聞いた気がするな。少し前ぐらいからテントの前で
「へぇ、ありがとう」
聞き回っているとそれらしい情報も得られた。
なんとなく貧民街の作りも思い出してきた。
「おーい!」
「ジケー!」
「おっ、ラウ、エニ!」
歩いていると今度はラウとエニに会った。
挨拶回りをしていたのでどこかしらで会うこともあるとは思っていた。
「何してたんだよ?」
「何って……お前らだって」
ジケは今フィオスを頭に乗せて両手にたくさんの荷物を抱えていた。
フィオスを抱える余裕も無くなったのでしょうがなく頭に乗ってもらったのである。
色んな人が元気出せとか色々なものをくれたので、いつの間にか荷物がパンパンになってしまっていた。
対してラウやエニも両手に荷物を抱えている。
「良い魔獣と契約して働くことになったって言ったらみんな色んなもんくれたんだよ」
なんだかんだ貧民街でも愛されていた三人。
貧民街の子供にしては
生きるためでもあるけど色んな人の手伝いもする。
過去ではスライムが魔獣なのが嫌で荒れてしまったのでこんな愛を感じなかったけどこんなに周りの人に助けられていたのだと今は感動している。
「とりあえず一旦家帰るか」
「こんな荷物だらけじゃ何もできないもんな」
荷物も意外と重い。
三人は一度家に帰ることにした。
貰った食料はやっすいパンとか干し肉とかだったけどみんなの想いは嬉しい。
「お前らともお別れかぁ」
傷むのが早そうなものを選んで食べる。
「そんな言い方しなくてもいいじゃない」
エニが少しむくれる。
完全な別れではないがどうしたって働きに出れば休みの回数は少ない。
その中で帰る回数はさらに少なくなるわけだから中々会えなくなる。
「なんだ、寂しいか?」
「寂しくなるよな……」
「……素直だな」
ラウはからかうように言ったけどジケは本当に寂しげに笑った。
「俺は……二人のことが好きだぞ」
「な、なによ、いきなり?」
「一緒にいてくれて、一緒に笑って、一緒に大変な時を乗り越えて、本当に感謝してる」
言えなくなる前に言っておこう。
ジケはふとそんな気分になった。
「置いてかれる寂しさはあるけどさ、二人のことは応援してるから」
「なんだよ……そんな風に言われたらカンドーしちまうだろ」
照れ臭そうに頭を掻くラウ。
「わ、私もジケのことをす……すき、まあ応援してるから!」
エニも顔を真っ赤にしている。
「どこに行っても友達だ。二人のことは絶対に忘れない」
過去には成し得なかった決意を口にする。
「今日は何だか変だな」
そうは言いつつも悪い気分ではなくてラウは笑った。
「俺はフィオスと一緒に頑張るからさ、養ってくれよ?」
「結局それかよ!」
「料理はジケが作ってね?」
「それでいいのかよ?」
「料理は任せとけ」
貧民街は辛くて暗くて厳しい場所だと思っていた。
だけど改めてまた貧民街に身を置いてみるとジケのことを心配してくれる人がいて友達もいる。
貧民街は楽しくて明るくて優しい場所であることを思い出した。
ただ少し前を向いただけなのに世界はこうも違うのかとジケはフィオスにパンをあげながら感心していた。