翌朝──すいみん不足で軽い頭痛を覚えながら朝食をり終えると、すぐにジャージにえてクラス全員でバスに乗り込んだ。

 本日は朝から一日かりで、山中オリエンテーリングが行われる。

 ホテルから一時間ほどバスにられて、うつそうと木々のしげる、おおよそ文明と呼べるものが周囲百メートル以内に見当たらない原生林に僕らはとつぜん降ろされた。

 もう少し文化的なオリエンテーリングを予想していた僕ら都会キッズたちは大層まどう。

 空はけるような快晴。絶好のオリエンテーリング日和びよりではあるのだが、僕らの心はまったく晴れない。

 僕らを降ろして平然と走り去るバスを見送ってから、教室と同じようにいも色のジャージを着て竹刀しないを手にした担任のむらさめは、たんたんと説明する。

「おーし、ねこどもよく聞け。これから班ごとに地図を見てゴールまで進んでもらう。高低差はこうりよせず、直線きよにして約十キロ。元気が有り余っているおまえらの足なら休みながらでも六時間あれば全員ゴールできる道のりだろう」

 この教師、僕らをしゆげん者か何かだとかんちがいしてるんじゃないか……?

 自分で言うのも何だが、僕らはまんせい的な運動不足と名高い都会の進学校のもやしっ子なのだ。十キロといえば平地でも二、三時間はかる道のり。それをこの山道で行おうとしているのだから正気のではない。というか、六時間ゴールとか本当に可能なのか……。

ちゆうのチェックポイントには、クイズが用意されているので各班で協力して解くように。成績上位班にはごう賞品もあるのでがんれ」

 まったく期待できねえ……。どうせ手作りのしょうもない賞状とかもらえるだけだろ……。

「ちなみに賞品は、学食の無料チケット半年分だ」

 わりとガチのヤツだった。え、それ実際の価値は四、五万相当なのでは……?

 現金なもので、クラスメイトたちはぜんやる気を見せ始めた。

ろうさんろうさん! もしもらえたら、私の分はろうさんにあげますね! 私、お弁当ですから!」

「あ、うん、ありがとう」

 本音を言うとあまかぜの弁当のほうが百倍くらいごうしいので、それほどうれしくもなかったけど一応礼を言っておく。

 クラスメイトたちの士気が上がったところで、各班五分かんかくでスタートとなった。

 待ち時間の間、地図を広げながら僕らは作戦会議を開始する。

「ボーイスカウト時代にオリエンテーリングは何度かやったことあるので安心してくだされ」

 オタクにあるまじき積極性とリーダーシップを発揮して、あかを中心にして話は進む。

「地図を見た感じ、初心者コースという感じですな。いささか行程が長いのがかりですが……休みながら落ち着いて進めば、をすることもなくゴールできましょう」

「荷物も結構あるし、ペース配分が重要だね」がしつぶやく。

「そうですな。ただし山の天気は変わりやすいので、基本的には巻きで動いたほうがけんめいですぞ。なるべく急ぎつつ適度に休んで、と言うのは容易ですが、実際にはこれがなかなかに難しいものです。しかし、今回は自分が責任を持ってみなをゴールまで導くのでご安心くだされ」

「すごいですね……あかさん、メチャクチャたよりになります……!」あまかぜは尊敬のまなしをあかに向けた。

 あまかぜすまない……僕がマジでクソの役にも立たなくてすまない……!

ろうさんはそのままでいんですよ。私のとなりにいてくださるだけで、元気百倍です」

「心を読んだ上に悲しいフォローやめてくれ……!」

 よりみじめになるじゃないか……!

 ちょうどそこで僕らの班の順番になったので、僕らは歩き出す。

 なかなか大変な行程になりそうではあるが……僕にとってはハッキリ言って消化試合みたいなものだ。ならそれよりも、今日の夜に行われる予定のキャンプファイヤのほうがよほど重要だからだ。

 によると、あかのうはキャンプファイヤでおどったらしい。おそらくそれは、歴史的な事実なのだろう。

 だが、それと同時に僕のみぎには相変わらず世界ほうかいのフラグが示されている。ということは、二人がキャンプファイヤをおどらないという可能性もまだ十分に残されていることになる。そしてその結果に導き出される未来は──タイムパラドクスによる世界のほうかいだ。

 それを防ぐために昨日一日がんってはみたが……正直、成果らしい成果というものは得られていない。一応、二人が元々は幼なじみだったという貴重な情報は入手できたが、そもそもなかたがいをしてしまった原因まではわからなかったし、そこから二人の関係性修復までの道のりもまるで見えてこない。

 まあ、そもそもカレーの件のような因果律に許容されるタイムパラドクスと、世界ほうかいフラグのような許容されないタイムパラドクスのちがいみたいなものはぜんとして不明なままなのだけれども。

 本当にあと数時間で二人の関係を修復して、キャンプファイヤをおどらせることなどできるのだろうか……。

 相変わらず、未来に対して不安ばかりがつのる。

 当のあかは、みちばたで拾った木の棒を手に、じようげんに先頭で山道を進んでいく。

 対するのうは、いつもどおりのギャルメイクでがしと楽しそうに会話しながら最こうを歩いていた。

 ……ああもう、マジでどうやって二人をくっつければ良いんだ。

 に相談でもけようかと思ったところでハタと気づく。

 そういえば……今日はとまだ一度も会話をしていない。

 どうにも朝から何となく上の空というか、気もそぞろで、話しかけにくいふんまとっていたのだった。

 何か……あったのだろうか。

「なあ、あまかぜ

「はあい、何でしょうろうさん」

 僕のとなりをのんびり歩くあまかぜは、楽しそうに小首をかしげた。

「委員長さ、何かいつもと様子がちがうみたいだけど、どうしたんだ?」

「あ……それ私も気になってたんです」少しだけ声のトーンを落とす。「実は朝起きたときからあんな感じで……。熱でもあるのかと思っておでこごっつんこしてみましたけど、そういう感じでもなさそうで」

 え、具合悪そうだとあまかぜにおでこごっつんこしてもらえるの? うらやましい……!

 少しだけ思考がれるが真面目なシーンだったので、おくびにも出さずに僕はあまかぜの言葉に耳をかたむける。

そくか、それかつかれがまってしまっているのでしょうか。一週間まえの試験後も似たような感じでしたし」

「……そういえばそうだったな」

 調子の悪そうだったを家まで送っていったことを思い出す。

そくって、昨日あの後、夜通しガールズトークでもしてたのか?」

「いえ。お部屋にもどるやいなや、のうさんはバタンキューでしたし、私とさんもいつしよにシャワーを浴びてあせを流してからはすぐにねむってしまいました」

「シャワーを!? いつしよ!?

「はい。二人で身体からだを洗いっこしたんですよ。楽しかったです」

はだか!?

「シャワーなのですから当たり前でしょう」

 とうげんきようかよ。

 シャワーヘッドにしつしたのは生まれて初めてだよ。

ろうさんうらやましそうですね。では今度は三人で洗いっこしましょう」

りん的にアウトだよ!」

 少年ジャンプのお色気まんでも今どきそんなじようきようめつにないわ。

 ……いやまあ、今はそれどころではない。

「……それで、委員長は何て言ってるんだ?」

「それが、だいじようだ、問題ないの一点張りで」

 それ言ってるやつ、大体問題あるやつだよ。

「朝ご飯もちゃんと食べていないみたいでしたし、ちょっと心配です……」

 あまかぜは切なげにまゆじりを下げた。そういうさり気ない仕草は反射的にめたくなるほどの欲をさそうが、僕は鋼鉄の自制心でまんする。

「……僕は男だし、女子の体調の変化とかそういうのはよくわからないからさ。一応、少し気を張って委員長のこと見ててやってくれよ。こういうのあまかぜにしかたのめないからさ」

……っ! お任せください……! このあまかぜなでしこ、我が身をしてさんを守ります!」

「いや、別にそこまではしなくていいんで」

 鼻息をあらくするあまかぜを僕は軽くいなす。あまかぜはばがよくわからないよな……。

 一応念のため、にも声をけてみる。

(なあ、委員長)

…………

 反応がない。

(おーい、委員長? さん? さんっちちゃん?)

(ん……ああ、みなとくんか。ごめんね、ちょっとボーッとしてたよ)

 ようやくリアクションがあったが、やはりどうにも反応はにぶい。

(何か調子悪そうだけどだいじようか?)

(全然元気だよ? どうして?)

(いや、全然元気に見えないから声けてるんだけど)

(もう、みなとくんは過保護で心配しようだなあ。ちょっとつかれがまってるだけだって)

 ドヤ顔をこちらに向けるが、やはり少し無理をしているように見えてならない。

(山歩きをあまり甘くないほうがいいぞ。体調が悪くなったらすぐに言え。オリエンテーリングなんて遊びなんだから、具合悪いの無理してやることなんかないぞ)

(だから心配しすぎだって。それにこのオリエンテーリングはただの遊びじゃなくて、あかくんとのうさんの仲を急接近させるための最後のチャンスなんだよ? 今夜にはもうキャンプファイヤをおどらせないと世界はほうかいしちゃうんだからね。みなとくんこそ、少ししんけんにこの問題に向き合ったほうがいいよ)

 そう言われてしまうと僕も二の句をげなくなる。今回の世界ほうかいフラグに関して、だれよりも責任を感じてしまっているから、気負うものがあるのかもしれないけれども……それでも僕はが無理をすることのほうが心配だ。

(……わかったよ。ただ、本当に無理だけはするなよ。世界の存続なんかよりも、僕はおまえのほうが大事だ)

(あはは、みなとくんは相変わらずなんだなあ。そういうのは、あまかぜさんだけに言いなさい)

 僕の本心は軽くいなされ、もうこの会話はおしまいとばかりには前を向いて歩き出してしまった。

 もう少しっ込んでやりたいところだったが……とりあえずは様子見に回るしかなさそうだ。

 何となくむなさわぎのようなものを覚えながら、僕は慣れない山道をみしめていく。

 それから間もなくして第一のチェックポイントにとうちやくした。スタートから早くも小一時間が経過していて、僕らは少し息が上がってきていた。

 立て札があり、そこには『チェックポイント』の文字とともにクイズが書かれた紙が張り出されている。

 あらい息のままクイズに目を通す。


■問題1 次の表を見て規則性を見つけ出し、『スイカ』はあるとなしのどちらに入るか理由もふくめて答えよ。

 …………

 いや、つうに難しくね?

 先行していたはずの他の班の人たちも困ったように立て札の前にくしている。

「こういうのがし得意じゃないか?」

 期待をめて視線を向けるが反応はあまりかんばしくなかった。

「いや……なぞかけみたいのはあまり得意じゃないな。短波と長波は電磁波のことだろうから、両者をかくしたら短波のほうが直進性が強くて遠くまで届くってとくちようがあるくらいかな」

「なるほど! つまり『ある』のほうが強いということですね!」

 めいたんていあまかぜは、目をキラキラとかがやかせながら言った。

はライオンですし、ライオンととらだったらそれはライオンのほうが強いはずです!」

「……でも、みねならのほうが強いんじゃないか?」

「たぶんさかとうなのでしょう」

「勝手に設定を増やすな!」

 さかとうだってのほうが強いわ。

「でも、それならたみと王でも王のほうが強いんじゃないかな?」やさしくたずねるがし

「いえ、いつの時代も王族はたみいつを起こされてほろぶものです。つまり、たみ最強」

 ひどへんけんだ。

「……じゃあ、スイカはどっちだよ」

 あきれながら僕はたずねる。あまかぜは自信満々に胸を張って答えた。

「スイカは『なし』です! だって強くなさそうですし!」

「──いや、スイカは『ある』、ですぞ」

 そこでとうとつあかが割って入った。全員の注目があかに向くが、当の本人はさして興味もなさそうに歩き出す。

「それじゃあ、少し呼吸も整えたところで、先を急ぎましょうぞ。まだまだ行程はじよばんですからな」

 あかおくれないよう僕らも歩き出すが、きつねにつままれたような気持ちだった。

 まさかあのいつしゆんで規則性に気づいたのか……?

「なあ、あかくん。さっきの問題全然わからなかったんだけど……解説してくれないか」

 歩きながらたずねると、あかかえることもなく地図をながめながらたんたんと答えた。

「何、そんな難しく考えることはないでござる。そうでござるな……『ある』ほうの漢字をカタカナにしてみたらわかりやすいでござるよ」

 言われるまま頭の中で漢字を開く。

 タンパ、シシ、ミネ、タミ。

 そこで、がしが何かに気づいたように、ああ、と指を鳴らした。

「そうか、五大栄養素か」

「ご明察ですぞ」赤城は口元をわずかにゆがめて笑った。「短波はタンパク質、しつみねはミネラル、たみはビタミンの一部なわけですな。さて残りは?」

「なるほど、スイカは炭水化物か!」

 僕は思わずひざを打った。言われてみれば確かにそれ以外に答えなんてないように思えるが、あんないつしゆんですぐに五大栄養素なんて共通点に気づけるはずがない。

「すごいすごい! あかさん、天才ですね!」あまかぜは楽しそうに手をたたく。「ねえねえ、のうさん! あかさんすごいですね!」

 急に水を向けられ、いつしゆんまどったような顔をするのうだったが、すぐに小馬鹿にするように鼻を鳴らす。

「べっつにー? あーしだってわかってたし。ってゆーか、どうせまたまんかアニメで似たようなクイズ見たことあっただけなんでしょ? それをほこらしげに語っちゃって、オタクマジキモいわ」

「──別にほこらしげに語ってはいませんぞ」あかは平然と受け流す。「ひらめき一発の簡単なクイズでしたからな。きっと本当にのうにも解けていたのだろうと思いますぞ。気分を害したのであれば謝りますぞ」

「そ、そういう言い方マジむかつくっていうか」想定とは異なる切り返しだったのか、のうは鼻白む。「それじゃあ、あーしが悪いみたいじゃん……」

「──失敬。そういうつもりはなかったのだが……重ね重ね申し訳ない」

…………

 げんそうにのうはそっぽを向いてしまった。

 昨日までならばまた口げんかのような言い合いが始まりそうなじようきようだったが、何も起こらない。ひとえにあかのうのケンカを買わなかったためだ。

 昨日の夜、僕に秘密を打ち明けてから、何らかの心境の変化があったのかもしれない。

 これは……い変化なのだろうか。

 まだ判断はつかなかったが、僕らは少しだけ重苦しい空気をまとったまま山道を進んでいく。早朝あれだけ晴れていた空は、いつの間にか少しずつい雲が出始めていた。



 山道というのは思った以上に体力を持っていかれるようで、それほど長いきよを歩いているわけではないはずなのに、すぐに息が上がってしまった。

 あかもそれは理解しているようで、僕らを先導しながらも常にこちらの状態に意識を向けてくれていて、ひんぱんに息を整えるための小きゆうけいはさんでくれた。おかげで僕らはまだ十分に余力を残した状態で第二のチェックポイントにとうちやくする。

 第一のチェックポイントと同様、立て札にクイズが張り出されていた。


■問題2 以下の問いに答えよ。

 ……いや、だからさ。難易度の設定ちがってない?

 何なの? 教員にクイズ作家でもいるの?

 クイズが解けなさすぎて不満ばかりががる。

 しかし──。

「答えは『クルトン』ですな。みなは体調はどうですかな? ゆうがあるようならば、今のうちにもう少し後続をはなしておきたいと思うのですが──」

「いや、待て待て、落ち着けあかくん」さすがに止めに入る。「体力的にはまだだいじようだが、そのまえにクイズをいつしゆんで解きすぎだ。一応チーム競技なんだから、せめて僕らには先にクイズのほうを解説してくれ」

 みんなの様子をうかがうと、僕と同様にさすがにまだクイズは解けていない様子で不思議そうな顔をあかに向けている。

「も、申し訳ない……自分、つい経験者としての責務からクイズは二の次で、オリエンテーリングの進行を優先してしまっていましたぞ」

「ああ、いや、完全にあかくん頼みにしてしまってる僕らが悪いから、そんな責任みたいなのは感じてくれなくて良いんだけどさ。それより、そもそもこのクイズのおじさんはなんだ?」

「これは、ジュリアス・シーザーでしょうな」

 いらすとやさん、ジュリアス・シーザーの素材まであるのか。マジですげえな……。

「出題者からの親切なヒントですな。ジュリアス・シーザーのイラストとこの文字列──これは明らかにシーザー暗号をしていますぞ。シーザー暗号というのは、いわゆるえ字式暗号の一種で、平文を特定の数だけ前後にシフトさせる感じのシンプルな暗号ですな。今回の場合は単純に五十音表に当てはめて、いくつかずらせば問題文がかびがってきますぞ。ここで重要なのは何文字ずらすか、ということですが、これもイラストのジュリアス・シーザーがヒントになっていて、彼が生まれたとされている七月──つまり7つずらして考えろと言っているのですな。ちなみに七月のJulyは、このジュリアス・シーザーに由来しますぞ。さて、問題文ですが長音はそのまま、だくてんや半だくてんもおそらくそのまま。囲い文字の『を』はおそらくようおんそくおんでしょう。そうして考えると、現れる平文は『シーザーサラダやコーンスープなどに使われる、パンを小さなサイコロ状にして油でげたものを何というか?』。そしてこの問いの正解は、『クルトン』ですぞ」

…………

 がすっごいな!

 すごすぎてじやつかんみんな引いてるよ!

 あと重ね重ね言うけど、絶対難易度設定おかしいから。これ絶対、山歩きに不慣れな都会の高校生たちによるさんがくオリエンテーリングのチェックポイントで出されるクイズの難易度じゃないから。高校生クイズとかのクイズガチ勢が楽しく遊べるレベルの難易度だから。

あかさんすごいですね! コナンくんみたいです!」

 あまかぜが感動したように声を上げる。確かに眼鏡だしがらだし頭良すぎるし近いものがある気がする。ただあかがコナンさんだったら、このあと僕らは何らかの不幸にわれることになるのだけど。

 ははっ、まさかそんなこと現実に起こるわけねー。

 下らない考えをはらって、僕は再び歩き出したあかの背中を追って足を進める。

 空を見上げると、雲はますます厚みを増して、こちらに重いプレッシャをけてくる。スマホで天気予報をかくにんしようと思ったが、けんがいで使い物にならなかった。

「何だか雲行きがあやしくなってきましたね」

 あまかぜが不安そうにつぶやいた。いつもなら天気の悪化は真っ先にあまかぜげん変調を疑うところだったが、彼女の様子を見るにどうやらこれはナチュラルな天候悪化のようだった。

 まあ、それはそうだよね……別にあまかぜげんで四六時中天気が決定されるわけじゃないよね……。

 ただ彼女の不安感が、悪化しつつある天候にはくしやけるおそれはあったので、そういう意味では予断を許さないとも言えそうだけど。

 そこでふと気になってのうに視線を向ける。彼女は先ほどのあかとのいざこざ以来、ばつが悪そうに口をつぐんでさいこうを歩いていた。ずっとがしが気にけていたようだったが、あまり効果らしい効果はなかったようだ。

 僕は歩調をゆるめて、彼女のとなりを歩く。

のう、調子はどうだ?」

「……あ、コタっち」のううつむいていた顔を上げ僕を見る。「あーしはだいじようだよ。ちよう元気ぶんぶん丸」

 だれだよ元気ぶんぶん丸。

「ちょっとなんか無理してるように見えたからさ。つかれたらえんりよしないで言えよ。おまえがつかれてるってことは、他のみんなだって絶対につかれてるってことだからさ」

「コタっちがやさしすぎてれそう」

だいじよう? 背中でかくしてやろうか?」

「この屋外の山中でいたせと!? コタっち、やさしさの方向性がエグいね!?

 どうやらっ込みを入れる元気はあるようだ。少しだけ安心して、僕はそのままのうとなりを歩く。山道はますます険しくなっていき、段々と足を上げるのもおつくうになってくる。

 しばらく無言で足を進めたが、不意にのうは思いきったように口を開いた。

「──コタっちはさ、どうやってしこっちと仲良くなったの?」

「……え?」

「しこっちってほら、すごい美人だし、すごいお金持ちだし、性格だってすごいいし……はっきり言ってかんぺきちようじんの人気者じゃん? でもコタっちって、言っちゃ悪いけどイケメンってわけでもないし、いんキャでクラスでも目立たないほうで、友だちだって多くなさそうだし、特別運動が得意ってわけでもないでしょ? コタっちがやさしくて良い人ってのは、あーしにもわかるけどさ、でもはしから見てるとやっぱりいっていうか……。だから、どうやってしこっちを落としたのか気になっちゃって」

「──ようしやないな」

 ちやちや言われてつうなら気分を害すところだったが、逆にけすぎていて笑ってしまった。のうに悪意がないというのがわかったからかもしれない。

「でも……別に何もしてないんだ」僕は正直に答える。

「ただ何となく知り合って、何となく仲良くなっただけだから。別に落としたとかねらってたとか、そういうのじゃないんだ。いて言うなら……僕の運が悪すぎたことが幸運だったって感じかな」

「運が悪すぎたのが……幸運?」

「ああ。あまかぜとの出会いは、正直僕の中ではろくでもないものでさ。はっきり言って最初は関わり合いになったことをこうかいするレベルだったよ」

「──意外だね。あんな美人と知り合いになれて、うれしくない男の子なんているんだ」

「……人は見た目じゃないからね」

 食パンをくわえて走ってきたあまかぜとぶつかった、しようげきのあの日。僕はあまかぜのことを頭のイカれた青春バカろうなのだと思った。

 元々、げきれつに僕の運が悪かったこともあり、それまでの高校生活がおどろくほど安定して落ち着いたものだったことから、そのもどしのような大きな不幸にわれるのかと身構えた。

 でも、彼女と関わっていくうちに、それにもちゃんとした理由があり、あまかぜ自身は少し変わっただけのつうの女の子なのだと知って──気づいたら僕は彼女に夢中になっていた。

 だからたぶん僕は、あまかぜと出会えたことが人生最大の幸運だったのだと。

 今ではそう確信している。

「最近思うんだけどさ、世の中の出来事ってたぶんすべてに意味があるんだ。因果やえんって、積み重なっていくものだからさ。それがいものであれ悪いものであれ、未来につながってる」

「……つまり、運命は決まってるってこと?」

ちがうよ。あらゆる未来がせんたく可能だってことさ。だからすでに起こったことをくさしたって、何の意味もない。何があっても行動あるのみだ。結局のところ、いつだって自分の未来は自分だけのものなんだからさ」

「なにそれ」のうしようした。「やっぱコタっち変わってんね。しこっちも変わってるけどさ。……うん、いって言ったのは謝るよ。二人はたぶん、運命的なレベルでお似合いなんだと思う。──コタっちは、あーしと似てるかもと思ったけど、全然ちがったわ」

「僕とのうが……似てる?」

「うん。何て言うか……かなわないこいをしてるところが、かな」

 口をすべらせたのか、のうはばつが悪そうに言いつくろう。

「ごめん、忘れて。あーしなんかと比べたら二人に悪いわ」

 そう言うと一方的に会話を打ち切って、彼女はまた一人で歩き出してしまった。

 ひょっとしてその相手はあかなのか──とたずねたかったが、その機会をいつしてしまう。

 しかし……かなわないこい、というのはいったいどういうことなのか。以前、ヒーローにあこがれていると言っていたことと何か関係があるのだろうか。

 あかへのこいかなわないものだ、というのも少々よくわからないが、それ以前にもしその相手があかなのだとしたら、二人の関係に先に変化をもたらしたのはのうのほうだったのではなかったのか。

 昨晩のあかの話では、小学校卒業直前まで二人の仲はきわめて良好だったはずなのに、とつぜんのうの態度がひようへんして、さらにギャル化したということだったし……。

 どのような心境の変化がのうの身にあったのか。それを知らないことにはこの問題は解決しない気がしてならなかったが、デリケートな話だけにかつっ込んでげんそこねてしまったらそれこそ今晩のキャンプファイヤへの望みが絶たれてしまうため、ここはしんちように機会をうかがわなければならない。

 結局大きな進展もないまま、オリエンテーリングは進んでいく。

 はほとんど口を開かず、心ここにあらずという感じでたんたんと歩いているし、気をつかってかあまかぜがしだいにあまりしやべらなくなって来た。

 重苦しく立ちこめるどんてんが、気持ちをしずめてしまっているせいかもしれない。湿しつも上がってきて、はだまとわりいてくるような熱気がうつとうしい。

 何となくいらたしくすら思いながらももくもくと足を進めて──やがて僕らは第三のチェックポイントへととうちやくした。

 そこは、少しだけ開けた場所になっており、木製の机やなどが点々と並べられていた。数時間ぶりに目にする文明めいた品々に、僕は何とはなしに安心感を覚えた。

「おう、ねこども。一番乗りだな」

 第三のチェックポイントには担任のむらさめが待っていた。おそらく車で先回りしてきたのだろう。だんは暑苦しくてめいわくこの上ないむらさめだったが、か今はホッとする。

みなとの班は全員いるようだな。昼食きゆうけいは好きなだけ取って良いが、ゴールには間に合うようにな。あと、それから一つみんなに伝えておくことがある」

 意外にもむらさめは真面目なこわいろで続ける。

「少し天候が不安になってきたな。昨日の天気予報だと一日中晴れの予定だったんだが……急速に発達した雨雲があるみたいだ。もしちゆうで雨が降ってきたら、持ってきた雨具着用の上、様子見だな。基本は、変わらずにゴールを目指してもらうことになると思うが、もし雨足が強まるようであればそうなんの危険もあるから気をめるように。とりあえず、各自の判断ですみやかに一番りのチェックポイントへ向かうこと。そこからかい路でちゆう下山になるだろう。チェックポイントにはだれかしら教員が待機しているから、指示に従うように」

「ま、待ってください!」たんあわてたようにってかる。「もし雨が降ったらキャンプファイヤはどうなるんですか!」

「当然中止だな。残念ながら」

「そんな……!」口元に手を当てて絶句する

 むらさめは意外そうに目を丸くする。

「委員長はそんなにキャンプファイヤを楽しみにしてたのか。まあ、でもだいじようだろう。今のところ夜の天気予報は晴れみたいだからな」

「そう、ですよね……」

 ありありと不安を示しながらも、は大人しく引き下がった。

 キャンプファイヤが中止なんてことになったら、宇宙ほうかいまっしぐらなのでとしても気が気ではないのだろう。不安なのはわかるが……あまり神経びんになっていると夜までもたなさそうで少し心配になる。

(──落ち着けよ。正史では、確かにあかのうはキャンプファイヤをおどった末に結ばれてるんだ。が生まれたのがそのしようだろう? だからそんなにあせるなって)

(……うん。気をつかわせちゃってごめんね、みなとくん)

 は不承不承という感じで小さくうなずいて見せた。

 僕らは大きな丸テーブルに着いて、朝ホテルを出るときに持たされた弁当を食べ始める。

 ちなみに第三のチェックポイントにもクイズが用意されていた。


■問題3 以下の問いに答えよ。

 あるマジシャンが円を描くようにせた五つのカップの中に一つボールをかくした。

 あなたは、一度に一つだけカップの中身をかくにんすることができる。

 あなたがせんたくしたカップの中にボールがなかった場合、マジシャンはあなたにわからないように今ボールが入っているカップととなった左右いずれかのカップの中に必ずボールを移動させる。

 その後、あなたは再び一つだけカップの中身をかくにんする。

 この操作を繰り返した場合、最大何回目であなたはボールの位置を特定できるか?

 ただし、あなたがせんたくしたカップとボールの入ったカップが隣接していた場合、次のターンでは、前ターンであなたがせんたくしたカップにボールを移動させられないものとする(隣接していた場合、次ターンでは常に反対側に一つ移動する)。


 おそらくは、論理パズルと呼ばれる類の問題だろう。

 相変わらず難易度設定をちがえているが、ランチタイムの話題に良かったため、僕らは弁当をつつきながら議論に興じた。かんかんがくがくと様々な意見が出たが、最終的にはあかつるの一声、

「──以上の理由から、最適な行動を取れば最大六回目でボールの位置を特定できますぞ」

 という解にみな打ちのめされてしまった。いやマジであかリアル寄りのバケモンだな……。大体こういうのって、グーグルとかマイクロソフトとかそういう世界的だいぎようの入社試験に出るもんだろ……。断じて、いつぱん的な高校生によるレクリエーションに登場して良い問題じゃないよ……。

 重ね重ね言うが、かく者はわりと本気で頭がおかしいなと思った。

 昼食と細やかなきゆうけいを終えたところで、僕らは再び山歩きの続きにかる。

 食後ということもあり、赤城が少しだけペースを落としてくれたおかげで、僕らは大きなろうめることなく歩みを進めることができた。

 その間も相変わらずは、どこかボーッとして口数が少なく、のうもあまり積極的に僕らの会話に参加しては来なかった。

 昨日のカレーや夜のだいごうでせっかくきよが縮まったと思ったのに……また関係性がリセットされてしまったみたいだ。班全体のふんも何となく重苦しく、僕やあまかぜの会話もあまりはずまなかった。慣れない山道にづかれしてしまっているのかもしれない。体力的にはまだゆうがあるところだけど……。

 そんなことを思いながら足を進めていたら、ポツポツと雨が降り始めた。

 僕らは持参したカッパをんで、行軍を続ける。

「──何だか、ジェダイのみたいでみなさん格好良いですね」

 こんなときでも明るいあまかぜが救いだった。

 それからまたしばらく進むと──小川にかったばしが現れた。

 対岸までは十メートルほど、かわまでの高さは二メートルといった感じか。いたはば一メートルにも満たないこころもとないもので、かわまでの高さを必要以上に演出している。

 ばしを前にしてあかは軽く舌打ちをした。

「……自分のミスですな。地図上に橋がかっていることはわかっていたのにばしは想定していませんでした。この少し川下にちゃんとした橋がかっているようなので、かいしたほうがいでしょうな」

ですか?」あまかぜは不思議そうに首をかしげる。「ルートは合ってますよね? それに、勝手にかいしてルートを外れるのは良くないと思うのですが」

「それは……そうなのですが……」言いにくそうにあかは顔をそむける。分厚い眼鏡で表情がかくれているためその真意はうかがえないが何かをかくしているのは確かなようだ。

 いつしゆん、良くない空気が僕らの間に満ちた。まずいな、と思ってフォローを入れようと思ったところで──。

「──そういうの止めてって言ったじゃん」

 不意にのういらたしげに声を張った。とつぜんのことだったので、僕らはまどう。

「オタクがしんぶって勝手に決めつけないでよ。マジキモいんだけど」

「そ、そういうつもりはないが……ほ、本当にだいじようか……?」

「全然問題ないし。だいじようだって言ってんじゃん。マジむかつくから放っておいてよ」

「……すまなかった」

 とげのあるのうの言葉に、あかうなれた。

 僕らは二人が何を言い合っているのかもわからないので止めようもなかった。

「……みんなも、勝手に足を止めさせてしまって悪かったですぞ。それでは、念のため一人ずつわたるとしましょうぞ」

 一同を見回してから、あかは僕に顔を向ける。

みなと氏、先頭をお願いしてもよろしいですかな?」

「僕が? 別にいけど」

 特に反論もなかったので、僕は先にばしわたる。思ったよりもれるが、意外としっかりとした作りのようだった。かけだおしだ。

 続けても問題なくわたりきる。ただ足取りはどこかおぼつかないように見える。

「……なあ、委員長。本当にだいじようなのか? なんか、朝よりも具合悪そうだけど」

「──そう? 気のせいじゃないかな? メッチャ元気だよ。それに私、未来のサイボーグにんじやだよ? こんな山道くらいでつかれるわけないでしょう?」

にんじや設定は初めて聞いたわ……」

 さすがにうそだろうが。

 相変わらず不安だが、がそう言うのであれば僕はそれを信じるしかない。

 そのときどんてんの空から、ゴロゴロとらいめいとどろいた。だかしよういやな予感がする。

 続いてのうばしわたり始めたが……半分ほど進んだところで彼女はとつぜん足を止めた。

 どうした──?

 不思議に思うが、両サイドのロープを両手で強くにぎりしめ、固く目を閉じている姿からある可能性に思い至る。

 まさか……あいつ高所きようしようなのか……?

 そこでようやく先ほどのあかねんに気づいた。あかのうのことを思って、かいを提案していたのだと。

 ばしの中央は一番れる場所だ。自分が動かなくとも、わずかな風が大きなれを生んでしまう。それゆえに──のうは動けなくなってしまったのだろう。

 だが、いつまでもこうしているわけにもいかない。のうだってさっさとわたりきってしまったほうが早く楽になるに決まっているのだ。

 どうすれば良い……?

 僕が答えにいたるよりもよほど早く、あかが動き出す。

 あかはゆっくりとしんちように、らさないよう細心の注意をはらいながら橋をわたり始めた。能美に手を貸してやるつもりなのだろう。手伝えることの何もない僕らはただかたんでじようきようを見守るしかない。

 あと少しであかのうの元へ辿たどく。みなが安心しかけたそのとき。

 を焼くらいこうと、すうしゆんおくれてとどろばくれつ音が僕をおそった。

 反射的に顔をそむける。しかし、ばくおんで一時的にちようかくが低下した状態でもなお、あまかぜの声は僕の耳によく届いた。

「──げてください!」

 急いで顔を上げる。すると、対岸に生えていた木が一本、ばしに向かってゆっくりとたおれかかってきているのが見えた。

──ッ! ! そこを動くな!」

 あかせいが谷間にはんきようする。今の爆音でこしかしてしまったのか、のうばしの中央に座り込んでいた。あかのうると、おひめっこの要領で軽々と彼女をきかかえ、もうぜんとこちらへ走り込んでくる。

あかっ! 急げっ!」

 とうぼくばしかるまでもう数秒とない。僕のさけびに、あかは歯を食いしばり必死の形相だけで答える。

 永遠とも思えるいつしゆんの後──あかがこちら側の地面をむと同時にとうぼくばしちよくげきした。僕との二人かりで、勢いよく飛び込んできたあかたちをき留める。

「よくやったぞあか! すごいじゃないか! 見直したぞ!」

「は……ははっ……寿じゆみようが縮まりましたぞ……」

 かたで息をしながら、あかきかかえていたのうをそっと地面に下ろす。

「あ……のうも、はないか……?」

 ろうを感じさせないやさしい口調でけると、のうあかの顔を見ないままこくりと小さくうなずいた。

 とにかく──二人とも無事で良かった。

 それから改めてばしのほうへ視線を向ける。

 年季の入ったばしは、少しの間だけ何百キロはあろうかというとうぼくかりにえていたが、当然えきれるはずもなく、僕が視線を移して数秒後には、おどろくほどあつなくほうかいしてしまった。

 ──つまり、あまかぜたちと断絶されたことになる。

あまかぜ! 無事か!」

 僕は対岸に向けて声を張る。すると対岸のあまかぜは、こちらに良く見えるよう大きく手をった。

だいじようです! 私も、がしさんも無事です!」

 よくひびあまかぜの美声に僕は胸をなで下ろす。

「良かった! こっちも全員無事だよ! そっちはとにかく来た道をもどって、前のチェックポイントで橋の事故のことを先生に伝えてくれ! 僕らは先へ進んで、次のチェックポイントの先生に事情を説明する!」

「こっちのことは任されたよ!」がしこぶしかかげて大声を発した。「地図だとこの先から少し険しい山道が続くみたいだから、十分気をつけて!」

「ああ! がしあまかぜのことたのむぞ!」

 僕もこぶしかかげて応えた。

 それから改めてのうに視線を向ける。

のう、歩けそうか?」

 いつしゆんの間を置いてから、こくりとうなずく。

「……足引っ張っちゃってごめん。でも、だいじよう。ちゃんと自分で歩けるから」

 強気に言って、彼女は立ち上がった。まだ少し足がふるえているが、こればかりは仕方がない。

「本当はもう少し休ませてやりたいところだが、雨足も強まって冷えてきた。ここは無理をしてでも次のチェックポイントを目指したほうが結果的に身体からだの負担は少なくなるはずですぞ」

 あかの言葉に、のうは再びこくりとうなずいた。非常事態のためかさすがに大人しい。

 僕らはぬかるみに気をつけながら、先を目指して歩き出す。

 時刻は午後一時を過ぎている。オリエンテーリングの工程も半分を終えているはずだが、おそらくこの調子だと次のチェックポイントでしゆうりようになるだろう。

 雨足も強まるばかりで、もはやしやりといってもつかえないほどの本降りになっている。

 もしかしたらあまかぜの不安感が天気にえいきようしているのかもしれないが……まずいことになった。早くあまかぜと合流して安心させてやらないと、本当に今夜のキャンプファイヤが中止になりかねない。

 しんがりを歩きながら、しようそう感にあえいでいると──僕の前を歩いていたが急にフラフラとがけしたに向かってたたらをんだ。

「おい、委員長! あぶな──」

 あわてて彼女のうでつかみ、がけしたへの落下を防ぐ。しかし──。

──ッ!?

 ぬかるみに足を取られてれず、僕はそのままさそわれるようにがけしたへ身をおどらせてしまう。

みなと氏!」

 危機を察したあかが手をべてくれる。僕は夢中でその手をつかみ──しかし、こんな足場の悪い中、あか一人で僕との体重を支えられるはずもない。

たすくちゃん、危ない!」

 あわてたようにのうも加勢してくれるが、やはり焼け石に水程度の効果しかなく。

 僕らはからまり合うようにがけしたかつらくした。



 ──雨垂れがほおを打つ冷たさで、僕は意識をもどした。

 じようきようがわからず、しばしまばたきをかえすが、すぐに自分たちががけしたかつらくしたことを思い出し、僕はあわてて身体からだを起こす。

──っ!

 全身がバラバラにくだけているのではないかと思えるほどの激痛が走る。視線だけをめぐらせてとにかくまずは自分のじようきようかくにんする。

 地面に横たわる僕の上にはの小さな身体からだがあった。とつかばおうと彼女をめていたらしい。胸の上のは、もんの表情をかべているが、ぱっと見をした様子は見受けられない。どうにか男としてのめんぼくは果たしたようだ。

 続けて自分の身体からだの様子をうかがう。少し動かすだけでも激痛におそわれるが、どうやら骨が折れているわけではなさそうだ。ただの打ち身か、まあ最悪ヒビくらいだろう。

 少なくとも痛みさえまんすれば動ける状態であることは不幸中の幸いと言える。

 それから僕は胸の上のかたをそっとたたく。

「……おい、。無事か」

…………

 反応はない。いやな予感がして、少しだけ強めにかたたたく。

「おい、! しっかりしろ!」

 至近きよから大声でるが、それでも反応はない。

 とつじよ背中につららを押し当てられたようなかんおそわれる。まさか頭でも打ったのか……?

 もし頭を打って意識障害などを起こしているとしたら、かつうごかすことが危険なことくらいは僕にもわかる。どうすれば良いのかもわからず、ただけることしかできない。

たのむよ……。目を開けてくれ……。それでまた、いつもみたいにお姉さんぶってくれよ……今だけは特別におまえだけの弟にでも何でもなってやるから……!」

(……あはは、それはいことを聞いたね)

──っ!?

 とつじよのうひびく聞き慣れた軽口におどろくが、僕はそこでようやくあんの息をいた。

「良かった……! 本当に良かった……!」

(……苦しいよ、みなとくん)

「あ……その、悪い……!」

 無意識にめていたを解放する。

「それよりも、なんでつうしやべらないんだ?」

(それは、その……)

 言いにくそうに言葉をにごすが、すぐに観念したようには続ける。

(……身体からだが、動かせないの)

「動かせない? それってのうしんとうとかそういう……?」

 やはり頭を打っていたのかと急に不安になるが、はすぐにそれを否定する。

(ううん。一応ナノマシンを使って全身のシステムチェックはしたけど、どこも異常なし。身体からだ自体は、健康そのものなの)

 じゃあ、どうして……?

(……実は、一週間くらいまえからかんはあったの。何か身体からだが動かしにくいなあ、調子悪いなあ、って)

 一週間まえ……ちょうど試験が終わったあたりのことか。確かにあのときは具合が悪そうだったけど……。

「もしかして、僕らを心配させないように無理してたのか……?」

(……うん、ごめんなさい)

 はつらそうに言う。

(原因がわからなかったから……ただの気のせいなんだろうってずっと思い込もうとしてたんだけど……さっき急に全身に力が入らなくなっちゃって……)

「……それでふらついたのか」

(……うん。私のせいでこんなことになっちゃって……本当にごめんなさい……)

 とても悲しげに、は謝った。

いよ、今さら気にするなよ。それよりも、どうすれば元どおりに治るんだ?」

(……わからない。原因も特定できてないし……まあ、仮説くらいなら……)

「仮説でもいい。僕はどうすればいいのか教えてくれ」

(う……ん……でも……ごめん……少し、意識が……)

……? ……!」

 あれだけめいりようひびいていた脳内の声が急にえた。身体からだすってみるが反応はない。

「くそっ……! 何がどうなってんだよ……!」

 悪態をき、僕はきかかえて身体からだを起こす。全身に激痛が走るが構うものか。

 辺りを見回してみる。すると二メートルほどはなれたところに、あかのうたおれていた。あかのうかばうように彼女をめて意識を失っている。僕はきかかえたまま、二人にる。

あか! のう! しっかりしろ!」

 先ほど同様、頭を打っていた場合を考えて、僕はしんちように二人のかたたたく。幸いなことに二人はすぐに意識をもどした。

「う……ん……み、みなと氏……?」

「……ぇ、みなとくん、どうして……?」

「二人とも、はないか? どこか痛かったり、がしたりはしないか?」

「自分は……むしろ痛くないところを探すほうが困難なレベルで身体からだ中痛いですが……幸い骨折はしていないようですな」

「わ、私も……た……あ、あかが守ってくれたから……全然元気……」

「……そうか。本当に良かった」

 胸をなで下ろす。

みなと氏も、その様子だとそうけんなようですな」

「ああ、悪運だけは強いんだ」

 僕はしようかべてから、現状を説明する。

はないよ。ただ、さっきまでつうに会話してたんだけど、旅のつかれが出たみたいで今はねむってる。でも、心配しなくてだいじようだ」

「そう、ですか」

 あかも安心したように口元をゆるめた。

 それから僕は改めて周囲のじようきように目を向ける。

 かつらく辿たどいた場所は、うつそうと木のしげうすぐらい場所だった。天をおおう無数の枝葉がしやりから僕らの身を守ってくれていたようだが、それでも僕らのジャージにはたっぷりと雨とどろみこんでいた。いったいどれだけの間、気を失っていたというのか。今やすっかりと全身が冷え切ってしまっている。

「──無事ならとにかく急ごう。日が暮れたらマジでまずい」

「そうですな。今の自分たちは完全にそうなんしていますからな」

 そうなん──。改めて言われると、今のじようきようが自分で思っているよりもはるかにまずいものであることがよくわかる。

「どうすればいい? 下って行けばかいルートに出られるかな?」

「いや、この場合下山は悪手ですな」あかそくに否定する。「下手に下りて、さわにでも出たらやつかいですぞ」

さわはまずいのか? 川沿いのほうが歩きやすそうな気がするけど」

「確かにそういう一面もありますが……。しかし、さわを下った結果、たきになった、なんてこともよくありますぞ。だからこの場合、上るのが逆に正解ですぞ。元々自分たちはかつらくしてきたわけですからな。上へ行けば、正規のルートにもどれる可能性が高いですぞ」

 マジであかいつしよで良かった……僕らだけだったらんでたよ……。

 僕らはさつそく、行動を開始する。さすがにこのぬかるんだ山道を、きかかえた状態で上るのは無理だったので、リュックはあかに預け、僕はを背負うことにした。

 ぐっしょりと雨にれて冷え切った、の小さな身体からだ。原因不明の体調不良も合わせて、今やろうできる時間など一秒としてないことをまざまざと思い知らされる。

 あかを先頭にして、僕らはゆっくりとしんちように険しいしやめんを登っていく。

 いくらの体重が軽いとはいえ、四十キロ近くを背負い、あしもとの悪い道を進むのは思った以上に体力をうばわれた。それを察してか、あかひんぱんに立ち止まってきゆうけいを入れてくれたが、そのせいで進みがおそくなってしまっているのがくやしかった。

 くそっ……こんなことならもっと身体からだきたえておけば良かった……!

 無事に帰れたら、体力を付けるためにジョギングでもしようと固く決意をする。

 ちゆうで何度かあかのうも、を背負うのを代わろうとしてくれたが、それらはすべてていちように固辞した。

 チームのリーダーであるあかに余計な体力を使わせるのは得策ではないし、のうじようにはっているがだいぶしようもうしてしまっているはずだったから。

 息を切らしてけんめいに足を進めること二時間ばかり。

 いつの間にか辺りはすっかりとよいやみに包まれ、すぐ目の前を歩く赤城の背中さえも見えづらくなって来た。スマホのライトなんて真のくらやみの前には何の役にも立たないのだった。

 いよいよ本格的にまずいのではないか──。むねの奥から再びしようそう感ががってきたところで、不意に赤城が声を上げた。

──っ! しめたっ! なん小屋ですぞっ!」

 ろうのあまり意識がもうろうとしてきていたので、最初は聞きちがいかとも思ったが、赤城がスマホのこころもとないライトで照らした先に、ぼんやりと木造の小屋がかびがっていたのを見て、現実のことなのだとおどろく。

 雨足は弱まる気配も見せていなかったので、僕らはなだれ込むように山小屋へ飛び込んだ。

 小屋は六じよう程度の質素なもので、建てられてからずいぶんと長い年月が経過していることが見て取れた。内部も長い間、人の出入りがなかったようで寒々としている。

 しかし、今は雨風をしのげるだけで天国だ。

 僕はずっと背負ってきたを板の間に横たえさせてからようやくひといきく。

だんまきもありますな! 手入れが不安ですが……うん、だいじよう、問題ないですぞ。今すぐ火を起こすので、少々お待ちを」

 慣れた手つきであかだんに火をともしていく。本当にこの男はたのもしすぎる。

 ものの数分で冷え切っていた小屋の中はほのかに暖かくなってきた。

「──うん、これでだいじようですな。みなと氏、定期的にまきをくべて火加減を調整してくだされ」

「任せろ。いやマジであかがいてくれて助かったよ。ありがとう」

 心の底から礼を述べると、あかくつたくなく笑った。

「なに、このくらいどうってことありませんぞ。あとはみんなれた衣類をいで身体からだを温めるといいですぞ。このままでは低体温しようになってしまいますからな。奥に毛布もってあったので、それにくるまっていれば十分暖は取れるはず。みんな安心してのんびり休んでいてくだされ。じゃあ、自分は先を急ぐので──」

「……は?」

 急な話の展開についていけない。

「あ、自分の荷物は置いていきますぞ。念のためタオルや非常食を多めにめ込んであるので、えんりよなく三人で使ってくだされ」

「いや……ちょっと待て。おまえは何を言って……?」

身体からだを温めるときは背中を火にあてると効率がいですぞ。背中あぶりといって、身体からだ全体が温まると言われていますぞ。ちなみにこれは『ゴールデンカムイ』の知識で──」

あか!」

 僕は、声をあららげた。

 おろおろして様子をうかがっていたのうおどろいたように身体からだふるわせるが構うものか。

 僕はあかる。しかし、あかはあくまでもおだやかな表情のまま僕を見上げた。

なん小屋のおかげで、大体の現在地がわかりましたぞ。ここからならば、小一時間ほどで正規のルートにもどれますぞ。道さえわかれば、かいルートで下山するのはわけないですからな。──自分一人ならば」

「──っ」

 反論できない。僕が足手まといになっていたのは、どうしようもない事実だったから。

「下山できれば電波も入ってすぐにきゆうえんを呼べますぞ」

「で、でも、それならあかも一晩ここにまって、明日の朝明るくなってから下山したほうが安全だろう……!」

「明日の朝までこの小屋が健在である保証はありませんぞ。見たところのようですし、この雨ではしやくずれに巻き込まれる危険だってある。ならば、一刻も早く救助を求めるべきだと思いますぞ」

 正論、なのだろうか。

 山のことは僕にはよくわからないからそう聞こえるだけで、実際にはかなり無茶な提案をしている可能性もある。

 でも──一刻も早く救助を求めるべき、という意見は無視できない。の体調不良は絶対に放っておいて良いものではないはずだし、助けが来るのであればそれは早いにしたことはない。

 しかし──それとあかの身を危険にさらすということをてんびんけて、どちらにれるのかという判断は僕にはできない。

 ただ──一つだけかくにんはしなければならない。

「……それはのうのためか?」

 僕はぐに赤城を見つめて問う。

のうを早く助けるために、のうの不安を少しでも解消してやるために、おまえは身体からだを張るつもりなのか?」

「……否定はしませんぞ」あかは正直に答えた。「でも、それはのうのためだけではありませんぞ。今の自分には、みなと氏もじようも同じくらい大切な存在ですぞ。ならば、三人のために自分がやるべきことはこれしかないと、そう確信しているだけですぞ」

「ま、待ってよ……」

 不意に心配そうな顔でのうり込んできた。

「そんなこと私は望んでないよ……た、あかもここにいようよ。外は危ないよ……」

 今にも泣き出しそうなくらい声をふるわせるのう

 しかし、あかはそれには取り合わず、僕にだけ告げる。

「時間もしいので、自分はもう行きますぞ。みなと氏、じようのこと、よろしくたのみますぞ」

「──わかった。おまえも無理だけはするなよ。いつでも引き返して来ていいからな。それと……昨日のだいごうの最終ゲームのことを覚えているか?」

「最終ゲーム? それはまあ、もちろん」

「僕は最終ゲームの勝者だったが、勝者特典である命令権は結局行使されないままうやむやになった。だから、それを今ここで行使させてもらう。──絶対にもどってこい、あか

 少々乱暴な僕のくつに、あかいつしゆんきょとんとした顔をしてから、

「──必ず。男の約束ですぞ」

 あかは口元をゆがめて笑い、こぶししてきた。僕はそれにこぶしを突き合わせる。

 それからあかかえることなく小屋を飛び出した。

「待って! 待ってよたすくちゃん! 私をおいていかないでよ! お願い! 危ないからもどってきて!」

 あかを追いかけようとするのうを僕は無理矢理押しとどめる。

「……あかの決意をにするな。僕らが行っても足手まといになるだけだろ」

「わかってる……わかってるけど……! こんなのなつとくできないよ……たすくちゃん……!」

 だつりよくしてひざのう。彼女の悲痛なえつは、ただむなしく雨の夜に溶けていく。



 あかが出て行ったまま開け放してあった戸の先に広がるやみをしばらくながめていたが、いつまでもこうしているわけにはいかないと思い、僕は戸を閉めて気持ちを改める。

「──とにかくこのままだとを引きかねない。早く身体からだかわかそう」

「……うん」

 のうは力なくうなずく。さすがに元気はないようだが、落ち着いてはいるようで僕は安心する。

 まずは……まあ、女子優先だな。

「それじゃあ僕は外で待ってるから、今のうちにえちゃってくれよ。ついでにえも手伝って──」

「……ううん、だいじようのうは不安げにひとみらしながら答えた。「外は寒いから……。それにみなとくんも早くれた服をがないと……」

「いや、でもさすがにそれは……」

「私は……だいじようだから。ただ、その……ずかしいからこっちは見ないでくれると、うれしい……」

「……わかった。じゃあ、僕はかべのほう向いてるから」

 回れ右をして、僕はすっかりれて重たくなったジャージと体操着をてる。

 背後からは湿しめっぽいきぬれ音が聞こえてくるが、聞こえないりをして無心にタオルで身体からだく。それだけで冷えはだいぶマシになった。

「あの……これ……」

 背中に何かふわふわしたものを押し当てられる。かずに受け取ると、それは毛布のようだった。先ほどあかが話していたものだろう。

「ありがとう。助かるよ」

「ううん。それよりも待たせちゃって……ごめんね。これからちゃんの服がせるから、もうちょっとだけ待ってて……」

「……あせらなくて良いよ。それに何か仕事押しつけちゃって悪いな。たださすがに男の僕じゃあ、それやったら問題になりそうだからさ……」

みなとくんならだいじようだと思うけど……。それに私のことなら気にしないで。ちゃんのこと、私も心配だし」

 背後からは再びのきぬれ音。さすがにこんなじようきようで興奮するほど僕も生存本能に忠実な人間ではないが、何となく後ろめたい気持ちになってしまうのはさすがに仕方がない。

 受け取った毛布を羽織り、数分が経過したところで、「もういいよ」と声をけられる。

 おそおそかえる。

 その先には、のうが器用に毛布を身体からだに巻き付けて立っていた。板の間の上には同じように毛布を巻いたが横たえられている。

「……は、ずかしいからあまり見ないでほしいな」

「わ、悪い!」僕はあわてて視線をらす。「その、えもサンキューな。本当に助かったよ」

「ううん、気にしないで。それより、早くみなとくんもこっち来て暖まりなよ」

「……そうだな。おじやするよ」

 毛布の下はおそらく下着姿なのであろうクラスメイトの女子二人に近づくのは多少ていこうがあったが、きんきゆう事態ということで自分をなつとくさせ僕も板の間に上がる。

 それから先ほどあかに言われたとおり、だんに背中を向ける。

 じんわりとした遠赤外線のやさしいぬくもりが、冷え切ってきんちようした身体からだを少しずつほぐしていくのを実感する。

「……暖かいな」

「……うん」

 僕のすぐとなりで、毛布にくるまったまま背中をあぶるのうはぽつりとつぶやく。

 会話はそれ以上発展しない。共通の話題も思いつかないし、何よりずっと気になっていることが……。

「あのさ、のう

「……なに?」

「答えたくなかったら答えなくて良いんだけどさ……キャラ変わってない?」

「え……? あっ……!

 そこで初めて気づいたように、のうはしまったという顔をする。どうやら非常事態でそこまで意識が回らなかったらしい。

 のうずかしそうに赤面してうなるが、やがて観念したようにポツポツと語り始める。

「……いつもはね、ギャルを演じてるの。でも、色々あってびっくりして、どうようして、いつの間にか素が出ちゃってたみたい……」

「じゃあ、だんはそんな感じなのか?」

「……うん。派手でイケイケなのは、全部作りものの私。本物の私は……引っ込みあんで、おくびようなだけの……つまらない女の子だよ」

 そのイメージは、昨夜あかから聞いていた昔ののうのものといつする。

「じゃあ、どうしてそもそも無理してまでギャルを演じてるんだ?」

「それは……」

 言いにくそうに言葉をにごすが、今さらかくしても仕方がないと思い直したのかなおに続ける。

「だって、た、たすくちゃんが、ギャルが好きだって聞いたから」

 …………

「は?」

 思わず疑問の声を上げてしまった。

 確かあかは、のうがオタク好きという話を聞いたために、自身もオタクになったと言っていた。

 同じような理由でのうもギャルになった……?

 何だろう、ものすごくかんいだいてしまう。何かが決定的にねじれているような──。

「あのさのう。悪いんだけど、あかとの間に何があったのか、少し具体的に話をしてくれないかな。今さらかくてする理由もないだろう」

「……うん、まあ、みなとくんになら別にいいけど」

 多少不満げではあったが、のうは大人しく語り出す。

たすくちゃんと私は……おさなみなの。私はこんなふうに昔から引っ込みあんで、いつもたすくちゃんに助けてもらってたの。たすくちゃん、すごいんだよ。頭も良くて運動もできて、でもすごやさしくてだからお友だちもたくさんいて……みんなの人気者だったの」

 数日まえの僕ならば、だまされてるのかな、と思うところだったが、今日一日のあかかつやくりを思い出して、それがまぎれもない事実なのだという確信を得る。

たすくちゃんは、私のヒーローなの。私がピンチのときには、いつも必ず助けてくれるヒーロー。たすくちゃんも、私だけのヒーローになるって、約束してくれたから……」

 おさなほほましい約束。

 頭が切れて行動力もある。も豊富だし、子どものころあかは、ちがいなくみんなの中心にいたタイプだろう。

「でもたすくちゃん、女の子にモテモテでね。だから、おさなみってだけでいつもいつしよにいる私は、反感を買っちゃって……。小学校の卒業式が近づいてきたある日、クラスの中心にいる女の子のグループに呼び出されちゃったの。校舎裏の、うすぐらくて、だれもいないところで囲まれて……すごくこわかった」

 とてもいやなものだが……容易に想像できてしまう。

 強すぎる光は、より強いかげを生む。

 のうは、かげじきになってしまったのだろう。

たすくちゃんのことが好きなのか、何様のつもりなのか、ってられて……だから私、きようからげるために、うそいたの」

うそ?」

たすくちゃんのことなんか全然好きじゃないって。私はあんな明るくて元気な人じゃなくて、私に似た暗くてオタクっぽい人が好きなんだって」

──っ!

 そこで、そうつながるのか……!

 かんの正体に思い至り、僕はひざたたきそうになる。

「女の子たちは、それでなつとくしてくれたみたいで、それ以降は呼び出されるようなこともなかったけど……。それから少ししたら、たすくちゃんは私みたいな暗い女の子じゃなくてもっと明るいギャルっぽい女の子が好きなんだってうわさが広まって……。だから私、たすくちゃんに好きになってもらえるように……ギャルになることにしたんだ」

 そうして二人は──決定的にすれちがってしまったのだ。

 僕はようやくすべてのなぞが解けた。

「でも、そうしたら今度はたすくちゃんが急にオタクになって……私、どうしたらいいのかわからなくなっちゃって……。結局そのままえんになっちゃったの」

「……なあのう

「なに?」

あかがどうしてオタクになったのか、その理由を知りたくないか?」

「それは……知りたいけど。もしかして、みなとくん知ってるの?」

「昨日、あかから聞いたからな」

 おどろいたように目を丸くするのうに、僕はたんたんと告げる。

「でも、そのまえに一つかくにんしておきたんだけど……。のうは今でもあかのことが好きなのか?」

「……わかんない」不安げに、彼女は首をる。「三年もまともに口をいてなかったんだよ? それに今のたすくちゃんは、私が好きだったころとはしやべり方も全然ちがうし……」

 でも──、とのうはそこで言葉を切った。

「でも、やさしいのは全然変わってなかった。実は私、牛肉のアレルギィがあるの。アレルギィっていってもそんなにひどいものじゃなくて、食べたらちょっとおなかが痛くなるくらいのものなんだけど」

 そこで昨日のバーベキューのことを思い出す。のうは肉ではなく野菜ばかりを食べていた。

 それは野菜が好きだからというよりも、肉が食べられなかったからなのか──。

「でも、カレー作るとき、たすくちゃんがさりげなくお肉じゃなくてシーフードのカレーにしようって提案してくれたでしょ? あれは……私のことを心配してくれたからだと思う」

 そういえばあのときの提案は、あかにしては少しごういんだと気になっていたのだ。

 まさかそんな事情があったとは。

「それに今日もばしのところで、かいしようとしてくれたでしょ? 私、高所きようしようだから……たぶんまたたすくちゃんがづかってくれたんだと思う。でも私は、たすくちゃんがどうして私なんかにやさしいのかわからなくて……いやな態度取っちゃった……」

「──今はどうだ?」僕はおだやかにける。「ばしとうぼくがあったときと、かつらくしたとき。あかは二度もいのちけでのうを守った。それでもおまえは、そのやさしさの意味に気づかないのか?」

 再び目を丸くするのうに、僕は推理を語る。

「──これは僕の想像も入ってるんだけど、のうった女子グループは、たぶんあかにも同じようなことをしたんだと思う」

「同じような……こと?」

「そうだ。たぶん、あかにものうのことが好きなのかさぐりを入れたんだ。そしてあかは、のうが女子グループに目を付けられていることに気づいており、どうにかしてやりたいと考えていた。そしてその結果──うそいたんだ」

うそを?」

「そうだ。のうがこれ以上女子グループのターゲットにされないように……自分の好みを当時の能美とは真逆の要素で表現したんだ。つまり──ギャルが好きだと」

──っ!

 のうおどろいたように口に手を当てる。

「そう、そこですれちがいが起きたんだ。あかは言ってたよ。のうとつぜんギャルになっておどろいたって。頭があかのことだ。だんならすぐに自分のうそがすれちがいのけになったことに気づいただろう。でも、のうのことになると、いつもの冷静なキレが発揮できなかったんだろうな。だからどうようして──今度はのううそを信じて、のうに好かれるためにオタクになることにした。そしてオタクになり他の女子連中からも興味を失われた結果、のうへのしつも止まったんだろう」

「じゃ、じゃあ、たすくちゃんは……?」

 声をふるわせてつぶやのうに、僕はやさしく告げる。

「初めから、ずっとおまえのことを思っていたし、ずっとおまえの気を引きたかっただけなんだよ」

「で、でも、たすくちゃんは、今はちゃんのことが好きだって……」

「……それは、に昔のおまえを重ね合わせてたからだよ。あいつ、おだやかでやさしい子が好きなんだって」

 さすがに父性とれんあい感情をごっちゃにしていた件はせるが、おおむちがったことは言っていないので許してほしい、と心の中でびる。

 のうは大きなひとみにゆっくりとなみだたたえていく。

「わ、私……たすくちゃんにひどいことたくさん言っちゃった……!」

「まあ、それはあかもだしな。おたがい様だろう。とにかく二人は、一度ちゃんと胸の内をしっかり話し合ったほうがいいよ。たぶんそれだけで──すべてが解決する」

「……うん。ありがとう、みなとくん」

 指の腹でなみだぬぐって──のうははにかんだ。

 そのみは、どこかのものにも似ていて、僕は少しドキリとしてしまう。

 に似ていたらドキリとしてしまうのかは、自分でもよくわからなかったけど──。

 ともあれ、これで二人の誤解が解ければ無事に問題解決だ。

 二人の仲が一向に進展しないから、一時はどうしたものかと絶望したが、どうにか丸く収まりそうでホッとする。

 ……何だかとてつもなく大切なことを忘れているような気もするけど。

「う……ん……」

 そのとき、こんこんとねむり続けていたが不意にうなった。僕とのうは顔を見合わせ、あわててに飛びつく。

ちゃん! 気がついたの……!」

 心配そうに声を上げる能美。はうっすらとそうぼうを開く。

「……ママ?」

ちゃん、けてるよ。ママはちゃんでしょう?」

 いや、おまえがママで合ってるんだよ、というっ込みがのどもとまで上がってきたが無理矢理飲み下す。今は茶化すような場面ではないのである。

 まどったように視線を彷徨さまよわせ、それから僕の顔を認めて何かを察したようにため息をいた。

「……そうだね、ごめん。少し、じようきようを教えてくれるかな」

 僕はが意識を失ってからの出来事を簡潔に説明する。

「──そう、あかくんが」

 あかが僕らのために一人で救助を呼びに行った下りで、は切なげな顔をした。

「……ねえ、みなとくん。今何時かわかる?」

「今は……午後七時過ぎだな」うでけいを見て答える。「腹減ったのか? だったら非常食で良ければあかが──」

「ううん、そうじゃなくて」

 そしては、視線だけを僕に向けてそれ告げた。

キャンプファイヤできなくなっちゃったなって

──ッ!?

 そこで僕はようやく自らのめい的なあやまちに気づく。

 すぐ目の前にある命の危機に気を取られるあまり、すっかり忘れていた。

 林間学校のキャンプファイヤで、あかのうがダンスをおどらなければ、宇宙はほうかいするのだということを。

 外の雨は一向にむ気配を見せておらず、僕らは現在進行形でそうなん中──。

 もはやどういてもキャンプファイヤなどじつできるじようきようではない。

 つまり──宇宙の崩壊は確定してしまったことになる。

「……そんな……バカな……」

「二人ともそんなにキャンプファイヤ楽しみにしてたの?」

 首をかしげるのうに、はかなげにほほんだ。

「──うん、そうだね。本当はとても大切な予定があったんだけど……全部なくなっちゃった」

 それからは再びそっと目を閉じた。

「……ごめんなさい。またちょっとねむくなっちゃったから、もう少しだけるね。足引っ張っちゃって、本当にごめん」

「気にしないで。ちゃんはたくさんて……早く元気になってね」

「……ありがとう、ママ」

 まるで別れの言葉のようにそう言ってから、今度は僕の頭の中に語りかけてくる。

みなとくんも……私のせいでこんなことに巻き込んじゃって、本当にごめん……)

(謝らないでくれよ……! それにまだキャンプファイヤができなくなったって決まったわけじゃ──)

 けんめいに解決策を考える。ていかんしたような、すがすがしささえ感じられる口調で続けた。

(私の身体からだの調子がずっとおかしかった理由、やっとわかったの。たぶん──存在が消えかかってるんだよ)

(存在が……消えかかってる……?)

(そう。私のお父さんとお母さんが、林間学校のキャンプファイヤでおどった、っていうのは、歴史に刻まれた一つの事実なの。でも、その事実のこうが不可能になった今、因果律のほうかいは確定してしまった。タイムパラドクスってやつだね。たぶん、宇宙全体のほうかいはもう少し時間をけて行われるんだと思うけど、まずは因果の中心にいる私が、この世界から否定され始めたの)

(……それで、動けなくなったってことか)

(うん。たぶん一週間まえから、この結果は決まってたんだろうね。だから少しずつ、私の身体からだはおかしくなっていったんだよ)

(そんな……何とか、何とかならないのか……!)

(何ともならないから……〈運命〉なんじゃないかな)

 冷たさすら感じられる口調で、は断言する。

(キャンプファイヤができない、っていうのは、もはや確定した一つの事実だよ。確定した事実をくつがえすには──因果をさかのぼるしかない。私が未来から、きみを助けるために来たみたいにね。でも、今の私にはタイムスリップなんて大層なことはできない。たぶんがわさんにもね。だからもう──どうしようもないんだよ)

 きつけられる現実に──僕は打ちひしがれる。

 もしかしたら僕は、〈運命〉を変えるということを甘くていたのかもしれない。

 一度、せき的なぐうぜんで〈運命〉を変えられたために──調子に乗ってしまった。

 今回のことも、あかのうをくっつければそれで問題解決なのだと、軽くそうとらえていた。

 だが、その大元にあったのはもっとあらがいがたいこうそく力みたいなもので。

 結局、僕はそのこうそく力にほんろうされるがまま──敗北した。

 初めからもっとしんけんとらえていれば、もしかしたら別の未来もあったかもしれないのに──そんなこうかいさえ後の祭りだ。

 くやしさにこぶしを固める。

みなとくんが責任を感じることなんかないよ)

 まるで母親が子どもをなだめるようなおだやかな口調では言う。

(初めから──〈運命〉を変えるなんて、人の身には過ぎたたいもうだったんだよ。それでも一度はそのたいもうを成したみなとくんは……すごいよ。本当に尊敬する。ごほうにちゅーしてあげたいくらいにはね)

(……気休めでもうれしいよ)

 なぐさめられるのは、逆にこたえる。いっそ無能とののしってくれれば楽なのに。

(──ねえ、みなとくん)

 は。

 わずかにそうぼうを開いてほほんだ。

(私ね、この時代に来て、みなとくんたちと出会えて、すごく楽しかったよ。色々バカなことをやって、たくさん笑って──すごく幸せだった)

(や……やめろよ……今生の別れみたいだろ……)

(中でも一番うれしかったことはね──きみに出会えたことだよ。私、それまであんまり年の近い男の子と関わることがなかったから、正直最初はみなとくんのことちょっとこわかったんだ。不真面目だし、根暗だし、友だち少ないし)

(……たのむよ、。そういう話は、今度にしよう? な? 今はもっと明るい話題で気分てんかんを──)

(でもみなとくんは、やさしかった。私の秘密を話しても、それまでと同じように、つうの女の子と同じように、私に接してくれた。それがすごくうれしくて……ドキドキした)

 つうの女の子と同じように──。

 それは、かつてあまかぜにも言われた言葉だ。

 つうではないがゆえに、つうあこがれる。

 そんなとしごろの少女が持つような小さな願いを、いだいていたというのか。

 僕はただ、人並み外れた不運という自らの異常から、いつぱん的とは異なる尺度で物事をとらえていただけなのに。

 それがにも、ささやかな安心をあたえていたというのだろうか。

(──なんかまたねむたくなってきちゃった。少し……ようかな……)

 不意にささやくように言うので、僕はあわてる。

(ま、待て! もう少し、もう少し何か話そう! そうだ、僕の中学のときのおもしろ不運エピソードを特別に教えてやろう! あれは中二の秋のことで──)

みなとくん……もしかしたら、もう目が覚めないかもしれないから……今のうちに伝えておきたいんだけど……)

(落ち着け! だいじようだ! おまえは必ず元気になる! 僕が約束する! またこのまえみたいに、れいに一発逆転で〈運命〉ってヤツを変えてやる! 僕を信じろ! だから、そんな今際いまわの際みたいなことは言わないで──)

(あのね、みなとくん……。これは……本当はかくさなきゃいけない気持ちなんだけど……私……たぶん……みなとくんのことが──)

 そこで不意に、それまで頭の中をせんゆうしていたの言葉がれた。

 あわてて横たわるの様子をうかがうと──彼女は苦しげにいきを立てていた。

 何もかもがまりでおくれで、頭の中はぐちゃぐちゃだった。

 無意識に手をばして、ほおれる。

 だんの前だというのに、そのはだおどろくほど冷たかった。

 ……たのむ、あか。早く……早くもどってきてくれ……!

 いのるように、強く願う。

 だが、現実とはなほどざんこくで。

 それから二時間っても三時間っても、あかもどってくることはなかった。



 だんの中でれる火を、僕はぼんやりとながめる。

 まきをくべると、たまにパチリと小気味のい音がひびくが変化と言えばそれくらいだ。

 時が止まってしまったかのような、あるいは永遠に引き延ばされているかのような、不思議な感覚だけが増大していく。

 意識はせいちよう。昼間あれだけ歩き回ってつかてているはずなのに、不思議とねむさはない。

 僕のとなりには、のうが仲良くとなってねむっていた。

 本当はのうと二時間こうたいで火の番をする約束をしていたが、のうつかれているはずなので朝までかしておいてやることにする。

 自己せい、なんてそんなご立派なものではない。

 どうせ僕は頭がえてねむれないのだから、これはただの適材適所というやつだ。

 時刻は午前一時を回ったところ。

 雨足はだいぶ収まったようだが、まだしとどに雨は降り続いていた。

 天候がなかなか回復しないのは、あまかぜが心配しているからだろうか。

 彼女を不安にさせてしまっていることを申し訳なく思いつつ、あいつの気持ちだいで天気が変わるのはめいわくだよな、とごとのようなかんがいいだく。

 あかは──無事にみんなの元へ辿たどけただろうか。

 おそらくだが、救助がおくれているのはこの雨のせいで山に人が入れないからなのだろう。明るくなったら、必ずあかが救助を連れてもどってくる。

 絶対に……あかに何かあって救助が来ていないわけではないのだと。

 僕はいのるようにそう思う。

(ぃ……)

 そこで不意に、また脳内にの意識が広がった。僕はあわててに飛びつく。

だいじようか! どこか苦しいのか!)

 必死のけに、しかしは答えず、独り言のように弱々しくつぶやく。

(……寒い……すごく寒いよ……みなとくん……)

 寒い? っている二人のために、だんも強めにいているつもりだったが……。

 僕は申し訳ないと思いつつも、毛布の中に手をっ込んではだれる。

 身体からだは──まるで生きていないかのように冷え切っていた。

「なんで……どうして……!」

 自分の力で発熱できなくなっているのか。

 しかし、彼女はだんの近くの一番暖かいところに横になっている。これ以上近づけたら火傷やけどの危険があるというのに……それでも彼女の身体からだを温めきれないというのか。

 必死に頭をひねって考える。効率的に彼女を温める方法を。

 そうして一つだけ原始的な方法を思いついたが……さすがにちゆうちよする。

 その方法にはりん的な問題があったからだ。

 せめてのうを起こして協力してもらうか──。

 そんな考えもかぶが、それではのうの負担になってしまうときやつする。

 ならばどうするかとさらに思考を進めて──僕はりんを捨てた。

 この非常時にりんもクソもない。

「……、悪い。ちょっとだけまんしてな」

 ささやくようにそう言って、僕はがくるまっていた毛布をぐ。

 らめくだんの赤い火に照らされた、幼いたいあらわになる。

 そのあまりの美しさに──僕は思わず息をむ。

 み一つない、白磁のように白くなめらかなはだふくとぼしく、肉付きも申し訳程度だったが──それでもまぎれもなくそれは少女の身体からだだった。

 うすももいろのレース地の下着だけを身に着けて横たわるは、神秘的な存在感を放っている。

 いつまででもながめていたいしようどうられたが、寒そうにぶるりと身体からだふるわせたを見て僕は我に返る。

 僕は、羽織っていた毛布を一度ゆかに置いてからはだかの彼女をきかかえる。

 そしてだんの前までもどり、あぐらをかいて座ると、その上にのおしりを乗せて背中から彼女をめた。

 はだはだとのせつしよく──。

──っ!

 そこで改めて彼女の身体からだの冷たさにおどろく。本当に──生きていないかのように冷え切っている。改めて毛布を羽織り、僕は冷たさに縮こまろうとする脳からの指令を無視して、強く彼女をめた。

(……んっ)

 びんかんな部分にれてしまったのか、どこかつやっぽいの声が脳内にひびく。まだ幼さを残した少女のやわはだれるという大罪に、心底申し訳なさを覚えながらも、僕は自らの体温を移すようにせつしよくを強める。

 それからの首元に顔をめていのるようにつぶやく。

「……たのむから早く元気になってくれ……〈運命〉なんか、僕がまたらしてやるから……。おまえがいないと、僕はダメなんだよ……なあ、……!」

 うでの中の小さな少女は何も答えない。

 ただ長い夜だけが、ゆっくりとけていく。

 いつしか雨音は聞こえなくなっていた。



 いつの間にか明け方近くになっていた。

 りガラスのようにくもった窓からは、朝日が差し込んで見える。どうやら雨雲は去り、再び夏の陽気がもどってきたようだ。

 平和な朝のおとずれをさけぶように、セミの鳴き声がひびき始める。

 時刻は午前五時。そうさく隊が動き始めるとしたらそろそろだろう。

 僕はのうを起こして、服を着させる。さすがにいきなりそうさく隊が現れたときにはんだったら彼女が可哀想かわいそうだ。

 のうは火の番をごしてしまったことをはんのまましきりに謝ってきたが、僕が勝手に起こさなかっただけだから気にするなと、ごういんなつとくさせた。

 ちなみには、夜明けまえにようやく体温が正常にもどったので、事前にまた毛布にくるんで板の間に横たえておいた。夜の間の秘密を知っているのは僕だけということになる。さすがにも夜の間中ずっとはんの僕とはだを重ねていたなんて事実を知ったらショックを受けるだろうから、この秘密は墓の下まで持っていくことに決めつつ僕もえる。

 体操服もジャージもなまがわきで気持ちが悪かったがこればかりは仕方がない。それからのうの服も着させてもらって、僕らのたくかんりようした。

 朝食は、あかの荷物に入っていたけいこう食と水を二人で分け合う。

「……私、おなか空いてない」

「気持ちはわかるがまんして無理にでも食べてくれ。あかが助けに来てくれたとき、おまえが腹を空かせてたら僕がどやされる」

「……みなとくん、ずるい」

 不服そうに僕をにらのうだったが、それでも大人しく食べてくれた。

 食事をったら──たんにやることがなくなった。

 というかそもそも、あかとうちやくを待ち続けたほうがいのか、それとも自発的に動いたほうがいのかもよくわからない。

 人生に正解なんてないのだ。

 それでも僕は、あかとの約束を信じてなん小屋で待つことをせんたくした。

 時間ばかりが経過し、やがて七時にかろうかというところで──それは起こった。

 なん小屋がとつぜんれ始めたのだ。

 質素な造りの小屋なのでつぶれてはまずいと、僕らは小屋を飛び出した。僕の背中にはこんこんとねむり続けるもいる。

 小屋の外に出てもれは続いているのでおそらくしんなのだろう。幸いなことにそれ以上はれがひどくなることもなくやがて収まっていった。

 小屋も無事な様子だ。ホッと胸をなで下ろして、再び小屋の中へもどったところで──再びのしんどう。またしんかとこしかしけるが、どうにも今度のものは、先ほどまでのものとは少し異なるようだった。

 れというよりは、もっと細かいしんどうのようで──。

──っ! のう! すぐに外へ出ろ!」

「え、あ、はい……っ!

 直感的におんなものを覚え、僕らは再び小屋の外へ出る。

 細かいしんどうはまだ続いている。むしろ少しずつ大きくなっているような気さえする。

 耳をますと、まるで地鳴りのような音も聞こえてくる。

 セミの声は──いつしかんでいた。

 次のしゆんかん、全身をかんのようなものがめぐり、僕は反射的に山側のけいしやを見上げる。

 そうして、絶句する。

「……ヤバい」

「え? みなとくん、何か言った?」

 かたわらで不思議そうに首をかしげるのう。僕は、きようのあまり張り付いてまりそうになるのどけんめいに開いて言う。

「……走れ」

「はい?」

「──走れっ!」

 僕は背中にを負ぶったまま、急いです。のうもそこでようやく非常事態に気づいたようで、あわてたように僕を追ってくる。

みなとくん! まさかあれ、しやくず!?

 今にも泣き出しそうな声でのうさけぶ。

 そう、ひびきの正体は──大規模なしやくずれだった。

 おそらく昨日の大雨でぬかるんだところに、先ほどのしんがダメ押しとなったのだろう。

 クソッ……! あまかぜとちょっとはなれただけだってのに、昨日から不運が過ぎる……!

 泣き言を思いながらも、とにかくけんめいに足を動かす。

 足場も悪く、またを背負っていることもあり、バランスを取ることさえ大変難しいが、火事場の馬鹿力というアレなのか、せき的に転ぶことなく僕の足は大地をみしめ続けている。

 横目にしやめんの上方を見る。まだこの辺りにとうたつするには少しのゆうがありそうだ。

 このまま行けば、れるかも──。

 そんなささやかな希望が見えてきたところで。

「──きゃっ!」

 背中からのうの短い悲鳴が上がる。あわてて足を止めてかえると──彼女は地面にたおしていた。

のう!」

 僕はる。しかし、のうは立ち上がらずにひざのあたりを押さえる。ジャージにはじんわりと赤い色がにじんでくる。

 まさか……を……。

 絶望という言葉がのうを過る。

みなとくんたちは先に行って……」

「ば、バカ言うなよ!」僕はりつける。「いいから立て! それから僕の背中にしがみつけ! は両手でかかえて走る!」

「無茶言わないでよ! そんなことしたら三人とも死んじゃうでしょ!」

 のうの言葉が、するどく心をえぐる。それは、だれが考えても明らかな結末だ。

 二の句をげずにいる僕に、のうはこの非常事態だというのにやさしげに言う。

「──私は、だいじようだから。ピンチのときには、必ずヒーローがけつけてくれるから……! 必ず、助けてくれるって、約束したんだから……!」

 それからのうは、かんきわまったように天に向かってさけんだ。

たすくちゃん……助けて……! 助けてっ! たすくちゃんっ!」

 悲痛な彼女のさけびはくうさんして──。


 ──次のしゆんかんせきが起きた。


───ッ!

 聞こえるはずのない声が聞こえる。

 いるはずのない男の声が聞こえる。

 最初はせきを望む心が生んだげんちようなのかと思った。

 しかし、のうおどろいたように目を丸くしているのを見て──それがただのげんちようではないことを知る。

 あわてて、今走ってきた道に視線を向ける。

 するとその先に。

 全身をどろにまみれさせながらもこちらへ向かって全力で走るあかたすくの姿が見えた。

「うそっ……たすくちゃん……ほんとうに、助けに……!」

 放心したようにつぶやのう

 あかは再びさけんだ。

みなと───ッ! 走れ───ッ!

 それを聞いたしゆんかん、絶望に固まっていた僕の足は、まるでうそのように軽くなり再び大地をり出すことができた。

 もう決してかえらない。ならば、かえらずともわかるからだ。

 僕の後ろには、だれよりもたよりになる男が走っているのだと。

──ッ! 散々待たせやがってこのろう!」

「ははっ、しかしヒーローはおくれて登場するものですぞっ!」

 すぐ横から皮肉っぽい、しかし軽快な返しが来る。

 いつの間に僕に並んでいたのか。ちらりと視線を横へ向ける。

 そこではあかが、ばしのときと同様に、のうをおひめっこの要領できかかえて僕にへいそうしていた。

おくれてしまって申し訳ないっ! 昨日の夕方過ぎには無事先生たちと合流できたのですが、昨夜の雨では山にそうさく隊を出せないと言われてしまいましてな。ならばせめて自分だけでもと一人でこっそりとみなと氏たちの元へもどろうとしたのですが、それもがし氏とあまかぜじように全力で止められてしまって──仕方なく夜明けまでまんしたのですぞっ!」

「それはあまかぜたちが正しいわ!」こんなじようきようだというのに笑えてくる。「それじゃあ、そうさく隊はどうなったんだよ」

「すぐ近くまで来ていますぞ。しかし、先ほどのしんで真っ先にしやくずれの危険を察知した自分だけが単独行動でなん小屋へ向かったのですぞ」

「相変わらず頭の回転と行動力がズバけてるな!」

「ちなみに、みなと氏たちがなん小屋から東に向かってげたような気がすると無線で教えてくれたのは、あまかぜじようですぞ。すごいですな、これが愛の力の成せるわざですかな?」

 おそらくがしのとっさの機転で、あまかぜに僕らの現在地を予想させたのだろう。あまかぜならば、たとえ当て推量でも正確に僕らの居場所を特定できるはず。どうやらまたこっそりとあまかぜの激運に救われていたらしい。

「それにしてもさすがはみなと氏ですぞ。みなと氏もいち早くしやくずれを察知して、を連れてしてくれたのでしょう? みなと氏は命の恩人ですぞっ!」

たすくちゃん……たすくちゃん……!」

 のうは先ほどからあかにしがみ付いてずっとえつらしていた。

たすくちゃん、ごめんね……! 私ずっとたすくちゃんのことかんちがいしてて……! それなのにたすくちゃんは、何度も私のことを助けてくれて……!」

「約束したからなっ!」

 あかは、そのときだけはオタク口調を止めてきっぱりと言い切った。

がピンチのときには、何があっても必ず俺がだれよりも早くけつける。俺はおまえだけのヒーローになってやるって、約束しただろうっ!」

たすくゃぁぁぁん!」

 もはやのうごうきゆうだった。どうやら……ねんしていたわだかまりは、思いのほかあっさりと解消されたらしい。

 本当に良かったと、心の底からそう思う。

 しむらくは、今、僕らが命に危機にひんしていなければ、というところなのだが。

 かろやかな気持ちで、僕はけんめいに足を動かす。

 ぐちを止め、歯を食いしばってひたすらにけ続けて──僕らはかろうじてしやくずれのえいきよう外までびることができた。

 昨日からいつすいもしておらず、体力がきかけている僕は元より、自分よりも背の高いのうかかえてちようきよダッシュをしたあかもまた限界だったようで、僕らは仲良くぬかるんだ地面にたおれ込んだ。

 ぜーはーぜーはー、と全力で呼吸を整える。

「……何とか……なるものですな……!」

 苦しげにあかうめいた。

「ああ……本当に……馬鹿げてるよ……! まさか、しやくずれから、走ってげるなんてな……!」

 僕も、息も絶え絶えに答える。

 呼吸をするのにもせいいつぱいなのに、何だかこうとうけい過ぎて笑えてきた。

 あかのうも同じだったようで、三人で苦しげに笑い合う。

 それからあかは上体を起こし、僕に向き直って手をかかげた。

 すぐにその意図を察して、僕も上体を起こし、かかげられた手に強く自分の手を重ねた。


 ──パァン!


 小気味のい快音が、真夏のそうてんへ高らかにひびわたった。

 いつしかセミの大合唱も再開していた。