「あびゃ~、実にいい湯でしたな~」

 大浴場からの帰り道。浴衣ゆかたに身を包んだあかは、年寄りくさくそんなことを言う。

「ごげんだな」紙パックのフルーツ牛乳を両手に、となりを歩きながら僕は応じる。

 あかは楽しそうに続けた。

「自分のようなごろ運動不足のキモオタには、今日の予定はなかなかにこくでしたからな。温泉で一日のつかれをやして、今や絶好調ですぞっ!」

 確かに僕も文化部(?)なので、その意見には賛成だった。

 朝、いつもより早起きしてから、ずっと何かしら動きっぱなしだったので、はんごうすいさんが終わってホテルへもどったときにはもうクタクタだった。少しはインドア派の体力のことも考えてスケジューリングをしてほしいとかく者をのろったものだったが、大浴場の温泉は最高の一言で、今はいくぶん回復していた。

 まあ、運動部の連中なんかはで泳ぐくらい元気いっぱいのようだったので、単純に僕らの体力が平均よりも足りていないのかもしれないけど……。

「こんなことなら、がし氏も来れば良かったのに残念でしたな」

 あかじやに言う。

 がしは、人とに入るのが苦手、という理由から部屋のシャワーを使っていた。

 いやまあ、本当のところは、女の子だから、の一言にきるのだけど、さすがにあかにそんなことを伝えられるはずもなく、僕はあいまいに笑う。

だれにでも得手不得手はあるからな。あまりせんさくしてやるなよ」

「それはもちろんそのつもりですが……」あかは残念そうだ。「がし氏が温泉を味わえなかったのは、少し可哀想かわいそうですな。あと旅の思い出に、男三人ではだかの付き合いがしてみたかったですぞ……」

「言動はイカれてるけど、おまえかなりいヤツだよね」

「余計な前置きがなければなおに喜べたのですけどなっ!」

 今日一日であかともずいぶんと打ち解けられた気がする。

 ちなみにあかでも眼鏡を着用していた。せっかくようやくがおが見られると思ったのに、それだけは少し残念だった。せめてまえがみだけでも上げたところを見てやろうともがんったが、結局それすらもかなわなかった。顔面てつぺきぼうぎよである。

 しい思いをりながら、じようげんとなりを歩くあかに目を向ける。

 並んで歩くと僕よりも頭一つ分ほどがらだが、今はがりのためかボサボサ頭のボリュームが増して少し大きく見えた。

「しかし、それにしても今日は本当に楽しかったですぞ」

 湯上がりのためかわずかにほおを紅潮させてあかは続ける。

「昼間も言いましたが、自分本当にこの林間学校には何の期待もしていなかったのですが、今までの学校イベントの中で一番楽しめていますぞ。それもこれも、すべてみなと氏が自分に声をけてくれたからですぞっ!」

「声をけたのはがしであって僕じゃないよ」しようしてかたすくめる。「でも、あかくんと同じ班になって、あかくんのことよく知れて、僕もうれしかったよ。これまで接点がなさすぎて、下手したらほとんどまともに会話しないまま卒業だったかもしれないからな」

 の一件がなければ、ちがいなく深く関わり合いになろうとは思わなかったタイプの人種だ。でも、実際こうして深く知ると、トリッキィなあかのうも実はとてもいヤツだったことがわかった。

 なかなかがたい体験だろう。

「み……みなと氏ィ!」

 かんきわまったようにあかは僕にしがみついてくる。

「自分のようなカス虫にそんなことを言ってくれたのは、みなと殿どのが初めてですぞっ! みなと氏は心の友ですぞっ!」

「大げさだな」湯上がりで暑い上に、男にきつかれて喜ぶしゆはないので無理矢理あかがす。「僕も正直友だちが少ないからな。あかくんさえ良ければ、林間学校が終わってからも仲良くしようぜ」

「もちろんですぞっ!」

 がりでった身体からだをくっつけ合う僕らを見て、通りすがりのクラスメイトたちがひそひそと何かを言い合っている。

「……みなとのやつ、男もイケるらしいぞ」

「……マジかよ。がしとのうわさは本当だったのか。クソッ、あまかぜさんや委員長、がわせんぱいにまで目をけられてるのにその上男にまで手を出すのか……! ただれたヤツめっ!」

 何やらひどい誤解をされているようだった。これ以上、おんとううわさが立つまえに、もう少し生活態度を改めたほうがいかもしれない、と思い直す。

 なおもしがみついてこようとするあかを片手で制しながら僕は早口で言う。

「それよりも早く部屋にもどろうぜ。これから真のお楽しみタイムが始まるんだからな」

「おおっ……! 修学旅行の夜イベントですなっ! まんやゲームでは定番ですぞっ!」

「ああ、夜通し語り合おうぜ。好きなやつの話とかな……!」

「うひょーっ! 自分、今から興奮してきましたぞっ!」

 ハイテンションにもろを挙げるあか

「……みなとたち、今夜はお楽しみらしいぞ」

「……マジかよ。ただれてるってレベルじゃねえな。今度からみなとのことは『夜王』と呼ぼう」

…………

 さすがに看過できないひそひそ話が聞こえてきたので、僕は誤解を解くため割って入る。

「──良かったら僕らの部屋へ遊びに来ないか? これから楽しいことをするんだけど」

『ヒィッ!?

 か顔を引きつらせ、声にならない悲鳴を上げたかと思ったら、クラスメイト二名は、そそくさと走り去って行ってしまった。

 ……せん。

 何だか事実とは異なるにんしきをクラスメイトたちにあたえてしまった可能性を心配しつつ、僕はあかと共に部屋へもどった。

「──やあ、おかえり」

 まどぎわなぞスペースですずんでいたがしは、顔だけをこちらに向けておだやかにほほんだ。

「ただいまもどりましたぞっ! おおっ、とんまでいていてくれたのですかっ! 何だか申し訳ないですぞっ!」

 部屋に川の字で並べられたとんを見て、あかかんたんの声を上げた。

「ははっ、ひまだったからね。気にしないでいいよ」がしなぞスペースからはしとんに移動してぺたりと座り込む。「それより大浴場はどうだった?」

「最高でしたぞっ! がし氏とごいつしよできなくて残念でしたぞ! でも、その代わりみなと氏がお土産みやげを買ってきましたぞ、ね、みなと氏!」

「え、あ、ああ」

 不意に水を向けられ、どうようさとられないように僕はさり気なく真ん中のとんに座り込む。

「ほらこれ。大浴場のはんでフルーツ牛乳買ってきたんだ。いつしよに飲もうぜ」

「わあ! うれしいな、ありがとう!」

 フルーツ牛乳をわたすと、がしは心底うれしそうに笑った。そんながしほほましく思いながらも──僕は気持ちが落ち着かない。

 すぐ目の前にいわゆる女の子座りで座り込むがしを改めて見やる。湯上がりのためかわずかに上気したはだかすかにあせばむうなじ。浴衣ゆかたえりもとからのぞこつなど、その存在すべてが異様にセクシィだった。あとメッチャにおいがする。

 さつそく紙パックにストローをしてチューチューとすすりながらも、がしは不思議そうに首をかしげる。

「──? どうかしたのかい、ろうくん?」

「い、いや、何でもないよ」

 声が裏返らないよう必死でコントロールする。

 湯上がりでうすの女の子が、目の前に無防備に座ってるじようきようきんちようしない男子高校生など存在しないのである。

 あと浴衣ゆかたのコスチュームパワーはんない。僕はコスプレしゆはなかったはずなのに……!

がし氏、そうしていると本当に女の子みたいですなぁ」何も知らない赤城がじやに言う。「美形は本当に目の保養になりますな、みなと氏」

「え、あ、う、うん。そ、そうだな」

「──みなと氏、どうようしすぎでは? ひょっとして、浴衣ゆかた姿のがし氏に欲情しているのでは?」

「し……してねえ! 断じてしてねえぞ!」

 必死にすが、今度はがしがそのすきのがさなかった。

「おや、ろうくんは僕に性的興奮をいだいてくれているのかい?」

 こちらの気も知らずに、いや、知っていてあえてだろうが、がしは悪いみをかべながら身を寄せて僕にしなだれかかってくる。

「お、おい、がしたのむからはなれてくれ……!」

「どうしてだい? 男同士、仲良くしようよ」

 うす浴衣ゆかたしに、熱い体温と女性特有のやわらかさが伝わってきた。

 トドメとばかりに、ふぅ、と耳にいききかけられる。

 ヤバい。理性ヤバい。

「はわわ! じ、自分、BLにもかんようですから、その、よろしければ小一時間ほど席を外すのもやぶさかではありませんぞっ!」

「変な気を回すなあかくん! たのむから僕といつしよにいてくれ!」

「つ、つまり三人でのプレイングをごしよもう……!?

ちがうそうじゃない!」

「自分そういうのは初めてですが……敬愛するみなと氏にならられても構わないですぞ……!」

「僕の話を聞いてくれ!」

 マジでどうやってしゆうしゆうつけるんだ、と理性がうすらいできたところで、がしはパッと僕からはなれた。

「ははっ、ごめんよ。からかいすぎた。ろうくんのことは好きだけど、まだそういうことをするのは早いもんね」

 口元に人差し指をえて、がしわいらしくウィンクをする。

 たのむから将来的な可能性をほのめかすのはやめてほしい。僕にはあまかぜという心に決めた人がいるのである。

「じょ、じようだんだったのですか……キモオタにはげきが強すぎたのですぞ……」

 あかは安心したように胸をなで下ろす。

あかくんもごめんね。僕も林間学校の夜で少しテンションが上がっちゃったみたいだ」

がし氏もお茶目さんですな!」

 お茶目さんで済ますなよ……僕はていそうの危機だよ……。

 しかしながら、いつまでもどうようしているわけにもいかないので、僕は無理矢理気持ちをえる。

「──じゃあ、とんがしがそこのはし、僕が真ん中で、あかくんが反対側ってことでいいな?」

 女性であるがしと、それを知らないあかとなわせて何かあったら大変なので一方的に決めてしまうが、特に反論は上がらなかった。

「それより消灯まで男三人で遊びましょうぞ!」

「じゃあ、僕トランプ持ってきてるから、ババきでもやろうか」

「おお、ババき! 自分、友情マンVSスペードマンが大好きですぞ!」

「今の若い子にはそのネタわかんねえよ……」僕は力なくっ込みを入れる。

 中央のとんの上で三人向かい合って座りつつ、だべりながらのババきが始まった。

「──それにしても意外だったな」

 ペアになったカードを中央に出しながら、不意にがしが口を開く。

「こういうときって男の子は、女の子の部屋に押しけるものだと思ってたよ」

「我ら草食ですからな……ね、みなと氏?」

「そんな安易に同意を求められても」

 ちなみに男子部屋と女子部屋はフロアごとに明確に分けられており、ろうは教師じんが定期的にじゆんかいしているらしい。この林間学校は、ホテル全体をウチの学校が貸し切っているため、他の宿しゆくはく客にめいわくけることがない。そのため、女子部屋にしのび込もうとする不届き者にはようしやないてつついを下す準備が整えられているのでくれぐれもバカなはしないように、と行きのバスの中で担任のむらさめが警告を発していた。

 たぶん今も、いも色のジャージを着たむらさめが、竹刀しない片手にホテルのろうはいかいしていることだろう。正直、絶対に出くわしたくない。

「みんな真面目だね」

 がしはどこかゆうにじませて僕らを見やる。女子からしたら、そういうときは男のほうから訪ねてきてほしいもので、ぜんを食おうともしない僕らのような大人しい男子はけいべつの対象なのだろうか……。マジで女心がわからん……。

 せっかくの機会なので聞いてみようか。

「たとえば──いや、これはマジのたとえ話だから話半分に聞いてほしいんだけど、もしもがしが女の子だったら、こういうじようきようでは男に遊びに来てほしいと思うのか?」

「うーん、そうだねえ」がしは意味深な流し目で僕を見る。「もしも僕が女の子で、それで気になる男子がいたとしたら、自分を訪ねてきてくれることを少し期待しちゃうかな。もちろん変な意味じゃなくて、ただじゆんすいるまえに少しお話できること自体がうれしいと思う」

「ではやはり、オオカミになれない我ら草食動物たちは、女子からすればヘタレクソカスゴミ虫なのですかな」

 意外にも真面目な顔であかたずねる。がしおだやかにほほんで首をる。

「そんなことないと思うよ。真面目なのは欠点ではなく美点だ。まあ、相手に何を求めるかは人それぞれだろうけど……僕が女子だったとしても、決しておくなきみたちをさげすむようなはしないから安心してほしいな」

がし氏……! やはり真のイケメンは心までイケメンですな……! 自分、がし氏にもみさおささげるかくができましたぞ……!」

「ははっ、えんりよしておくよ」がしさわやかにちゆうちよなく断った。

 けいべつされるわけではないのは、うれしい知らせだったが、やはりこういうじようきようだと女子はそういうことを期待してしまうものなのか……。あまかぜもそうなのであれば、僕もがんって彼女たちの部屋へおとずれたほうがいのだろうか、とそんなことを考えていたところで、ひかえめにドアがノックされた。

 ババきの手を止めて、僕らはいつせいにドアのほうへ視線を向ける。

「こんな時間にだれだろう。むらさめ先生かな?」がしつぶやく。

 時刻はすでに午後九時を回ったところだ。十時の消灯までしゆうみん準備のはずだが……。

 いぶかしく思いながらも、代表して僕がドアへ向かう。

「なんすか──」

 かぎを解いてドアを開く。

 するとその先にいたのはむらさめではなく──。

「──えへへ。来ちゃいました」

 浴衣ゆかた姿のあまかぜなでしこが立っていた。



 あまかぜは、どこか照れたようにもじもじとしていた。

 しかも彼女の後ろには、のうの姿もある。

 湯上がりのためか、かみを軽くげているあまかぜ。元々純和風のふんただよわせていることもあり、浴衣ゆかたが信じられないほどよく似合っていた。

 思わず──言葉を無くしてしまうほどに。

「……みなとくん。あまかぜさんに見とれるのはわかるけど、取りあえず中に入れてもらえないかな。こんなところだれかに見つかったら、それこそ言い訳が立たないよ」

「う……あ、ああ、そうだな……気がかなくてごめん……」

 てきで、僕は思考が真っ白になったまま、とりあえず三人を室内へ招き入れる。

 改めてドアを閉めたところでハタと気づく。

 いやいや……招き入れちゃマズいだろ……!

 そもそもなんで来たの? 何しに来たの? ああもう、相変わらずあまかぜわいくて良いにおいだなあ!

 混乱のきよくである。

 三人を部屋へ招き入れると、がしあかはさすがに意外そうな顔をした。

「えへへ、おじやしまーす」あまかぜは楽しそうに許可もなく僕のとんにぺたんと座り込む。「やっぱり修学旅行の夜といえば、こっそり異性のお部屋へおじやイベントですよね。これぞ青春のだいですっ! でも、ろうさんヘタレだから絶対に私たちのお部屋には遊びに来ないだろうと思ってこっちから押しけちゃいました」

「ははっ、完全にされていたね、ろうくん」がしさわやかに笑った。

「笑い事じゃねーんだわ……」マズいことになって僕は胃のとうつうを覚える。「絶対ヤバいって……むらさめに見つかったらマジでボコられるぞ……」

「まったくろうさんはビビりですねえ。向こうだってこのくらいのイベントは予想済みです。見つかったら、謝れば良いんですよ。別に不純異性交遊をしているわけでもなし」

 あくまでも悪びれないあまかぜ。こいつ大人しい見た目してるくせにメチャクチャごうたんなんだよなあ……!

「委員長ものうもどうしてあまかぜを止めなかった……!」

「やだなあ、みなとくん。やる気満々のあまかぜさんを私が止められるはずないでしょ」

「それはそのとおりなんだけど、胸を張って言うことじゃない……」

「あ、あーしは止めたんだよ……?」意外にも一番ノリでこういうことをしそうなのうはどこかおどおどしていた。「でも、しこっちとみくっちがどうしても行きたいって言うから、止めきれなくて……」

「おい、ギャルが一番真面目じゃねえか、どうなってんだよ!」

「まあまあ、ろうさん、落ち着いてください」あまかぜゆうの表情で僕に身を寄せ、耳元でささやく。「これも作戦ですよ作戦」

「……作戦?」

「『くっつけ♡二人の愛の重力』作戦です」

「そのクソずかしい作戦名まだ有効だったんだ!?

「夜イベントというとくしゆじようきように持ち込めば、のうさんとあかさんの関係も急接近にちがいありません!」

「……そうかなあ」

「あくまでもお二人の仲を取り持つための作戦ですからね。決して私が湯上がりに浴衣ゆかたを着たろうさんと楽しくおしゃべりしたいがために押しけたわけではありませんので」

「……そうかい」

「ちなみに今のはうそで、本当は私がろうさんと夜も楽しく遊びたくて来ました」

「ビックリするくらいあっさりと前言をひるがえした!?

「女の子だって男の子のお部屋に行きたいんです!」

すがすがしいまでに開き直ったな!」

ろうさん、浴衣ゆかたてきですね! 格好良すぎて、カツコウになっちゃいます!」

「ちょっと何言ってるかわからないですね……」

 自分で言うのもアレだけど、この子ちょっと僕のこと好きすぎじゃない……?

 いやまあ、うれしい限りなのだけど、うつわの小さい僕じゃその大海のような愛を受け止めきれないよ……!

「──あのう、お二人さん。イチャつきたいなら私たちへ行くんですけど」

 っ込みで、僕とあまかぜは磁石のN極とS極のようにはなれる。

ろうさん、それではくっついてしまいます」

「人の心を読むなよ!」

 あまかぜ、マジあなどれねえ。

「まま、それはさておき」あまかぜはあっさりと話題を変える。「せっかくみなさん同じ班になったのですから、この機にもっと仲良くなりたいと考えまして思い出作りに参っただいです。消灯時間にはちゃんとおいとましますので、それまでみんなで遊びましょう!」

「──消灯時間までなら、もしバレてもそれほどおこられないかな」意外にもがしが真っ先にあまかぜの提案に乗った。「ちょうど僕らもトランプで遊んでたところだからさ。せっかくだしみんなで遊ぼう」

「さすがはがしさん! 話がわかりますね!」

 あまかぜじようげんに指を鳴らした。

 どうやらはからずもまたあまかぜの望んだとおりの展開になってしまうらしい。

 いつもどおり、考えてどうにかなるものでもないので、僕はあきらめてじようきように流されることに決めた。おこられたらおこられたでまたそのときに考えよう。

「……じゃあ、何するんだ? ババきの続きでもやるか?」

「それでもいけど、せっかく六人もいるんだしだいごうでもやろうか」

「わあ、だいごう! 私、ずっとあこがれてたんです!」あまかぜは目をかがやかせる。「実際にやるのは初めてですが、いつかお友だちとやるときのためにルールはしっかりとあくしてきましたよ! さあ、『Qボンバー』でも『絶対革命』でも『エンペラー』でも何でもアリでいですよ!」

「……なんでそんなローカルルールにくわしいんだよ」

 知らない知らない。『エンペラー』とか聞いたこともない。

 軽く引く僕だったが、がしは相変わらずクールにいなす。

「今回は手軽にオーソドックスルールにしようか。『革命』『スペ3』『8切り』『都落ち』くらいでどうかな? あとはジョーカー一枚入れて『スペ3返し』もありかな。禁止上がりは2、8、ジョーカーでどうだろう?」

だいごうだいひんみんは二枚こうかんごうひんみんは一枚こうかんですかな?」とあか

「そうだね」がしうなずく。「このルールでだれか何かわからないことはあるかい?」

 車座になったみんなをながめるが、特に質問は上がらなかった。

 かなり標準的なルールだ。それほど難しいこともない。

 ただ一つだけねんこうがあったので、僕はとなりに座るあまかぜに耳打ちをする。

「……あくまでもあかのうの仲を取り持つためのゲームなんだから手加減しろよ」

「──? 手加減も何もだいごうなんて運のゲームじゃないですか。変なろうさんですね」

…………

 いや、それはそのとおりなんだけどさあ……! おまえ、まえにトランプやったとき無意識にチート能力使ってたじゃねえかよ……!

 不思議そうな顔でわいらしく小首をかしげるあまかぜせないものを感じるが、一応くぎしたのでだいじようだと信じたい。

「それより、もう少しゲームとして盛り上げるために演出を加えましょう!」

 まるで名案を思いついたかのようにあまかぜは手をたたいて注目を集める。

だいごうになった人は毎回、それ以外の人たちに何でも一つだけお願いを聞いてもらえるというのはどうでしょう?」

「……またけったいな条件を」

「でも、これくらいのほうがドキドキして楽しいでしょう? ろうさんだって、もしもだいごうになったら、私にあんなことやこんなことを命令することも可です!」

「じゃあ、僕が勝ったらあまかぜにたらふくピーマン食わせるわ」

おにですかあなたは!?

 いつもからかわれる側なので、めずらしく逆にからかうのたのしー。

「まあでも、勝者特権みたいなものはあったほうが盛り上がるのは事実だよね」がしは自ら中心となり話をとりまとめる。「僕はいと思うけど……みんなはどうかな?」

「私はいいよー。ただしえっちなお願いは禁止にすべきだと思うけどね」は現実的だ。

「あーしもいよ! バッチグーっしょ!」とのう

「自分も構わないですぞっ!」あかもノリノリだ。

 そんなわけで、きゆうきよ男女混合の絶対命令権付きだいごうが開始された──。



 だいごうというのは、シンプルに見えて意外と戦略性の深いゲームだ。

 2が最も強く、3が最も弱い。

 プレイヤーは、手札から選んだカードを場に出し、次のプレイヤーは場に出されたカードよりも強いカードを出さなければならない。

 一度に同じ数字のカードを複数枚出すことも可だ。その場合は、次プレイヤーもまた同じ枚数だけより強いカードを出していくことになる。

 それを延々とかえし、最も早く手札をすべて場に出したものが勝者──すなわちだいごうとなる。そして最後まで手札が残っていたものがだいひんみんだ。

 このきわめてシンプルなゲームに高度な戦略性をあたえるのが、先ほど少し話題になったルールというとくしゆな条件しばりだ。

 たとえば『8切り』は、8を場に出すとそれまで場に出ていたカードをすべて一度『流し』、新たなカードをまた場に一から出すことが可能になる。つまり一ターンでより多くのカードを消費できるわけだ。使い所さえちがえなければ、かなり有利にゲームを進められる。

 それらのとくしゆルールを使して、他のプレイヤーにいやがられながらも、とにかくひたすらに一位を目指すのがこのゲームのだいでもあるのだけど──。

 第一ゲーム。

「ハイ、2の8切りの4で上がり! ではさつそく、これからじように必ず『にゃ』を付けるのですぞ!」

「そ……そんにゃあ!」

 第二ゲーム。

「8切りのエースの革命で上がり! さあ、続けてじようはこれから必ず自分を『お兄ちゃん』と呼ぶのですぞ!」

「お……お兄ちゃん……かんべんしてほしいにゃ……!

 第三ゲーム。

「2の三枚と、エースの三枚と、最後6で上がり! ではせっかくなのでじよういちにんしようを『』に変え、ついでに他のみんなのことも『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』と呼ぶのですぞ!」

「ふ、ふええ……お兄ちゃん、お姉ちゃん……やさしくしてほしいにゃ……!

 あか、バカ強くてそう状態。

 マジで何らかのこうりやく法でもあるんじゃないかというくらい一方的にあかは勝ち続ける。そしてひたすら標的にされるびんでならない。

 ──ただ。

 だん真面目でかくてきかたいイメージの強いわいさをひたすらに引き出し続けているのは、天才的と言わざるを得なかったが。

「くっくっく……実は自分、オタクにありがちなあらゆるゲームに精通するゲームマスターなのですぞ! この程度の簡単なだいごうなど赤子の手をひねるようなものですぞ!」

 いや、ありがちではないだろう……!

 いくらシステム的にだいごうが勝ちやすいとは言っても、少なからずあまかぜごううんが作用しているはずのこの場において、それでも勝ち続けるというのは、明らかにじんじようのことではない。

 元々、頭の回転は速いほうだと思っていたが、どうやらあかは思っていた以上に頭がいらしい。

(ふええ……みなとくん……助けて……)

 脳内に悲しげなの声がひびく。同情的な気持ちにはなるが、僕は心をおににして返す。

(──何か、足りてなくないか?)

……ッ!

 じよくに満ちたように顔をしかめるが、それでもほおしゆに染め大人しく続ける。

(こ、ろうお兄ちゃん……のこと、助けてほしいにゃ……!

(クッソわいくて草)

(──なにわろてんねん)

(……すみません、調子乗りました)

 急な真顔関西弁止めろよ……マジでこわいわ……。

じようだんはともかく……確かにじようきようとしてはあまりよろしくもないな……。あかのうをくっつけるためのイベントのはずが、これじゃあただただあかそうして楽しんでるだけだ)

(……みなとくんも楽しんでない?)

(──全然そんなことないよ? ただわいいなあ、と思って)

(今のじようきようで言われてもうれしくないよ!)

 僕にしかわからないように、は小さくほおふくらませる。わいい。

(じゃあ、これからはもっとつうの状態のときにわいいって言うわ)

(それならまあ……って、そうじゃなくて! そういうのは私じゃなくてあまかぜさんに言ってあげてよ! このドなんカス男!)

とつぜんしんらつぼうなぐってくるのやめて!)

 心の準備ができてないからダメージ倍増だよ。

(とりあえず、あかそうを止めるのには賛成だ。これ以上わいさをあかに知られるわけにはいかないからな)

(……なんかちょっとかるけど、あかくんを都落ちさせるのなら私も協力するよ)

(というか、ゲーム強すぎるんだけど、何者なんだコイツ)

(何者ってただのいつぱんじんだけど……。でも確かに、お父さんからは小さいころに色々ゲーム教えてもらったけど一回も勝てたことなかったかも。IQ148らしいよ)

(そんないつぱんじんいてたまるか!)

 ガチのバケモノじゃねえか!

(とにかくもはや手段は選ばない。何をしてでも、あかだいごうの座から引きずり下ろすぞ)

(そうは言っても、みなとくんさっきからずっとだいひんみんなんだけどね)

(それは言うな!)

 そう、実は三連続だいひんみんです……。ちょっと手札が悪すぎる。

(今だとあかくんにハイカード集まってるから、ローカードでだれか革命してくれないとどうしようもないよね。ちなみに私は無理だよ)

(僕も無理だけど、それでもあまかぜなら……! あまかぜならきっと何とかしてくれる……!)

 ごううんえいきようか、あまかぜは三連続でジョーカーを手札に持っていた。そしてずっと平民なので手札のやり取りもなく、おそらく次のゲームでも彼女の手元にジョーカーが行く可能性が高いことがわかる。

 つまりどうにかしてあまかぜに手番をわたしてやれば、チャンスはある、ということだ。

 あまかぜマジせんどうあきら

 僕はあまかぜにすべてをたくすために一計を案じる。

「──なあ、あかくん。提案があるんだが」

「なんですかな?」

「手番、逆にしない?」

 現在の順番は、僕から時計回りにあかがしのうあまかぜとなっている。つまりだいひんみんである僕の手番から始まったとしても、次のあかがハイカードで場を流し、そのままそうするというパターンができあがってしまっているのだ。

 この悪い流れをるためにも、まずはこの順番を変えるしかない。

「そうですな……まあ、他ならぬみなと氏のたのみですからな、構いませんぞ」

 勝者のゆうからか、あかかいだくしてくれた。

 やった……! げん取ったぞ……!

 僕はあまかぜに軽く目配せをする。あまかぜはそれを見て小さくうなずいた。彼女は空気は読まないが、決して馬鹿ではない。というか、頭はかなりいほうだ。だから、このじようきようでも僕の意図をいつしゆんで察してくれる。

 僕はあまかぜを信じて、場に7を一枚だけ出す。

「ハイ! 8で切ります!」

 あまかぜは元気よく場を一度切り──。

「では、3の三枚とジョーカー一枚で革命します!」

「な、なんですとぉ!?きようがくするあか

 3の革命は少なくともターン内での革命返しも不可能だ。仮にあかが何らかのカードを四枚かかえていたとしても、ヤツの手番になるまでこの革命状態を受け入れるしかない。

 しかし──都落ちというルールの性質上、だいごうの人間は一度の機会で集中的にねらわれる。

 次ターン、あまかぜのハイカード二枚出しから始まり、僕の意図を読んだらしいがしの7二枚出し(つまりあかの8切りふうじだ)でてつていてきあかの手をおくらせる。あかはかろうじて5の二枚出しで応戦するが、そこで僕の4の二枚出しでダメ押し。

 そこからはローカード長者である僕の独擅場だ。8切りとローカード連打により、無事に僕がだいごうになった。

 あかは当然都落ちによりだいひんみん決定。

「こ……これは計算外ですぞォー!」

 まんやアニメに出てくる頭脳派キャラのようなだんまつを上げて、あかとんたおした。

 その後、あまかぜごうがしひんみん、という結果でこのゲームはしゆうりようした。

「いやあ、何というか、大おうをパーティ全員で力を合わせてたおしたようなろう感があるな」

「ひ、ひどいですぞぉ! 自分、何も悪いことはしてないのにぃ!」

「──でもたすくお兄ちゃん、のこと集中的にねらってたにゃ?」

 泣き言をさけあかに、は冷たい声をけた。

「それは……その、調子に乗って申し訳なかったですぞっ!」

 あかはビクリとふるえた後、その場で土下座した。

 とにかくこれでようやく多少は平等なゲーム展開ができそうでホッとする。っと、そのまえにだいごう特典のお願いがあったか。

 何しようかな……。あまかぜにあんなことやそんなことをお願いしてみるか……? いやでも、あまかぜならだんでもお願いすれば何でも喜んでやりそうだしな……。

 というか、ほかの面々も何だかんだ言ってたいていのお願いは聞いてくれそうな気がするので、わざわざゲームの勝者特典として何かをお願いするのは、少しもつたいない気もする。

 ならば、だんではお願いを聞いてくれなさそうな人にねらいを定めるしか──。

 と、そんなことを考えていたところで。


 ──ガチャ。


 とつぜん、ドアのかいじよう音がひびいた。

 たん、水を打ったように室内が静まり返る。

 何が起こったのか。いつしゆんであらゆる可能性を検討し、そしてほぼ全員同時に一つの結論に至った。

 見回りの教師は、ホテル側からマスタキーを預かっているので、すべての部屋に自由に出入りできる。

 つまり──ピンポイントでこの部屋に教師が様子を見に来たのだと。

 思考から行動へのてんかんいつしゆんだった。

 とにかく女子連中をかくしてやり過ごすしかない。

 あわただしく僕らはトランプを投げ出し電気を消して、りをする。

 結果──僕はとんの中にあまかぜの二人をき込むことになってしまった。

 ドアの開かれる音。

 あまかぜたちの館内スリッパは、万が一のことを考えて事前にかくしてあるので少なくともそこから彼女たちの存在がバレることはない。

 続くふすまを開く音と、何者かがすぐ側に立っている気配を感じる。

 僕の心臓はあり得ないほどのはやがねを打っている。

 あまかぜたちを部屋に連れ込んでいるのがバレるかもしれないというきんちようと、そもそもそのあまかぜたちと身体からだを密着させているという別のきんちようのせいだ。

 二人とも、少しでもとんふくらみを小さく見せようと僕に強くしがみついてきている。それはもう当然、本来であれば当たってはいけないあんなところやこんなところもようしやなく接合しているわけで、まあこれできんちようしない思春期の男子高校生がいたら見てみたいレベルだ。

 ちょうど胸のあたりに二人の顔が来ているため、たぶんちがいなく僕の心音は聞かれてしまっている。でも──僕もうでのあたりに二人の異様に速い心音を感じているのでそういう意味ではおあいこと言えるのかもしれないけれども──。

「──もうているのか、みなと

 ふすまのところに立つ何者かの声。これは……むらさめの声だ。

「……ね、てます(裏声)」

「起きてるじゃないか」

 ありきたりなやり取りでどうにか様子をうかがう。

「せ、先生の声で起きてしまっただけです。いつ何時であれ、先生の口からつむがれるありがたいお言葉をのがすわけには参りませんので」

「それはしゆしようこころけだな」

 あやしんでいるのかそうじゃないのか。何とも言えない調子で、むらさめたんたんと続ける。

「──ときにみなと

「……ハイ」

とんみように盛り上がって見えるが……おまえの身体からだはそんなに大きかっただろうか」

 ギクゥ!

「せ、成長期なんで……! 男子三日会わざればかつもくして見よというアレです」

「昼間会ったはずだが」

「我ながら竹のごとき成長速度でおどろきを禁じえません」

「そ、そういうものか……」

 あきれたのか、あきらめたのか、むらさめはわずかに引く。好機と見て僕はめに転じる。

「しかしむらさめ先生、こんな時間に何用でしょうか? 我が班員は昼間の強行軍につかてており、早く静かで上質なすいみんを取らせてやりたいのですが」

「用というほどの用ではないのだがな……」むらさめしんみように言う。「みなとのことだから、部屋に女子を連れ込んで乱交パーティでもやっているものかと」

ひどへんけんだ!」

 現状、そのへんけんは当たらずとも遠からずなんだけどさあ!

「もしもそんなことをしていたならば──」

 そこで言葉を切り、次いでびょお、という空気をするどい音がひびく。

「この〈ムラサメ・ブレード〉が再びおまえの血をほつすることになっていただろう」

…………

 この担任こわすぎるよ……。

 ちなみにむらさめは、自分の竹刀しないに名前を付けて喜んでいるだけのイタイ大人ではない。

 実際のところは、がしの所属する〈SSP財団〉というちよう能力組織の一員で、付いた二つ名が〈〉。彼女は棒状のものをにぎるだけで、あらゆるものをだんれつする〈ようとうむらさめ〉をけんげんさせるというなしの化け物なのである。

 以前、そのようとうとやらで痛い目にわされた(物理)僕としては、そのおどしはただただきようするほかない。

 しばしだまり込んで僕を見下ろすむらさめだったが……やがてため息をく。

「……まあ、いい。起こして悪かったな。ゆっくり休め」

 それだけ言い残すと、さっさと出て行ってしまった。ガチャリ、とじようの音がひびくが、まだ安心はできない。

 ただ、いつまでもあまかぜたちをとんの中に押し込めておくのも申し訳ないので、せめて少しは空気が入るようにとわずかにとんめくってみる。

 とんの中からは──あまかぜうるんだひとみでこちらを見上げていた。

「あ、あの……ろうさん……」あまかぜが僕とにだけ聞こえる小声でささやく。「もしかしたら先生がもどってくるかもしれないので、もう少しこのままでいても良いでしょうか……?」

「そ、そうだね……それがいね……!」も同意する。「むらさめ先生、こわいもんね……! 決してもうちょっとみなとくんにきついていたいとか、そういうよこしまな考えがあるわけじゃないからかんちがいしないでよね……!」

「いや、それはわかってるけどさ……きみら暑くないの?」

 クーラーが効いてるとはいえ、真夏にとんかぶってるのはさすがに暑いはずだ。

 しかし──。

「い、いえ、全然そんなことないですよ? むしろ私はまだ少しはだざむいくらいなので、もうちょっと強めにぎゅーしてもらっても良いですか?」

「じゃ、じゃあ私も……」

「僕はクソ暑いんだけど……」

 がりだというのに、すでに全身あせと何か別の感じのあせでびしょれだ。というか、あまかぜあせばんでいる気がするけど……。

 でも、実際問題もうしばらくは様子を見ないといけないのも事実なので、二人がいやでないのであればこのままでいよう。

 ……もしかしたらまんをして、いやいや僕にしがみついているだけなのかもしれないけれども。

「……なんか二人とも息があらくない? やっぱり暑いんじゃ……?

「い、いえ! 決してそのようなことは! ねえ、さん!」

「う、うん! 全然暑くないし、それに今の状態に興奮して過呼吸になってるとか、全然そういうんじゃないから!」

「それはわかってるけどさ……」

 一々ちゆうしやくを入れなくてもだいじようだけど。

 りちだなあ。

 …………

 というか、クラスメイトの女子二人とって一つのとんてるって今のじようきよう、冷静に考えるとヤバいな……。僕は内にねむけものを静めるために、頭の中で必死に素数を数える。

 0、1、1、2、3、5、8、13……。

ろうさん、それは素数ではなくフィボナッチ数列です」

「だから人の心を読むなよ!」

 あまかぜ、多芸が過ぎる。

 結局そのままの状態で五分ほどが経過したところで、さすがにもうむらさめもどってこないだろうと結論づけて、がしは再び電気をけた。

 それに合わせてもぞもぞとあまかぜの二人は僕のとんからてくる。

「……いや、おまえらあせだくじゃねえか!」

 僕もだけどさあ!

「まさか二人ともずっとろうくんのとんかくれていたのかい?」

 さすがのがしも目を丸くする。

「いやあ……なかなか外に出るタイミングがわからなくて……」あまかぜは額に張り付いたかみを整えながらずかしそうにつぶやく。「でも、全然暑くはなかったので。これはいつむらさめ先生がもどってくるかという不安かられ出たあせなのでどうかお気になさらず」

「……右に同じ」

 めずらしくは言葉数少なめにうつむいた。げんそうにも見えるが、耳が赤いのでたぶんずかしがっているだけだと思われる。でも、そういう反応をされると僕もずかしくなってくるので、できればたとえずかしかったとしても何事もなかったかのようにいつもどおりにってくれるほうがありがたい。

 がしは二人の様子をながめて、ふむ、とつぶやく。

「まあ、あせだとしてもあせあせだからね。ちゃんと水分補給したほうがいいよ」

「──ハイ。お部屋にもどったら必ず」

「……るまえにもう一度シャワーも浴びないとだね」

 二人とも大人しくがしの忠告を受け入れる。

 と、そこで新たな疑問。

 そういえば、能美はどこにかくれたんだ……?

 改めて室内を見回して──。

「……みなと氏ぃ……助けてくだされぇ……」

 の鳴くようなあかの声が聞こえた。視線を下ろすと、はしとんあかは横になったままだった。

「……何してんの?」

 当然の疑問をけると、あかとんから左手だけ出して自分のとんを指さした。何事かと思ってとんめくってみると──。

「すこー……」

 先ほどの僕らと同じように、あかにしがみついたのうが高らかにいきを立てていた。

「……何してんの?」

 じようきようがわからず同じ問いをかえす。あかは困ったように小声で答えた。

むらさめ先生の登場で、仕方なくのうを自分のとんの中にかくしたのですが……よほどつかれていたのかそのままってしまったのですぞ……。起こそうにもれたらセクハラキモオタクソカスブタろう死ねとののしられそうで手が出せず……」

「……さすがののうもそこまでは言わないと思うけど」

 のうだいたんにも浴衣ゆかたむなもとをはだけ、今にもこぼそうなところをあかにしがみつくことでかろうじてかいしているような状態でっている。

「というか、何かちやちや幸せそうな顔でてるけど」

「きっとケーキバイキングに行っている夢でも見ているのですぞ。ギャルというのは本当に単純な生き物ですな」

「でも、おまえら仲悪いんじゃなかったっけ……? そんな相手にしがみついて暢気のんきるかな……?」

「昼間のつかれがとつぜん来たのでしょう。そしてたぶんまくらがないとねむれないタイプの人種であり、それ以上の意味などないですぞ。自分などギャルから見ればまくら程度の存在ですぞ」

「……そうかなあ」

 色々とっ込みどころはあったが、さすがに目のやり場に困るということで、女子二人で協力してあかからのうがした。

のうさん、起きてください。お部屋にもどりますよ」

「んぅ……あれ……しこっち……?」

 あまかぜすられてようやく能美は目を覚ます。

「ほら、のうさんしっかりして。お部屋もどったらまたのんびりて良いからがんって」

「ふぁい……みくママ……」

 ふらつくのうを両サイドからあまかぜで支えながら、三人は部屋を出て行った。

 少し心配ではあるが……さすがに僕らが三人を部屋まで送り届けるわけにもいかないので、今は彼女たちを信じることにしよう。

 というかそもそも元を辿たどれば、あの三人が勝手に僕らの部屋に押しけてきただけであって、この一連のそうどうに僕が責任を感じる必要性など本当は一ミリもないのだった。

 時計をかくにんすると、とっくに消灯時間を過ぎていた。

 今の一連のそうどうづかれと、昼間のつかれのハイブリッドろうもあり、そこから最初のババきを再開する気力も起こらず僕らも早々にしゆうみんすることにした。

 電気を消して再びとんもぐり込む。

 ところが、とんに残ったあまかぜの残り香にドキドキしてしまってなかなかねむれない。あまかぜびやくだんのような上品で高貴な香りで、はもう少し甘くさわやかな果実のような香りだ。いやマジで女の子ってどうしてあんなににおいするんだろう。生命の神秘だった。

 目をつぶるとまぶたの裏に良からぬもうそうが展開されるが、必死に見て見ぬりをする。

 やがてひだりどなりからはがしの規則正しいいきが聞こえてきた。そういえば、今の今まですっかり失念していたが、リアルタイムでとなりに女の子が無防備にっているじようきようでもあるんだよな……。がしのことはなるべく意識しないようにこころけてはいるのだけど、それにしても限界というものはある。特に今の感覚がえいびんになっている状態でがしを意識しないことなど不可能だ。

 それでもどうにか全力でがしのことを意識のかたすみへと追いやる。

 結果、身体からだは全力でつかれているのに精神ばかりがたかぶってまるでけない。そんな生殺しのようなもんもんとした時間を過ごしていると──。

「──みなと氏」

 不意にあかけられた。

「……どうした。ねむれないのか?」

みなと氏も同じでしょう。大方、とんの残り香に興奮でもしているのでは?」

「おまえはエスパーか」

いんの者の考えそうなことなどお見通しですぞ」

いんキャ特有の共感覚がつらい!」

「なに、ご安心を。自分も似たようなものですぞ」

 そういえばあかとんの中にずっとのうをかくまっていたのだったか。

「……意外だな。ギャルぎらいでも、においとか意識するものなのか」

 いつもの調子で軽口を返す。てっきり勢いよく否定されるものかと思ったが──。

「……そうですな」

 あっさりとこうていされてしまい僕も対応に困る。何だかみような気分だ。たかぶった意識と、平常とは異なるテンポの会話。頭がふわふわして、すでに夢の中にいるのかとさつかくする。

みなと氏はめいわくに感じるかもしれませんが……自分はこの林間学校を通じて、本当にみなと氏のことを友人のように感じていますぞ」

めいわくなはずないだろ。僕はもう親友のつもりだぞ」

いんの者にありがちなきよ感のめ方がここいですな」

「言い方ァ!」

 事実かもしれないけどさあ! もっとマシな表現あるだろ!

「急にどうしたよ。まさかおまえ……消えるのか……?」

 だかむなさわぎがしてたずねると、あかいつぱく置いて答えた。

「いや、まったくこれっぽっちも全然じんも消えないですぞ」

「ですよね!」

 それはそうだ。最近、ちようじようのことが重なりすぎて少し思考が変な方向にかたよってしまった。

「……じゃあなんでわざわざそんなこと口に出してかくにんしたんだよ」

「友人の……いや、親友のみなと氏には話しておきたいことがありましてな」

 その言葉でピンときた。

「もしかして……のうのことか?」

「……はい。みなと氏はやさしいので否定するでしょうが、実はずっと自分たちの関係性に疑問を持ち、気にけてくれていたのでしょう?」

…………

 僕は単純に宇宙ほうかいかいするためごういんに二人をくっつけようとしていただけだが……い感じに誤解をしてくれているようなので、そういうことにしておこう。

 あかはどこかせきりようを感じさせる口調で続けた。

みなと氏の予想どおり……自分たちはただ反目し合うだけのオタクとギャルではないのですぞ。自分とのうは……実はおさなみなのです」

「……おさなみ」

 あまりにも意外な言葉に、僕はおうむ返しをする。

「両親同士が仲良しでしてな。それで物心ついたときから、のうとはずっといつしよだったのです。自分にとってのうは、家族……妹のような存在なのですぞ」

────

 むすめですら二人のめを知らなかった疑問が解消された。それはそうだ。そもそもめなんてものは存在しなかったのだから。二人は生まれたときからずっといつしよだった。となりにいて当たり前の存在だったのだ──。

「小学生のころのうは、引っ込みあんでしてな。いつも自分の後ろにかくれて様子を見ているような子でした。でも、自分と二人だけのときは、明るくそうめいで、そしてだれよりもやさしい女の子だったのですぞ。そんなのうを、自分はとても愛おしく思っていました」

 引っ込みあんで赤城の後ろにかくれている様子など、今ののうからは想像もできない。

「でも──小学校の卒業を間近にしたある日、のうとつぜん変わってしまったのですな」

「……変わった?」

「自分と目を合わさなくなって……そして、ギャルになってしまったのです」

「え、な、なんで?」

 急な展開に僕はまどう。今の話のいったいどこに不仲になってギャル化する要素があったんだよ。

「……自分もそれがわからなくて困っているのですぞ。もしかしたら、何か彼女の気にさわるようなことをしてしまったのかもしれませんが……とんと見当もつかないのです。そんな折に、のうの好みのタイプはオタクだという風聞を耳にしましてな。実は自分、そのころまんもアニメもゲームも知らないしゆでつまらない人間でして。ならばと、いちねんほつしてたくさん勉強してオタクになったのですぞ。すべては……もう一度のうに向き合ってもらいたい一心で」

「そう、だったのか……」

 そんな悲しい過去があったなんて……考えもしなかった。

「なんか……ごめん。つらいこと思い出させちゃって……。僕が変なせんさくなんかしたせいだよな……」

みなと氏が悪いのではありませんぞ。いずれにせよ、自分が親友のみなと氏には話しておきたかっただけですからな」あかはあえて僕に気をつかわせないようほがらかに言う。「ちなみにオタクになった結果、ますますのうからはきらわれることになりましたぞ」

がれえ……!」

 泣いちゃいそうだよ……。

「じゃあ、さ……」僕は言うか言うまいかいつしゆんなやむが、それでもあえてたずねる。「本当はのうのこと、今でも好きなのか?」

「──わかりません」あかさびしそうに答える。「今ののうは、自分が好きだったころのうとはまったくの別人のように思えてしまうのです。今ののうを好きになることは……正直難しいですな。自分、どちらかというとおだやかでやさしい子が好みですぞ」

 好みのタイプは、昔ののうってことか。確かにそれは今のとも通じるところがある。

「それで新しいこいでも探そうとしていたところに……急にじようが現れたのですぞ。これまで女性にときめいたことなど一度もありませんでしたからな。のうは……まあ、妹みたいなものでしたし。とにかく、これは運命の出会いにちがいないと思ってとつこうしたら……しゆんさつでしたぞ」

「……その節は大変申しわけございませんでした」

 平謝りするほかない。

「それももう気にしないでほしいですぞ。おかげでこうしてみなと氏と仲良くなれたのですからな……自分にはそれで十分ですぞ」

「人間ができすぎている……!」

 聖人なの?

「それより自分の話ばかりでおもしろくないですな。みなと氏のれんあい事情も教えてほしいですぞ」

「……僕のれんあい事情ねえ」

 エピソードには事欠かないが、あかに気軽に話せることかどうかはなやみどころだ。

「今日一日、みなと氏を観察して思ったのですが……やはりみなと氏はあまかぜじようのことが好きなのですな」

 推定ではなく断定。

 そうかとも思ったが、秘密を打ち明けてくれたあかにそれは不誠実だと思って正直に答える。

「……うん。僕はあまかぜが好きだ」

 がしに聞かれていたらちょっと困るなと思ったが、相変わらず規則的ないきを立てているのでだいじようだろう。たぬきりではないと信じたい。

「あいつの事情もあるからあまりくわしくは話せないんだけどさ、あいつずっと身体からだが弱くて中学までまともに学校に通えなかったらしいんだよ。だから高校から初めての学校生活で……僕はあいつの青春を全力でおうえんしてやるって決めたんだ」

「──てきな話ではありませんか」あかは達観したようなやさしげな口調で言った。「あまかぜじようみなと氏と過ごす青春をとても楽しんでおりますぞ。今日一日二人を見ていて、自分はそれを確信しましたぞ」

「楽しんで……もらえてるかな」

 そうだと信じたいし、僕自身も全力でのぞんではいるけれども、そればかりはあまかぜの裁量だいなので僕にはどうしようもない。

 でも──客観的な赤城の言葉はなおうれしかった。

「そういえば、転入初日から二人は面識があったようでしたが……めはどんな感じだったので?」

「食パンくわえて走ってきたあまかぜとぶつかったことかな」

「ははは、みなと氏はじようだんが上手ですなあ。今日きようそんなJKがいるはずないでしょうに」

────

「……え、まさか本当に?」

「うん」

「……やはりみなと氏はラブコメ主人公でしたか。にくい……みなと氏が急ににくく思えてきましたぞ……!」

たのむから僕をそんな安いキャラで見ないでくれ!」

 益体もない会話をひろげながら。

 男だけの秘密の夜は、静かにけていった──。