ろうさん、ろうさん! 楽しみですね!」

 林間学校の場へ向かうバスに乗り込むための待ち時間に──となりに立つあまかぜは、脳天気ながおでこちらを見上げてきた。

「あんまりはしゃぐと最終日まで保たないぞ」

「そ、そうですよね! おうちに帰るまでが遠足ですものね!」

 僕は、はしゃぐあまかぜほほましく思いながらも──心中おだやかではいられなかった。

 あかごくの告白事件から一週間が経過して、本日は林間学校初日である。

 この日を首を長くして待ち望んでいたあまかぜには申し訳ないが、僕は今日から三日がゆううつで仕方がなかった。

 一週間まえのあかの告白は──当然のごとぎよくさいした。しかも、

「──ごめんなさい。私、あかくんのこと一ミリも興味ないから」

 というどんでタコなぐりにするようなの返事とともに。

 何もそこまで言わなくて良いんじゃないかと思ったが、あとから、たぶんは、自分へのおもいをらせるためにあえてしんらつな言葉をけたのだろうと思い直し、あかに同情しつつもこれもまた運命なのだと受け入れることにした。

 それにしてもこの展開は──予想外だった。

 てっきり、あかのうに思いを寄せていたのかとはやてんしてしまったが……まさかその相手が将来の自分の子どもであるだったとは夢にも思わなかった。

 結果、僕の無責任なたいばんによって絶対に成功すると信じきっていたあかは、ようしやないワンパンげきちんによりその後三日も学校を休んでしまうという事態にまで発展した。

 おまけにわけもわからず、他人の告白に同行させられたのうも、圧の強いジト目で赤城をいちべつした後、無言のまま校舎裏を去って行った。絶対に良くない印象をあたえたにちがいない。

 良かれと思っておぜんてしたものの、結果的にそれがあかのうみぞを広げるだけだったわけだ。

 まあ、何もかも僕のはやてんが悪かったんだけど……でも、あかこいをしてるなんて予想できるはずないだろ……!

 言い訳がましくそんなことを思いながら、僕はため息をく。

「──ろうさん、どうしました?」あまかぜが心配そうにのぞき込んでくる。「もしかして、あかさんの告白のことを気にされているのですか……?」

 あまかぜするどい。僕は正直に答える。

「……さすがにちょっと責任を感じてな」

「そんな! ろうさんのせいではありませんよ!」

 あまかぜあわてたように両手をる。ちなみにあまかぜには、二人は本当は好き合っているのだが、僕らがに盛り上げたせいでずかしくなり、あかはついおちゃらけてに告白をしてしまった、という少々苦しい説明をしてある。

 もっとも、あかのうの仲がより険悪になってしまった要因を作ったのがまぎれもなく僕である以上、僕が責任を感じるのは当然のことなのだけれども。

「とにかくこの林間学校の間で、お二人の仲を取り持っていくしかありません! 過ぎたことは仕方がありませんから、前向きにいきましょう!」

 きわめてポジティブなあまかぜだったが、おそらくクラスメイトの愛のキューピッド役を務める、というこうに何らかの青春要素を感じ取りテンションが上がっているものと思われる。

 いささかミーハーが過ぎるとも思えるが、あまかぜのやる気と彼女の持つ激運はきっと何かの役に立つだろう。

「──そうだな。さすがは青春れいじようあまかぜいことを言う」

「ふふん、そうでしょうとも」あまかぜはドヤ顔で胸を張る。「どうです? れ直しました?」

「そだねー」

「ちょっと、雑な感じで聞き流さないでくださいよ、ろうさん!」

 そそくさとバスに乗り込む僕の背中を、あまかぜおこったようにポカポカとなぐりつけてきた。無論、じんも痛くなく、ただじゃれついているだけである。

 ちなみにあかのうの件は、がしにも事情を説明してあり、彼女もまた二人の仲を取り持つことに協力してくれることとなった。がしはミーハーというよりは、おもしろそうなことに何でも興味を持つタイプなのでこういうときは本当に助かる。

 とにかくこれで、林間学校の最中のあかのうれんあい包囲もうは完成したのだった。

 バスの座席は、班の中で好きに決めて良いということだったので、あまかぜのうと、がしあかと並んで座ることに決めた。正直言うと、あまかぜのうとなって座らせることで、あまかぜえいきようされてギャル化しないか、という不安はあったが、そもそもがあの二人ととなって座るのをいやがったのだからやむを得ない。

 そんなわけで、バスに乗り込むと僕のとなりの席には、当たり前のようにがちょこんとこしを下ろした。

みなとくん、よろしくねー。みなとくんとこうして改めてとなって座るのって何か変な感じだね。えっちなことしちゃダメだぞっ」

「……おう」

「あれれ? 元気ないなー。ひょっとして今日が楽しみすぎてそくかな?」

 つんつん、と楽しげに僕のほおっついてくる

 だんかられしいヤツではあるが、それにしても今日はみようきよ感がおかしい気がする。あかへのけんせいのつもりか、それとも単純に林間学校でテンションが上がっているだけなのか。どちらもあり得るのが、このという少女のおそろしいところだ。つまり、計算高いくせに割と天然。

「……おい、あまり僕に構うな。あまかぜに見られてげんそこねられたらやつかいだ」

「あー、確かにせっかくの林間学校が全部雨になっちゃったら計画が水のあわだもんね」

 は大人しく手を引く。あまかぜは自身の持つ激運によって、気象すらも自在にあやつるやべーヤツなのである。

 ちょうどそこで点呼もしゆうりようし、バスは目的地へ向かってゆるりと動き出した。低いエンジン音としんどうによる共鳴、そして何よりバス内のはしゃいだけんそうのカクテルパーティ効果によりないしよばなしをしても周囲に聞かれる可能性がなくなったところで話をもどす。

「計画って、何か当てはあるのか?」

「あるよー。かんぺきな計画だよー」

 はドヤ顔でうすい胸を張る。

みなとくん、今日の予定はちゃんと覚えてるかな?」

「ああ、一応な」僕は頭の中の予定表を思い返す。「ホテルに着いて荷物を置いたら班行動開始だ。僕らは午前中に川下りをして、昼食はバーベキュー。それから午後はガラスこうぼうを見学して、その後夜ははんごうすいさんだ」

「おお、意外としっかり覚えてるんだね」感心したようにほほむ。「まずは今日一日で、二人の物理的なきよを縮めて、おたがいの苦手意識をこくふくさせるよ」

「物理的に? どうやって?」

「たとえば、川下りのラフティングボートは六人乗りだから、あの二人をとなって座らせるって感じかな。二人だけだと気まずいかもだけど、私たちが周りでフォローしあえば苦手意識もうすまって二人の仲も急接近するはずだよ!」

「……そうかなあ」僕はいぶかしんだ。

「あとこれは、がわさんからのアドバイスなんだけど……『いんキャは異性たいせいゼロだから、とりあえずうでにおっぱい押しつければ何でも言うこと聞いてくれるわ』って」

「あのしようの女! 非モテいんキャをもてあそびやがって!」

 今まで散々それやられてがわさんのお願い聞いてきたけど、そんなふうに思ってたのか!

 ……まあ、でもやわらかくて良いにおいだし、ほうしゆうさきばらいだと思えば何のデメリットもないというか、むしろうれしいだけというか……。

 …………

 いけない。完全に思考をコントロールされている。なるほど……これが未来の人心しようあく術か。

「……つまり、二人のきよを縮めさせるのと同時に、あかの女性たいせいの低さを利用して強制的にのうを意識させるってことか?」

「そんな感じかな。大体、私みたいな幼児体型のお子ちゃまを好きになるなんて良くないよ」

「……何もそこまでしなくても。確かに委員長は幼児体型だが、それとは別にりよく的なところもたくさんあるぞ?」

「もしかして口説いてる? だったらごめんね。私、みなとくんにボウフラくらいの興味しか持てないんだ」

「フォローしてやったのにフラれた!?

 この幼女殺意高いな!

「……まあ、でも確かに委員長に比べたらのうは何というか、目のやり場に困るよな」

 背が高くスタイルがいだけでなく、ギャル的な着こなしのためいつも制服のむなもとをはだけて谷間や下着を衆目にさらしている。あまかぜがわさんで多少は女性慣れしているはずの僕でも、正面切って相対したとき目をらさずにはいられないだろう。

「そうでしょう? やっぱり高校生の男の子なんてみんなおっぱい星人なんだよ。近くに大きなおっぱいがあれば、すぐに意識しちゃうんだよ。チョロいもんだよ」

「……さん、何かやさぐれてない?」

「──そんなことないよ?」

 目がわってるんだが……。

 このままでは雲行きがあやしいので、僕はもう少しフォローする。

「委員長──いや、。人は胸のみにて生きるにあらずだ」

おそろしくていぞくな格言だ!?

「確かに胸の大きさというのは、他人の目を引く重要なファクタだと思う。だが当然、それは一要素でしかない。人はもっと多視点的に好意をいだくものだ」

「……たとえば?」くちびるとがらせてたずねる。

「まずは性格だろうな。たとえどれだけスタイルが良くても、性格の悪いヤツには好意はいだけない。おまえだってめちゃくちゃ好みの容姿の相手がいたとしても、そいつが子どもや動物に平気で暴力をるうようなクズだったら好きになれないだろう?」

「それは……まあ、そうだね」

「その点、かんぺきだ。人にやさしく、ウィットに富んでいて、づかいもできる。正直、その性格だけでも好意をいだくのに十分だ」

「そ……そんなこと、ないと思うけど……」

 めずらしく狼狽うろたえたようには目をらす。彼女のほおや耳は、愛らしくしゆに染まっていた。

「あと何よりは、顔がばつぐんわいい。みんなは気づいていないかもしれないが、正直あのあまかぜにも全然引けを取っていないくらい整ってるぞ」

「や……やめてよぉ……全然そんなことないから……!」

は自己評価が低すぎるんだ。もっと自信を持て。マジで天下をねらえるいつざいだぞ」

 割と本音。たぶんだけど、ひそかにこいごころいだいている男子は大勢いると思う。

 ……そう考えると、あまかぜがわさんとの人気者三人といつもいつしよにいる僕って、実はかなりあやうい立場にいるんじゃないか……?

 だいじようかな……それぞれのファンががつしようぐんとなって僕におそかってきたりしないかな……。

 言い知れぬ不安がのうを過る。

「──じゃあ、さ」

 不意にせていた顔を上げる。ずかしさのためか、その目はうるんでいた。

「もし──本当にもしもの話だけど……。仮にあまかぜさんが転入してこなかったとしたら、みなとくん、私のこと好きになってくれた……?」

────

 どこかすがるようなけ。僕は返答に迷うが、結局本音をらす。

「──わからない。でも、あまかぜと出会うまでは、が一番近くにいて、一番僕のことを気にけてくれる女の子だったのは、ちがいないと思う。そのまま時間が経過していたのなら……い、意識してたかもしれない」

 さすがにずかしくなって、の顔を見ていられなくて視線をらす。

 気まずいちんもく。何か言わなければ、とあせり始めたところで、不意にした。

「ぷっ……くくっ……あはは! ごめんごめん! ちょっとまたからかい過ぎちゃったね!」

 はうずくまり、おなかをかかえて笑う。ようやくそこで僕はいつものように遊ばれていたのだと気づく。

「……本当にい性格してるよ、おまえは」

「だからごめんってば。ねないでよ」じりかんだなみだを指でぬぐい、彼女は晴れやかに笑った。「でも、もしかしたらみなとくんと付き合ってたかもしれない可能性があったっていうのは、正直少しうれしいかな。いつもいつも最前列であまかぜさんとみなとくんのイチャイチャを見せつけられて、何というか少しうらやましかったからさ」

「……意外だな。未来のサイボーグもしつとかするのか」

「するよー。これでもとしごろの女の子だからね。れんあいへのあこがれも人並みにあるのさ。まあでもだいじよう! 私はすうこうな使命を負ってこの時代に来てるわけだからね! それ以外のことに興味なんてかないよ! だから安心してみなとくんは、さっさとあまかぜさんに告白して正式に付き合っちゃいなさい!」

「それが簡単にできれば苦労はしない……」

「あはは、相変わらずヘタレだなあ」は楽しそうに笑う。

 ちなみに、僕があまかぜとの関係を進展させようとしないのは、決してヘタレだから、という理由だけではない。

 事情を知っているたち他の面々はあまり気にしていないようだけれども、実は今この世界はかなりせき的なバランスを保って存在している。

 というのも、すべては僕ことみなとろう生きている状態と死んでいる状態の重ね合わせのような不安定な状態で存在してしまっていることに起因する。

 そんなやつかいなことになっているのか、という説明はさておき、そうしなければこの世界そのものがほうかいしてしまう事情があったのだから仕方がない。

 その上で、今この僕らが生きている世界は、本来の正史とは異なる現実を切り開いている最中だ。そんな中、かなり特異的な不安定存在である僕が、神のちようあいを一身に受けるあまかぜとの関係を進展させたら、今度はどんなトラブルが発生するかわからない。

 最悪の場合、僕があまかぜと付き合うことになったしゆんかん、世界がしようめつすることだってあり得る。

 まあ、さすがに僕が直近でそのようなフラグをにんしきしていない以上、現時点ではそれほどおそれるほどでもないのだろうけれども……しんちようを期すにしたことはない(僕はが用意した未来の秘密道具により、世界ほうかいにまつわる因果律のフラグをにんすることができる。今回にんしきしているあかのうのフラグがまさにそれだ)。

 それゆえに、あまかぜがわさんからのアタックをのらりくらりとかわしながら、学園生活を送っているだいである。

 ただのヘタレカス虫に見えても、意外と世界や未来のことを色々と考えているのだ。まあ、僕自身がヘタレなのはどうしようもない事実なのだけれども。

 少しだけ複雑な気持ちになるが、まあ、とりあえずが元気になったようなので、今回はそれで良しとしよう。

 先行きへの不安はあるし、あの日以来、視界のすみには時折思い出したように世界ほうかいフラグがめいめつしているが……。

 それでもこの林間学校を少しは自分でも楽しもう、という前向きな気持ちをいだくくらいには、心にゆとりができた気がする。

 ちらりとかたわらに目を向けると、まどわくひじいてじようげんに景色をながめていた。

「なあ、委員長」

「ん? なあに?」

 小首をかしげてこちらを見やる。

 その幼い顔にかぶ、どこか達観したようなみを見つめて僕は告げた。

「林間学校、楽しもうな」

 意外そうに目を丸くする。しかしすぐに、満足そうに破顔した。

「──うん。楽しみ」



 何事もなく、宿しゆくはく先のホテルへとうちやくした。

 バスを降りてと別れると、今度がしと赤城の二人と合流した僕は、あたえられた自室へ向かう。

 部屋は八じようほどの和室だった。部屋に入るなりたたみい香りがこうをくすぐる。

「へえ、結構い部屋だね」

 がしかんたんの声を上げた。多少ぜまではあるが、内装も新しめでれいだし、高校生の三人部屋にしてはかなり上等な部類に入るだろう。

「何というか、和室ってだんえんがないから、旅行に来たって感じがするな」

「おや、みなと氏は現代っ子でしたか」

 あかも心なしかじようげんな様子で部屋に入る。

あかくんの家には和室があるのか?」

「もちろん。和室は日本人のたましいですぞ。日本男児たるもの、たたみの上で死ぬかくを胸に日々を生きる所存」

ぐうだね、あかくん。僕もどちらかというと和室のほうが好きなんだ」

「なんとっ! がし氏はよう西せいおう風美形であるにもかかわらず、立派な日本男児のたましいをお持ちであったかっ! 〈いんおう〉よ、こういうところで度量の大きさが明るみに出るのですぞっ!」

「……あかくん、おまえ僕にようしやなくなったな」

 あの告白そうどう以来、何だか僕のあつかいが雑になった気がする。

 あと、がしは日本男児ではなくただの大和やまとなでしこである。いや、大和やまとなでしこではない……のか? 日本語って難しいなあ!

「まあまあ、それより早くえて集合場所行かないと」

 がしはさり気なくたしなめてくる。そういえば、次の予定がまっているので、あまりのんびりもしていられないのだった。

 そこでハタと気づく。えって……がしはどうするつもりなんだ……?

 僕はともかく、この場にはあかもいる。実は女の子であるがしが大っぴらにえるわけにも……。

「それじゃあ僕はちょっとトイレで用を足してからえるから、二人は先に集合場所へ向かってていいよ」

 がしはちらりと僕にウィンクを飛ばしてからトイレにもった。なるほど、そういう方針ね……。

 あまり長くがしをトイレにもらせておくのも悪いので、僕は手早く制服からジャージにえると、がしを待ちたがるあかの手を引いてさっさと部屋を出た。

「……みなと氏もせっかちですな。少しくらいがし氏をお待ちすれば良いものを」

 あかは不服そうだ。僕は一応フォローする。

がしはああ見えて結構個人主義だからな。人を待たせたりするのが、かえっていやなんだよ。だからああいう場では気にせず先に行くのが正解なんだぞ」

「なるほど、そういうことでしたか」あかは感心したようにうなずく。「勉強になりましたっ! やはりみなと氏はたよりになりますなっ!」

「……おまえ、僕のことけいべつしたんじゃなかったのか?」

 告白そうどうでずっと引け目に感じていたことをたずねてみるが、あかは意外そうな顔で答えた。

「そんなことありませんぞ? みなと氏がいんの者の王であることに変わりはないですからな。自分に声をけてくれた恩を忘れるほどの無礼者ではないですぞ」

「でも僕のせいで、おまえはに」

「──みなと氏が気にする必要はありませんぞ」

 あかおどろくほどさわやかに笑った。

「冷静に考えてみれば、あまかぜじようがわせんぱいという二大美女に目をけられていながら、どちらにも手を出しあぐねているヘタレカス虫であるみなと氏にれんあい指南をたのんだ自分が悪かったのですぞ」

しんらつってレベルじゃねえ!」

 いやまあ、マジでそのとおりなんだけどね!

 あかを傷つけてしまったという負い目もあって、僕はなおにその評価を受け入れる。

「……でも、これからどうするつもりなんだ?」

「どう、とは?」

「その、のことあきらめるのかなって」

「……確かにあれはひどい仕打ちでしたな」あかしようする。「まあ、じようのことはなおあきらめるとしても……新しいこいを見つけるのには少し時間がかりそうですな。それほど自分にとってじようは、しようげき的な存在であったゆえ」

「……そんなに好きなのか」

 少しおどろく。本来であれば、あかは絶対に出会わない運命にあるのに。

「自分、正直に言うとこれまで女子にあまり興味がなかったのです。知り合いに手のかる女子がいて、自分が守らねばと思ったことは何度もあれど、それはれんあい感情ではなく妹のような感覚でした。しかし……じようちがったのですな。一目見たしゆんかんからもう目がはなせなくなり、だれよりも愛らしく、だれよりも大切に思ってしまったのです。まさに世に聞く──かみなりに打たれたような感じでした。あれがおそらくひとれという感情だったのでしょうな」

「……ひとれかあ」

 ひとれというのはのうちよくの感情なので、わりとどうしようもない。

 かつて存在したであろう正しい〈現実〉において、と出会わなかったあかのうこいに落ちるようだが、少なくともそのときはひとれではなかったようだ。

 というかそもそも、今でもオタクとギャルの二人が好き合う未来がおもえがけない。

 どうしたものかと考えあぐねていたところで、あかは困ったようにまゆじりを下げて続ける。

「しかしどういうわけか、これだけ好いているにもかかわらず、じようとスケベなことをしたいという感情が一ミリもいてこないのです……。好いている相手にそのような感情をいだかない自分は、不能ろうということなのでしょうか……?」

「──ああ、なるほど」

 そこでようやくあかの感情の正体に思い至る。

 たぶんそれは、れんあい感情よりも先に芽生えてしまった〈父性〉なのであると。そして、れんあい感情を知らないがゆえに、それを〈こい〉だとかんちがいしてしまったという感じか。

 まあ、確かにつうに生きていたら、自分と同い年のむすめと対面するというのは絶対に起こりえないじようきようなので、脳がバグるのもいたし方ないと言えるが……。

 しかし、これは好機とも取れる。本来経験するはずのれんあいをここで改めて体験することで、自分に起きているバグを補正してあるべき歴史にもどせる可能性があるのだから。

「不能かどうかは置いておいて、それだけ相手を大切に思ってるってことだから、悪いことではないんじゃないか」僕はさとすように続ける。「あかくんが他人を愛せる人間であるとわかっただけでも十分なしゆうかくだ。だからもう少し前向きに新しいこいを探すのでもいと思うぞ」

「確かに……それは一理ありますな」赤城はうでを組む。「しかし、こいとは具体的にはどのようにして探すものなのです?」

…………

 れんあいへん値の低さが裏目に出てい答えがおもかばない。いや、マジでこいってどうやって探すんだよ……そもそもその辺に転がってるものなのか……?

 何もわからなかったが、あくまでも僕の目的はあかのうをくっつけることなので、適当にすことに決める。

「──こいとはつまり相手を知ることなのではないだろうか。今まではよく知らず、きらっていた相手であっても、新たな一面を知ることで好感度を上げることはままあるものだろう?」

「なるほど、ミスター・サタンのようにですな?」

「……まあ、なんでもいが、とにかく相手に興味を持つこと、相手に興味を持ってもらうことから始めたらどうだ」

「確かに。それは人付き合いにおける基本ですな」

 あかうでみをしたままうなずいた。どうやら僕の口からでまかせを信用してくれたらしい。

 これで傷心のところいことのうに興味をゆうどうして、真なるこいを知ってもらえれば、歴史は正しい方向へ向かうはずだ。

 向かう……はずだ、たぶん。

 か不安いっぱいで自信を持ってうなずけない自分がいた。

「しかし、さすがはみなと氏ですなっ! うわさどおりのプレイボーイっぷり、さぞやたくさんれんあいを経験してきたにちがいありませんぞっ!」

「ははっ、まあな」

いんキャ特有のれっぽさで、きっと無数のしつれんを経験してきたのでしょうなっ!」

「おまえやっぱり僕のこと馬鹿にしてるだろ!?

 評価の底打ち感がはんないよ。

「それより、せっかくいんの者二人しかいないのですから、ここはオタトークに花をかせましょうぞっ!」

「僕はいんキャであっても、オタクというわけじゃ……」

みなと氏のいれずみしゆうじんだれです? 自分は、あねはたとん!」

いれずみしゆうじん!? あねはたとん!? マジ会話のせんたくがんバグってるな!?

 実のない話をしながらロビーで他の班員たちを待つ。

 数分と待たずにみんな集まってきたので、僕らは川下り行きのバスに乗り込んだ。



 とうちやくしたのは、周囲にうつそうと木々のしげる木造のコテージだった。

 新緑に囲まれたどこかメルヘンな外観のそれは、みような非現実感をかもしており、まるでおとぎの世界にまぎれ込んでしまったかのようだ。

 てっきり川辺に降ろされるものだとばかり思っていたので、少しめんらう。

 バスを降ろされてボーッとしていたところで、コテージからやたらと布面積の少ないほとんど水着のような格好の女性が飛び出してきた。

「やあやあ! こんな田舎いなかくんだりまでようこそ! 何もないところだけど都会っ子のみんなには逆にしんせんかな? ほら、そんなところにっていないで早くこっちおいで!」

 異様に高いテンションのお姉さんにうながされるまま、僕らはコテージに入った。外観に反して室内は明るく近代的なそうしよくにまとめられている。かべにはラフティングでったとおぼしき写真がたくさんられていた。どの写真に写った人もみんなまぶしいばかりのがおかべていた。

「改めましてこんにちは! 私は! 今日きみたちのラフティングをサポートするインストラクタだよ! さんでもお姉ちゃんでも好きなように呼んでね! 二十歳独身でかれはナシ! スリーサイズは上から九十五、五十六、八十六だよ、よろしくね!」

 僕らがその勢いにされる中、お姉さん──さんはじようげんに語る。

「ラフティングは、それはもう楽しい楽しい川下りだけど、常にとなわせだということは忘れないでね! 川に出たらちゃんと私の指示に従うこと! お姉さんとちゃんと約束できるかな?」

 びっ、と僕は人差し指をきつけられた。狼狽うろたえながらも答える。

「で、できるっす。その、よろしくお願いします」

「うん、良い子だ! お姉さん、なおな子は大好き!」

 とつぜんめられた。ほとんどはんのような格好をしているにもかかわらず、僕はその豊満な胸に顔をめられた。めっちゃやわらかくて温かくて──パニックになりそう。

「あ、あの! 私も約束できます!」

 とつぜんあまかぜが聞かれてもいないのに宣言した。するとさんは僕を解放して、今度はあまかぜめた。

「今日は良い子たちばかりだね! お姉さん、うれしい!」

 結局さんは、僕ら全員にほうようとともにそのわくの果実を押しつけて回った。親愛表現にしても少々過激すぎる気はしたが、不思議とイヤらしく感じられないのは人徳なのだろうか。

 それから、お姉さんによる簡単なレクチャーが始まった。

 ラフティングというのは、ゴムボートに乗り込んで急流を下るレジャースポーツだ。整備された場所ではなく自然の川を、それも結構な速度で下って行くらしいので、安全には十分にはいりよしなければならないらしい。

 自分の身を守るためにも、そしていざというときあまかぜを守れるようにと、しんけんにレクチャーを聞いた。

 説明のあとは、レンタルしたドライスーツにえる。ドライスーツの下は体操着でもいらしいが、ドライスーツとはいえ多少は中に水が入ってれるらしいので、持参した水着を着用した。

 幸いなことに試着室のような半個室が用意されていたので、がしも何事もなくえがかんりようする。ただ、いつもなるべく気にしないようにしているのに、目の前のがしがこのドライスーツの下に女性用の水着を着用している、と考えると何だか変な気持ちになる。

「……ろうくん。何だか視線にイヤらしさを感じるのだけど」

「な、何を言っているんだがし! 僕が親友のおまえを、そんな目で見るはずないだろう!」

 かんするどいようだった。変に意識しないよう気をつけなければ……。

 えが終わると、小さなバンに乗り込んで山道を下っていく。

「何だかみんな宇宙服みたいですね」

 せまい車内で、あまかぜうれしそうに笑った。少しまえまで身体からだが弱かったあまかぜにとって、こういうアウトドアは初めての経験だろうから、きっと楽しくて仕方がないのだろう。

 ほかの面々に目を向けると──。

「──そこなデカ女。せまいのだから、そのにデカい牛みたいな乳を少しはしぼませる努力をしたらどうですかな? 先ほどからぼうかたまりを押しつけられて大変不快ですぞ」

「ハァ!? マジあり得ない! アンタみたいなキモオタにそんなことするわけないっしょ! てか、あーしにさわらないでもろて! オタクにさわられたらそれだけでにんしんするし!」

「するはずがなかろう!? やはりギャルは頭が残念ですな!」

「ギャルだから頭が悪いとかへんけんキモすぎてマジMK5!」

「マジと『M』が重複してる!? やはりアホの子ですな!」

「強調構文だし!」

「……おまえら、少し落ち着け」

 みんなでけつたくして半ばごういんに二人をとなわせて座らせてみたが、相変わらずあいしようは最悪のようだった。ちなみに『MK5』は『マジでキレる五秒まえ』の略らしい。

 というか、のうよ。おまえとそのオタク少年が結ばれなければ世界はほろぶのだぞ……?

 重ね重ね、意味不明な世界観だなと思う。

 ひともんちやくあったものの、無事にかわべりとうちやくした。

 川にはすでにゴムボートが用意されており、事前のレクチャーどおりに僕らはライフジャケットを着てヘルメットをかぶり、オールを片手にボートへ乗り込む。六人乗りなので、前列ががし、中列があかのう、そして後列が僕とあまかぜ、という並びになった。

 最後に、さきに乗り込んださんが、こぶしを天高くげた。

「それじゃあ、みんな! 準備はいいかな? 力を合わせてがんろうね! えい、えい──」

『おーっ!』

 みんなでオールをかかげて重ね、心を一つにする。

 ボートは川の流れのままに、ゆっくりと進み始めた。



 二時間ほどかって、何とか無事にだれをすることなく、最終地点のゴールにとうちやくした。

 何というか、いたれりくせりの大ぼうけんだった。

 全員で協力しての急流こうりやくだけではなく、てんぷく体験やたきつぼ飛び込みなど、だんは絶対に体験できないことがじろしで、みんな子どものころを思い出したかのようにはしゃいでいた。

ろうさん! 私、こんなに楽しいことしたの初めてです!」

 てんぷく体験の際、泳げないらしく僕にしがみついてきたあまかぜが、ばゆいばかりのがおを向けてきたのがあまりにも印象的だった。正直このがおが見られただけでも、林間学校に来られて良かったと心から思えるようならしいがおだった。

 ただかんじんあかのうの関係はみようだ。というか、ラフティング中ずっといがみ合っていた。

「ちょっとアンタ! 人の太もも勝手にさわらないでよイヤらしい!」

「わ、わざとではなかろうっ! ちょっとバランスをくずして手をいただけではないかっ! そもそも、男のあかにまみれたビッチの太ももなど、たのまれたって進んではさわりたくないですぞ!」

「まみれてないわ! ギャルだからビッチって決めつけマジキモいんですけど! マッハチョベリバだし!」

「大体、何事か、このブクブクとぼうたくわえた太ももは。少しはせたらどうですかな?」

「ハァー、出た出た! オタクのシンデレラ体重げんそう! 現実の女はこんなもんなの! 大体、あーしだって別に太ってないわ! BMI19だし!」

「しかし、あまかぜじようじようのほうが明らかに細っこく見えますな」

「あの子らは特別なの! 神に愛された本物のシンデレラなの! 大体、アンタこそ何よこの棒きれみたいな太ももは! もっと筋肉付けなさいよ!」

「なあ! 勝手に人の太ももをさわらないでほしいのですぞ!」

 などと言い合いながらたがいの太ももをっていた。

 あれ、逆にこれは仲良いのでは……?

 いや、逆にってなんだよ……。こんなんで明日の夜、本当にキャンプファイヤで二人をおどらせることなんかできるのか……?

 相変わらず先行き不安な現状に、内心でため息をく。

 ゴール地点から車で最初のコテージへもどった僕らは、シャワーを浴びてからジャージにえる。それからすぐにまたバスに乗り込んで、昼食会場である別の河原へと向かう。

 二十分ほどバスにられて、僕らは昼食場所であるバーベキュー会場にとうちやくした。河原にはたくさんのバーベキューコンロが並べられており、他の班の連中はすでにおのおので昼食を楽しんでいた。どうやら僕らが最後だったようだ。

 いい加減周りと足並みをそろえないといけないなと思いながら、足早に僕らの班にあてがわれたバーベキューコンロへ向かうと──。

「──おう、おそかったなねこども」

 か担任のむらさめが、僕らのスペースで肉をらっていた。

 意味がわからない……。

「……何してんすか」

「見ればわかるだろう? 肉を食っているのだ」

「いや、そうじゃなくて……」

「おまえたちが間もなく着くというれんらくをもらったから先に始めてたんだよ」

 むらさめしやくしていた肉をえんする。

「おまえたちがおなかを空かせていると思ってな。着いたらすぐに始められる状態にしておいてやったんだぞ。そしてちょっと早く焼けすぎた肉を仕方なく処分しているだけだ。べ、別にみなとのためじゃないんだからなっ! かんちがいするなよっ!」

「……あざす」

 何とも言えない気持ちで礼を述べる。

 とある事情により、むらさめは僕に対する絶対服従の洗脳をけられている。本人はいやがっているようだが(当たり前だ)、とてつもなく強力な洗脳にはあらがえず、今ではくっころ系女のようになってしまっている。少し同情する。

「いやあ、すぐにごはんにありつけるのはありがたいね。これから火をおこしてだと食べ始めるのに三十分くらいかると思ってたからね。ささ、みんなむらさめ先生の好意に甘えてさつそくお昼にしようか。僕はもうおなかぺこぺこだよ」

 むらさめくっころそうどうしゆぼう者であるはずのがしが晴れやかながおで告げた。

 思うところはままあるが……空腹であることはまぎれもない事実なので、ここは見て見ぬりをしてなおにバーベキューを楽しむことにしよう。

「それじゃあ、お肉焼きますか」うでまくりをして進み出る。「バーベキュー将軍のうでの見せ所だね! あ、良かったら先生もそのまま食べて行ってください」

「ありがとうママ委員長」

「担任の先生にまでママあつかいされていたんですか、私!?

 目をいてっ込みながらも、はコンロの上で雑に焼かれていた肉や野菜などの食材を手早くみんなに取り分けて、新たな食材を焼き始める。

「せっかくコンロが二口あるからね。炭の量を調整して強火と弱火にすれば、効率的にお肉とお野菜が焼けるよー」

「ヒュー! さすがみくっち、たよりになる!」

「あはは、ありがとうのうさん」いい加減慣れてきた様子で、つうに応じる。「はい、カボチャ焼けたよ。好きだったよね」

「わあ、うれしみ革命!」喜んで皿に載せられたカボチャに食いつく能美。「みくっち、よくあーしの好物知ってたね!」

 は顔をいつしゆん引きつらせるが、すぐにいつものおんこうがおかべ直す。

「──クラス委員長だからね! クラスメイトの好きなものくらい覚えてるよ!」

 言い訳にしては少々苦しいが、それでものうなつとくしたようにうなずいた。

「さすがみくっち、ママみがはんないね! いっそあーしのママになっちゃいなよ!」

 おまえがママになるんだよ!

 ──というっ込みを必死で飲み込んだ。やべえやべえ……そんなことを口にした日には、頭のおかしなヤツとしていよいよ本格的にのけ者にされかねない……。

 ちなみにかわいたみをかべてやり過ごしていた。自分の母親にママになれと言われて、さぞ複雑な気持ちだったことだろう。

 いずれにせよ。のうあかを好き合わせなければ何も始まらない。

 僕はに肉を取り分けられてうれしそうに食べているあかとなりに立つ。

あかくん、調子はどうだ?」

「おお、みなと氏!」ほおぶくろのように顔をふくらませながらあかは破顔する。「みなと氏におさそいいただいたおかげで、実に楽しい林間学校ですぞ! いやあ、本来はどこかの仲良しグループに余り物として編入させられてひたすらがい感だけを感じながらやり過ごす予定でしたが、本当に〈いんおう〉様々ですな!」

いんキャのトラウマを的確にいていくのやめろよ……」

 中学時代思い出して泣いちゃいそうだよ僕は……。

「それよりどうだ? さっきの川下りでは、のうとちょっとい感じだったが、いっそこのままのうを好きになっちゃったりする気はないか?」

「……みなと氏」

 ぴたりと食事の手を止めて、あかは心底イヤそうな顔でこちらを見上げた。

「せっかく気持ちよく肉を食べているというのに、そういう食事がまずくなるようなことを言うのは止めてほしいですぞ」

 わりと本気のきよぜつが混じっていたので僕は少し鼻白むが、ここで負けてはならないと思いかんっ込んでいく。

「どうしてだよ。のう美人じゃん。スタイルもいし」

「……まあ、確かに顔の造形は整っていますな。乳もデカいし、太ももも太すぎない程度に肉感的で、男受けは良さそうですが」

「おお、だったら……!」

「でもギャルはダメですぞ! ギャルとウェイ系のパリピは、我らいんキャの天敵! あいつらは群れて人を馬鹿にすることしか考えていないモンキー! みなと氏もいんの者であるならば、一度や二度そのどくかったこともありましょうぞ!」

「……な、なくはないけどさ。でも、全員が全員そうじゃないだろう? 実際のうは、言動こそイカれてるが、わりと人に気をつかうタイプに見えるぞ?」

「人に気をつかうタイプの人間が、オタクを馬鹿にするとお思いですかな?」

…………

 ぐうの音も出なかった。

 でも、確かに改めてそう言われるとみような気がする。僕の所感ではあるが、のうは言っていることは多少意味不明だが、わりとあまかぜや僕には一歩引いた常識的な態度を取っているように思える。パリピにありがちな意見や感情の押しつけもないし、どちらかというと人当たりのいほうな気がする。

 だが、どういうわけかあかにだけはやたらと当たりがキツイ。しんらつと言ってもいいほどに、自らそつせんしてあかからんでいっているようにも見える。オタクぎらいを公言しているが、ただオタクがきらいなだけでここまでれつな反応はつうしないと思う。

 それにあかのうにだけは、やたら手厳しいような気がする。バカにされているからその反発をしているとも考えられるが、能美以外の人間にはおんこうかつ友好的な態度を示しているだけに疑問は残る。

「……なあ、あかくん。ひょっとして昔、のうと何かあった?」

 思いつきの質問だった。こんきよなんかは特にない、半ばかりに近いけ。

 しかし──。

「ぜ、全然そんなことないでゴザルゥ(裏声)」

すの下手クソかよ」

 ついうっかり雑なっ込みをしてしまうくらい、効果はばつぐんだった!

 やっぱり過去に何かあって、それがこじれにこじれて今に至る、という感じか。

 ならばその過去の出来事にこそ、二人をくっつけるためのヒントがあると考えるのがとうだろう。

「なあ、あかくん。良かったら僕にそのときの話を──」

「おっと失敬っ! 自分、とつぜんもよおしてきましたぞっ! みなと氏っ! 手洗いに行ってくるゆえこれにて失礼っ!」

 僕が止めるひまもないほどの快足で、あかくんは走り去ってしまった。いんキャなのに足速いな……。

 しかし、あまり人に話したくない過去があったとして、それはが暮らしていた未来における正史においても同様だろう。ならばその過去は、二人がなかたがいをするきっかけになりこそすれ、めい的に二人を分かつようなものではないはずだ。

 でも、も具体的なことは何も知らなさそうだし、過去のいんねんさぐって二人の関係修復をはかるのは難しそうだな……。

 せっかくだし、のうのほうにも少しさぐりを入れてみるか。

「──なあ、のう。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「んー? コタっちから話しかけてくるなんてめずらしーじゃん」

 キャンプチェアにこしを下ろして、紙皿にった焼き野菜をしそうにほおっていたのうはこちらを見上げてじようげんに笑う。

 僕はあつとうてき陽キャにたいしたとき特有のみようきんちようを感じながらも、努めて自然体をよそおう。

「──いや、ちゃんと食べられてるか少し気になってな。人数多いとだれかが割食うこと結構あるからさ、念のため声けてみたんだよ」

「へえー!」のうは感心したように目を丸くする。「コタっちやさしいじゃん。しこっちのかれピじゃなきゃ、ちょっとときめいてたってカンジ」

「……かれピではない」

「……マジンガー? しこっちも否定してたけど、アレ照れてたわけじゃなくて、ガチなの?」

「ガチだぞ」

 自分で言ってて悲しくなる。残念ながらガチなのだ……。

「そっかあ」のうはどこか楽しそうにはしを皿の上に置いて、意味深なみを向ける。「コタっち何気にあーしのタイプだし、フリーなんだったら別に粉けちゃってもだいじようだよね」

「……かんべんしてくれ」

 これ以上事態を複雑にしないで……。もう僕の胃が保たない……。

 するとのうとつぜんした。

「あはは、コタっちマジマイケルだし!」

「マイケル?」

「ジョーダンってことだし!」

…………

 マジで言動がれつすぎて通常会話すら難しいな……!

 ただ単語のはしばしかすかなインテリジェンスを感じるし、絶対に本質的な部分では頭がいタイプの人間だとは思う。

 じゆうめんかべる僕に、のうは楽しそうに続ける。

「しこっちの大事大事なコタっちに手ぇ出したりしないってば! あーしはこう見えて、友だちのこいおうえんするほうなんだし!」

 いったい何を言って──。

 ふとそこで背後に何やらおんな気配。かえってみると──ねたような顔をしたあまかぜくしき両手にくしていた。

「……え、あまかぜ、どうしたの?」

「……いえ、ろうさんがまたわいい女の子にちょっかい出してるのかなと思いまして」

「おいおいあまかぜさん、あまりおんとうなことは言うものじゃないぞ。僕がいつわいい女の子にちょっかい出したって言うんだ?」

「わりといつもしょっちゅうかなりのひんで出しているかと」

…………

 身に覚えがありすぎた!

 僕には僕の事情があるとはいえ、客観的にも否定できない……!

「わ、悪かったよ……反省してるから、げん直して、な?」

「せっかくろうさんのためにくしきを持ってきてあげたのに……私、知りません!」

 あまかぜは、両方のくしせんたんに付いていた肉を一度にほおる。口の小さなあまかぜにしては、かなりの無理をしているためか、ハムスターみたいになっている。僕は彼女の負担を減らすためにもおおぎように言う。

「なんと! あまかぜが持ってきたくしきならきっとつうくしきの数倍はいんだろうなあ! あまかぜいつしよに食べるだけで、あらゆる食べ物の美味さが倍増するのにしいことをしたなあ! これは僕の人生における最大のてんとして後の世にも永遠にかたがれていくのだろうなあ!」

「そ……そこまで言うなら仕方ないですね……! 特別に片方をろうさんに上げましょう。あ、でも、私どっちも口を付けてしまいました……。すみません、きたないですよね……すぐに新しいものとこうかんして──」

だいじよう、僕は気にしないぞ! 第一、あまかぜが口を付けたものがきたないわけないだろう! むしろ逆にじようされてるくらいだわ! さあ、早くそのくしきをわたすがい!」

ろうさん……! 格好良いです……!」

「……あのさ、お二方」

 背後からあきれたような冷たい声が飛んでくる。

「それ、どこからどう見てもただこいびとがイチャついてるだけにしか見えないの理解してる?」

 冷静なのうっ込みに、僕も我に返る。つい情動に身を任せてあまかぜとのいつもの寸劇を楽しんでしまった。さすがのあまかぜも今回ばかりは照れたように口をつぐむ。のうしようして続ける。

「まあ、別にあーしも二人の関係にどうこう口出しするつもりはないから、安心してよ。ただコタっちがあーしを気にけてくれたのはなおうれしかったよ、ってだけ。マジチョベリグってカンジ」

「そうなんです。ろうさん、女の子にはだれにでもやさしくて。でも、下心があるわけではないんです。この人はわりとかなりおくなので。受けめで言うなら、総受けです」

「何言ってんのあまかぜさん!?

 マジで最近言動が色々と良くないお友だちのえいきようを受けてらっしゃるんですけど!

 たのむからせい最後のとりでとしてあまかぜにはがんってもらいたい所存。

「ところで、のうさん」あまかぜはまるで何事もなかったかのように話題を変える。「お皿にお肉がっていないようですが、よろしければお持ちしましょうか?」

「あ、いや……その、だいじようだし!」のうはどこかまどったように答えた。「あーし実はダイエット中でさ! お肉ひかえてるんだよね! その代わりお野菜いっぱい食べるんで、しこっちがあーしの分のお肉食べて良いよ!」

「え、いんですか!」あまかぜは表情をかがやかせる。「では、代わりに私の分のお野菜をおゆずりしましょう!」

「いや、あまかぜは自分の野菜をしっかり食え。のうには僕のを分けておくから」

 僕は冷静に告げる。この数ヶ月いつしよに過ごして、何気にあまかぜへんしよくであることを僕はいていた。するとあまかぜうらめしそうにうわづかいで僕を見る。

「うぅ……お野菜苦手です……」

がんって食え。きらいしてると大きくなれないぞ」

「……それは困ります……せめて一六〇にはなりたいです」

「そういうものなのか? あまかぜは、今くらいのサイズ感がちょうどい気がするけど」

びをしたら不意打ちでろうさんのほっぺにチューできるくらいにはなりたいです」

「さり気なく何とんでもないこと画策してんの!? やっぱ無理して食べなくて良いよ! あまかぜがらなほうがわいいよ!」

「やーですぅー!」

 あまかぜは、顔文字←こんな顔をしながらくしきの肉と肉の間にはさまれていたピーマンを食べる。

「うぅ……苦いですぅ……でもがんってごっくんします……」

…………

 か背徳的な気持ちになった。

「ホント仲良いね」あきれたようにのうしようする。「でも、そういうのうらやましいっていうか。あーしも、かれピとイチャイチャしたいな」

 その文言には多分に誤解がふくまれているような気がしたが、それでも好機と判断して僕は一歩み込んでみる。

のうは、付き合ってるやついないのか?」

「あーし? ないない!」のうは快活に笑って否定する。「あこがれは人並みにあるけどねー」

「ですが、のうさんはわいいし明るいしモテるのでは?」何とかピーマンをえんしたあまかぜが首をかしげた。

「にゃはは、しこっちはやさしいね。まあ、一応何度か告白されたことはあるっていうか。でも、全部断ってるんだ。だから実はかれピいない歴イコールねんれいなんよ」

 それは少し意外な言葉だった。へんけんなのかもしれないけど、ギャルなんてパリピの代名詞的存在だし、ウェイ系の男と遊びまくってるものだとばかり思っていたから。

「でも、どうしてせっかくの告白を断られたのです? あこがれてるなら、なおさら絶好の機会だったと思うのですが」

 あまかぜさん、結構グイグイっ込むなあ……! 女の子って基本的には空気読むのいけど、たまにビックリするくらい空気読まないことあるよね……!

 さすがにのうおこるのでは──と少しきんちようするが、彼女は変わらず快活に笑った。

「一番の理由は、好みじゃなかったからだし! あーしね、初めて付き合う人、もう決めてるんだ」

 なんと……! それがまさかあかなのか、と僕らは急に色めき立つ。

 のうは、ギャルらしからぬどこか大人びたみをかべながら続ける。

「あーしね、正義の味方にあこがれてるっていうか。ピンチのときにさつそうと現れて助けてくれる──そんなヒーローみたいな人を、ずっと待ってるんだ」

「ヒーロー、ですか……?」

 思いのほか夢見がちな言葉に、僕とあまかぜは顔を見合わせる。

 いや、ヒーローにあこがれるというのは感情的には理解できるのだ。ただ、そういうのはつう小学生までで卒業してるものだろう。ましてギャルなのうがそんなものにあこがれているというのはかんを覚える。

 しかし……ピンチのときに守ってくれるヒーローというのは、どうにもあかのイメージとは重ならないな……。マジでまったくアイツの目はないんじゃないか……?

「じゃ、じゃあ、具体的な好みのタイプとかあるのか? たとえばほら、やさしいとか」

「そりゃもう、強い人っしょ!」のうは急に目をかがやかせる。「身長は一九五センチ、体重は一〇五キロくらい。おおがらだけど知的なハンサムでメッチャやさしい感じの人がいな。ついでに年収は五千兆円くらいあるとなお良し!」

「そんな人類いてたまるか!」

 年収除けば、ただのジョナサン・ジョースターじゃねえか!

 でもこれでなおのこと、あかは好みのタイプではないことが判明してしまった。

 じゃあ、何がどうまかりちがって、正史で二人はけつこんすることになったんだ……?

 疑問ばかりがつのるが、とつこうはある。

「さっきあかに聞いたんだけど、おまえらって昔から知り合いだったの?」

「──は? なんで急にあのキモオタの話になんの?」

 それまでのにゆうな態度が一変して、のうけんのんな目を向けてくる。ギャルの一にらみとかマジできよう以外の何ものでもなかったが、宇宙平和のためにもここで引くわけにはいかない。

「い、いや、あかがおまえのこと何か気にしてたみたいだからさ。昔なんかあったのかなって」

「……何もないし」口を曲げてそっぽを向く。「あんなやつ、全然ちっとも一ミリも興味ないし。マジアウトオブ眼中っていうか。気にされてもキモいだけだし。リバるわ」

「……そ、そっすか」

 めっちゃまくててくるやん……。ちょっと引いちゃったよ……。

 でも、そのじような反応からして、好感を持っているかどうかは別にしても、たがいにたがいを気にけているのはやはり事実なのだろう。おたがいにそれを話すつもりがなさそうなのは、やつかいだけど……今は他にすがるべき打開策がないのだから、手を変え品を変えそのあたりをっ込んでいくしかないだろう。

 げんそこねてしまったのか、のうは立ち去って行ってしまった。

 のうの背中を見送りながら、あまかぜがぽつりとこぼす。

「なかなかごわいですね、のうさんは」

「……そうだな」僕は弱音をく。「正直、あの二人がくっつく未来が僕には見えないよ……」

「そうでしょうか?」あまかぜはどこかじようげんに首をかしげる。「ラフティングのときからお二人のことを見ていましたが、表面的にはいがみ合っているように見えても、結構本質的な部分ではおたがいのことを意識し合っているように思えましたけど」

「え、マジ? それは何かこんきよがあるのか?」

「いいえ、おとかんです」

おとかんかあ……」

 あまかぜおとセンサは、多分に創作物のえいきようを受けているので、あまり当てにはならなさそうだ。しかし、にんしきによって因果律すらげる幸運の持ち主であるあまかぜの言葉ならば、あまりにもできない。

「……じゃあ、あまかぜの直感を信じて、もう少しがんってみるか」

 不安しかない未来に、僕は天をあおぐ。

 そんな僕の心証とは裏腹に、空には雲一つない真夏の晴天が広がっていたのだった。