【8】全国大会


 八月三十日、日曜日の朝。

 第一高校マーシャル・マジック・アーツ部一同は、日本武道館の前に集まっていた。

「おお~」とが感嘆の声を上げる。

 すかさずから「予選の時とは随分態度が違うな?」とからかう口調のツッコミが飛んだ。

「部長。だって、日本武道館ですよ! 気持ち、上がりません?」

、お前……。とうきように来て何ヶ月になるんだ」

「まだ五ヶ月です! 日本武道館は初めてです!」

 あきれ声のに、はまるきり悪びれた様子もなく答える。

 周りの部員たちは皆、微笑ほほえましげに苦笑していた。

「処置無し」という顔でかぶりを振ったが、に改めて目を向けた。そして、彼女の隣が空いているのに気付いて眉を曇らせた。

「……じゆうもんの体調は、まだかんばしくないのか?」

「いえ、大丈夫そうですよ。本人が言っているだけでなくて、あちらのお医者様も大丈夫だと言っていました」

 には、特に強がっている様子は無かった。

「アーシャは開幕の時間に合わせて、じゆうもん先輩と一緒に来るそうです」

「副会長と?」

 問い返すの声と表情には、意外感が込められていた。

 さっきは苦笑される側だったが、その問い掛けに苦笑いを浮かべる。

「一昨日のあれからじゆうもん先輩、甘やかしモードと言うか過保護モードと言うか、溺愛モードに入っているみたいで……」

 それを聞いて噴き出したのは、だけではなかった。


 受付開始の時間になり、たち一高マジック・アーツ部員は他の参加者の邪魔にならないよう自然に列を作って入り口へ向かった。

 その途中、少し後ろで「おお~」という感嘆の声が上がったのをは聞いた。「自分と同じことをしている」と思ったは、振り返らずにはいられない。

 振り返って、声を上げた女子と目が合った。二人が同時に上げた「あっ!」という声は、恥ずかしいシーンを見られた/見た気まずさによるものではなかった。

いちじようさん」「とおかみさん」

 このセリフも、二人の少女から同時に放たれた。

「今から受け付け?」

 あかねがシャイな笑みを浮かべながら歩み寄り、たずねる。お上りさんのようなを見られたのはやはり、気恥ずかしかったのだろう。

「うん、そっちも?」

 あかねの方へ歩を進め、質問の形で応じた。自分もあかねと同じことをした、とは、は言わなかった。高度な心理作戦──ではない。には恥ずかしいをしたという意識が無かったので、フォローする必要も覚えなかったのだ。

「対戦、楽しみにしてる」

 あかねがそう言えば、

「なるべく早く当たりたいね」

 もこう応える。

 二人とも、優勝より目の前の相手との戦いを望んでいるようにすら見えた。

くじを引くのはあたしの方が先だから、とおかみさんのくじうん次第だよ」

「まいったな。あたし、くじうんはあんまり自信が無いんだよ」

 あかねの言葉に、は苦笑いで応えた。

 二人とも、トーナメントで対戦できること自体は全く疑っていなかった。

 最悪でも決勝で戦えると、二人とも根拠無く確信していた。


◇ ◇ ◇


 今日、日本武道館で行われるのは男女十八歳以下部門だ。試合数の関係で、年齢無制限部門は来週、ありあけアリーナで行われる。

 男女三十六人ずつのトーナメント。くじうんが悪い選手は優勝までに六試合、それ以外の選手は五試合を戦う。──一回戦は四試合。くじうんが悪い選手は全体の四分の一以下ということになる。

 トーナメントの組み合わせは地区予選と違って、選手が自分でくじを引く。くじを引く順番は恣意が入り込む余地が無い基準で、とうきようから遠い順だ。透視を始めとするくじの不正は厳しく取り締まられているため、理屈の上ではこの順番で有利不利が生じることはない。

 トーナメント表は九時に完成した。予定どおりだ。

 幸い一高の選手は男女とも、運が悪い四分の一には該当しなかった。

 順当に勝ち抜いて行けば、と当たるのは準決勝だ。それを見て、は危機感に似た緊張を覚えた。

 あかねは別ブロック。対戦できるのは決勝戦だ。あかねと戦うためには、その前にを倒さなければならない。

 の緊張はすぐに、闘志に置き換わった。


 同じ頃、あかねはトーナメント表を見て落胆を覚えていた。

あかねとおかみさんとは別ブロックになってしまいましたね」

 あかねの心情を察したレイラが、慰める口調であかねに話し掛けた。

「──ううん、楽しみは決勝戦まで取っておくよ」

 レイラにこれ以上は気を遣わせまいと思ったのか、あかねは明るい声でそう応えを返す。それは、第三者には「決勝までは楽勝」とも聞こえるセリフと口調だった。

「ふーん……。うちらのことは眼中に無いってことか」

 とげの生えた口調の、聞こえよがしのセリフ。

 あかねとレイラが振り向くと、そこには長身で手足の長い女子選手が立っていた。

 今日この会場に来ている選手なのだから十八歳以下なのは間違いない。だが私服に着替えて化粧をすれば、大学生でも通用しそうな容姿だった。日に焼けているのか元々なのか、やや浅黒い肌も、目鼻立ちがハッキリした彼女にはむしろチャームポイントになっている。

「まあ、じゆつぞく直系でマジック・アーツ界のプリンセス様にとっては、ナンバーズですらないなんて単なる通過点でしかないよね」

 今度は聞こえよがしではなく、正面からあかねに向かって嫌みが投げ付けられた。

「……あたしのことはご存じのようだけど、貴女あなたは? 本当に申し訳ないのだけど、記憶に無いわ。よければお名前を教えてもらえない?」

 これだけ明確に敵対姿勢を示されると、あかねも初対面の相手に対する礼儀を守ろうという気が無くなる。あかねいんぎんれいな態度で皮肉な声を返した。

「初対面だから記憶に無いのは当たり前。むしろ知られていたら怖いわ~」

 あかねにはあいにくなことだが、嫌みの腕前は相手の女子が上回っているようだ。

「うちははたとも、九高の二年生。じゆうはつはちまんと同じ漢字だけど、あいにくと関係は無し。第八研ともナンバーズとも無関係よ」

「どうもご丁寧に。必要無いかもしれませんけど、改めて。いちじようあかねです」

 二年生と聞いて表面上だけは丁寧に、あかねは名乗り返した。

運良く勝ち抜けたら準決勝で対戦するわ。その時はよろしく」

 ともは「フッ」と笑って、あかねに背を向けた。

「……運良くなんて言っていましたけど、彼女、自信ありそうでしたね」

 その背中を見送りながら、レイラがあかねに小声で話し掛ける。

「うん。多分だけど、彼女、強いよ」

 あかねは楽しそうな笑みを浮かべて、その言葉にうなずいた。


◇ ◇ ◇


 九時半になり、第一回戦が始まった。

 ここでは、の出番は無い。だが応援席にはちゃんと、アリサの姿があった。彼女の隣には、本人が宣言したとおりゆうが付き添っている。

 視線に気付いたアリサが、に向かって笑顔で手を振った。

 も大きく手を振り返そうとして、ゆうの視線に気付く。ゆうにらけているわけではなかったが、何となく軽々しい態度は取れないような気がして、はアリサの応援にお辞儀を返した。

 まるで、敬礼のようなお辞儀だった。


 応援に来ているのは無論、アリサだけではなかった。観客の中にエリカの姿を見付けて、は「あっ」という形に口を開けた。

 視線が合い、慌てて勢い良く頭を下げる。

 エリカはニヤッと笑って、にサムズアップをして見せた。

 古代の闘技場では敗者助命嘆願のサインだが、エリカの意図はおそらく逆だろう。「どいつもこいつもぶっ倒せ」というエールだと思われる。

 はエリカのサムズアップに、人差し指と中指を伸ばして立てるサインで答えた。第三者にはピースサインにしか見えなかっただろう。

 だがの意図は違う。エリカの理解も違う。それは、控えめなジェスチャーだったが、紛れもなくビクトリーサインだった。


 観客席の、エリカのほぼ反対側には人だかりができていた。有名人が来ているのだ。

 芸能人ではない。政治家や実業家でもない。ある意味で、大臣よりも、巨大企業グループのオーナーよりも重要で希少な人物。

 世界でただ一人の魔人の存在で影が薄くなっているのはいなめないが、それでも日本に二人しかいない、世界でも十三人、数え方によっては十一人しかいない国家公認戦略級魔法師の一人。

 いちじようまさが、観客席にいた。

 彼は女子部門の優勝候補、いちじようあかねの実兄だ。魔法大学に在学中であり、夏休みも終わりが近付いているこの時期は、とうきように戻っていてもおかしくない。またとうきようにいれば、妹の応援に来るのもおかしくない。きようだい仲は決して悪くないから、むしろ応援に来ない方が不自然だろう。

 だが魔法関係者も大勢来場している今この場では、密集状態を引き起こすサプライズになっていた。

 しかし当のあかねにとっては、兄よりもその隣で居心地悪そうにしている男性の方が重要だった。

「あっ、しんろうくーん!」

 あかねが恥ずかしげもなく手を振る。

 客席のしんろうは、恥ずかしそうに小さく手を振って返した。

あかね、時間ですよ!」

 運が悪い八人の内の一人になってしまったあかねだったが、きちじようしんろうの応援を受けて、気合い満タンで一回戦のリングに上がった。


◇ ◇ ◇


 は二回戦、三回戦と順調に勝ち上がった。

 そして、準々決勝の相手の名は、すず

さんって、じゆうはつのお嬢さんですか?」

 観客席のアリサが、隣から離れようとしないゆうたずねる。

「直系ではなく、遠縁から取った養女だよ」

 答えたのは、にかゆうの隣に座っていたそうだった。

「あっ、だから二高ではなく地元の高校に通っていらっしゃるんですね」

 選手リストには、本人が公開を許可した範囲のプロフィールが添付されている。その範囲は様々で、地区予選でが戦った選手のように自分の流儀までプロフィールの形で宣伝している選手もいれば、氏名、年齢、身長、体重──これらは必須項目だ──以外の情報公開を拒んでいる選手もいる。

 選手は必須項目以外に、現在通っている学校名も公開していた。その校名は、魔法師の社会では全く知られていない、の地元の公立普通科高校だった。

「養女だなんて内部事情を良く知っていたな……。お前のことだ。他にも知っていることがあるだろう」

 ゆうそうに目を向け、言葉ではなく視線で「さっさと吐け」と詰め寄る。

すずは厳密に言えば、旧第九研出身の魔法師じゃない」

 そうはあっさり自分の持つ情報を開示した。

「どういうことだ?」

「彼女は旧第九研が古式魔法師を取り込むために利用した『忍術使い』の孫娘だ。と遺伝子的なつながりはあるが、血のつながりは無い」

「遺伝子操作のパーツか……」

 ゆうが声にけん感をにじませる。

「古式魔法師の魔法因子を取り込むために、婚姻でも人工授精でもなくキメラ化を!?

 アリサが口を片手で押さえて目を見開いた。

「結局、生まれてきたのは普通の現代魔法師だったんだけどね。まあ、魔法因子が発現したという意味では成功だったんじゃないかな」

そう。もしかしてがんの発症者が多いのは……」

 じゆうはつの一つであるは、偶然で説明がつく範囲を超えてがんを発症する者が多い。遺伝子の組み合わせを慎重に吟味した魔法師開発研究所の成功例であるじゆうはつの内、他の二十七家は遺伝病の発生がむしろ少ない傾向にあるので──肉体的な要因以外の理由で健康を損なう例は多い──、だけが特殊な遺伝子操作をされたのでは、という説は以前から日本魔法界の片隅でささやかれていた。

「彼女の場合は遺伝子サンプルを提供した側の子孫だ。キメラ化措置の影響は無いはずだよ」

 そうゆうのセリフを引き継がずに、肩をすくめての話題を終わらせた。


 選手が日本武道館の天井の下を跳ね回る。彼女の空中殺法に、は苦戦を強いられていた。

 ただ飛び跳ねるだけの相手なら、が対応に苦労することはない。九校戦のミラージ・バットで、「跳ねる」のではなく「飛ぶ」相手と競い合った経験がの中には蓄積されている。

 選手の動きは立体的だが、やっていることはあくまでもヒットアンドアウェイだ。対処法は距離を詰めて乱打戦あるいはサブミッションに持ち込むか、タイミングを合わせてカウンターを打ち込むか。

 は当初、守りを固めてカウンターを取る戦術を選択した。[リアクティブ・アーマー]や硬化魔法で打撃を跳ね返すのではなく、有効打を取られないようにパーリングやブロッキングで敵の攻撃を防御してカウンターを狙う戦い方だ。

 だが選手はがカウンターの態勢に入ると、それを読んでいるかのごとく決まって急加速しにカウンターを打たせない。自分が攻撃を当てた後に限ったことではなく、攻撃を中断しても回避を優先している。

 もしマジック・アーツに「積極性」のポイントがあったなら、判定負けもあり得る戦い方だ。あるいは「消極性」に対して指導が与えられるルールなら反則負けもあり得るかもしれない。

 だがマジック・アーツにはテクニカルKOにつながる「有効打」以外に判定の要素は無い。試合に時間制限が無いから「優勢勝ち」を導入する必要が無かったのだ。

 優勢・劣勢判定による勝敗を気にする必要が無いから、回避主体の戦法が採れる。

 そもそも実戦では「逃げ切ることが勝ち」という状況もあり、それを否定する「判定負け」はある意味で、現実的ではないとも言える。

「忍術」が元々、逃走に重きを置く技術体系だからなのか、選手の回避技術は群を抜いていた。少なくともカウンター技術では捕捉が難しかった。

 この状況を、割り切りで打破した。

「有効打」を取られることを容認した上で[リアクティブ・アーマー]を展開。

 相手のキックを顔面で無防備に受け止め、直後に[リアクティブ・アーマー]を解除してその足を捕まえる。逃れようともがく選手を寝技に引きずり込み、そのまま絞め技で落として勝利を収めた。


 心臓に悪いの勝ち方に、アリサは胸を押さえてフゥッと息をく。えず勝てたので一安心だが、応援に来ていた他の一高生は、喜んでばかりもいられなかった。

 準々決勝四試合は同時に行われ、他の三試合は既に終了していた。は勝利を収め、との準決勝対決が決定している。しかしもう一人の一高生、よこやまえみいちじようあかねに敗れ、準々決勝敗退となってしまった。

 準決勝は男子の準決勝の後に行われる。試合は十五時から。待ち時間は四十分以上ある。各選手は心身を休めるため、残った勝者用に割り当てられた控え室に移動した。

「行かないの?」

 ゆうの向こう側から、そうがアリサに問い掛ける。

「控え室にですか?」

 アリサの反問にそうは「うん、そう」とうなずいた。

「……今は止めておきます。次の準決勝は部長さんとの試合ですから」

「何と声を掛ければ良いのか分からない?」

 こうたずねたのはゆうだ。

「そうですね。勝って、と言うのは簡単ですけど、そんなに簡単に割り切れるものじゃないと思うし」

「頑張って、の一言で良いんじゃないの?」

いざよい先輩……そうでしょうか?」

「他ならぬ親友からの一言だからね。それだけでも随分違うと思うけど」

「……」

 そうの言葉をめるように考え込んでいたアリサが、いきなり立ち上がった。

ゆうさん。やっぱり行ってきます」

「俺も行こう」

 続けてゆうが立ち上がる。

「じゃあ僕も」

 同時に立ち上がったそうには、アリサとゆうから「来なくて良いのに」という視線が浴びせられた。


「お二人はここで待っていてください」

 控え室の扉を背にして、アリサがゆうそうに告げた。

「アリサ、──」

「おいおい、ゆう。女子の控え室だよ」

 待たされる理由をたずねようとしたゆうそうからのツッコミが入る。

「あ、ああ、そうだな」

 気まずげな表情のゆうを残して、アリサはに割り当てられた控え室に入った。


「アーシャも来てくれたんだ」

 控え室にいたのは、当然かもしれないがだけではなかった。

「意外ね。アリサは真っ先に来ると思ってたんだけど」

 このセリフはめいだ。控え室にはマジック・アーツ部の女子部員だけでなく、部員とひとかたまりの席で応援していたアリサとの友人も駆け付けていた。

「アリサさん、まだ体調が悪いんですか?」

「アリサ、替わるわ。座って」

 はるがアリサの体調を気遣う言葉を投げ掛け、よりが立ち上がって座っていた椅子を勧める。

「ありがとう、より。大丈夫よ」

 アリサは椅子を辞退して、の前に膝を突いた。

「ミーナ、次の試合だけど……」

「勝つよ」

 アリサが言葉を選び終える前に、はきっぱりと自分の意思を伝えた。

「部長には悪いけど、準決勝はあたしが勝つ。何が何でも勝つ。そしていちじようさんと戦うんだ」

 改めて見せ付けられる、あかねとの試合に向けたの強いおもいにアリサは圧倒される。

「……そんなに彼女と戦いたいの? この前の雪辱をしなければ気が済まないとか?」

 誰かと勝敗を競うことにここまで執着できるのか、アリサには理解できなかった。

「雪辱とか、そんなんじゃないよ」

 の笑みは、強がっているようには見えなかった。

「約束したから。それを果たすだけ」

「約束って……ミーナは『絶対に雪辱する』って言ってたと思うけど?」

「あはは、そうだったね」

「雪辱じゃない」と言い切った直後にそれと相反する自分の過去の言動を掘り起こされて、は照れ笑いを漏らした。

「でもホント、勝ち負けじゃないんだよ。そりゃあ、やる以上は勝ちたいけどさ」

「……どっちなの?」

「いや、だから。向こうは年齢無制限の一般女子にエントリーしても、もしかしたら優勝できたかもしれないのに、こっちに合わせて十八歳以下の少女の部に来てくれたんだから。あたしもそれに報いなきゃ。勝ち負けはその次の段階だよ」

 どうやらは「義理を果たさなければ」と言いたいようだ。アリサにはやはり、理解できなかったのだが。

「だったら次の試合、頑張らないとね」

「うん頑張って勝つよ」

 はあくまでも、同じ一高生相手の次の試合に「勝つ」と言う。それは試合に出る選手としては当然かもしれない。

「勝ち負けはともかく、悔いが残らないように頑張って」

 しかしアリサは、最後まで「勝って」とは言えなかった。


◇ ◇ ◇


 準決勝、との試合はれつを極めた。

 互いに手の内を熟知した同士。様子見は無い。

 両者とも最初からフルスロットルだった。

 交差する拳と拳、蹴りと蹴り。

 蛇のごとく、ごとからみつきからるサブミッション。リングを揺らす投げ技。

 攻と攻、攻と防、防と攻が目まぐるしく入れ替わる。

 ただ観戦する観客の目は、の試合にばかり集中してはいなかった。

 隣のリングでも予想外の熱戦が繰り広げられていた。


◇ ◇ ◇


 準決勝の二試合は同時に行われている。

 そのもう一方の試合、いちじようあかねはたともの一戦は、試合前の大方の予想に反して接戦になっていた。

 優勝候補のあかねが予想外に苦戦していた、と言い換えても良いかもしれない。

 はたともは百七十五センチの長身。一方のあかねは百五十五センチ。身長差は二十センチにも及ぶ。しかもともは手足が長い体形で、リーチの差は身長差以上だ。

 こうなると逆に、ふところに入り込んでしまえばほど苦労せずに対処できそうなものだが、ともはその体格に似合わぬスピードも備えていた。

 無論、総合的なスピードはあかねが勝っている。だが腕の回転速度はむしろともが上回っていた。

 息つく暇も無い間隔で矢継ぎ早に繰り出されるジャブを主体としたパンチ。その合間合間に意識の裏を突くようなタイミングで放たれるキック。そのキックもロングレンジの回し蹴りからショートレンジの膝蹴りまで多種多彩だ。そので、あかねは中々近付くこともできずにいた。

 元々あかねはアウトレンジのストライカーだ。距離を取って、打撃技で戦うスタイル。とものようなタイプに有効な、サブミッションは余り得意ではない。その意味でともは相性が最悪とまでは言えないが、あかねにとって戦いにくいタイプだった。

 ただ、それだけではあかねが苦戦する理由にはならない。この試合はマーシャル・アーツではなくマーシャル・マジック・アーツなのだ。パンチやキックで有効打を与えられなくても、魔法でダメージを与えて勝ちにつなげることができる。

 あかねが苦戦している最大の理由は、彼女の得意魔法[しんけいこうらん]がはた選手には通用しないという点にあった。

[神経電流こうらん][ナーブ・インパルス・ジャミング]とも言われるこの魔法はじゆうはつの一つ、いつしきが得意とする魔法だ。国内ではいつしき固有の魔法と言っても良い。

 いちじようあかねがこの魔法を使えるのは、母親がいつしきの本流に近い血筋だからだ。もっとも、いつしきの血を引いていれば使えるという魔法でもない。同じ血を引く兄も妹も、母親も[しんけいこうらん]は使えない。いちじようでこの魔法を使えるのはあかねだけだった。

 敵の神経インパルスに干渉して五感を狂わせ随意筋をさせる[しんけいこうらん]は、相手に接近しなければ使えない射程距離が短い魔法だ。あかねも、確実を期すなら相手に直接接触して発動する必要がある。

 もっともマジック・アーツの試合では、相手に触れる機会など幾らでもある。あかねがマジック・アーツで勝利の山を築いてきたのも[しんけいこうらん]で相手の挙動を狂わせて決定打をたたき込むという必勝パターンを持っているからだった。

 しかしはた選手には[しんけいこうらん]が通用しない。これはあかねが魔法の発動に失敗しているのではなく、はた選手がいつしきに似た魔法の遣い手だからだった。

 はた選手は特殊な呼吸法を発動キーとして、自身の神経インパルスを整える魔法を使用していた。おそらく肉体のパフォーマンスを一定水準に保ち続けるための魔法だ。

 アスリートが生活習慣で体調を管理するのと本質的に同じコンディションコントロール。それが結果的に、あかねの[しんけいこうらん]をシャットアウトしていた。


◇ ◇ ◇


 の蹴りがはじばす。単なる蹴りではない。斥力魔法で威力を増した[リパルジョン・ナックル]のキックバージョンだ。

 体勢を崩したに追撃を加えるべくが迫る。だが身体からだが突進する以上のスピードで、弧を描きながら後退した。エリカから伝授された[滑空]による回避。

 に驚きは無い。彼女はがエリカから教えを受けている場面に立ち合っていた。それにで、エリカから別の技を教わっていた。

 がグッと身体からだを沈め、床を蹴る。次の瞬間、の目の前にいた。エリカが継承しているの秘術[やまなみ]──慣性制御により自分自身と自分の得物の慣性を極小化し、自己加速魔法で敵に迫り、斬撃の瞬間に今度は慣性を増幅して増大した見かけ上の慣性質量で敵をたたき斬る技──の基礎となる慣性制御魔法と自己加速魔法の複合術式だ。

 がその移動スピードをそのまま載せた正拳突きを繰り出した。はそれを[リアクティブ・アーマー]ではなく硬化魔法で受ける。

[リアクティブ・アーマー]は肉体を基準としてその相対座標の上に展開されるものだが、魔法シールドの一種として特定の空間に固定されるという性質とも無縁ではない。

 つまり[リアクティブ・アーマー]を発動中のは、そうでない場合に比べて外部から力を加えられても移動させられることに抵抗力がある。

 それは攻撃を受けても跳ね飛ばされにくいということであり、同時に攻撃を利用してえて飛ばされ距離を取るのが難しいということでもある。

 その点、硬化魔法にはそのような制約はない。からいったん距離を取るために、防御の手段として硬化魔法を選んだのだった。

 このことはの意表を突いた。いや、予測を外したと言うべきか。

 四月にが一高マジック・アーツ部に入部してから、と何度も対戦してその手の内を大体把握している。KOにつながるような強打を浴びせられた場合は、魔法シールドをまとってその場で打撃を受け止め即座に反撃するのがの多用するパターンだった。

 無論強打をかわして仕切り直すというパターンもあった。だが相手の打撃を利用して、その衝撃力で自ら飛ばされ距離を取るという行動パターンは新しいものだった。

 新しく覚えた硬化魔法と[滑空]での間合いの外へ逃れた。もちろんそれは、逃げるためだけの組み立てではなかった。

 距離を確保したところで[滑空]の解除と[リアクティブ・アーマー]の発動を同時に行う。魔法装甲越しに床を踏み締めたは、単純な自己移動魔法によってへ突撃した。

 この一連の流れはの意表を突くものだった。単純な移動魔法は加速のプロセスを持たず対象をいきなりトップスピードに乗せる。故に自己移動魔法は通常、慣性でダメージを受けないように移動距離と移動時間を調節──つまり速度を調節するか、慣性中和魔法を併用する。

 そして[リアクティブ・アーマー]は慣性というダメージからも術者を保護する。

 は全力で突進し、魔法装甲越しの体当たりでを跳ね飛ばした。

 カウントが始まる。はカウントナイン身体からだを起こしたが、そこが限界だった。

 はこの大舞台で初めて、を相手に勝利した。


◇ ◇ ◇


 が決勝進出を決めても、あかねの試合はまだ続いていた。

 あかねはまだとも距離を攻略できていない。ふところに飛び込めても、ボクシングと違って膝蹴りや肘打ちがある。打撃技だけでなく、ともには細身の身体からだに似合わぬパワーもあって、軽量なあかねを振り回して力尽くで投げ倒すこともできた。

 一度投げられ、踏み付けをらい掛けて、あかねも不用意に組み付かなくなっている。今の戦い方はの準々決勝の相手、すず選手を思わせるヒットアンドアウェイだ。

 フットワークを含めた総合的なスピードはあかねが勝っている。ともあかねの打撃を完全にさばくことはできず、徐々にダメージを蓄積していた。だがまだ、戦闘不能には至っていない。

 しかしともは、あかねちょこまかとした攻撃にいらちをこらえきれなくなったのだろう。積極的に、あかねを捕まえに掛かった。

 とも本人はサブミッションにも自信があったのだろうか。しかしこの戦術転換が彼女の敗因になった。

 ともが首相撲の体勢にあかねを抑え込もうとする。

 あかねは特に抵抗しなかった。

 あかねてのひらともの腹に宛がわれる。

 次の瞬間、とも身体からだが崩れ落ちた。

 腹を押さえて横たわるとも

 カウントが進み、あかねの勝利が宣告された。


 の試合が終わった直後から、アリサは親友の決勝戦に少しでも役立てるためあかねの試合を注視していた。そしてともがダウンした瞬間、観客席でアリサは腰を浮かせた。

「あれは、アリサが問題視した[生体液震オーガン・クエイク]か……?」

 ゆうが低い声でアリサにたずねる。

「はい……、いえ、分かりません……」

 戸惑いをにじませながらアリサは椅子に座り直した。はた選手が倒れた瞬間は[生体液震オーガン・クエイク]で間違いないと思ったのだが、そうと断言できない違和感が生まれていた。

「似ているけど、全く同じではないな」

 そうがその違和感を正しいと断じた。

はた選手を倒した打撃はおそらく──いや、間違いなく[しんとうけい]だ。ただし運動力学キネテイクスでシステムが解明されているしんとうけいじゃなく、僕たちの領域に属する[しんとうけい]だろうね」

「魔法的な技術ということか?」

 ゆうの質問に、そうは「そのとおり」とうなずいた。

「魔法でしんとうけいと同じ波動を再現しているんだろうね。多分[生体液震オーガン・クエイク]をダウングレードしたんじゃないかな」

「ダウングレード……」

 アリサのつぶやきに、そうが意味ありげな笑みを返す。

じゆうもんさんに殺傷性ランクを指摘されたのがこたえたんじゃない?」

「……わざわざダウングレード版を作ったのは、試合で使うためですよね?」

「そうだろうね」

 そうの答えを聞いて、アリサは腰を浮かせた。

「ミーナに教えてあげなきゃ」

 アリサが立ち上がるのと同時に、ゆうも立ち上がった。


 勝利を収めて控え室に戻ってきたあかねは、腰を下ろすなり「参ったな」とつぶやいた。

「決勝戦の前に[しんとうけい]を使わせられちゃったよ」

 隣に立つレイラに、あかねが申し訳なさそうな笑みを向ける。

「せっかくとおかみさんとの試合用に、レイちゃんが教えてくれたのに……」

 あかねが言うように、[生体液震オーガン・クエイク]をダウングレードして殺傷力を下げた[しんとうけい]はとの試合の切り札として、レイラから東亜大陸流武術のしんとうけいを教わりそれを元にして作り出したオリジナル術式だった。

 と対戦するまで、あかねは[しんとうけい]を使うつもりはなかった。さっきのはともが想定を超えてごわかったで、思わず出してしまったものだった。

とおかみさんの試合も同時でしたし、見られた可能性は低いと思いますよ」

 レイラが慰めの言葉を掛ける。ただその声に確信は無かった。

とおかみさんが見ていなくてもじゆうもんさんが教えるだろうし……」

 ぼやくあかね。レイラはその言葉を否定できなかった。


◇ ◇ ◇


 女子準決勝に続いて行われた男子決勝では、一高男子部部長のぐさが無事に優勝を飾った。去年の大会では前部長が九高の前部長に敗れている。その雪辱を果たした格好になった。

 そして次は女子決勝戦。の控え室にはアリサやめいたちだけでなく、トーナメントに出場していたえみを含むマジック・アーツ女子部員全員が集まっていた。

、待ちに待った再戦だ。気合いを入れてけ。残った気力と体力を全部絞り出していちじようあかねにぶつけてこい!」

「はいっ!」

 の激励に闘志にあふれた声で応える。それに続いて、女子部員が次々に「頑張って」「今度は勝てるよ」とに声を掛けた。その熱気と勢いに圧倒されて、アリサは中々に近付けない。

「ミーナ、頑張って」

 が控え室を出てリングに向かう途中で、アリサはようやくその一言を掛ける機会を得た。

 は振り返って、「うん、勝ってくるよ」と晴れ晴れとした笑顔で応えた。


 リング上で、あかねが向かい合う。

 二人の間に言葉は無い。二人の目には、ただ闘志のみがある。

 お互いに、望んでいた再戦。

 今、その決戦の火蓋が切られた。


 試合は最初、二ヶ月前、正確には八週間前と同じ展開で進んでいた。ジャブの交換からストレート、フック、アッパーといった多彩なパンチの打ち合い、そこにキックが加わり、魔法ならではのトリッキーな攻撃が追加される。

 二人がいったん、互いに距離を取った。双方数発のパンチとキックをもらい、少しのダメージを受けている。

 二人が目を合わせてにらう。二人の瞳は、闘志と期待感で満ちていた。


(やっぱり速い……)

 あかねの視線から目をらさず、同時に彼女の全身を意識に収めながらは思った。

しいけど、スピードではまだ負けているかな)

(でも対応できない程じゃない)

([しんけいこうらん]も今のところ、ちゃんとブロックできている)

(行ける! いや、行くんだ!)

 心の中で自分を鼓舞して、はリングを蹴った。


(やっぱり、ディフェンスが堅い……)

 の視線から目をらさず、同時に彼女の全身を意識に収めながらあかねは思った。

(それに、随分くなってる。まだ二ヶ月くらいしかっていないのに)

(前は[しんけいこうらん]を防ぐのも力任せ、ほうりよく任せみたいなところがあったけど……)

(今日はタイミングを合わせて的確に防いでる)

(これはもっと、気を引き締めていかなくちゃ!)

 あかねは自分自身にそう言い聞かせて、襲い掛かってくるを迎え撃った。


 そこから試合は急加速した。まるでディフェンスを無視したような打撃の応酬。

 ただしどちらもダメージは負っていない。

 だけでなくあかねも魔法シールドを展開して相手の攻撃をシャットアウトしている。

 ただお互いに有効打、「イフェクティヴヒット」によるポイントが加算されていった。


(……まずい)

(これはまずい流れだよ)

 闘志をむき出しにした表情の下で、あせりを覚えていた。

 部内の練習試合を含めて、との組み手で有効打によるテクニカルKO負けを何度も味わっている。今のままでは、それをここでも繰り返すことになりかねない。

(あたしといちじようさん、どっちが多くポイントを取られているんだっけ)

(どっちにしても、そんなに余裕は無いよね?)

(そんな終わり方は嫌だ!)

 に何度も苦杯を喫してテクニカルKOにアレルギー的な忌避感をいだくようになっているは、戦い方を変えなければと短絡的に、強く思った。


(どうしたんだろ?)(チャンスだ!)

 二つの思いがあかねの中で交錯した。

 不自然なタイミングで攻勢を止めた。何かのわなか? ともあかねは考えた。だが直感的に、ここで手を休めてはいけないとあかねは思った。

 足を止めての打ち合いは、冷静に判断すればあかねの方が不利だ。本来のスタイルを取り戻すためには、攻勢が緩んだこのタイミングでアウトサイドな戦い方に切り替えるべきだろう。

 しかしあかねは、理性的な思考よりも直感を選んだ。彼女はえて、普段の自分とは違う乱打戦の継続を選択した。


 テクニカルKOによる決着を避けるために、シールドを解きガードを固めながらバックステップで距離を取ろうとする

 だが乱打戦の継続を望むあかねはそれを許さない。が下がる以上のスピードであかねは距離を詰めた。自己移動魔法を使っても、あかねを振り切れなかった。

 仕切り直そうとして、できなかった

 させなかったあかね

 攻守のてんびんはハッキリと、あかねの攻勢に傾いた。


「……」

 ガードを固めてあかねの打撃に耐えるから、アリサは耐えきれず顔をらした。

 だがすぐに視線を戻して、をしっかり見詰める。アリサは両手を、無意識に強く握り締めていた。

とおかみさんはシールド魔法を使わないんだ……?」

 アリサの隣で、ゆういぶかしげに独り言を漏らした。

「テクニカルKO負けを避けるためじゃない?」

 その独り言を拾って、そうが答えを返す。

「実際にダメージを負っても、魔法シールドを張っていなければポイントは取られないからさ」

 ゆうはその答えに納得しなかった。

「だがこのままではいたずらにダメージを蓄積するだけだ。相手の攻勢をいったん断ち切る方が優先される場面じゃないか?」

ゆうは何か他の狙いがあると思うのかい?」

「無ければこのまま押し切られる」

 ゆうの言葉を聞いて、アリサは一層強く両手を握り締めた。


 あかねに、息も吐かせぬラッシュをたたき込む。ここで試合を決めてしまう勢いだった。

 これは、いちじようあかね本来の戦い方とは少々異なっている。ヒットアンドアウェイで敵にダメージを蓄積して、十分弱ったところにフィニッシュの一撃を決める。それがあかね本来のスタイルだ。

 彼女のいつもの戦い方を知っている者の目には、あかねあせっているようにも見えた。あるいは、はやっているのか。

あかね、落ち着いて。もっと冷静に……」

 高校入学前からずっと、彼女の練習相手を務めているいちじようレイラ──リウリーレイは、祈るような口調で独り言を漏らした。


 あかねがインファイトの距離から足を止めてラッシュをたたき込む。彼女が蒸気ピストンのような勢いでたたき込んでいるのは、正確に言えばパンチではなかった。

 かんだんなく発動し続けている[しんけいこうらん]。敵の神経インパルスを乱し、狂わせる魔法を、あかねに撃ち込み続けていた。

 一見、あかねが圧倒的な優位に立っているように見える。

 だがあかね本人の心情は、観客が考えているほど優位に立ってはいなかった。

(……くっ。まだ徹らない

 あかねはブロックされ続けている[しんけいこうらん]を、半ば意地になって撃ち込み続けていた。彼女のラッシュは、いらちの表れでもあった。

 ──この時、あせりはむしろあかねの方にあったかもしれない。


(ピンチピンチ。まずい、まずいよ!)

 心の中であせりのセリフを垂れ流しているだが、彼女の身体からだと闘争心は──闘争をコントロールしている精神機能は、あかねの攻撃に的確に対応していた。

(何とかしなきゃ! 何とかしなきゃ!)

 追い込まれて意識が分裂状態に陥った、とでも言えば良いのだろうか。表層的な感情が闘争をつかさどる意識から切り離され、精神の闘争機能が純化されていた。

 いや、やはり「分裂状態」という言葉は相応ふさわしくないだろう。「分業状態」の方が適切か。あせりや動揺に左右されず、それを闘争から切り離して、は戦いに没頭していた。

 彼女は武道家が言う「無我の境地」に近付いていた。


 あかねのラッシュをブロッキングでガードする

 あかねが[しんけいこうらん]を連発しているように、もまた対電磁シールド魔法を発動し続けている。は[リアクティブ・アーマー]をえて使っていないのではない。[しんけいこうらん]に対抗する電磁シールドに魔法のリソースを集中投入しているのだった。

 そうした魔法の攻防と同時に、打撃技の攻撃と防御も繰り広げられている。

 のストッピング──あかねのパンチをつかることに成功した。あかねのラッシュに停滞が生じる。

 その瞬間「しまった!」とあかねは思った。電磁シールドを破ることに意識を奪われて、打撃のコンビネーションがおろそかになってしまったという思いが彼女の脳裏をよぎった。その後悔がさらに一瞬、あかねの手足に重いかせを付けた。

 は「今だ!」という心の声を聞いた。分業状態で戦闘をコントロールしていた意識の声だ。俗に「無意識に身体からだが動く」と言われる状態の、「無意識」に該当する意識の思考。

 その思考に従いが動く。分かれていたの意識が一つに戻った。

 が前に踏み込み、あかねの頭を抱え込む。首相撲の体勢からが膝蹴りを繰り出した。一高生と三高生が集まっている辺りから、それぞれ悲鳴交じりの声援が湧き起こる。

(……)

 今度はあかねの精神に「無意識状態」が訪れた。彼女の表層的な意識は闘争から切り離され、この場の最適解を肉体に命じた。


 二度、三度と繰り出される膝蹴りを十字受けでブロックしていたあかねが、ブロックに使った直後の両腕での胸を押し退けるような動作を見せる。

 一高生の集団から少し離れた席で短い悲鳴が上がった。

 アリサが上げた悲鳴だ。

 彼女は、あかねの何気ない動作が[生体液震オーガン・クエイク]のダウングレード版である[しんとうけい]であると気付いた。

 アリサの悲鳴は声援に紛れた。

 アリサの警告はの耳に届くことなく、


 あかねの両手から、ダブルで[しんとうけい]が放たれた。


 がよろめき、後退する。

 しかし、彼女は倒れなかった。

 アリサは「」た。

 は身体硬化魔法[バダリィフォージング]をとつに発動して[しんとうけい]を防いでいた。ただ、[バダリィフォージング]は完全ではなかった。

 そので、[しんとうけい]の威力を完全には殺し切れていなかったが、半減以下に抑えることには成功していた。

(仕留めきれなかった?)

 あかねの顔に意外感がよぎる。

(魔法シールドを使った形跡は無かった。[しんとうけい]は確かに成功したのに)

 戸惑いがあかねの心を乱す。

 それでも、の表情に隠し切れないダメージを見て取り、あかねは勝敗を決するべく突進した。

 はそれを迎え撃つべく、正拳突きの構えを取っている。

 彼女の瞳にも、この一撃に勝負を懸ける決意の炎が燃えていた。

「ミーナ!」

 アリサが思わず立ち上がる。

「勝って!」

 そして、声を限りに叫んだ。

「頑張って」ではなく「勝って」と。

 微笑ほほえんだように見えたのは、錯覚か、それともアリサの声が届いたのか。

 は中段順突きを繰り出した。

(──勝つよ──)

 この時、は正真正銘、ただ一つのことしか考えていなかった。

 自分の勝利を願う声援に応える。その一念で彼女の心は占められていた。

 繰り出されたのはフェイントもコンビネーションも無い、馬鹿正直な一撃。

 スピードはあっても、何を打つのか、を狙っているのか、読むのは容易たやすい。

 あかねは突進から後退へ一瞬で切り替え、の突きが届く間合いのすぐ外へステップバックした。

 は腕が伸びきった状態だ。

 カウンターの、絶好のチャンス。

 あかねがハイキックの態勢に入る。

 ところが、

 あかねの動きが、

 そこで、止まった。

 がくぜんとした表情があかねの顔に浮かぶ。

 そのまま彼女は両膝を折り、胸を両手で押さえてリングに崩れ落ちた。

 何が起こったのか誰も理解できず、静まりかえる館内。

「……やったのか?」

 そこへゆうの、独り言というには大きなつぶやきが響く。

 彼は理解した。

 アリサも理解していた。

 最後の最後で、アリサが解き明かしたサイオン流による攻撃、アリサが言うところの[サイオンレーザー]が火を噴いたのだ。

 あかねのダウンを認め、機械的なカウントが始まる。

 一高生の間にざわめきが生まれ、三高生は悲鳴そのものの声援を送る。

 そのけんそうの中で、観客席のエリカは「へぇ……」と興味深げな笑みを浮かべていた。

 カウントエイト

 あかねが両手を突いて身体からだを持ち上げる。三高生の声援が一高生の声を圧倒する。

 カウントナイン

 あかねが横座りの体勢にまで身体からだを起こす。三高生から割れんばかりのエールが起こる。

 だが、しかし。

 カウントテンが告げられてもあかねは立ち上がれなかった。

「それまで! 勝者、とおかみ!」

 レフェリーが試合終了を告げる。

 今度は一高生の間から、爆発的な歓声が沸き上がった。

 が静かに天を仰ぐ。

 その顔に笑みは無い。勝利のたけびも無い。ただやり遂げた満足感だけが、彼女の表情を占めていた。

 あかねがよろめく足を踏み締めて立ち上がり、の隣に歩み寄る。彼女はの右手を取り、その腕を高々と上げた。

 会場に割れんばかりの拍手が鳴り響く。

 客席のアリサも、泣きながら夢中で手をたたいていた。


 全日本マーシャル・マジック・アーツ大会女子十八歳以下部門。


 優勝は、とおかみ


 は激闘の末、あかねに雪辱を果たした。