【4】合宿三日目
合宿三日目、十九日の午前中は一日目と同じく、山岳部とマジック・アーツ部合同のトレイルランニングだった。どうやら一高山岳部の合宿は走って、登って、走っての繰り返しであるようだ。
ただこの日のトレイルランには、アリサも
昼になり、山岳部+マジック・アーツ部がトレイルランから戻ってきた。
見覚えが無い女性が五人。服装はデザインがバラバラのトレーニングウェアに小さなリュックサック。靴は登山用ではなくランニング用だ。ウェアのデザインを除けば山岳部の女子部員と良く似た格好だった。
年齢は少し上。二十歳から二十五歳くらいか。その中で
その美女はOGに手を振って──声は聞こえなかったが、別れを告げているのだろう──、軽やかな足取りで研修所の前を通り過ぎた。他の四人もその後に続く。ただし、四人の足取りは重い。彼女たちも鍛え込まれた体付きをしている。運動不足ということはあるまい。それだけハードなランニングだったのか。だとすれば先頭の美女のスレンダーな
あの道の先には、ファミリー向けの貸しロッジがある。おそらくそこに五人で泊まるのだと思われる。レジャーではなく、少人数の合宿といったところか。
アリサはそこで、見知らぬ五人に関する推測を打ち切った。
「ミーナ、お疲れ様」
そう言いながら、目の前で立ち止まった
「ありがと」
「大丈夫? 随分きつそうだけど……」
「きついけど、大丈夫。この時期に無理をして故障なんてしたら、元も子もないからね」
全日本マーシャル・マジック・アーツ大会の地区予選は、この合宿の直後。具体的には、今日から四日後だ。
「分かっているなら良いよ」
「ところで、一緒にいた人たちは誰なの?」
アリサの興味は素性が分からないさっきの五人に移った。
「一緒に? ああ、
「
『
『剣の魔法師』
刀剣を使った近接戦闘魔法『剣術』の大家として知られ、警察や国防軍に多数の弟子を持っている。特に魔法師警察官にとって
「
「そうなんだ」
「何でもその人は一高時代に
「ふーん、そうなんだ」
最初の「そうなんだ」と後の「そうなんだ」ではアリサの口調が違った。
彼女たちもやはり、そういう話題が好きな女子高校生だった。
◇ ◇ ◇
昼食は昨晩に引き続きトウホウ技産研修所の食堂で一緒に
午後の予定はマジック・アーツ部が研修所の体育館を使った組手、山岳部は乗り物を使わずにバーベキューの食材と木炭の買い出しへ出掛けることになっていた。
だが昼食後の体育館には
体育館の、アリサたちとは反対側の
組手が始まってから約五分。
体育館にトレーニングウェア姿の女性が一人、入ってきた。最初は部員が外出していたのかと思ったが、彼女がレオの隣に立ったところでアリサは気付いた。
(
体形も雰囲気もスマートな美女。まだ遠目だが、さっきよりも近い距離で見る彼女は目鼻立ちがくっきりした、気の強そうな顔立ちをしていた。前髪を左右に分けて顔を隠さない、首筋だけ少し長めに伸ばしたセミショートの髪型も、きっぱりとした性格を感じさせる。
緩みのない立ち姿。
端的に言って、格好良い女性だった。
その美女に話し掛けられたレオが、顔を
やがてレオは諦念を込めて首を振り、
レオに話し掛けられた
「全員、注目!」
部員が一斉に組手を中断し、
「三年生は知っていると思うが、こちらは
「今日は特別に、
ざわめきがシンと静まりかえった。
短い沈黙の後、二年生の男子部員が「
「……
「得物ありでも得物無しでもどちらでも良いよ」
フレンドリーな口調で答えたのはエリカだった。
無言のどよめきが部員の間に広がる。口にこそ出さないが、反発を見せた者もいた。
「じゃあ後輩諸君、早速始めようか。順番に掛かっておいで」
そう言いながら、エリカは体育館の中央に進み出る。
彼女に押されるような格好で男子部員も女子部員も
さきほど質問をした二年生だ。その時は落ち着いていたが、闘志を
「
「どっちにする?」
エリカは
「是非、素手で!」
「良いよ、掛かっておいで」
あくまでも軽い口調で促されて──挑発された、とその男子は受け取った──男子部員がエリカに殴り掛かる。不用意に
左でジャブを打つ、と見せ掛けて、男子部員は右の前蹴りを放つ。ジャブのフォームに不自然な点は無く、フェイントとしては申し分なかった。
しかし、まるで事前に分かっていたかのように、前蹴りのモーションと同時にエリカが前に出た。
腕を自然に下ろしたまま。
ジャブがそのまま打たれていたら、顔を直撃していたコースへ足を踏み出す。そのまま前蹴りの右側──男子部員にとっては左側を通り抜ける。
半身になったエリカの手刀が、男子部員の額を打った。軽く当てただけに見えたし、実際に打たれた方も痛そうな表情は見せなかった。
ただそれで、片足を上げていた男子部員はバランスを崩して後ろにひっくり返った。
「オー、偉い。ちゃんと受け身が取れてるね」
からかう口調ではなく、エリカは真面目に褒めている。だがそれは、大人が子供を褒める口調だ。
「参りました」
しかし男子部員は素直に負けを認めた。そうせずにはいられない実力差、格の違いがあった。
「お願いします!」
次の挑戦者がエリカの前に立つ。エリカが
「女子は相手をしてくれないの?」
それまで黄色い声で声援と喝采を送っていた女子部員が一斉に黙り込んだ。ただ全員が尻込みしているわけではなく、他の女子の顔色をうかがって言い出せずにいる者もいた。
「んー、じゃあ、そこの。ボブカットのキミ」
「あたしですか!?」
そこまで
剣術での立ち合いになったのは
素手のエリカでは相手にならない、と考えたのではない。男子部員をあしらっていたのを見て、エリカは素手でも一流の武芸者だと理解していた。
だがエリカは
竹刀でも防具無しで強く打たれれば
一方のエリカはというと。防具を着けていないのはともかく、半袖のTシャツにハーフパンツの軽装だ。素手の男子部員を相手にしていた時と変わらない。
相手を
「
エリカが
「──行きます!」
当然の
つんのめった
相手を見ずに勘で放った蹴りに、手応えは無かった。
次の瞬間、
フワッと浮き上がるような感覚。反射的に、受け身を取る。
床に落ちた衝撃は、予期したものより小さかった。
「思い込みで動いちゃ駄目だよ」
何をされたのか分からない
「勘で仕掛けるなら、相手の動きをしっかり読んでからにしないと」
「はいっ」
「それと、刃物を持つ相手を不用意に蹴っちゃまずいよ。足を切られちゃうから」
「はい、気を付けます!」
そう応えてから、
竹刀で足を払われたのだ。あれが真剣だったら──そう考えて、自然と気が引き締まる。
「もう一手お願いします!」
「フェイントが見え見え。力を抜くのが早すぎる」
「自分より速い相手に
「同じ方向に回らない。回避はもっと不規則に」
「予備動作が大きくなってるよ。疲れてきた時こそ、丁寧に」
「相手にリズムを読ませないのは大事だけど、自分のリズムは守らなきゃ」
エリカの指導は、
その都度「はいっ」と返事をしていた
「
個人指導を始めてからそろそろ五分。最初は
「竹刀を捨てろ、ということでしょうか?」
「シールド魔法を使いなさいと言ってるの」
「分かるんですか……?」
「そりゃ分かるわよ。
見学している部員の間にざわめきが起こる。一高在学中のエリカと付き合いがあった
「──本気で行きます」
その一声と共に、
「へぇ……、『ハイブリッド』なんだ」
エリカの声に初めて驚きが交じる。『ハイブリッド』は
魔法とサイ能力を併せ持つという定義を厳密に適用すれば、
ただ、エリカの驚きはそれほど大きなものではなかった。彼女は一高三年生当時、
先程と違って、
途切れることなく、
ブロックしたエリカの竹刀が
ボディーアッパーのような左下段突きを足
エリカの竹刀が、その小手を打った。
そのまま
エリカが身を
エリカが攻勢に出た。竹刀の小太刀で、
面、胴、小手だけでなく、
だが
「おっと」
思わずという感じで声を上げて、エリカが
直線的に後退する形で。
「チャンス」というワードが意識の中で形になるより速く、
大きく踏み込んだ上段突き──をフェイントに使った中段前蹴り。
「捉えた!」と
しかし。
「今のパンチは良かった」
背後から聞こえてきた声に、
後ろに回り込むエリカの動きが、
「でもその後のキックはいただけないな」
「……
エリカは片手で竹刀を軽く前に突き出している以外は脱力した体勢だ。質問してこい、という意図だろう。
「キックの瞬間は片足立ちになるでしょ。
「それは、そうですが……」
首肯してはみたものの、
「なるべく両足を床から離さないように、常に
この時点で、エリカが何を言いたいのか、
「
そのセリフを言い終えると同時に、エリカが間合いを詰めて右の前蹴りを放った。
竹刀の打突でなかったことに不意を突かれた
エリカは右足を下ろしきる前に、左足を前に蹴り出した。
軸足で跳ぶ蹴りの連続技は、特別なものではない。割と普通のコンビネーションだ。
だがエリカが繰り出した蹴りは、そんなものではなかった。彼女の
下がった以上の距離を詰められて、
腰を落とした体勢から、着地の瞬間を狙ってローキックを準備する
だが蹴りを
空中で
「あたしたちは床に足を着けなくても動けるんだよ」
そう言った直後、エリカは両足を滑らせて
足は動いていない。エリカの両足は、わずかな隙間を空けて床から浮いていた。
そのスピードは全力ダッシュよりも速い。
急迫するエリカの竹刀を、
「──と、まあ、こんな具合。あたしもこれができるようになったのは高校を卒業した後だから、余り偉そうなことは言えないんだけどね」
「……今の、何をしたんですか?」
武者震い。エリカの技に高揚が抑えきれなくなっているのだ。
「そんなに難しいことじゃないよ。後で教えてあげる」
いきなりエリカの雰囲気が変わったからだ。
「おい、エリカ!?」
それまで傍観していたレオが
「でもその前に教えておかなきゃならないことが他にあるかな」
エリカはレオの声を無視した。
「これはあそこの馬鹿にも言えることだけど──」
エリカがレオに目を向ける。
「何をぅ!」と
エリカはこれも無視した。
「──『盾』や『
その一方で、
背中にじんわりと汗が
「行くよ」
穏やかな声でエリカが告げる。
次の瞬間、
立っていられなくなった
痛みはない。だが攻撃を受けた実感はあった。「打たれた」ではなく「斬られた」という実感が。
すぐ目の前にエリカが立っていると、
その時、[リアクティブ・アーマー]の装甲が消えた。
(『装甲』の上から斬られた……?)
魔法の装甲を破られたのではなく、無効化されたのでもなく、装甲を
パニックが
「立てる?」
しかしそのパニックは、目の前に差し出された手が視界に入ると同時に消え去った。
代わりに湧き上がったのは「
「──立てます」
気を抜くと笑い出しそうになる両膝を意地で固定してエリカと向かい合い、「ありがとうございました」と深く頭を下げる。
「うん、お疲れ様。[滑空]のコーチはまた後でね」
[滑空]というのは、あの滑るような移動法のことだろう。
「あの、一つだけ良いですか」
だが
「今のは技だよ。魔法じゃない」
「技……」
「そう、技。剣技。魔法師じゃなくても使える、魔法師を倒せる技。
エリカは言葉どおり、少し恥ずかしそうに笑った。
「あの、何ていう技なんですか」
「うちの流派では[
エリカは照れ臭そうに目を
◇ ◇ ◇
その日の夕食は予定どおり、山岳部主催のバーベキューパーティーだった。最寄りの業務用スーパーまで徒歩で往復した買い出し部隊は無事、時間内に戻ってこられたようだ。
幸い、空は晴れていた。山岳部が泊まっている合宿所のバーベキューコンロをあるだけ借りて、満天の星の下、折り畳みテーブルを広げる。
マジック・アーツ部は招待された側だが、部員たちは山岳部と一緒に準備を進めた。
アリサと
買い出し部隊が張り切ってブロック肉を買ってきたのではない。山岳部でバーベキューをすると聞いて、
「
大きな包丁を手に悪戦苦闘する
「肉が、まずく、なるから、加熱は、禁止」
歯を食い縛って力む合間に、
「先輩に禁止されているんだ」
「そう、いう、こと、だっ」
まな板が大きな音を立て、冷凍肉が一枚切り落とされた。
「加熱しすぎなければ味が落ちることはないと思うけど……」
「俺もそう思うんだけどさ」
「ふうっ」と息を吐いて、
「大体、切ってから焼かなくても、魔法で全部一度に焼いてから切り分ければ良いと思うんだけどね。魔法なら『中まで火が通らない』なんてことも無いし」
「横着はダメですよ、ジョーイ」
野菜の籠を持って通り掛かった
「大型コンロでジュウジュウと肉を焼く。これこそバーベキューの
「
「お肉だけじゃなくて、今手に持っているお野菜も食べなきゃダメだよ」
しかし
六台の大型コンロから食欲をそそる煙が立ち上っている。アリサと
その隣のコンロの周りには、山岳部部長の
在校生は両部長を含めて、自分の
「──
「おっ、ありがとう。気が
こんな具合に。
「年下の野郎に
我が物顔のエリカに、レオが苦虫を
「えっ、なに? アンタ、
だがエリカは
「そんなこと言ってんじゃねぇ。大体オメー、
レオもエリカの
「
そんな二人を遠目に見ながら時々聞こえてくる会話を拾い、アリサは独り言のような口調でそう漏らした。
「あの二人、一高在学当時は名コンビだったらしいわよ」
二人の向かい側で肉と野菜をバランス良く焼いている
「へぇ~、やっぱり有名人だったんだ」
「成績は振るわなかったみたいだけど、実力じゃ二年生当時で既に一高トップクラスだったとさっき兄が言っていたわ」
「お兄さんが?」
「ええ、ちょっと気になることがあって、準備が始まる前に電話で
なお肝腎のローゼン製CADの入手経緯は、残念ながら兄の
「四年前の横浜事変は、二人とも覚えているわよね」
アリサと
「
「……当時はまだ高校一年だよね?」
目を真ん丸にして
「敵の直立戦車を真っ向から斬り伏せたんだって」
「直立戦車を?」
「刀で?」
「
「へぇ……。
じゃれ合っているとしか見えないエリカとレオに、
その目の光に、アリサは危機感を覚えた。
「ミーナ……。そんな危ない
「幾らあたしでも自分から
心外な、という表情で
「だったら良いけど」
口ではそう言いながら、アリサが納得していないのは明らかだった。
「……信用無いなぁ」
「そんなことないよ。あんな大事件はそうそう起こらないだろうしね」
「それって、事件が起こったら飛び込んでいくと思ってるってことだよね!?」
「気の
アリサと
「はいはい、しょーもない
そこに
「
「…………」
向きになる
どちらが正解なのかは、周りから