【4】合宿三日目


 合宿三日目、十九日の午前中は一日目と同じく、山岳部とマジック・アーツ部合同のトレイルランニングだった。どうやら一高山岳部の合宿は走って、登って、走っての繰り返しであるようだ。

 ただこの日のトレイルランには、アリサもめいも参加しなかった。彼女たちは四人で山岳部よりも難度が低いコースで短時間のハイキングに出掛けた。


 昼になり、山岳部+マジック・アーツ部がトレイルランから戻ってきた。か、出発時点より人数が増えていた。

 見覚えが無い女性が五人。服装はデザインがバラバラのトレーニングウェアに小さなリュックサック。靴は登山用ではなくランニング用だ。ウェアのデザインを除けば山岳部の女子部員と良く似た格好だった。

 年齢は少し上。二十歳から二十五歳くらいか。その中でひときわ人目を引く、雰囲気も体形もスマートな美女が山岳部OGと親しげに話をしている。彼女も一高の卒業生だろうか。一足早く研修所に戻っていたアリサはそう思った。

 その美女はOGに手を振って──声は聞こえなかったが、別れを告げているのだろう──、軽やかな足取りで研修所の前を通り過ぎた。他の四人もその後に続く。ただし、四人の足取りは重い。彼女たちも鍛え込まれた体付きをしている。運動不足ということはあるまい。それだけハードなランニングだったのか。だとすれば先頭の美女のスレンダーな身体からだには、外見を裏切る身体能力が秘められていることになる。

 あの道の先には、ファミリー向けの貸しロッジがある。おそらくそこに五人で泊まるのだと思われる。レジャーではなく、少人数の合宿といったところか。

 アリサはそこで、見知らぬ五人に関する推測を打ち切った。

「ミーナ、お疲れ様」

 そう言いながら、目の前で立ち止まったに、冷やしておいたタオルを差し出す。

「ありがと」

 りちにお礼を言ってタオルを受け取る。彼女の表情は笑顔だが、息は切れ切れだった。

「大丈夫? 随分きつそうだけど……」

「きついけど、大丈夫。この時期に無理をして故障なんてしたら、元も子もないからね」

 全日本マーシャル・マジック・アーツ大会の地区予選は、この合宿の直後。具体的には、今日から四日後だ。

「分かっているなら良いよ」

 の応えを聞いて、アリサが表情を緩める。

「ところで、一緒にいた人たちは誰なの?」

 アリサの興味は素性が分からないさっきの五人に移った。

「一緒に? ああ、道場の人だね」

道場の人たちだったの?」

道場』と『』の名声はアリサも知っていた。

『剣の魔法師』

 刀剣を使った近接戦闘魔法『剣術』の大家として知られ、警察や国防軍に多数の弟子を持っている。特に魔法師警察官にとっての剣術は、非魔法師警官にとっての柔道に匹敵する必須技能とさえ言われており、警察内部におけるの影響力はじゆつぞくをもしのぐとうわさされている程だ。

 じゆうもん当主の妹として暮らしているアリサが、知らない方が不自然だった。

当主のお嬢さんが少人数の強化合宿に来ているらしいよ」

「そうなんだ」

「何でもその人は一高時代に西さいじよう先輩と三年間同じクラスだったんだって。結構、仲が良さそうだった」

「ふーん、そうなんだ」

 最初の「そうなんだ」と後の「そうなんだ」ではアリサの口調が違った。

 の方も楽しそうな笑みを浮かべている。

 彼女たちもやはり、そういう話題が好きな女子高校生だった。


◇ ◇ ◇


 昼食は昨晩に引き続きトウホウ技産研修所の食堂で一緒にった。その席で山岳部が今晩、バーベキューを予定していると聞く。山岳部のもり部長に誘われたぐさの両部長は二つ返事で「お邪魔させてもらう」と答えた。

 午後の予定はマジック・アーツ部が研修所の体育館を使った組手、山岳部は乗り物を使わずにバーベキューの食材と木炭の買い出しへ出掛けることになっていた。

 だが昼食後の体育館にはか、レオの姿があった。

 体育館の、アリサたちとは反対側のかべぎわでマジック・アーツ部員の組手を見学するレオ。真面目な顔だが、アリサの目にはそれほど熱心には見えなかった。

 組手が始まってから約五分。

 体育館にトレーニングウェア姿の女性が一人、入ってきた。最初は部員が外出していたのかと思ったが、彼女がレオの隣に立ったところでアリサは気付いた。

の人だっていう、あのだ……)

 体形も雰囲気もスマートな美女。まだ遠目だが、さっきよりも近い距離で見る彼女は目鼻立ちがくっきりした、気の強そうな顔立ちをしていた。前髪を左右に分けて顔を隠さない、首筋だけ少し長めに伸ばしたセミショートの髪型も、きっぱりとした性格を感じさせる。

 緩みのない立ち姿。ぐな姿勢でありながら、余計な力はにも入っていないように見える。ああいうのを「自然体」と言うのだろうか。

 端的に言って、格好良い女性だった。

 その美女に話し掛けられたレオが、顔をしかめた。短く反論したが、即座に言い返される。何を言い争っているのか、反対側のかべぎわにいるアリサには聞こえない。ただレオの唇が「ふざけんなよ」「相変わらずままな女だな」と動いたように見えた。

 やがてレオは諦念を込めて首を振り、ぐさ部長へと足を向けた。美女がその背中に続く。

 レオに話し掛けられたぐさは、軽く目を見張って驚きを表現した。

 ぐさを呼び寄せ、話し掛ける。

 身体からだの向きの関係でアリサにの表情は見えなかったが、何となく、彼女が笑ったような気がした。あいわらいとか苦笑いとかではなく、楽しそうに。

「全員、注目!」

 が手をたたきながら声を張り上げた。

 部員が一斉に組手を中断し、へと身体からだを向ける。

「三年生は知っていると思うが、こちらはエリカ先輩だ。一昨年当校を卒業し、魔法大学に在学されている」

 の言葉どおり、三年生に特段の反応は見られない。それとは対照的に、二年生の間ではざわめきが起きていた。

「今日は特別に、先輩がけいを付けてくださることになった」

 ざわめきがシンと静まりかえった。

 短い沈黙の後、二年生の男子部員が「きたはた先輩」と遠慮がちに手を挙げる。

「……先輩が剣術を教えてくださるということですか」

「得物ありでも得物無しでもどちらでも良いよ」

 フレンドリーな口調で答えたのはエリカだった。

 無言のどよめきが部員の間に広がる。口にこそ出さないが、反発を見せた者もいた。

「じゃあ後輩諸君、早速始めようか。順番に掛かっておいで」

 そう言いながら、エリカは体育館の中央に進み出る。

 彼女に押されるような格好で男子部員も女子部員もかべぎわに下がっていったが、エリカが足を止めると同時に一人の男子生徒が進み出た。

 さきほど質問をした二年生だ。その時は落ち着いていたが、闘志をみなぎらせたその表情から察するに強い反感をいだいたのだろう。剣術家のエリカが、素手でも構わないとうそぶいたことに。

先輩、一手ご教授願います!」

「どっちにする?」

 エリカはたたけられてくる敵意をそよかぜ程度にしか感じていない表情でたずねた。

「是非、素手で!」

「良いよ、掛かっておいで」

 あくまでも軽い口調で促されて──挑発された、とその男子は受け取った──男子部員がエリカに殴り掛かる。不用意にぐ突っ込むのではなく、身体からだを左右に振りスピードにも緩急を付けていた。

 左でジャブを打つ、と見せ掛けて、男子部員は右の前蹴りを放つ。ジャブのフォームに不自然な点は無く、フェイントとしては申し分なかった。

 しかし、まるで事前に分かっていたかのように、前蹴りのモーションと同時にエリカが前に出た。

 腕を自然に下ろしたまま。

 ジャブがそのまま打たれていたら、顔を直撃していたコースへ足を踏み出す。そのまま前蹴りの右側──男子部員にとっては左側を通り抜ける。

 半身になったエリカの手刀が、男子部員の額を打った。軽く当てただけに見えたし、実際に打たれた方も痛そうな表情は見せなかった。

 ただそれで、片足を上げていた男子部員はバランスを崩して後ろにひっくり返った。

「オー、偉い。ちゃんと受け身が取れてるね」

 からかう口調ではなく、エリカは真面目に褒めている。だがそれは、大人が子供を褒める口調だ。

「参りました」

 しかし男子部員は素直に負けを認めた。そうせずにはいられない実力差、格の違いがあった。

「お願いします!」

 次の挑戦者がエリカの前に立つ。エリカがうなずくと同時に、その部員は床を蹴った。


 ぐさ部長を除く男子部員全員が討ち死にしたところで、挑戦者が途切れた。九人を連続で相手にして、エリカは息も切らしていない。まあ、全員がれいに一撃を入れられた時点で負けを認めているから、一人当たり一分も掛かっていないのだが。

「女子は相手をしてくれないの?」

 それまで黄色い声で声援と喝采を送っていた女子部員が一斉に黙り込んだ。ただ全員が尻込みしているわけではなく、他の女子の顔色をうかがって言い出せずにいる者もいた。

 はその一人だった。

「んー、じゃあ、そこの。ボブカットのキミ」

「あたしですか!?

 そこまでかりやすい顔をしていたわけではなかったが、エリカはを指差していた。


 とエリカは六十センチほどの得物を手に向かい合っていた。竹刀の小太刀だ。

 剣術での立ち合いになったのはの希望だった。

 素手のエリカでは相手にならない、と考えたのではない。男子部員をあしらっていたのを見て、エリカは素手でも一流の武芸者だと理解していた。

 だがエリカはの嫡流。その本領は当然、徒手格闘術ではなく剣術にある。『剣の魔法師』の、本物の技を体験する機会を逃すのは余りにももったいないとは考えたのだった。

 竹刀でも防具無しで強く打たれればをする。内出血だけでなく、皮膚が裂けることもある。すね、前腕を守るプロテクターだけでなく、長袖のウェアと膝丈のスパッツを身に着けていた。

 一方のエリカはというと。防具を着けていないのはともかく、半袖のTシャツにハーフパンツの軽装だ。素手の男子部員を相手にしていた時と変わらない。

 相手をあなどっているとも取れる姿だが、にむかついている様子は無い。ただ目の前の立ち合いに集中していた。

でも良いよ」

 エリカがに、仕掛けてくるよう促す。

「──行きます!」

 は駆け引きをせず素直に応じた。

 には剣術の心得も剣道の経験も無い。自分が剣を振っても不格好なものにしかならないと分かっていた。だから形にこだわらず、竹刀で殴り掛かった。竹刀を「刀」としてではなく「こんぼう」として使ったのである。

 当然のごとく、エリカには当たらなかった。の竹刀に自分の竹刀を横からちょこんと当てただけに見えたが、それだけで身体からだは前に流れ転びそうになる。

 つんのめった身体からだを踏ん張って止め、その体勢からは後ろ蹴りを放った。

 相手を見ずに勘で放った蹴りに、手応えは無かった。かわされたのだ、と理解する。

 次の瞬間、身体からだは支えを失った。

 フワッと浮き上がるような感覚。反射的に、受け身を取る。

 床に落ちた衝撃は、予期したものより小さかった。

「思い込みで動いちゃ駄目だよ」

 何をされたのか分からないに、指導者の口調でエリカが告げる。

「勘で仕掛けるなら、相手の動きをしっかり読んでからにしないと」

「はいっ」

 は素早く立ち上がり、返事をする。中にはこういうシチュエーションで「ッ」と応える女子部員もいるが、はまだそこまで毒されてはいない。

「それと、刃物を持つ相手を不用意に蹴っちゃまずいよ。足を切られちゃうから」

「はい、気を付けます!」

 そう応えてから、は自分がどうやって倒されたのか気付いた。

 竹刀で足を払われたのだ。あれが真剣だったら──そう考えて、自然と気が引き締まる。

「もう一手お願いします!」

 が再び勢い良く、ただし慎重にエリカへ挑み掛かった。


「フェイントが見え見え。力を抜くのが早すぎる」

「自分より速い相手にぐ下がっちゃまずいでしょ」

「同じ方向に回らない。回避はもっと不規則に」

「予備動作が大きくなってるよ。疲れてきた時こそ、丁寧に」

「相手にリズムを読ませないのは大事だけど、自分のリズムは守らなきゃ」

 エリカの指導は、に竹刀が打ち込まれる度に行われた。

 その都度「はいっ」と返事をしていたの声も、疲労が隠せなくなっている。

。そろそろ本来の戦い方を見せてごらん」

 個人指導を始めてからそろそろ五分。最初はのことを「とおかみさん」と呼んでいたエリカだが、この頃には親しげに名前の呼び捨てになっていた。

「竹刀を捨てろ、ということでしょうか?」

「シールド魔法を使いなさいと言ってるの」

「分かるんですか……?」

 の顔に、小さくない驚きの表情が浮かぶ。エリカとのけいで、はまだ[リアクティブ・アーマー]を使っていない。

「そりゃ分かるわよ。の戦い方って、強力な全身防具を着けていること前提の癖があるじゃない」

 見学している部員の間にざわめきが起こる。一高在学中のエリカと付き合いがあったでさえ、驚きを隠せていない。

「──本気で行きます」

 その一声と共に、が竹刀を置いて[リアクティブ・アーマー]をまとう。

「へぇ……、『ハイブリッド』なんだ」

 エリカの声に初めて驚きが交じる。『ハイブリッド』は超能力者サイキツクの能力を併せ持つ魔法師のことで最近、具体的にはここ一、二年で徐々に広まった新しい概念だ。

 魔法とサイ能力を併せ持つという定義を厳密に適用すれば、はハイブリッドではない。はCADを使わずに[リアクティブ・アーマー]を発動できるだけだ。だが障壁魔法をサイ能力のように使いこなせるという表面的な特徴を見れば、エリカがハイブリッドと誤解するのも無理はなかった。

 ただ、エリカの驚きはそれほど大きなものではなかった。彼女は一高三年生当時、ぐるまさぶろうという本物のハイブリッドにけいを付けていたし、大学に入ってからは「気」という古い概念で魔法のような技を使う武芸者を何人も知った。むしろそうした経験がをハイブリッドと誤解する原因になっていた。

 の上段蹴りをエリカが竹刀でいなす。

 先程と違って、は倒されなかった。

 途切れることなく、はコンビネーションの中段蹴りを放つ。

 ブロックしたエリカの竹刀がきしむ。鋼鉄をりようする魔法装甲付きの蹴りを受けて竹刀が折れなかったのは、く力を逃がしたエリカの技だ。

 ボディーアッパーのような左下段突きを足さばきだけでかわしたエリカに、の右中段突きが迫る。

 エリカの竹刀が、その小手を打った。

 そのままの右側面をすり抜けて振り返ったエリカに、後ろ回し蹴りが襲い掛かる。

 エリカが身をかがめて蹴りをかわす。彼女が大きく上下動したのは、これが初めてだった。

 エリカが攻勢に出た。竹刀の小太刀で、身体からだを立て続けに打つ。

 面、胴、小手だけでなく、り、胴突き、足の付け根など剣道の打突部位にこだわらない連撃がを襲う。

 だがひるんだ様子は見られない。連続技にさらされている最中であるにもかかわらず、彼女は強引な反撃に出た。

「おっと」

 思わずという感じで声を上げて、エリカがの中段突きを回避する。

 直線的に後退する形で。

「チャンス」というワードが意識の中で形になるより速く、は追撃を放った。

 大きく踏み込んだ上段突き──をフェイントに使った中段前蹴り。

「捉えた!」とは思った。

 しかし。

 の蹴りは、エリカの残像を突き抜けた。

「今のパンチは良かった」

 背後から聞こえてきた声に、が慌てて振り返る。

 後ろに回り込むエリカの動きが、には見えていなかった。

「でもその後のキックはいただけないな」

「……がまずかったんでしょうか」

 エリカは片手で竹刀を軽く前に突き出している以外は脱力した体勢だ。質問してこい、という意図だろう。はそう解釈した。

「キックの瞬間は片足立ちになるでしょ。かわされちゃっても、すぐに移動できないよね」

「それは、そうですが……」

 首肯してはみたものの、にとってすぐには納得できない指摘だった。それを欠点と言うなら、蹴り技全般が使えなくなってしまう。

「なるべく両足を床から離さないように、常にあしで動け──なんて、言うつもりはないよ。いくさは平らな床ばかりじゃないからね。それにキックを全部否定するつもりもない」

 この時点で、エリカが何を言いたいのか、には分からなくなっていた。

 いぶかしげなまなしを向けるに、エリカはいたずらっぽく笑った。

。何で軸足の──片足の筋力だけで身体からだを支えなきゃいけないの? あたしたちは魔法師でしょ」

 そのセリフを言い終えると同時に、エリカが間合いを詰めて右の前蹴りを放った。

 竹刀の打突でなかったことに不意を突かれただが、ブロックしつつ後ろに下がって蹴りの威力を殺す。

 エリカは右足を下ろしきる前に、左足を前に蹴り出した。

 軸足で跳ぶ蹴りの連続技は、特別なものではない。割と普通のコンビネーションだ。

 だがエリカが繰り出した蹴りは、そんなものではなかった。彼女の身体からだは前に飛んだ

 下がった以上の距離を詰められて、は上段の前蹴りをダッキングでかわした。

 腰を落とした体勢から、着地の瞬間を狙ってローキックを準備する

 だが蹴りをかわされたエリカの身体からだは、その場に落ちずそのまま前に飛んでいった。

 空中で身体からだを反転させ向かい合った状態で、エリカはの間合いの外に着地する。

「あたしたちは床に足を着けなくても動けるんだよ」

 そう言った直後、エリカは両足を滑らせてに迫る。

 足は動いていない。エリカの両足は、わずかな隙間を空けて床から浮いていた。

 そのスピードは全力ダッシュよりも速い。

 急迫するエリカの竹刀を、かわせなかった。もし[リアクティブ・アーマー]を展開していなかったら、もんぜつまぬがれなかっただろう。

「──と、まあ、こんな具合。あたしもこれができるようになったのは高校を卒業した後だから、余り偉そうなことは言えないんだけどね」

「……今の、何をしたんですか?」

 身体からだが震えている。無論、ダメージによるものではない。

 武者震い。エリカの技に高揚が抑えきれなくなっているのだ。

「そんなに難しいことじゃないよ。後で教えてあげる」

 とつに身構えた。

 いきなりエリカの雰囲気が変わったからだ。

「おい、エリカ!?

 それまで傍観していたレオがあせった声で口をはさむ。

「でもその前に教えておかなきゃならないことが他にあるかな」

 エリカはレオの声を無視した。に話し掛ける口調は軽かったが、まなしは鋭く、全身から重いプレッシャーを放っていた。

「これはあそこの馬鹿にも言えることだけど──」

 エリカがレオに目を向ける。

「何をぅ!」とえるレオ。

 エリカはこれも無視した。

「──『盾』や『よろい』を過信しない方が良い。少なくとも武術の世界には、絶対の防御なんて存在しないんだ」

 そんな分かり切ったことを、とは思った。彼女は自分の[リアクティブ・アーマー]が無敵だ、などとは考えていない。余計なお節介、という思いすら脳裏をかすめた。

 その一方で、の緊張は高まるばかりだった。危機感、と言い換えるべきかもしれない。

 背中にじんわりと汗がにじむ。真夏の暑気によるものではない。冷や汗だと、彼女は自覚した。

「行くよ」

 穏やかな声でエリカが告げる。

 次の瞬間、を虚脱感が襲った。

 立っていられなくなったが膝を突く。

 痛みはない。だが攻撃を受けた実感はあった。「打たれた」ではなく「斬られた」という実感が。

 身体からだの芯にある、何かを斬られた。その結果、自分は立っていられなくなった。──はそうさとった。

 すぐ目の前にエリカが立っていると、は今更のように気付いた。

 その時、[リアクティブ・アーマー]の装甲が消えた。がそう意識したのではなく、更新の途絶えていた魔法が時間切れで解除されたのだ。

(『装甲』の上から斬られた……?)

 魔法の装甲を破られたのではなく、無効化されたのでもなく、装甲をまとったままの状態で攻撃を徹された。それを認識したは、突如足下の土台が崩れ去ったような錯覚を覚えた。

 パニックがに押し寄せた。

「立てる?」

 しかしそのパニックは、目の前に差し出された手が視界に入ると同時に消え去った。

 代わりに湧き上がったのは「すごい」という感動。

「──立てます」

 く力が入らない自分の足に、気合いで言うことを聞かせた。

 気を抜くと笑い出しそうになる両膝を意地で固定してエリカと向かい合い、「ありがとうございました」と深く頭を下げる。

「うん、お疲れ様。[滑空]のコーチはまた後でね」

[滑空]というのは、あの滑るような移動法のことだろう。

「あの、一つだけ良いですか」

 だがにはこの場でどうしてもいておきたいことがあった。

「今のはだよ。魔法じゃない」

 の質問を先取りしてエリカが答える。

「技……」

「そう、技。剣技。魔法師じゃなくても使える、魔法師を倒せる技。千葉家うちじゃ『裏の秘剣』なんておおに自賛してたけど、うちだけの専売特許じゃなかったの。恥ずかしいよね」

 エリカは言葉どおり、少し恥ずかしそうに笑った。

「あの、何ていう技なんですか」

「うちの流派では[きりかげ]って呼んでる」

 エリカは照れ臭そうに目をらして「次の挑戦者は誰!?」と叫んだ。


◇ ◇ ◇


 その日の夕食は予定どおり、山岳部主催のバーベキューパーティーだった。最寄りの業務用スーパーまで徒歩で往復した買い出し部隊は無事、時間内に戻ってこられたようだ。

 幸い、空は晴れていた。山岳部が泊まっている合宿所のバーベキューコンロをあるだけ借りて、満天の星の下、折り畳みテーブルを広げる。

 マジック・アーツ部は招待された側だが、部員たちは山岳部と一緒に準備を進めた。したごしらえは女子、焼くのは男子──という役割分担は無い。包丁を巧みに使う男子もいれば、炭火をおこすのがい女子もいた。

 アリサとは並んで野菜を切っていた。二つのテーブルをくっつけた向こう側では、じようが肉の塊を苦労して切り分けていた。

 買い出し部隊が張り切ってブロック肉を買ってきたのではない。山岳部でバーベキューをすると聞いて、はるが研修所出入りの業者に届けさせた物だ。育ち盛りでこの人数、二十キロのブロック肉では大して足しにならないとはるは思っていたが、山岳部の部長にはおおに感謝された。ついでにじようはる幼馴染みという理由で「でかした」と称賛され、肉の切り分けを任せられるという栄誉に浴した。……カチカチの冷凍肉を加工する重労働を押し付けられた、とも言う。

がり君、振動系加熱魔法は得意分野じゃなかったっけ?」

 大きな包丁を手に悪戦苦闘するじように、が問い掛けた。要するに「魔法で解凍してから切れば?」と言っているのだ。

「肉が、まずく、なるから、加熱は、禁止」

 歯を食い縛って力む合間に、じようは答えを返す。

「先輩に禁止されているんだ」

「そう、いう、こと、だっ」

 まな板が大きな音を立て、冷凍肉が一枚切り落とされた。

「加熱しすぎなければ味が落ちることはないと思うけど……」

 の隣でアリサが控えめに首をかしげる。

「俺もそう思うんだけどさ」

「ふうっ」と息を吐いて、じようがぼやいた。

「大体、切ってから焼かなくても、魔法で全部一度に焼いてから切り分ければ良いと思うんだけどね。魔法なら『中まで火が通らない』なんてことも無いし」

「横着はダメですよ、ジョーイ」

 野菜の籠を持って通り掛かったはるが、そのセリフを聞きつけて口をはさむ。

「大型コンロでジュウジュウと肉を焼く。これこそバーベキューのだい! 肉が焼ける香り、したたる肉汁。魔法で加熱するなんて邪道は認められません!」

 はるは力説の果てにグッと握りこぶしを作った。

はるって、もしかして焼き肉奉行?」

「お肉だけじゃなくて、今手に持っているお野菜も食べなきゃダメだよ」

 とアリサが連続でツッコむ。

 しかしはるの意識に、二人の言葉が届いている様子は無かった。


 六台の大型コンロから食欲をそそる煙が立ち上っている。アリサとの二人も調理係を交代して一年生が集まっているコンロを囲んだ。

 その隣のコンロの周りには、山岳部部長のもりとマジック・アーツ部男子部部長のぐさ、両部副部長の二人の二年生、それに卒業生のレオとエリカが陣取っている。

 在校生は両部長を含めて、自分のために箸を動かすよりも、卒業生の接待にいそしんでいた。

「──先輩、どうぞ」

「おっ、ありがとう。気がくね」

 こんな具合に。

「年下の野郎にきゆうされて食べ専か? ちったぁ遠慮しろよ」

 我が物顔のエリカに、レオが苦虫をみ潰している。

「えっ、なに? アンタ、わいい後輩の女子にお世話されたいの?」

 だがエリカは吹く風で聞き流すどころか、その度に混ぜ返していた。

「そんなこと言ってんじゃねぇ。大体オメー、自分の所じぶんとこの弟子はっといて良いのかよ」

 レオもエリカのごとに一々せず、自分の言いたいことを言っている。ある意味で、っている二人だった。

西さいじよう先輩と先輩、本当に仲が良いんだね」

 そんな二人を遠目に見ながら時々聞こえてくる会話を拾い、アリサは独り言のような口調でそう漏らした。

「あの二人、一高在学当時は名コンビだったらしいわよ」

 二人の向かい側で肉と野菜をバランス良く焼いているめいがアリサのセリフに応えた。──男子からは時々「もっと肉を」とブーイングが起こっていたが、めいはこれまでのところ全て黙殺している。

「へぇ~、やっぱり有名人だったんだ」

 きようしんしんの口調でめいたずねた。

「成績は振るわなかったみたいだけど、実力じゃ二年生当時で既に一高トップクラスだったとさっき兄が言っていたわ」

「お兄さんが?」

「ええ、ちょっと気になることがあって、準備が始まる前に電話でいてみたの」

 めいの兄も一高OBで、レオとエリカの一年上だ。なおめいの「ちょっと気になること」が何かというと、レオが使っているローゼン製のCADについてだ。本当は昨日から気になって仕方がなかったのだが、何と言って質問を切り出せば良いのか分からず躊躇ためらっていたのだった。それが今日になって、エリカという絶好の口実が登場したという次第である。

 なお肝腎のローゼン製CADの入手経緯は、残念ながら兄のけいも知らなかった。

「四年前の横浜事変は、二人とも覚えているわよね」

 アリサとそろってうなずく。二人ともほつかいどうの小学校に通っていた時分の話だが、あれだけの大事件だ。しっかり記憶に残っていた。

西さいじよう先輩と先輩も、あの事件の現場にいたんだって。それで二人して、侵攻部隊相手に奮戦したそうよ」

「……当時はまだ高校一年だよね?」

 目を真ん丸にしてが問い返す。アリサは顔をこわらせて絶句していた。

「敵の直立戦車を真っ向から斬り伏せたんだって」

「直立戦車を?」

「刀で?」

先輩は身の丈を超える長い刀で。西さいじよう先輩はカーボンナノチューブの極薄シートを魔法で固めた特種な剣で。二人とも一刀両断だったと、兄は言ってたわ」

「へぇ……。すごいなぁ」

 じゃれ合っているとしか見えないエリカとレオに、がキラキラした目を向けた。

 その目の光に、アリサは危機感を覚えた。

「ミーナ……。そんな危ないをしちゃダメだからね」

「幾らあたしでも自分からこのんで軍隊に挑んだりしないよ!?

 心外な、という表情でが反論する。

「だったら良いけど」

 口ではそう言いながら、アリサが納得していないのは明らかだった。

「……信用無いなぁ」

「そんなことないよ。あんな大事件はそうそう起こらないだろうしね」

「それって、事件が起こったら飛び込んでいくと思ってるってことだよね!?

「気のよ」

 アリサとが繰り広げるグダグダな会話。

「はいはい、しょーもないげんは二人きりの時にして」

 そこにめいが割って入った。

げんなんかじゃないよ!」

…………

 向きになると、向きになったら負けだと黙っているアリサ。

 どちらが正解なのかは、周りからに向けられている生温かい視線が物語っていた。