【1】夏休みの予定
九校戦を
食べ物は一部のデザートを残して片付き──食べ盛りが大勢いるので、最終的に食品ロスは生じないと思われる──フロアでは別れを惜しむように各校の生徒が入り乱れて踊っている。ただ曲は先程からワルツ一辺倒なので、それに飽きた生徒やそもそもワルツを踊れない若者は
そういう会話組の中には、最初から異性と踊る気が無い者たちも含まれている。
そしてアリサと
「九校戦も終わりだね……。長かったような短かったような」
会話が途切れた拍子に、ふとアリサが感慨を漏らした。
「長くはなかったよ。すっごく目まぐるしかった!」
すかさず
「色々予定が変わったから、
その反論に反応したのは、同じく壁の花になっていた
「最後は大活躍だったしね」
異性に対する積極性が乏しいのかそれとも、異性に対してそういう関心が薄いのか。確実に言えるのは、この四人は似た者同士ということだろう。
なお
「うん、まあ……。
「アリサと
「──何のお話ですか?」
そこへダンスを満喫した
「九校戦は良い思い出になったね、という話よ」
アリサの答えに、
「でも、これで夏休みが終わりというのも少し物足りない気がしますね」
その上で
「うーん、確かに」
「でもミーナは月末の大会に向けて特訓するのよね?」
アリサが言う「大会」は、『全日本マーシャル・マジック・アーツ大会』のことだ。参加資格が十五歳以上の日本在住者という条件しかないオープン大会である。先月、三高との対抗試合で
「うん……」と歯切れ悪く
「部長!」
「月末の大会に向けた合宿とか無いんですか?」
「合宿をしようにも場所が取れないんだよ」
答えを返したのは、
「夏休みシーズンだからね。武道場とか体育館がある合宿所は、競争率が高いんだ」
「……武道場じゃなくても、体育館があれば良いんですか?」
何か心当たりがありそうな口振りで、
「球技用の体育館でも、練習に支障は無い」
「確か、父の会社が持っている
「もし空いていたら、使わせてもらえないかな!?」
「オレからも頼む。貸してもらえるとありがたい」
「はい。空いていれば、大丈夫だと思います」
先月までであれば、
クラブでも委員会でも縁が無かった先輩と後輩の
これもまた、九校戦の成果と言えた。
「確認した結果は、明日、メッセージでお伝えしますね」
今夜はまだ九校戦会場内のホテルに泊まり、帰宅するのは明日だ。
◇ ◇ ◇
翌日、八月十五日午後八時。アリサは自分の部屋に備え付けの端末でビデオチャットを立ち上げた。夕方に
一体何だろうと首をひねりながら接続したチャットには、既に四人が参加していた。
そのメンバーに意外感は無かった。このチャット・ルームはアリサたちが友人同士のお
ヴィジホンにも標準でチャット機能がある。だがそちらは従量料金制だ。時間を気にせずお
アクセスデータの流用に厳しい目が向けられるようになって、広告ビジネスモデルが難しくなった。その結果、無料サービスはアングラ化して、本名で利用する者は
そういうネットビジネス環境の変化もあり、リアルな知り合い同士でつながるなら有料サービスを利用するのが一般的になっていた。
有料といっても接続人数十人以下の小規模なチャットルームなら、高校生でも無理なく利用できる料金設定になっている。具体的には、月額でファストフード四、五回分相当だ。
──閑話休題。
ログインしたアリサはモニターに並ぶ友人たちに「待った? ごめんね」と声を掛けた。
「時間どおりだよ」と
「それで? 何か相談したいことがあるんでしょう?」
そして
「うん。みんな、来週の予定は無かったよね?」
このことは昨晩、夏休みの残りをどう過ごすかという話題になった時に確かめている。
「まだ決まっていないけど」
「じゃあさ、みんなも来ない?」
「……マジック・アーツ部の合宿に付いてこないか、ということ?」
一拍遅れて
「研修所の予定を確認したら、来週丸々空いていたんですよ」
この答えは
「マジック・アーツ部の皆さんが全員合宿に参加しても、あと十人分くらいはキャパに余裕があります」
「お食事はどうするの?」
今度はアリサが
「食堂にとっては人数が多い方が無駄が無くてありがたいと思いますよ。もちろん、自炊もできます」
つまりアリサたち四人がマジック・アーツ部の合宿に合わせて研修所に泊まっても、衣食住の内「食」も「住」も問題ないということだ。
「さっき
「山岳部に?」
良いのかしら……? という表情のアリサ。
「アリサと一緒なら歓迎してもらえそうね」
「もう! 何を言ってるの」
当然の流れでアリサは
「
しかしすぐさま、
「じゃあアーシャには是が非でも参加してもらわないと」
「ええっ!?」
自分に都合よく話をまとめた
「
アリサの抗議は黙殺された。
「私はどちらでも。皆さんが行くのであればご一緒します」
「そうねぇ。あたし、本当は山よりも泳ぎに行きたかったんだけど……」
「泳げますよ? 近くに水量が豊富な川があります。少し冷たいですけど、水はきれいです」
「じゃあ参加する」
その証拠に
「
そして彼女は
「私も、みんなが行くなら」
そして四人の視線がアリサに集中する。
カメラと回線越しであるにも
アリサは別に、友人との合宿を嫌がっているわけではない。積極的に「行きたい」という気持ちが湧かないだけだ。
「……みんなが行くなら私も」
親友を含む友人四人が浴びせる同調圧力に逆らう理由は、アリサには無かった。
結果的に五人の内、三人が
ただこれは、特に珍しいことではなかった、と思われる。
◇ ◇ ◇
翌日は日曜日。今世紀半ばの寒冷な日々が
「あっ、いたいた! アーシャ、あそこあそこ」
駅を出た
「私たちが最後みたいだね」
隣に来たアリサが、サングラスの奥で目を細めながら
アリサの手を取って走り出す
だが思い掛けない抵抗に、
「アーシャ?」
「急がないからね」
アリサの手は
その手でアリサは、
「待ち合わせに遅れたわけじゃないんだから。わざわざ暑い思いをする必要は無いよ」
「うっ……、ごめん」
アリサが暑さと紫外線に弱いのは
「日差しも強いんだし……」
そう言いながらアリサは、トートバッグから日傘を取り出した。
「はい、行こうか」
「はい」という言葉と共に、開いた日傘を軽く
「うんっ!」
アリサたち五人が向かったのは駅近のファッションビル。今日の買い物は昨夜
「あれっ、ジョーイ?」
立ち止まり案内板を見上げている少年は、五人全員が知っている顔だった。
「
振り返った
「そうですよ。ジョーイもですか? ここで?」
「……何か言いたいことでも?」
「似合わないなぁ、と思いまして」
「自覚してるよ! 悪かったな!」
「いえいえ、むしろ良いことだと思いますよ。ジョーイも偶には身だしなみを意識しないと」
「
だがクスクスと笑っている
「それで、ジョーイは何を買いに来たんですか?」
「合宿用にレインウェアを新調しようかと思ってな」
このファッションビルは
「
「な、何だよ」
「フッフッフッ……。聞きたいですか?」
「別に、無理に
及び腰になる
「何と! 私たちは水着を買いに来たのです」
「へ、へぇ~」
そんな彼の動揺を、
アリサと
「一緒に来ますか?」
「い、行かねぇよ!」
「またまたぁ~。本当は付いてきたいんですよね?」
「そんなことはない!」
顔を赤くして強い口調で反論する
「本当に? 私はともかく、アリサさんや
「
「
アリサが軽く眉を
「
そこへ
「そ、そんなことありませんよ!」
「皆さん、行きましょう。ジョーイ、レアなチャンスを逃しましたね」
「……まさかのツンデレ?」
とにかく、
八月も折り返し点に来ているが、まだまだシーズンということだろうか。ワンフロアが丸々、女性用水着売り場で占められていた。男性用は、浮き輪やゴーグルなどと合わせて別のフロアだ。
「無理に連れてこなくて良かったね……」
まさにそう考えた
「最初から同行を許すつもりなんてありません。私だけならともかく、皆さんの水着姿を見せるなんてあり得ないじゃないですか」
「
「そんなことは」「はいはい、もう良いでしょ」
なおも言い返そうとする
「水着を買いに来たんでしょ。そんな調子だと買い物が終わらないわよ」
「じゃあ、いったん
気まずい空気を吹き払うためだろう。
「三十分は少し短くないかな?」
そんな
「アーシャ、『いったん』だよ」
「……どういうこと?」
本気で首をかしげるアリサ。
「候補の水着を持ってきて見せ合うんですね?」
質問の形で答えを出したのは
「そういうこと」
「というわけで、行こう、アーシャ」
そしてアリサの手を引っ張って、立体映像ではなく実物を
「……私は一人で見て回ることにするわ」
「
「
「うん、良いよ」
話がまとまり、
「ミーナ……。こういうのを、着るの?」
「えっ? まさか。あたしじゃ似合わないよ」
笑いながらあっけらかんと答える
アリサは嫌な予感を覚えた。
「……じゃあ、何で?」
「アーシャに似合いそうだと思って」
語尾に「♪」が付いていそうな弾む口調で
「却下」
それに対するアリサの反応は、間髪を
「えーっ」
「無理! こんなの無理!」
不満顔で、抗議の声を上げる
「これなんかアーシャに似合うと思うんだけど」
「無茶言わないで! それ、セパレートって言うよりビキニじゃない!」
「アーシャなら着こなせると思うんだけどなぁ。じゃあ、これなんてどう?」
そう言って
アリサが据わった目で
そして、
「ミーナには、これなんてどうかしら?」
そして取り出した商品は本物のビキニ、しかもヒョウ柄のタイサイド(
「何をもめてたの?」
三十分が
「ミーナがふざけてばかりいたから……」
「あっ、ひっどーい。ふざけていたのはアーシャの方じゃん。あたしは大真面目だったよ」
「あれで真面目なら余計に
アリサと
だがアリサと
「ところでどんなのを選んできたの?」
「早く着て見せてくださいよ」
「……私たちだけが試着するんじゃないからね?」
アリサがそう言いながら試着室に入り、
試着室で
そこから漏れ聞こえてくる
わずかな時間差で、両方の試着室から漏れていた音が消える。
多分、一着目を着替え終わったのだろう。
「アリサさん?」
「
だが、中々扉が開かない。不審に思った
「着替えは終わっているのでしょう? 開けるわよ」
じれてそう言ったのは
とは言え、鍵は当然掛かっている。魔法を使わない限り外から勝手に開けることはできない。
そして
それはアリサにも
にも
「ちょっと待って!」
「分かった! 自分で開けるから!」
前者はアリサ、後者は
「おお、セクシー……」
アリサの水着姿を見て、
黒の、ビキニではなくワンピース。露出はそんなに激しくない。ただサイドがレースアップ(
「
やはり恥ずかしいのか、弱々しく抗議するアリサは

「わっ!
一方で、
だが白は膨張色。ただでさえグラマーな
「すご、って何よ」
怒っているような口調で言う
二人とも明らかに、意地になって着てみたもののやはり恥ずかしかったようだ。おそらく、後悔も覚えている。
ところで、二人が使っている試着室の扉は右の外開きで、
やはり気になるのだろう。
「わっ!」
そして声を上げ、目を丸くした。
「な、なに?」
アリサがビクッと
その羞じらっている様が、同性でも思わずクラッとくるほど色っぽい。
「お、思ったとおり似合っているじゃない」
答える
「……いやらしい」
アリサは涙目で
「い、いやらしい!?」
「今のミーナの目、何だかいやらしかった」
畳み掛けるアリサ。
「
他のことに神経が回らなくなったのだろう。
勢い良く飛び出した反動で、白いトップスに包まれた胸が大きく揺れる。
「……いやらしい」
同じセリフを違う口調で、
「今度は何!?」
口調の違いから、アリサの「いやらしい」が別のことを指しているのが
「そんなに大きな胸して……見せびらかしてるの?」
気の
「これ選んだの、アーシャじゃん!」
裏返り掛けた声で
「そんな風に見せびらかされるなんて思ってなかった」
アリサの声は対照的に、普段より半オクターブ以上低かった。
「見せびらかしてなんかないって! 大体アーシャの胸だって大きい方でしょう!」
「ミーナほど大きくないよ!」
「はい、ストップ。二人とも、落ち着いて」
二人の声のボリュームが迷惑レベルにまで上昇したところで、
「落ち着いた?」
「ごめんなさい」
テーブルの向かい側に座る
五人はショッピングを一時中断して、同じビルのファストフード店に移動していた。
「
「
ますます小さくなるアリサ。
「アリサさんもバストサイズを気にしたりするんですね」
「正直、意外ね」
「それは……。水着だと、普段は気にならないことも気になるっていうか……」
アリサが弱々しく言い訳する。
「
「むしろアリサの場合、それ以上大きかったらバランスが悪いと思うわ」
「そうだよ。アーシャは
ここぞとばかり
「
「えっ、でも」
「はい、ストーップ。ここでも騒ぎを起こすつもり?」
反論しかけた
彼女たちはファストフード店でしばらく時間を潰した後、水着売り場に戻った。
あの程度の騒ぎは取り立てて問題視されるものではなかったようで、店員から嫌な顔をされることもなく、五人は無事に買い物を終えた。
なおアリサも