【1】夏休みの予定


 九校戦をくくるパーティーも終わりが近付いていた。前夜祭パーティーを含めて約二週間に及んだ二〇九九年の九校戦も、間もなく幕を閉じる。

 食べ物は一部のデザートを残して片付き──食べ盛りが大勢いるので、最終的に食品ロスは生じないと思われる──フロアでは別れを惜しむように各校の生徒が入り乱れて踊っている。ただ曲は先程からワルツ一辺倒なので、それに飽きた生徒やそもそもワルツを踊れない若者はかべぎわで飲み物片手の雑談に興じていた。

 そういう会話組の中には、最初から異性と踊る気が無い者たちも含まれている。

 そしてアリサとも、このグループに属していた。

「九校戦も終わりだね……。長かったような短かったような」

 会話が途切れた拍子に、ふとアリサが感慨を漏らした。

「長くはなかったよ。すっごく目まぐるしかった!」

 すかさずが異議を唱える。彼女的には、長かったと感じる余地の無い二週間だったようだ。

「色々予定が変わったから、は余計に目まぐるしく感じたんだと思うよ」

 その反論に反応したのは、同じく壁の花になっていたよりだった。

「最後は大活躍だったしね」

 よりの反対側から今度はめいが会話に加わった。彼女も最初からダンスに参加していない。

 異性に対する積極性が乏しいのかそれとも、異性に対してそういう関心が薄いのか。確実に言えるのは、この四人は似た者同士ということだろう。

 なおもの仲間の内では、はるがワルツの輪に加わっている。それも結構楽しんでいるようだった。普段の印象からすると達者なステップが少し意外だが、大手企業の経営者一族というプロフィールを考えれば不思議ではない。きっと子供の頃から、社交ダンスを踊り慣れているのに違いなかった。

「うん、まあ……。ちかには残念だったけど、良い思い出を作らせてもらったよ」

 の表情は、そのセリフどおり笑顔の陰に一抹の罪悪感を見え隠れさせながらも、満足そうだった。

「アリサとよりは優勝。私もまあ、満足できる結果だったし……。総合優勝できなかったのは残念だけど、が言うとおり良い思い出になる九校戦だったわね」

 めいの総括に、アリサもよりも異存は無さそうだった。

「──何のお話ですか?」

 そこへダンスを満喫したはるが加わった。

「九校戦は良い思い出になったね、という話よ」

 アリサの答えに、はるは納得の表情を浮かべる。

「でも、これで夏休みが終わりというのも少し物足りない気がしますね」

 その上ではるは、こう付け加えた。

「うーん、確かに」

 うなずより

「でもミーナは月末の大会に向けて特訓するのよね?」

 アリサが言う「大会」は、『全日本マーシャル・マジック・アーツ大会』のことだ。参加資格が十五歳以上の日本在住者という条件しかないオープン大会である。先月、三高との対抗試合でいちじようあかねに敗北を喫した後、再戦と雪辱を誓った舞台がこの全国大会だった。

「うん……」と歯切れ悪くうなずいたに、今度はめいが「合宿とかしないの?」といた。

 が答えようとしたその時、目の前をマジック・アーツ部女子部部長のが横切った。

「部長!」

 に呼び止められたが「何だ?」と振り向く。

「月末の大会に向けた合宿とか無いんですか?」

 めいに言われて「部活の合宿なら特訓と夏休みを両立できる」と考えたの問い掛けだ。

「合宿をしようにも場所が取れないんだよ」

 答えを返したのは、の隣にいた男子部部長のぐさだった。

「夏休みシーズンだからね。武道場とか体育館がある合宿所は、競争率が高いんだ」

「……武道場じゃなくても、体育館があれば良いんですか?」

 何か心当たりがありそうな口振りで、はるが横から口をはさんだ。

「球技用の体育館でも、練習に支障は無い」

 い気味に答えるの目には、期待感があった。

 はるの答えを待つまなしには、はっきりと期待がこもっている。

「確か、父の会社が持っているおくの研修所のスケジュールに空きがあったはずです。家に帰っていてみます」

「もし空いていたら、使わせてもらえないかな!?

 はるの答えに、い付いた。

「オレからも頼む。貸してもらえるとありがたい」

 も、に続いた。

「はい。空いていれば、大丈夫だと思います」

 先月までであれば、は気軽に頼めなかっただろうし、はるも気安くうなずかなかっただろう。

 クラブでも委員会でも縁が無かった先輩と後輩のつながり。

 これもまた、九校戦の成果と言えた。

「確認した結果は、明日、メッセージでお伝えしますね」

 今夜はまだ九校戦会場内のホテルに泊まり、帰宅するのは明日だ。

 はるの言葉に「よろしく頼む」と応えて、ぐさと共にアリサたちから離れた。


◇ ◇ ◇


 翌日、八月十五日午後八時。アリサは自分の部屋に備え付けの端末でビデオチャットを立ち上げた。夕方にからメールで「相談したいことがあるから八時にログインしてほしい」と頼まれたのだ。

 一体何だろうと首をひねりながら接続したチャットには、既に四人が参加していた。めいはるより、そしてアリサを招いただ。

 そのメンバーに意外感は無かった。このチャット・ルームはアリサたちが友人同士のおしやべりを楽しむためはるが設定したものだ。

 ヴィジホンにも標準でチャット機能がある。だがそちらは従量料金制だ。時間を気にせずおしやべりしたいなら定額サービスを契約しなければならない。なおこの二十一世紀末、無料サービスもあるにはあるが、それらはセキュリティやプライバシーポリシーが問題視されている。

 アクセスデータの流用に厳しい目が向けられるようになって、広告ビジネスモデルが難しくなった。その結果、無料サービスはアングラ化して、本名で利用する者はまれだ。

 そういうネットビジネス環境の変化もあり、リアルな知り合い同士でつながるなら有料サービスを利用するのが一般的になっていた。

 有料といっても接続人数十人以下の小規模なチャットルームなら、高校生でも無理なく利用できる料金設定になっている。具体的には、月額でファストフード四、五回分相当だ。

 ──閑話休題。

 ログインしたアリサはモニターに並ぶ友人たちに「待った? ごめんね」と声を掛けた。

「時間どおりだよ」とが、「私も来たばかりだから」とめいが同時に応える。

「それで? 何か相談したいことがあるんでしょう?」

 そしてめいは、こう続けた。

「うん。みんな、来週の予定は無かったよね?」

 このことは昨晩、夏休みの残りをどう過ごすかという話題になった時に確かめている。

「まだ決まっていないけど」

 よりが答えを返しアリサとめいあいづちを打つようにうなずいた。

「じゃあさ、みんなも来ない?」

 の発言に、アリサとよりが「んっ?」と小首をかしげる。

「……マジック・アーツ部の合宿に付いてこないか、ということ?」

 一拍遅れてめいが、自分の頭の中でのセリフを補足して問い返した。

「研修所の予定を確認したら、来週丸々空いていたんですよ」

 この答えははるのものだ。

「マジック・アーツ部の皆さんが全員合宿に参加しても、あと十人分くらいはキャパに余裕があります」

「お食事はどうするの?」

 今度はアリサがはるたずねた。

「食堂にとっては人数が多い方が無駄が無くてありがたいと思いますよ。もちろん、自炊もできます」

 つまりアリサたち四人がマジック・アーツ部の合宿に合わせて研修所に泊まっても、衣食住の内「食」も「住」も問題ないということだ。

「さっきはるに聞いたんだけど、山岳部も来週、すぐ近くの施設で合宿するんだって。あたしたちが練習している間はそっちに交ぜてもらうのも良いんじゃないかな」

「山岳部に?」

 良いのかしら……? という表情のアリサ。

「アリサと一緒なら歓迎してもらえそうね」

 めいがからかう口調でそう言って口角を上げる。

「もう! 何を言ってるの」

 当然の流れでアリサはめいに抗議した。

めいの言うとおりだとあたしも思う」

 しかしすぐさま、よりめいを援護する。これも当然の成り行きかもしれない。

「じゃあアーシャには是が非でも参加してもらわないと」

「ええっ!?

 自分に都合よく話をまとめたに、アリサはまたしても抗議の声を上げた。

はるはどうするの?」

 よりはるに問い返す。

 アリサの抗議は黙殺された。

「私はどちらでも。皆さんが行くのであればご一緒します」

「そうねぇ。あたし、本当は山よりも泳ぎに行きたかったんだけど……」

 よりが表情とセリフの両方で迷いを吐露する。──と言うほど、おおなものではなかった。

「泳げますよ? 近くに水量が豊富な川があります。少し冷たいですけど、水はきれいです」

「じゃあ参加する」

 その証拠によりは、はるの答えを聞いてすぐさま同行を決めた。

めいは?」

 そして彼女はめいに話を振った。

「私も、みんなが行くなら」

 めいはると同じ結論だ。

 そして四人の視線がアリサに集中する。

 カメラと回線越しであるにもかかわらず、アリサは一つのテーブルを囲んでいるのと同等のプレッシャーを受けた。

 アリサは別に、友人との合宿を嫌がっているわけではない。積極的に「行きたい」という気持ちが湧かないだけだ。

「……みんなが行くなら私も」

 親友を含む友人四人が浴びせる同調圧力に逆らう理由は、アリサには無かった。

 結果的に五人の内、三人がまかせの意思表明だった。

 ただこれは、特に珍しいことではなかった、と思われる。


◇ ◇ ◇


 翌日は日曜日。今世紀半ばの寒冷な日々がうそのような真夏日だったが、しぶは大勢の若者でにぎわっていた。

「あっ、いたいた! アーシャ、あそこあそこ」

 駅を出たが雑踏の一角を指差す。

「私たちが最後みたいだね」

 隣に来たアリサが、サングラスの奥で目を細めながらうなずいた。

 アリサの手を取って走り出す

 だが思い掛けない抵抗に、の足が止まる。

「アーシャ?」

「急がないからね」

 アリサの手はに引っ張られていっぱいに伸びている。

 その手でアリサは、を引っ張り返して引き止めていた。

「待ち合わせに遅れたわけじゃないんだから。わざわざ暑い思いをする必要は無いよ」

「うっ……、ごめん」

 アリサが暑さと紫外線に弱いのはも良く知っている。サングラス越しにジトッとした目でにらまれて、はアリサの手を放し首をすくめた。

「日差しも強いんだし……」

 そう言いながらアリサは、トートバッグから日傘を取り出した。

「はい、行こうか」

「はい」という言葉と共に、開いた日傘を軽くの方に差し掛ける。

「うんっ!」

 とアリサは相合い傘で、先に来ていた友人たちのもとへ向かった。


 アリサたち五人が向かったのは駅近のファッションビル。今日の買い物は昨夜きゆうきよ決まったものだが、彼女たちは事前に各フロアの情報を調べていた。だから入り口の売り場案内は素通りする予定だったのだが、はるは思わず立ち止まり声を上げてしまう。

「あれっ、ジョーイ?」

 立ち止まり案内板を見上げている少年は、五人全員が知っている顔だった。

 がりじよう。国立魔法大学付属第一高校の同級生だ。

はる。みんなでショッピングか?」

 振り返ったじようはるに応える。気安い口調は、じようはるが小学校低学年時代からの友人だからだ。……一般的には「おさなみ」と言える関係のはずだが、はるはそれをかたくなに否定している。

「そうですよ。ジョーイもですか? ここで?」

「……何か言いたいことでも?」

「似合わないなぁ、と思いまして」

 じように対する限り、はるに遠慮、いや、容赦は無かった。

「自覚してるよ! 悪かったな!」

「いえいえ、むしろ良いことだと思いますよ。ジョーイも偶には身だしなみを意識しないと」

たまに、って……失礼だな! 普段から身だしなみには気を付けている」

 だがクスクスと笑っているはるの態度は「気の置けないおさなみ」に対するものだった。

「それで、ジョーイは何を買いに来たんですか?」

「合宿用にレインウェアを新調しようかと思ってな」

 このファッションビルはしぶでも特にスポーツウェアが充実している。アリサたちもそれを見込んでここに足を運んでいた。

はるたちは?」

 じようの反問に、はるはにんまりと笑った。

「な、何だよ」

「フッフッフッ……。聞きたいですか?」

「別に、無理にきたいとは……」

 及び腰になるじよう

 はるはそんなじようの遠慮を無視した。

「何と! 私たちは水着を買いに来たのです」

「へ、へぇ~」

 じようの顔が小さくる。

 そんな彼の動揺を、はるだけでなくよりも面白がっているような目で見ている。

 アリサとめいは、気の毒そうな顔をしていた。──だが、助け船はまだ出さない。

「一緒に来ますか?」

「い、行かねぇよ!」

「またまたぁ~。本当は付いてきたいんですよね?」

「そんなことはない!」

 顔を赤くして強い口調で反論するじよう。赤面の訳は、怒りよりもむしろ羞恥か。

「本当に? 私はともかく、アリサさんやさんもいるんですよ。見たくないんですか?」

はる、そろそろ行きましょう」

 めいが横から口をはさんだ。まともに反撃できないじようが、さすがに気の毒になったのだろうか。あるいは、はるからみ方が少々しつこいと感じたのかもしれない。

がり君にも予定があるだろうし、あんまり引き留めちゃ悪いわ」

 アリサが軽く眉をひそめている理由は、多分、後者だ。

はるはもう少しがり君とお話ししていたいのかもしれないけどさ」

 そこへが人の悪い笑みを浮かべて参戦した。

「そ、そんなことありませんよ!」

 はるが早口で反論する。

「皆さん、行きましょう。ジョーイ、レアなチャンスを逃しましたね」

 はるじように背中を向けてエスカレーターへ足を向ける。

「……まさかのツンデレ?」

 よりつぶやきは彼女の耳に届かなかったのか、それとも聞こえないふりをしたのか。

 とにかく、はるは振り返らなかった。


 八月も折り返し点に来ているが、まだまだシーズンということだろうか。ワンフロアが丸々、女性用水着売り場で占められていた。男性用は、浮き輪やゴーグルなどと合わせて別のフロアだ。じようはるの挑発に乗っていたら、さぞかし居心地の悪い思いをしたことだろう。

「無理に連れてこなくて良かったね……」

 まさにそう考えたよりがぽつりと漏らす。

「最初から同行を許すつもりなんてありません。私だけならともかく、皆さんの水着姿を見せるなんてあり得ないじゃないですか」

 はるの、やや向きになった反論。

はる一人だったら良いの?」

 よりが「素朴な疑問」をよそおう。

「そんなことは」「はいはい、もう良いでしょ」

 なおも言い返そうとするはるを、めいがうんざりした口調で遮った。

「水着を買いに来たんでしょ。そんな調子だと買い物が終わらないわよ」

 めいのセリフに、よりが決まり悪げに目をそらす。昨晩「みんなで水着を買いに行こう」と言い出したのは彼女だった。

「じゃあ、いったんばらけようか。三十分後に、ここの試着室に集合ってことでどう?」

 気まずい空気を吹き払うためだろう。がことさらに明るい声で提案した。

「三十分は少し短くないかな?」

 そんなの意図を知ってか知らずか、アリサがすぐに反応を返す。

「アーシャ、『いったん』だよ」

「……どういうこと?」

 本気で首をかしげるアリサ。

「候補の水着を持ってきて見せ合うんですね?」

 質問の形で答えを出したのははるだった。

「そういうこと」

 が「大正解」と言わんばかりの笑顔でうなずく。

「というわけで、行こう、アーシャ」

 そしてアリサの手を引っ張って、立体映像ではなく実物をつるしてある水着の列へ足早に進んだ。

「……私は一人で見て回ることにするわ」

はるはどうする?」

よりさんとご一緒させてもらって良いですか?」

「うん、良いよ」

 話がまとまり、めいは一人で、よりはるは二人で水着の物色を始めた。


 がアリサを引っ張っていった先は、大人の女性に向けたセパレートタイプが集められているエリアだった。

「ミーナ……。こういうのを、着るの?」

「えっ? まさか。あたしじゃ似合わないよ」

 笑いながらあっけらかんと答える

 アリサは嫌な予感を覚えた。

「……じゃあ、何で?」

「アーシャに似合いそうだと思って」

 語尾に「♪」が付いていそうな弾む口調では答える。

「却下」

 それに対するアリサの反応は、間髪をれないものだった。

「えーっ」

「無理! こんなの無理!」

 不満顔で、抗議の声を上げるに、アリサは「無理」を繰り返した。

「これなんかアーシャに似合うと思うんだけど」

「無茶言わないで! それ、セパレートって言うよりビキニじゃない!」

「アーシャなら着こなせると思うんだけどなぁ。じゃあ、これなんてどう?」

 そう言ってが手に取った水着は、布面積がほど変わらない物だった。

 アリサが据わった目でを見返す。

 そして、つるしてあるカラフルな水着の列を勢いよくかき分け始めた。

「ミーナには、これなんてどうかしら?」

 そして取り出した商品は本物のビキニ、しかもヒョウ柄のタイサイド(ひもビキニ)だった。


「何をもめてたの?」

 三十分がち試着室の前に戻ってきたアリサは、開口一番、めいにそうかれた。

「ミーナがふざけてばかりいたから……」

「あっ、ひっどーい。ふざけていたのはアーシャの方じゃん。あたしは大真面目だったよ」

「あれで真面目なら余計にたちが悪いよ」

 アリサとの視線がぶつかる。めいが見たところ、それは「にらい」と言うより「意地の張り合い」と表現すべき状態だった。

 だがアリサとのちょっとしたけん状態──あるいはじゃれ合い──が気になったのはめいだけだったようだ。

「ところでどんなのを選んできたの?」

 よりきようしんしんの顔でアリサのそばへ寄ってきた。

「早く着て見せてくださいよ」

 はるはわくわくした目つきでを見上げている。

「……私たちだけが試着するんじゃないからね?」

 アリサがそう言いながら試着室に入り、よりはるの視線に押される格好で隣の試着室に入った。

 試着室でらちな事案が発生するのを防ぐためか、扉の上と下には狭い隙間が空いている。

 そこから漏れ聞こえてくるきぬれと足踏みの音。

 わずかな時間差で、両方の試着室から漏れていた音が消える。

 多分、一着目を着替え終わったのだろう。

「アリサさん?」

?」

 だが、中々扉が開かない。不審に思ったはるよりが中に呼び掛ける。

「着替えは終わっているのでしょう? 開けるわよ」

 じれてそう言ったのはめいだ。

 とは言え、鍵は当然掛かっている。魔法を使わない限り外から勝手に開けることはできない。

 そしてめいは、こんな所で、こんなことで魔法を使うような、軽率な性格ではない。

 それはアリサにもにも分かっているはずだった。

 にもかかわらず──、

「ちょっと待って!」

「分かった! 自分で開けるから!」

 前者はアリサ、後者は。二人は慌ててめい暴挙を制止し、同時に、そろそろと試着室の扉を開けた。

「おお、セクシー……」

 アリサの水着姿を見て、よりが男性のような──もっと言えばおっさんのような感想を漏らした。

 黒の、ビキニではなくワンピース。露出はそんなに激しくない。ただサイドがレースアップ(ひもを交差させて編み上げたような装飾)になっていて、よりが言うようにかなりセクシーなデザインだ。高校一年生には少々背伸びしたデザインだが、手足が長くスリムなアリサにはよく似合っていた。

より、言い方……」

 やはり恥ずかしいのか、弱々しく抗議するアリサはうつむき加減だ。彼女の白い肌が薄らと赤らんでいるようにも見える。

「わっ! さん、すご……」

 一方で、はるを見て言葉を失っていた。

 の水着は白のセパレート。ボトムスはショートパンツタイプで、ビキニと言うほど露出は激しくない。トップスもかたひもがフリルになっていて年相応にわいらしいデザインだ。

 だが白は膨張色。ただでさえグラマーなの胸が余計に強調されている。はどちらかと言えば色白な方だが、水着に使われている光沢のある白に比べればやはり鮮やかさが違う。結果的に、水着で覆われている部分が余計に大きく見えていた。

「すご、って何よ」

 怒っているような口調で言うは、目が泳いでいた。

 二人とも明らかに、意地になって着てみたもののやはり恥ずかしかったようだ。おそらく、後悔も覚えている。

 ところで、二人が使っている試着室の扉は右の外開きで、が本人から見て左側だ。アリサの試着室の扉がついたての役目を果たして、そのままではお互いの姿が見えない。

 やはり気になるのだろう。

 は扉にへばりつくような体勢で、アリサの試着室をのぞき込んだ。

「わっ!」

 そして声を上げ、目を丸くした。

「な、なに?」

 アリサがビクッと身体からだを震わせ、今更のように両腕で胸を隠した。

 その羞じらっている様が、同性でも思わずクラッとくるほど色っぽい。

「お、思ったとおり似合っているじゃない」

 答えるの声は上擦っていた。

「……いやらしい」

 アリサは涙目でにらける。

「い、いやらしい!?

 ろうばいし、言葉を失った。

「今のミーナの目、何だかいやらしかった」

 畳み掛けるアリサ。

ぎぬだよ!」

 は絶句から抜け出し、猛然と反論する。

 他のことに神経が回らなくなったのだろう。は隠れていた扉の陰から出て、全身をアリサの前にさらしていた。

 勢い良く飛び出した反動で、白いトップスに包まれた胸が大きく揺れる。

「……いやらしい」

 同じセリフを違う口調で、つぶやくようにアリサが口にする。

「今度は何!?

 口調の違いから、アリサの「いやらしい」が別のことを指しているのがには分かった。

「そんなに大きな胸して……見せびらかしてるの?」

 気のではないだろう。アリサの目付きがひがみっぽいものになっていた。

 が両手で勢いよく自分の胸を隠す。さっきと逆のパターンだ。

「これ選んだの、アーシャじゃん!」

 裏返り掛けた声でが反論する。

「そんな風に見せびらかされるなんて思ってなかった」

 アリサの声は対照的に、普段より半オクターブ以上低かった。

「見せびらかしてなんかないって! 大体アーシャの胸だって大きい方でしょう!」

「ミーナほど大きくないよ!」

「はい、ストップ。二人とも、落ち着いて」

 二人の声のボリュームが迷惑レベルにまで上昇したところで、めいがようやく仲裁に入った。


「落ち着いた?」

「ごめんなさい」

 テーブルの向かい側に座るめいに向かって、アリサとが声をそろえて頭を下げる。

 五人はショッピングを一時中断して、同じビルのファストフード店に移動していた。

はともかく、アリサがあんなにエキサイトするなんて……。らしくないわよ」

おつしやるとおりです。申し開きのしようもございません……」

 ますます小さくなるアリサ。

 は不満げな声で「ともかく、って……」とつぶやいたが、めいにジロリとにらまれて、アリサよりもさらに縮こまった。

「アリサさんもバストサイズを気にしたりするんですね」

 はるが意外感のこもった声を漏らす。

「正直、意外ね」

 よりがそれに同調した。

「それは……。水着だと、普段は気にならないことも気になるっていうか……」

 アリサが弱々しく言い訳する。

さんも言ってましたけど、アリサさんの胸は普通に大きいと思いますよ」

「むしろアリサの場合、それ以上大きかったらバランスが悪いと思うわ」

 はるめいが立て続けにアリサの勘違い(?)を指摘した。

「そうだよ。アーシャはぜいたくだ」

 ここぞとばかりが便乗する。

ぜいたくだと思うよ。そんなに立派なものを持っていて何が不満なの」

 の胸に向けられているよりの目は、妬ましげと言うより恨めしげだった。

「えっ、でも」

「はい、ストーップ。ここでも騒ぎを起こすつもり?」

 反論しかけただったが、またしてもめいに制止され大人しくなった。


 彼女たちはファストフード店でしばらく時間を潰した後、水着売り場に戻った。

 あの程度の騒ぎは取り立てて問題視されるものではなかったようで、店員から嫌な顔をされることもなく、五人は無事に買い物を終えた。

 なおアリサもも、例の水着は買わなかった。