
フェリシアがティナから町への避難を勧められる数日前、辺境の町の冒険者ギルドの会議室にこの町に滞在する主要な冒険者たちが集められていた。
その会議室の扉が開き、室内にいた者たちの視線が一斉にそちらへと向けられる。そんな風に室内の視線を集める中、ギルドマスターであるモーリスが二人の男を引き連れて室内に入ってきた。
「待たせたな」
部屋の中ほどまで進んだところでモーリスが立ち止まり、室内で待っていた者たちへと向き直って口を開く。そして、ゆっくりと室内を見回し、欠席者がいないことを確認して続ける。
「溢れへの備えで忙しいところすまない。既に察しているかもしれないが、今回集まってもらったのは、
そこで一度話を切って、モーリスが隣へと視線を向ける。視線の先にはモーリスとともに部屋に入ってきた二人の男の姿があった。
「紹介しておこう。この二人はラビウス侯爵家からの援軍だ」
そんな紹介を受け、男の一人が一歩前に出てから口を開く。
「私はラビウス侯爵領軍で中隊長を務めているニコラスだ。今回の溢れに対応するために派遣された部隊の指揮を任されている。諸君らはこの町の主力となる冒険者だと聞いている。ぜひともこの町を守るため、ひいてはラビウス侯爵領を守るために、どうか力を貸してもらいたい」
そう告げて、室内にいる冒険者たちを見定めるような、挑発するような厳しい視線を飛ばす。そうしてゆっくりと冒険者たち全ての反応を確認してから元の位置へと下がった。
ニコラスの視線を受けた冒険者たちの反応は二つに分かれた。反発するように
「まあ、冒険者側の紹介は必要に応じて適宜行えばいいだろう。時間ももったいないし、さっそく溢れに対する話し合いを始めるぞ」
場の空気が一気に引き締まったことを感じ取り、その機を逃さないようにと、モーリスが無駄な前置きを挟まずに本題となる溢れ対策に関する話し合いをスタートさせた。
冒険者側が真剣に聞く態度を取っていたこともあり、話し合いは想定よりもスムーズに進行していった。
援軍としてやってきた領軍戦力の説明から始まり、溢れの中心と考えられている王国西部の状況、そして、その情報をもとにした具体的な溢れ対策へと進められていく。
溢れ対策の話し合いでは、溢れで侵攻してくる魔物たちをどういう形で迎え撃つのか、そして領軍と冒険者それぞれの役割分担をどうするのか、そのあたりの確認が重点的に話し合われた。
「──では、以上で解散とする。各自、先ほどの流れを念頭に置いたうえで、溢れ本番に向けて備えておいてくれ」
どうにか予定時間内に溢れ対策に関する話し合いを終え、モーリスがそんな風に締めくくる。そして、冒険者たちを室内に残し、ニコラスたちとともに部屋から退室していった。
それを見送り、しばらくは室内に残って近くの者たちで話をしていた冒険者たちも少しずつ退室していく。結果、室内に残った冒険者は二人だけになっていた。
「それで、どうするつもり?」
「どうもこうもないだろ。溢れに対応する最大戦力として指名された以上、俺たちはただその役目を
室内に残った冒険者の一人──リリーが、もう一人の冒険者──ケルヴィンへと声をかける。
ケルヴィンの言葉通り、今回の話し合いで最大の敵となる深層奥の魔物の相手をケルヴィンたちのパーティーが引き受けることに決まっていた。まあ、この町にいる冒険者で深層奥の魔物を相手取ることができる者など他にいないので至極妥当な結論ではある。
「そうね。あの子がいるから多少は侯爵家からの援軍にも期待していたけれど、無理だったみたいだしね」
「まあ、嬢ちゃんも侯爵家からは縁を切られたと言っていたし、しょうがないんだろうよ。それに、一応は溢れにもちゃんと対処できる程度には人員や物資を
「その中のポーションに関しては、あの子が用意した薬草を利用したものみたいだけどね。ただまあ、さっきの中隊長様は無能というわけでもなさそうだったからどうにかなるのかしらね」
「なんにしても、やるしかないだろ。まあ、本気で無理そうなら適当なところで引くことになるだろうがな」
そう言って、ケルヴィンが話を切り上げようとしたところで部屋のドアが開いた。
「あれっ、ケルヴィンさんたちはまだ残っていたんですね」
そんな言葉とともに部屋に入ってきたのは普段は受付を担当しているティナだった。どうやら、この部屋の片付けをするためにやってきたらしい。
「あら、悪いわね。こっちも話は終わったし、私たちもすぐに帰るわ」
「あっ、いえ、別に邪魔だったというわけでは……」
「いや、気にするな。本当にこっちも話が終わったところだ。まあ、そもそも他の
そう言って二人が席から立ち上がり、部屋から出ようとしたところでティナが声をかける。
「すみません、話し合いはどうなったんでしょうか? おそらく御二人がいる火竜の
「うん? まあ、そうだな。お前さんの予想通り、俺たちのパーティーが深層奥の魔物の相手をすることになりそうだ」
「そうね。で、それまでの作戦に関しては領軍を中心にして簡易陣地を用意して、そこを基点に魔物の侵攻を防ぎながら深層奥の魔物が出てくるのを待つという形になるわ」
「町まで引きつけるわけではないんですね」
「さすがにこの町の外壁じゃ、溢れでやってくる魔物たちを防ぎきれないからな。それに、こっちは数が少ないから町に籠もったところで十分な防衛はできない。だから、魔の森とこの町の間にいくつかの簡易陣地をしいて、やってきた魔物を削りつつ徐々に防衛ラインを下げていく予定だ。理想を言えば、最終ラインとなるこの町まで下がることなく終わらせたいんだが、こればかりは攻めてくる魔物の数と質次第だな」
「一応、溢れの中心地からは遠いし、そこまでひどいことにはならないという予想ではあるけどね。実際、今行っている間引きでも十分に余裕があるみたいだし」
「そうですか。……ところで、フェリシアさんに関する話は出ましたか?」
「「……」」
ティナの言葉を受けて、ケルヴィンとリリーが押し黙る。二人の反応からわかるように、先ほどの話し合いの中でフェリシアに対する言及は一切なかった。
そのことを察したのか、ティナが諦めたように首を振る。
「……何も言われなかったんですね。もしかしたら溢れから守るために護衛でも派遣してくるかと思っていたのですが」
「まあ、あの屋敷に張られた結界があればどうにかなるだろ。さすがに深層奥の魔物相手だとどうなるかわからんが、それ以外の魔物相手なら問題なくしのぐことができるはずだしな」
「ケルヴィンの言う通りね。
「そこまですごいものだったんですね、あの屋敷の結界というのは。
ケルヴィンたちの返答を聞き、ティナがこれまでのフェリシアに対する助言を思い出して不安そうにこぼす。町に住んでいるティナとしては魔の森の中にある屋敷に籠もって溢れをやり過ごすなど狂気の沙汰でしかないのだが、今の話を聞いてしまうとその価値観が揺らいでしまう。
「それは一概には言えないわね。確かに今言ったように、魔物からの攻撃を防ぐという意味では屋敷の結界は十分な効果を発揮すると思うわ。けれど、もし屋敷の周りを魔物に囲まれた状態で過ごすことになったときに、中にいる彼女がどう感じるかまでは保証できないから」
「まあ、周囲を魔物に囲まれた状態で一人で過ごす状況なんざ悪夢でしかないわな。それがたとえ数日のことであれ、嬢ちゃんにしてみればトラウマものだろ。というより、嬢ちゃんが魔物に慣れていないのであれば、普通にパニックを起こして逆に危険になる可能性もあるな。単にビビって屋敷に引きこもるだけなら問題ないが、下手に外に逃げようとすればそれこそ終わりだろう」
「……つまり、どうすればいいんでしょうか?」
「それはもう彼女次第なんじゃない? 町に避難してくれば魔物からの危険はなくなるけど、それ以外の危険は出るでしょうし、屋敷に籠もるのであれば、魔物の脅威を含めた周囲の環境に対する危険があるでしょうからね。その二つの違いをきちんと説明して彼女に判断してもらうしかないと思うわ」
「まあ、あの屋敷の周囲の森には魔物
「結局、どちらが良いかはわからないんですね」
「まあ、どちらを選んだとしても、俺たち冒険者や領軍の連中が溢れに対応できなければ一緒だ。今のところ、特に問題なく溢れには対応できるはずだし、好きに選べばいいと思うがな」
最終的にそんな風にケルヴィンがまとめてしまう。
結果、どちらでも構わないのであればと、ティナがフェリシアに対して町への避難を勧めることになり、一旦はフェリシアもそれを了承することになる。
もっとも、その翌日にフェリシアが森の中でクマの魔物を相手に大立ち回りを繰り広げ、最終的に森の中の屋敷に引きこもることになってしまうのだが。