「すまない、待たせたな」

「気にするな、お前さんが忙しいことは知っている。それに、ここなら高級な茶にい茶菓子まで出てくるからな」

 王城にある応接室の一つ。そこで二人の男が向かい合う。

 先に部屋で待っていた男が王都の冒険者ギルドでギルドマスターを務めるブライアン、遅れて席に着いたのが王国の第二騎士団で二番隊の副隊長を務めるケネス・ハーバートだ。

「それで? あふれだというのは確定したのか?」

 侍女が用意したお茶で唇を湿らせてから、ケネスが問いかける。

 第二騎士団は国境警備、主に魔の森に対する警戒任務に就いているため、最近の魔の森の異変については気にかけていた。

「ああ、おそらくは確定だ。王国内の各ギルドから異変の報告が入っているし、隣国のギルドからも同様の情報提供があった。急激な魔物の増加こそ見られていないが、それも時間の問題だろう」

「念のために聞くが、溢れではなく単なる異変という可能性は残っていないのか?」

「さっきも言ったように、まだ魔物の増加という確定できる現象は確認できていないからな。その可能性がないとは言いきれん。だが、仮に溢れではなかったとしても、これだけ広範囲にわたる異変となると、結局は面倒ごとになることは変わらんぞ」

「それはそうなんだが……。それでも溢れよりはマシだろう?」

 ブライアンからの回答を肯定しつつ、それでも溢れよりはと願ってしまう。

 魔物の溢れと単なる異変では、その被害の規模が大きく違ってくる。異変による魔物の氾濫の場合は一度の氾濫で終わることが多いが、溢れの場合は何度も繰り返し氾濫が続くことになる。

 前回の溢れからまだ二十年程度。

 従来通り百~二百年周期で次の溢れが発生すると予想していたため、王国では次の溢れに対する準備ができていない。広い範囲で繰り返し氾濫が発生する溢れに対して、準備不足というのはかなり危機的な状況であると言える。

「気持ちはわからんでもないが、起きてしまったものはどうしようもないだろ。そんな無意味なことを期待するくらいなら、今できることを一つでも多くこなした方がマシだ」

「……まあ、そうだな。それで? 溢れが確定したという話でないのであれば、今日来たのは他に何かあったのか?」

 ブライアンの言葉に、ケネスが頭を切り替えて問いかける。

 定例の報告会のタイミングでもなく、溢れもまだ未確定だとすれば他に用件があるのだろうと思い至ったためだ。

「ああ、既に別口から話がいっているかもしれんが、まだなら早い方が良いと思ってな。西部で冒険者の数が足りていない。後、こっちは西部に限らんが、ポーション類の備蓄が全く足りていない」

「ん? ポーション類については理解できるが、西部で冒険者が足りないというのはどういうことだ? 何かあったのか?」

「しばらく前に、隣国で割の良い討伐依頼が大々的に出されてな。そのときに隣国に流れた冒険者がこちらに戻っていないらしい。そのせいで西部の冒険者が足りず、辺境伯のところの軍を合わせてもかなり厳しいだろうという話だ」

「は? いやいや、それは隣国による王国への妨害工作じゃないのか? 溢れに関しては、たとえ戦争中であっても各国で協力して事に当たると決まっているはずだ。であれば、隣国と調整して冒険者を融通すべきだろう」

 ブライアンの言葉を聞いたケネスが間の抜けた声を出し、すぐさま問い直す。魔物の溢れという非常事態に隣国とのごたごたなど考えたくもない話だ。

「残念ながら、隣国に冒険者を融通させるというのは無理だな。一応、溢れの対応ということで強制的な移動命令も出せなくはないが、大した効果は見込めんだろう」

「今回の件は隣国が溢れの対応のために王国から冒険者を奪ったようなものだろ。であれば、しばらく前に出されたという依頼で移動した冒険者くらいは王国側に戻させるべきだ」

「タイミングが良過ぎたのは確かだが、残念ながら例の依頼についてはギルド本部の方で問題ないと判断された。だから、隣国から冒険者を引っ張ってくるのは無理だ」

「なっ、!? 明らかに隣国の妨害工作だろっ!」

 ケネスが声を荒らげて抗議の声を上げるが、王都のギルドマスターでしかないブライアンにはどうすることもできない。ただギルドの判断を伝えるだけだ。

「少し落ち着け。ギルドとしては、隣国の討伐依頼は溢れの前兆が現れる前に出されたという判断だ。だから、この件に関しては隣国は運が良くて、王国は運が悪かっただけだ」

「……運が悪かった、か。溢れによる被害を考えるとそんな言葉で片付けたくはないのだがな」

「まあな。俺としても自分が暮らす国の命運をそんな言葉で片付けたいとは思わんよ。だからこそ、こうやって溢れに対する相談に来たわけだしな」

 ブライアンのこの言葉をきっかけに、溢れの対策について具体的な検討が始まる。

 魔の森での間引きを行ったとして、稼げる猶予は一、二ヶ月。長いようで短い対策期間にどれだけのことができるのか、王国を始め、各国で対応の協議が進められていた。