第09話  新生活の始まり


 オニキスとの人間一人、馬一頭の新しい生活が始まった。

 冷たい水で顔を洗い、寝ぼけた頭を目覚めさせてからオニキスのもとへと向かう。

 時刻は日が昇り始めた早朝。習慣とは恐ろしいもので、遠出から帰ってきた翌日だというのにいつもの時間に目が覚めてしまった。

 まあ、前世の記憶からして、怠けだしたら坂を転がるように堕落していきそうだからいいんだけれどね。

「おはよう、オニキス」

 そう声をかけながらオニキスのいるきゅうしゃへと入る。

 かつての屋敷のあるじが馬を飼っていたのか、この屋敷にも立派な厩舎があったのは助かった。まあ、その存在を知っていたからこそ馬を手に入れようと考えたわけだけれど。

 ゆっくりと近づく私に気づいてオニキスが顔を見せる。

 うん、突然の引っ越しになったはずだけれど、特に調子を悪くしているようには見えないね。

「ちょっと待っててね、ご飯持ってくるから」

 オニキスの身体からだをひとなでしてから、倉庫へと昨日買ってきた飼い葉を取りに行く。

 身体強化をかけて山盛りにしたおけを持って戻り、水魔法で飲み水を新しくしてからオニキスがしっかりと食べているのを観察する。

「うんうん、良い食べっぷりだね」

 わかったようにうなずきながら、今後のことを考える。

 飼い葉を持ってくるのも水を用意するのも魔法があるのでそこまで苦にはならない。ただ、これからのことを考えるとオニキスにもっと自由に動いてもらった方が良いのかもしれない。

 きちんと考えたつもりだったけれど、実際には必要となるお世話のことなど、色々と知らないことが多い気がする。頭になかったせいで必要なお世話のことも貸馬屋で聞くことができていない。

 一応、お母様からの教育のおかげで簡単なお世話の仕方は知っているけれど、専門にしている人たちとは差がある気がする。あの教育だって、冒険中に必要になった馬を一時的にお世話をするためのものだったので家で馬を飼う場合については考えられていないはずだ。

 ……いや、基本は同じだろうから大丈夫か?

 うん、やっぱり不安だから今度町に行ったときに確認しよう。とりあえず、それまでは昔教わった方法でお世話するしかない。

 たぶん、一週間もしないうちに屋敷でも何か足りない物が出てくるだろうし、さすがにそれくらいの期間なら大丈夫なはずだ。


「じゃあ、私も朝ご飯を食べに戻るね」

 オニキスが半分ほど食べ終えたタイミングで、そう声をかけて屋敷へと戻る。

 新しい生活はまだ始まったばかりだ。不安も大きいけれど、これからの生活に対する期待もそれなりにある。

 オニキスと二人でのんびりと快適な生活にできるようにしていこう。


 第10話  今後の方針


「さて、何から手を付けようかな」

 屋敷で簡単に朝食を済ませ、改めて声に出して確認する。

 普通に考えて、やるべきことは多いはずだ。多過ぎて何から始めればいいのかがわからないだけで。

「こういうときは、優先順位を付けていけばいいのよね」

 そう声に出し、必要になりそうなものを考え始める。

 生活する上で必要なものはお金だ。

 幼い少女の見た目で言うとアレな気がするけれど、実際必要なのだから仕方ない。ただ、このお金がオニキスを買ったことでほぼ尽きてしまっている。

「一つ目は金策か……」

 一つ目からなかなかにきつそうなものが出てきてしまった。

 課題としてはありふれたというか、ほぼ全ての人が必要とする物ではあるけれど、今の私の見た目が幼い少女だというのが問題だ。

 テキトーなアルバイトなんかでは雇ってもらえないだろうし、かといって自分で商売をしようにも外見でアウトになってしまう。

「そうなると、やっぱり冒険者ギルドで素材の買い取りをしてもらう形になるのかな」

 この方法なら幼い少女の外見でもまだセーフなはずだ。平民の子供がたまに素材を持ってくるという話を聞いたことがあるし。

 それでも私くらい幼いというのは珍しいだろうけれど。

「お金はそれでいいとして、次は食べ物かな。まあ、お金が稼げればそのお金で買えばいいのだけれど、私の置かれた状況的にあまり町に顔を出し過ぎるのもどうかと思うのよね。ひとまず、勝手にやってろということで放置してくれるらしいけれど、頻繁に町に出向くとうわさになるかもしれないし。そんな噂がまかり間違って領都のラビウス侯爵家にまで伝わると、何らかのちょっかいがかけられるかもしれない。そう考えると、目指すは自給自足だね」

 正直、せっかくの機会だからというのもある。まあ、そんな軽い気持ちでいられるのは数日だけだろうけれど。

 ともあれ、そうなるとしばらくはお金を稼いで、そのお金で自給自足で生活できるように環境を整えるということになるのかな。

 さすがに他の人と一切関わらずにいるのは難しいと思うけれど、できれば町に出る回数は年に数回程度に抑えたいところだ。

「で、しばらくの目標はそれでいいとして、やっぱり一番の問題は将来をどうするかよね」

 将来について。

 まあ、この屋敷にずっと住み続けることができるのであれば、そこまで気にすることはないのかもしれない。けれど、さすがにそれは楽観的過ぎるだろうし。

 一応、私が来るまでのこの屋敷の放置具合を見るに可能性がないとは言わないけれど、さすがに何十年もこのまま放置されるとは思いにくい。

 そうなると、この屋敷を離れて生活していくための何かが必要になる。つまり、将来の職業をどうするかという話だ。

 まあ、素質的なものを考えると冒険者一択という気もするけれど。

「いや、自分の可能性を自分で否定するのは良くないっ! きっと冒険者以外の可能性が、可能性があるはずっ!!

 なんとなく泥にまみれて森をいずり回っている未来の姿が見えたので力強く否定してみたけれど、どうなることやら。ただ、真面目まじめに冒険者以外を目指すなら何を目指すべきなんだろうか。

 とりあえず、商人は身元がはっきりしないから難しい気がする。

 自分で行商人から始めれば別かもしれないけれど、正直そこまで商人になりたいという憧れや願望はない。

 同じように、手に職をつける職人系も身元がはっきりしないと難しいと思う。

 イメージ的には商人よりはマシな気がするので、弟子入りできればワンチャンあるのではないかと思わないでもない。ただ、こちらも憧れているような職があるわけではないので、それを見透かされて無理かもしれない。

 他の街中の職だと売店や食堂の売り子だろうか?

 ただ、これについては偏見かもしれないけれど、この世界では結婚までの腰掛けというイメージがある。まあ、将来の目標が家庭に入ることなら候補としてはありかもしれない。問題は私に結婚願望がないということだけれど。

「もしかして街中の職業は全滅? ……私には街の中での平穏はないというの!?

 いや、実際のところ、一生を街中で平穏に暮らしたいかというと微妙だったりはするけれど。

 間違いなく、お母様の影響だね。良いか悪いかで言えば間違いなく悪い影響を受けているよ。

「あと、考えられるのは魔法をかした職なんだよね~」

 ただ、この魔法を活かした職というのはあまり多くない。というよりも、冒険者を除くとほぼ国に仕える役人的な立場になってしまう。

 そうなるとラビウス侯爵家がどう出てくるのかがわからないので選択肢としては選びづらくなってしまう。

「あ~、結局、冒険者として稼いでからどこかテキトーな場所で隠居するのが一番な気がしてきた」

 どう考えても幼い少女の考えることではないけれど。

 でも、考えてみると街中で平穏に暮らせるような職を選んだとしてもラビウス侯爵家が絡んでくる可能性を排除できないんだよね。思い返してみると、あの家って色んなところと縁戚になっているから思わぬところでつながりがあるかもしれないし。

「はぁ。でもまあ、まずは当面の生活をどうにかしないことには始まらないんだけれどね」

 机に倒れ込むようにしながら愚痴をこぼしてしまった。


 第11話  現状確認


 思ったよりも長い時間うだうだと考えていたようで、気づけば窓の外の太陽が高い位置になっていた。なので、頭を切り替えて行動に移ることにする。

 まずは現状の確認だ。

「といっても、屋敷の中はある程度やってあるから、屋敷の外の確認なんだけれどね」

 誰にともなくそうこぼして屋敷の外へと向かう。


「で、この状況なのよね」

 一応、屋敷に引っ越してきてからの使用人を待っている期間にも少しは屋敷の周りを確認していた。

 なので、初めて見るというわけではないのだけれど、それでもつい口から愚痴がこぼれるくらいには残念な光景だ。それなりの規模の、おそらくは薬草畑であった場所が、見渡す限り濃い緑で覆い尽くされているというのは。

 別に緑で覆い尽くされているといっても、草原のような光景であればこんなことは思わない。明らかに異常成長した草花が互いに絡みつくようにして伸び放題という状態になっているから残念なのだ。

「ひとまず、原因を探さないとね」

 そんなことをつぶやいて目の前の薬草畑(仮)へと足を踏み入れる。

 実はこの光景を作り出した原因については目星がついていたりする。

 結論から言えば、薬草畑の環境を最適に保つための魔道具が原因だと思う。地下室で見つけた資料からの推測ではあるけれど、おそらく間違っていないはずだ。

 ただ、最適な環境に保ったところで目の前に広がっているような惨状にまで繁殖するのかが気になるところではある。

 ……まあ、長い年月で魔道具が暴走して栄養が過剰供給されたとかそういう状態なんだろう。その場合、魔道具の修理が必要になりそうなので、それはそれで問題なのだけれど。

「でもまあ、今後の生活のためにもこの薬草畑くらいはどうにかしないとね」

 一応、前の住人が自給自足に利用していただろう場所はこの薬草畑以外にもある。

 屋敷にあった資料で確認した限りでは、他にも小麦畑や野菜畑、果樹園とおぼしき場所がある。

 そちらの方が単純な食料確保としては優秀ではあるのだけれど、直近の金策という目的からは外れてしまう。さすがに小麦や野菜を冒険者ギルドに持ち込んでも他を当たれと言われるだけだろうし。

 なので、冒険者ギルドが素材として買い取ってくれる薬草の確保が一番理想的なのだ。薬草畑で安定して薬草を育てることができれば、それだけでお金の問題が解決するかもしれないのだから。

 まあ、ここで育てられていた薬草にどれだけの価値があるのかわからないのだけれど。


「……にしても、育ち過ぎじゃない?」

 薬草畑(仮)に蔓延はびこる推定・元薬草をかき分けて進んでいるけれど、一向に前に進めていない。

 後ろを振り返ると少しは進んでいることがわかるとはいえ、幼い少女の力と歩幅では進んだ距離はお察しである。

 目の前の惨状の原因であろう魔道具をどうにかするために捜索を開始したものの、この状況を鑑みるに考えを改めるべきかもしれない。

「……先に草刈りをしましょうか」

 そうつぶやき、お昼時であったこともあって一度屋敷へと引き返すことにした。


 ちなみに、推定・元薬草を持ち帰って魔道具で鑑定してみると、確定・薬草という結果になった。

 正直、通常の薬草の四、五倍サイズに異常成長したものを同じ薬草判定する鑑定の魔道具に疑問を覚えないでもなかったけれど、屋敷にあった資料が正しそうだということがわかったのでスルーすることにした。


「さあ、オニキスやっちゃって!」

 お昼を食べて気を取り直した私は、すけのオニキスを連れて薬草畑へと戻ってきた。

 目の前の異常成長した薬草を刈りつくすような魔法が使えれば良かったのだけれど、あいにくとそういう便利な魔法はまだ教わっていない。

 なので、オニキスの出番だ。

 牛飲馬食なんて言葉があるくらいなのだから、元軍馬であるオニキスにかかれば目の前の異常成長した薬草ごとき大したものではないはず。そういう期待を込めてオニキスを見上げたのだけれど、ちゃ言うなとでもいう感じで顔をそらされてしまった。

「くっ、さすがにこの量は無理かっ……」

 まあ、冗談はさておき、私も倉庫から持ってきた鎌を手に目の前の惨状に立ち向かうことにする。

 目の前の薬草群を一気に刈り取るような魔法は使えないけれど、身体強化であればお手の物だ。幼い少女の身長で大人以上の力を出せるのだから、おそらくは大人よりも効率よく草刈りを進めることができる。

「まあ、今日明日でどうにかしないといけないわけでもないし、ゆっくりやりますか」

 目標としては一週間以内ではあるけれど、食料の備蓄的には一ヶ月程度は町に行かなくても問題ないはず。

 なので、伸び放題の薬草をんでいるオニキスを見ながら、そんな風にゆるく考えてしまうのだった。


 第12話  農業用魔道具


 魔境と化していた薬草畑に手を入れることを決めた翌日。

 無駄に手ごわい薬草たちに苦労しつつ、原因となっているであろう魔道具をどうにか見つけることができた。

「いやいやいや、手ごわ過ぎるでしょう。絶対薬草じゃない別の何かになっているよっ!」

 思わずそんなことを叫んでしまうけれど、屋敷の鑑定魔道具を信じるのであれば、刈り取ったものが薬草であることに間違いないはずだ。

「で、問題の魔道具は元気に稼働中と」

 この惨状を見るに、予想できたことではあるけれど、見つけた魔道具は問題なく稼働していた。

 暴走しているのでは? という疑惑もあったのだけれど、パッと見では特に壊れていたりする様子はない。

「さて、どうしてやろうかな」

 今さらながら、深く考えていなかったことに気づいてしまう。

 まあ、この薬草畑を自給自足の足掛かりにすることを考えるのであれば、ひとまず停止させるべきだと思う。ここを使って引き続き薬草を育てるにしても、一度まっさらな状態にしてから種類や規模を考えたいし。

「というわけで停止させたいんだけれど、……スイッチってどこ?」

 いや、スイッチでオンオフできる魔道具かもわからないけれど。

 とはいえ、一般的な魔道具であればスイッチ代わりの魔石に魔力を流せばオンオフできる。ただ、それなりに高機能そうなこの魔道具がそんな単純な仕組みをしているかどうか。

 改めて目の前にある魔道具を観察してみる。

 サイズとしては前世の点字ブロック一枚分くらいだろうか? 四角い板のような形状で、中心に設置された丸い魔石が青く光り輝いている。

 外観的には中心の魔石以外に目立つものはなく、金属色の本体の四隅に飾りのような紋様がついているだけだ。

 ならばと、上部だけではなく側面の確認をしてみるも、板状の魔道具ではなく箱状の魔道具が埋められているということがわかっただけだった。

「……ま、いっか。試してみれば、わかるでしょ」

 一瞬のしゅんじゅんの後、軽い気持ちで稼働中であることを示すように青く光る魔石へと手を伸ばす。

 指で魔石に触れ、そのまま魔力を流す。

 すると、魔道具からホログラムのような設定画面が浮き上がってきた。

「おぉ……。さすがは高性能っぽい魔道具、設定画面が出てくるとは」

 少し驚いてしまったけれど、とりあえずは出てきた画面を確認してみる。

「育成対象設定とステータスに分かれているのね」

 まずは育成対象設定の方から。

 というか、タブで切り替えるタイプみたいだから、既に表示されているのが育成対象設定の画面だったのだけれど。

「育成対象が薬草、育成サイクルが三ヶ月、土壌改良、水やりは自動、と。ついでに害虫駆除、育成状況の監視による疫病対策もバッチリと」

 なにこれ。設定を見る限り、全部魔道具がやってくれそうなんだけれど。

 というか、人間がやるのって種を植えるのと収穫だけ? 便利過ぎてダメになりそうな気がするレベルだよ。

「まあ、気を取り直してステータスについても見てみますか。育成対象設定の画面にはオンオフの表示がなかったし、こっちにあるのかな?」

 そんなことを言いつつ、タブを切り替えてステータス画面を表示する。

 瞬間、新たにポップアップウィンドウが飛び出すように表示された。

「……うん、薬草が別の何かになった原因はこれだね」

 ウィンドウには、異常を強調するように〝魔力過剰状態〟という文字が赤く点滅しながら表示されていた。

 とりあえず、警告表示のウィンドウを消して、改めてステータス画面を確認する。

 一番上には残存魔力量の表示があり、メーターが満タンになっている。見た目ではわからないけれど、先ほどの警告通り〝魔力過剰状態〟になっているのだろう。

 次いで稼働状態の表示があり、〝正常〟となっている。

 ……いや、〝魔力過剰状態〟は異常なのでは?

 まあ、いいや。それは置いておいて、次の表示だ。

〝ポイントA〟というのは何なのだろう?

 いや、たぶん場所を表す何かだとは思うのだけれど。AというからにはBやCもあるのだろうか?

 そんなことを考えつつ、その表示をタッチしてみると新しい画面が表示された。

「ああ、そういうことか」

 新たな画面を見たことで理解できた。この〝ポイントA〟というのは魔道具の位置関係を示すものだ。

 どうやら、この魔道具を四つ使って作った四角形の内側が魔道具の効果が及ぶ範囲になっているらしい。で、〝ポイントA〟というのはその四角形の左上の位置を表すらしい。

「つまり、後三つ魔道具が設置されているのね」

 そうつぶやいて薬草畑を見回す。

 相変わらず、魔境のようなうっそうとした光景が広がったままだ。唯一、この魔道具まで続く道のような場所だけさっぱりした感じになっている。

「あれ? でも、この位置関係だと〝ポイントC〟になるんじゃ?」

 いや、〝ポイントC〟でも微妙な位置かな? この魔道具のある場所は、位置関係としては薬草畑の奥行きの半分くらいの位置だと思うし。

「ということは、このエリアをさらに奥と手前で二分割している?」

 もしかしたら、さらに分割されていて四分割以上という可能性もあるかもしれないけれど。

 というか、よく考えてみると〝ポイントC〟にあるはずの魔道具を見逃している? そう思って後ろを振り返ってみるけれど、特に魔道具らしきものは見当たらない。

「うーん、一応は正常に稼働しているみたいだし、ないってことはないと思うのだけれど」

 そう言いつつ、もしかしたら向きが違うのかもしれないとも思ったけれど、それだと魔道具の効果範囲が薬草畑からはみ出してしまう。そうなると、やっぱり薬草畑を手前と奥で分割しているという風に考えた方が自然だ。

「まあ、この場所を基点にして考えれば、そう時間もかからずに見つかるだろうからいっか」

 ……草刈りに時間がかかるだろうけれどね。


 第13話  薬草畑の現状


「うん、これで止まったね」

 魔道具がたくさんありそうだという可能性に気を取られてしまったけれど、ひとまず当初の目的を果たすことにした。

 つまり、魔道具の停止だ。

 幸いにして、魔道具のオンオフはステータス画面の中にあったのですんなりと停止させることができた。

 ちなみに、ポイント設定に関しては四つ使用するもの以外に、一つ使用と二つ使用の方法があるらしい。ポイントの部分をタッチして出てきた画面の中に設置数の設定があったので、それで判明した。

「あー、気づいたら結構いい時間になってる。オニキス、私はお昼ご飯を食べてくるよ」

 ほぼ真上にある太陽を見上げてから、オニキスに声をかけて屋敷へと戻ることにした。


「魔道具は四個×六エリアで二十四個かな? とりあえず、この薬草畑のエリアだけだけれど」

 昼食後、薬草畑に戻ってきた私は方針を変更して、手前側にあるはずの魔道具を探すことにした。

 まずは昼前に見つけた魔道具と同じグループに設定されているポイントCの魔道具を探すところから。

 これは比較的あっさりと見つかった。おおよそ目星をつけた周辺を注意して探してみると土に埋もれている魔道具が見つかったので。

 で、その魔道具も同じように停止させてから、今度は横に向かって草刈りを開始。

 午後一杯を使って、どうにか薬草畑の横方向の全てを確認することができた。

 まあ、最初の一個を見つけるまでは手探り状態だったせいで、ふらふらとやや広範囲に草を刈っていたりしたからね。

 今回は目標もはっきりしていたし、ポイントDに位置する魔道具を見つけてからはさらにおおよその位置も見当をつけることができたのも良かったみたいだ。

「まあ、それでもこの薬草畑全体を刈りつくすのは相当時間がかかりそうだけれど」

 これはあれかな? 魔道具の範囲が六分割されていることもわかったし、まずは一カ所だけきれいにして、残りは気長にやるのが良いのかな。そうすれば、オニキスのエサも確保できるし。

「よしっ、そうしよう!」

 頭の中で考えをまとめ、そう声に出して結論付ける。

 ひとまず、日も落ちたことだし今日のところは終わりにしよう。


 翌日。まずは一カ所のエリアをきれいにしようと思っていたけれど、それより先に魔道具だけは停止させておかなければということで、残った魔道具の捜索を行うことにした。

 といっても、手前の三つのエリアについては、見つけることができた魔道具を全て停止させたのでそのエリアとして効果は出ていないはず。一応、見つけられていない魔道具は稼働状態になっているだろうけれど、設定異常になって魔道具の効果は発揮されていないはずだ。

 なので、やりたいのは奥側にある三カ所のエリアを構成する魔道具を停止させること。まあ、おおよその位置がわかっているし、各エリアの魔道具を一つ以上停止させればいいのだから、昨日と同じように半日程度で終わるでしょう。


「くそぅ、考えが甘かったか……」

 ひとまず、奥側の魔道具を停止させるという目標は達成できた。ついでに今日という一日も終わってしまったけれど。

「はぁ、気持ちを切り替えて明日から頑張るしかないか」

 そんなことを口にしてやる気を出そうとするものの、イマイチ効果はない。

 何故なら、今日見つかった魔道具の数が十二個あったから。そう、奥側のエリアは手前よりも細かく分割されていたのだ。

 で、昨日見つけた手前側のエリアは正方形に設定されていた。

 それと同じだと考えると、奥側にはさらに分割されたエリアが存在しているということになる。もちろん、奥側のエリアが縦長に設定されている可能性もあるけれど、それは望み薄な気がする。

「まあ、薬草の種類ごとの需要とかを考えると大量に必要になるものと少量でいいものとで違うんでしょうけれど、今の私的にはメンドーなだけだわ」

 暗くなってきた中、薬草畑の奥を見てそう愚痴をこぼす。

 とりあえず、考えるのは明日にしよう。そう考えて屋敷へと帰ることにした。


 明けて翌日。とりあえず、薬草畑の奥については考えないことにして、手前のエリアを一つ使えるようにするという当初の目的に立ち返ることにした。

 正直、メンドーだっただけというのは否定しないし、ただの先送りだというのもわかっている。それでも、ちょっと心が折れてしまったのだから仕方がない。

 で、手前の三つのエリアについてだけれど、植えられていたのは二種類の薬草だった。左と真ん中がソルベ草、右がリリル草だ。

 この二つはマナポーションの材料となる薬草らしく、おそらく以前の屋敷の主人が特に必要としていたのだと思う。なにせ、やっていたのが魔法の研究なのだから、魔力を回復させるマナポーションは必需品だったのだろう。

 三つのエリアからどのエリアを使うか。

 正直、決めかねている。まあ、深く考えずにどこか一つをテキトーに選んでもいい気はするけれど、できればこれからの資金稼ぎに使いやすいものが植えられていた場所が良い。

 理由は魔道具の設定がメンドーだから。

 うん、この魔道具、設定画面から育成対象の設定ができるくせに魔道具内の魔導回路を交換しないといけないんだよ。つまり、設定画面から変更できても、実は魔道具によって育成対象は決まっているというわな。いや、なら最初から固定しておけよと思ったね。

「というか、この魔道具って自作っぽいんだよね」

 素直に考えるなら、節約とかのために自作して魔導回路を固定したというところだろうか。固定じゃなかったら、単純に設定可能な種類の分だけ魔導回路が必要だということだろうし。そうなると魔導回路の分だけコストがかかる。

 汎用性はなくなるけれど、種類が決まっているのであれば固定してしまった方が簡単だったのだろう。もしかしたらサイズ的にもメリットがあったのかもしれない。

「でも、再利用しようとしている私は苦労するっていうね」

 そう愚痴りながら薬草畑を眺める。

 一部だけ薬草が刈り取られてすっきりしたところがあるけれど、全体的には相変わらず鬱蒼とした状態だ。長期戦は覚悟の上とはいえ、やはりうんざりする光景には違いない。

「はぁ、とりあえず一度町まで売りに行ってから何を育てるかを決めますか。そうなると、今日は各エリアの薬草を少しずつ確保してから明日の準備という感じかな」

 手前の三エリアと奥、あるいは中間の六エリアの薬草を集めて売りに行けば多少は生活費の足しになるでしょう。で、実際に売れた中で一番お金になったものが育てられているエリアから手を付けるという方向で。

 そんな風に方針を決めた私は、気合を入れて目の前の薬草畑へと突撃していった。


 第14話  薬草の買い取り依頼


「すみません、薬草の買い取りをお願いします」

 町に到着してすぐにギルドへと向かい、受付で薬草の買い取りを申請する。

 時間的にお昼前の中途半端な時間だったせいか、受付のお姉さんはぼんやりとしていたみたいだ。私の声に気づいて少し慌てている。

「っ、すみません、買い取り依頼ですね。では、こちらに薬草を出してください」

 そう言ってカウンターに出された籠に持参した薬草を入れていく。

 一応、薬草の買い取り単位は十本単位でまとめた束が基本だと聞いていたので、各種五束ずつ持ってきている。魔道具を停止させたエリアは九エリアだったけれど、育てられていた薬草は四種類だったので、合計二十束だ。

「これでお願いします」

「はい。では、確認させていただきますのでしばらくお待ちください」

 籠についていたのと同じ番号の札を私に渡してから、受付のお姉さんが薬草を奥へと持っていく。

 それを見送り、待っている間にギルド内の観察でもしようと移動する。


 しかし、入ってきたときにも思ったけれど、この時間帯は人が少ないみたいだ。まあ、だからこそ受付のお姉さんも気を抜いていたのだろうけれど。

 私みたいな飛び込みの客が来たらどうするんだと思ったけれど、よくよく考えてみるとここは辺境の町だ。それも、近くの魔の森へと向かう冒険者たちでにぎわっている町。

 つまりは私みたいな飛び込みは本当に珍しいのだろう。

 この町を拠点にしている冒険者たちは当然朝の早いうちに行動を始めるだろうし、の町から移動してくるとしても中途半端な時間だ。それを考えると、普段は本当に誰も来ないような時間帯なのかもしれない。

 そんなことを考えながら、壁際の依頼票が貼り付けられている場所へとやってくる。

 ギルド内の見える範囲にいるのはテーブルで打ち合わせをしている冒険者たちと受付のお姉さんだけ。

 若干、幼い少女が依頼票なんて見ていたら目を引くのではないかと思ったけれど、受付のお姉さんは買い取り依頼の鑑定待ちだとわかっているし、テーブルの冒険者たちはそもそも私に気づいているかすら怪しい。

 なので、異世界もののテンプレなど関係なしにゆっくりと貼り出されている依頼を確認することができる。

「基本的に採集依頼ばっかりなのか……」

 魔物の討伐依頼が大半を占めているのかと思っていたので、なんとなく意外だ。

 とはいえ、いくら魔の森があるからといって、常に魔物の討伐依頼を出さないといけないような町では人が寄り付かないような気もするのでそんなものなのかもしれない。一応、採集の護衛依頼なんかもあるので、別に魔物がいないというわけでもなさそうだし。

「一番の札をお持ちのお客様。査定が終了しましたので受付までお越しください」

 依頼票を見終わってそんなことを考えていると、タイミングよく受付から声がかかる。

 その声に打ち合わせ中の冒険者パーティーが反応するけれど、すぐに興味なさげに打ち合わせへと戻る。もしかしたら、彼らも査定待ちだったのかもしれない。

 ……いや、それだと私の番号が一番というのもおかしいか。


「これが今回の薬草の買い取り金額になります。問題なければサインをお願いします」

 受付カウンターまで戻ると、受付のお姉さんがお金の載ったトレイと一枚の書類をこちらへと差し出す。書類には薬草の種類ごとの状態と買い取り単価、つまりは査定結果が記載されていた。

「買い取り単価が高くないですか?」

 内容を一通り確認したところで、疑問に思ったことを質問する。

 はっきりと覚えているわけではないし、数年前の情報なので絶対ではないけれど、全種類の買い取り単価が相場の二倍以上になっている気がする。一応、ここは魔の森近くの町ということもあって、ある意味産地であるはずなのだから、逆に相場よりも安いというのであれば納得できたのだけれど。

「あぁ、それは薬草の品質のせいですね。ここに書いてある通り、お持ちいただいた薬草が全て二等級のものでしたので通常の価格よりも高くなっているんです」

「品質……。ちなみに等級を判断する基準は何なのですか?」

「それは薬草が含有している魔力量ですね」

 あぁ、なるほど。確かに魔道具の暴走によって異常繁殖していた薬草たちであれば、その含有魔力は結構な量になっているだろう。

「わかりました。この買い取り金額でお願いします」

 理由に納得できたので、書類にサインしてお姉さんへと渡す。

 薬草の買い取りなど大した額にならないと思っていたけれど、幸運なことに、異常繁殖した薬草が残っている間はボーナスタイムとなるらしい。

「はい、確かに。……あの、もし良ければでいいんですが、どこで採集してきたか伺っても? 二等級の薬草となると、魔の森のそれなりに深い場所まで行かなければ採集できないと思うんですが」

「あぁ、別に魔の森で採集したわけではないですよ。屋敷の薬草畑で異常繁殖していた薬草を持ってきただけですから」

「異常繁殖ですか……。それはそれで大丈夫だったんですか?」

「長期間放置されていたことと、魔道具が暴走していただけなので問題ないです。暴走していた魔道具も停止させましたし」

「なるほど」

 そのやり取りを最後に、お金を受け取ってギルドを後にする。


 今回の薬草の買い取りによる収入は、合計で一万六千ゴル。屋台の串焼きであれば百六十本買える金額だ。

 ……うん、あんまりわかりやすくないね。

 冒険者の一日の稼ぎが大体五千ゴル程度らしいので、おおよそ三日分。こう考えると多少わかりやすい気がする。

 冒険者だとこの金額で生活するのがギリギリだという話だけれど、私の場合は屋敷があるので宿代が必要ない。

 そう考えると、この金額はそれなりなのではないだろうか。そもそも、今回はどの程度の額で売れるかを調べるためのお試しのつもりだったわけだし。

 屋敷に帰れば、まだ薬草が文字通りあふれるほど残っている。次から量を増やして持ってくれば、一財産とまではいかなくともある程度まとまった額にはなるはずだ。

 長期的に稼ぐ方法は改めて考える必要があるとしても、少なくとも直近数ヶ月を乗り切る目途は立った気がした。


 第15話  再びの町


 ギルドを出た私は、前回も訪れたマリーの宿屋を目指すことにした。まあ、目指すといっても目の前なのだけれど。

「いらっしゃい。おや、お嬢ちゃんはこの前も来たんじゃないかい?」

「はい。何日か前にも食べに来ました。前回の食事がおいしかったので、またここで食べさせてもらおうかと」

「あらまあ、うれしいこと言ってくれるじゃないか。これはサービスしてあげないといけないね。ともあれ、まずは席に案内しないとね。前と同じカウンターで構わないかい?」

「はい、大丈夫です」

 そんなやり取りをして、今回もカウンター席へと腰かける。

 前回は店内にお客さんがそれなりにいたけれど、今日はまだお客さんが入っていないようだ。昼食にはやや早い時間だから、それも仕方ないのかもしれない。

「注文はどうするんだい? 前も説明したと思うけど、お昼はステーキかシチューのどちらかだよ」

「前回はステーキだったので、今日はシチューのランチにします」

「あいよ。まだ客も少ないし、すぐにできるからね」

 そう言って奥へ向かうマリーさんを見送る。

 そのまま何となしに店内を見ていると、言葉通りほとんど待つことなくランチを持ったマリーさんが戻ってきた。

「はい、お待ち。シチューは熱いから気を付けてね」

「はい、ありがとうございます」

 注意とともに置かれた料理に目を向けながらお礼の言葉を返す。ただ、意識は目の前のシチューに持っていかれてしまっている。そのことがわかったのか、マリーさんは小さく苦笑してから奥へと戻っていった。

 今日はオニキスに乗せてもらって町に来たからそこまで疲れていないはずなのだけれど、朝が早かったからか思っていたよりもおなかいていたらしい。そのせいで、おいしそうなシチューの匂いに意識を奪われてマリーさんにあきれられてしまった。

「いただきます!」

 過ぎたことは仕方ないので、無駄な抵抗はせずに目の前のシチューを堪能することに決めた。


「そういえば、前にヒュージボアを狩っているという話を聞きましたが、他にもれるものはいるのですか?」

 食事を終え、マリーさんもまだ忙しくなさそうだったので質問してみる。

 これから自給自足の生活を送る上で、食卓にお肉があるのとないのとでは幸福度が大きく違ってくるからね。

「うん? 森で獲れる獲物の話かい? それならボア以外にもウサギやシカ、野鳥なんかが獲れるはずだよ。まあ、冒険者連中が狩ってくるのはほとんどボアだけで、他のはほとんど出回らないけどね。ウサギやらシカ、野鳥なんかはついでに獲れたときに少し出るくらいかね。基本的にボア以外の肉は買い取りが決まっている依頼が多いみたいだから」

「そうなんですね。ちなみに、ウサギとかであれば森の浅いところで狩れたりしますか? 罠を仕掛けるとかでも構わないのですが」

「もしかして、お嬢ちゃんが狩ろうと思っているのかい? それはさすがに無理だよ。罠を使えばもしかしたらとも思うけど、そもそも森の中に入ること自体が危ないからね。肉が欲しいんであれば、素直に商業ギルドに行ったり、冒険者ギルドに依頼した方が良いよ」

「そうですか……」

 そんな会話をしたのち、新しく入ってきたお客さんのもとへとマリーさんは向かっていった。

 よくよく考えてみれば、マリーさんの言う通り冒険者ギルド、あるいは商業ギルドで確認すべきことだった。

 ただ、自分で狩りをしたいという話をするとマリーさんと同じように心配されそうなので、確認するときはそのあたりをぼかして話す必要があるかもしれない。

 前回の買い出しでは普通に店でお肉を買って帰ったけれど、今後町へ来る回数を減らすのであれば屋敷近くの森で自分でお肉を手に入れる方法を見つける必要がある。

 そんなことを考えつつ、マリーの宿屋を後にした。


「しばらくは定期的に町に来ることになるだろうから、お肉は店売りの物でも構わないかな?」

 今日は町で泊まらず屋敷に戻るつもりなので、前回と同じように食材を中心に買い物をしつつ町を巡る。

 ひとまず金策の手立てもできたし、すぐに必要なものも特には思いつかない。

 けれど、何かしら不足するものが出てくるだろうから、しばらくはそれなりに町に来ることになると思う。であれば、お肉に関してはゆっくりと考えればいい気がする。

 とりあえずは次回の薬草の買い取り依頼の際に森にいる獲物に私でも狩ることができる種類がいるかを確認することだろうか。

 そう考えると、今日のところはとりあえず今ある環境でもどうにかなりそうな野菜などの栽培を考えた方が良いのかもしれない。まあ、こちらはこちらで畑を使えるようにしないといけないのだけれど。

「いや、魔道具を使わなければ、片付けた薬草畑でも野菜を育てるエリアを確保できる?」

 ふと思いついた考えが口から出る。

 なんとなく、薬草は薬草畑に、野菜は野菜用の畑にと思っていたけれど、魔道具を使わないのであれば、わざわざ野菜畑を復活させる必要がない気がする。

「……でも、魔道具なしで野菜が育てられるのかな?」

 けれど、すぐに根本的な問題があることに思い至った。

 あいにくと、私に野菜を育てた経験はない。前世でも本格的な農業はもちろん、家庭菜園レベルのものすら経験がない。

 そんな私が手探り状態で自給自足の生活が送れるレベルの野菜を育てられるのか。

「でも、やってみればどうにかなる、……かも?」

 その後も色々と悩んだけれど、結局は素人しろうとでも簡単に育てられるという野菜の種をいくつか購入してから屋敷へと帰ることとなった。


 第16話  薬草畑の問題


「とりあえず、この惨状をどうにかしないとね……」

 町へと出かけた翌日、相変わらずの惨状を呈している薬草畑へとやってきた。しばらくはこの異常成長した薬草を売りに行くことでどうにかなるとはいえ、改めて目にする薬草畑のひどさにはついつい愚痴をこぼしたくなる。

 今回買い取ってもらった薬草たちは、結果として十分な金額になった。正直、薬草畑の広さを考えれば、一、二年はそれを売るだけで生活できるのではないかというくらいだ。

 なので、この薬草畑もそのまま放置して都度薬草を採取して売りに行く形でもいいのではないかと考えないでもなかった。

 まあ、さすがにそれは厳しいだろうということで諦めたけれど。

 現状の薬草畑がイレギュラーな状態である以上、それに頼り切りになるのは危険だろうという判断だ。可能性は低そうだけれど、もしかしたら薬草が突然枯れるなんてこともあるかもしれないし。

 そういうわけで、今後、薬草で生計を立てていくとしても一度薬草畑を正常な状態に戻すべきだろうと考えた。要は、当初の予定通り一度薬草を全て刈り取ってまっさらな状態にしてしまおうということだ。

 まあ、薬草畑全体を刈り取ってしまうと薬草の保管をどうするかという問題が出てくるので、全体を一気にやるのではなくエリアを一つ一つ片付けていくつもりだけれど。

「はぁ。嘆いたところで何も変わらないし、少しずつでも進めていきますか……」

 現実逃避気味の思考を元に戻し、諦めて薬草の刈り取り作業に取り掛かることにした。


「うわぁ、どうしようこれ……」

 ひとまず手前左側のエリアから薬草の刈り取りを進めていたのだけれど、屋敷で昼食を食べて帰ってきたところで初日に刈り取ったあたりから新たに薬草の芽が生え始めていることに気づいた。

 まさかと思い、念のために魔道具を確認してみたけれど魔道具は間違いなく停止していた。つまり、魔道具の効果なしの自然な状態で薬草の新しい芽が出てきたということになる。

 薬草に関しては魔素の濃さに応じてその生育速度が変わってくるということなので、魔道具が〝魔力過剰状態〟になるくらいの環境であれば、それはまあすくすくと育つことだろう。

 ただ、さすがに数日程度で新しく芽が出るのは想定外だ。

 改めて薬草を植えたのであればまだしも、薬草を刈り取っている最中に新しく生えてくるのは、ただただ面倒が増えるだけなのでやめてほしい。

「とりあえず、掘り返して肥料代わりに土に混ぜ込んでみる?」

 パッと思いついたアイデアを口に出してみたけれど、それをやってしまうとただでさえ魔素が多い環境が悪化するだけなのではないだろうか。というか、このあたり一帯の魔素が濃くなっている根本的な原因を解決しないことには、同じことが繰り返されて薬草の刈り取りがいつまでっても終わらないかもしれない。

「でも、魔素が濃くなっている原因って何? やっぱり周囲の森から流れ込んできているの?」

 そうつぶやいて周囲の森を見回してみるけれど、それで何かがわかるというものでもない。

 なので、ひとまずは屋敷に戻って対策を考えることに決めた。


「おぉ、なるほど。空の魔石に魔素を吸収してしまえばいいんだ」

 屋敷に戻り、地下の実験室の資料をあさること数時間。気分転換の休憩を挟んだ直後にその本は見つかった。

 その方法が書かれていたのは〝便利な魔法陣 三十選〟という本だった。

 薬草畑に設置されていた農業用の魔道具のように、魔素を薄くすることを目的とした魔道具があるのでは? と魔道具の本から確認していたのだけれど見つからず、目先を変えてみようと他の本の確認を始めてみると割とすぐに見つかった。

 ただ、この魔法陣を利用する場合、術者、つまり私が魔法陣を起動している間だけしか周囲の魔素を吸収することができないらしい。この魔法陣の効果がどれくらいのものかはわからないけれど、さすがにそれだと効率が悪いだろう。

 そんなことを考えつつ、さらに本の続きを確認していくとその問題を解決する補助用の魔法陣が見つかった。

「まあ、みんな考えることは同じだよね」

 見つけた補助用の魔法陣は、外部電源的な役割を果たすものだった。つまり、術者が離れてもその魔法陣に設置した魔石の魔力を使用してメインの魔法陣を起動し続けるというものだ。見つけた二つの魔法陣を組み合わせたものを用意すれば、ひとまず薬草畑の魔素濃度を薄めることができるはずだ。

 問題は私が魔法陣を描いたことがないことだけれど。

「探したら魔法陣も見つからないかな?」

 そう考え、今度は実験室の中から魔素吸収の魔法陣を探してみたのだけれど、さすがに目的そのものの魔法陣は見つからなかった。

 一応、似たような機能を持つ魔法陣は見つかったのだけれど、それは魔素を吸収するのではなく魔石に魔力を込めることを目的とするものだった。結果的に得られる効果は同じような気もしたけれど、細かいところがわからなかったので、流用するのは諦めて自作することに決めた。

「まあ、時間はあるしね」

 幸いにして、魔法陣を探している際に魔法陣を描くための道具は見つけている。きちんと保管庫にわれていたものなので、鑑定の魔道具でも問題なく使用できると判定された。

 後は私がきちんと効果の出る魔法陣を描けるかどうかだけだ。


 第17話  魔法陣


「じゃあ、始めましょうか」

 朝から実験室の作業台の前に立ち、気合を入れる。

 昨日のうちに用意しておいた魔法陣の下書きを作業台の奥に広げ、その手前に新しい魔法紙を広げる。その横に魔法インクの瓶を置けば準備は完了だ。

「ふーっ、まずは練習のつもりでやってみましょうか」

 一つ息を吐き、手に持ったペンをインクに浸し魔法陣の作成に取り掛かり始めた。


「……また失敗」

 作業を開始して一時間ほど。気合を入れて始めてみたけれど、今ので三度目の失敗になってしまった。

 昨日の下書きはあっさりと完成したのに。

 そう思うけれど、よくよく思い返してみると完成させるまでに結構な数のミスを修正していた気がする。

 そもそも魔法陣とは、精霊言語の文字や記号で構成された図面に沿って魔力が流れることで効果を発揮するものだ。

 今回の場合だとその図面を魔法インクで描き、そこに魔力を流して起動させる形になる。

 で、その図面を描くときにミスするとどうなるかというと、ミスを修正したところで魔力の流れが悪くなるのだ。少しの修正程度であれば魔法陣の効率が落ちる程度で済むけれど、それが積み重なってしまうと最終的に魔法陣として機能しないという結果になってしまう。

「うーん、ちょっとやり方を考えないと厳しいのかなぁ」

 予想以上の苦戦に一度手を止めて考えてみる。

 一回目、二回目は細かいミスが積み重なって失敗。先ほどの三回目は盛大なミスをして失敗してしまった。

 度重なる失敗で集中力が落ちてきた気もするので、気分転換を兼ねて別の方法を検討してみるのもいいかもしれない。


「魔法インクで描く以外の方法だと、魔法金属で魔法陣を作るとか? いや、私の場合だとしゅうで描く方がまだ可能性があるのかな?」

 別の方法としてパッと思い浮かんだものはこの二種類だ。魔法金属は魔道具に組み込む場合に、刺繍はローブやマント、よろい下などに魔法陣を組み込む場合に使用される。

 魔法インクで描く方法は、今回のように実験用の試作に使われたり、持ち運び用の魔法スクロールとして使われることが多い。

 そう考えると、やっぱり魔法インクで描く方法が適している気がする。

「そもそも刺繍はともかく魔法金属を扱うのは無理だしね」

 魔法金属と言っているけれど、要は魔力を流しやすい金属というだけで、別に特別加工しやすいなどというわけではないのだ。なので当たり前だけれど、それを魔法陣として成形しようとするのであれば、鍛冶か魔法による金属成形を行う必要がある。

 お母様から色々な英才教育を受けてきたけれど、さすがに鍛冶はその中に含まれていなかった。魔法による金属成形も、魔法の基礎を教わる段階までしか進んでいなかったので使うことができない。

「かといって刺繍の方もねぇ」

 そしてもう一方の刺繍についても、まだマシというだけでそれがすぐに解決策になるとも思えない。貴族家の令嬢のたしなみとして刺繍を教わっていただけで、その腕前はごくごく平凡なのだから。

 なので、魔法インクで描くのと比較してどちらが容易たやすいかと聞かれても正直わからない。代替案としては、なしではないと思うけれど。

「さすがに魔法インクで描くやり方自体を変えるのは無理があるかぁ……。でも、今のまま続けても完成するよりも先に魔法紙がなくなりそうな気がするし」

 作業台の上に用意された魔法紙に目をやる。

 昨日のうちに見つけた魔法紙は二十枚ほど。一応、探せばまだ見つかるかもしれないけれど、それは根本的な解決になっていない気がする。

「魔法インクだと描き直せないのが問題なのよね。……あれ? 別に魔法紙に直接フリーハンドで描く必要ってないんじゃ……」

 今さらながら、ふと気づいた事実にがくぜんとする。

 何故かまっさらな状態にフリーハンドで描かなければいけないと思い込んでいたけれど、別にそれが必須というわけではないはずだ。

 もちろん、そうすることで魔法陣の発動効率が上がったり、耐久性が上がったりという効果はあると思う。けれど、今私がやろうとしていることに関してはあまり関係がない。

 耐久性に関しては高いに越したことはないけれど、頻繁に作り直す必要がない程度にあれば十分だし。なんなら、町で魔法陣の作成を依頼してもいいかもしれない。

「あれ? もしかして自作する必要すらなかったりする?」

 ふと思い浮かんだ疑問が口から飛び出す。

 けれど、これに関しては幸いにしてすぐに否定することができた。

「いやいやいや、いくらお金の当てができたからって、無駄遣いはダメでしょう」

 無駄遣いではないかもしれないけれど、さすがに実験もなしにいきなり魔法陣の作成を依頼するのはやり過ぎだと思う。そもそも、できるだけひっそりとした生活を送ろうと考えていたのだから、自分でできそうなことは自分でやるべきだ。

「まあいいか。ひとまずは魔法紙に下書きを描いて、その上を魔法インクでなぞる方法でやってみましょう」

 新しい方法を試すべく、魔法陣の作成作業に戻ることにした。


「……できた」

 作業を再開してからは魔法紙に下書きを描くところから魔法インクでなぞって仕上げるところまでを一気に終わらせた。

 結構な時間がかかった気がするけれど、集中力を切らすことなくくできた気がする。というか、これで上手くいっていなかったら、ちょっと今日はもう作業したくないかもしれない。

「問題ない、……よね」

 改めて描き終えた魔法陣をまじまじと見る。そのまま視線を奥へとずらして下書きと見比べ、さらには魔法陣の本に書かれたものとも見比べる。

 少なくとも見た目は、きちんと魔法陣として形になっているはずだ。

 後はこのやり方で描いた魔法陣がちゃんと起動してくれるかどうか。

 そう考え、魔法陣へと手を伸ばして魔力を流す。

「よしっ!」

 少し不安だったけれど、魔力を込めた魔法陣は淡く光を放ちながら起動してくれた。

 ひとまず、実験するための魔法陣としてはこれで問題ないはずだ。

「後はこの魔法陣でどれくらいの効果があるかね」

 これで問題が解決してくれることを祈りつつ、作成した魔法陣を手に実験室を後にした。


 第18話  魔法陣の確認


「とりあえず、薬草畑のど真ん中に置いてみればいいのかな?」

 そう言って、実験室で作成した魔法陣を薬草の刈り取りが終わったエリアへと設置してみる。

 一応、確認した本には効果範囲なども書かれていたけれど、改めて薬草畑の広さを確認すると効果のほどが不安に思えてくる。けれど、実験してみないことには始まらない。

 感じた不安はひとまず無視することにした。

「ちゃんと動いてね」

 魔素をめるための空の魔石と外部電源用の魔石を所定の場所に置き、魔法陣へと魔力を流す。

 手の触れた場所から魔法陣全体へと魔力が行き渡るのに合わせて魔法陣が光を放つ。

 その光が魔法陣全体へと行き渡った瞬間、ひと際強い光を放った。

 それを確認して魔力を止め、魔法陣から手を放す。

 魔法陣は正常に作動したようで、魔力供給を止めても魔石から供給される魔力によって淡く光を放っていた。

「良かった、補助用の魔法陣もちゃんと動作しているみたい。失敗だったら、作り直すか別の対策方法を探さないといけないところだったよ。あっ、でもまだこの魔法陣の効果次第で別の方法を探さないといけない可能性はあるのか」

 魔法陣がちゃんと作動してくれれば、それで問題が解決すると思っていたけれど、実際はまだ半分も進んでいないことに気づいてしまった。

 ……とりあえず、拝んでおこうかな。

「ちゃんと魔素を吸収してくれますように」


 魔法陣を設置した後は効果が出るのを待たないといけないので、残ったエリアの開拓に励むことにする。

 一つ目のエリアだけはおおよそ片付いたのだけれど、薬草畑の手前だけで考えてもまだ二つのエリアが残っている。なので、そのまま横に移動して手前真ん中のエリアに手を付け始めた。

 手前真ん中のエリアの開拓が一段落したところで魔法陣の確認に向かう。

 思った以上に集中していたようで、気づけば太陽も直上近くまで達している。確認が終わればお昼の休憩に入ってもいい時間だ。

「おぉ、空だった魔石が満タンになってる! 魔素の吸収に成功したんだ!」

 設置した魔法陣に近づいて魔石を確認すると、空っぽの状態で輝きを失っていたはずの魔石が魔素を吸収したことでかすかに輝きを放つようになっていた。狙い通り、魔石に魔素を吸収させることができたようだ。

「これでこのあたりの魔素異常が解消できそうだね。……でも、これってどれくらいの時間で魔石が満タンになったんだろう? 時間と吸収量次第では他にも対策が必要になるかもしれないよね」

 満タンになった魔石を手に取ってつぶやく。

 その魔石の輝きは、周囲の無属性の魔素を吸収したので特に色を持っていない。

 もし魔素を吸収させる魔石が大量になるのであれば、魔法陣を改良して各種属性の魔力に変換してから魔石に溜めるようにすることを考えてもいいのかもしれない。そうすればギルドに売ることになったときに買い取り価格が上がるかもしれないし。

「まあ、まずは魔石一つが満タンになる時間と吸収できる量の確認からかな」

 そう言いながら昼食を食べるために屋敷へと戻る。午後からの作業には、新しい空の魔石と魔素測定器を持ってこないといけないなと考えながら。


 昼食を済ませ、新しい空の魔石と魔素測定器を手に薬草畑へと戻る。

 ただ、ここでミスに気づいた。魔法陣を動かす前の魔素量を測ってないじゃないかと。

「まあ、終わってしまったことは仕方ないし……」

 若干落ち込みながらも、改めて周囲の魔素量を計測して記録する。そして新しい空の魔石をセットして魔法陣を起動した。

「午前中は二、三時間で魔石を確認して満タンになっていたから、今度は一時間くらいで確認すればいいのかな?」

 そんな風に計画を立て、再び薬草畑の開拓へと向かった。


「だいたい、一時間で魔石が満タンになるみたいだね。午後一杯やり続けても周囲の魔素量に変化は見られなかったけれど」

 その日の夜、食後のお茶を飲みつつ午後の結果を振り返る。

 魔石が満タンになる時間については一回目の確認時に既に満タンになっていたことから、次の確認を十分刻みにすることでおおよそ一時間で魔石が満タンになることがわかった。

 まあ、魔石の交換タイミングについてはあまり気にする必要はない。多少の手間がかかるだけで済むことだから。

 それよりも周囲の魔素量に変化がなかったことの方が問題だ。

 そもそも魔素量を減らすことが目的なのにその成果が出なかったのは素直に悲しいし、対策としてこれで良いのかという疑問が出てくる。

「でもまあ、しばらくはこの方法で様子を見るしかないのかなぁ」

 天井を見上げてぼやく。

 薬草が異常成長するレベルの魔素量というのがどの程度なのかはわからないけれど、少なくとも領都の屋敷にいたときには聞いたことすらなかった。まあ、そもそもそんなことが話題になることはなさそうなのであまり参考にはならない気はするけれど。

 ともあれ、今の薬草畑の環境が珍しい状態なのは間違いないと思う。なので、様子見で経過を観察することも必要な気がする。


 第19話  魔素異常の影響


「そういえば、気にしてなかったけれど、薬草が異常成長するくらいの魔素濃度ってどうなんだろ?」

 朝食を食べている最中にふとした疑問が浮かんできた。今さらな気がするけれど、魔素濃度が高い環境にいたときの影響について知らない気がする。

「……あれっ、もしかしてかなり危険な状況だった?」

 そういえば、薬草を売りに行ったときにギルドのお姉さんに薬草の異常繁殖について心配されていた気がする。あれが魔素濃度の高さに対するものだったのかはわからないけれど、何かしら心配する要素があったのだろうし。

 ヤバいのでは?

 そんな考えとともにイヤな汗が出てくる。

 一応、これまで特に身体への異常は出ていないので、少なくとも即座に影響があるたぐいのものではないはずだ。けれど、だからといってこのまま今まで通りのんきに開拓を行おうという気にもなれない。

「とりあえず、調べるだけ調べておきましょう」

 そういうわけで、魔素異常が引き起こす人体や周辺への影響を確認するために実験室に向かうことにした。


「とりあえず、大丈夫なのかな?」

 結局、午前の全てを調べ物をするために費やすことになってしまった。

 けれど、ひとまず魔素濃度が高い環境にいても人体に悪影響はなさそうなことがわかった。

 まあ、魔力が増えたり、魔力が回復する速度が上がったりと影響がないわけじゃないみたいだけれど、悪いことじゃないから大丈夫なはずだ。……たぶん。

 強いていえば、魔素に対する抵抗力の低い動物の場合はまれに魔物化することがあるというのが懸念点だろうか。

 ただ、これについても単に肉体が魔素で強化されて体内に魔石ができるというだけらしいのであまり問題にはならないと思う。魔物化したからといって突然凶暴化するわけではないらしいので。

 私は知らなかったけれど、かつては国が魔素濃度が高い環境に軍馬を連れていって意図的に魔物化させようとしたこともあったそうだ。まあ、魔素濃度が高い環境を用意するのが難しい上に、魔物化する確率も低いので実験的に行って以降は実用化されてないらしいけれど。

 軍馬の魔物化は戦力アップとして悪くないと思うけれど、それがされてないということは魔素濃度を高めるためのコストがとてつもなく高いか魔物化の確率が相当に低いのだと思う。


「というわけで、今日も開拓を頑張りましょう。オニキスもよろしくね」

 不安も解消されたところで、午後からの開拓へと元気よく向かうことにする。魔物化によるデメリットもなさそうなので、いつも通りオニキスも一緒だ。

 改めて確認してみると、貸馬屋から買い取った頃に比べて、オニキスも心なしか元気になったように見える。もしかしたら、魔素濃度が高い環境に居続けたことで身体が丈夫になっているのかもしれない。

 まあ、単に自由に過ごせるようになって健康的になっただけかもしれないけれど。


 第20話  魔法陣の効果


「あれっ、これってもしかしたら魔法陣の効果が出てたりする?」

 魔法陣による対策を始めて数日。途中途中で魔法陣の追加もしながら薬草畑の開拓を進めた結果、ようやく薬草畑の手前側全体の刈り取りが終わった。

 その刈り取りが終わってすっきりとした光景を見て気づいた。薬草を刈り取った場所から新しく芽が出ていないではないかと。

 気づくのが遅い気もするけれど、ついつい計測した魔素量の数値ばかりを気にして薬草畑そのものにあまり気を向けていなかった。そもそも刈り取った場所から新しく芽が出るのを防ぐことを目的として魔法陣を置いたはずなのに。

「でも、周囲の魔素量自体は初日からほとんど変化してないんだよね。なんでだろ?」

 記録を見る限りでは、計測した魔素量に変化はほとんど見られない。

 一応、初日よりも数値が良化しているように見えるけれど、そもそもの数値が高過ぎて誤差レベルだった。けれど、そもそもの目的である新しく栽培を始める前に芽が出るという事態を防ぐことはできている。

 つまり、これはもう対策が成功したと言っていいのではないだろうか。

「新しく流入する魔素を魔法陣で吸収しているのかな? それで魔素濃度がそれ以上高くなることがないから新しく芽が出なくなった?」

 問題だったのは、種をいていないにもかかわらず新しい芽が出ていたことだ。

 推測通り魔素濃度を下げるために新しく薬草の芽が出ていたのであれば、魔法陣を使って魔素量の増加を防ぐことで対策できそうな気がする。

「しばらくは様子を見た方がよさそうだけれど、薬草畑の魔素濃度対策は一段落したと思ってよさそうだね。そうすると、これからのことを考える必要があるのかな」

 目の前に広がる薬草畑へと目を向ける。手前側のエリアはサッパリとしたけれど、その奥に関しては相変わらず異常成長した薬草たちに占領されたままだ。

 素直に考えるのであれば、このまま薬草畑の奥側も開拓していけばいいということになる。

 けれど、残念ながらこれ以上は刈り取った薬草を保管しておくだけの場所がない。

 いやまあ、場所ならあるのだけれど、薬草の劣化を防ぐことができる保管庫の容量がもう残っていない。今でも既にオニキスのエサだと割り切って半分以上を外の倉庫に積み上げているのに、それを増やしてしまうのはさすがにもったいない。

 薬草畑の薬草を売れば一年くらいはどうにかなると考えていたのに、今の時点で奥側の薬草を全て刈り取ってしまうと半年すら怪しくなりそうだ。だから、薬草畑の奥側に残った薬草たちについては段階的に刈り取っていきたい。

「試しに薬草畑以外にも手を付けてみる?」

 今後の金策も考慮して薬草畑にかかりきりになっていたけれど、この屋敷にはまだ手を付けられていないところが多い。

 屋敷外であれば、麦や野菜を育てていたらしい畑や種類のわからない実を付けている果樹園がある。

 屋敷内に関しても、普段使っているキッチンやお風呂場以外だと地下の実験室くらいにしか手を付けられていない。その実験室にしても、魔法陣がらみで探し物をしただけで、まだまだ整理しきれていない。

「こうして考えてみると、まだまだやることはありそうだね。というか、前に町で買ってきた種もまだ植えられてないし」

 これは、一度整理し直した方が良いのかもしれない。


 第21話  改めての方針検討


 改めて今後のことを考えるために屋敷へと戻ってきた。お茶とお茶請けのスコーンも用意して準備は万端だ。

「ひとまず、これからやるべきことを整理しよう」

 そもそも、最初は屋敷でひっそりと暮らすことを目指していたはずだ。

 けれど、そのためには自給自足の生活が必要だということになり、そのための環境を整えるためにお金が必要だということで金策の方法を考えることになった。で、その金策に目途が立ったので次に進もうというのが今の状況のはず。

「そもそもの流れを考えると、次は自給自足の生活を送るための環境を整備することになるのよね。ただ、この屋敷に関して色々と手を付けられていないところも多いから、どこから手を付けるべきか迷っているのだけれど。まあ、急ぎで必要になるのは食料だと思うけれど、思ったよりもお金に余裕ができそうだから食料は町で購入するというのもできなくはないんだよね。……うーん、どうしよう?」

 領都の屋敷にいた頃は、なんだかんだで予定は周りに決められることが多かった。なので、完全に自分で自由に決められる今の状況というのも悩ましいものがある。

「まあ、ゆっくりと考えてみましょうか」

 スコーンを一つ口にし、少し考えてみることにした。


 しばらく考えてみた結果、いくつかの案を出すことができた。それを並べてみると次のようになる。


 一.新しく薬草栽培を始める

 二.野菜畑に手を入れて野菜を育てる

 三.果樹園に手を入れて果物を育てる

 四.魔の森で狩りを始める

 五.家畜を買ってきてタマゴやミルクを確保できるようにする

 六.屋敷の未探索エリアを探索して何があるかを把握する

 七.魔法の訓練をする

 八.ラビウス侯爵家の動向を確認する


「……思ったよりも多いけれど、とりあえずは一つずつ検討していきますか。まずは、新しく薬草栽培を始める案ね」

 新しく薬草栽培を始める。

 これは、継続的な現金収入を確保するために絶対にやらないといけないことだ。ただ、異常成長した薬草がまだまだ残っているので、すぐに手を付けなければいけないとまでは言えない。

 さらに言えば、薬草畑の魔素濃度問題が完全に解決したわけではないのでしばらく様子を見たい気もする。薬草は成長するときに魔素を吸収するけれど、成長しきると逆に魔素を放出するようになるから。

 それを考えると、魔法陣の効果で魔素濃度が下がり始めているのに、新しく栽培し始めて魔素濃度が高くなるのは避けたい。

「うーん、薬草栽培の経験がないから実験くらいならやってみてもいいのかもしれないけれど、今すぐじゃなくてもよさそうだね。とりあえず、この案は後回しでいいかな。じゃ、次は野菜を育てる案ね」

 たぶん、一番現実的な案だと思う。

 食料に関しては、備蓄用のかれてない状態の小麦が半年分くらい保管されていて、粉になっているものが一月分あるかどうか。なので、主食となる小麦に関してはどうにかなる。

 対して、野菜を含めたそれ以外の食料は町で買っているので、屋敷で野菜を育てるというのは良い案であるはずだ。

 問題があるとすれば、私が野菜を育てたことがないことだけれど、これに関しては実際に育ててみるしかない気がする。

「うん、やっぱりこの案が一番有力かな。一通り確認してみて、他になさそうであればこの案を採用する感じかな。次は果物を育てる案ね」

 とりあえず案として挙げてみたけれど、どう考えても野菜を育てる方が優先順位が高い気がする。

 この案を採用するメリットは何だろう? 手間がかからないところだろうか?

 でも、魔道具があれば手間に関してはあまり変わらないような気もするんだよね。まあ、これは魔道具次第だと思うけれど。

「果物の確保自体は魅力的だけれど、やっぱり優先順位は低いよね。それだったら、次の魔の森で狩りをして肉を確保する方が優先順位が高い気がするし」

 ただ、これに関しては魔の森の危険性がわからないから不安なんだよね。前にマリーさんに軽く聞いてみたときは危険だと止められたわけだし。

 なので、この案に関してはまず情報収集から始めるべきだと思う。

 であれば、しばらくは他の案と並行して進めていけばいい気がする。

「じゃ、これについては他の案をメインで進めて、情報収集を並行して進める感じだね。で、次の家畜を買ってくる案だけれど、さすがにこれは無理かな。オニキスだけでも不安があるのに、さらに家畜まで増やすのはちょっと厳しそうだし」

 タマゴとミルクの確保という点については、とても魅力的なのだけれど、さすがに無闇に生き物を増やすのダメな気がする。

 というわけで、この案は没だ。

 ただ、やっぱりタマゴとミルクは魅力的なので、将来的に実現できるようにこれも情報収集だけは進めようと思う。

「次は屋敷の未探索エリアの調査か。まあ、要は地下の実験室を片付けようという話なのだけれど、一応、使ってない応接室や客室にもよくわからない物が積み上がっているんだよね。今回の魔法陣みたいに何が必要になるかわからないから、屋敷内に何があるかくらいは把握しておきたいのだけれどね。どう考えてもすぐには終わらなそうなのがネックかな」

 これも他の案と並行して進めるのがよさそうな気がする。

 まあ、集中して一気に片付けてしまうのも手ではあるけれど、身体強化の魔法だと力は強くなっても身体の大きさまでは変わらないから荷物を運んだりするのが大変なのよね。だから、少しずつ片付ける方向でいきたい。

「で、次が魔法の訓練か」

 これに関しては、さすがに優先順位は低い。

 すぐに必要となるケースとしては、屋敷を追い出されるケースだけれど、その場合はそもそも前提条件から変わってくるからあまり意味のない想定になってしまう。

 後は、魔の森で狩りをする場合にも必要になるかもしれないけれど、これに関しては情報収集から進める方向になったので焦る必要はない。

 うん、やっぱりこの案は後回しでいいね。

「最後はラビウス侯爵家の動向確認になるけれど、……どうすればいいんだろう?」

 いやまあ、やりたいことは言葉通りではあるのだけれど、なことをするとやぶへびになりかねないのが問題だ。

 私としても、いきなりこの屋敷から追い出されるということは避けたいので、ラビウス侯爵家のそういった動きは知っておきたい。けれど、残念ながら私自身はそういった情報収集の技術を持っていない。

 なので、やるのであれば人を雇って情報を集めてもらうということになるのだけれど、そもそも領主の情報を探るなんてマネをそう簡単にやってくれる人がいるのだろうか? もしいるとしても、そういう人はあまりお近づきになりたくない類の人な気がする。

「……ギルドで世間話程度にラビウス侯爵家のことを聞くくらいしかできない気がするね。まあ、お金のために定期的にギルドに行くことになるから、とりあえずはそれでいっか」

 これも保留かな。いや、並行して進める感じになるのか。

「改めて一通り考えてみたけれど、とりあえずは野菜を育てる案をメインで進める感じかな。並行して屋敷の整理を進めたり、町で情報を集めたりしないといけないから、結局は色々とやらないといけないと思うけれど。まあ、これまでは金策の目途が立ってなかったせいで薬草畑にかかりきりになっていたけれど、これからは適度に配分しながらやっていく感じかな」

 とりあえず、今後の方針を決めることはできた。後は、この方針に従って理想の生活を目指すだけだ。