朝日が昇り始めた早朝、住み慣れた屋敷から荷物が運び出されていく。

 先日お母様が亡くなった。その葬儀やもろもろの手続きが終わり、私はこの屋敷を出ていくことになった。

 なんでも、父であるラビウス侯爵に嫁いできた第四夫人が新しくこの屋敷に住むことになるらしい。

 第四夫人は王族の一人で、先代の国王陛下が年を召してからできた娘だそうだ。で、この遅くにできた娘を先代の国王陛下は大層可愛かわいがられ、甘やかして育てたらしい。

 その結果、まさに王女様といった女性に育ったのだとか。もちろん、悪い意味での王女様だ。

 一応、私も第四夫人と同居するかということを聞かれたのだけれど、彼女に対する色々なうわさを聞いていたこと、さらに子連れだということで丁重にお断りさせていただいた。

 まあ、仮にも現国王陛下の妹にあたる人が第四夫人という立場で嫁いでくるという時点でお察しだろう。というよりも、子連れの再婚という事実に驚きを隠せない。よくもまあ、その前に嫁いでいた家は王女様を出戻りにできたものだ。

 そんな事情もあって、私は住み慣れた屋敷からまだ見ぬ新居へ旅立つということになったわけだ。


「フェリシア様、荷物を積み終えましたので確認をお願いします」

 運び出されていく荷物をぼんやりと眺めながら考え事をしていると、侍女のエリーから声をかけられた。

 今も屋敷の中から応接用のソファが運び出されているけれど、それらが私の引っ越し先へと運ばれるわけではない。単に、第四夫人が私やお母様が使っていた家財道具を気に入らなかったので、屋敷の中を総入れ替えするために運び出されているだけだ。引っ越し先には家財道具一式がそろっているらしいので、私が持っていく荷物はほとんどなかったりする。

「問題ないわ」

 荷物の積まれた馬車へと向かい、荷物に問題がないことを確認して脇に控えるエリーへと伝える。

 引っ越しのための荷物ではあるものの、家財道具は必要ないので積み込まれている荷物は私の身の回りの品だけだ。それも、まだ二桁の年齢にも達していない少女の荷物なので本当に少ない。

 一応、私も侯爵家の娘ではあるのだけれど、庶子であったためパーティーなどの催しにはほとんど出席することがなかった。そのため、貴族家の令嬢が持っているようなドレスや宝飾品のたぐいはほとんど持っていない。

 まあ、それでも数少ないそういった衣装はかさばってしまうので荷馬車が一台つぶれる程度の量にはなっているのだけれど。


「では、フェリシア様も馬車へお願いします」

 報告に向かっていたエリーが私のもとに戻ってきてそう告げる。

 荷物だけでなく、私とともに移動する者たちの準備も終わったようだ。私が移動用の馬車へと乗り込めば、すぐにでも出発ということになるのだろう。

 そう考えて、改めて屋敷へと振り返る。

 生まれてからの七年を過ごしてきた屋敷だ。色々と思い出が……、思い出があるはずなのだけれど、真っ先に浮かんでくるのが勉強と訓練の思い出ばかりというのはどうなんだろう? お母様と楽しくお茶会をしたり、散歩に出かけたりもしたはずなのに。

 ……あぁ、どちらも最終的に勉強や訓練になってしまったから思い出が塗り替えられているのか。

 まあ、平民で元冒険者だったお母様は色々と苦労したそうなので、私に対しては英才教育を施して将来に備えさせたかったのかもしれない。うん、きっとそうだ。

 ……ダメだ、自分をごまかし切れない。あれは、どう考えても幼い少女に対する勉強量や訓練量ではなかった。娘に対する気の使い方が間違っているよ、お母様……。


 過去に思いをせた結果、どんどんと目から光が失われていくのを自覚し、意識を現在へと切り替える。

 気づけば、馬車の近くにエリーをはじめとした私の世話をしてくれていた侍女や使用人が並んでいた。

「エリーもみんなも今まで本当にありがとう」

 一人一人の顔を確認しながら言葉に出して感謝を伝える。

 一応、貴族教育を受けた身としては侍女や使用人に対して頭を下げるのは問題なのだろうけれど、今日くらいはいいだろう。それに、ラビウス侯爵家の家名を名乗ることを許されたとはいえ、所詮は庶子である私に対して、隔意なく誠実に接してくれた彼女たちに感謝しているのは私の紛れもない本心だ。

 お母様も私を産んでからは体調を崩しがちになり、寝込むことも多かったので、彼女たちには本当に世話になった。

 そんな彼女たちは、新しくやってくる第四夫人とその子供のためにこの屋敷に残ることになっている。なので最後になるであろう今、きちんとお礼を言っておきたかった。

「フェリシア様もお元気で」

 下げていた頭を上げ、馬車へと向かおうとする私にエリーからそう声をかけられる。

 見ると後ろにいる使用人たちも心配げな顔をしている。そんな彼らに対し、私は精一杯の微笑ほほえみを返してから背を向けて歩き出した。