8章 《目覚まし》は眠らない


 アルゴート。領主の執務室。

 つまりカイトの家に天使たちが集まっていた。

 同居しているリザも当然同席して、住民の代表はヘルムートが務めている。

「みんなに集まってもらったのは、ええと、何と言えば良いかな。その……」

 いつになく歯切れの悪いカイト。

 リザはそんな彼の思いを咄とっ嗟さに察したが、同じく口に出す事ができない。

 大切な家族が関わる事だからである。

「ふむ。ボクが代弁してあげるのだよ。カイトくん。つまり君は、こう言いたいのではないのかね? 天使を相手に想定したアルゴートの防衛計画を立てたいと。ボクたちに遠慮することはないのだよ。誰も気を悪くしたりしないのだからね。天使とは言え千差万別。色々な者がいるのだよ。……当然、君の家族もその辺りは理解していると思うのだがね? 他ならぬ、君の家族なのだよ。君が信じなければどうするのかね」

 カイトはユリスの言葉を聞いて、控えめにシエラの顔を見た。

 そこには、いつもと変わらない表情の大切な家族がいる。

 だが、シエラの表情から感情を読み取るのは、一緒に暮らしているカイトやリザにも難しい。

 そこまで全てを把握した上で、シエラが口を開いた。

「……気遣いは無用。……私はカイトやリザの思いやりをちゃんと感じている。……素直に嬉しい。……私は感情表現が苦手。……申し訳ないと思う」

 カイトが慌てて「いや、謝るのは俺の方だよ!!」と立ち上がる。

 勢いよく立ったため、椅子が倒れてしまった。

 彼は重ねて「ごめん!」と謝った。

「俺、シエラに……。もちろん、ユリス様やネイアもだけど。天使のみんなに天使に対抗する作戦はあるかって、どうしても聞きたくなくて。だって、やっぱり同じ種族じゃないか。人間同士で争っているだけでも辛いのに。この上、今度は天使同士でなんてさ。だけど、領主としてはこの考えが間違っている事も分かってるんだ……」

「カイト……」

 リザが倒れた椅子を起こして、彼の手を引く。

「ありがとう」と言ってカイトは椅子に座り直した。

「カイト様! オレも言わせてもらうぜ! 天使様方、どうかアルゴートを天使の襲撃から守る知恵を授けてくれ! オレぁ、領主様の悲しい顔が見たくねぇんだ!! オレたち領民にできる事がありゃあ、何だってやるからよ!!」

「ヘルムートさん……。すみません!」

 カイトは自分の頬をパンと叩いて、気合を入れ直す。

 今は危機に対する策を立てるのが肝要なのだと。

「天使の三人に聞きたいんだ。力の天使みたいな存在がまた攻め込んで来た時に、どうしておけば領民の安全が保たれるだろうか?」

 すぐに「はい!」と元気よく手を挙げたのはネイア。

 破壊を司る彼女が真っ先に提案をするのはその場の全員が不思議だったらしく、しばし沈黙が大気を汚染した。

「アルゴートの周りを毒の沼地で囲むってのはどうかしら!? あたしだったら絶対に近づきたくないわね!!」

「そ、そいつぁ困るぜ、ネイア様! オレたちが先にくたばっちまう!! と言うかな、それ! カイト様とシエラ様が来てくれる前のアルゴートなんだよな!!」

「えっ? そうなの? 人間ってホントに弱いわねぇ」

「す、すみません。アルゴートにゃ年寄りも多いし、なるべく安全な方向で頼めると助かるんすよ。とにかく、せっかく整備してもらった環境を破壊すんのはちょっと……」

 少しの間の後、再び「はい!」と手が伸びる。

 回答者の名前は言うまでもないだろう。

「ユリスにずっと高出力の結界を張らせとくのは!? あたし、そんな面倒くさそうなとこには絶対近づかないわ!!」

「冗談じゃないのだよ。今張っている簡易結界ならまだしも、天使を弾くような出力の結界を張り続けるなんて、ボクにも創造できないものはあるのだよ」

「えーっ? 何か創る事しか取り柄のないユリスなのにー!? えー。がっかりだわー」

「ぐぬぬっ。本気で失望しているところが腹立たしいのだよ!!」

 その後も会議は続いた。

 リザが提案した「天使の誰かに門番をしてもらうのは!?」という意見が最も建設的だったが、ユリスはそもそも戦闘向きではないのでその任に当たる事ができない。

「あたしは絶対に嫌よ? 門番って、ずーっと同じとこにいなきゃならないんでしょ? 冗談じゃないわ! そんな退屈な仕事はパスでー!!」

「うーっ。良い考えだと思ったのにー! シエラちゃんはダメだよねー」

 リザの言葉にネイアが反応する。

「どうしてシエラだけ特別扱いするのよ! ずるい、ずるい!! あたしも特別が良いわよ! ナンバーワンでオンリーワンなネイアさんは!?」

「ネイアちゃんもすごいのは分かるけどぉー。だって、シエラちゃんはカイトに使役されてるんだから! いつも一緒にいなくちゃだもん! カイトを守るのがシエラちゃんの役目だよ!」

「……リザ。……ありがとう。……結論から言うと、人間にできるような対策は残念だけど無意味。……天使が相手になると労力の無駄としか言えない」

「ボクもシエラの意見に賛成なのだよ。例えば、オーガたちに門番を任せたとしよう。相手が人間や亜人種ならば、それで充分事足りるのだよ。だが、手前みそになってすまないけれど、天使は存在の次元が違う。やはり、天使に対抗するには天使の力しかないのだよ。とは言え、適任者がいないのもまた事実。うむむ、困ったのだよ」

 再び沈黙が我が物顔で場に居座る。

 次に口を開いたのは、シエラだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「……大天使の力を借りると言う手がある」

 思いもよらぬシエラの提案に、カイトはすぐさま聞き返した。

「ちょ、ちょっと待って! シエラ以外にも大天使っているの!?」

「……肯定。……記憶がおぼろげで正確な数までは思い出せない。……けれど、ここからそう遠くない場所に、かつて大天使のいた都市がある」

 ユリスが首を傾げて確認する。

「シエラ。君を疑う訳ではないのだがね。記憶の大半を失っているのに、それは確かなのかね? 現状、アルゴートからシエラが離れるのであれば、確証に近いものがないとリスクの方が大きいと思うのだよ」

 シエラはハッキリとした口調で言う。

「……間違いない。……大天使の気配はハッキリと感じ取れている。……だけど、懸念事項がある。……まず、天使は基本的に人間には干渉したがらない。……相手が大天使になると、私の言う事も聞かないかもしれない。……カイト次第で結果が変わる。……ユリスが言う通り、これはリスキー」

 確かに、ユリスを目覚めさせた時も、ネイアの時も、カイトの傍には大天使のシエラがいた。

 するとカイトには別の疑問が湧いてくる。

「それじゃあ、どうしてシエラは俺に初対面で協力してくれたんだい?」

 シエラは少しだけ柔らかい表情をして、ハッキリと答えた。

「……面白そうだと思ったのが二割」

「残りの八割は?」

「……カイトが私を目覚めさせてくれたから。……暗い闇の中は退屈だった。……カイトは恩人。……だから、私はカイトの言う事を聞きたいと思った。……それは正しい判断だった。……家族ができた。……実は私、……今、結構幸せだよ」

「そっか。……ありがとう、シエラ。俺と出会ってくれて」

「……《目覚まし》のおかげかもしれない。……カイトがそれを得てくれたおかげで、私は」

 シエラはそこまで言うと、セリフの続きを紡ぐ代わりに、にこりと笑った。

 その顔があまりにも綺麗で、カイトは言葉に詰まる。

 最終的に、彼もぎこちない笑顔を作った。不器用過ぎるカイトを見て全員が吹き出す。重苦しい空気はいつの間にか消え去り、笑い声が未来を優しく照らしていた。


 アルゴートの新しい指針を領主が定める。

 領民を、エルフやオーガ、天使たち。

 そしてリザとシエラ。大切な家族を。

 それらを守れるのならば、できる事はなんだってやってみせる。

 カイト・フェルバッハは早速旅支度を整えるのであった。