6章 帝国旗に背いて


 フェルバッハ家にクレオが出先から血相を変えて帰って来た。

「クレオ様のお帰りだ! 門を開けよ!!」

「ええい、うるさい! さっさとしろ!!」

 彼は苛立っていた。

 普段から不ふ遜そんな態度であるが、今日はひと際である。

 門が開くなり門番を罵倒して、ついでに「このグズが!」と吐き捨てて去っていく。

 門番たちが「今思えば、カイト様って優しかったよな」と噂している事をクレオは知らない。

 恐らくだが、彼は一生気付かないだろう。

「ち、父上! 父上はどこにおられますか!?」

「クレオ様、どうなさったのですか? アルフォンス様なら執務室におられますが」

「そ、そうか! おい、そこのメイド! 水を寄越せ! 早くしろ!!」

「は、はい! どうぞ!」

 舌打ちをしてそれを受け取り、一息で飲み干したクレオ。

 彼は執務室の扉をノックした。

「おお、クレオか。その様子だと、何かアルゴート関連で動きがあったな!?」

「は、はい! 父上、心してお聞きください!」

 クレオは大きく息を吐き出してから、意を決して言った。

「帝国軍の先遣隊が敗走したそうです!!」

「……なんだと!? 冗談にしては笑えんぞ。帝国軍が!?」

 クレオは知己を得た貴族からもたらされた確かな情報であると前置きしてから、父にその凶報を伝えた。

 いつものように怒り狂うかと思われたアルフォンスだったが、それは最初だけであり、話が進むにつれて顔色が悪くなっていった。

「帝国軍第十三部隊と言えば、他国との戦争でも主力になり得るエリート部隊ではないか。たとえ先遣隊とは言え、その第十三部隊をもって攻めたにもかかわらずか……」

「さらに悪い事に、報告によれば天使はもう一人いたと……」

「二人目の天使……確かカイトもそう言っていたな」

「父上。まだ話には続きがございます。恐らく、三人目もいるだろうと……」

「この馬鹿者が! 一度に言わんか! 二度もショックを受けたではないか!!」

「も、申し訳ございません! 段階を踏んだ方がお心に負担がかからないかと思い……!」

 こうなってくると当初彼らが描いた青写真が怪しくなってくる。

 アルフォンスは人間性に褒めるべき点がないものの、その知略は優秀と評価されるべきであり、事態の深刻さを理解し始めていた。

「こうなったら、兄上を暗殺いたしますか?」

「愚かな……。貴様、この上どうしてそのようにリスクの高い提案ができるのだ。さては貴様、馬鹿だな!?」

 カイトが使役、もしくはそれに近い形で天使を三人も従えている現状を鑑みて、もしもカイトを亡き者にしようとすれば、アルゴートに一時的な混乱と停滞をもたらす事は可能だろう。

 だが、アルフォンスの目的はあくまでも「天使の力を得る」事であり、一方でクレオの提案は「アルゴートを壊滅させる」事が目的と定まっていた。

 論点がすり替わっている。

 仮にそのような策を実行して、まかり間違い成功したあかつきにはどうなるか。

 疑うまでもなく、天使たちの怒りの矛先は首謀者へと向かう。

 帝国に向かえばまだ良いが、天使は人をはるかに凌りょう駕がする存在。

 いずれ必ずこの策を立案したフェルバッハ家へとたどり着くだろう。

 そうなればもはやこれまで。

 フェルバッハ家は滅亡し、アルフォンスとクレオは命を奪われる。

「クレオ……。これは少々まずい事になったぞ。方針を変更する必要が――」

「失礼いたします! アルフォンス様! たった今、帝国宰相閣下より書簡が届きました!!」

 会話を遮られた事に対して腹を立てる暇もなく、アルフォンスは心臓を冷えた手で握られたような感覚に襲われた。

 帝国宰相と言えば、現在の実質的な政治権力のトップである。

「な、何と言うことだ……」

「どうなさったのですか!? 良いではありませんか、アルゴートに再び侵攻するのでしょう?」

「馬鹿が……。貴様、ここに来て本当に馬鹿に……。ちぃっ。読んでみろ」

「はい。拝見します」

 そこに記されていたのは、考え得る中でも最悪のケースであった。

 端的にまとめるとこうなる。

 一つ。アルゴートの存在に対して皇帝陛下が大変憂慮している。

 現領主はフェルバッハ家の長男のようだが、一切の忖そん度たくはしない。

 ついては今後、フェルバッハ家にも協力を要請する可能性がある。

 これは要請と言う名の命令である。

 二つ。アルゴートにはエルフが入植している事実が確認された。

 帝国では他種族は脅威と見做されている。

 後の憂いを残さぬためにも、エルフの国本土への侵攻も辞さない。

「とんでもないことになってしまった……。天使が複数いて、エルフとも友好関係にあるだと? カイトめ、これほどの事をしていたとは……」

「しかし、兄上の罪でしょう? 僕や父上に責任はないのでは?」

「……ある。アルゴートの領主にカイトを任命したのは誰だ。他ならぬ私だ。しかも、アルゴートは元々フェルバッハ家の領地。つまり、カイトが帝国によって討たれたのち、間違いなく我らフェルバッハ家にも何かしらの……。いや、ヤメよう。まずは書簡に対する返事をせねば」

 エルフと事を構えるとなれば、いよいよ事態は深刻を極める。

 異種族との戦争。それは長い帝国の歴史の中でも類を見ない未曽有の騒乱である。

 アルフォンスは今になって、ようやく自分の策が取り返しのつかない事態に及んでいる事を理解した。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 アルゴートでは帝国軍の襲来から一夜明けて、守衛を務めていた男たちの怪我の手当てが今日も行われていた。

 彼らが体を張って帝国軍を押し留めたおかげで、女性や子供、年寄りに怪我人は出ずに済んだのだ。

「カイト様! 新しい傷薬を持って来たぜ!」

「ありがとう、ヘルムートさん。みんなも疲れただろうから、休息を取ってください」

 怪我人の処置はユリスが受け持ち、リザが助手としてテキパキと働いている。

 シエラは「……魔力を使ったので食事に専念する」と言い残して、食堂に入り浸っていた。

「ちょっと、カイト! アルゴートってあんなに敵がいるの? だったら最高の土地ね! やー! あたし目覚めて良かったー!!」

「良くないんだよ! ネイアには悪いけど、敵なんて作るつもりはなかったんだ。どこでどうなって帝国の敵扱いされているのか分からないけど、これは困ったなぁ」

 昨日の襲撃くらいならば、シエラかネイアのどちらかで対処できる事は分かった。

 だが、そもそも帝国軍に襲撃されること自体が問題なのだ。

「カイト様! ちょいとこっちに来てくれ!!」

「おっと、ヘルムートさんだ。休んで良いって言ったのに。俺は行くけど、ネイア? 怪我人に障るから暴れないようにね」

「えー」と不満げな声をあげるネイアに手を振って、カイトは居住区の入口に向かった。

「どうしましたか?」

「こいつを見てくれよ! エルフの嬢ちゃんが今、持って来てくれたんだけどよ。カイト様宛の手紙みたいなんだよなぁ」

 そこには帝国の文字で確かに「カイト・フェルバッハ様」と書かれていた。

 差出人を確認すると、ルズベリーラの王女アデルナからだった。

「……これは。ヘルムートさん。昨日の今日で本当に申し訳ないんですが、少し留守を任せても良いですか? ユリス様とリザも残して行きますので、万が一の際にはお願いします」

「どうしたんだ? 緊急事態ってヤツか?」

 カイトは「そのようです」と答えた。

 手紙には、要約するとこう書かれていた。

「急ぎお話ししたい事がございます。ルズベリーラまでご足労願えませんか」と。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 カイトは現在、ルズベリーラへの道中にあった。

 出発してから現在三日目。

 途中で二度死にそうになったが、今回はエルフの料理人が同行してくれているため、滋養強壮を考えた食事と回復薬でどうにか彼は歩いている。

 もう半日も歩けば到着する予定であり、彼は額の汗を拭ぬぐった。

 気がかりなのは、アデルナが手紙でカイトを呼び寄せた事だった。

 彼女の性格を考えると、何か用があれば直にアルゴートまでやって来るだろう。

 かつては実際にそうしたのだから、カイトの疑問はさらに深まる。

 何かのっぴきならない事情があるのは確かであり、念のために今回は解決の実働役としてシエラとネイアを連れて来た。

 帝国軍の襲撃からほとんど日が経っていないためアルゴートから主戦力の二人を連れ出すのにはカイトもかなり悩んだが、リザとユリスが「大丈夫」と言って、ヘルムートたち守衛隊も「オレらに任せとけ!」と胸を叩いて、領主の背中を押した。

 そのため、今回の旅は早足で進んでいる。

 通常であれば四日かかる道程を三日で踏破したカイト。

 ならば、道中死にかけるのも頷ける。

 体力に不安のある領主様は頑張っていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「お待ちしておりました、カイト様! お呼び立てしてしまい申し訳ございません」

 アデルナが正装で出迎えてくれた。

 王女様に待ちぼうけを食わせてしまったと気付いたカイトはまず頭を下げる。

「こちらこそ! すみません、アデルナさんをお待たせして! そのご様子ですと、ずっと待っていてくださったんですよね!?」

「ふふっ。カイト様の事をずっと思っておりましたので、退屈ではありませんでしたよ?」

「これは……。参ったなぁ」

「……リザを連れて来なかったのは正解。……カイトはちょいちょい女心の地雷を踏む。……主がモテるのは嬉しい。……けど、無自覚なのはちょっと問題。……そろそろ徹底的にその辺りを学ぶべき。……領主としての能力は向上しているのに。……男としての振る舞いは全く成長していない。……むぅ。……困る。……すごく」

 ぶつぶつとカイトに対する苦言を呈していたシエラにもアデルナは頭を下げた。

「シエラ様も、よくおいでくださいました。城の中にお食事を用意しております」

「……じゅるり。……カイト、私はすぐに城の安全を確かめて来る。……これは緊急事態。……先に行くね」

 大天使が食い倒れ天使になるために、凄まじいスピードで飛び去って行った。

「なんか賑やかだけど、破壊するものはあんまりないところね」

「カイト様? こちらの御方は?」

「ネイアと言います。安心してください、アルゴートの用心棒みたいなものです」

「まあ! では、とてもお強いのですね!」

 ネイアは「へぇー。見る目あるじゃない」と満足げに笑う。

 さすがは王女だとカイトは頷いた。

 たった一言でネイアの心を掴むとは、アデルナも相当なやり手である。

「早速ですが、何事ですか!? 俺がお役に立てると良いのですが」

「まずは城へお越しください。詳しいお話はそちらで」

 カイトは「分かりました」と応じる。

「あたしはその辺を見て来るわね!」と言ったネイアに破壊行為の禁止を厳重に申し付けてから、彼はアデルナと共に歩き始めた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 まずはエルフの国王であるザムエルに挨拶をするのが筋であり、これは領主としての外交上最低限の務めでもある。

「お久しぶりでございます、ザムエル様」

「うむ! カイトも壮健なようで何より! 今回の一件はアデルナに任せておるゆえ、余は大天使と酒でも飲んでおる。ゆるりとして参れ」

 体調もすっかり良くなったザムエルを見て、まずはホッと一息。

 それからアデルナに案内されて会議室へとカイトは移動した。

「まずはこれをご覧ください。この辺りの地図です。エルフの文字で書かれているので読めないと思いますが」

「ああ、いえ。地図なら俺も頭の中に入っているので、文字が分からずとも大丈夫ですよ」

 アデルナは「さすがです、カイト様」と微笑んで、地図に赤い筆で丸をつけた。

「ここがルズベリーラです」

「なるほど。こういう言い方は適切ではないかもしれませんが、エルフが隠れるにはもってこいの地形なんですね」

 ルズベリーラの周りはぐるりと森で囲まれており、その付近には渓谷が複数ある。それらで訪れる者の侵入を阻んでいた。

「実は、最近ルズベリーラ周辺で人の目撃情報が多発しているのです。もちろん、時には人が迷い込んで来ることはありますが。今回は、その、何と申しましょうか、一般の方ではないようなのです。皆さま同じような恰好をされていて」

 カイトはアデルナが自分を呼んだ理由を察した。

「目撃場所を教えて頂けますか?」

「はい。丸をつけますね」

 ルズベリーラの北西と南東の二か所に赤い印が付いた。

 カイトの懸念は当たっていた。

 どちらにも、数十キロ先まで線を伸ばすと帝国軍の駐屯基地がある。

 どう考えてもそこから来たのだろう。

「実はですね、アルゴートでも先日――」

 カイトは帝国軍から襲撃を受けた旨をアデルナに伝えた。

 彼女は「まあ! そちらも!?」と驚いた様子をみせる。

「やはりお呼びして正解でした。実は、アルゴートに派遣している料理人たちが申すのです。近頃人間に狙われる事がある、と。ですから、お父様とも話し合って、同盟としてできる事はないかと考えたのですが」

 アデルナは端的に纏めると「私たちはより密接に協力しあいましょう!」と言った。

 カイトも異存はないため、すぐに実務的な話に移る。

「では、ルズベリーラに緊急を要する事態が起きれば早馬を出してください。シエラかネイアのどちらかを速やかに派遣します」

「とても心強いです! 私たちからは、今後しばらく料理人だけではなく、エルフの戦士たちをアルゴートに派遣したいと思います」

「そこまでして頂く訳には! ルズベリーラの守りもあるでしょう!?」

「お父様が言っておられました。同盟を結んだ相手は一族の仲間も同じだと。私もそう思っております。いいえ! それ以上に思っております! お父様を救って下さったカイト様は、今でも私の英雄なのですから!!」

 それから何度か押し問答をしたが、結局カイトが折れた。

 アデルナは義理堅く、翻意させるのが難しかったのはもちろんだが、何よりその心遣いが彼にとっては嬉しかったのだ。

 それに、エルフの戦士は屈強だとユリスがかつて語っていた。

 きな臭い空気が漂っている現状、領地を守る手段はいくつあっても困る事はない。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 宴席の場にカイトとアデルナがやって来ると、シエラとネイアは既に楽しんでいた。

「……カイト。……遅い。……でも良かった。……まだ料理はたくさんある。……やはりルズベリーラは良いところ。……定期的に訪れるべき。……月に一度は来たい」

「くぅーっ! エルフのワインって美味しいわね! おじさん、おかわりよろしく!! 瓶なんてケチ臭いこと言わないで、樽たるで! ネイアさんはお酒でも負けないんだから!!」

「ちょ、なんてことを!! ネイア! そのお方はエルフの王様だよ!? も、もも、申し訳ありません、ザムエル様!!」

「良い、良い! おじさんと呼ばれるのも新鮮である! ささ、ネイア殿。いくらでも飲まれよ! はっはっは! まだまだ蓄えはあるぞ!!」

 すっかり打ち解けている二人を見て、「この様子ならば有事の際も安心かな」と考えるカイトも、アデルナにワインを勧められてしばらく歓談した。

 夜も更けて来た時分。

 満足そうにお腹を膨らませたシエラにカイトは聞いてみた。

「シエラ。聞きたいんだけどさ。エルフの国も守ってもらう事ってできる?」

 シエラは表情を変えずに即答した。

「……無論。……カイトが望むのなら。……私にできない事はない」

「そっか。頼もしいな」

 不穏な気配を感じて知らず心が弱っていたのか、シエラの力強い言葉を聞いたカイトは安堵したのち、更に考える。

 常に思考を働かせる事が彼の長所の一つである。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 カイトは綺麗に整えられた貴賓室のベッドの上で思案を続けていた。

 もちろん、帝国軍についてである。

 エルフの国に接近している理由は。

 アルゴートを目の敵にする理由は。

 帝国内のどの程度の人間が関わっているのか。

 最悪のケースを考えるのが上に立つ者のあるべき基本的な思考。

 だが、結局ここでカイトがいくら想像力を羽ばたかせたからと言って、真実が微笑みかけるはずもなく。

 ただ彼の眉間にしわが寄り、せっかく楽しんだ宴席の余韻を奪うだけだった。

「……カイト? ……あまり思いつめるのは良くない。……はむっ。……この貴重な甘いパンケーキを分けてあげる。……はむっ。……甘いものは疲れた脳に良い」

「ああ、ごめん。ありがとう。俺、そんなに思いつめた顔をしてた?」

 食べるのに忙しいシエラに代わって、ネイアが答えた。

 ベッドのカイトに急接近して、額を指でピンと弾く。

「いたっ!」

「辛気臭いなんてもんじゃないわよ! あんた、その顔はルズベリーラに置いて帰りなさいよね? 領民が領主のそんな表情見たら引くわよ! ドン引きよ!! なんか女の子には人気が出そうだけどさ。アルゴートは男だらけなんだから。領土を治める者として、ちょっとは気を遣いなさいよねっ! カイト!!」

 ネイアに指摘されるほどに深刻さを垂れ流していたのかと反省しながら、破壊を冠する天使が思いのほかアルゴートの事を親身に考えてくれていて、カイトの心は少しだけ温かくなった。

 改めて思考した材料を纏めにかかる。

 今度は眉間にしわを寄せずに。

 アデルナから借りた地図を見ると、やはり帝国軍が意図してエルフの国を襲おうとしているのは間違いないかと思われた。

 ならば、ただ襲撃される日を待っているのか。

 帝国とハッキリ敵対する道をなるべく避けていたカイトだったが、その考えは間違いなのではないかと彼は気付いた。

 仮にアルゴートが発端となって、ルズベリーラが巻き添えを食う形で戦いの渦中に呑み込まれようとしているのならば、まずはこの国にいる間に打てる策があるのではないか。

「よし!」と声に出したカイトは、シエラとネイアに「少し夜風に当たって来るよ」と言って、貴賓室を出て行った。

 アデルナの元へと向かったのだ。

 夜更けに辺境の一領主が大国の王女の寝室を訪ねるのはマナー違反。

 だが、幸運な事にアデルナはまだ宴席に残っていた。

「どうなさったのですか、カイト様? もしやベッドの寝心地が悪かったのでしょうか!? 申し訳ありません! すぐにメイドを、いえ、私が直接!!」

「ああ、違います! 違います!! ベッドはこの上なくフカフカでした!」

 カイトは夜遅くに淑女を引き留める無礼を詫びてから、アデルナに申し出た。

「ルズベリーラの周辺がどうしても気になるのです。できる事ならば、俺がこちらに滞在している間に何らかの対策を講じたいと思い、ご相談をと。差し出がましいようですが」

 アデルナは笑顔で応じた。

「とんでもありませんわ! カイト様がそこまでわが国の事に胸を痛めて下さる、それだけで私は……! 是非、お話をしましょう! 夜はまだまだ長いです! 私、夜更かしは結構得意ですから!! 遠慮は無用です!」

 カイトは「それでは早速」と地図を広げようとしたが、うっかり貴賓室に置いて来てしまった事に気付く。

 正直に白状するとアデルナは「まあ! うふふっ」と微笑んだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「ちょっと、シエラー。ねーねー。この地図の丸がついてるとこがあれなんでしょ? 悪いヤツがいるところなのよね?」

「……そう。……厳密に言えば帝国軍の基地。……帝国が良いか悪いかの判断は付かない。……けれど、主であるカイトの障害になるのならば見過ごせない。……今の私は、カイトの利益のみを追求する。……帝国が邪魔をするのなら。……容赦はしない。……むぅ」

 カイトがうっかり忘れて行った地図を天使の二人が発見していた。

 アデルナが新しい地図を用意したので、しばらく彼が戻って来る事はない。

「ここから丸のとこまでってどれくらいの距離があるのよ?」

「……三十キロから四十キロだと推測できる」

「何よ! 近所じゃない!」

「……そう。……結構近い」

 近くはない。カイトに歩かせると確実に二度は死にかける距離がある。

「あたしたちが飛べばすぐなのよね。にひひっ」

「……ネイア。……天使である以上、その欲望に忠実な笑顔は控えるべき。……ただし、その発案には考えるべき点がある。……それは認める」

 天使たちの間では、意思疎通が済んでいた。

「ちょっと行って、悪いヤツをぶっ飛ばしてきましょ! カイトも喜ぶんならシエラだって悪い気はしないはずよね? ねっ!!」

「……極めて微妙。……主を喜ばせるのは私も本懐。……でも、カイトの許可なく行動をするのは良くない。……熟慮が必要」

「面倒くさいわねー! じゃあ、あたしが一人で行くからいいわよ!」

「……むぅ。……ネイアの単独行動は止めるべきだとカイトなら言うはず。……分かった。……私も付き合う事にする」

「やったぁ! じゃあ、ボコボコ作戦スタートねっ!!」とはしゃぐネイアが窓から飛び出し、続いてシエラも月の光る夜空へと舞い上がって行った。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「この辺りじゃない? 丸のとこ!」

「……確かにそう。……人間の気配がかすかに残っている」

 ネイアは野性的な勘で。

 シエラは論理的な思考で。

 わずか数十分で目的地に到着していた。

「なんかあっちの方から魔力を感じるわよ! きっと人間の悪い魔法使いね!」

「……ルズベリーラとの位置関係を考えると、多分ネイアの予測は正しい。……もう少し接近する事を推奨する」

 二人はさらに北西へと飛んだ。

 十五キロほど飛んでいくと、森が途切れる。

 そこには野営をする帝国軍の小隊がいた。

「……ネイア。……ここは慎重に行くべき」

「ちょっと! あんたたち! 誰に断ってそこにいるのよ! あたしは許した覚えがないんだけど! ぶっ飛ばすわよ!!」

「……ネイアに言葉で警告したのは私のミス。……とりあえず腕でも掴まえておくべきだった。……これが脳筋。……ちょっと恐ろしい。……コミュニケーションが取れない」

 ネイアが何の相談もなしに突撃していった。

 帝国軍の兵たちは驚く。

 大天使も驚いているのだから、これは致し方ない。

「な、なんだ!? どうしてこんな時間に子供がいる!?」

「お嬢ちゃん、どこから来たんだ? この辺りはエルフ狩りの警戒区域だぞ? 危ないから帰りなさい。家族もこの辺りにいるのか?」

 聞き捨てならない言葉が飛び出した。

 ネイアはもちろん、シエラもハッキリと聞いた。

「エルフ狩り」という、危険な言葉を。

「さあさあ、女子供は帰って寝ろ! こんなにガキっぽいんじゃ、夜のお相手を申し込めもしねぇ! ったく、ついてねーぜ」

「よさないか。相手は子供だぞ。言葉遣いに気を付けろ」

 突然だが、ネイアの沸点は低い。

 活火山のように、突然噴火する。

「だ・れ・が!! ガキですって!? ふぅーん。あんたたち、痛い目に遭いたいようね? このネイアさんをよりにもよって人間の子供扱いするなんて!!」

 ちなみにネイアの見た目は十五歳前後の少女にしか見えないため、兵士たちは口が過ぎた非はあるものの、外見から彼女を子供と判断したのは仕方がないと思われた。ユリスに言わせると「ネイアは凹凸の乏しい体形からして既に子供なのだよ」との事である。

 だが、そんな理由は破壊の天使に必要ない。

 彼女は暴れても良い大義名分を手に入れたのだ。

「これでもあたしがガキだって言うのかしら? 『デストロイ』!!」

「う、うぉおぉぉぉっ!? 地面が割れた!? こいつ、魔導士か何かだぞ!!」

「ならば子供に化けているのかもしれない! や、矢を放て!! 敵襲だ!!」

 後ろで静観していたシエラに向かって、ネイアは舌を出した。

「あたしからは手を出してないわよね? そして、今、あっちから攻撃して来たわよ!」

「……ユリスの気持ちが少し理解できた。……本当に、脳筋は厄介」

 天使と帝国軍の遭遇戦が始まる。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「火矢を放て! 相手は魔導士だ!! 見た目に惑わされるな!!」

「おい! 魔法兵をテントから叩き起こしてこい! さっきの地割れを見ただろう!? とんでもない使い手だぞ!!」

 炎を纏った矢が飛び交う夜空を見て、まるで花火を眺めてはしゃぐ少女のようなネイア。

 シエラは表情を変えず隣に並んだ。

「人間って火を使うの好きよねー! あたしがドンディナにいた頃から全然変わってないじゃない! あははっ! ほらほら、もっと撃って来ないと足りないわよ!」

「……ネイア。……火遊びはほどほどに。……この程度、何もする必要はない」

 ネイアは楽しそうに飛んでくる矢を一本ずつ掴み取って、兵士たちに見せつけるように派手な動きでそれらをへし折る。

 対照的にシエラは魔力で防御壁を構築し、その空間に入って来た矢を無表情で抹消する。

「ねえねえ、シエラ! そろそろ反撃しても良いかしら!? もう充分攻撃を受けたわよね、あたしたち!」

「……発想が酷い。……もうネイアの好きにすれば良い。……戦端が開かれた以上、彼らを殲滅しなければならない。……過程が変化するだけで、行きつく結果は同じところ。……カイトに怒られたら嫌だな。……全部ネイアのせいにする」

 ネイアは「やったぁ! きたきたー!!」と言って、空高く飛び上がった。

 それを目撃した帝国兵も心情的には飛び上がるほど驚いた。

「お、おお、おい! あの魔導士、飛んだぞ!?」

「魔法兵! どうにかしろ!!」

「飛翔魔法だとしても、あれほど自在に空を飛ぶことは不可能だ! 何なんだ、あのガキ!」

「待て……。よく見ろ。あの子供、背中に羽が生えていないか?」

 帝国兵だって全員が油断している訳ではなかった。

 中には敵襲の報を受けて、すぐさま状況分析に取り掛かる者もいた。

 そして彼らは気付く。

 あれは人間とは違う生き物なのではないのか、と。

「あんたたち、さっきあたしを殺す気でかかって来たわよね? 相手を殺そうと思った以上、その相手に殺される覚悟もあるって事で良いわよね?」

 破壊の天使が教えを授ける。

 実に暴論ではあるが、筋は通っていた。

「怯むな! 撃て、撃て撃て!! 弓兵は矢が尽きるまで! 魔法兵は魔力が枯渇するまでとにかく撃ちまくれ!!」

「了解! くたばれぇぇぇ!!」

「矢が足りん! どんどん持って来い!!」

 ネイアは「うんうん」と頷いて、手の平に魔力を溜めた。

 それを一気に解放する。

「破壊の力はこんな使い方もあるのよ! 『デストロイ』!!」

 ネイアの手の平から放出された魔力は、その範囲にあるもの全てを灰にした。

 矢も、魔法も、そして人も。

 全てを灰かい燼じんに帰す。

 破壊の天使の証明であった。

「うわぁぁぁぁ! 化け物!! 来るなぁぁぁ!!」

「全員、走れ! 逃げろ!! 本隊にこの事を伝えるのだ!!」

 人だって死に物狂いになればある程度の力を発揮する。

 魔法兵たちが一斉に放った光弾はネイアの横をすり抜けて、シエラに向かう。

 それをパンと手で払いのけて、彼女は無表情で警告した。

「……化け物じゃない。……訂正を求める。……私は大天使。……失礼極まりない。……さっきから、私も結構イライラしている」

「天使を使役して帝国を転覆させようとしている者がいる」という情報は帝国兵の間で共有され、既に常識となっていた。

 その天使が今、目の前にいるのだ。

 勝てるはずがない。

 彼らは全てを放棄して、ただ逃げ惑う。

「シエラ! 今回は最後まで追撃しても良いわよね!?」

「……許可する。……エルフ狩りなどと言う企みを聞いては捨て置けない。……エルフのご飯は世界の財産。……それを壊す者を見逃すことはできない。……明日の私の朝食を妨げる者に、朝食を食べる未来は用意できない。……むぅ」

 この場にカイト・フェルバッハがいれば、結果は変わっていただろう。

 だが、心優しきアルゴートの領主はいない。

 天使たちにも慈悲がある。

 だが、それは無限定に誰彼構わず向けられる類のものではなかった。

 アルゴートやエルフたちに与えられている彼女たちの慈悲は、無慈悲な形で帝国兵を蹂じゅう躙りんした。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 カイトはアデルナと二時間ほど話し合っていた。

 途中に雑談も交え、それが存外盛り上がったりしたものだから、気付けば深夜である。

 さすがにまずいと「今宵はこれくらいにしておきましょう」と言って、カイトは貴賓室へと引き上げて来た。

「いや、ごめんね、二人とも。ついつい熱が入って……。ん?」

 そこにいるはずのシエラとネイアの姿がなかった。

 気まぐれなネイアだけならともかく、シエラまで何も言わずに出て行く事は珍しく、カイトは不安に駆られた。

 とりあえず食堂と厨房を探してみたのだが、シエラの痕跡は見つからない。

 どうしたものかと貴賓室に戻って考えていると、窓から飛び込んで来る者がいた。

 何を隠そうシエラとネイアである。

「二人とも! ダメでしょ! 何も言わずにいなくなったら! 俺、心配して探してたんだよ!? そもそも、ここはうちの領地じゃないんだからね!! 先方にご迷惑かけることになるでしょ!!」

 何やら幼い子供を叱る母親のようなセリフだった。

「……謝罪する。……カイトに許可なく出かけてしまった。……ごめんなさい」

「あ、いや。別に怒ってる訳じゃないんだよ? ただ、書き置きくらいは欲しかったなって。それで、夜の散歩でもしてきたの?」

「そうよ! このネイアさんがとびきり派手な夜遊びをしてきてあげたわ! にひひーっ。きっとカイトも驚くわよー!」

「ネイアのくれるサプライズは八割くらい本当に心臓に悪いからなぁ」

 シエラはいつの間にかベッドにちょこんと座っていた。

 カイトの方を向いて、彼女は質問する。

「……アデルナとの話し合いはどう? ……建設的な意見は出た?」

「かなり本格的な部分まで詰める事ができたよ! やっぱりこちらから打って出ようって話になってね! まずは偵察隊をどうにかしようと思うんだ」

 ネイアが悪い顔で再び「にひひっ」と笑う。

 天使たちとの付き合いもそろそろ長いカイトは、根拠はないが「何かやったな」と感じたと言う。

 そんな察しの良い主にシエラが報告をする。

「……先程件の偵察隊と思しき部隊を殲滅して来た。……北西と南東。……カイトが印をつけていた地点にいたから、間違いないと思われる」

「そうかー。それは助かるなぁ。……いや、先程!? 俺がいない間で本当に何してたの!? ああ、待って! 聞くのが怖い!!」

「……むぅ。……カイトの察しが悪い。……これは睡眠不足と疲労によるものと推測。……端的に言うと、邪魔者を消して来た。……どやぁ」

 それからネイアによる武勇伝が語られた。

 いかに破壊の力をもってして帝国兵を追い詰め、自分たちの過ちを後悔させ命を対価として償わせたのか。

 聞いていると眩暈を起こしそうな大活劇であった。

「ええと。さすがに冗談……じゃないよね? シエラは嘘をつかないし、ネイアの話はリアリティがあり過ぎる。特にネイア。君の想像力じゃそんな作り話はできないもんね」

「ふふんっ! そうよ! あたしは体験した事しか語れないんだから! よく分かってきたじゃないの、カイト!!」

「……ネイア。……カイトはあなたの事をちょっと小馬鹿にしている」

「えっ、そうなの!? 酷いじゃない! あんたのために頑張ってあげたのにぃ!! 酷い、酷い、酷いっ!!」

 カイトは頬を膨らませてジタバタするネイアを見つめながら、同時に呆気にもとられながら、それでも考える。

 結果論になるが、これで良かったのかもしれないと。

 偵察部隊を殲滅したとなれば、何かしらのリアクションが帝国軍から返って来るだろう。

 それを待ってから次の一手を思案するのは悪くないようにも思えた。

 カイトは自分のために骨を折ってくれた二人の天使に謝意を伝える。

「シエラ、ありがとう。ネイア、助かったよ」

「……カイトのためならば、この程度の事は容易たやすい。……むふー。……どやぁ」

「やっとカイトも破壊の力の素晴らしさに気付いてきたようね! もっとあたしを崇めなさい!!」

 その夜、二人は眠りに落ちるまでの間ずっと上機嫌だったという。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 カイトたちがアルゴートへ帰って来た。

 門と一緒にユリスが創った新たな物見やぐらで見張りをしていた当番の男が声をあげる。

「カイト様がお戻りになったぞぉぉぉ!!」

 その知らせを受けて素早い動きを見せる者たち。

「リザ嬢ちゃん! 軽食を任せても良いか!?」

「うんっ! ヘルムートさんは回復薬ね! とっても濃いヤツお願い!!」

 二人はアルゴートの中でもカイトの生態についてとても詳しい。

 人間に限ればカイト有識者の一番と二番である。

「は、はぁ……へぇ……。ああ、良かった。門が見える。今度は幻じゃない……」

「……カイトの意識レベルが低下している。……でも、多分準備は万端。……想定通り。……門の付近にリザとヘルムートを確認。……私でもちょっと引くくらいの救護態勢。……人間の力は結構すごいと言わざるを得ない」

 行きの道中で二度死にかけたカイトが、帰りの道中で二度死にかけるのは理にかなっている。

 むしろ、きっちりと体が仕事を放棄している分、健康な証拠とも言えるだろう。

「ほーんと、人間ってひ弱よねー。カイトは特に。あんた、エルフの女の子よりも弱いのね」

「……ネイア。……カイトの長所を身体能力に求めてはダメ。……むしろ、短所があるからこそ長所が輝くと置換すべき」

「はいはい。シエラのカイトについての話も聞き飽きたわよ。仲が良いわよねー。さて。あたし、その辺を飛んでくるから!」

 ネイアが飛び去ったのと、カイトがパタリと倒れ込んだのはほとんど同時だった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「いや、助かったよ。リザ、ありがとう。ヘルムートさんも」

 カイトが倒れてから一時間半。

 リザの膝枕で回復薬を口に流し込まれて、意識が戻ったら無理やり食事をとらされる。

 もはやアルゴートの名物になりつつある、「領主復活の儀」であった。

「もぉ! やっぱりカイト一人で外に行かせるのは心配だよぉ! すぐ死んじゃうもん!」

「いや、死んではないよ? いつも死にそうなところでギリギリ助かってるからね!?」

「それよりも、カイト様よぉ!」

「俺の命の話をそれよりも!? ヘルムートさんも酷いなぁ」

「ユリス様がな! なんと露天風呂を創ってくれたんだよ! なんでも暇だったからとかで! 効能は疲労回復、魔力も回復、傷の治癒促進と盛りだくさん! 一番風呂はカイト様にって話になってんだよな! ってことで、お待ちしてたって訳よ!! さっさと入ってくれよ! 後ろが順番待ちで大渋滞してんだから!!」

 リザとヘルムートに担がれて、カイトは露天風呂に移動した。

 そこではライオンの口から絶えず薬湯が注がれており、確かに入浴施設らしかった。

「俺には分からないけど、風呂って外で入るものなの?」

「なんかね、東の方にある国の施設らしいよ! ユリス様が言ってた! ほらほら、カイト! 一番風呂を味わって来てー!! 元気にならなきゃだよっ!!」

 回復薬を飲んだとは言え、疲労感はまだまだカイトの体を重くしている。

 ならば、リザやヘルムート、そして領民の厚意に甘えるのも良いかと思えて来るのは、疲労に思考を支配されているからなのだろうか。

「そういうことなら。代表してまず俺が湯の浸かり心地を確かめて来るよ」

「はーい! ゆっくりして来てね! でも、のぼせないように、だよっ!」

 リザから着替えを受け取って、カイトは脱衣所へと向かい服を脱ぐ。

 三日ほど歩き通しだったため、自分で思っていた以上に体が汚れていた。

「これは、しっかり綺麗にしないといけないな」

 まず体を隅々まで洗い清めたのち、カイトは湯船に浸かった。

 少し薬湯の匂いが鼻をつくが、気になるほどでもない。

 それよりもあまりの気持ちよさに思わず声が漏れた。

「くあぁぁぁ……。これは気持ちが良いなぁ……。蕩とろけそうだ」

 リラックスの極致を満喫するカイト。

 油断し切っていた。

「なんなのよ、ユリスてばさっ! あたしが汗臭いとか言うのよ!? そんなことないわよね!? 性格と一緒で鼻も曲がったんじゃないの?」

「……ネイア。……事実と向き合う必要がある。……私たちは現在、清潔とは言い難い」

「う、うわぁぁぁぁっ!? なんで二人が入って来るんだ!? って言うか裸じゃないか!!」

「……? ……カイトの慌てる意味が不明。……お風呂は衣服を脱いで入るもの。……服を脱がないいで入ったら、リザに怒られる」

「いや、そう言う事じゃなく! 分かった! 俺が出て行く!!」

「何言ってんのよ、あんた! このネイアさんから逃げる気? そぉーれ!!」

「ふがっ」

 慌てて逃げようとしたカイトは、ネイアに捕獲される。

 天使からは逃げられない。

 思わぬ混浴が始まった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「やー! 肩が凝ってたから、これは助かるわねー! すっごく楽になったー!」

「……性別によって肩凝りの理由は異なる。……特に女性は乳房の重さが負担になる事が多い。……ネイアのそれは、多分負担にならない。……ちょっと厚かましい」

「なぁっ!? ねぇ、カイトぉ! シエラが酷い事言ったんだけど!! あたしだって胸あるし! シエラが大きすぎるだけでしょ!? ほら、ここにあるじゃんか!! ねぇ!?」

「……否定。……ユリスの方がはるかに大きい。……私は普通。……例を挙げるとリザは私と同サイズ。……対して、ネイアは微量。……お気持ち程度。……薄目で見ると消えてなくなるくらい。……元気出して」

「べ、別に、おっぱいの大きさが全てじゃないでしょ!? あたし強いんだから!」

「……それはそう。……だけど、特に人間の女性にとって胸の大きさはある種のステータスと聞く。……ネイアのそれは数値化すると多分残念。……元気出して」

「な、なんで!! セリフの最後にあたしを励ますのよ!? 別に元気なんだけど!? ええっ!? あたし、そこまで気を遣われるほどなの!? う、嘘よ!! 嘘ぉ!!」

「……ネイア。……元気出して」

「むきーっ!! 何よぉ!! あたしだって……あるもん……。あるよね……?」

 天使のお風呂トークを聞きながら、良識ある領主様はと言えば。