「えっ」

「ふぅーん? あんたが起こしたのね? 人間にしてはやるじゃない! んーっ! 退屈だったわー!! ふぃぃー! 肩凝ったぁー!!」

「……ネイア。……久しぶり」

「あっ! シエラじゃない! 何よ、あんたがこの人間に命じたのね!? さっすがー! 大天使は分かってるわね!」

「……違う。……ネイアを起こすように提案したのは、ユリス」

「はっ? げぇーっ! なんであんたがいるのよ、ユリス!!」

「ボクだって別に君に会いたいから来た訳じゃないのだよ!!」

 ネイアの勢いは凄まじく、カイトの割って入る隙が見当たらない。

 彼はしばらく言い合いを続ける天使たちを眺めていることにした。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 ユリスとネイアの口喧嘩は収まる気配を見せない。

 それを座って眺めていたカイト。

 隣にシエラがやって来た。

「本当に仲が悪いんだね。あの二人」

「……そう。……でも、深刻に仲が悪ければ口論もしない。……その点を考えると、関係は悪い寄りの良い」

「ますます分からなくなってきた。天使にも色々いるんだなぁ」

「……それはそう。……天使という概念で存在している私たちが全員同じ個体のはずがない。……そこは人間と一緒。……個性がある」

 シエラはエルフの料理長・フレデリカに渡されていた彼女専用の弁当箱からパンを取り出した。

「……このサクサクしたパン。……私は好き」とオヤツを食べる大天使。

「まったく! 久しぶりに言葉を交わしたが、君は本当に中身のない事ばかり口に出す! もう少し何を喋るか吟味してから実行に移せないのかね!?」

「余計なお世話ですぅー! あんただって、よくもそんなに憎たらしい口調をキープできるわね! 頭の中に嫌味なセリフが詰まってるんでしょ! あー、やだやだ!!」

 永遠に続くかのように思われた口喧嘩だったが、先に折れたのはユリスだった。

 視界の端にカイトが見えたらしく、「そう言えばボクは彼のためにここまで来たのだった」と思い出したらしい。

「やれやれ。もう疲れたのだよ。ネイア。そこにいる人間が君を起こしてくれた恩人だ。名前はカイト・フェルバッハ。若いが有能な人物で、アルゴートという地を治める領主なのだよ」

 ネイアは「へへっ! あたしの勝ちね!」と嬉しそうにしたのち、カイトの前にやって来た。

「あんたがねぇ? まあ、ユリスは無駄な情報ばかり口にするけど、絶対に嘘はつかないし。信じたげるわ。それで、どーやってあたしを目覚めさせたのよ? あんた、神官や僧侶には見えないけど?」

 カイトはいつものように、《目覚まし》について説明をした。

「多分伝わらないだろうな」と思いながら。

「はぁ? 意味分かんないんだけど! 人間のスキルごときでこのネイアさんが目覚めさせられたって言うの!? もっと笑えるジョークの方があたしは好みだわ!」

 やっぱり伝わらなかった。

 ここで出番が訪れるのが大天使であるシエラ。

「……ネイア。……カイトの言う事は全て真実。……私も封じられていたところを、カイトのスキルで起こしてもらった。……ユリスも同様。……そして私はカイトに使役されている。……主の悪口を言うのはネイアであっても見過ごせない」

「ええっ!? ちょ、ちょちょ! 待って! ちょっと色々と信じられない事が!! まずシエラ! あんたって封じられてたの!? 自分から眠ってた訳じゃなくて!?」

「……そう。……ただ、記憶が全くないから、誰がどうやって私を封じたのかは不明」

「そうなの。大変なのね。って、そうじゃないわよ! 大天使のあんたが、人間に使役されてんの!? このヒョロヒョロした人間に!? あ、ごめん、今のなし! ええと、無駄を極端に削ったボディの人間に!?」

 ネイアは彼女なりにしっかりと気を遣った。

 気を遣おうが相手を傷つけることがあるのは、天使も人も同じだった。

「ええと、発言しても良いでしょうか? ネイア様?」

「あ、良いわよ? あんた、結構礼儀正しいのね。貴族だっけ。ふぅーん」

「ありがとうございます。ええと、シエラの言った事は全てが本当の事でして。俺の《目覚まし》は誰に言ってもそんなスキル知らないと首を振られるくらいレアなものみたいなんです」

「へぇー。まあ、ユリスだけじゃなくてシエラまで封印から起こしたって言うなら、大したものね」

 カイトは重ねて「ありがとうございます」と頭を下げた。

「そこでですね、ネイア様。突然ですが、俺の領地に来ていただけませんか?」

「はぁ? それは嫌! あたし、ドンディナが気に入ってんのよ!!」

 ユリスが「やれやれ」と何度目か分からないため息をついた。

「ネイア。よく周りを見てみたまえよ。この荒れ果てた土地が気に入っているのかね? だとしたら、眠っている間に嗜好が変わってしまったと諦めるが」

「何言ってんのよ。ドンディナは金と賭博で栄えた眠らない都市で……ってぇ! ふぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!! あたしのドンディナ、滅びてるじゃん!!」

 ネイアはよろよろと地面に降り立ち、宿っていたかつての都市の荒廃ぶりに落胆する。

 シエラが言った。

「……それは当然。……どうやら、私たちが活動していた時代から数百年が経っている。……人間の寿命は短い。……そして、都市の寿命も」

「うぅ……。あたしのドンディナがぁぁ……。頑張ってカスタマイズしたのにぃ……」

 カイトとユリスはアイコンタクトで意思疎通を試みる。

「勧誘するならばここしかないのだよ」と。

「ネイア様。良ければ俺の領地に住みませんか? まだまだ発展途上ですが、領民たちも活気に溢れていますし、歓迎させて頂きます」

「住み心地はこのボクが保証するのだよ。君の好きな戦いもできる。絶えずモンスターが襲って来る土地な上に、近頃は野蛮な人間まで跳ちょう梁りょう跋ばっ扈こしているのだからね」

 ネイアは秒で答えた。

「行くっ!! いきなり起こされた上にこんなところで置いてきぼりは嫌よ! 連れて行きなさい!! これ、命令だから!!」

 これほどまでに利害が一致すると交渉もスムーズである。

 カイトは早速アルゴートのプレゼンを「うちの領地の良いところ」と題して語り始めた。

 そんな彼の背後には、凶暴な肉食獣型のモンスターが何十匹も集まっているのだが。

 それに気付くのはあと一分ほどかかる。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「おわぁ!? なんだこの数!? どこから出て来たんだ!?」

 モンスターに気付いたカイト。

 驚き戸惑う人間を真実に導いてあげるのが天使。

「ずっといたじゃない。気付いてなかったの?」

「……カイトはただの人間。……戦士じゃない。……無理を言ってはダメ」

「ボクは話の腰を折るのはどうかと思い、黙っていたのだよ」

「教えてくださいよ!!」

 カイトの言い分はもっともだった。

 人はモンスターに囲まれると委縮する。

 領地の良いところがどこなのかも忘れるほどに。

「それじゃ、あたしの魔法を見せてあげるわ! せっかくだから見ておきなさい、カイト! おりゃあっ! 『デストロイ』っ!!」

 ネイアが魔力を込めた拳を振るうと、あるモンスターは灰になり、別のモンスターは全身から血を噴き出し、カイトの目の前にいたモンスターは爆発四散した。

「どうよっ! これがあたし! 破壊の天使・ネイアさんの実力よ! 用心棒としてこんなに頼りになる天使はいないわよ! それに何より、あたしみたいな可愛い天使がいるってだけで、領地の価値も上がるってもんだわ!!」

 ユリスは呆れてネイアの情報を総括した。

「このように、品性は欠片かけらもないのだけれどもね。戦闘力だけはボクも認めている……。と言うか、認めざるを得ないのだよ。分かったかい? カイトくん」

 若き領主が治めるアルゴートの守護天使として、この上なく強力な助っ人を得る事に成功した瞬間であった。


 ドンディナを発ったカイトたち。

 行きに日が昇って沈むまでの時間を要した道中だったが、帰りはその三分の一の時間で済んだ。

 ネイアがカイトを運んだからである。

 シエラとユリスは「できるだけカイトに負担がかからないように」彼を運んだが、ネイアは「速く着く方が良いでしょ!」と言って、カイトの入った籠を持つなり高速で飛行を始めた。

 そのスピードは凄まじく、カイトは思わぬ恐怖体験をする事になった。

 彼は「次からは絶対に自分の足で歩こう」と、何度目になるか分からない筋力トレーニングを誓ったと言う。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 新しい住処すみかに到着するなり、ネイアは興奮気味にはしゃいだ。

「すっごいじゃない! アルゴート!! こんな街、見た事がないわ!!」

「は、はひぃ……。気に入って……頂けて……嬉しいです……。ネイア様……」

「あたしの事はネイアで良いわよ! ユリスと違って気さくな天使が売りだから! フレンドリーにいきましょ!! ちょっとぐるっと一周して来る!!」

「ご、ごゆっくり……」

 もはや遠出をすると五割以上の確率で死にそうになるカイト。

 今回の遠征でその割合はさらにアップした。

 門の前でアンデッドみたいにうな垂れていると、リザが駆け寄って来た。

 その手には傷薬に回復役。軽食と飲み物。

 こうなる事を予見していたかのような準備に、シエラとユリスも「……さすがリザ」「ふむ。さすがなのだよ」と感嘆の息を漏らした。

「だからわたしも行くって言ったのにぃ! ほら、カイト! ゆっくり飲んで! エルフ秘伝の回復薬だって!」

「あ、ありがとう。リザ。まるで俺のお母さんみたいだなぁ」

「そこは恋人って言ってよぉー! もぉ!! ばかぁ!!」

「ごふっ!? げっほげほ……。ゆっくり飲んでるところに酷いじゃないか……」

 カイトが回復薬でむせてさらに体力を削っていると、ネイアが戻って来た。

 彼女はにんまりと笑って、まず確認をした。

「すごいわね! あの建物とか、そっちの施設とか! ユリスが創ったヤツでしょ!? ねぇ、いくつ壊して良いの!?」

「いや、一つも壊しちゃダメですよ」

 どうにか会話ができるレベルの回復を果たしたカイトは、領主らしく相手が天使でもダメな事はハッキリ「ダメ」と言う。

「ええーっ!? なんでよぉ! ユリスの創ったもの壊すのって楽しいのよ! 特別にカイトにも見せてあげるから! 良いでしょ!?」

「ダメです。ネイアを呼んだのはアルゴートを滅ぼすためじゃないからね?」

 ユリスが頭を抱える。

 リザが彼女にも回復薬を勧めると「すまないのだよ」とそれを一気に飲み干してから言った。

「ネイアは昔から、ボクの創造するものを壊して回るのだよ。もう、意味が分からないから途中から止めるのを諦めたのは忌まわしい思い出だ。だが、今はカイトくんの言うように、破壊されては困るのだよ。どの施設にも、人間たちが生きていく上で大切な役割があるのだからね」

「ふぅーん。あのユリスが随分と人間に寄り添ってるじゃない。そこまで言うなら、まあ見逃してあげる! あたし、理解のある天使だからっ!!」

「感謝すれば良いのかね? ああ、ボクは疲れたのだよ。ネイアの家を創ったらしばらく寝るから、起こさないでくれたまえよ」

 そう言うと、ユリスは自分の家の方角へと飛んで行った。

 あれだけ「嫌いだ」と公言しているのに、しっかりと衣食住の世話をするらしい。

 彼女たちは仲が良いのか悪いのか、ますます分からなくなるカイトであった。

「カイト! それじゃあモンスターがいるところを教えなさいよ! 適当に破壊してくるから! 強いヤツが良いわね!」

「それなら、あっちの方に見える丘が良いと思う。何とかっていう、羽の生えたライオンがいるよ。きっと強いんじゃないかな」

「何それ! 面白そう! やっぱ久しぶりに起きて来るとモンスターの種類も増えてるわねー! じゃあ、行って来る! 晩ごはんまでには戻るから!!」

 そう言うと、ネイアは飛び去る。

 彼女の姿はすぐに見えなくなった。

「あははっ。また、強烈な天使様が増えたねー、カイト。でもでも、どうして近くの森とか山を教えてあげないの? そっちの方が近いのに!」

「あそこにはシャイオットが生えてるからさ。まかり間違って破壊されたら、大損失だよ」

 気苦労の絶えない領主様の顔に戻ったカイト。

 だが、これで領民の安全と安心をより強固なものにする事は叶うだろう。

 何よりも大事な問題の解決に、彼はひとまず満足そうに笑う。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 こちらはヘルメブルク。

 フェルバッハ家では、今日も愚か者たちが悪い事を企んでいた。

「今日のワインは格別に美味いな! ふはははっ! おい、次は帝国暦七二八年の白ワインを持って来い! クレオも飲め! 貴様の働きも素晴らしかった!」

「はい! では、頂きます! ふふふふっ、仕事の後の一杯と言うものの良さを僕も理解できるようになってきましたよ」

「こいつ、抜かしおるわ!」

「あはははっ!」

 上機嫌なアルフォンス。

 クレオも一仕事終えて満足そうな表情でぶ厚いステーキにかぶりつく。

「まさか、あれほど簡単に大臣を丸め込めるとはな! やはり私の名前、アルフォンス・フェルバッハが効いたか! ふーっはは!!」

「貴族の方々も有力者が何人も賛同してくださいました! 皆様、皇帝陛下に恩を売りたくて仕方のないご様子でしたからね!」

 彼らが着手していた「アルゴートを帝国の敵と貶おとしめる」作戦は、忌まわしい事に順調な成果を挙げていた。

 まず、皇帝に近い貴族たちの一部を言葉巧みに扇動して、「アルゴートというとんでもない土地がある」と認めさせた。

 これが非常に大きい。

 帝国は専制君主制。

 つまり、皇帝が「あそこは余の敵である」と言えば、その通りになる。

 その皇帝が「臣の意見」として聞き入れるのが貴族たちの考え。

 本来ならば、皇帝に具申できる貴族は民衆の多くの言葉を受けた代弁者としてあるべきなのだが、今の帝国貴族は腐敗していた。

 皇帝が七十歳近い高齢であることから、次期帝位の権力争いレースでいかに先陣を切れるか。

 その一点が帝国貴族の唯一関心のある事柄であり、翻っては全てでもある。

 そこに降って湧いた「危険な土地であるアルゴート」の知らせ。

 反対勢力の出現は何よりも喜ばしい。

 敵がいなければ功を立てることもかなわないのだから、どんなにその信憑性が怪しかろうと話に乗る貴族は多かった。

 既に一部の過激派の貴族では、皇帝に対してアルゴート征伐を申し出ているとの噂を聞いたアルフォンスはこの上なく喜んだ。

「もはやアルゴートの味方をする者など、貴族の間では一人もおるまい! ならば、いつ皇帝陛下の命が下るとも知れぬ! ふっ、ははっ! カイトが自らの無能に気付き、あるべき使命を思い出すのもすぐの事よ!」

「ええ、父上! 兄上の力……いえ、大天使の力を得たフェルバッハ家はもはや敵なし! ゆくゆくは父上が帝国宰相の地位に就かれる事だって夢ではありません!」

「帝国宰相か……! 悪くない! 悪くないぞ!! さあ、クレオ! 飲め! 今宵は朝までフェルバッハ家の輝かしい未来について語り明かそうぞ!!」

「はい、父上! このクレオ・フェルバッハ、父上にどこまでもお供いたします!!」

 カイトがアルゴートの防御を固めたのと時を同じくして、アルフォンスたちの企みも準備が整いつつあった。

 世の中は実に不合理にできていると語らざるを得ない。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 ネイアがアルゴートに住まいを構えて十日ほど経った。

 ヘルムートがリーダーを務めるシャイオット狩り部隊が近くの森から帰って来る。

「お疲れ様です。どうでした?」

「カイト様! へへっ、今日も大量だぜ、見てくれよこれぇ! 何より、魔物が減ったってのはありがてぇ! 今日なんて一匹も会わなかったんだよな!」

「ネイアのおかげですね。暇を見つけてはこの辺りのモンスターを狩ってるみたいだから」

「でも、シエラ様はかなり怒ってたぜ? ……私のご飯の分まで破壊する。……ネイアは馬鹿。とかなんとか!」

 アルゴートの周辺には多くのモンスターが住んでいた。

 辺境のさらに僻地である。

 モンスターもさぞかし住み心地が良かっただろう。

 彼らにとっては気の毒な事に、最近アルゴートに入植して来た破壊の天使はひたすらにモンスターの生息域を消滅させて回っていた。

 アルゴートという街が生まれる前から存在する彼らが駆逐されるのは理屈が通らない気もするが、ネイアが「あたしの方がもっと昔から生きてるし!」と力強い屁理屈でこの問答も破壊してみせたので、カイトはもう何も言わない。

 ヘルムートが言っていたように、シエラの好む獣型のモンスターまでネイアは破壊してしまうのでその点については大天使様が一昨日から説教を続けていた。

 今日は手土産に猪型のモンスターを持って帰って来たネイア。彼女も根気強く話せば分かってくれるらしかった。

「おー! カイトとヘルムート発見じゃん! 何やってんのよ! 戦争の準備!?」

 噂をすれば破壊の天使。

「そんな物騒な事しないよ。アルゴートの名産品を採って来てもらったの」

「ああ! なんかよく分かんないけど、あれだ! キノコね!」

「そう、そのキノコ。ネイアも毎日食べてるでしょ」

「確かに美味しいわよね。でも、エルフが料理したら何でも美味しいんじゃない?」

 ネイアは身も蓋もないことを言う。

「ねーねー! カイト! カイト!! あたし暇なんだけど!」

「モンスターと戦ってるじゃない。毎日色んな種類と」

「モンスターなんてあたしの相手になんないわよ! 仕方がないからシエラに手合わせしてって言ったら無視されるしー! さらに妥協してユリスのとこに行ったら、なんかよく分かんないけど塩投げつけられたわよ!」

 東の果てにある国では、忌々しい客が訪れた際に塩を撒いて祓はらい清める風習があるのだとか。

 カイトは「さすがユリス様は物知りだなぁ」と感心した。

「おや、ここにいたのか。カイトくん、少し良いかね? 農作物の生産量について話が……。良く見れば脳筋もいたのだよ」

「あー! ユリス! さてはあたしとやる気ね!? よーし、かかって来い、来いっ!!」

「やれやれ。かかっては行かないのだよ。カイトくんも脳筋を相手に時間の無駄遣いをしていないで、ボクと建設的な討議をするべきなのではないかね」

「あたしだって難しい話くらいできるわよ!」

「ふむ。たとえば?」

「えっ!? そうねぇ……。アルゴートってさ、狭くない?」

 ネイアの軽い発言が領主の琴線に触れた。

「確かに……。これまでは入植者に向けたアピールポイントばかりを考えていたけど、アルゴートは盆地で居住区はこれ以上増やせない……! うわ、これって結構重大な問題じゃないか!」

 何度も繰り返しているが、カイトはアルゴートを帝国一番の都市にしようと考えている。

 ならば、必然的に人口も増えていくことになる。

 それなのに、住む場所が足りないとは本末転倒ではないか。

「ユリス様。ネイアがすごく良い事を言いました」

「聞いていたよ。聞いてしまったのだよ。この脳筋天使は昔から、急に物事の核心を突くことがある。本人は特に考えずに口にするからたちが悪いのだよ」

「考えてますぅー! 広かったらさ、もっと暴れられると思うのよね、あたし!」

「何も考えないどころか、危険な思想が渦巻いていますが?」

「分かった。ボクとカイトくんで領地の拡張について話し合おうじゃないか。脳筋はあっちに行っているのだよ。ふむ。ヘルムートくんでも追いかけていたまえよ」

「えっ!? ちょ、ユリス様!?」

「仕方ないわねぇー。ほら、ヘルムート。三十数えるから」

「うおっ!? マジかネイア様!?」

「お祈りを済ませなさいっ!!」

「いや、鬼ごっことかかくれんぼですらねぇのかよ!!」

 それから二日ほど、カイトとユリスはリザや、どうにか生き延びたヘルムートも交えて領地拡大計画の立案書を作り上げた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 前述の通り、アルゴートは盆地。周囲はけわしい崖で囲まれている。

 つまり、居住区を増やすには新しい土地が必要となるのだ。

「ネイア。崖を削ってくれる? 大ざっぱにで良いから。そうしたら、ユリス様が創造の力で地面を舗装していく」

「崖かー。まあ、破壊するにはちょっと刺激が足りないけどー。とりあえず力を使えるならいっか! じゃ、やるわよー! でりゃあっ!!」

 この日から、アルゴート拡大計画がスタートした。

 盆地の外の森や山にもいずれは手を伸ばす予定になっているが、まずはなるべく一塊の都市としての形を作りたい思惑がカイトにはあった。

 先日の野盗襲撃事件のように、どこかの不ふ埒らちな輩やからが攻め込んで来た時に都市を縦長にしてしまっては防御力の脆弱な部分が生まれてしまう。

 よって、まずは崖をある程度まで壊して、盆地の拡張を試みる事になった。

「うりゃ! たぁっ! そりゃあっ!!」

 ネイアは毎日崖を削る。

 彼女なりに手加減をしてくれているらしく、それほどの被害もなく計画は進む。

「カイトくん……。ボクの創った新しい家がネイアの投石で壊れたのだが……」

「またですか」

「これで八軒目なのだよ」

「分かりました。俺が言います。ネイア! ちょっと来てくれる!?」

 崖と戯れていたネイアが地上に降りてくる。

「何よ、カイト。あ、分かったー! あんたもやりたくなったんでしょ? 良いわよ! あたしがレクチャーしてあげるわ!」

「いや、俺にはちょっと早いかな。絶対骨折すると思う。そんな事よりも、ユリス様が創った建物にやたらと岩が飛んでくるんだけど?」

「あっ、気付いた!? 実はね、狙ってたのよ! 一回で壊せたら百点! 二回連続だと追加で五十点のボーナス!!」

「カイトくん……。ボクには脳筋が何を言っているのか分からないのだよ……」

 カイトも天使たちに揉まれているうちに、いつの間にか交渉術に長けてきていた。

 彼はユリスに的を創らせて、ネイアにはそこに投石をするように言い聞かせる。

 得点に応じてその日の食事が豪華になるという遊びの要素も加えた。

 結果としてそれが功を奏し、作業効率は大幅にアップ。

 予定していた一週間を待たずに土地の拡張が完了した。

「いくつか家も建てたことだし、そろそろこれを創らなければならないだろう」

「何よ? ユリス、何創るの!?」

「これは君にも壊せないのだよ。……よし。ふふんっ。どうだね。やはりこれがなくては。これから先、アルゴートは天使の住まう土地として発展していくのだからね」

 ユリスの創りだしたものは、銅像だった。

 シエラを真ん中に、両脇にユリスとネイア。

 三人の天使が並んでいる、アルゴートのシンボルが誕生した。

 それをアルゴートの中心にある噴水の前に設置すると、なかなか良い塩あん梅ばいである。

 この像を見たいという目的で人が押し寄せてもおかしくないクオリティだった。

「忙しくなってきたな! 俺も頑張らないと!!」

 カイトは天使像を眺めて、やる気を滾たぎらせる。

 アルゴートを開拓し尽くして天寿を全うした際には、自分の像も小さくて構わないからそっと隣に作ってもらえると嬉しいなと、良く晴れた空を見上げて彼は考えた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 穏やかな朝だった。

 昨夜も遅くまで書き仕事をしていたカイトは《目覚まし》を発現させる。

 重たい瞼まぶたが軽くなり、頭の中の靄もやが晴れていく。

 今日も一日頑張ろうと伸びをすると、何やら外が騒がしかった。

「ふわぁー。カイトぉ? どうしたの? おはよー」

「あっ、ごめん。つい《目覚まし》使っちゃった。起こすつもりはなかったんだよ」

「えへへー。平気だよー。カイトが頑張ってる時はなるべく一緒に起きていたいもん! んーっ!! とっても爽やか!! 良いスキルだよねっ、《目覚まし》って!!」

「もうこのスキルを付与されて結構長いのにさ、未だにこういうミスをするんだよね。まだまだ俺も未熟だな」

 リザと朝の挨拶をしていると、何やら怒鳴り声が聞こえてくるではないか。

 カイトの脳裏には先の野盗襲撃の記憶が蘇る。

 だが、今回の相手は野盗ではない。

 相手は整然と行動しており、怒鳴っているのはヘルムートたちだった。

「ですから! 分かんねぇ人たちだな、あんたらも! うちの領主様は昨日も遅くまで仕事してたんだ! せめて昼まで待ってくれって言ってんでしょうが!」

「ならん! 我々は皇帝陛下の勅命を受けてこの地に参ったのだ!」

「皇帝陛下が偉いのは知ってるけどなぁ! 失礼じゃねぇか!? まずは門で待って、領主様の許可が出てから入るのが筋ってもんだろうがよ!!」

「黙れ! 貴様と話していても埒が明かん! 領主の家はここで間違いないな!?」

 カイトがカーテンの隙間から覗くと、そこには大勢の人間がいた。

 彼らは軍隊であり、前列に重装兵が並ぶ。

 後列には魔法兵が同じように、規則正しく立っていた。

 彼らの鎧やローブには帝国のシンボルマークが描かれており、どうやら本物の帝国軍と見て間違いないようである。

「何事だろう。まあ、何にしても俺が行かないと騒ぎは収まりそうもないな」

「平気かなぁ? なんだか、すっごく怒ってない?」

「んー。どうだろう。まあ、アルゴートは帝国の拠点のどこから来ても相当な距離があるからなぁ。ハズレくじを引いて苛立っているのかもしれないね」

 そう言って、カイトは身なりを整えて扉を開けた。

 ベッドで寝ていたシエラがいつの間にかリザの隣に立っており、彼女に耳打ちする。

 それは、とても不吉な大天使の予言だった。

「……リザ。……いざと言う時に備えて準備を。……外の人間から激しい憎悪の念を感じる。……多分、カイトがまた面倒事に巻き込まれたと見るべき」

「ふぇっ!? た、大変! 分かった、すぐに支度するね!!」


◆◇◆◇◆◇◆◇


 カイトが家から出てくると、ざわついていた領民が静かになり張り詰めた空気が場を支配した。

「俺がアルゴートの領主。カイト・フェルバッハですが。どういったご用件でしょうか?」

「貴様が……。思ったよりもずっと若いな。いや、外見で判断するのは危険か。カイト・フェルバッハ。貴様に皇帝陛下からの勅命を申し渡す!」

 身に覚えのないカイトは、急に出て来た皇帝の名前に少しばかり怯ひるんだ。

 彼も貴族の家で生まれ育った身であるため、帝国において皇帝の力がどれほど強大で絶対的かは理解している。

「私は帝国軍第十三部隊所属、先遣隊のクラナッハ中尉である! カイト・フェルバッハの領地アルゴートに対する殲せん滅めつ、領民捕縛の命を受けて来た! 領主は速やかに投降し、この地を明け渡せ!!」

「なっ!?」

 あまりの急展開に思考が追いつかないカイトであったが、領民まで捕縛しようと言う穏やかではない命令に「そうですか」と下がるような彼ではない。

「いきなり現れてそのように乱暴な命令を聞けるはずがないでしょう! そもそも、アルゴートを殲滅!? どういった理由でですか!? お聞かせ願いたい!」

 クラナッハは眉も動かさずに紙を取り出した。

 そして、続ける。

「アルゴートは帝国に対して重大な反逆行為の準備があるとの情報が各所から上がっている。皇帝陛下も憂慮された結果、煙が立つ前に火種を潰すことになさったのだ!」

「反逆行為!? 冗談じゃない! 何かの間違いです!」

「隊長! あちらの見慣れぬ住居にて、エルフ族を確認しました!」

「そうか。カイト・フェルバッハ。これでもまだ言い逃れができると思っているのか? エルフとまで手を結んでいたとは。この売国奴が!」

 カイトはなおも反論する。

「エルフと共存してはならない法がどこにあるのか」と正当な正義を叫び、「彼らはこの地の大切な住民です」と結ぶ。

 クラナッハは「是非もなし」と判断したらしく、エルフたちの家に向けて手を振りかざす。

 続けて魔法兵に命じた。

「エルフは厄介だ。先に始末せよ」

 カイトは耳を疑うと同時に、事態の深刻さを理解した。

 ここまで強硬な態度を崩さないと言う事は、本当に皇帝勅令で彼らは動いているのだと。

 ならば、ここでの議論など既に意味をなさない。

「待ってください! ちょ、ヤメてくれ!!」

「魔法兵! 『スパイクアロー』! 撃てー!!」

 次の瞬間、家からシエラが飛び出した。

 彼女は珍しく不快感を隠そうとせず、上空から帝国軍を見下ろしたのち、短く呟いた。

「……目標補足。……『ホーリーブロック』。……魔法力反転」

 シエラの構築した光の壁は、魔法兵が撃った『スパイクアロー』を全てはね返す。

 クラナッハの表情が変わった。

「本当に出たか……! 大天使……!! 総員、目標を変更する! あの空を飛ぶ天使を撃墜せよ!! 手加減をするなよ! 相手は神の類だ!!」

「……愚か者もここまで度が過ぎると逆に哀れ。……ネイア」

 シエラが指笛を吹くと、破壊の天使ネイアが降臨する。

 緊急時のサインは彼女たちの間で決まっていたのだ。

「なにこいつら! シエラ、これって敵? 人間ってどれも一緒に見えるからさー! どれが敵か教えてくれるかしら!!」

「……あの不細工なマーク。……あれが付いている鎧やローブを着ているのは全て敵。……領民のみんなに怪我させちゃダメ」

 ネイアは「はいはい! 了解!」と返事をすると、急降下して魔法兵の隊列に襲い掛かる。

「あんたたちは先に潰しといた方が良さそうね! 『デストロイ』!!」

「う、うわぁぁぁ!! 地面が割れて!?」

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!! 隊長! これは無理です! た、助け……!!」

 クラナッハの判断は早く、正確だった。

「全軍、一時退却! 先遣隊としての任務は果たしたものとする! 全員、命を守る事を第一に馬がいる地点まで急げ!!」

 好き勝手に無作法を働いて帰りたくなったら帰る。

 それでは勘定が合わないとネイアは考えた。

「ちょっとあたし、こいつら追い払って来るわね! そぉぉれ! 『デストロイ』!! あたしは破壊の天使、ネイアさんよ! 痛い目に遭いたくなかったら、二度と来ない事ね! やっ、あたし的には来てくれても良いんだけど!!」

 ネイアの追撃を止めようとするカイト。

 それを制するのはシエラ。

「……カイト。……これで良い。……今は徹底的に追撃させて、この地に手を出せない印象を植え付けるのが大事。……ここでの甘さは命取り。……後になって絶対に後悔する」

「そうか……。そうだね……」

 結局、帝国軍の先遣隊はシエラとネイアの活躍で呆気なく撃退に成功した。

 だが、「帝国に逆賊と認定された」事実は、カイトの心に暗い影を落とすのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 どうにか逃げおおせる事に成功したクラナッハ小隊。

 兵の三分の一を失っていた。

 隊長は端的に状況を見定める。

「天使は一人ではなかったのか。少なくとも二人確認できた。もしかするとまだいるかもしれん。急ぎ本陣に帰還し、報告するぞ! ついて来れない者は捨て置く! 私に続け!!」

 この一件は、これから始まる大きな騒動のほんの始まりに過ぎない。