しっかりと酔っていたリザさん。

 カイトは「酒はほどほどにしておこう」と肝に銘じた。

「……はむっ。……はむっ。……やはり、エルフ族の料理は絶品。……特にスパイスの使い方が違う。……肉も魚も美味しいとか、これはもはや事件。……はむっ」

 いつの間にか宴が始まっており、シエラは山のように積まれた料理と幸せそうに格闘していた。

 カイトも少しばかり摘まんでみたが、確かに味は無類のものだったと言う。

「カイト様! 私、カイト様の事をもっと知りたいです! 皆もそう申しております!!」

「おわっ! いつの間に!? まあ俺の話で良ければ。なるほど。違う種族の話って多分面白いんですよね。エルフさんたちはあまり外と関わらないみたいですし」

 気付けばカイトの周りにはアデルナと彼女の侍女たちが集まっている。

 この豪華な宴席のささやかなお礼として、カイトは求められるままに語った。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「まあ! なんて酷い人たちでしょう! それは本当にカイト様の血縁者なのですか!? そんな、とても信じられません!!」

 アデルナがまず食いついたのは、カイトが実家を追放されてアルゴートに流れ着くまでの経緯だった。

 彼女は自分の事のように顔を赤くして、頬を膨らませて憤慨する。

「いや、まあこればかりは運がなかったと諦めています。子は親を選べませんし、人は付与されるスキルを選べませんから」

「それで、アルゴートを大きな都市にするために、料理人を求めていらしたのですね」

「そうなんです。なにせ、力自慢は多い土地なのですが、料理と言えば、精々焼くか煮るかの程度でして。せっかく貴重なキノコが採れると分かったのに、誰も調理できずに困り果てていたんですよ。ですから、アデルナさんたちが来てくれて良かった」

 アデルナは「とんでもないです!」と首を横に振る。

「カイト様がいなければ、お父様は恐らく助かりませんでした。このご恩は、料理法の伝授だけで済むだなんて思っておりません! 私はエルフの姫として、カイト様とアルゴートの地を応援させて頂きます! お父様もお気持ちは同じはず! だって、初めて聞きましたもの! お父様が自分から同盟の話をするところを!」

 言われて気付く、「エルフ族との同盟についての話」に関する事の重大さ。

 アルゴートという小さな辺境の村を一つの都市として、エルフ族の王と姫が認めてくれている事実は、よく考えるまでもなくとんでもない幸運だった。

 カイトは誰かの意見を聞きたくて、リザを探す。

「ほんっとーにぃ! カイトはさー! 色々とね、アレなんだよぉー!!」

 酔い潰れていた。

 ならば、大天使様がいるではないかとシエラを見る。

「……はむっ。……はむっ。……はむっ。……はむっ。……はむっ」

 食い倒れていた。

 カイトは「領主って孤独な仕事だな……」と、何やら悟りを開きつつ、それからしばらく宴席を楽しんだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 宴もたけなわ。

 ほどよく酔いが回り、空腹も満たされ充実したカイト。

 隣には寝息を立てているリザと膨れたお腹を満足そうに叩くシエラ。

「あの、カイト様?」

「はい。なんでしょう?」

「ルズベリーラにお三方の銅像を作ろうという話になりまして、まずは絵を描かせて頂けませんか? すぐに済ませますので。そのまま楽にしていてくだされば!」

 銅像まで作られる事になるとは、さすがにカイトの想像を超えていく。

 だが、国王が病から解放された国の祝賀ムードに水を差すのも悪いと考えた彼は、「分かりました。できるだけ男前にお願いします。あと、可能であれば筋肉を多めにお願いできますか。ムキムキに」と返事をした。

 すぐにアデルナの手配していた画家が十人ほど集まり、様々な角度からカイトとリザ、そしてシエラのデッサンを行う。

 腕利きの画家たちの仕事は速く、あっと言う間に作業は終わり、カイトたちはベッドメイクされた貴賓室へと案内された。

 彼らが去った後、アデルナが首を傾げていた。

「……シエラ様。どこかでお見かけしたような? ずっと昔に。あっ、神話の書物! ……って、そんな、まさか。偶然ですね」

 アデルナの記憶力は称賛に値する。

 神話に語られる大天使が、食い倒れ天使になっていると予測できる者は誰もいないので、その点は恥じる必要などないと付言しておく。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 ルズベリーラからカイトたちがアルゴートに戻り、二週間と少しが経とうとしていた。

 その間に、アルゴートの生活風景がまたしても劇的なレベルアップを果たす。

「領主様。シャイオット料理のメニューはこのような感じでいかがでしょう?」

「ありがとうございます、フレデリカさん。俺には全部が美味しくて判断がつきません。ですので、全権を料理長であるフレデリカさんにお任せします。下手な意見を素人が出すと現場を混乱させるだけですので」

 カイトの家を訪ねて来たのは、ルズベリーラから派遣されて来たエルフ料理人部隊のリーダーである、フレデリカ。

 彼女を中心に二十余名のエルフたちがアルゴートに移住してきた。

「えっ? あの、お言葉ですが領主様。この地の名物を作るんですよね? 私のような新参者に任せて頂けるのですか!?」

「はい。それが最善だと思います。フレデリカさんたちの料理の腕前を見ていたら、俺じゃなくてもその結論にしかたどり着けませんよ」

 実際のところ、アルゴートの食事事情は変わっていた。

 見た事もない香辛料を使い、聞いたこともない料理手法で作り出される魅惑の食事は、荒くれ者の多いアルゴートの民のハートをガッチリキャッチしている。

「カイト様ぁ!! 農園で育てる品種を増やそうかって話が出てるんだけどぉ! っと、こいつぁすまねぇ! フレデリカ様がいらっしゃったとは!!」

 やって来たのはヘルムート。

 カイトは領民の声をフレデリカに届けようと考える。

「ヘルムートさん、ちょうど良いところに。エルフの料理人の皆さんが来てから、どうですか?」

「もう死んでもいいってくらい幸せだ! 食事ってすげぇなって!! マジで来てくださってありがとうございます!!」

「これが俺も含めた領民の総意ですよ。本当に、今まで食べていたものは何だったのかと」

 ヘルムートはそれから、興奮冷めやらぬ様子で「エルフの料理のここが凄い」をベストテン方式で語り始めた。

 それを聞いていたフレデリカも気付けば笑顔になっており、シャイオットの調理をはじめ、アルゴートの名産品作りの件を引き受けてくれる運びとなった。

「私たちも、アルゴートに来て良かったと思っているんですよ」

「本当ですか? こんな何もない荒野に!?」

「ヘルムートさんみたいに、私たちの料理をこんなに美味しそうに食べてもらえるのは料理人冥利に尽きます。ステキな家も用意して頂きましたし」

「そっちはユリス様の仕事で、俺は何もしていませんけどね」

「何言ってるんだよ、カイト様よぉ! あんたが来てくれたところから、アルゴート発展の道は始まってんだ! もっと自慢げに語ってくれなきゃ、オレたちが困っちまうぜ!!」

「うふふっ。こんなに慕われる領主様の下もとで働けて、私たちも幸せです」

 フレデリカは「それでは、早速メニューの選定に取り掛かりますね」と言って、エルフの居住区に帰って行った。

「それじゃあ行きましょうか?」

「どこに行くんだ? カイト様?」

「ヘルムートさんが言ったんじゃないですか、農園の件。ユリス様にも挨拶しておきたいですし、一緒に行きましょう」

「ああ! そうだった! 行こうぜ!!」

 カイトはヘルムートと一緒に家を出る。

 リザは警備隊を率いてアルゴートの周りを警ら中。

 シエラは恐らく食堂だろう。

 彼女は新作料理の味見役のリーダーを買って出ており、エルフたちが移住して来てからは食堂に入り浸っている。

「それにしても、アルゴートもすっかり華やかになっちまったなぁ!」

「景観は本当に様変わりしていますね。俺が来た時は酷いものだったのに」

 綺麗に舗装された道を歩きながら、アルゴートのビフォーアフターについて語る二人。

 脇には綺麗な水の流れる水路があり、少し遠くに視線を移せば使い道のなかった巨木にユリスが作ったツリーハウスが並ぶ。

 そこに住んでいるのがエルフたち。

 なるべく故郷であるルズベリーラと似たような住まいを提供している。

 農園に着いたら、カイトは仕事をこなす。

 出荷量の調整と、エルフたちが希望している農作物の育成について、ヘルムートとユリスを交えて話し合った。

 それが終わると、カイトは丸太を利用した椅子に座り、もう一度自分の領地を眺める。

 本当に随分と変わったものだと他人事のように感心しながら、カイトは幸せだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「ふむ。領主様が何やら物思いに耽ふけっておられるのだよ。隣に座っても良いかね? 考え事をする時にはボクも混ぜて欲しいのだよ」

 ユリスがやって来た。

 カイトが彼女を拒む理由などない。

「もちろんです。どうぞ」

「エルフのお嬢さんたちから、シャイオットとモンスター肉のサンドイッチをもらってね。これがなかなか絶品なのだよ。君も一つ食べるかね?」

 カイトは「では、せっかくなので」と受け取って、パクりと頬張る。

 シャイオットの濃厚で芳醇な香りとモンスター肉のワイルドなジューシーさによって、お口の中が宝石箱になった。

「それにしても、カイトくん。君の領地はどんどん面白くなっていくのだよ。大変興味深い。これは是非とも後世に語り継ぎたいものだね」

「そのうちの何割かはユリス様のお力ですけど。面白いとは?」

 ユリスは「やれやれ」とため息をついて続ける。

「君は領主として有能だが、肝心なところが抜けている。そこがまた愉快なのだがね。良いかい? 人間とエルフが共存する都市など、ボクは見た事がないのだよ。以前にも言ったが、エルフは非常に排他的な種族で、他種族とは滅多な事では交流を持たない」

「ああ、そういう話でしたね。ラッキーだなぁ。もしかすると世界でここだけかもしれませんね」

「のんきなものなのだよ。君はもっと野心を持つべきだ。例えば、帝国領中央部の人間がこの地を見たら、恐らく腰を抜かすだろうね。そして、大金を抱えて領地を譲ってくれと懇願するだろう。ふむ。帝国金貨一万枚。いや、三万枚くらいは余裕だろう」

 カイトはどんなに大金を積まれても、アルゴートを手放す気などなかった。

 行く当てのない自分を受け入れてくれた、そして一緒に発展してきた大切な領地に金額など付けられるはずもない。

 だが、不意に思い浮かんだのは、実家の父親の事だった。

 アルフォンス・フェルバッハは稀代の名領主として帝国領に名を轟かせている。

 かつてはカイトも憧れた。

 こうして追放された今でも、尊敬する心はわずかに残っている。

 思い付きは、軽い気持ちからだった。

 このアルゴートを父に見せれば、少しは自分の事を見直してくれるのではないか。

 今やこの地は帝国領の中でも類を見ない、珍しい領地となった。

 ならば、名領主と名高い父、アルフォンス・フェルバッハに自分の働きぶりを採点してもらうのはどうか。

 悪くない考えのように思えた。

 ユリスに意見を求めてみる。

「君がやりたいようにすれば良いのだよ。領主とは権力を振るうのも仕事のようなものだからね。優れた第三者の目でアルゴートを評価させ、この地の価値を認めさせるのも今後の発展に役立つかもしれないと思う。好きにやってみたまえ。人間の寿命などエルフはもちろん、ボクたち天使にとっては一瞬の花火のようなものなのだよ。迷っている時間ですぐに老いてしまう。ならば迷いながらも行動をするのがより効率的なのだよ」

「そう……ですよね! ちょっと手紙でも送ってみます!!」

 天使のお墨付きをもらったカイトは、急ぎ自分の家に帰りペンを取る。

 意外と筆が重く、納得できる内容のものを仕上げるには夜までかかった。

 第一稿はあまりにも卑屈な文言が並んでいたため破棄し、第二稿はどうにも品性に欠けている気がしてやはり破棄。

「これならば」と頷けるものは第四稿になった。

 恐らく、アルフォンス・フェルバッハは視察部隊を派遣してくるだろう。

 望むところである。

 今のアルゴートならば、父にだって弟にだって、世界中の誰にだって自慢できるとカイトは胸を張った。

 数日後、たまに顔を出す行商人に手紙を託した。

 実家からリアクションが届いたのは、それから一週間しか経たない時分であった。

 彼の想像とは少し違う反応は、カイトの運命を変えるものである。

 当然のことながら、カイトはまだその事実に気付いてはいなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 急な展開だった。

 アルゴートにヘルメブルクから視察部隊がやって来たのは一週間ほど前の事。

 彼らは目を白黒させながら、大地は荒れ果て、人は痩せ衰えていた、ただの流刑地の変貌ぶりに感嘆のため息をつく。

「すぐにお父上に書状を送ります!」と、髭をたくわえた偉い人が言うので、カイトも「お願いします。まあ、父も多忙でしょうから気長に待ちます」と応じた。

 が、返信はすぐに来た。

 通常ならば手紙のやりとりをするのにも片道十日はかかる位置関係にあるヘルメブルクのフェルバッハ領とアルゴート。

 にもかかわらず、わずか一週間。

 早馬を飛ばして手紙がカイトの元に届いた。

 内容は「貴様の素晴らしい功績を確認した。一度屋敷へと帰参せよ。相応しい褒美を取らせる」との事で、父親に認められた気がしてカイトは喜んだ。

 ならば早速出発しようとなったのが、今朝の事である。

「カイト、わたしも行かないで平気? 途中で倒れたりしない? やっぱりわたし、ついて行こうか!? だって、カイトの傍にいないとだし!!」

 リザはアルゴートに来てから随分と心配性になったと語る。

 カイトの事がとにかく気になるらしい。

 その理由についてここで言及するのは無粋である。

「大丈夫だよ。今回は父が寄越した馬車があるから。これならば、快適な旅ができるから倒れたりしない。それに、シエラもいるから」

「……私はカイトとアルゴートを開拓した大天使。……だから、カイトの実家で美味しいご飯を食べる権利がある。……どやぁ」

 今回の帰省に随伴するのはシエラのみ。

 大勢で行っても迷惑になるかもしれないし、そもそもちょっと顔を出したらすぐに戻ってくるつもりだからとカイトは言った。

「まあ、留守を預かるのはもう慣れたから、ゆっくりと久しぶりの実家を楽しんで来ると良いのだよ。ボクはエルフたちとチェスに興じているから、気にしないで良い。彼女たちは結構強敵でね。ボクもそろそろ本気を出す頃かもしれないのだよ。ふふんっ」

「オレらがカイト様のお留守はがっつり守るんで! とにかく道中、気を付けてくれよな!! お父君にガツンと言ってやるんだぜ!!」

 賑やかな見送りを受けて、カイトとシエラはヘルメブルクへと向かった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 ヘルメブルクの街並みを見てもさほど郷愁の念が湧いてこなかったのは、カイト自身意外に感じていた。

 フェルバッハ領から追放されて半年と少し。

 再びこの地に戻る事はないと思っていたからだろうか。

 懐かしいとも、愛おしいとも思えずに、むしろ前日に発ったばかりのアルゴートに早く戻りたいとさえ感じていた。

 その感情は屋敷に着いても変わらなかった。

 だが、カイトは久しぶりに会う父の前で暗い表情はよそうと、無理に笑顔を作った。

「フェルバッハ家のご長男! カイト様のお帰りでございます!!」

 門番が仰々しく頭を下げた。

 屋敷を追い出された時の冷たい瞳はどこに行ってしまったのか。

「おお!! カイト! フェルバッハの誇る偉大なる長子よ!! 待ちわびておったぞ!! 報告書は全て読ませてもらった! あのアルゴートをよくぞ短期間でここまでの都市にしたものだ! さすがは私の息子だな!!」

「は、はい。お久しぶりです、父上」

 想像していたよりも五倍は上機嫌なアルフォンス。

 と言うか、このようなテンションの無駄に高い父の姿をカイトは知らなかった。

「……兄上。ご壮健で何よりです。何やらご活躍のようで」

「クレオも元気なようで良かった」

 弟も予想よりもはるかに大人しかった。

 彼は優れたスキルを得ていたので、さぞかしその功を誇って来るだろうと思っていたのに。

 何かがおかしい。

 カイトは漠然としているものの、居心地の悪さをハッキリと感じ始めていた。

「おい! 料理と酒を早く運ばぬか! カイト、今日は貴様のために宴席を用意したぞ! 我が自慢の長子に相応しい、贅を尽くした料理だ! 心行くまで楽しんでくれ!!」

「はあ。ありがとうございます」

「……じゅるり。……カイト、食べても良い?」

「もちろん。俺のためだって父上が言ってくれてるんだから、それはつまりシエラのためってことだよ。どんどん食べて」

「……なら、遠慮なく。……む。……エルフの料理に比べると味は落ちるけど、まあそこそこ。……悪くはない。……はむっ」

 そこそこと評価した割にはモグモグと食事に忙しそうなシエラ。

 アルフォンスはカイトに尋ねた。

「そちらのお嬢さんはカイトの恋人か? はっはっは! 甲か斐い性しょうも育っているようであるな!! 可愛い子には旅をさせよと言う!! あれはまことの事であったか!!」

「ああ、いえ。彼女は大天使です」

「もう酒に酔ったのか?」

「まあそうなりますよね。ご説明します」

 カイトはシエラについて、包み隠さず父と弟に話して聞かせた。

 彼女は古いにしえに封じられた大天使であり、アルゴート発展の立役者はシエラであると。

 いくつか大天使の能力についても教えるカイト。

 その度に「おお!」「なんと!?」とアルフォンスは驚きを隠そうともしない。

「そ、それでは、大天使様はアルゴートに住まわれていたのか!?」

「ああ、いえ。本格的な封印だったので、俺が偶然スキルで彼女を起こしてしまったんです。本当に偶然で、幸運でした」

「す、スキルぅ!? あ、兄上のスキルって言うと、ニワトリ!? ああいや、違う、違う!! 《目覚まし》ではないのですか!?」

「ああ。その《目覚まし》は万物のいずれにも効果があるらしくて、実はもう一人、創造の天使様もこのスキルで起こしたんだ。今はアルゴートの発展に寄与してもらっている」

 アルフォンスはクレオに「ちょっと来い!」と言って、一時退席した。

 大きな食堂にポツンと残されたカイトとシエラ。

「ごめんね、シエラ。あれが俺の父親と弟。正直に言って欲しいんだけど、どう感じた?」

「……はむっ。……はむっ。……狡こう猾かつで卑しい魂胆が透けて見えた。……あれとカイトに同じ血が流れていると考えると、人間の神秘を感じる」

 シエラの感想は辛辣だった。

 だが、しっかり本質を捉えているとカイトも思った。

 その感想はすぐに現実のものとなる。

 人間の醜さとは、かくあるべしか。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「いや、すまなかったな、カイト! どうした、酒が進んでいないじゃないか! どれ、私が注いでやろう!! さあ、飲め、飲め!」

「ああ、すみません」

「兄上! やっぱり兄上は僕の尊敬する人物だったようです! まさか大天使様を使役なさるなんて! このクレオ、感服いたしました!! やはり、フェルバッハ家は兄上がいなければ!!」

 カイトは返事をするのも馬鹿馬鹿しくなって、本題に斬り込んだ。

「何かお話があるようですが?」

「さすがは我が息子! 察しておったか!! 実はな、大天使様のお力を借りて、我がフェルバッハ領をさらに拡大していこうと考えておったのだ! どうだ、悪い話ではなかろう? ゆくゆくは貴様が受け継ぐ領地であるぞ!!」

「僕の領地にも少しばかり御助力頂けるとありがたいですなぁ!! なかなか苦戦しておりまして!! 昔から、僕が困ると助けてくれていたではありませんか、兄上!!」

「質問があります」

「ああ、ああ!! 何なりと聞いてくれ! 我が息子よ!!」

「アルゴートはどうなります?」

 カイトの言葉を受けて、アルフォンスは一瞬、苦虫をかみ潰したように顔を歪めた。

 彼は思い出していた。

「そうだ。これが俺の知っている父上の顔だ」と。

「あのような土地はもうどうでも良いのだ! 充分に発展させたのだろう? ならばもう放っておけ! あそこは場所が悪い! 帝国領の僻地だから、せっかく発展しても利便性の面から見ればやはり所詮は元流刑地よ。カスを育ててもそれなりだ! であればこそ、新たに未来ある大地を発展させようではないか!!」

 アルフォンスはやってはならない事を二つ犯していた。

 一つ、カイトの前でアルゴートを貶けなした事。

 領主としての責務と誇りを持っている彼にとって、それは最大の侮辱であった。

 二つ、アルゴートはシエラの故郷のようなもの。

 それを大天使の前で「どうでも良い」などと宣のたまってしまった。

「……カイト? ……私、すごく不愉快。……攻撃の許可を求める」

 カイトは「いや」と首を振って、父と弟に短く答えた。

「俺がどうかしていました。あなた方とはどうやら、価値観が変わってしまったようです。俺はこれからもアルゴートを帝国領で一番の、いや、世界で一番の領地にしてみせます。では、失礼します。領民が待っていますので」

 シエラは不満顔だったが、カイトが「帰ろう」と言うので仕方がなくついて行く。

 心中穏やかでないのはフェルバッハの父と弟。

 金の卵を産む鶏になったカイトを逃してなるものかと、声を張りあげる。

「ま、待て! カイト、待て!! もちろん、フェルバッハ家の次期当主は貴様だ!! それでは不服か!? ならば、望みのものを言え! 何でも用意する! だから行くな!! おい、ここまで育ててやった恩を忘れたのか!?」

「そうです、兄上! あなたはこのフェルバッハ家を見捨てると、そうおっしゃるのですか!?」