4章 嵐、渦巻く
アルゴートへと戻って来たカイトたち探索チーム。
ユリスが「ほら、あれがうちの領主だ! 一番ひょろっとした男なのだよ!」とカイトを指さした。
「あれ? ユリス様? わざわざお出迎えですか? なんだかすみません!」
「あなた! あなたがこの地を統べる者ですか!?」
「おわぁっ!? 確かに俺がアルゴートの領主ですけど!? な、何事ですか!?」
七人のエルフに囲まれたカイト。
よく見ると全員が女性であり、事情は分からないが緊迫感だけは伝わって来る。
「カイト!? ちょちょ、ちょっとあなたたち、落ち着いてよぉ! そんなに押したらカイトが潰れちゃうってば!」
「……リザ。……私の出番?」
さすがのカイトもこの程度では潰れないし、シエラの出番でもない。
「分かりました! ちょっと失礼! すみません、岩に荷物だけ置かせてもらっても? ちょっと重たくて。それで、何のご用ですか? 代表の方はおられますか?」
興奮気味だったエルフたちも、見るからに頼りなさげなアルゴートの若き領主を見て冷静になったらしく、集団のリーダーが名乗り出た。
「誰かと話す時のカイトの態度。あれって才能だよねー。気付いたらペースに巻き込まれてるんだもん」とリザは感心した。
彼は全く意図していないのだが、そこがまた恐ろしい。
「私はアデルナと申します。急に押しかけてしまい、申し訳ありません。まずは失礼をお詫びさせてください」
「これはどうも、ご丁寧に。俺はカイト・フェルバッハと申します。何かお急ぎのようですし、気になさらないでください」
エルフの代表者はアデルナと名乗り、その態度からは気品を感じさせた。
特徴的な耳の形と、美しい宝石の髪飾りが目を惹く。まるで絵本の中から飛び出してきたような金髪は存在感をありありと放ち、見る者を圧倒する。
エルフはあまり他種族とは関わらないと帝国領では伝えられており、実際のところカイトも会話はもちろん、目にするのはこれが初めてであった。
じっとカイトを見つめる紺碧の瞳が焦っている事は明らかであるため、カイトはすぐに本題へと誘導する。
「ご用件を伺ってもよろしいでしょうか?」
「は、はい。私の父が長年患っていた病を悪くして、死に瀕しております。エルフの里に伝わる文献に、この地方にはどのような病も治してしまう薬草があると記されており、無礼を承知でやって来ました。領主様、どうか近隣の森や山に入る許可を頂けませんか!?」
カイトは「なるほど」と短く返事をした。
そののち、ゴソゴソと背負っていた籠の中をあさり、目的のものを探す。
「あ、あの! 当然ですが、目的の薬草以外のものには手を出しません! 決してこの地の領民にもご迷惑をかけません! 領主様はエルフ族がお嫌いでしょうか!? でしたら、すぐに立ち去りますので、どうかご許可を!!」
思ったよりも籠の中がゴチャゴチャしていたせいで時間を取られてしまい、それがアデルナの不安を煽る事になった点をカイトは反省した。
反省していたところ、やっと探していたものが手に触れる。
「ああ、あった! これだよな? うん。間違いない。けど、しまったな。底の方になっていたせいで少し潰れてるぞ。……ええと。あなたがお探しの薬草とは、もしかするとこれですか?」
「なっ!? み、みんな! 確認して!! 文献を!!」
慌てて集合するエルフの乙女たち。
本当に古びた文献を取り出して、「恐らくこれでは」「多分間違いないのでは」と自信なさげに協議している。
「ええと、帝国の書物は読めますか?」
「は、はい! 私は読めます!!」
「それなら良かった。これが帝国出版の出している最新の植物図鑑です。この草、天空の露草というものみたいなんですけど、お探しのもので間違いないですか?」
「し、失礼します! ……はい! これです! この薬草です!!」
アデルナの表情がパッと明るくなった。
すぐに残りの六人が見た事もない貴金属や宝石を差し出してくる。
「ええと……。これは?」
「こちらではお代になりませんか!? でしたら、後日、里にあるものを何でも持ってまいります! ですから、どうかこの薬草をお譲りください!!」
「ああ、どうぞどうぞ。お持ちになってください」
「……良かった! では、ひとまずこの宝石を!」
「あ、いえいえ! 何もいりませんよ!! 俺もたまたま拾っただけですし。うちの領地には幸いなことに重病人はいませんから。長老の腰痛に効くかなと思っていたんですけど、まあケベルトさんには別の薬草を貼っておけば良いでしょう」
「失礼ですが、正気ですか!? 採取レベルSと図鑑にも書いてありますが!?」
「失礼だなぁ。正気ですよ! 俺がたまたま拾うレベルですから、お気になさらず!」
カイトが続けて「早く里に戻られた方が良い。お父上に万が一の事があれば大変です」とアデルナたちの背中を押した。
彼女は目に涙を浮かべて「ありがとうございます!!」と何度も頭を下げる。
続けて指笛を鳴らすと角の生えた馬のような生き物がやって来て、それに跨ると彼女たちはまさに風のように駆けて行った、
嵐が去った後、ユリスがやって来る。
「やれやれ。酷い目にあったのだよ。ボクはあの手の騒動は苦手なのに、カイトくんたちは帰って来ないし。まったく、困ったものだ。このボクを不安にさせるとは、今の時代というのは面白くもあるが。ううむ、ちょっと怖いのだよ……」
「すみませんでした。しかし、何でも拾ってみるものですね。彼女たちのお役に立てて良かった」
ユリスは更に深いため息をついて、カイトを見る。
「君の欲のなさも大概なのだよ。これは領民が苦労するだろうね。ただ、ボクを含め、領民たちに愛される領主の素養を持っている事も保証しよう。はっはっは」
カイトは「恐縮です」と頭を下げて、戦利品を村へと運び込む。
結局シャイオットを調理できる者はいなかったが、噂に聞く高級食材を見て領民は大いに沸いた。
薬草もヘルムートがすぐ傷薬に調合すると張り切っており、今回の探索は大成功だったとカイトは日誌に書き記すのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
それから二週間ほど経った、ある晴れた日。
前の晩も遅くまで書き仕事をしていたカイトは、昼前にもかかわらず居眠りをしていた。
そこにヘルムートが駆け込んで来た。
「カイト様ぁ!! うぉい! 寝てる場合じゃねぇよ! カイト様ぁ!! どんだけのんきに過ごしてんだ、あんたって人は!!」
「ふがっ!? あ、ああ、ヘルムートさん。ちょっと失礼。……《目覚まし》!」
「目は覚めたかい!?」
「ええ。もうスッキリと。それで、何事ですか? 敵襲ですか? ついにアルゴートにも!」
「そうなんだ! エルフの大群が侵略に来たんだよ!!」
「いや、すみません。冗談ですよ?」
「こっちゃ冗談じゃねぇんだって!! いいから、鉄の胸当てして! 早く来てくれぇ!! ただ、あんたは体弱いんだから、防具を重ね着して!!」
カイトはヘルムートに戦支度をされながら、「もう二度としょうもない冗談を言うのはヤメよう」と、嘘から出たまことに渋い顔をした。
見張り小屋のところまで行くと、本当にものすごい数のエルフが押し寄せていた。
それを村の若い衆とリザが中心になって、どうにか侵入を阻んでいる状態である。
「ヘルムートさん。ダメだ。降伏しよう」
「なんであんたはそう平和主義なんだ! 戦いの指揮を執ってくれよ!! 領地の一大事に先頭に立つのも領主の仕事だぜ!!」
「無理ですよ! 相手の数を見て下さい! 五百人くらい優にいるじゃないですか! うちの領民の数を知っているでしょう!?」
「そうなんだよ! もちろん知ってるぜ!! だからよ、せめて士気では負けねぇように! 領主の号令を頼む!!」
カイトがヘルムートと問答をやっていると、その声がエルフの集団に捕捉されたらしく一団がなだれ込んで来た。
「カイト! そこにいたら危ないから、逃げて、逃げてー!!」
「リザ……。もうちょっと早く言ってほしかったなぁ。もう無理だよ、囲まれちゃったもん」
異国の言葉でこのような状態を
カイトは「そんな事を覚える暇があったら、剣の素振りをもう少ししておけば良かったなぁ」と、在りし日の実家暮らしを憂いた。
こうなると、次はどうされるのだろうか。
カイトは領主としてまだまだ新米なため、侵略されるのも初体験。
この後の展開が分からないのは不安だった。
だが、彼は豊富な知識を得るために座学に励んで来た男。
「多分、
せめて領民は見逃してもらえると良いなと思案していると、ドレスを着たエルフの少女が集団から出てきて、カイトの前に
何をされるのだろうか。油断させてからの不意打ちだろうか。
そんな彼の予想に反して、少女は顔を上げる。
「領主様! 私の顔をお忘れでしょうか!?」
「……ああ! アデルナさん!? この前、草のお裾分けした!!」
草ではなく、採取レベルSの薬草である。
「そうでございます! 今日は、お礼に参ったのです! 申し訳ございません、またしてもこのように押しかけてしまいまして。ですが、国の王を救って下さった英雄様に一目会いたいと誰もが申しておりまして!!」
カイトは意味の分からない部分を省いて理解を試みる。
どうやら、彼らに敵意はないらしい。
なるほど、これは磔にされずに済みそうだというところまでは分かった。
「ええと、国の王? ああ、もしかしてアデルナさんのお父上は俺みたいに領主なのかな?」
「はい! 私の父はエルフを統べる王でございます!! エルフの一族を代表して、本日はお礼に参りました!!」
エルフ族は長寿の生き物だとカイトは知っている。
つまり、その総数もそれは大層な数いるだろう。
彼は、その王と自分を同列に語った無礼をどう詫びたら許してもらえるか、まずはそれだけを考えることに集中していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
アデルナの前で間抜けに口を開けていたカイトだが、これ以上口が開かない事を幸運に感じることになろうとは。
「失礼する。貴公が天空の露草を譲ってくれた、この地の領主であるな?」
「は、はい! 俺がそうですが……! 薬草、美味しくなかったですか!?」
身長は二メートルを超えるだろうか。
長い銀髪を
誰の説明を受けなくとも、この人がエルフの王なのだと分かる威圧感。
「ふっはっは! 確かに、あの薬草の味は酷かった! だが、そのおかげで余は命を拾う事ができた! 貴公の寛大なる措置には重ねて感謝する。ありがとう!!」
「いえ! とんでもないです! 滅相もないです! いやもう、本当に軽い気持ちで差し上げたものですから! あ、違うんです! 決して、王様の命を軽いと言っている訳ではなく!!」
さすがにカイトも種族を統べる王を前にすると、アルゴートにやって来てのらりくらりとやり過ごして来た態度を改める。
エルフの王の腰に下げられた立派な銀の弓がチラチラと見えており、その腕前も相当のものだと思えば態度はさらに堅苦しくなっていく。
カイトは粗相を働いて眉間を撃ち抜かれないように必死なのだ。
「まったく、人というものは俗物も多いが、時にこのような宝玉に出会えるのだから不思議であるな! 時に領主よ、余の事は王様などと呼ばずとも良い。余と貴公は同じく民衆の先頭に立つ者であろう? ならば、そこに序列は不要! 我が名はザムエルと言う」
「お、俺はカイト・フェルバッハと申します。ああ、すみません」
ザムエルはなおも腰が引けているカイトを見て、「これはいかんな」と呟いた。
その次には、ドスンと地べたに座り込む。
「ザムエル様!? いや、ちょっと、困りますって! お召し物が汚れますよ!」
「こうでもせねば貴公と対等に話はできまい? さあ、カイト。貴公も座られよ。さもなくば、このまま地に額を付けるが?」
自身の土下座を人質にとる交渉術に打って出たザムエル。
これにはカイトも降参である。
「わ、分かりました! ザムエル様の寛大な態度に感謝しつつ、同じ高さに座らせて頂きます!! 失礼します!! 多分本当に失礼ですけど、もう後には退きませんよ!!」
「うむ。それは助かる。おおい、誰か酒を持て。命の恩人と杯を交わしたい!」
カイトにも、領主としての知識はある。
元から知っていた事に加えて、アルゴートにやって来てからは更に学んだ。
ゆえに、主同士が盃を交わす意味も理解している。
エルフ族とアルゴートが同盟関係になるという誓いである。
「これはいよいよ大事になって来たぞ」と思いながらも、既に退路がないことも察しているカイトは、大きく息を吸い込んで同じ時間をかけて吐き出した。
少しだけ心が落ち着いたと言う。
◆◇◆◇◆◇◆◇
盃はあまりにも簡単に交わされた。
エルフの里で作られたと言うワインはアルコールが強烈で、カイトはむせながら飲み干す。
「よい飲みっぷりであるな! 少しばかり世間話をしても良いか?」
「もちろんです。聞かせてください」
「実はな、余の娘のアデルナが二週間前にこの地を訪れたであろう?」
「はい。よく覚えていますよ。そもそもお客さんが来るような土地じゃないですから、アルゴートは。本当に驚きました」
「それについてはこれ以上非礼を詫びると礼の価値が下がるので何も言うまい。……聞いてくれるか。あれはアデルナの独断だったのだ。暴走と言い換えても良い」
「暴走ですか? なんだか物騒な響きですね」
ザムエルは「そうなのだ。我が娘は物騒でいかん」と笑う。
カイトの空いたグラスに新しいワインを注ぎながら、アデルナが「お父様、ヤメてくださいませ!!」と頬を膨らませて抗議する。
「ああ、この親子のどちらかがこの世から欠けるのは寂しいな」とカイトは思った。
同時に、特に深い考えもなく譲った天空の露草の価値を今になって知る。
「あの日、アデルナは侍女だけを連れて、余はもちろん、大臣や将官の許可も得ずに飛び出して行ってしまったのだ。門番をしていた従者を蹴り飛ばしてな。その報告を後日になって受けた時には、余は再び心臓が止まるのではないかと思ったほどだ!」
「仕方がなかったのです。お父様は何度も呼吸不全を起こされましたし。居ても立ってもいられなかったのです。カイト様ならばお分かりになられますよね?」
カイトは自分を追放した両親を久しぶりに思い出した。
「俺はこの人と同じことを多分しないな。いや、絶対にしないな」と思うにつけ、アデルナとザムエルの親子関係が少し羨ましかった。
もちろん、それを馬鹿正直に話して興を醒ますことはカイトもしない。
「分かります。あの時のアデルナさんの焦りようを見ていれば、どれだけの覚悟をしてこの地に参られたのか、とてもよく分かります」
カイトの言葉に、エルフの一団が「おおおっ!」と沸く。
傍で様子を見ているリザは先程騒ぎを聞きつけやって来たシエラと顔を見合わせ、「やっぱりカイトって人たらしなとこがあるよねー」と言った。シエラもこくりこくりと何度も無言で頷いている。
「実際のところ、カイト。貴公が天空の露草を譲ってくれなければ、アデルナたちは自分で山や森に入っていただろう。先刻少し遠回りをして拝見したが、この地のモンスターはとてもアデルナたちの手には負えない強さだ。つまり、貴公は余と、余の命と同価値のアデルナ、この二人を救ってくれた事になる」
若き領主もこれ以上「いえいえ、そんな事は」と同じ問答を繰り返しはしない。
代わりににっこりと笑って「良かったです」と短く答えた。
「よって、我がエルフ族は恩人であるカイト・フェルバッハのために何か礼をしたいのだ。何でも、望むものは差し出そう。さあ、言ってくれ!!」
「お礼ですか? んー。急に言われても、ちょっと思いつかないと言いますか……」
現状、水問題は解決済みであり、食糧問題も農業ハウスで作物が毎日実っている。
彼は「少し相談しても良いですか」とザムエルに申し出てから、仲間を集めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「という訳で、どうしようかな」
「はぁー。カイトって人を動かす才能はあるけど、欲がなさ過ぎて交渉にはあんまり向いてないねー。そこがステキなとこでもあるから、わたしとしては複雑だよぉ」
「リザ嬢ちゃんの言う通りなんだよなぁ! 宝石の一つでも貰っちまえば良いのによぉ!! 絶対にすげぇ値段になるぜ、あれは!!」
ヘルムートの言う事も一理ある。
だが、アルゴートという土地において、現金や貴金属はそれほど価値のあるものではない。
換金するためには近くの都市まで行かなくてはならないし、現金化したところで、使うためにはやはり長距離の移動が必要となる。
そこまでの手間を割いて財産が今の時点で必要なのかと考えると、答えはおのずと出てくる。
カイトはその意見を口に出して、他に案はないかと尋ねた。
「話は聞かせてもらったのだよ」
「ユリス様。なんか毎回同じパターンで登場しますね?」
「う、うるさいな。ボクだって、騒動の中に面白そうなことがあれば参加したくなるのだよ! でも騒がしいのは好みではないから、いつも参戦が遅れてしまうのだ。なんと悩ましい。君たちがもっと静かに騒動を始めれば良いのだ。まったく」
「あー! ユリス様って創造の天使だから、良い知恵も創れるんだ! ですよね、ユリス様!?」
「うぐっ。そんな目で見ないで欲しいのだがね。リザくん」
「ああ、創る事ができないものもあるんですね」
ユリスは「ふんっ」とそっぽを向きながら、持論を展開する。
実に器用な天使様である。
「エルフ族は人よりもずっと昔から生きてきた種族だからね。彼らから何かを貰えると言うのならば、ボクは迷わず知識をチョイスすれば良いと進言するよ。彼らはそもそも排他的な種族だから、こうして同盟を結ぼうという行動に出ること自体が非常に稀だ。この好機を無にすることはないと思うがね。学ぶ事は時として剣よりも、魔法よりも優れた武器となるのだよ。ふふんっ」
「なるほど。シエラはどう思う?」
「……私はカイトのやりたいようにすれば良いと思う。……だけど、美味しい料理が食べたい」
「カイト! 料理と言えば!! 倉庫に入れたままになってるアレは!?」
「あっ! シャイオットね!! そうか、色々知っているエルフなら、きっと凄腕の料理人もいるかもしれない!」
「……カイト!? ……もしかして、ついに美味しいキノコが食べられる!?」
「かもしれない! 早速聞いてみるよ!」
カイトは首脳会談の場に戻った。
中座した事を丁寧にお詫びして、彼はアルゴートの要望を伝える。
「うむ。貴公らの期待には充分な成果をもって応える事を約束しよう。ただし、提供するとなれば最良のものでなくてはならぬ。今回、料理人も帯同しておるが、より優れた者が里に何人かおる。ついては、カイト。一度エルフの国へと足労願えぬか? 改めて、貴公らを歓迎したい」
カイトたちとしても、エルフの知識を得られる機会は願ってもない
断る理由がない。
「分かりました。では、お邪魔させて頂きます」
「そうか! ならば、支度をするが良い! 我らに気遣いなく、充分な用意を。少しばかり距離があるゆえな。人の身には堪えるかもしれん」
こうして、アルゴートからエルフの国へと使節団が派遣される事となった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
エルフの国へはカイトとシエラ、そしてリザのお馴染み遠征トリオが出向くことになった。
ユリスは「ボクも興味はあるが、移動の時間が退屈過ぎて無理なのだよ」と言って、今回もアルゴートの留守を預かる。
ヘルムートが中心になって農場の管理をする手筈も整えて、万全の状態でアルゴートを出発した特使団の一同。
そして、それなりの距離を歩いて四日。
目的地であるエルフの国。
正式な名前をルズベリーラという、由緒正しい隠れ里へと一行は到着していた。
「カイト! しっかりして! もう着いたってば!!」
「俺、今度こそ体を鍛えるよ……。もう、何て言うかごめんなさい……。女の子に助けてもらってギリギリ歩けるとか、本当に情けないと自覚してる……」
カイト・フェルバッハは体力がない。
既に周知の事実である。
今回の旅でも、道中二度ほど進むのを諦めかけて、最終的にはリザに肩を貸してもらってフラフラになりながらどうにか踏破に至る。
先程からカイトが考えている事は「来たって事は、帰りも同じ道を……」という絶望である。
だが、そんな疲れ切った彼の鼻をくすぐる香ばしい匂いがそこら中から漂ってきた。
エルフの国・ルズベリーラは豊食の土地。
城下町に入ったと思えば、すぐに屋台が軒を連ねる。
どこを見ても美味しそうな食べ物が並んでおり、そのうちの半分以上は見た事もない料理だった。
カイトはユリスが「エルフ族の築いて来た知識は得難い」と言っていた事を思い出す。
彼らは長寿の種であり、長い人生をいかに豊かにするべきかを知っていた。
生きている以上は何かを食べねばならない。
ならば、できる限りその食事を楽しもうというのが彼らのモットー。
「シエラ? どうかした?」
「……うん。……思い出していた。……エルフは気難しいけど性格は穏やか。……だから、かつて私も友好な関係を築いていた。……気がする」
「なるほどね。食べる事に妥協なしのシエラがエルフの料理を無視するはずないってことか」
「……むぅ。……私が食いしん坊みたいな言い方はヤメて欲しい」
「せめてそのよだれを拭いてから言って欲しかったなぁ」
「カイトー! シエラちゃーん!! 早く来てよー!! アデルナさんがお城に案内してくれるってー!! ほらほらぁ、置いてっちゃうよぉー」
先に歩いて行ったリザがカイトたちに向かって手を振る。
よだれを拭かずに屋台から離れようともしないシエラを連れて行くために、カイトは残った体力の全てを消費したらしい。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ルズベリーラ城は、どこに出しても恥ずかしくないほど立派な造りをしていた。
聞けば、もう数百年もエルフの王族が住んでいるとの事。
「さあ、カイトよ! お付きの二方も! 楽な姿勢でくつろいでくれ! 作法などといった堅苦しい事は抜きだ! 今、料理長に宴の用意をさせている! それまではフルーツでも摘まんでいてくれ! おお、酒もあるぞ!」
「ザムエル様。お心遣い、痛み入ります。では、遠慮なく」
カイトもザムエルと四日ほど一緒に過ごして、少しだけだが彼の人となりを理解していた。
少々融通の利かないところはあるが、豪快でありながらもカリスマ性を持つエルフの王の事を、カイトも知らず好きになっていたのだ。
そんな相手が「遠慮は無用」と言うのだから、そこで「いえいえ」と申し出を断る事こそが無作法の極み。
カイトは見た事のないフルーツを食べながら、宴席の準備を待った。
「カイト様。よろしければ、私にお酌させてくださいませ」
「これはすみません。って、アデルナさんですか!? 何と言うか、また雰囲気が変わりましたね。まるでお姫様みたいですよ!」
旅のためあつらえたドレスから正装に着替えたアデルナは「ふふふっ」と笑って、「私、これでもエルフの姫ですよ?」といたずらっぽい表情を見せた。
「そうでしたね。すみません。じゃあ、一杯いただきます」
「はい! どうぞ! エルフ族に伝わる、秘伝のワインです!」
美しい娘に酒を勧められて嫌な気持ちになる男は極めて少数である。
そして、カイトは圧倒的多数派に属していた。
「うん、美味い! 俺、酒ってそんなに得意じゃないんですけど、これは水みたいに飲めますよ! アデルナさんのおかげかな? もういっぱごふっ!」
「カイトー? なんか鼻の下が伸びてるよね? わたしと一緒の時には伸びないのにさー。やー。別に良いんだけどねー? ふーん。カイトって、お姫様が好きなんだねー。知らなかったなー。へぇー。勉強になったなぁー」
リザは何やらご機嫌斜めな様子。
見れば、結構な量のグラスが並んでいた。
「り、リザ? もしかして、酔ってる?」
「べっつにー? エルフのお姫様に酔いしれてるカイトほどじゃないけどぉー?」