2章 辺境の新領主カイト・フェルバッハ


 カイトは外れスキルを引いた無能者呼ばわりされて家を追い出された。

 が、彼の長所は意外に多い。

 今回は「責任感の強さ」と「気持ちを切り替える潔さ」にフォーカスを当てよう。

「それにしても、乾いた土地だなぁ。水源も見当たらない。流刑地だって聞いていたけど、ここの領民はどこでどうやって暮らしてるんだ?」

 独り言を呟きながら、カイトは高台よりこれから自分の領地となるアルゴートを分析する。

 この地方は一年の半分以上が乾期であり、水の確保が極めて難しい。

 また、水がなければ土地が干上がるのも当然で、作物も育たない。

 大型の猛獣系モンスターが我が物顔でその辺りを走り回っているらしく、その姿まではカイトの目には運よく留まらなかったが、確かに巨大な足跡はいくつか見て取れた。

 おまけに、夜になるとアンデッド系のモンスターも出るらしい。

 ここまでの情報は、フェルバッハ家からアルゴートに向かう道中で旅人に尋ねたり、休憩に立ち寄った街の酒場などで聞き込みをしたものである。

 カイトの生真面目な性格はこのような状況下に置かれても健在だった。

「……まずいな。日が暮れて来た。とりあえず、あそこに見える建物に行ってみよう。人がいるかもしれないし、外でモンスターと出くわすよりはずっと良い」

 カイトは高台から移動を開始する。

 道すがら、やはり多くの魔物の痕跡を見つけて不安になり、どこを見ても人の気配がない事でその心細さは倍増した。

「これは……。見張り小屋かな? うん。ボロボロで、ちょっと強い風が吹いたらバラバラになりそうだけど。多分、見張り小屋だ。……まったく使われている形跡がないなぁ。見張りをするまでもないという事かな? なるほど。はっはっは。……はぁ」

 元気を出そうと無理して明るく振る舞ってみたものの、虚しさが親し気に歩み寄って来ただけだった。

 アルゴートは盆地になっており、居住区はその奥にあるらしい。

 ならば、この高台から通じる道が唯一の進入経路なのではないかとカイトは考える。

 ふと見張り小屋の脇を見ると、古い祠ほこらがあった。

 ここの土地神でも祀まつっているのだろうか。

 それにしては、朽ちているし手入れもされていないように見える。

 見張り小屋の周囲にもいくつかの民家が、正確にはかつて民家だった廃屋が並んでおり、数年前まではこの辺りにも人が住んでいた形跡があった。

 察するに、モンスターの徘はい徊かいに耐えかねてアルゴートのより奥の方へと移住したのだろう。

 その証拠に、廃屋にはもれなく獣の爪痕が残っていた。

「領民に挨拶をしたかったんだけど……。やれやれ、もう真っ暗じゃないか。知らない土地で夜道を歩く事ほど愚かな事もないな。……だけど」

 カイトはその辺りをぐるりと一周して、見張り小屋に戻って来た。

「この頼りない建物で一夜を過ごすのも、なかなか愚かな行動だよなぁ……」

「ははは」と自嘲気味に笑ったカイトは、隣にある古い祠の前で手を合わせた。

 正しい祈りの作法は分からないが、名も知らぬ土地神にだってすがりたい心境なのである。

 それが終わるとカイトは見張り小屋の中へ。

「あー。なるほど。まあ、こうなってるよなぁ……」

 中は埃ほこりだらけで、使えそうにない暖炉と、何であろうと絶対に入れてやらないと収納を確固たる意志で拒んでいるタンス。

 あとはベッドがあるだけだった。

 ちなみに、ベッドと断定しても良いのか不安になるほど簡素なもので、大きな長方形の木材が置いてあるだけとも言える。

「とりあえず寝よう。馬車の移動で疲れたし。モンスターに襲われませんように。……硬いなぁ、このベッド。せめて毛布くらい欲しかった……」

 こうして、アルゴートで迎える初めての夜を不安いっぱいで過ごすカイトであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 翌朝。

 恐らく彼の人生で最も質の悪い睡眠を取ったカイトは、全身の怠だるさから起き上がれずにいた。

 寝息を立てれば埃でむせる。

 寝返りをうつたびに体が軋きしむ。

 一時間寝ては少し目が覚めてを繰り返した彼だったが、それでも朝はやって来る。

 今日こそは領民に挨拶をしなければならないし、もう少しくらいまともな寝床も手に入れたい。

 そこで、カイトはスキルを使う事にした。

 その名は《目覚まし》。

 実はスキルの所有者である彼も使うのはこれが初めて。

 フェルバッハ家での快適な暮らしでは使う機会がなかったのだ。

 カイトはまだ寝ていたいと駄々をこねる右手に鞭打って、魔力を込める。

 その手を広げ、集約させた魔力を解放する。

 キィーンという耳鳴りにも似た音が頭の中に響くが、決して不快ではなかった。

 カイトは体を起こす。

「ははっ。すごいな、《目覚まし》ってスキルも。本当に気持ちよく目が覚めた。これなら、酷い環境でも寝起きの爽やかさだけは維持できそうだ。はははっ。……はぁ」

 だから何だと言うのか。

 このスキルを得てからずっと考えないようにしてきた、本質的な疑問が爽やかな目覚めと共に襲い掛かってきた。

「朝が爽やかでも、その先に待っている現実は全然爽やかじゃないぞ!」と誰に言うでもなく叫んだカイト。

 心中察するに余りある。気の毒な話だった。

 それから続けて《目覚まし》について不平不満をぶつけたのかと言えば、そうはならなかった。

 凄まじい地鳴りがしたかと思えば、今度は何かが崩れ落ちる音がする。

 それも、すぐ傍そばで。

 見張り小屋が激しく揺れるため、身の安全を確保すべくカイトは外へと飛び出した。

 だが、揺れているのは小屋ではなく地面そのものであり、急な地震に彼は身をかがめる。

 その揺れは数分ののちに収まった。

 カイトは領地に赴任して一日でこの様かと天を仰ぐが、その過程で視界に入るべきものがなくなっていた。

 見張り小屋の隣にあった祠がすっかり崩れている。

 先ほどの地震の影響だろうか。

 彼は土地神を思うと不憫な気持ちになった。

 自分もこの祠のように、近い将来誰にも看取られずに崩れ去るのかと思うと悲しくなり、せめて最後にもう一度祈りを捧げようと考える。

「うぉぉぉおっ!? びっ、ビックリした!! なんだ、これ! ……手!?」

 飛び上がるほど驚いたカイト。

 眼前には、祠の瓦が礫れきから伸びている白い手があった。

 アンデット系のモンスターだろうかと一瞬躊ちゅう躇ちょするも、「万が一にも人だったら! さっきの地震で巻き込まれたのかもしれない!」と、彼は小さな手を掴つかむ。

 すると、その手はしっかりと握り返してくるではないか。


 人だ。


 カイトは確信して、大きな声を出す。

「待ってろ! すぐに助ける!!」

 だが、カイトの助けなどその手の主には無用だった。

 瓦礫がふわりと浮き上がったかと思えば、瞬く間に祠の形へと復元されていく。

「なるほど。さてはまだ夢を見ているな。《目覚まし》め。本当に役に立たないスキルだ」

 信じられないものを目撃した人間は、得てして現実から逃避するものである。

 だが、カイトは逃げきれなかった。

 対たい峙じした現実の足の方が速かった。

「……私を起こしたのは、誰? ……あなた?」

 不思議な少女がそこに立っていた。

 少なくとも自分よりはずっと幼く見える。

 ボロボロの服を着ているにもかかわらず、何故だが高貴な雰囲気を纏っている。

 もしかすると、少女は人間ではないのかもしれない。

「俺はカイト・フェルバッハ。言葉はちゃんと通じているだろうか?」

「……あなたは、カイト。……分かった。……カイト」

 どうやら、意思疎通は可能のようである。

 続けてカイトは少女に尋ねる。

「君こそ、誰だ? どうしてこんなところで独り、瓦礫に埋まって? ああ、いや、ごめん。初対面で矢継ぎ早にあれこれ聞くのは良くないな」

 カイトは混乱している頭を整理する。

 相手が何者であろうと、少女に対して礼儀を失するほど落ちぶれてはいない。どんなになっても、貴族としての礼儀作法は失いたくない。

 彼は必要最低限の質問を少女に投げかけた。

「君の名前は?」

 彼女は長い沈黙、時間にして三分ほどだろうか。

 何かを思い出すように俯うつむいて、それから短く答えた。

「……私は、シエラ」

 これがカイトにとって、アルゴートでの最初の出会い。

 そして彼の運命が動き始めた瞬間でもあった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 シエラと名乗った少女は、深い碧のロングヘアーと深紅の瞳が特徴的だった。

 瓦礫に埋まっていたはずなのにボロボロなのは着衣だけで、その白い肌には傷一つない。

「…………」

「…………」

 カイトはシエラの次の言葉を待った。

 名前を言ったらその次に自己紹介が始まるものだと考えたからだ。

 そんな彼を、シエラは不思議そうに見つめている。

「自分の価値観を相手に押し付けちゃダメだよなぁ」とカイトは反省した。

 沈黙を破るのはどうやら彼に課せられた使命のようである。

「ええと、シエラ? 君の事をシエラと呼んでも良いかな?」

「……構わない。……私も、あなたをカイトと呼ぶ。……問題ない?」

「ああ、もちろん。なんだか、久しぶりにまともに名を呼んでもらえた気がするよ」

「……カイト、独りぼっち? ……名前呼んでくれる人、いない?」

 物静かな割に、ストレートな意見を口にするシエラ。

 その力強い言葉のパンチはしっかりとカイトにダメージを与えていた。

「……そうだなぁ。俺、よく考えたら友達とかいないなぁ。家族との縁も切れたし。うん。間違いなく独りぼっちだ。アルゴートでもまだ誰とも会えていないし」

「……むぅ。……カイト、私と今、会って話をしている」

 頬ほおを膨らませるシエラ。

 彼女の言う事はもっともであり、カイトはすぐに謝った。

「そうだった! ごめん! じゃあ、シエラが俺の友達第一号だ! ええと、それで色々と聞きたいんだけど。俺はこのアルゴートの領主として赴任……と言うか、厄介払いされて来たんだ。それが昨日の話。で、今朝起きたら、シエラが祠の瓦礫に埋まってた。何がどうしてそうなったんだ?」

 シエラは「……むぅー」としばらく考える。

 その様子は適切な言葉を探していると言うよりも、昔の事を思い出しているように見える。

 そんな彼女に辛抱強く付き合うカイト。

「……情報伝達が上手くできるか分からないけど」と前置きして、シエラは語る。

「……私は、強制的な眠りにつかされていた。……カイトに分かりやすいように言い換えると、封じられていたと表現しても良いかも」

「うん。……うん? ああ。ごめん、少しだけ待ってくれ。封印されていた!? こんなに小さな女の子が!?」

 シエラはこくりと頷うなずいて、カイトの理解を置き去りに身の上話を始める。

「……私は、かつて大天使として地上に降りて来た。……よく覚えていないけれど、誰かにこの祠へ強制的な封印をされた……と思う。……だけど、さっき急に覚醒した。……なんで?」

「いや、俺に聞かれても……。と言うか、大天使!? 大天使って、神話に出て来るあの? 確かに、帝国にはかつて多くの神や悪魔が存在したって歴史書で読んだことはあるけどさ。よくある創作じゃなくて、それは事実だったってことか!?」

 その神話に出て来る登場人物が自分だと言うシエラ。

 普通なら一笑に付して、「そんなことよりお腹空かない?」と次の話題に移行するところだが、彼女から放たれる神秘的な雰囲気が「これはどうやら本当らしいぞ」と、カイトに根拠のない信憑性を植え付ける。

「ちょっと待って。急に目が覚めたんだよね?」

「……そう。……なんだか、とても良い気持ちになって。……気付いたら起きてた」

 カイトの中で、点と点が繋がり一本の線になる。

 だが、まだその線は細い。確認作業が必要だと彼は考える。

「ふんっ! うりゃあっ! 《目覚まし》!!」

 カイトは両手を組んで魔力を集約させると、今となっては唯一のアイデンティティである《目覚まし》を発動させた。

 すると、シエラがぴょんぴょんと跳ねた。

「……あっ。……この音。……気持ちよくて、頭がスッキリする音。……私が聞いたの、この音だよ。……カイトが私を起こしてくれたの?」

 あっさりと答えにたどり着いてしまった。

 これを偶然で片付けるのはかなり暴論であり、順序立てて考えるとそうとしか思えない。

「……《目覚まし》って、人間以外にも効果があるのかー」

 カイトの外れスキルは、辺境の地に封じられていた大天使を起こしてしまったようである。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 カイトはシエラに事情を説明した。

 自分のスキルが《目覚まし》という、対象にスッキリとした目覚めをもたらすものである事。

 それを今朝自分に使ったところ、どうやらうっかりシエラまで起こしてしまったらしい事。

「何と言うか、せっかく寝てたところを起こしてごめん」

「……ううん。……私、ずっと起きたかったのに、封印のせいで眠り続けてたの。……多分だけど、もう、何百年もの間。……だから、カイトが起こしてくれたの……すごく嬉しい」

 まさかこの外れスキルに数百年の封印から大天使を目覚めさせる効果があるとは。

 確かに常識からは外れている。カイトは「ははは」と笑った。

「それで、どうする? シエラは何をするためにこの地に降りて来たの?」

「……むぅぅ。……思い出せない」

「ええと、それなら誰に封印されたとかも? 原因や理由もかな?」

「……うん。……全然思い出せない」

 つまり、シエラは行くところがなく、天涯孤独だと言う事になる。

 カイトは考えた。

 自分と同じ境遇ではないか。

 彼女が生きていた時代から数百年の時が流れているとして、当時の事を調べるのには相当な労力と時間が必要になるだろう。

 大天使様ともなれば、その事情に気付いていないはずがない。

 さぞかし心細いだろう。

 自分の居場所がない事の不安は、カイトがここ数日で嫌と言うほど学んだ事である。

 ならば、彼女にかける言葉は一つしかない。

「じゃあ、シエラ。何か思い出すまで、俺と一緒にいるか? もちろん、君がそれで良ければだけど。ここはとても住み心地の良い場所とは言えないし、他に行く当てがあるならそっちに行った方が絶対に良いと」

 ここまで口に出したところで、シエラの声が続きの言葉を阻んだ。

 この女の子はこんなに大きな声も出せるのかと、カイトは驚いた。

「……ここにいる! ……私、カイトと一緒にいたい。……カイトが良いなら、その」

 最初の勢いが強かった分、徐々に口ごもるシエラは可愛らしかった。

 実際は何百歳も年上の相手だが、見た目は自分よりも幼い少女である。

 そんな彼女にこれ以上のセリフを求めるのは、紳士として許されない。

「そっか。それなら、ここで一緒に暮らそう」

「……うん! ……カイトと暮らす」

 そうなると、やはり直近の問題は居住環境だろう。

 見張り小屋の周りには廃屋が山ほどあり、古びた木材からは嫌な匂いが漂っている。

 大天使様を住まわせるには相応ふさわしくない事だけはハッキリとしていた。

「よし。じゃあ、少し待っててくれる? 俺がどうにか、この辺りを清潔にするから。それで、二人が住める家を建てよう!」

 腕まくりするカイト。

 手近にある廃材を持ち上げると、すぐに腰が悲鳴をあげた。