エピローグ1。



 そうして、短いようで長かった海での生活も最終日を迎えた。

 宿舎に借りていた国親家の部屋を引き払い、最後にロッカーの整理をするために俺たち四人は海神屋へやってきた。

「じゃあ、お世話になりました」

 みんなより一足早くロッカーの片付けを終えた俺は、仕込み中だった店長と恭子さんに最後のあいさつをするべくちゆうぼうに顔を出した。

「こちらこそ世話になったよ。特に花火大会の日はすまなかったね」

 山場での失敗が応えたのか、申し訳なさそうな顔をする店長。

 そんなだんの姿に、恭子さんがあきれたような顔をした。

「まったくよ。いつまでも自分を若いと思ってるからそうなるのよ。もういい歳だって自覚しなさい」

「返す言葉もない」

 奥さんにトドメを刺され、しゅんとする店長。

「あはは、俺たちも楽しかったですから」

 捨てられた子犬を見ているような気分になった俺は、思わずフォローを入れる。

 それで少しは気を取り直してくれたのか、店長は表情を柔らかくした。

「そう言ってくれると助かるよ」

 と、そんな話をしていると、裏口の扉が開いた。

「失礼しまーす! 東雲香乃、最後の挨拶に来ました!」

 朝からテンションの高い香乃の声が海の家に響く。

 同時に軽い足音が聞こえたかと思うと、香乃が姿を現した。

「お、やっほ。陸も来てたんだ」

 香乃は俺を見るなり、軽く手を上げた。

「香乃ちゃん。君にもお世話になったね」

 店長が朗らかに礼を述べると、香乃も笑う。

「いえいえ。楽しかったです! また人足りなかったら呼んでくださいね! 陸を引き連れていきますので!」

「さらっと俺を巻き込むな」

 勝手に未来の労働力としてカウントされた俺は、抗議の視線を香乃に送る。

「いいじゃん。どうせ野球辞めて暇なんでしょ?」

「まあそうだけどな」

 ぐうの音も出ない。

「はは。二人とも、その時は頼むよ」

「ええ」

「もちろん!」

 そうして挨拶をした俺たちは、仕込みの邪魔にならないように店の外に出た。

「みんなは二階?」

 ちらりと上を見る香乃に、俺はうなずく。

「おう。みんなもロッカー片付けてる」

「そっか。むぅ……私も昨日のうちに終わらせないで、みんなとわいわいしながらやればよかったな」

 微妙に後悔を滲ませる香乃。

 が、すぐに気分を切り替えたのか、表情を明るくする。

「ま、いっか。どうせ陸に会いに行けば、自然とみんなともまた会えるでしょ」

「そりゃあな」

 俺が認めると、香乃は満足そうに頷いた。

「うん、ならよし。あ、でも待って。私も今は他に友達いっぱいいるから、あんまり陸には構ってあげられないからね。そこのところは過度な期待はしないでください」

 何故か得意げな顔でくぎを刺してくる香乃。

「いや、むしろお前といると碧に誤解されかねないし、相当低頻度でいいんだけど。オリンピックと同じくらいの頻度でいい」

「四年に一度じゃん! 次会うの成人式だよ!」

「しょうがねえな。じゃあうるうどしと同じ頻度でいいよ」

「変わってない! 全く同じ頻度なんだけど!」

 俺の態度が気に入らないのか、香乃は唇をとがらせた。

「そんなふうに嫌がられると、逆に頻繁に会いに来たくなるんだけど」

「あまのじゃくめ」

「どっちがよ」

 お互い、軽くにらみ合ってからそろって苦笑する。

 昔と同じような、だけど昔とは決定的に違うやりとり。

 俺たちはこうやって、昔と同じところや変わったところをすり合わせながら、お互いにとって居心地のいい距離感を探っていくのだろう。

 それはなんというか──楽しそうな未来だと思った。

「悪い、陸。待たせた……お、東雲さん」

 振り向けば、銀司たち三人が二階から下りてきていた。

「どうもー。この度はお世話になりましてー」

 明るく挨拶する香乃に、二条と銀司も笑顔で応じる。

「いやいや、私たちのほうこそ」

「仕事も教えてもらったしね」

 三人が最後の挨拶をしていると、一人そこに参加しなかった碧が、ひっそりと俺の隣にやってきた。

「……香乃と二人で何話してたの?」

 ひっそりと、他の人には聞こえないような声量でたずねてくる碧。

 そこになんだかとがめるようなニュアンスを感じてしまい、俺は思わず目を泳がせた。

「えーと、これからもよろしく的な?」

「……ふーん」

 どこかねたような態度の碧。

 それにハラハラしていると、彼女はちらりと上目遣いでこちらを見てきた。

「また香乃と会う時、私も呼んでね」

「お、おう。それはもちろん」

「絶対だからね。二人で会っちゃだめだよ」

 碧としてはハブられるのが嫌ということなのだろう。

 なのだろうけど……なんかどことなく思わせぶりというか、微妙に勘違いしそうでドキドキする。

「よし、じゃあそろそろ帰ろうぜ」

 話が終わったのか、銀司がそう俺たちに呼びかけた。

「お、おう。そうだな」

 強制的に話を打ち切られて、俺はほっとしたような惜しいような気分だった。

「じゃ、私は原付だからここで。またね、みんな」

 そんな俺の内心も知らず、香乃は明るく手を振って裏口に消えていった。

 あまりにもあっさりとした別れ。

 当然だろう。これからはまた好きな時に会えばいいのだ、惜しむ必要はないさ。

 そうして俺たちは海神屋を出て、来る時に使った道を逆に辿たどる。

「戻ったらすぐ自主練しなきゃなー」

 浜辺を離れ、どこにでもあるアスファルトの道路を歩き出したせいで現実を思い出したのか、銀司がそんなことをつぶやいた。

「そうだな。しばらくはレギュラー陣の手伝いになるだろうけど……ま、世話になった先輩もいるし、悔いが残らないようにしなきゃな」

 二条も既に日常に回帰しつつあるようで、厳しい表情でそう呟く。

 かと思ったら、すぐに表情を緩めた。

「最初は銀司の付き添いのつもりだったけど……いい気分転換になったな。来てよかったよ」

 そんな感想を零す幼なじみに気をよくしたのか、銀司がしたり顔を浮かべた。

「だろ? 陸と碧ちゃんはどうだった? 去年のリベンジはできたかい?」

 そう訊ねられ、俺と碧は顔を見合わせた。

 途端、この海での思い出が胸に去来する。

 気まずい再会。一年越しの答え。花火大会の騒動。そして──新たな約束。

「ああ。よかったよ」

「うん。私も」

 俺と碧は笑い合い、銀司の問いに頷いた。


 そうして二人、最後に振り返って海を見る。

 色んなものが終わり、終わったものをまた始めるきっかけとなった場所。

 それに感謝をささげると、俺たちは新たな日常へと向かうのだった。