プロローグ3。



 ホームルームが終わった放課後。

 今日はシニアの練習がないため、ゆっくりと下校準備をしていた俺の下に、隣のクラスからいつものようにちんにゆう者がやってきた。

「やっほー! 陸、碧。今日は暇?」

 遊ぶ気満々、という顔をした香乃である。

 他のクラスメイトたちが全員けたタイミングでやってきた彼女に、俺はいつも通り渋面で応対した。

「また来たな。あいにく、碧はソフト部だ」

「むぅ……それは残念。でも陸は確かシニア休みだよね?」

「なんで知ってるんですかね……そうだけど」

 なんか俺の知らないところで勝手にスケジュールを把握されていた。外堀を埋めるのがちょっとずつうまくなってきたな、こいつ。

「仕方ない。なら今日は二人で遊ぼうか。遊園地行こう、遊園地」

「この時間からそんなところ行く奴がいるか。悪いが俺も自主練するつもりだから、一人で行ってこい」

 しっしっと追い払うと、香乃は不満そうな顔をする。

「なんだよー。そんなに無理しなくていいのに」

「誰が無理してるんだよ。お前といるほうが無理──」

「そうじゃなくてさ、そんなに無理して野球が好きだってアピールしなくていいのに」

──────

 途端、フリーズした。

 一瞬、世界から音が消えるような錯覚。

 心身を再起動させるべく無理やりに息を吐くと、どくんどくんという心臓の鼓動とともに、世界に音が戻ってきた。

「……なんで、そんなことを」

 ぎこちなく問いかけると、香乃は苦笑を浮かべた。

「そりゃ分かるよ。碧と陸、やってる競技に対する熱量が全然違うもん。だから、陸は碧に合わせてるんだろうなあって前から思ってた」

 嫌な汗が背中を伝う。

 見抜かれた。俺がずっと隠していた部分。俺の心の中で、一番みっともない部分。

 身構える俺に、しかし香乃はいつもと変わらない態度で唇をとがらせていた。

「陸にとってそれが大事なものなのは分かるけど、私と二人の時にまでそのキャラを通す必要はなくない?」

 少しねたような態度の香乃。

 ただそれだけで、みっともない俺の意地を、ちようしようするでもけいべつするでもなく、ごく自然に受け止めてしまった。

「香乃……」

 この感情をなんと呼んだらいいのだろう?

 驚きと、気恥ずかしさと、喜びと、全てがない交ぜになった、泣きたくなるような感情。

「というわけで、やりたくもない自主練なんてやめて私と遊びに行こう! いやあ、今日すっごい暇でさー」

 俺が自分の感情に戸惑っていると、香乃は俺の手を引いて歩き出した。

 そんな彼女に、俺は無理やり仏頂面を作ってみせた。

「なんだよ。結局、自分のためじゃねえか」

「ふふっ、当然でしょ? ほらほら、行くよ」

 俺の手を引いたまま、明るく笑う香乃。

 それになすがままにされながら、俺は内心で焦っていた。

 ──やばい。これはやばい。

 どうして俺の中にあった苦しさをあっさり見抜いてしまうんだ。

 あっさり受け止めてしまうんだ。

 そんなことされたら変わってしまう。

 友達だと思っていたのに、友達でいたいと思っていたのに──もっと熱くて切ない気持ちに。



 この日から、俺は香乃をただの友達とは見られなくなってしまった。