
「ご注文繰り返させていただきます。焼きそば一つ、カレー一つ、ソフトクリームが二つでよろしいですね?」
笑顔で接客をしながら、俺は伝票に注文を書き込んだ。
今日で海の家のバイト四日目。
ようやく仕事にも慣れてきて、初日より心身共に楽に感じる。
なにより、今日は香乃のシフトが休み。
あいつと顔を合わせないと思うだけで、だいぶ気が楽になる──
「おっはよー! いやあ、真面目に働いてるね、陸。感心感心」
──という俺の希望をぶち壊すように、店の入り口に香乃が立っていた。
「うわ……お前何しに来たの? まさかシフト間違えた?」
渋面で出迎える俺に、香乃は何故かちょっと
「あのねえ、この格好見てから言いなさいよ」
自分の姿をアピールするように堂々と胸を張る香乃。
フリルのついた赤いビキニ。出るところは出ているのに、手足はすらりと長い。
自慢のプロポーションをアピールするのにぴったりな格好だった。
「香乃……いくらなんでも水着で働こうとするのはどうかと思うぞ」
あまりに斬新すぎる仕事着に、俺は深々と溜め息を吐いた。
「働くわけないでしょ! 遊びに来たの! プライベート!」
「遊びに? お前が、海で?」
小首を傾げて
「うん。毎日海見てるのに一度も遊ばないのはどうかと思って」
その言葉に、俺は思わず渋面を作る。
「自分の体質考えろ。一人でこの辺ふらふらしてたらナンパされるだけで一日終わるぞ」
さすがに俺もバイトを抜けるわけにはいかないので、香乃に何かあってもこの間みたいに割って入ることはできない。
「大丈夫だし。ちゃんと友達と来たから」
が、香乃は俺の心配をよそに、したり顔でそんなことを言った。
そんな彼女に、俺はとっても哀れな気持ちを抱く。
「香乃、落ち着いて聞いてくれ。その友達はお前の脳内にしかいない」
「妄想の存在じゃないよ! ちゃんと高校で友達作ったの! 私込みで五人グループで動くからね!」
「マジか。お前に付き合える聖人君子が四人もいるなんて、その学校って聖女でも育てようとしてるのか?」
「なんかその言い方、聖人君子でもなければ私の友達やってられないって聞こえるんだけど!」
「だとしたら俺たちは
満足げに頷く俺に、香乃は
「ぐぬ……自分だって私の友達だったくせに。遠回しに自画自賛してるの?」
「いやあ、過去の俺は頑張ってたな」
たいしたもんだよ、昔の俺。と思っていると、香乃は不敵に笑ってみせた。
「どこがよ。結局、友情ぶっ壊しちゃったくせに。いやあ欲にまみれて友情破壊とか聖人君子にはほど遠いね? 陸さんや」
「ぐぬぅ……」
うっかり痛いところを突かれた。
そのまましばらく睨み合っていると、店の奥から銀司の声が聞こえてくる。
「おい陸、早く伝票持ってきてくれ」
その言葉に、俺は仕事中だったことを思い出す。
「おっと悪い、すぐ行く。じゃあな、香乃」
俺が
「あ、陸。ついでにかき氷五つテイクアウトで」
「了解」
さらっと注文を伝票に書いてから、俺は厨房に向かう。
「オーダー入りました。焼きそばとカレー一つずつお願いしまーす」
「あいよー」
厨房の店長さんに声をかけてソフトクリームマシンの前に行くと、銀司が難しい表情を浮かべながらソフトクリームを作っていた。
「うおぉ……やっぱ難しいぞ、これ」
銀司はまだソフトクリームを
「銀司、代わるか?」
「お、陸。いいのか? お前も仕事あるだろうに」
俺は銀司と位置を変えてソフトクリームを作り始めた。
「いいさ、困った時はお互い様だ。代わりにかき氷五つテイクアウトで。店の中に香乃が来てるから渡してやってくれ」
話しながらも手を止めず綺麗にソフトクリームを巻く俺に、銀司は苦笑を浮かべた。
銀司は苦手なソフトクリームをやらずに済み、俺は香乃に関わる時間を減らせる。Win-Winである。
「お互い様ねえ……なあ、正直なところ、焼けぼっくいに火が付いたりはしないのか?」
俺が香乃を避けたことに何か思うところがあったのか、銀司が不意にそんなことを訊ねてきた。
「まさか。今さらもうないよ」
俺が好きなのは碧だし──それになにより、香乃を二回も裏切る気にはなれない。
表面上はどれだけ普通に接するようになったとしても、根本的に俺たちはあの時、完全に決裂したままだ。
関係を修復できる時期は過ぎてしまい、だけどなかったことにするにはあまりにも大きい決裂。
怪我をした後、放置したために痛みが残ってしまった傷痕。
「むしろ、お前までそんな誤解をするとなると、碧も同じようなことを考えやしないかと不安で仕方ない」
それが偽らざる俺の本音である。
マジで万一、碧が俺のことを憎からず思っていたとしても、変な誤解があったせいで身を引くとか考えたりしたらどうしよう。
俺の不安に、銀司も納得したように
「それは確かに。誤解を避けるために一番いいのは、お前が碧ちゃんに告白することなんだがな。まあ、それができれば苦労はしないんだろうけど」
どうせ無理だろ、と言わんばかりに笑う銀司に、俺は
「む、
「はいはい。それが口だけにならないといいな」
全く本気に受け取ってない返しをして、銀司はかき氷を持って香乃の下へ向かった。
おのれ、銀司め……俺もやる時はやることを見せてやる。
そうして迎えた昼休み。
今日は運良く碧と同時に休憩時間を取れたため、俺たちは二階の休憩室に上がって少し早めの昼ご飯を取ることにした。
「ようやく落ち着いてきたね。バイトするの初めてだったから、最初はどうなるかと思ったけど、店長さんが優しい人でよかったよ」
碧も仕事を順調に覚えられているのが嬉しいのか、上機嫌で焼きそばを食べている。
「まあ、今はまだ暇な時期だからな」
ちらりと窓の外を見ると、そこには浜辺で遊ぶ人たちの姿がある。
とはいえ、芋洗いと呼ぶほどの規模ではなく、まだまだたいした数はいない。
繁忙期は学生が夏休みに入ってから、と店長さんも言っていた。
「確かにね。でもよく考えたら、なんでこんな暇な時期に四人も雇ったんだろ」
碧は不思議そうに小首を傾げた。
「ああ。もうすぐこの辺で花火大会があるんだよ。その日が書き入れ時だから、それに合わせたんだってさ」
今の俺たちは、来るべき花火大会に向けて研修を行っている段階なのだ。
聞いた話では、本番当日はもう昼から客で
「そうなんだ。花火大会かあ、忙しくなりそうだね」
碧はちょっと緊張したように表情を引き締めた。
「まあ、俺たちがシフト入ってるのは花火大会の途中までだし、それを乗り越えれば気楽に客側に回れるだろ」
とはいえ、当日は普段より一時間早く開店する上、俺たちのバイト上がりは普段より三時間は遅くなるため、かなり大変なはずだが。
「そうなの? 私たちがいなくてお店回るのかな」
碧は自分の大変さよりお店のほうが心配らしく、表情を曇らせた。
「心配するな。俺たちと入れ替わりで店長の家族がシフト入ることになってるから」
ガチで忙しい時間帯は、俺たちじゃ逆に足手まといになる可能性があるという判断なのだろう。
「そっか。ならいいけど」
納得してくれたのか、ほっとしたように表情を緩める碧。
そのタイミングを見計らって、俺は朝から考えていた本題を切り出した。
「それより、バイトが終わったら
一昨日、俺が却下した二つのナンパスポットの片割れである。
当然、碧も
「入り江に? けど、あそこってナンパスポットじゃ……」
「それが夕方になるとナンパする奴らはいなくなるんだってさ。俺も一昨日確認しに行ったから間違いない」
夕方ともなればナンパに成功した奴らはとっくに移動してるし、駄目だった奴らも
と、自信満々に保証する俺だったが、何故か碧はじとっとした目を向けてきた。
「ふーん……ちなみに、それはまた香乃と行ったの?」
「一人で行きました!」
再び生まれかけた誤解を即座に葬り去る。
碧は俺の返事を聞いて表情を緩めたかと思うと、こくりと頷いた。
「そっか、ならいいや。一緒に行こう」
笑顔の碧を見て、ほっとする。
よかった。よしよし、一昨日に引き続いて自由時間に碧と過ごす約束ができた。
そんな
よし、労働後の楽しみもできたし、午後の労働も頑張るぞ!
──なんて思っていたのだが。
「あのー……沙也香? 話があるんだけど」
「後にしろ、今忙しい」
恐る恐る話しかける銀司と、刺々しい雰囲気で彼を拒絶する二条。
昼食を終えて、少し早めに休憩室を出た俺たちを出迎えたのは、そんなピリピリした雰囲気だった。
「これはいったい……」
「な、何かあったのかな?」
あまりの雰囲気の悪さに、俺と碧は
その時、ちょうど肩を落とした銀司がとぼとぼと俺たちの前を通ったので、手招きして呼び寄せる。
「おい銀司、何があった?」

「さーやちゃん、すごい不機嫌オーラ出てるけど」
二階に続く階段の入り口で、俺と碧は銀司を問い詰める。
すると彼は、深々と
「いや、ちょっと俺がやらかしてしまってな……さっき、沙也香が店の奥からビールケースを持ってこようとしてたんだよ」
「ああ、あのクソ重いやつな」
大瓶のビールが一ダースも入っているため、重量は二十キロを超える代物だ。
俺が実感を込めて
「そう、クソ重いんだよ。そんなものを脇腹痛めてる沙也香に持たせるわけにはいかないじゃん? だから俺が代わりに運ぼうとしたんだけどさ……」
「まあ、正しい気遣いだな。それがどうしてこんな事態に?」
改めて問いかけると、銀司はもう一度深々と溜め息を吐いた。
「……その時、つい言ってしまったんだ。『俺が運ぶ。沙也香、ちっこいからこれ運ぶの無理だろ』と」
「「あー……」」
俺と碧は状況を察し、異口同音に納得の声を上げた。
「その後は売り言葉に買い言葉で、結構な
相当やらかしたようで、銀司は頭を抱えた。
「さーやちゃん、身長低いの気にしてるもんね」
二条と仲のいい碧が、うんうんと頷いた。
俺も以前、二条に対して身長いじりはNGという話を聞いた覚えがある。
端から見るとちっこくて可愛い存在なのだが、本人的にはチャームポイントと思っていないらしい。
「よりによって幼なじみのお前がその地雷踏んだのかよ」
半ば
「いや、だって……素直に心配だから代わるって言うのもちょっとあれでな」
「照れたのか」
「………………」
「照れたんだな?」
「………………はい」
黙秘権を行使する銀司を容赦なく追い詰める俺であった。
「いいか、銀司。心の中でどんなことを考えていようと、ちゃんと言葉に出さなきゃ伝わらなかったりするんだぞ」
「なんだろ……正論なんだけど、お前には言われたくない感が半端じゃない」
素直じゃない友人を窘めると、彼は妙に釈然としないような表情をしていた。
「でも、このまま放置するわけにもいかないよね。銀司君も、仲直りしたいでしょ?」
と、そこに助け船を出すように碧が割って入ってきた。
「そりゃあ、まあ」
どうやら観念したらしく、今度は素直に応じる銀司。
「せっかくみんなで海に来たっていうのに、喧嘩したままじゃいられねえもんな。すまん、二人とも。ちょっと仲直りするために知恵を貸してほしい」
そう頭を下げてくる友人に、俺たちは笑顔で
「もちろんだ」
「当然だよ」
そんな俺たちの返事にほっとしたのか、銀司はようやく表情を緩めた。
というわけで、『第一回・銀司と沙也香を
「まず、素直に謝ってみるのはどうだ?」
俺の提案に、銀司は力なく首を横に振った。
「最初にやってみたけど無理だった」
あのさっぱりした性格の二条が謝罪すら受け取らんとは、相当
「どうしたもんか……ちなみに、二人は喧嘩した時とか、どういうふうに仲直りしてるんだ?」
参考になればと思ったのか、銀司がそんな質問をしてきた。
「俺たちか。そうだなあ……」
俺と碧は軽く目を見合わせてから、過去の記憶に想いを
「あ、小学校の頃に喧嘩した時は、陸の部屋に二人で一晩閉じ込められたよね。仲直りするまで出てくるなって」
「あったな、そんなこと」
碧の出してきた思い出に、俺は懐かしさを覚えた。
うちの母親と碧の母親の手によって、部屋に放り込まれたんだよなあ。
おかげで逃げ場もなくじっくり話し合うことができて、翌朝には一段
「それは……ちょっと今実行するのはなあ」
とはいえ、高校生の男女がそれをするわけにもいかず、銀司は難しい表情を浮かべる。
「確かに、高校生でやるのはハードル高いかもね」
さすがに無理な提案だと思ったのか、ちょっと照れ笑いをする碧。可愛い。
代わりに、今度は俺が経験談を話す。
「まあ一晩部屋に閉じこもるってのは無理だけど、やっぱりちゃんと話をしたほうがいいぞ。俺は喧嘩した後はちゃんといかに相手が大事か言葉で伝えることにしてる。三十分くらいかけて」
「長くね!? いくらなんでも盛りすぎだろ!」
「盛るって……何がだ?」
よく分からない反応をする銀司に首を傾げていると、何故か赤面した碧が口を開く。
「銀司君……陸は本当にやるからね、それ」
碧の言葉に、顔を引きつらせる銀司。
「……マジ?」
「マジ。もう途中からこっちのほうが恥ずかしくて耐えられなくなって、なんか怒ってるのが馬鹿らしくなっちゃうっていうか、それ以上は死んじゃうからやめてってなるっていうか」
話していくうちにみるみる赤くなっていく碧と、未知の生き物を見るような目をする銀司が同時にこっちを向いた。
「すまん、陸。俺にはレベルが高すぎるわ、それ」
「そうか? 一番簡単な方法だと思ったんだが……」
とはいえ、どっと疲れたような顔をする銀司を見ると、無理強いする気にもなれない。
次に、俺と入れ替わるように碧が口を開いた。
「言葉にするのが難しいなら……態度で示してみるのはどうかな?」
「おお、いいかも。具体的にはどんな感じで?」
そのアイディアに、銀司は目を輝かせて飛びついた。
「とにかく相手にくっついてみるの。抱きついてみたり、つっついてみたり、ひたすら構ってほしいオーラを出すっていうか」
「一番ハードル高いの来たんだけど! 嘘だろ、本当にそれやってんのか!?」
碧の仲直り方法に
俺はそんな彼の肩にぽんと手を置いた。
「銀司、碧は本当にそれやるからな。もう途中からこっちのほうが恥ずかしくて耐えられなくなって、なんか怒ってるのが馬鹿らしくなるっていうか、それ以上は死ぬからやめてくれってなるっていうか」
なんならたまに
と、俺たちの経験談を一通り聞いた銀司は、引きつった顔で俺と碧の顔を見比べた。
「お前らの仲直り方法おかしくね!? ていうかさっきからずっと
「惚気……? え、何が?」
「銀司君、今そういう冗談言ってる場合じゃないと思うよ」
「なんで自覚ねえんだこいつら!」
小首を傾げる俺たちに、銀司は頭を抱えた。不思議。
ともあれ、俺たち流の仲直り方法はどうやらお気に召さなかったらしい。
「とりあえずもう一回謝ってみたらどう? さーやちゃんってそんなに怒りを引きずるタイプじゃないし、そろそろ話をできるくらいにはなってると思うよ」
碧も同じことを考えたのか、基本的なアドバイスに立ち返っていた。
「まあ、そうかもしれないけど……どうにもな」
納得はしたようだが、まだ若干及び腰の銀司。
仕方ない、背中を押してやろう。
「関係修復って早めにしとかないと厄介だぞ。一年ほど放置した結果、現在進行形で気まずい目に遭ってる俺が言うんだから間違いない」
「いきなり
俺の言葉に乗った重みを感じたのか、銀司はなんとも言えない表情を浮かべた。
そうして彼は少し考え込むと、覚悟を決めたように背筋を伸ばす。
「まあでもそうだな。気まずいまま仕事するわけにもいかないし、行ってくるわ」
そう宣言し、二条のほうに向かう銀司。
俺と碧は
やがて二人がフロアの入り口で接触し、銀司が二条に対して何やら話し始めた。
二条はそれを一通り聞いた後、ぽこんと軽く銀司の腹を
「うまくいったっぽいな」
「うん。よかった」
ほっと胸をなで下ろす俺たち。
変にこじれなかったようで何よりだわ。
「それにしても……」
俺が和やかな雰囲気になった友人たちを眺めていると、不意に碧がぽつりと
「ん? どうした?」
「ううん、なんでもない。さーやちゃんたち、仲直りできてよかったね」
「そうだな」
そんな碧の仕草に少し引っかかりを覚えて訊ね直そうとした時、フロアのほうから二条が歩いてくるのが見えた。
「碧、巳城。手間をかけさせたみたいで済まないな」
珍しく申し訳なさそうな顔をする二条。
「いや、このくらい気にするなって」
「そうだよ。さーやちゃんにはいつも相談に乗ってもらってるし、たまにはこっちも返さないと」
俺と碧が笑ってみせると、二条も安心したように笑った。
「そう言ってもらえると助かる。二人とも、まだ休憩時間残ってるだろ? かき氷でも
「お、助かる」
「うん、これで午後の仕事も頑張れるよ」
思わぬ幸運に喜びながら、俺と碧は二条に続いて
けど……仲直り、か。
自分で銀司に言っておいてなんだが、香乃との関係をこのままにしておいてはいけない気がする。
ずっと背を向けていたものと、向き合う時が来たのかもしれない。
そんな予感がした。
──ちなみにその後。
「そういや、仲直り方法についてアドバイスしてもらったとか銀司が言ってたけど、どんな方法を勧めたんだ?」
かき氷を食べる俺たちに、二条がそんなことを訊ねてきた。
「いかに相手が大事か三十分ほど語る」
「くっついたり甘えたりする」
「……銀司が実行しなくてよかったよ」
俺たちの返答に、何故か引きつった顔をする二条だった。