二回裏 好きな人が好きだった人。



「香乃が陸に大接近しててやばいです」

 海バイト初日の夜。

 宿泊場所として用意された国親家の和室で、私は真剣な表情でさーやちゃんと向き合っていた。

「……巳城の初恋の子だっけか。確かにまずいかもな」

 さーやちゃんもこれまでにないほど深刻な表情で、これが非常事態なのだと認めた。

 ここは女子に与えられた一室だが、香乃は原付で自宅から通っているため、私とさーやちゃんしかいない。

 男子組も離れの部屋に宿泊しているので、今ここは秘密基地状態である。

 それを利用して、今のうちに作戦会議をしておきたいところだ。

「い、一応、陸はもう香乃のことなんとも思ってないって言ってたけど」

 なんとかプラス要因を絞り出す私だが、その口ぶりは我ながら弱々しい。

 当然、さーやちゃんの表情も暗いままだ。

「今はそう言ってるだろうが、いつ焼けぼっくいに火が付いても不思議じゃないぞ。あの子、私から見てもすごく可愛いし、久しぶりに会ったことで『あれ、ちょっと大人っぽくなった?』的な新鮮味もあるし」

「うぅ……」

 説得力のある懸念に、私はうめくことしかできなかった。

 楽しいはずの海が、どうしてこんなことに。

「まあ、巳城の本命は碧のはずだから大丈夫だと思うけど……」

 励ましの言葉を口にしながらも、さーやちゃんの表情には危機感がにじんでいた。

 無理もない。香乃はそれくらい可愛い。

 正直、私が男だったら絶対私より香乃を選ぶし。

「……いよいよ、覚悟を決める時が来たのかもしれないな」

 重々しい口調で、さーやちゃんがぽつりとつぶやいた。

「覚悟……って?」

 その深刻な雰囲気に、私は自然と背筋を伸ばした。

 そんな私を、さーやちゃんは真っ直ぐ見つめ返してくる。

「碧、ここで決めるんだ。いつまでもだらだらしてないで、スパッと告白して決着を付けろ。まだ巳城の気持ちが東雲さんに向いてないうちに」

「こ、告白……!」

 その決定的なワードに、私は思わず息をんだ。

 そんないきなり……でも、確かにそれしかないのも事実。

 このまま手をこまねいていて、陸の気持ちが香乃に傾いていくのを見ているだけなんて、そんなの一生後悔するし。

「わ、分かったよ」

 元々、この海では陸との関係を進めるつもりだった。

 私はぎゅっと両手を握りしめ、自らの決意を言葉にする。

「私、この海できっと陸に告白してみせる……!」

 そうして、通算何度目かになるか分からない告白の覚悟を決めたのだった。



 翌日。

 まだ本格的に夏休みに入っていないこともあり、海の家のお客は少ない。

 私たちは見習い期間なのもあり、今日のバイトは午前中だけで終了した。

 午後からは自由時間になったため、私と陸は浜辺で待ち合わせをして遊ぶことになっている。

「なんとか告白にまで持っていけるよう頑張らなきゃ……!

 バイト中に着ていたTシャツを脱ぎ、ビキニ姿になった私は、確固たる決意を持って浜辺に出た。

 ピッチングでもいきなり勝負球を投げるような真似はしない。まずは見せ球を使って勝ちやすい状態を作るのが勝負のコツだ。

 なお、一年近くまともに勝負せず見せ球を投げ続けてるだけじゃん、という正論は受け付けないものとする。

 とにかく告白しやすいシチュを作ることを目標として、私は陸を探し始めた。

「やっぱり最初はマリンスポーツから提案してみよう……!」

 昨日、少しだけ調べたところ、この浜辺にはいくつか男女二人で行くのにおすすめのスポットがあるという。

 西の浜でやっているマリンスポーツ、南東にある撮影スポットの入り江、東にある白い砂浜。

 この三段構えで、陸を攻略してみせる……!

 そんな気合いを込めて西の浜を見ると、ちょうどそこから陸が歩いてくるのが見えた。

「あ、陸──」

 駆け寄ろうとした私は、思わず足を止めてしまう。

「香乃……!?

 陸の隣に、何故か香乃がいたからだ。

 楽しげな香乃と、それに渋い顔を返しながら満更でもなさそうな陸。

 まるで中学時代を思い出す一幕に、私の心臓は大きく跳ねる。

「ど、どどどどどういうこと……!?

 ま、まさか二人でマリンスポーツしに行ってたとか? カップル御用達のスポットで?

 どうしよう、ここは二人の接近を阻止するために、馬鹿な振りして声かけにいっちゃうべき? でも、それで嫌な顔されたら心が粉々になっちゃうし!

 と、私が思考の迷路で迷っているうちに二人の話は終わったのか、香乃が軽く手を振って去っていった。

 反射的にほっとあんの息を吐く。

 一拍遅れて、自分の情けなさにめっちゃへこんできた。

「か、完全に気後れしてるんだけど……」

 自分の頬をパチンと両手でたたいて気合いを入れ直す。

 いけない、私は勝負するためにここに来たんだから、頑張らなきゃ!

 そんな誓いを秘めて笑顔を作り、足早に陸の下へ向かった。

「陸、お待たせ」

 背後から声をかけると、彼はこっちに振り向いてから、驚いたような表情をした。

「お、おう。遅かったな」

 そして、妙にぎこちない態度で目を逸らす陸。

 え、もしかして香乃が近くにいる状況で私と二人きりになるの、ちょっと嫌だなとか思われてる?

「ええと、何しようか?」

 こっちを見ないまま、陸はそんなことを言った。

 その態度に不安と不満を持ちながらも、なんとか押し殺して会話に応じる。

「あっちのほうでマリンスポーツやってるって聞いたけど、行ってみない?」

 あえて、私は予定通りマリンスポーツを提案してみた。

 これで陸の反応を見ようという腹である。

「あー……それはちょっと。さっき見てきたけど、あんまりよさそうじゃなかったっていうか」

「そ、そう……」

 覚悟はしていたものの、動揺して声が裏返っているのが自分でも分かる。

 うぅ……やっぱり香乃と行ったんだ。

 今までの私ならここで怖じ気づいて黙っただろう。が、今日は告白を成功させるのだという強い意志を持ってここに来ている。

「それなら、あっちの入り江は? 地元では有名な撮影スポットなんだって」

 用意していたプランBを披露する。

 こっちもカップルの人気スポットだ。これなら陸も納得してくれるはず。

「そっちもやめておいたほうがいいかな……」

 が、プランBもあえなく撃沈したのだった。

 陸がこんなに私の提案を断るなんて珍しい。

 いったいどうして……いや、まさか。

「そっちも行ったの……?」

「まあ、マリンスポーツの前に時間あったから、ちょっと見るくらいだったけど」

 やっぱり香乃と行ったっぽいー!

 なんということだろう、私が手をこまねいているうちに、陸と香乃がそこまで接近してしまったなんて……!

「碧、あっちのほうによさそうなところがあったんだけど、そっちに行かないか?」

 私が黙ったのを見て、陸があらかじめ用意していたらしい提案をしてくる。

「う、うん。任せるよ」

 完全に動揺しまくった私は、プランCを披露する気力もなくただうなずいたのだった。



 そうして歩くこと数分。

 陸が連れてきたのは、家族連れたちが楽しむ一角だった。

 ロマンとかムードみたいなものはなく、にぎやかで楽しいだけのお手本のような海水浴場。

「この辺もまだ人が少ないんだな。本格的な夏休みに入る前に来て正解だった」

 ちらほらと見える家族連れを眺めながら、陸は安堵したように呟いた。

 相変わらず私のほうはあまり見ようとしない。

 これはあれだろうか、やはり香乃に誤解されるのが嫌で、私と距離を取っているということなのだろうか。

 そう思うと、気分もどんよりしてくる。

「どうした、碧。暑さにやられたか?」

 そんな私の変化を体調不良と思ったか、陸が心配そうに見てきた。

「えと、ちょっとね」

 私は内心を隠してあいまいに答える。

「じゃあ、あの屋台に行こうか。パラソルあるし、少し休んでいこう」

 陸はかき氷の屋台を指差すと、自然な動作で私の手を引いて歩き出した。

 って、なんか普通に手つないでるし……!

「あ、あの、陸」

「ん、どうした? 歩くの辛いか?」

 陸は純粋に私を心配しているらしく、手を繋いでいることには意識が向いていない。

 ここで体調悪いって言ったら、またお姫様抱っこまでしてくれそうな勢いだ。

「う、ううん。かき氷、何味がいいかなって」

 お互い水着なんて肌面積が広い状態でお姫様抱っこなんて心臓が破裂する。

 私はさっきとは別の意味で内心を取り繕いつつ、陸に手を引かれて屋台に向かった。

「どうせレモンだろ? いつもそうだし」

「そういう陸は絶対ブルーハワイだよね」

 ちょっとからかうように言う陸に、私も同じ調子で返す。

 ようやくいつものノリで話せるようになって、平常心が戻ってきた。

 少し軽くなった足取りで屋台にたどり着く。

「いらっしゃい。お、カップルかい?」

 私たちが繋いだ手を見た店主が、微笑ましいものを見るような目をする。

 や、やっぱりそう見えるよね。ちょっと恥ずかしい……うれしいけど。

「いや、友達ですよ。レモンとブルーハワイください」

 が、照れている私とは対照的に、陸はさらっと店主の言葉を否定していた。

 うぐ……なんか今のは刺さった。

 いや、陸は完全に正しいんだけど。実際に友達なんだけど!

 他の女子の影がちらついている状況でこんなきっぱり否定されると、それなりに来るものがあるというか。

「あいよ、お待ち」

「どうも。ほい、碧」

 ショックを受ける私に気付くことなく、陸は何事もなかったかのようにレモンのかき氷を渡してくる。

「……ありがと」

 礼を言い、二人でビーチパラソルの陰にあるベンチに座った。

「やっぱこういう暑いところで食べると、かき氷ってうまいな」

 のんにかき氷を食べる陸に、私のもやもやはピークを迎えた。

「……陸って、まだ香乃のこと好きなの?」

「ごふっ!?

 私の問いかけに不意を突かれたのか、かき氷を食べていた陸は思いっきりむせた。

「な、何を急に……」

 動揺を露わにする彼に、私は唇をとがらせて言葉を続ける。

「だって……マリンスポーツも入り江も香乃と行ったんでしょ?」

 私とは行かなかったのに、という言葉は寸前で飲み込んだ。

 とはいえ内心の不満は爆発しており、私はじとっとした目で陸を見つめ続ける。

 さあ、どんな言い訳があるか見せてもらおう! ていうか言い訳してほしい! これでもし言い訳してくれなかったら詰むし!

 そんな詰問だか懇願だか分からない感情を込めた目で見つめる私に、陸は少し困ったような顔でこっちを見つめ返してきた。

「いやだって……碧が提案した場所、どっちもナンパスポットだし」

 そうして陸から出てきたのは、意外な事実。

「え」

 思わず固まる私に、陸が説明を続ける。

「だから、マリンスポーツとか入り江とか、その辺はここのナンパスポットなんだって。一応、さっき香乃にそういうスポットがあるかどうかを聞いたから間違いない」

 え……じゃあ陸は私がナンパスポットに行ってトラブルに巻き込まれないよう、香乃から情報収集をしてたってこと?

 ていうか、もしや私が調べた男女二人で参加する客が多いって情報、ナンパスポットっていう意味だったの?

 そして私はそうとも知らず、陸が香乃を意識して私を嫌がってると思い込んで……。

「~~~~~~っ!」

 手で顔を覆い声も出さずにうめく私である。

 なんかもう恥ずかしいし申し訳ない!

「ど、どうした? 碧」

 私の奇行に困惑したような声を出す陸。

 そんな彼に、私はちょっと涙目になりながら答えた。

「い、言ってくれればよかったのに」

「それは、なんていうか……」

 突然、言葉を濁す陸。

 だが、事ここに至って誤魔化すことはできないと思ったのか、いきを一つ吐いて白状した。

「香乃と二人で行動してたって思われたくなかったから……ほら、変な誤解とかされたら嫌だし」

「あぅ……」

 照れたように言う陸の気持ちを聞いて、なんだか私の顔まで赤くなってしまう。

「そ、そっか。私に誤解されるのが嫌で……黙ってたんだ」

「ま、まあな」

 やばい、さっきまであんな不満に思ってたくせに、急に嬉しくなっちゃってる。我ながらなんて現金な女だろう。

 とはいえ、まだ陸の不審な行動は残っている。

「じゃあ……今日はあんまり私のほうを見ないのはなんで」

 そう問いかけると、何故か陸は顔を赤くして、また目を逸らしてしまった。

「そんなの決まってるだろ。碧の水着が思ったより大胆だったから、目のやり場に困ってただけだ」

「にゃぅ……

 本日最大の不意打ちに、思わず猫っぽい声が出てしまった。

 ビキニについて全然触れてこないと思ってたけど、しっかり刺さってたっぽい。

 やばい。頭がパンクしそうなんだけど。

「遅くなったけど、水着似合ってる」

「ありがと……」

 こっちを見ずに褒める陸と、消え入りそうな声で礼を言う私。

………………

………………

 なんとも気恥ずかしい沈黙。

 お互いに何を言っていいのか分からず、赤くなった顔を冷却するように、二人して黙々とかき氷を食べ続ける。

 と、そこでふとあることを思い出した。

「そういえば陸」

「な、なんだ?」

 沈黙を破った私に、陸はちょっとドギマギしたように応じる。

「いや、東のほうにれいな白い砂浜があるって聞いたんだけど、あれももしかしてナンパスポット?」

 使い残していたプランCである。

 三つ調べたうち全てがナンパスポットだったりしたら、私は今後自分の調査力に自信を持てなくなるだろう。

 そんな不安からたずねると、陸は苦笑しながら答えた。

「いや、そこはカップル御用達スポット」

「そうなんだ」

 私はほっと胸をなで下ろす。

 よかった、自分の調査力に絶望せずに済んだ……。

「碧、一緒に行ってみるか?」

 私があんに包まれていると、不意に陸がそんなことを言い出す。

「え?」

 驚く私に、陸は照れ臭そうにしながら続ける。

「ほら、なんか碧の行きたい場所、二回も却下しちゃったし。もし行きたいなら、俺も付き合うけど。いやまあ、誤解されそうで嫌っていうなら無理にとは──」

「行く! 私、絶対行きたい!」

 陸の言葉を途中で遮り、ぐいっと顔を寄せて答えた。

「お、おう。そうか」

 赤くなって上半身をのけぞらせる陸を見て、私ははっと我に返って彼から離れる。

「ご、ごめん。けど……私、陸と一緒なら行きたいなって思って」

 慌てる私を見て逆に冷静になったのか、陸はいつものように笑ってうなずいた。

「ん、分かった。じゃあかき氷食べ終わったら行こうか」

「よし、そうと決まれば早く食べちゃおう」

 私は急いで向かうべく、かき氷を口に運ぶ速度を上げる。

「いや、そんな急いで食べたら──」

「うぐ!? あ、頭が……!」

「ほら、言わんこっちゃない」

 頭を押さえる私と、それを見て優しく苦笑する陸。

 ──告白のためとか、カップル御用達スポットとか。

 色々と考えを巡らせたものの、こうやって二人で普通に話してる時が一番幸せなんだよなあと思う私であった。