プロローグ1。



 放課後の校舎裏。

 降り積もる落ち葉を踏みしめながら、俺は周囲を見回した。

「……お、見つけた」

 落ち葉に埋もれるようにして落ちていた白球を拾い、ほっと胸をなで下ろす。

 今日はシニアの練習が休みなので野球部の活動に交ぜてもらっていたのだが、うっかり特大ホームランを打ったため、校舎裏まで転がっていってしまったのである。

「ガラス割れなくてよかったわ。うちの学校、グラウンド狭いんだから」

 まあ公立中学にそこまでぜいたくを求めても仕方ないけど。

 そんな取り留めのないことを考えながら、グラウンドに戻ろうとした時だった。

 ふと、視界の隅に人影を見つける。

 思わずそっちを見ると、その人物も俺に気付いたのか、こっちに視線を向けた。

 夕日のあかねいろを弾いて輝く金髪、リスのように大きな目、すっと通ったりよう

 あまりに人形めいた美しい顔立ちに一瞬れそうになる。が、何故かこちらに向ける視線だけは氷のようで、その冷たさが俺を正気に戻した。

「やっと来た。自分から呼び出しておいて遅れてくるなんて、失礼な話ね」

 少女が口を開いたかと思うと、まるで身に覚えのない非難を俺に浴びせてくる。

「……は? え、呼び出したって俺が?」

 困惑しつつ応対すると、彼女はポケットから一通の手紙を取り出した。

「これ、私の机に入れたの君でしょ。今時ラブレターなんてどうかと思うわ。あと差出人の名前くらいちゃんと書きなさいよ。まあどっちにしろ断るけどね」

 と、その台詞せりふで俺はだいたいの状況を理解する。

「いや、人違いだ。俺は今たまたまここに来ただけだよ」

 そう弁解すると、少女は深々といきを吐いた。

「なるほど。今回はそのパターンか。いるんだよねえ、差出人不明で書いておいて、いざフラれたらそうやって誤魔化す奴」

 が、俺の説明は響かなかったようで、少女はうんざりしたような言葉を返してくる。

 初対面の人間に一方的に言われ、さすがに俺もイラッときた。

「アホか。お前みたいな性格悪い女に誰がれるか」

「そうそう。こんな塩対応しても顔がいいってだけで近づいてくる男が絶えないんだよね、君みたいに」

「はっ。残念ながらお前程度じゃ心は動かねえよ。あいにくと顔がいい親友がいるんでね」

 一瞬だけ見惚れそうになったのはノーカウントだ。

 どうあれ、中身を知ったらこんな女の相手をしたいとは思わん。

「ふーん? そこまで言うならけようか。君が差出人じゃないなら、この後に本当の差出人が来るはず。それが本当に来るのか待とう」

 少女は挑発的な態度でそんな提案をしてくる。

 俺が残らなくても本当の差出人は来るだろうし、乗るメリットがない……が、ここで退くのもなんか腹立つ。

「いいぜ。俺が勝ったら何してくれるよ」

 売り言葉に買い言葉というやつで、俺は即座にうなずいた。

「じゃあこの後、私が下校デートしてあげよう」

「なんで勝ったのに罰ゲーム受けることになるんですかね」

「なんですと」

 バチバチとにらみ合う俺たち。

 が、すぐにその不毛さに気付き、溜め息を吐いてお互い視線を逸らした。

「つーかお前、よく見たら三組の転校生じゃん。東雲しののめとか言ったっけ」

 落ち着いたおかげか、脳の片隅にあった記憶がよみがえってきた。

「今頃気付いたの? 美少女転校生としてあんなに話題になったのに」

「ああ。ついでにクッソ無愛想で性格が悪いとも話題になってたな」

 二学期の頭に転入してきてすぐにその常人離れした外見で学校の話題をかっさらい、次の日にはその常人離れした内面で話題をかっ攫った希有な人材である。

 俺の言葉がちょっと効いたのか、東雲は仏頂面になった。

「モテる子ってしつされるから、色々とあることないこと言われるのよ」

「今のところ一〇〇%真実だけども」

「なんですと」

 再び睨み合う俺たち。

 と、そんな空気を壊すように雑草を踏む音が聞こえてきた。

 振り向くと、そこには困惑したように俺たちを見比べる男子生徒の姿が。

「東雲さん……と、りく? どうしてお前までここに」

 俺がその問いかけに答える前に、東雲が前に出た。

「このラブレター書いたの、君?」

「そ、そうだけど」

 彼女が手に持ったラブレターを見せると、男子生徒は頷く。

「……なるほど。本当に人違いだったか。なら……うん」

 東雲はじっと考え込むような顔をしてつぶやいた。

 一方、俺は心の中でかいさいを叫ぶ。

 どんな小さな勝負だろうと、勝つというのは気持ちがいいものだ。

 と、その気の緩みがよくなかったのか。唐突に、東雲が俺と腕を組んできた。

「ちょっ!?

 突然の出来事に硬直する俺に構わず、東雲は男子生徒に笑顔を見せた。

「ごめんねー。私、陸と付き合ってるからさー。このラブレターは受け取れないや」

「はあ!?

 男子生徒よりも早く俺がリアクションを取る。

 が、失恋のショックというのは人の判断力を奪うものなのか、男子生徒は俺の態度に目もくれず悲愴感漂う顔をした。

「そ、そうか……まあ東雲さんくらい可愛い子がフリーなわけないよな」

「いや、これだけ性格悪ければ全然フリーもありえると思うけど」

「お幸せに!」

 俺の指摘も届かず、男子生徒はきびすを返して走っていった。

「おいちょっと!」

 なんてことだ……とんでもない風評被害が生まれてしまった。

「オイコラ転校生。お前はなんてことしてくれたんだ」

 組まれた腕を振り払うと、彼女は避けるようにぴょんと跳ねて気さくな笑みを浮かべた。

「あはは。立ってる者は親でも使えって言うでしょ? あと、私のことは香乃って呼んでいいよ。私も陸って呼ぶし」

「呼ばねえし呼ぶな。なに急に親しげになってるんだよ」

「いや、私に下心も嫉妬も持たずに接してくる奴、久しぶりだからさ。陸となら友達になれるんじゃないかと思って」

「嫌悪感とうつとうしさは両手に抱えるほど持って接してるんだが」

「捨てたほうがいいよ、それ。私と友達になるという幸せチャンスを逃してしまうし」

 俺の嫌味もさらりと流して、フレンドリーな態度を崩さない東雲。

「それより、約束通り下校デートでもしようか。ちょっとお腹空いたし、ご飯食べに行かない? 今回は陸の財布事情に合わせてあげるからさ」

「おい、まさかと思うが俺にたかる気か?」

「うん。超名誉なことだから飛び上がって喜ぶといいよ」

「俺が喜ぶ要素、どこかにありましたかね……」

 いっそあきれた俺に、東雲はひたすら楽しそうに笑う。

「冗談だって。ま、私がおごってあげるから安心しなさい」

「それならまあ」

 こいつと飯を食うことに喜びは感じないが、せっかく勝ったのだし、賞品を受け取るくらいはしないと損だ。

「うんうん。ようやく素直になったか」

「最初からずっと素直なんだが……お前、やっぱり友達いないだろ」

「失礼な。友達くらいいるよ、三分前から」

「早速俺を友達にカウントするな!」


 ──中学二年の秋。

 これが、俺と東雲香乃の最悪な出会いだった。