
──座席の揺れと、窓から差し込む日差しが気持ちよかった。
管理事務所で汚れたジャージから制服に着替え、乗り込んだバスの中。
俺は最後尾の席、その窓際に腰掛け、ぼんやり窓の外を眺めている。
……色々あった、宿泊研修だったな。
ダムを見てキャンプファイヤーをして、オリエンテーリングをしてテント泊をして。
思い出に残る楽しいアクティビティばかりだったし……最終的に、風来さんに保留にしてもらえたのも。俺たちのことを、仮の形とは言え認めてもらえたのもうれしかった。
だから──その期待を裏切らないようにしたいと思う。
これからも、風来さんに胸を張れるような関係を静乃と続けていきたい。
隣の席では、静乃がちょっと眠そうに同じく窓の外を眺めている。この三日の疲れが、ここに来てどっと来たのだろう。
反対側にいる六曜さん、亮祐も、さすがにちょっとくたびれた様子だ。
ときおり言葉を交わしながらも、二人とも普段よりぼんやりしていた。
──もちろん、俺たちだけじゃない。
バスの中全体には充実感にも似た倦怠感が漂っていて、ああ、これで宿泊研修は終わりだと、改めて実感した。
このあと学校に着いて家に帰れば、いつもの日常が戻ってくる。
それがほんの少し寂しくて、俺は一人祭りのあとみたいな気分になっていた。
……まあ、俺たちの一つ前の席にいる風来さん。
彼女だけは、
「──やー楽しかったですね!」
「──お話しできる同級生が増えて、非常にうれしいです!」
なんて隣の女子に話しかけていて、本当に元気いっぱいなのだけど。
……隣の女子、眠そうなのに大変だな。
まあ、苦笑しつつもちゃんと風来さんの相手をしているし、本気で嫌がっているわけではないようなのだけど。
と、
「……ヤバい、眠い……」
隣の静乃が、もはや限界っぽい声でそう言う。
「こっそりこのまま、寝ちゃっていい……? 忍にもたれかかって……」
「や、どうだろな……」
答えながら、俺はもう一度バスの中を見回した。
クラスメイトは結構な割合で寝ているし、ここでもたれて寝たところで問題にはならないだろうけれど……風来さんとあんな話をした直後なのだ。
なのに、彼女の真後ろでくっついて寝るのは……ちょっと、気まずいかも。
いきなり油断してると思われるかも……。
「……学校まで、あと二時間ないくらいだと思う。その間、耐えられないかな?」
「……それは、きつい……」
……そりゃそうだよな。
体力のない静乃が、ここ二日でかなりの運動をしたんだ。
疲労は溜まってるだろうし睡眠時間だって足りていないだろうし……日々鍛えている俺自身でさえ、かなりの眠気を感じている。
なのに、このまま我慢させ続けるのは、さすがに酷だ……。
どうしよう、どうするか……。
そんな風に悩んでいると、
「……」
ふいに──前の席の風来さんが、ちらりとこちらを見た。
そして、あくまでそれまでの雑談の続きみたいな体で、
「……しかし、さすがのわたしもちょっと疲れましたねー」
そんなことを言い出す。
さらに、彼女はさっきまでの元気が噓だったみたいにあくびまでしてみせ、
「眠くなってきたので……寝かせてもらってもいいですか?」
「あ、うんいいよ。実はわたしも結構限界で……」
「おや、それはすいませんでした。じゃあ、寝ちゃいましょう……」
言って、彼女は小さく笑うと、
「……寝てる途中、うっかりもたれかかっちゃうかもしれません。でも、こんな状況ですから……今日ばっかりは、しかたないですよね? 不可抗力です……」
「うん、そうだね……」
……その会話は、きっと俺たちへのさりげないメッセージなんだろう。
ここでくっついて寝たとしても不可抗力。
咎めはしないよ、というメッセージ。
静乃の方を見ると──彼女も、それに気付いていたらしい。
こちらを見ると、俺に小さくほほえんでみせる。
……うれしかった。
風来さんがそんな風に言ってくれたのが、心の底からうれしかった。
なら……お言葉に甘えようと思う。
静乃と並んで、ここで眠ろうと思う。
「……よし、じゃあ」
そして──俺たちは肩を寄せ合うと。
「……ふふ、なんかこれはこれで、照れくさいね……」
「ああ、そうだな……」
そんなことを言って、小さく笑い合う。
こんな風に、人前で隠すことなく眠るのは初めてのことだった。
これまでひたすらプライベートだった添い寝を、こうして公の場ですることがなんだかくすぐったい……。
制服越しに感じる静乃の肩の丸み。
頰を寄せている髪の滑らかさと、甘い匂い──。
「……そういえば、忍さ」
「ん?」
「添い寝のとき、ドキドキするって風来さんに言ってたよね……」
「……ああ、まあな」
「わたし、ずっとそんなことないんだって思ってた。いつも冷静で、別に全然気にしてないのかなって……」
「……そんなわけないだろ」
むしろ、何度心臓が飛び出しそうになったかわからない。
それは今だって同じだし、こっちこそいつも静乃は冷静だななんて、ちょっと恨めしく思っていたんだ。
「だからわたし、それを知れてうれしかったし……ちょっとほっとした。ドキドキしてたのわたしだけじゃないんだって……」
「それはこっちも同じだよ。むしろ、俺が動揺してるの、完全にバレてると思ってた……」
「全然わかんなかったなあ……。わたし、そういうの鋭い方だと思ってたんだけど」
「な。思ったより鈍いんだな、静乃……」
「……忍ほどじゃないけどね……」
そこまで言って──お互い大きなあくびが出た。
うん、もうそろそろだ……。
そろそろ、本格的に眠くなってきたみたいだ。
「だから……そんな風に……」
とろんとした声で、静乃は言う。
「これからも、忍のこと、ちょっとずつ知っていきたい……。どういう男の子なのか……色んなことをどう考えてるのか……」
「……うん」
「それから……あの約束のことも……。何があって、こうなったのかも……」
「……そうだな」
そろそろ、それをはっきりさせるときが近づいているんだろう。
二人とも、その準備は整ったのだと思う。
だから、少しずつでもいい。
二人で、約束の行き違いの理由を、解き明かしていきたい──。
……ただ、今のところは眠気が限界だ。
「……寝よっか?」
「だな」
言い合って、俺たちは深く息を吐く。
そして、
「おやすみ、忍……」
「うん、おやすみ……」
エンジンの小気味よい振動とシートの温かさを感じながら。
ゆっくりと、穏やかな眠りに沈んでいったのだった──。
