第6話 幼なじみ、打ちあける


「──ち、ちちちちち、ちがうんだよ!」

 我ながら、みっともないほどろうばいしていた。

「そ、そういう感じじゃなくて……別になんか、そういうことしてたわけじゃなくて……」

 きなのもあって、全く言葉が出てこない。

 筋立てて、言い訳を言うことさえできない。

 それでも、

「じ、事情があるんだよ! やむをえないというか、こうせざるをえない理由が……!」

 俺は必死で頭を回して、取りすがるようにして言葉を続けていた。

 俺たちのいるテント。

 その外には──かざさんが立っている。

 めずらしく落ち着いた表情で、じっとこちらを見ているかざさん。

 俺たちは──思いっきりを見られてしまった。

 くっついてているところを、見られてしまった。

 しかもしず……俺にきついてたよな。

 しず中、何かのひように俺にきついてしまうことがある。今回も、おたがいいつのまにかぶくろし、そういう体勢になっていたんだろう。

 よりによって……その状態を、かざさんは見たことになる。

 ──頭が、完全にオーバーヒートしていた。

 がバレるのは初めてのことで。

 そのうえ、りようすけたち以外にその場面をもくげきされるのも初めてのことで……。

 ど、どうすればいい!? どう説明すればいい……!?

 こ、これ……対応をちがえたら……結構な問題になりかねないぞ。

 なんとか、なんとかおん便びんにことを済ませないと……!

「どういう事情で、こうなったんですか……?」

 おだやかにたずねてくるかざさん。

 そ、そうだ、事情だ……。

 ここでなんとか、が事故だったと思ってもらえるような事情を、でっち上げられれば……。

 いつしゆんで考えをめぐらせてから、

「そ、その……夜中に俺、トイレ行ったんだよ!」

 ぱっと、思い付いたアイデアを口にする。

「たき火見ながら、お茶飲み過ぎたみたいで……てたんだけど、どうしてもトイレ行っておきたくなっちゃって……。すげえねむかったけど、がんって行ったんだよ……」

 ……この辺は、一部事実でもある。

 実際俺、昨日の夜にねむをこらえてトイレに行ったわけだしな。

 まあ……本当は俺だけじゃなくて、しずいつしよにだったんだけど……。

「それで、もどってきてテントに入ってたんだけど……それが、ちがってたみたいで。りようすけのいる方じゃなくて、もりさんのいる方に入っちゃったみたいでさ……それで、こんなことになったんだよ!」

 ……うん、筋が通った。

 口からでまかせだけど、なんとか言い訳できたぞ!

「だから、別にかざさんの思ってるようなことはなくて! むしろ……もりさん、ごめん。てるとこ勝手に入っていって。びっくりしたよな……?」

「う、うん! 何が起きたかと思ったよー!」

 話をると、しずもアドリブでそれに乗っかってくれる。

「さ、最初はのんが帰って来たのかなって思ったけど……おおたきくんだったんだね! びっくりだよ、次からは気を付けてよ!」

 よし、かんぺきだ……!

 もちろん、これでかざさんを完全に説得できたかはわからないけれど、少なくとも「実際にそうであるかもしれない」言い訳をすることができた。

 ここから何か話が大ごとになっても、これを主張し続ければなんとかれ──、

「──うそですよね……」

 ──かざさんが言う。

「それ、絶対うそですよ……」

「な、なんでだよ!?

 思わず、声がうわずってしまった。

 俺はあわてて一度せきばらいすると、

「信じないのは勝手だけど……別に、うそついてるなんてこんきよはどこにもないだろ? そんなの、言い切れないはずだろ……」

 けれど、あくまでかざさんは落ち着いた表情のままで、

「……さっきの会話」

 ぽつりとこぼすように言う。

「起きた直後の、お二人の会話……。あれ、おっしゃる通りテントをちがえただけなら、あんな風にならないですよ。おたがいに、となりにいるってわかってなきゃ、あんな言い方になりません……」

……ッ!

 言われて──思い出してみる。

 目を覚ましたときの、俺たちの会話──。

しず……朝だって。もう、起きないと……』

『ん? ええ……? まだわたし……ねむいんだけど……』

『俺も……』

 ──かざさんの、言う通りだった。

 つじつまが合わない。

 俺がちがってテントに入ってしまっただけなんだとしたら……あんな会話になるはずがない。

 ……完全に、言葉につまってしまった。

 自分のおかしてしまったミス。

 それをここから……ひっくり返す方法が、思い付かない……。

「……おうえんしたいと、思ってたんですけどね」

 残念そうに、かざさんは視線を落として言う。

「お二人ともすごくいい人そうですし、真面目そうですし……そんな方々が、お付き合いしているなら……おうえんしたいと思ってました。というか、今ももちろん思います……けど……」

 そして──こちらを見ると。

 ぜんとした態度で、はっきりした声で、俺たちに言う──。

「先生に──報告しなければなりません。委員長として、この件をかくしておくことは、できません──」

 ──背中に、つっとあせが伝った。

 教師にバレる──。

 しずしていたのが、学校側に伝わる──。

 そうすれば……どうなる?

 説教されるだろう、それはちがいない。

 ただそれでは済まなそうだし、親にれんらくを入れられるかもしれない。

 もしかしたら一人暮らしをやめさせられて、どこかのりように入れられるかもしれない。

 そしたらもう……。

 ……俺としずは、ができなくなってしまう。

 ──止めなきゃ、と思う。

 なんとかして、土下座でも何でもして、それだけは止めなきゃ。

 教師への報告は、かんべんしてもらわなきゃ──。

 けれど……理由が思い付かない。

 かざさんの言っていることは正論だ。

 どう見ても、俺としずはこのテントにかくれて、何かしらしていたとしか思えない。

 仮に何もしていなかったとしても、俺たちはもう子供じゃない。男女でいつしよていたというだけで、高校生的には大問題になる。

 それを発見したクラス委員長が、だまっているなんてできるはずがない。

 そんなの責任問題になりかねないのだ……。

 そういう正論をくつがえすだけの「ないしよにしてもらう理由」を、かざさんがだまっていなければいけない理由を──俺は、思い付くことができない。

「……そろそろ作業ですね。行かなくちゃ」

 うでけいかくにんして、かざさんはそう言う。

「片付けでばたばたしてますし、先生には帰りのバスの中で報告することにします。そのまま学校で事情を聞かれるかもしれないので、そのつもりで。それでは……」

 それだけ言うと、かざさんはくるりときびすを返し。

 小走りで、管理とうの方へ向かっていった──。



「──なん……だと」

「そりゃあ、参ったな……」

 ──今朝のけいを、のんみねくんに説明すると。

 バスの待っているちゆうしや場へ向かって山を下りながら、二人は深刻な表情でそう言う……。

「ごめん、何か言い合いになってるのは、となりのテントで気付いてたんだけどさ……」

 みねくんは、そう言ってくやしげにくちびるんだ。

かつに出てくとめんどうになるかと思って、だまって話が終わるのずっと待ってたよ……。加勢すれば良かった……」

「いやいや、出ていったら、きっとりようすけも変に巻き込まれただけだったよ……」

 困り果てた様子でかみをかき、しのぶがそうフォローする。

「こっちこそ申し訳ない、せっかくの宿しゆくはく研修最終日に、こんなことになって……」

 ……本当に、しのぶの言う通りだ。

 わたしたち、この宿しゆくはく研修でみねくんとのんめいわくをかけ過ぎだ。

 そもそもみんになんてなっていなければ、二人ももっとつうに研修を楽しめたのに。

 ほんとごめんね、みねくんものんも……。

「それにしても……あと一時間くらいで、ちゆうしや場には着くでしょ?」

 のんはそう言って、むんとうでを組み。

「そのタイムリミットまでに、何ができる……? かざさんを追いかけて、説得する?」

「まあ……それしかないと思うんだけど」

 あしもとに気を付けて歩きつつも、わたしは弱気な声でそう答えてしまう。

「ここから、どんな風に説得すればいいかわからないの……。向こうには、すでに一回うそかれてるから、ここからさらにうそを重ねるのも危ない。かといって、本当のことを言うわけにもいかないし……」

 もう、まりだとしか思えないのだ。

 これ以上言い訳し続けるのはリスクがありすぎる。

 とは言えほんとのことを言えば、もっとめんどうになるのは確定だ。

 これまでしてきたことだとかみんのことだとか、そんなことが教師じんに伝われば……もう、めちゃくちゃになるのは目に見えている。

「……なるほど、どうするか……」

「もうこうなったら……」

 口元に手を当てているみねくんに、のんうすみをかべながら続いて、

おどしてくちふうじするか……? あるいはもう……ヤるか……?」

「ヤ、ヤる……!?

 しのぶが、ビクリとふるえながらのんの方を見る。

「な、何を……?」

「……さあ?」

 うすぐらみのまま、のんは低い声でそう言う。

「『る』でも『る』でも『る』でも『る』でも……わたしは何でもするよ……しのためならね……」

「ヒッ……!

 情けない声を上げて、おののいているしのぶ

 いやこわいよのん! さすがにそれはこわいよ!

 でも、マジでこの子はそういうことをやりかねない……。

 のんが犯罪こうに走る前に、この問題をなんとかしないと……。

 けれど……ろくな案は思い付かなくて。

 ここからかざさんを止める方法なんて、どこにもないような気がしてしまって……。

「……どうしよう」

 わたしは山道を下りながら、ほうに暮れてしまう……。

「どうすれば……ここからくごまかせるんだろう……」

 と、

「……ん?」

 ジャージのポケットの中で、スマホがふるえているのに気付いた。

 これは、だれかから着信が来たみたいだ。

 画面をかくにんすると、

「……あれ、はなさんだ」

 表示されているのはみねくんのお姉さん、みねはなさんの名前だった。

 どうしたんだろ。

 彼女とは、例の変装の買い出し以来ちょこちょこメールしてきたけれど……。

「……もしもし?」

『あーもしもしー? しずちゃーん?』

 通話をタップしスマホを耳に当てると、元気なはなさんの声が聞こえてくる。

『やっほー、元気してるー?』

 その問いに、わたしはいつしゆん口ごもってから。

「はい……まあまあ、元気です」

 ……実際は、つかてているけれど。

 ここしばらくの野外活動と今朝のトラブルで、ろうこんぱいだけど……はなさんにそれを言ってもしかたない。

 ひとまずは、何でもないりをしておこう……。

「それで……どうしたんですか? 何かありました?」

『それがさー、ちょっとしずちゃんに聞きたいことがあってー……』

 言って、なぜかはなさんは電話しなのに声をひそめると、

『今りようすけ……しずちゃんと同じ班で、宿しゆくはく研修中でしょ? その班に、例の……ろくようさんもいるんでしょ?』

「ああ、はい……そうですね」

 そしてはなさんは、

『その……りようすけ、どんな感じ?』

 おそおそる、そんなことをたずねてきた。

『そのろくようさんと……なんかなっちゃったりしてる……?』

 ──思わず、してしまった。

 ……本当に気になってたんだな。

 自分の弟が、この宿しゆくはく研修をきっかけにくだんの女子と何か進展しないのか、はなさん、本気でそれが気になってたんだ……。

 この間の買い物のときも言ってたもんなあ。何か進展があったら、教えて欲しいって……。

 てんこうだし適当な人だけど、そういうところはちょっとかわいくて。

 弟大好きなお姉ちゃん、という感じで、わたしはめていた気分がちょっと楽になる。

「あはは……特に何もないと思いますよ」

 笑い出しながら、わたしはスマホに向かってそう答えた。

「割とずっといつしよにいますけど、いつも通りというか……」

『そうなの? ならいいんだけどさ~……』

「……ああ、むしろ」

 と、わたしはちょっとそこで申し訳ない気分になり、

「わたしたちが……わたしとしのぶが、ちょっとめいわくかけちゃってて……今も、トラブルが起きてて……だから、そっちでいつぱいにしちゃってるかもしれません」

 そうだ、それがなければちがったかもしれない。

 二人がわたしたちのことなんて気にせずに宿しゆくはく研修できれば、もうちょっとちがう展開もあったのかも……。

 はなさんには悪いけれど、わたしは最近思うのだ。

 みねくんとのん、まあまあお似合いなんじゃないかって。

 好きなものに一直線なのんと、それを受け入れる度量のあるみねくん。

 本人たちは何もないと言ってるし、今は実際そうなんだろうけれど……実は結構、あいしようい気がするのだ。

 そんな二人が近づくチャンスを、わたしとしのぶうばっちゃったのかも……。

『ん? トラブル?』

 スマホの向こうで、はなさんは不思議そうな声を上げる。

『どしたのー? 何があったー?』

「ああ……それがですね……」

 ここまで来たら、かくすのもみようだろう。

 わたしは、はなさんにざっとこれまでのけいを説明した。

 人の目をかいくぐりながら二晩したこと。それでも今朝、ミスをきっかけに一番やっかいな人にその現場をばっちり見られたこと。

 そして……このままではその話が教師に届き、どうなってしまうかわからないということ。

 はなさんは、すべてを聞き終えると、

『あ~なるほど。そういう感じか~……』

 なんてため息交じりに言ったあと、

『めんどくさーい。わたしだったら、もう全部無視してげたくなるわ~』

「ははは、そうできると一番いいんですけどね……」

 わたしももう、げちゃいたいくらいだ……。

 かざさんからも学校からも、何もかもほっぽり出してげちゃいたい……。

『……まあでも』

 と、そんなわたしの考えに継ぐようにして、

しずちゃんとしのぶは……げるのはやめた方がいいだろうねえ』

「……ですよね」

 そうだ、げたってどうにもならない。

 結局わたしたち、ごまかすにしろどうするにしろ、問題からげようがないんだから。

 けれど、

『いや、あのね~……この間も言ったけど』

 はなさんは、そんな風に言葉を続ける。

だんちがうことやっても、しんどいしくいかないだけなんだよ~。げるなんて、しずちゃんもしのぶも慣れてないでしょ~』

「……そう、ですね」

 そういえば、そうだ。先日、はなさんは言っていた。

 ──自分本来のやりかたとちがうことしても、しんどいだけだったりするからね~。むしろ、しのぶなりのやりかたをつらぬいた方がいいんじゃない? 知らんけど。

 確かに、わたしたちははなさんみたいにげることはできないだろう。

 特にしのぶは。

『だから──もういつもの自分で行くしかないよね~』

 あくまで軽い口調で、はなさんはそう続ける。

『それでダメだったらダメだったときだよ~! まあ、当たってくだけていこうぜ~』

「当たって……くだけるですか」

『そうそう~。だってもう、げられそうにないんでしょ?』

「……はい」

『だったら、もうかく決めるしかないんだよ~。どうやったって無傷でなんていられないんだから、真正面からぶつかっていこう~』

「……真正面から」

 その言葉が、みように胸にひびいた。

 なんとかこの場をけようと、回り道を探していたわたし。

 けれど……そうか。

 回り道が見つからないなら──真正面から、行くしかないのか。

 ──それからしばらく話をして、はなさんとの電話は終わった。

「……ふう」

 一つ息をして、周りを見る。

 山道を下るちゆう

 目に入る緑と、あしもとに感じる土や岩のかんしよく

 そして──不安げに話し合いながら歩いている、しのぶみねくん、のん

 ……うん、なんだか気持ちの整理がついた気がする。

 じようきようは好転していないし、具体的な打開策だって全く思い付いてない。

 けれど、できることなんて、最初からそんなにないんだ。

 なら、思い切ってそれにけてみよう。

「……ねえ、しのぶ

 わたしは小走りでしのぶの元へ向かうと──その背中に声をかけ、話し始めた。

 さっきまではなさんと話していたことを。

 わたしたちに今、できることを──。



 ──とうちやくした、ちゆうしや場。

 何台ものバスが並んだその空間には、まだそれほど生徒たちは集まっていないようだった。

 俺たちもかなりろうしているけれど、それは他の生徒も当然同じだろう。

 無理せずゆっくり時間をかけて、山から下りてきているのだと思う。

 今回の宿しゆくはく研修のしおりをかくにんすると、ジャージから制服にえる時間なんかも設定されているから……うん、出発までにはまだしばらくありそうだ。

 そして──俺は。

 四人の先頭に立ち、俺はちゆうしや場の中をわたす。

 もうすでに、彼女は来ているはずだ。

 先頭でキャンプ場を出発していたし、俺たちがくこともなかった。

 なら、彼女はこのちゆうしや場のどこかにいるはず。

 そして、しばらく辺りに視線をやって──、

「……見つけた」

 ──探していた彼女の姿を見つける。

 俺たちの乗る予定のバスのそばで、何やら雑用をしている女子。

 がら身体からだをテキパキと動かしている、かざさん──。

 俺たちのクラスの担任は最こうでキャンプ場を出発するとのことだったし、まだ報告はされていないはず。

 なら──チャンスは今しかない。

 今、彼女と話さなきゃいけない──。

「……しず、行こう」

「うん……」

 うなずき合って、しずと二人歩き出した。

 ──話すことは、もう決まっている。

 むしろ、最初からそれしかなかったのだと思う。

 なのに、ぐずぐずとなやんでいた俺の背中をしずが、そして電話で話したというはなさんが押してくれた。

 だからもう──やれることをやるだけだ。

 成功率は、決して高くはない。

 けれど、一分の一の自分たちで、かざさんに向かい合うしかない。

「……かざさん」

 彼女の前に立ち名前を呼ぶと、

「……はい、どうしました?」

 いつもよりもちょっとけいかい気味の表情で、かざさんがこちらを見る。

 それでもできるだけ明るい口調を心がけているようで……うん、やっぱりこの子はだなと思う。

「ちょっと……どうしても話がしたくて」

 俺は、まずそう切り出した。

「今朝のこと、ちゃんと話したいんだ。時間もらえないかな?」

「時間は……だいじようですけど」

 うでけいかくにんして、かざさんは言う。

「話してもらっても、わたしがすることは変わりませんよ? それでもいいですか?」

「うん、それでもいいよ」

 となりしずが、こくりとうなずく。

「一度、わたしたちのこと話しておきたかっただけだから」

「……そうですか」

 そう言って、かざさんは小さく息をす。

「じゃあ、ここでは何なので、ちょっと移動しましょう」

「そうだな」

 うなずいて、俺たちは人気のない林の遊歩道の方へ向けて、歩き出した。



 ──とうちやくした、ちょっとした広場。

 ちゆうしや場から数分ほどのそのスペースで。

「──まずは、今朝はおどろかせてごめん」

 まず俺は、かざさんにそう切り出した。

「あんな風に、いきなりクラスの男女がいつしよてたらビビるよな……。それから、うそをついたのもごめん。こっちも動転して、口からでまかせを言っちゃったよ……」

「……ええ」

 相変わらずわずかなけいかい心を顔にのぞかせ、かざさんはそう言う。

 俺たちがこれから何を話すつもりなのか、不安をいだいているのかもしれない。

 ……そりゃそうだよな。

 こんな人気のない場所に連れてこられて、しかも俺みたいなガタイの男子までいて。

 こわくなってもしかたないかもしれない……。

 だから俺は、

「……事情を、全部話そうと思ったんだ」

 まずは、はっきりとそう彼女に伝えた。

「俺としずいつしよてたのには、事情があるんだ。それを、先生に話す前にかざさんに知ってもらいたいって思ったんだよ」

「……なるほど」

 言って、ふっとかざさんは息をく。

「どういう事情があったんですか? お付き合いをされていて、だから一晩いつしよに過ごしたんだと思ったんですが……」

 こちらのしんけんな気持ちが伝わったのか、ほんの少しだんの調子をもどしたかざさん。

 良かった、少しはきんちよう感をほどくことができたらしい。

「それが、本当に俺たち、付き合ってないんだよ」

 そんな彼女に──俺は一度大きく深呼吸してから。

 かくを決めてから、たんてきかくしんを伝える──。

「ただ──毎晩してるんだ」

「……へ?」

「昨日だけじゃない、ここしばらくずっと──毎晩してるんだよ」

「……えええええ!?

 かざさんは、俺の告白に目をむいた。

「ま、毎晩ですか!? そ、そんなれんなことを日常的に!?

「は、れんとかじゃないの!」

 顔を真っ赤にしてそう言うかざさんに、しずあわてて割って入る。

「ちゃんと、それには理由があって……あのね」

 と、そこでしずは一度せきばらいして、

「わたしたちこの春からずっとみんなやんでて……ちょっとだけ、『ウィンカム』でも話したよね? しのぶみんなやんでるって」

「……ああ、そうですね。そうおっしゃってましたね」

 そのときのことを思い出すような顔で、かざさんはこくこくとうなずく。

「あれ、実はしのぶだけじゃなくて、わたしもなの。二人とも、ぐうぜんそろって四月からみんになってて……」

「具体的には、俺は一人暮らしを始めたときからだ。きっと、実家暮らしからかんきようが変わったことが原因だったんだと思う」

「わたしも、結構家庭かんきようが大きく変わってね。その、親と不仲になって……今は、実家にほとんど一人暮らし、みたいな感じで……」

「なるほど。じゃああのときの話は、少なくとも一部は事実だったんですね……」

 けれど、かざさんは不思議そうに首をかしげ、

「でも、なんでそれが、いつしよることにつながるんですか? ねむれない同士、朝までお話ししているとかそういうことですか? それだと、余計みんになっちゃいそうですが……」

「いや、それが……どういうわけだか、しずいつしよのときだけねむれるんだ」

いつしよのときだけ……?」

「あのね……わたしたちしてるときだけ、ぐっすりねむれるの……」

 ずかしげに口ごもりながら。

 それでも、かくを決めた様子でしずは言う。

「他にも色々ためしたんだよ? ヨガとかストレッチとか運動とか。あとは牛乳飲んだり音楽いたり……。それでも全然ダメだったのに……しのぶいつしよに横になったときだけは、ねむれるの。入学式の日に、ぐうぜん気付いたんだ……」

 ──それを聞きながら、あの日のことを思い出す。

 体調が限界に近づいていた、入学式当日。

 そのうえ、俺としずはケンカしてしまって、身体からだも気持ちも大きなダメージを背負っていて……。

 そんなタイミングで、俺たちはうっかりしてしまったのだ。

 今でも、あのとき保健室で覚えた安心感と、目覚めたあとのしようげきははっきりと覚えている。

 そしてかざさんは、

「……お、おお……いつしよのときだけ……ねむれる……ほう……」

 なぜか赤い顔のまま。

 何かこみ上げるものをこらえるような表情で、一人そんなことをつぶやいていた。

「……もちろん、最初はていこうがあったよ」

 しずから、俺は話をぐ。

「男女でなんて、つうにありえないし……しかも俺たち、当時は今よりちょっとギスギスしてたからさ。ほら、こないだも話した、約束のおくちがいの件で……」

「……ああ、なるほど」

 かざさんは深くうなずいて、

「例の、言い合いになっていた件ですね……」

「そうそう。だからやっぱり、こんなことしていいのかってなやんだし、ちゆうケンカしてしばらく止めた時期もあったんだけど……今でも、を続けてるんだ。それが安定して、最近ようやく体調が本調子になったところ、だったんだ」

「……そうですか」

 深く息をし、かざさんは視線を落とす。

 そして、気持ちを落ち着けるように、頭の中で情報を整理するように。

「そのタイミングで今回の宿しゆくはく研修がスタート……かくれてしていたものの、わたしに見つかった、ということだったんですね……」

「うん、そういうことになる」

「なるほど……」

 しばし、考えるようにうつむくかざさん。

 そして、彼女は顔を上げるとぐにこちらを見て、

「わかりました。ではは完全にこうりよく。不純な気持ちはない。お二人はそうせざるをえなかった、と。そういうことですね。よくわかりました」

 と、かざさんはづかわしげにまゆを寄せ、

「それは……つらかったでしょうね。ねむれないのも、そのことをかくさないといけないのも。お気の毒に思いますし……うん、ちょっとほっとしました。お二人が、心配したような関係にあるわけじゃないのがわかって」

「じゃ、じゃあ……!」

 と、しずは期待に声をうわずらせる。

「今回のことは、先生に言わないでもらえる? ないしよにしておいてもらえるかな……?」

 これで助かったと思ったのだろう。

 きんちようで固かった表情が、だんの明るさをもどしていた。

 しずかざさんに歩み寄り、彼女の手を取る。

 けれど──、

「……すみません」

 ──かざさんはそう言って、しずの手をやさしくはなした。

 そして──、

「やっぱり、それとこれとは別問題です。先生には報告させてもらいます。これは、委員長の責務ですから、ないしよにするわけにはいきません……」

 ……ひどくつらそうにそう言った。

「クラスメイトが、そんなに体調をくずしていることもそうですし……結果として、いつしよてしまったこともそうです。お二人の気持ちがどうであれ、こう自体が不純なのは残念ながら事実です。それを、かくすわけにはいかないんですよ……」

 ──ある意味、予想できていた言葉だった。

 どんな事情があるにしろ、俺たちが問題行動をしてしまったのは事実だ。

 委員長としてフラットに考えれば──それを教師に報告しないわけにはいかない。

 ──けれど、そんなじようきようを前にしても。

 俺は──決してあきらめていなかった。

 だって……まだ明かしていないことがあるのだ。

 かざさんに、かくしていることがある。

「……かざさん、一つかんちがいしてるよ」

 俺は、かざさんに呼びかける。

 ──本題はこの先だ。

 はなさんの言う通り、俺たちはげたりごまかしたりすることはできない。

 本心と実際のじようきようを、明かすことしかできないのだと思う。

 だとしたら──ここから先が、俺たちのかくしている本心だ。

 今はそれを言葉に出すことしかできない──、

かざさん、俺たちに不純な気持ちはないってわかったって、さっき言ってくれただろ?」

「ええ、そうですね……」

「あのさ……それ、ちがいだよ」

「……へ?」

「俺は正直、不純な気持ちがある」

「……どういうことですか?」

 ぽかんとしているかざさん、そしてしずに──俺ははっきりこう言った。


「ぶっちゃけしてるとき──つうにエロいこと考えちゃったりもする」


「──えええぇえぇぇえ!?

「……お、え? ……ええ?」

 ──ぜつきようするかざさん。

 そして──顔を真っ赤にしてこんわくしているしず

 そんな二人に、俺はたたみかける。

「当たり前だろ。十代の男女でしてるんだ。しかも相手はしずで、身体からだも密着して二人っきりで……それで、エロいこと考えないわけないだろ!」

 ──当たり前だろう。

 そんなじようきようで、もんもんとしないでいられるやつはきっと少数派だ。

 少なくとも俺は身体からだれるたびドキドキするし、甘い香りにまいを覚えるし、何かのやわらかさを感じてしまったりしたときには……もう……やり場のない気持ちをおさえきれなくなりそうになったりする。

「……だ、ダメじゃないですか!」

 かざさんが、額にあせかべて言う。

「そんな、不純な気持ちがないならまだしも……そういうこと考えちゃうんじゃ、よりダメじゃないですか!」

「ああ、そうだな……」

 あまりのあわてように、俺は思わず笑ってしまった。

 もちろん俺だって、こんなこと宣言するのはずかしい。死ぬほどずかしい。

 なんせ、目の前に──当人であるしずがいるのだから。

「でも……ちゃんと、全部知って判断してもらいたかったんだ、かざさんには。前から、い委員長だなって思ってたんだよ。そんなかざさんが時間をくれたんだから、もう全部、本当に思ってることをつつかくさず話して……どうするか決めて欲しいって思ったんだ」

 ──さっきまで話していたのは、あくまで事情でしかない。

 それをすべて伝え終えた今──残っているのは、俺たちの気持ちだ。

 それもきちんと、つつかくさず真っ正面からぶつけるしかない。

 そう思っていた。

「だから──そういう気持ちもある上で」

 俺は、言葉を続ける。

「そういう気持ちもいだいちゃう上で……それでも俺は、しずとの関係を大事にしたいって思ってるんだよ。まんするのがつらいときもあるし、逆にこう……おいしい思いしてるって感じるときもある。それを認めた上で、俺は俺としずするのを……大切にしたい。できるだけ、しずにも、周りのみんなにも誠実でありたいと思うんだ……」

 そこを否定するのも、ちがいだと思うのだ。

 不純なことを考える。しずを心から大事にしたい、彼女にも周囲にも誠実にしたい。

「だって──俺は、しずと約束したんだ! これからは、ちゃんといつしよにいるって。せっかくもう一度出会えたんだ。今回は、俺の意思で、しずのそばにいようって!」

 それが──俺の本心だ。

 ごまかすこともかくすこともない、ただの本音。

 そしてそれに、かざさんは面食らった顔になり──次のしゆんかん

 ひどく苦しげに、胸にぎゅっと手を当てた。

 必死に何かをえているような、切なげにも見える表情──。

 ──効いたのか!?

 俺の本音が、彼女に届いたのか!?

「……わ、わたしも!」

 ──それまでぽかんとしていたしずが。

 たたみかけるように、あわてて言葉を続ける。

「正直、しのぶいつしよてると、すごくドキドキして……ちょっと、ヤバいなって思うことある……。このまま、その……なんかしちゃいそうとか……何か起きちゃったりするんじゃないかって。で、でも!」

 と、しずかざさんを見て、

「でも、そういうのは、もしあるにしても、手順んでからだと思うし……じゃなくて! そういうのきで、ちゃんとねむれることが大事だし! わたしは、わたしのことも、しのぶのことも大事にしたいし……ごめん、まとまらないけど……しのぶみたいに、く言えないけど……」

 しずは──ぎゅっとかざさんの手をにぎり、

「わたしは、そういう気持ちだから。それを理解してもらえたなら……うん。かざさんに、任せるよ。これからどうするかは、かざさんが判断してくれて良い。そのことで、うらんだりはもうしないよ……。でも、わたしはもう一度──しのぶに、そばにいてもらいたいの!」

 ……うん、これでいいんだ。

 言い切ったしずの顔を見て、俺ははっきりとそう思う。

 必要なことは、すべてかざさんに伝えられた。

 俺たちにできることは、それだけだ──。

 その上でどうなろうと、俺たちはそれを受け入れるしかない。

 を始めた時点で──こういう危険にさらされることは、り込み済みなんだから。

 そして──長いちんもくのあと。

 息のつまりそうな静けさが続いたあと。

 かざさんは──、

「……うおおおおおおおおお!」

 ──ふいに頭をかかえ、そんな声を上げた。

 ……え、ど、どうした!?

 急にそんな、大声出して……!

「そんなこと言われて……わたしどうすればいいんですか! 委員長なのに……ちゃんとこのこと、先生に言わないといけないのに……!」

 ──と、かざさんは顔を上げると。

 きっとにらむようにこちらを向き──、

「でも、わたし──この不器用カップルを、おうえんしたくなっちゃいました!!

「え……ぶ、不器用カップル!?

「いやいやいや! かざさん、そうじゃなくて!」

 思わぬフレーズが飛び出して、俺はあわてて説明をする。

「だから、カップルとかじゃないんだよ! しかたなくしてるし、正直ドキドキもしてるんだけど……俺はその関係も大事にしたいって話して──」

「──それをカップルって言ってるんですよ!」

 俺以上のテンションと圧で。

 もはや興奮をかくせない表情で──上気した顔で、歌うようにかざさんは言葉を続ける。

えんな幼なじみが、高校に入って再会……おくちがいがあったものの、ひょんなことからをするようになり……毎晩ドキドキでいつしよている……はああぁぁぁぁあああ!! これがときめかずにいられますか!?

「……え、ええ……?」

「……」

「しかも、二人ともこれからいつしよにいたいと願ってるんですよ!? そんなの……もうアレですよ……。もう、ほんと……アレで……」

「……はあ……」

「……アレって何……」

「いやもちろん! 委員長としては、それでもやっぱり先生に報告すべきだと思うんですよ! もちろん、高校生同士でなんて、どうしても問題ありますし!」

「お、おう……」

「そうだね……」

「じゃあわたしは、委員長だから、問題があるからと言って、お二人をくのか!? あわい関係を続けたいと願う二人を、正義の名の下に断罪するのか!? うわあああああああ! どうすればいいんだあああああああ!」

「……」

「……」

 頭をかかえ、一人のうし始めるかざさん。

 しずも俺もそれにあつとうされつつ……ようやくに落ちる。

 なるほど、いたばさみなのか……。

 委員長である自分と、こいバナ好きの女子としての自分。

 どちらの自分で、俺たちのを判断するのか──。

「……それにね」

 と、うつむいたままかざさんはぽつりと言い。

 しばらく迷うようにだまり込んでから──消え入りそうな声でこう続ける。

「わたし……うれしかったんです」

「……うれしかった?」

「……ええ」

 思わずたずね返した俺に、かざさんは小さくうなずく。

「お二人は本心を明かしてくれた。とても大切で、考えようによってはずかしい本心を……」

「……うん、そうだな」

 はっきりと、俺はかざさんにそう答えた。

かざさん相手に事情を話すなら、そうしたいと思ったんだ。委員長としてしんらいしてるし、良い子だとも思ってるし……ならもう、ぐ行くしかないって」

「……ありがとうございます」

 そこでようやく──かざさんは顔を上げる。

 困ったように、俺たちに笑ってみせる。

「それが……わたし、とてもうれしかったんです」

 そして彼女は──、

「だから……おうえんしたい。本心から、そう思ってしまいました。二人の関係を、見守っていたいって……」

「……かざさん……」

 となりしずが。

 胸いっぱいにこみ上げるものにえるように、彼女の名を呼ぶ。

「……困りましたねえ」

 小さく息をいて、かざさんはまゆを寄せる。

「風紀委員として、どうすべきか。お二人の友人として、どうすべきか……」

 ──どうなるだろう。

 このあとかざさんが取るせんたくで、俺たちの未来は大きく変わる。

 彼女は一体、どんな決断をするだろう──。

 そして……短い間を開けて。

「……そうだ、思い出しました」

 かざさんが、ふと気付いた顔になる。

「お二人と、ぐうぜん会った日。『ウィンカム』に来てくれた日のこと……」

 ──そうだ、思えばあれがすべての始まりだった。

 もう、数週間前の夜のこと。

「あの日、お二人はわたしが家業を手伝ってることを……先生に言わないでおくって言ってくれましたよね。忘れていたしんせいが通るまで、ないしよにしようって……」

「あ、ああ……」

「そういえば、そんなことも言ったね……」

 もう、すっかり忘れかけていたけれど。確かにあの日、俺たちはしんせいを忘れていたかざさんに、「先生には言わないでおくよ」なんて話したんだった。

 そんなに大したことじゃないと思っていたし、当然のことだと思っていた。

 けれど──かざさんにとっては、そうではなかったらしい。

「なんとなく……あの日の晩、思ったんです。そういうのも、ありなのかもなって。本当に大事なものを守るために、ちょっとだけズルするのもありなのかもなって……」

「……かざさん」

「だから……保留、にしましょうか」

 ないしよばなしでもするように、小さく彼女はそう言う。

「ほ……保留?」

「ええ、あのときのお二人と同じです。報告を、保留にするんです。正直……今のわたしには、まだ自分がどうすべきかわかりません。けれど、今後少しずつわかることもあるでしょう。お二人の関係に、変化がある可能性もあります。判断は……それからで」

「そ、それって……」

「つまり……」

「ええ、そうです。うん……やっぱり、そうしましょう!」

 うなずくと、かざさんはようやくその顔に、いつもの明るいみをもどし。

 はっきりした声で、俺たちにこう言う──。

「今日のところは──先生に言わないでおきましょう!」

 ──その言葉に。

 かざさんの答えに──身体からだ中のきんちようが一気に解けた。

 深く深く息をしながら……一度しずと笑い合う。

 そして、かざさんの方に向き直ると、

「……ありがとう」

「マジで助かるよ。ありがとうかざさん……」

「いえいえ。お二人は、風紀以上に大切なものを、わたしに教えてくれたのだと思います。お礼を言いたいのはこっちです。……ただ!」

 と、彼女はビシッとこちらを指差しながら言う。

「油断はしないでくださいよ! わたしはお二人のお友達であると同時に、委員長でもあります! もうこれはダメだと思ったらすぐ先生に報告しなければなりません! ですから、くれぐれも……節度を守ってしてください!」

「うん、わかってるよ」

「ちゃんと、気を付けるようにするからね」

 ──そんな風に言い合って。

 俺たち三人は、ちゆうしや場へ向かって歩き出した。

 ……きっと、と思う。

 理解されにくい、俺たちのだけど。

 誤解もかんちがいもされやすい、俺たちの関係性だけと……。

 本当に大切な人には、こうやって伝えるしかないのだろう。

 真正面からすべてを伝えるしかない。

 つつかくさず、ありのままを見せるしか、ない。

 だから……そんな自分であろうと思う。

 問題は山積みで、おくちがいだとかみんだとかしずの家族問題だとか、一つ一つが入り組んで複雑になっている。

 そのすべてを解決しなければいけないなんて、まいがしそうになる。

 けれど……そんなかべたちにも、真正面からぶつかっていこう。

 きっとそれが、俺たちにできるゆいいつのことなんだ──。

 ──木々の間を走る小道を歩きながら、そんなことを思った。