
「──ち、ちちちちち、違うんだよ!」
我ながら、みっともないほど狼狽していた。
「そ、そういう感じじゃなくて……別になんか、そういうことしてたわけじゃなくて……」
寝起きなのもあって、全く言葉が出てこない。
筋立てて、言い訳を言うことさえできない。
それでも、
「じ、事情があるんだよ! やむをえないというか、こうせざるをえない理由が……!」
俺は必死で頭を回して、取りすがるようにして言葉を続けていた。
俺たちのいるテント。
その外には──風来さんが立っている。
珍しく落ち着いた表情で、じっとこちらを見ている風来さん。
俺たちは──思いっきり添い寝を見られてしまった。
くっついて寝ているところを、見られてしまった。
しかも静乃……俺に抱きついてたよな。
静乃は添い寝中、何かの拍子に俺に抱きついてしまうことがある。今回も、お互いいつのまにか寝袋を抜け出し、そういう体勢になっていたんだろう。
よりによって……その状態を、風来さんは見たことになる。
──頭が、完全にオーバーヒートしていた。
添い寝がバレるのは初めてのことで。
そのうえ、亮祐たち以外にその場面を目撃されるのも初めてのことで……。
ど、どうすればいい!? どう説明すればいい……!?
こ、これ……対応を間違えたら……結構な問題になりかねないぞ。
なんとか、なんとか穏便にことを済ませないと……!
「どういう事情で、こうなったんですか……?」
穏やかに尋ねてくる風来さん。
そ、そうだ、事情だ……。
ここでなんとか、添い寝が事故だったと思ってもらえるような事情を、でっち上げられれば……。
一瞬で考えをめぐらせてから、
「そ、その……夜中に俺、トイレ行ったんだよ!」
ぱっと、思い付いたアイデアを口にする。
「たき火見ながら、お茶飲み過ぎたみたいで……寝てたんだけど、どうしてもトイレ行っておきたくなっちゃって……。すげえ眠かったけど、頑張って行ったんだよ……」
……この辺は、一部事実でもある。
実際俺、昨日の夜に眠気をこらえてトイレに行ったわけだしな。
まあ……本当は俺だけじゃなくて、静乃も一緒にだったんだけど……。
「それで、戻ってきてテントに入って寝たんだけど……それが、間違ってたみたいで。亮祐のいる方じゃなくて、森さんのいる方に入っちゃったみたいでさ……それで、こんなことになったんだよ!」
……うん、筋が通った。
口からでまかせだけど、なんとか言い訳できたぞ!
「だから、別に風来さんの思ってるようなことはなくて! むしろ……森さん、ごめん。寝てるとこ勝手に入っていって。びっくりしたよな……?」
「う、うん! 何が起きたかと思ったよー!」
話を振ると、静乃もアドリブでそれに乗っかってくれる。
「さ、最初は花音が帰って来たのかなって思ったけど……大滝くんだったんだね! びっくりだよ、次からは気を付けてよ!」
よし、完璧だ……!
もちろん、これで風来さんを完全に説得できたかはわからないけれど、少なくとも「実際にそうであるかもしれない」言い訳をすることができた。
ここから何か話が大ごとになっても、これを主張し続ければなんとか逃げ切れ──、
「──噓ですよね……」
──風来さんが言う。
「それ、絶対噓ですよ……」
「な、なんでだよ!?」
思わず、声がうわずってしまった。
俺は慌てて一度咳払いすると、
「信じないのは勝手だけど……別に、噓ついてるなんて根拠はどこにもないだろ? そんなの、言い切れないはずだろ……」
けれど、あくまで風来さんは落ち着いた表情のままで、
「……さっきの会話」
ぽつりとこぼすように言う。
「起きた直後の、お二人の会話……。あれ、おっしゃる通りテントを間違えただけなら、あんな風にならないですよ。お互いに、隣にいるってわかってなきゃ、あんな言い方になりません……」
「……ッ!」
言われて──思い出してみる。
目を覚ましたときの、俺たちの会話──。
『静乃……朝だって。もう、起きないと……』
『ん? ええ……? まだわたし……眠いんだけど……』
『俺も……』
──風来さんの、言う通りだった。
つじつまが合わない。
俺が間違ってテントに入ってしまっただけなんだとしたら……あんな会話になるはずがない。
……完全に、言葉につまってしまった。
自分の犯してしまったミス。
それをここから……ひっくり返す方法が、思い付かない……。
「……応援したいと、思ってたんですけどね」
残念そうに、風来さんは視線を落として言う。
「お二人ともすごくいい人そうですし、真面目そうですし……そんな方々が、お付き合いしているなら……応援したいと思ってました。というか、今ももちろん思います……けど……」
そして──こちらを見ると。
毅然とした態度で、はっきりした声で、俺たちに言う──。
「先生に──報告しなければなりません。委員長として、この件を隠しておくことは、できません──」
──背中に、つっと汗が伝った。
教師にバレる──。
静乃と添い寝していたのが、学校側に伝わる──。
そうすれば……どうなる?
説教されるだろう、それは間違いない。
ただそれでは済まなそうだし、親に連絡を入れられるかもしれない。
もしかしたら一人暮らしをやめさせられて、どこかの寮に入れられるかもしれない。
そしたらもう……。
……俺と静乃は、添い寝ができなくなってしまう。
──止めなきゃ、と思う。
なんとかして、土下座でも何でもして、それだけは止めなきゃ。
教師への報告は、勘弁してもらわなきゃ──。
けれど……理由が思い付かない。
風来さんの言っていることは正論だ。
どう見ても、俺と静乃はこのテントに隠れて、何かしらしていたとしか思えない。
仮に何もしていなかったとしても、俺たちはもう子供じゃない。男女で一緒に寝ていたというだけで、高校生的には大問題になる。
それを発見したクラス委員長が、黙っているなんてできるはずがない。
そんなの責任問題になりかねないのだ……。
そういう正論を覆すだけの「内緒にしてもらう理由」を、風来さんが黙っていなければいけない理由を──俺は、思い付くことができない。
「……そろそろ作業ですね。行かなくちゃ」
腕時計を確認して、風来さんはそう言う。
「片付けでばたばたしてますし、先生には帰りのバスの中で報告することにします。そのまま学校で事情を聞かれるかもしれないので、そのつもりで。それでは……」
それだけ言うと、風来さんはくるりときびすを返し。
小走りで、管理棟の方へ向かっていった──。
「──なん……だと」
「そりゃあ、参ったな……」
──今朝の経緯を、花音と小峰くんに説明すると。
バスの待っている駐車場へ向かって山を下りながら、二人は深刻な表情でそう言う……。
「ごめん、何か言い合いになってるのは、隣のテントで気付いてたんだけどさ……」
小峰くんは、そう言って悔しげに唇を嚙んだ。
「迂闊に出てくと面倒になるかと思って、黙って話が終わるのずっと待ってたよ……。加勢すれば良かった……」
「いやいや、出ていったら、きっと亮祐も変に巻き込まれただけだったよ……」
困り果てた様子で髪をかき、忍がそうフォローする。
「こっちこそ申し訳ない、せっかくの宿泊研修最終日に、こんなことになって……」
……本当に、忍の言う通りだ。
わたしたち、この宿泊研修で小峰くんと花音に迷惑をかけ過ぎだ。
そもそも不眠になんてなっていなければ、二人ももっと普通に研修を楽しめたのに。
ほんとごめんね、小峰くんも花音も……。
「それにしても……あと一時間くらいで、駐車場には着くでしょ?」
花音はそう言って、むんと腕を組み。
「そのタイムリミットまでに、何ができる……? 風来さんを追いかけて、説得する?」
「まあ……それしかないと思うんだけど」
足下に気を付けて歩きつつも、わたしは弱気な声でそう答えてしまう。
「ここから、どんな風に説得すればいいかわからないの……。向こうには、すでに一回噓を見抜かれてるから、ここからさらに噓を重ねるのも危ない。かといって、本当のことを言うわけにもいかないし……」
もう、手詰まりだとしか思えないのだ。
これ以上言い訳し続けるのはリスクがありすぎる。
とは言えほんとのことを言えば、もっと面倒になるのは確定だ。
これまで添い寝してきたことだとか不眠のことだとか、そんなことが教師陣に伝われば……もう、めちゃくちゃになるのは目に見えている。
「……なるほど、どうするか……」
「もうこうなったら……」
口元に手を当てている小峰くんに、花音が薄い笑みを浮かべながら続いて、
「脅して口封じするか……? あるいはもう……ヤるか……?」
「ヤ、ヤる……!?」
忍が、ビクリと震えながら花音の方を見る。
「な、何を……?」
「……さあ?」
薄暗い笑みのまま、花音は低い声でそう言う。
「『殺る』でも『犯る』でも『破る』でも『遣る』でも……わたしは何でもするよ……推しのためならね……」
「ヒッ……!」
情けない声を上げて、戦いている忍。
いや怖いよ花音! さすがにそれは怖いよ!
でも、マジでこの子はそういうことをやりかねない……。
花音が犯罪行為に走る前に、この問題をなんとかしないと……。
けれど……ろくな案は思い付かなくて。
ここから風来さんを止める方法なんて、どこにもないような気がしてしまって……。
「……どうしよう」
わたしは山道を下りながら、途方に暮れてしまう……。
「どうすれば……ここから上手くごまかせるんだろう……」
と、
「……ん?」
ジャージのポケットの中で、スマホが震えているのに気付いた。
これは、誰かから着信が来たみたいだ。
画面を確認すると、
「……あれ、華さんだ」
表示されているのは小峰くんのお姉さん、小峰華さんの名前だった。
どうしたんだろ。
彼女とは、例の変装の買い出し以来ちょこちょこメールしてきたけれど……。
「……もしもし?」
『あーもしもしー? 静乃ちゃーん?』
通話をタップしスマホを耳に当てると、元気な華さんの声が聞こえてくる。
『やっほー、元気してるー?』
その問いに、わたしは一瞬口ごもってから。
「はい……まあまあ、元気です」
……実際は、疲れ果てているけれど。
ここしばらくの野外活動と今朝のトラブルで、疲労困憊だけど……華さんにそれを言ってもしかたない。
ひとまずは、何でもない振りをしておこう……。
「それで……どうしたんですか? 何かありました?」
『それがさー、ちょっと静乃ちゃんに聞きたいことがあってー……』
言って、なぜか華さんは電話越しなのに声を潜めると、
『今亮祐……静乃ちゃんと同じ班で、宿泊研修中でしょ? その班に、例の……六曜さんもいるんでしょ?』
「ああ、はい……そうですね」
そして華さんは、
『その……亮祐、どんな感じ?』
恐る恐る、そんなことを尋ねてきた。
『その六曜さんと……なんかなっちゃったりしてる……?』
──思わず、噴き出してしまった。
……本当に気になってたんだな。
自分の弟が、この宿泊研修をきっかけに件の女子と何か進展しないのか、華さん、本気でそれが気になってたんだ……。
この間の買い物のときも言ってたもんなあ。何か進展があったら、教えて欲しいって……。
破天荒だし適当な人だけど、そういうところはちょっとかわいくて。
弟大好きなお姉ちゃん、という感じで、わたしは張り詰めていた気分がちょっと楽になる。
「あはは……特に何もないと思いますよ」
笑い出しながら、わたしはスマホに向かってそう答えた。
「割とずっと一緒にいますけど、いつも通りというか……」
『そうなの? ならいいんだけどさ~……』
「……ああ、むしろ」
と、わたしはちょっとそこで申し訳ない気分になり、
「わたしたちが……わたしと忍が、ちょっと迷惑かけちゃってて……今も、トラブルが起きてて……だから、そっちで手一杯にしちゃってるかもしれません」
そうだ、それがなければ違ったかもしれない。
二人がわたしたちのことなんて気にせずに宿泊研修できれば、もうちょっと違う展開もあったのかも……。
華さんには悪いけれど、わたしは最近思うのだ。
小峰くんと花音、まあまあお似合いなんじゃないかって。
好きなものに一直線な花音と、それを受け入れる度量のある小峰くん。
本人たちは何もないと言ってるし、今は実際そうなんだろうけれど……実は結構、相性が良い気がするのだ。
そんな二人が近づくチャンスを、わたしと忍は奪っちゃったのかも……。
『ん? トラブル?』
スマホの向こうで、華さんは不思議そうな声を上げる。
『どしたのー? 何があったー?』
「ああ……それがですね……」
ここまで来たら、隠すのも微妙だろう。
わたしは、華さんにざっとこれまでの経緯を説明した。
人の目をかいくぐりながら二晩添い寝したこと。それでも今朝、ミスをきっかけに一番やっかいな人にその現場をばっちり見られたこと。
そして……このままではその話が教師に届き、どうなってしまうかわからないということ。
華さんは、すべてを聞き終えると、
『あ~なるほど。そういう感じか~……』
なんてため息交じりに言ったあと、
『めんどくさーい。わたしだったら、もう全部無視して逃げたくなるわ~』
「ははは、そうできると一番いいんですけどね……」
わたしももう、逃げちゃいたいくらいだ……。
風来さんからも学校からも、何もかもほっぽり出して逃げちゃいたい……。
『……まあでも』
と、そんなわたしの考えに継ぐようにして、
『静乃ちゃんと忍は……逃げるのはやめた方がいいだろうねえ』
「……ですよね」
そうだ、逃げたってどうにもならない。
結局わたしたち、ごまかすにしろどうするにしろ、問題から逃げようがないんだから。
けれど、
『いや、あのね~……この間も言ったけど』
華さんは、そんな風に言葉を続ける。
『普段と違うことやっても、しんどいし上手くいかないだけなんだよ~。逃げるなんて、静乃ちゃんも忍も慣れてないでしょ~』
「……そう、ですね」
そういえば、そうだ。先日、華さんは言っていた。
──自分本来のやりかたと違うことしても、しんどいだけだったりするからね~。むしろ、忍なりのやりかたを貫いた方がいいんじゃない? 知らんけど。
確かに、わたしたちは華さんみたいに上手く逃げることはできないだろう。
特に忍は。
『だから──もういつもの自分で行くしかないよね~』
あくまで軽い口調で、華さんはそう続ける。
『それでダメだったらダメだったときだよ~! まあ、当たって砕けていこうぜ~』
「当たって……砕けるですか」
『そうそう~。だってもう、逃げられそうにないんでしょ?』
「……はい」
『だったら、もう覚悟決めるしかないんだよ~。どうやったって無傷でなんていられないんだから、真正面からぶつかっていこう~』
「……真正面から」
その言葉が、妙に胸に響いた。
なんとかこの場を切り抜けようと、回り道を探していたわたし。
けれど……そうか。
回り道が見つからないなら──真正面から、行くしかないのか。
──それからしばらく話をして、華さんとの電話は終わった。
「……ふう」
一つ息をして、周りを見る。
山道を下る途中。
目に入る緑と、足下に感じる土や岩の感触。
そして──不安げに話し合いながら歩いている、忍、小峰くん、花音。
……うん、なんだか気持ちの整理がついた気がする。
状況は好転していないし、具体的な打開策だって全く思い付いてない。
けれど、できることなんて、最初からそんなにないんだ。
なら、思い切ってそれに賭けてみよう。
「……ねえ、忍」
わたしは小走りで忍の元へ向かうと──その背中に声をかけ、話し始めた。
さっきまで華さんと話していたことを。
わたしたちに今、できることを──。
──到着した、駐車場。
何台ものバスが並んだその空間には、まだそれほど生徒たちは集まっていないようだった。
俺たちもかなり疲労しているけれど、それは他の生徒も当然同じだろう。
無理せずゆっくり時間をかけて、山から下りてきているのだと思う。
今回の宿泊研修のしおりを確認すると、ジャージから制服に着替える時間なんかも設定されているから……うん、出発までにはまだしばらくありそうだ。
そして──俺は。
四人の先頭に立ち、俺は駐車場の中を見渡す。
もうすでに、彼女は来ているはずだ。
先頭でキャンプ場を出発していたし、俺たちが追い抜くこともなかった。
なら、彼女はこの駐車場のどこかにいるはず。
そして、しばらく辺りに視線をやって──、
「……見つけた」
──探していた彼女の姿を見つける。
俺たちの乗る予定のバスのそばで、何やら雑用をしている女子。
小柄な身体をテキパキと動かしている、風来さん──。
俺たちのクラスの担任は最後尾でキャンプ場を出発するとのことだったし、まだ報告はされていないはず。
なら──チャンスは今しかない。
今、彼女と話さなきゃいけない──。
「……静乃、行こう」
「うん……」
うなずき合って、静乃と二人歩き出した。
──話すことは、もう決まっている。
むしろ、最初からそれしかなかったのだと思う。
なのに、ぐずぐずと悩んでいた俺の背中を静乃が、そして電話で話したという華さんが押してくれた。
だからもう──やれることをやるだけだ。
成功率は、決して高くはない。
けれど、一分の一の自分たちで、風来さんに向かい合うしかない。
「……風来さん」
彼女の前に立ち名前を呼ぶと、
「……はい、どうしました?」
いつもよりもちょっと警戒気味の表情で、風来さんがこちらを見る。
それでもできるだけ明るい口調を心がけているようで……うん、やっぱりこの子は生真面目だなと思う。
「ちょっと……どうしても話がしたくて」
俺は、まずそう切り出した。
「今朝のこと、ちゃんと話したいんだ。時間もらえないかな?」
「時間は……大丈夫ですけど」
腕時計を確認して、風来さんは言う。
「話してもらっても、わたしがすることは変わりませんよ? それでもいいですか?」
「うん、それでもいいよ」
隣の静乃が、こくりとうなずく。
「一度、わたしたちのこと話しておきたかっただけだから」
「……そうですか」
そう言って、風来さんは小さく息を吐き出す。
「じゃあ、ここでは何なので、ちょっと移動しましょう」
「そうだな」
うなずいて、俺たちは人気のない林の遊歩道の方へ向けて、歩き出した。
──到着した、ちょっとした広場。
駐車場から数分ほどのそのスペースで。
「──まずは、今朝は驚かせてごめん」
まず俺は、風来さんにそう切り出した。
「あんな風に、いきなりクラスの男女が一緒に寝てたらビビるよな……。それから、噓をついたのもごめん。こっちも動転して、口からでまかせを言っちゃったよ……」
「……ええ」
相変わらずわずかな警戒心を顔に覗かせ、風来さんはそう言う。
俺たちがこれから何を話すつもりなのか、不安を抱いているのかもしれない。
……そりゃそうだよな。
こんな人気のない場所に連れてこられて、しかも俺みたいなガタイの男子までいて。
怖くなってもしかたないかもしれない……。
だから俺は、
「……事情を、全部話そうと思ったんだ」
まずは、はっきりとそう彼女に伝えた。
「俺と静乃が一緒に寝てたのには、事情があるんだ。それを、先生に話す前に風来さんに知ってもらいたいって思ったんだよ」
「……なるほど」
言って、ふっと風来さんは息を吐く。
「どういう事情があったんですか? お付き合いをされていて、だから一晩一緒に過ごしたんだと思ったんですが……」
こちらの真剣な気持ちが伝わったのか、ほんの少し普段の調子を取り戻した風来さん。
良かった、少しは緊張感をほどくことができたらしい。
「それが、本当に俺たち、付き合ってないんだよ」
そんな彼女に──俺は一度大きく深呼吸してから。
覚悟を決めてから、端的に核心を伝える──。
「ただ──毎晩添い寝してるんだ」
「……へ?」
「昨日だけじゃない、ここしばらくずっと──毎晩添い寝してるんだよ」
「……えええええ!?」
風来さんは、俺の告白に目をむいた。
「ま、毎晩ですか!? そ、そんな破廉恥なことを日常的に!?」
「は、破廉恥とかじゃないの!」
顔を真っ赤にしてそう言う風来さんに、静乃が慌てて割って入る。
「ちゃんと、それには理由があって……あのね」
と、そこで静乃は一度咳払いして、
「わたしたちこの春からずっと不眠で悩んでて……ちょっとだけ、『ウィンカム』でも話したよね? 忍は不眠で悩んでるって」
「……ああ、そうですね。そうおっしゃってましたね」
そのときのことを思い出すような顔で、風来さんはこくこくとうなずく。
「あれ、実は忍だけじゃなくて、わたしもなの。二人とも、偶然揃って四月から不眠になってて……」
「具体的には、俺は一人暮らしを始めたときからだ。きっと、実家暮らしから環境が変わったことが原因だったんだと思う」
「わたしも、結構家庭環境が大きく変わってね。その、親と不仲になって……今は、実家にほとんど一人暮らし、みたいな感じで……」
「なるほど。じゃああのときの話は、少なくとも一部は事実だったんですね……」
けれど、風来さんは不思議そうに首をかしげ、
「でも、なんでそれが、一緒に寝ることに繫がるんですか? 眠れない同士、朝までお話ししているとかそういうことですか? それだと、余計不眠になっちゃいそうですが……」
「いや、それが……どういうわけだか、静乃と一緒のときだけ眠れるんだ」
「一緒のときだけ……?」
「あのね……わたしたち添い寝してるときだけ、ぐっすり眠れるの……」
恥ずかしげに口ごもりながら。
それでも、覚悟を決めた様子で静乃は言う。
「他にも色々試したんだよ? ヨガとかストレッチとか運動とか。あとは牛乳飲んだり音楽聴いたり……。それでも全然ダメだったのに……忍と一緒に横になったときだけは、眠れるの。入学式の日に、偶然気付いたんだ……」
──それを聞きながら、あの日のことを思い出す。
体調が限界に近づいていた、入学式当日。
そのうえ、俺と静乃はケンカしてしまって、身体も気持ちも大きなダメージを背負っていて……。
そんなタイミングで、俺たちはうっかり添い寝してしまったのだ。
今でも、あのとき保健室で覚えた安心感と、目覚めたあとの衝撃ははっきりと覚えている。
そして風来さんは、
「……お、おお……一緒のときだけ……眠れる……ほう……」
なぜか赤い顔のまま。
何かこみ上げるものをこらえるような表情で、一人そんなことをつぶやいていた。
「……もちろん、最初は抵抗があったよ」
静乃から、俺は話を引き継ぐ。
「男女で添い寝なんて、普通にありえないし……しかも俺たち、当時は今よりちょっとギスギスしてたからさ。ほら、こないだも話した、約束の記憶違いの件で……」
「……ああ、なるほど」
風来さんは深くうなずいて、
「例の、言い合いになっていた件ですね……」
「そうそう。だからやっぱり、こんなことしていいのかって悩んだし、途中ケンカしてしばらく止めた時期もあったんだけど……今でも、添い寝を続けてるんだ。それが安定して、最近ようやく体調が本調子になったところ、だったんだ」
「……そうですか」
深く息を吐き出し、風来さんは視線を落とす。
そして、気持ちを落ち着けるように、頭の中で情報を整理するように。
「そのタイミングで今回の宿泊研修がスタート……隠れて添い寝していたものの、わたしに見つかった、ということだったんですね……」
「うん、そういうことになる」
「なるほど……」
しばし、考えるようにうつむく風来さん。
そして、彼女は顔を上げると真っ直ぐにこちらを見て、
「わかりました。では添い寝は完全に不可抗力。不純な気持ちはない。お二人はそうせざるをえなかった、と。そういうことですね。よくわかりました」
と、風来さんは気遣わしげに眉を寄せ、
「それは……辛かったでしょうね。眠れないのも、そのことを隠さないといけないのも。お気の毒に思いますし……うん、ちょっとほっとしました。お二人が、心配したような関係にあるわけじゃないのがわかって」
「じゃ、じゃあ……!」
と、静乃は期待に声をうわずらせる。
「今回のことは、先生に言わないでもらえる? 内緒にしておいてもらえるかな……?」
これで助かったと思ったのだろう。
緊張で固かった表情が、普段の明るさを取り戻していた。
静乃は風来さんに歩み寄り、彼女の手を取る。
けれど──、
「……すみません」
──風来さんはそう言って、静乃の手を優しく離した。
そして──、
「やっぱり、それとこれとは別問題です。先生には報告させてもらいます。これは、委員長の責務ですから、内緒にするわけにはいきません……」
……ひどく辛そうにそう言った。
「クラスメイトが、そんなに体調を崩していることもそうですし……結果として、一緒に寝てしまったこともそうです。お二人の気持ちがどうであれ、行為自体が不純なのは残念ながら事実です。それを、隠すわけにはいかないんですよ……」
──ある意味、予想できていた言葉だった。
どんな事情があるにしろ、俺たちが問題行動をしてしまったのは事実だ。
委員長としてフラットに考えれば──それを教師に報告しないわけにはいかない。
──けれど、そんな状況を前にしても。
俺は──決して諦めていなかった。
だって……まだ明かしていないことがあるのだ。
風来さんに、隠していることがある。
「……風来さん、一つ勘違いしてるよ」
俺は、風来さんに呼びかける。
──本題はこの先だ。
華さんの言う通り、俺たちは逃げたりごまかしたりすることはできない。
本心と実際の状況を、明かすことしかできないのだと思う。
だとしたら──ここから先が、俺たちの隠している本心だ。
今はそれを言葉に出すことしかできない──、
「風来さん、俺たちに不純な気持ちはないってわかったって、さっき言ってくれただろ?」
「ええ、そうですね……」
「あのさ……それ、間違いだよ」
「……へ?」
「俺は正直、不純な気持ちがある」
「……どういうことですか?」
ぽかんとしている風来さん、そして静乃に──俺ははっきりこう言った。
「ぶっちゃけ添い寝してるとき──普通にエロいこと考えちゃったりもする」
「──えええぇえぇぇえ!?」
「……お、え? ……ええ?」
──絶叫する風来さん。
そして──顔を真っ赤にして困惑している静乃。
そんな二人に、俺はたたみかける。
「当たり前だろ。十代の男女で添い寝してるんだ。しかも相手は静乃で、身体も密着して二人っきりで……それで、エロいこと考えないわけないだろ!」
──当たり前だろう。
そんな状況で、悶々としないでいられるやつはきっと少数派だ。
少なくとも俺は身体が触れる度ドキドキするし、甘い香りに目眩を覚えるし、何かの柔らかさを感じてしまったりしたときには……もう……やり場のない気持ちを抑えきれなくなりそうになったりする。
「……だ、ダメじゃないですか!」
風来さんが、額に汗を浮かべて言う。
「そんな、不純な気持ちがないならまだしも……そういうこと考えちゃうんじゃ、よりダメじゃないですか!」
「ああ、そうだな……」
あまりの慌てように、俺は思わず笑ってしまった。
もちろん俺だって、こんなこと宣言するのは恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。
なんせ、目の前に──当人である静乃がいるのだから。
「でも……ちゃんと、全部知って判断してもらいたかったんだ、風来さんには。前から、良い委員長だなって思ってたんだよ。そんな風来さんが時間をくれたんだから、もう全部、本当に思ってることを包み隠さず話して……どうするか決めて欲しいって思ったんだ」
──さっきまで話していたのは、あくまで事情でしかない。
それをすべて伝え終えた今──残っているのは、俺たちの気持ちだ。
それもきちんと、包み隠さず真っ正面からぶつけるしかない。
そう思っていた。
「だから──そういう気持ちもある上で」
俺は、言葉を続ける。
「そういう気持ちも抱いちゃう上で……それでも俺は、静乃との関係を大事にしたいって思ってるんだよ。我慢するのが辛いときもあるし、逆にこう……おいしい思いしてるって感じるときもある。それを認めた上で、俺は俺と静乃が添い寝するのを……大切にしたい。できるだけ、静乃にも、周りのみんなにも誠実でありたいと思うんだ……」
そこを否定するのも、間違いだと思うのだ。
不純なことを考える。静乃を心から大事にしたい、彼女にも周囲にも誠実にしたい。
「だって──俺は、静乃と約束したんだ! これからは、ちゃんと一緒にいるって。せっかくもう一度出会えたんだ。今回は、俺の意思で、静乃のそばにいようって!」
それが──俺の本心だ。
ごまかすことも隠すこともない、ただの本音。
そしてそれに、風来さんは面食らった顔になり──次の瞬間。
ひどく苦しげに、胸にぎゅっと手を当てた。
必死に何かを耐えているような、切なげにも見える表情──。
──効いたのか!?
俺の本音が、彼女に届いたのか!?
「……わ、わたしも!」
──それまでぽかんとしていた静乃が。
たたみかけるように、慌てて言葉を続ける。
「正直、忍と一緒に寝てると、すごくドキドキして……ちょっと、ヤバいなって思うことある……。このまま、その……なんかしちゃいそうとか……何か起きちゃったりするんじゃないかって。で、でも!」
と、静乃は真っ直ぐ風来さんを見て、
「でも、そういうのは、もしあるにしても、手順踏んでからだと思うし……じゃなくて! そういうの抜きで、ちゃんと眠れることが大事だし! わたしは、わたしのことも、忍のことも大事にしたいし……ごめん、まとまらないけど……忍みたいに、上手く言えないけど……」
静乃は──ぎゅっと風来さんの手を握り、
「わたしは、そういう気持ちだから。それを理解してもらえたなら……うん。風来さんに、任せるよ。これからどうするかは、風来さんが判断してくれて良い。そのことで、恨んだりはもうしないよ……。でも、わたしはもう一度──忍に、そばにいてもらいたいの!」
……うん、これでいいんだ。
言い切った静乃の顔を見て、俺ははっきりとそう思う。
必要なことは、すべて風来さんに伝えられた。
俺たちにできることは、それだけだ──。
その上でどうなろうと、俺たちはそれを受け入れるしかない。
添い寝を始めた時点で──こういう危険に晒されることは、織り込み済みなんだから。
そして──長い沈黙のあと。
息のつまりそうな静けさが続いたあと。
風来さんは──、
「……うおおおおおおおおお!」
──ふいに頭を抱え、そんな声を上げた。
……え、ど、どうした!?
急にそんな、大声出して……!
「そんなこと言われて……わたしどうすればいいんですか! 委員長なのに……ちゃんとこのこと、先生に言わないといけないのに……!」
──と、風来さんは顔を上げると。
きっとにらむようにこちらを向き──、
「でも、わたし──この不器用カップルを、応援したくなっちゃいました!!」
「え……ぶ、不器用カップル!?」
「いやいやいや! 風来さん、そうじゃなくて!」
思わぬフレーズが飛び出して、俺は慌てて説明をする。
「だから、カップルとかじゃないんだよ! しかたなく添い寝してるし、正直ドキドキもしてるんだけど……俺はその関係も大事にしたいって話して──」
「──それをカップルって言ってるんですよ!」
俺以上のテンションと圧で。
もはや興奮を隠せない表情で──上気した顔で、歌うように風来さんは言葉を続ける。
「疎遠な幼なじみが、高校に入って再会……記憶の行き違いがあったものの、ひょんなことから添い寝をするようになり……毎晩ドキドキで一緒に寝ている……はああぁぁぁぁあああ!! これがときめかずにいられますか!?」
「……え、ええ……?」
「……」
「しかも、二人ともこれから一緒にいたいと願ってるんですよ!? そんなの……もうアレですよ……。もう、ほんと……アレで……」
「……はあ……」
「……アレって何……」
「いやもちろん! 委員長としては、それでもやっぱり先生に報告すべきだと思うんですよ! もちろん、高校生同士で添い寝なんて、どうしても問題ありますし!」
「お、おう……」
「そうだね……」
「じゃあわたしは、委員長だから、問題があるからと言って、お二人を引き裂くのか!? 淡い関係を続けたいと願う二人を、正義の名の下に断罪するのか!? うわあああああああ! どうすればいいんだあああああああ!」
「……」
「……」
頭を抱え、一人苦悩し始める風来さん。
静乃も俺もそれに圧倒されつつ……ようやく腑に落ちる。
なるほど、板挟みなのか……。
委員長である自分と、恋バナ好きの女子としての自分。
どちらの自分で、俺たちの添い寝を判断するのか──。
「……それにね」
と、うつむいたまま風来さんはぽつりと言い。
しばらく迷うように黙り込んでから──消え入りそうな声でこう続ける。
「わたし……うれしかったんです」
「……うれしかった?」
「……ええ」
思わず尋ね返した俺に、風来さんは小さくうなずく。
「お二人は本心を明かしてくれた。とても大切で、考えようによっては恥ずかしい本心を……」
「……うん、そうだな」
はっきりと、俺は風来さんにそう答えた。
「風来さん相手に事情を話すなら、そうしたいと思ったんだ。委員長として信頼してるし、良い子だとも思ってるし……ならもう、真っ直ぐ行くしかないって」
「……ありがとうございます」
そこでようやく──風来さんは顔を上げる。
困ったように、俺たちに笑ってみせる。
「それが……わたし、とてもうれしかったんです」
そして彼女は──、
「だから……応援したい。本心から、そう思ってしまいました。二人の関係を、見守っていたいって……」
「……風来さん……」
隣の静乃が。
胸いっぱいにこみ上げるものに耐えるように、彼女の名を呼ぶ。
「……困りましたねえ」
小さく息を吐いて、風来さんは眉を寄せる。
「風紀委員として、どうすべきか。お二人の友人として、どうすべきか……」

──どうなるだろう。
このあと風来さんが取る選択で、俺たちの未来は大きく変わる。
彼女は一体、どんな決断をするだろう──。
そして……短い間を開けて。
「……そうだ、思い出しました」
風来さんが、ふと気付いた顔になる。
「お二人と、偶然会った日。『ウィンカム』に来てくれた日のこと……」
──そうだ、思えばあれがすべての始まりだった。
もう、数週間前の夜のこと。
「あの日、お二人はわたしが家業を手伝ってることを……先生に言わないでおくって言ってくれましたよね。忘れていた申請が通るまで、内緒にしようって……」
「あ、ああ……」
「そういえば、そんなことも言ったね……」
もう、すっかり忘れかけていたけれど。確かにあの日、俺たちは申請を忘れていた風来さんに、「先生には言わないでおくよ」なんて話したんだった。
そんなに大したことじゃないと思っていたし、当然のことだと思っていた。
けれど──風来さんにとっては、そうではなかったらしい。
「なんとなく……あの日の晩、思ったんです。そういうのも、ありなのかもなって。本当に大事なものを守るために、ちょっとだけズルするのもありなのかもなって……」
「……風来さん」
「だから……保留、にしましょうか」
内緒話でもするように、小さく彼女はそう言う。
「ほ……保留?」
「ええ、あのときのお二人と同じです。報告を、保留にするんです。正直……今のわたしには、まだ自分がどうすべきかわかりません。けれど、今後少しずつわかることもあるでしょう。お二人の関係に、変化がある可能性もあります。判断は……それからで」
「そ、それって……」
「つまり……」
「ええ、そうです。うん……やっぱり、そうしましょう!」
うなずくと、風来さんはようやくその顔に、いつもの明るい笑みを取り戻し。
はっきりした声で、俺たちにこう言う──。
「今日のところは──先生に言わないでおきましょう!」
──その言葉に。
風来さんの答えに──身体中の緊張が一気に解けた。
深く深く息を吐き出しながら……一度静乃と笑い合う。
そして、風来さんの方に向き直ると、
「……ありがとう」
「マジで助かるよ。ありがとう風来さん……」
「いえいえ。お二人は、風紀以上に大切なものを、わたしに教えてくれたのだと思います。お礼を言いたいのはこっちです。……ただ!」
と、彼女はビシッとこちらを指差しながら言う。
「油断はしないでくださいよ! わたしはお二人のお友達であると同時に、委員長でもあります! もうこれはダメだと思ったらすぐ先生に報告しなければなりません! ですから、くれぐれも……節度を守って添い寝してください!」
「うん、わかってるよ」
「ちゃんと、気を付けるようにするからね」
──そんな風に言い合って。
俺たち三人は、駐車場へ向かって歩き出した。
……きっと、と思う。
理解されにくい、俺たちの添い寝だけど。
誤解も勘違いもされやすい、俺たちの関係性だけと……。
本当に大切な人には、こうやって伝えるしかないのだろう。
真正面からすべてを伝えるしかない。
包み隠さず、ありのままを見せるしか、ない。
だから……そんな自分であろうと思う。
問題は山積みで、記憶違いだとか不眠だとか静乃の家族問題だとか、一つ一つが入り組んで複雑になっている。
そのすべてを解決しなければいけないなんて、目眩がしそうになる。
けれど……そんな壁たちにも、真正面からぶつかっていこう。
きっとそれが、俺たちにできる唯一のことなんだ──。
──木々の間を走る小道を歩きながら、そんなことを思った。