
「──よーし! 到着だな!」
「や、やっと……着いた……」
──翌日。
朝一番から続いた山歩きの末に、目的地であるキャンプ場に到着したのは──午後二時頃のことだった。
高原の開けた野原にある、このキャンプ場。
その全体が、今日は俺たちの学校の生徒だけで貸し切りになっているらしい。
芝生のゾーンもあれば林のゾーンなんかもあり、斜面を下っていくと川まであるそうだ。
……うん、わくわくするな。
俺、今回の宿泊研修で、ここに来るのを一番楽しみにしてたんだよな……。
ずっとキャンプに興味があったのだ。
たき火を使っての自炊やテント泊。
いつかはカヌーに乗ったり釣りをしたり、そういうアウトドア活動だってしてみたい。
今日はそんな憧れをちょっと叶えられる、という意味でも大いに期待している。
……とは言え、
「よーし、じゃあ皆、さっそくキャンプ道具借りに行こう!」
元気にそう言って、リュックを背負い直す六曜さん。
それに素直についていけそうなのは自分くらいのもので、
「ちょ、ちょっと待って……花音……」
もう、静乃は足がガクガク。
普段は余裕の表情であることが多い亮祐まで、
「俺も……休憩させてもらえると、助かる……」
なんて言いながら、額の汗を拭っていた。
……まあ、確かに何時間も山道を歩くなんて、慣れていないときついだろう。
大した高山ではなかったしアップダウンもそれほどなかったし、初心者向けではあったけれど……静乃も亮祐も、普段から山歩きなんてしないだろうからな。
静乃に至っては、前夜の睡眠時間も五時間を切っているだろう。
添い寝できたとは言え遅めに寝たし早めに起きたし、眠りも浅かったかもしれないわけで……こればっかりはしかたない。
「そっかそっかー、じゃあちょっと休んでいこう」
「そうだな、まだ焦るような時間でもないし」
言って、俺たち四人は芝生ゾーンで腰を下ろした。
肩で息をしている静乃と、白い頰を紅潮させている亮祐。
うん、本当お疲れ……。でも、これでこの宿泊研修の山場は越えたから、あとはゆっくりしていこう。
……しかし、六曜さん。なんでそんなに元気なんだ?
つい最近まで毎日牧場作業をしていた俺はいいとして……なんでそんなに、体力があるんだ?
「……なんか、スポーツでもしてるの?」
思わず、俺は彼女に尋ねる。
「部活とかは、特に入ってないよね? その割には、ずいぶん体力あるみたいだけど……」
「え? ああ、ふふふ……」
俺の問いに、なぜか六曜さんは不敵に笑ってみせた。
「大滝氏は知らないんだね……。ヲタ活って体力使うんだよ。地方までライブ行くときは長時間移動しないといけないし、その上で二時間とか踊りっぱなしになるわけでね……」
「ああ、なるほど……」
「もちろんそれだけじゃないよ。自宅でもライブ映像見ながらの予習もあるし、そっちとは全く別で同人誌にも興味あるから即売会も頻繁に行くし……さらに言えば!」
と、六曜さんはくわっと目を見開き、
「毎日静乃のそばにいるから……推しの至近距離にいるからドキドキしまくり! そのおかげで心肺機能が鍛えられてるから、これくらいの山登りじゃびくともしないんだよわたしは!」
「え、ええ……」
静乃のそばにいるだけで、身体にそんなに負担かかるのかよ……。
それはそれで……大丈夫なのか?
なんか、健康に悪影響あったりしないのか……?
……まあ。
静乃にドキドキさせられる、という意味では俺も同じなんだけど。
むしろ添い寝なんてしているせいで、こっちの方こそ死ぬほどドキドキさせられてしまっているんだけどな……。
「──やあやあみなさん、お疲れ様です!」
しばしの休憩のあと。
我々の学校の本部が設けられているキャンプ場事務所に赴くと、先に着いていたらしい風来さんが出迎えてくれる。
「ずいぶんお疲れみたいですね……。でももう、この宿泊研修ハードな場面はありませんから、あとはゆっくりしていきましょう!」
「……ずいぶん元気だな、風来さん」
オリエンテーリング後とは思えないそのテンションに驚いていると、
「ええ、それだけが取り柄ですからねー。最近は、うちの店『ウィンカム』でも働きまくってますし、体力がついていく一方です!」
そんなことを言いながらも、風来さんは到着リストから俺たちの班を発見し、『到着済み』の枠にチェックを入れる。
そして、傍らにあるレンタル用のキャンプ用品を指差し、
「これ、一グループ分ごとに備品をまとめているんで、持っていってください! テントが男女にわけて二つと、テーブル、椅子、寝具類ですね」
「おっけおっけ、ありがと」
説明書を見ながらこれを好きな場所に設営し、今夜はそこで寝る、というわけだな。
期待はしていたけれど、本当に本格的なキャンプを楽しめそうでうれしい。
「それから、希望する班にはたき火のセットもお渡ししますよ。薪とたき火台と着火道具一式ですね。着火時には先生からの指導も入るのですが……それも使われます?」
「うん、それもお願い」
「了解でーす!」
風来さんから道具一式を受け取り、テントを張る場所を探し始める。
「どの辺がいいかな?」
「広場の真ん中辺りの……動きやすい場所とか?」
考えている亮祐に、静乃が首をかしげてみせる。
「炊事は、みんなで事務所の近くの炊事場でやるんでしょ? そこからも近いしお手洗いにも行きやすいし、その辺でどう?」
ふん、なるほど。それがいいかもしれない。
あんまりそういう設備から離れてしまうと、移動が面倒になりそうだし夜中なんて迷子になりかねない。
けれど、
「あーいや、もうちょっと端っこにしとこう」
六曜さんが、言いながらキャンプ場の向こう側を指差し。
「例えばあの辺の……他の人も来なそうで、事務所から遠い辺りに」
「……あ、そっか」
思い出したような顔で、静乃がうんうんうなずいた。
「そうだね……今夜のことを考えれば、そっちの方がいいか……」
──今夜の添い寝のアイデアは、いたってシンプルだ。
我々の班にレンタルされた、二人用のテント二つ。
その片方で、俺たちがこっそり添い寝するという、ただそれだけ──。
今回の宿泊研修には、同学年の計二百人ほどが参加している。つまり、全体で百個ほども、このキャンプ場にテントが張られることになる。
先生やクラス委員たちが、そのすべてをチェックすることなんて不可能だ。
となると当然、生徒たちは決まりを破ってテントを入れ替えたりするだろうし……実のところ。一緒に寝ようなんて約束しているカップルがいたりもするらしかった。
でも……そりゃそうだよな。
せっかくの宿泊研修なんだ。みんな自由にやりたいに決まってる。
そして……教師や学校側も、ちょっとだけそういう「ズル」を、黙認してくれているんじゃないか、という雰囲気もある。
もちろん、一線を越えたり不正が表面化したりすれば、注意されてしまうこともあるだろう。ただ、限度を守っていれば、大ごとにはならないような、そんな気配……。
──そんな状況であれば。
ちょっと自由が許されている状況なら。むしろ変に計略を張り巡らせるより、シンプルにこっそり添い寝する、それが一番良いんじゃないかと考えたのだ。
木を隠すなら森の中、というわけだ。
さらに、六曜さんの言う通り事務所から遠い位置にテントを張ってしまえば、教師陣に見つかる可能性は極めて低くなると言えるだろう。
「……よし、この辺にするか」
キャンプ場の端につき。俺は背負っていた荷物を地面に下ろした。
エリアの隅っことは言え芝生はしっかり生えているし、林も近くにあって木陰も涼しげだ。
うん、良いところなんじゃないだろうか。
そして、俺は周囲を見回してからざっくり見当をつけ、
「この辺と……その辺に、テント張ろう」
「オーケー!」
「じゃあ、テーブルとかたき火台はその辺だな……」
「あ、わたしも手伝う!」
班の面々と、さっそくキャンプの設営を始めた。
──なお。
俺たちが添い寝することによって……俺と静乃が、一つのテントを占有することによって、亮祐と六曜さんにも一つしかテントがあてがわれないことになる。
その辺……どうなるんだろ。
もしかして……亮祐と六曜さんも……添い寝しちゃったりとか……?
なんて、そんなことを準備期間のミーティング中に期待していたのだけど、
「──あー、わたしは友達のテントに遊びに行くー」
あっさりと、六曜さんは言ってのけていた。
「他のクラスのヲタ友と、一緒にアイドルのライブ動画見ようって話になっててー。だからテントは、小峰氏一人で使っていいよー」
……まあ、そりゃそうだな。
現実的には、そうなるわな……。
納得しつつ、六曜さんらしいなと思いつつ……とは言え内心、二人の進展を見られないのはちょっと残念だったりもしたのだった。
──たき火台の上で、火が揺れていた。
太い薪から立ち上る、オレンジの暖かなゆらめき……。
どうやら、忍は実家でもよくたき火をしていたらしい。先生に着火まで見守ってもらったあとは手際よく火をキープしてくれて。夕食を食べ終えた現在、わたしや他の班員は、ぼんやりとその眺めや暖かさを楽しむことができている……。
……不思議だな、火って。
アウトドアチェアに体重をあずけて、わたしはぼんやり考える。
風に吹かれて揺れる炎は、どれだけ見ていても見飽きない。
そのうえ満ち足りた気持ちになれて、不安や辛さは自然とすっと遠のいて……色んなことを穏やかに考えることができるようになる。
「……楽しかったなあ……」
自然と、そんな言葉を漏らしてしまった。
「宿泊研修、どうなるかと思ってたけど……楽しかったあ……」
──正直、眠れない覚悟もしていたのだ。
初日もそうだし今夜もそう。
何かが一つ食い違えば一睡もできないまま朝になってしまう可能性もあった。
そうなれば……わたしは多分、研修続行不可能だ。
寝不足で山歩きなんて、危なすぎる。
何らかの形で特別に下山させてもらうことになって、周りの人たちにたくさん迷惑をかけてしまう可能性だってあった。
けれど……それを回避できたのは、みんなのおかげだ。
わたしと忍を気遣って、面倒なことなのに協力をしてくれた花音と小峰くん。
そして、真剣に添い寝の方法を一緒に考えてくれた忍のおかげ……。
「……ありがとね、みんな」
なんだかちょっと照れくさくて、わたしは火に視線をやったままで言う。

「おかげで、いい思い出ができそうです……」
「……こっちこそ楽しめてるよ、ありがとう」
「そうそう、わたしたちも、やりたくてやってるだけだからねー」
そんな風に返してくれる亮祐くんと、花音。
そして忍も、
「まあ、まだあと一日あるからな」
なんて彼らに続いた。
「今夜も油断せず、しっかり寝るようにしような。明日も一応、麓近くまで歩かないといけないし……」
「……うん、そうだね」
「まあでも……こんな感じで、解決していければ」
見れば──忍は揺れる火を真っ直ぐ見つめながら。
決意するような、強く願うような顔で、言葉をこぼしていた。
「大変なことも色々あるけど、一個ずつ解決していければいいな……」
……大変なこと。
それはつまり──不眠のことだろう。
わたしと忍が眠れなくなっていること。そして、わたしたちの約束の行き違いのこと──。
実はわたしは……それを解決するのに、ちょっと抵抗を覚えていた。
問題がなくなってしまえば何かが終わってしまう気がしていたし、約束の件に関しては、純粋に腹を立ててもいた。簡単に、なかったことになんてしてやらないと意地を張っていた。
けれど……なぜだろう。
今は素直に、忍の言葉にうなずくことができた。
不眠と約束の行き違い。
それを、今わたしは──解決していきたいと思う。
忍と一緒に、みんなの力を借りたりしながら、解決できればいいなと。
そしてその上で──もう一度。忍と、関係を作り直すことが、できればいいななんて……。
「……ふふ」
そんな気持ちの変化に、わたしは思わず一人で笑ってしまう。
……みんなのおかげだなあ。
この宿泊研修と、助けてくれた周りの人たちが、わたしにそう思わせてくれたんだ──。
──しばらく皆で話をして。
管理棟の近くの施設でざっとシャワーを浴びてから新しいジャージに着替え、就寝の時間になった。
「──それじゃ、わたし友達のとこ行ってくるねー」
火を消したたき火台の前で、花音がそう言う。
「そのまま朝までその子のテントで寝てくるけど、こっちの片付けまでには戻ってくるよー」
「うん、わかった」
「足下暗いから、気を付けて」
「行ってらっしゃい」
三人で、そう言って花音を見送る。
次に、
「じゃあ……俺はこっちのテント、使わせてもらうな」
わたしたちの隣のテントの入り口で、小峰くんがなんだか申し訳なさそうに言う。
「ごめんな、なんか俺だけ、広々スペースもらっちゃって……」
「いやいや、俺らがそれを望んだんだからさ」
「そ、そうだよ! むしろごめんね、忍借りちゃって……」
「あはは、そう言ってもらえるなら気が楽だ。……じゃあ、おやすみ、また明日」
「おう、おやすみ」
「また明日ね……」
言い合いながら、わたしたちはテントに入る。
二メートル四方くらいの、こじんまりした空間。
高さは、一メートルくらいだろうか。もちろん、立ち上がることはできないから、この中ではわたしも忍も四つん這いだ。
床にはクッション用の銀色のマットが敷かれ、寝袋が二つ置かれている。
今夜は、二人でこれにくるまって寝ることになる……。
……それにしても。
テントって、なんかちょっとわくわくするかも……。
この狭さが、なんだかちょっと動物の巣っぽい。
本当に眠るためだけに作られた、秘密の空間って感じ……。
小さい頃、忍と秘密基地を作ったときの感覚に近いかもしれない。
それから、外と中を隔てているのが、薄い生地だけっていうのも新鮮だ。
風が吹いてたわんだり、外の物音が全部丸聞こえだったり、触れるとひんやりしていたり……。
自然豊かな場所に来たんだっていうことを、その中で眠るんだっていうことを、はっきりと感じられる。
──そんなことを考えながら。
わたしと忍は、もぞもぞと寝袋にくるまった。
シートと寝袋越しに感じる、地面のゴツゴツした感触。
けれどそれも決して不快ではなくて、むしろなんだか楽しい気分。
そして──なんだろう。
普段よりも、隣で寝ている忍との距離を、近くに感じる気がした。
実際は、そんなことないのだ。
むしろ、お互いそれぞれに寝袋に入っている分、離れているかもしれない。
彼の体温や引き締まった身体に、直接触れてもいない。
けれど──その場所にいるのはわたしたちだけで。すぐ外には、山の夜が広がっていて──。
そのことを考えると、わたしはなぜだか、普段よりも素直な気分で、忍と話ができそうな気がした。
「……あのね」
穏やかな気持ちで、わたしは彼にそう切り出した。
「本当は、わたし……自分が眠れない理由、わかってるの」
寝袋に入ったまま、忍が顔をこちらに向ける。
「どうして自分が眠れないのか、それに、どうして忍と一緒なら眠れるのかも……本当は、わかってるの」
……そうだ。
わたしは、ちゃんと理解しているんだ。
春になって、自分が眠れなくなってしまった理由。
そして──忍と添い寝をしているときだけ、眠れる理由も。
「……そっか」
穏やかな声で、忍は短くそう言う。
シンプルな答えだけど──その言葉には、優しく続きを促してもらっているような、そんな気分になった。
「わたしの家族が、ちょっとおかしくなってるのは……忍も気付いてるよね? 家に全然親いないし……わたしも、全然親の話もしないし……」
そのことに、忍が気付いていないはずがないと思う。
わたしの生活からはあからさまに「家族」の要素が抜け落ちているし、はっきりと避けてさえいる。それに気付かないなんてことはないだろうし……実際忍も、そこに触れてくることはなかった。
それはきっと、気を遣ってくれているからだ。
わたしの家がおかしくなって、そのことにわたしが大きなダメージを受けているのに気が付いて、気遣ってくれているから。
「色々あって、家族がバラバラになって……」
ちょっと言葉をつまらせながら、わたしは話を続ける。
「それが……眠れない原因なんだと思う。わたしの中で、何かが大きく欠けちゃった……。欠かしちゃいけないものを、失っちゃった……だから多分、眠れなくなった」
「……うん」
もう一度、忍が相づちを打ってくれる。
さっきよりも柔らかく、優しく響く彼のその声──。
「忍は──」
わたしは、そんな彼の名前を呼ぶ。
「──わたしに欠けたそれを、満たしてくれてるんだと思う」
……気付けば。
少しずつ、わたしは眠くなりはじめている。
頭の奥がぼんやりしてきて、目を開けていられなくなって……。
舌が徐々に回らなくなっていく……。
それでも……、
「本当はね……もっと早く、原因を解決すべきだったと思うの……」
ぽつりぽつりとこぼすように、わたしは言葉を続ける──。
「忍に甘えるんじゃなくて……添い寝を、してもらうんじゃなくて……家族と、ちゃんと話すべきだった。わたしに起きてることを、話して……気持ちを、伝えるべきだった……」
本来は、それが筋なんだと思う。
人に頼る前に、わたしはちゃんと問題と向き合うべきだった。
なによりもまず、その解決を目指すべきだった……。
「でも……ごめんね。どうしても、わたし……まだ、許す気に……なれなくて。家族と……話す気に、なれなくて……」
「……うん」
忍の返事も、ちょっと眠そうだ。
けれど、それで良いと思う。
そうやって、夢か現実かわからない、それくらいの感じで聞いてもらえれば十分だ……。
「だから……あのね……」
そして──わたしは顔だけ忍の方に向けると。
彼に、改めてお願いする──。
「……もう少しだけ、わたしと一緒にいてね……」
「……もちろんだよ」
忍が、半分眠っている顔でうなずいた。
「こっちだって、眠れないのは変わらないし……だから、こっちこそ、これからもよろしく……」
「……うん」
……ダメだ、そろそろ限界だ。
もう、眠りの淵がすぐそばまで来ている……。
けど……もう一つ、わたしには言いたいことがある。
どうしても、忍に伝えたいことがあるんだ……。
「……ねえ、忍?」
「……ん?」
相変わらず、穏やかな声で返してくれる忍。
わたしはちょっとだけ緊張しながら──彼に打ちあけた。
「──あのね、わたし……」
「……うん」
「…………トイレ行きたい」
「……ごめんねえ、ついてきてもらっちゃって」
「ああ、構わないよ……ふぁああ……」
忍についてきてもらってトイレに行き、テントに戻ってきたところで。
忍はそう言って、大あくびをした。
「ほんとごめん……眠いよね……」
「まあな……まあでも、真夜中に起こされるよりは全然いいよ……」
言いつつも、忍は足下がおぼつかずふらふらしている。
そしてわたしも……もう本当に限界だ。
今ここで目を閉じたら、そのままその場に倒れて朝まで寝ちゃいそう……。
「よし……寝よう……」
言いながら、テントに潜り込む忍。
そしてそれに、わたしも続いて寝袋に入ると──あっという間に眠りに落ちた。
そして──そのタイミングで犯したミスを。
テント入り口のチャックを閉め忘れる、というミスを、わたしたちはのちに深く悔やむことになる……。
──翌朝。
風来頼子は他の生徒たちより一足早く目を覚まし、管理棟で教師たちと作業をしていた。
「──風来さん、これが今日の地図ね。出発する前にみんなに配るから、確認しておいて」
「はい、わかりました!」
「それから、このリヤカーたちにテントとか備品とかを回収して、倉庫まで運び込んでもらえるかな? 結構重くなるから、誰かに助け求めてもいいよ」
「承知です!」
今回の宿泊研修に際して、各クラスの委員長にはこのような雑務が任されている。
教師と協力しての荷物運びや備品の管理など、体力を使うタイプの雑務たち。
他の委員長たちが渋々それに協力する中、風来は積極的に仕事をもらいに行ってはこなしていたこともあって、今やすっかり教師からも頼られる立場にあった。
「じゃあわたし、備品回収コーナー設置してきますー!」
「はーい、ありがとねー」
教師にそう言うと、風来は指定されたリヤカーを引きながら表に出る。
タイヤのついたスチール製の荷車は、小柄な彼女にはちょっと重たい。
これをあといくつか並べて備品回収コーナーを作り、すべての備品を回収後に倉庫に戻すのが、今朝の彼女のメインの仕事になりそうだ。
「……さすがに、ちょっときついですね……」
普段の風来であれば、なんとか自分でやりきる量だ。
身体を動かすのは好きだし、人の役に立つのも大好き。
できることなら一人でやってしまいたい。
とは言え、彼女も二日間の宿泊研修で疲れ始めている。ここは無難に、誰かに助けを求めるのが得策かもしれない。
「……ふう……」
一つ目のリヤカーを設置し終え、キャンプ場を見渡す。
ちょうど、生徒たちの起床時間だ。
いくつかのテントから寝ぼけ眼の同級生たちが顔を出している。
その中には、見知った顔もあって、
「ああ、やはり佐伯さんは朝がお早いですね……! 軒下さんも、鈴木さんもすでにばっちり目が覚めてる……。反対に、六曜さんはずいぶん眠そうですねえ……」
一人つぶやきながら、思わず笑ってしまう。
起きてくる時間や彼らの表情にも、それぞれの個性が見えておもしろい。
ただ、
「……ん?」
予想外のことに気が付いて、風来は小さく首をかしげた。
「六曜さんのテントから……青葉さんと、中野さん……?」
──一つのテントから、なぜか三人も生徒が出てきた。
すべてのテントは、二人一組で使うようになっているはずなのに。
それに、考えてみれば六曜は忍、小峰、静乃と同じ班であるはず。
ということは……、
「……遊びに行って、そのまま寝ちゃったんでしょうね」
風来はひとりごちて、苦笑した。
正直、こういうことをする生徒がいるのは予想の範囲内だ。
せっかくの宿泊研修なんだ、自由に楽しみたい生徒もたくさんいるだろう。
そして──教師たちも、どこかでそれをある程度許容している様子だった。
風来自身も、これくらいのことでは目くじらを立てるつもりもない。
「まあ、不純異性交遊してる、とかではないですしね……」
むしろ、自分もクラス委員でなければ、彼らと同じように他のテントに遊びに行って、そのまま朝まで遊んでいたかもしれないとも思う。
こういうのも、きっと青春のスパイスの一つになるのだ。
……と、そんなことを考えていて。
目の前の景色を眺めていて、風来はふと思い付く。
「……そうだ」
一つ、良いアイデアを思い付いた。
目の前に積まれた重労働を、一番楽しく効率よく片付ける方法。
……うん、それがいい、そうしよう。
決心すると、風来はもう一度キャンプ場を見回し、
「……よし、行きましょう!」
一つうなずいて、『彼』のいる場所へ向かって歩き始めた──。
「──確か、この辺だったはず……」
言いながら、風来はキャンプ場の片隅。
林に近いゾーンに設置されたテントたちを見回した。
すべてのテントの位置を把握しているわけではないけれど、委員長としてクラスメイトのざっくりの宿泊場所くらいは認識していた。
そして、
「……あ、きっとここですね」
とあるたき火のあとを見つけて、風来はそこに『彼』がいると認識した。
「このきれいな薪の組み方……大滝さんに間違いない……!」
──たき火のレクチャーに回っていた先生が、言っていたのだ。
薪の組み方一つを見ても、生徒各自の性格が出ていておもしろい。
特に大滝は、丁寧に薪を組むし効率的に火を点けていたし、あれは経験者だな、と。
確かに、他のグループのたき火台の上には乱雑に薪が置かれているのに対して、そのグループはすでに燃え落ち火も消されているものの、きれいに薪を組んだ形跡が見られた。
だから──その目の前の二つのテント。
そのどちらかに、彼女の探している男子……忍がいるはずだ。
「──さて、どっちでしょうね……」
──風来はなんとなく、このグループの四人に好印象を抱いている。
全員がいい人で、風来にも優しくて……そしてなんだか、妙に色恋沙汰の匂いがする。
委員長としても個人の興味の対象としても、風来はあの四人に関心があった。
不純な感じだとかオラついた感じがない辺りも、委員長としてはありがたい。
元気でほがらかで明るく、をモットーとしている風来だけれど、悪事や不正にはきちんと厳しい目を向ける。
そんな風に「バトルモード」になる必要がないことがわかりきっている分……あの四人には、リラックスして楽しく接することができるような気がしていた。
──そんな前提があるから。
風来は、忍に今回の備品回収を手伝ってもらおうと考えていた。
彼は体格が良くて体力もあるようだったし、生真面目で優しいし、きっと快く手伝いを引き受けてくれるはずだ……。
ただ問題は、
「どうしよう、大声で名前でも呼びましょうか……」
ここからどうアプローチするかだった。
まだ起きた様子もないし、忍は小峰と一緒にテントの中で寝ているんだろう。
無邪気な風来と言えど、クラスメイトの男子が寝ているところに不躾に踏み込むようなマネはしない。
レディーとしてのデリカシーも、きちんとわきまえてい(るつもりだっ)た。
とは言え、ここでのんびり起きてくるのを待つわけにもいかないし、そろそろ管理棟にも戻らないといけないし……やはり、ここで大声を出してみるべきか。
……と。
「……ん?」
ふと、気付いた。
並んでいる二つのテント──その片方の入り口が開いたままになっている。
チャックが半分開いている、とかそういうレベルではない。
もう、完全に上から下までフルにオープンになっていて……テント内まで見えそうなほど、がっつり入り口が開いているのが。
「……あ、もしかして、もう起きてたんですかね」
つぶやきながら、風来はそちらに近づいていった。
「だとしたら、話が早くて助かります」
テントの前に立って、中を覗き込んだ。
明るい日差しとテント内の薄暗がり。そのコントラストに、しばらく目が慣れない。
けれど──短い間を置いて。
ようやく目が慣れて、中の様子を把握できた風来は──、
「……えっ」
──目の前の光景に。
その、信じがたい景色に硬直した。
──男女がいた。
体格のいい、大柄で素朴な男子──忍。
小柄で垢抜けて可憐な女子──静乃。
その二人が、寄り添い合うようにして。
くっついて安らかに、眠っていた──。
──ぱっと、風来の頭がオーバーヒートする。
この二人が、交際している可能性は感じていた。
お似合いの二人だと思ったし、もしそうなら応援もしたいと思っていた。
絵に描いたような純粋なお付き合いをしそうだなんて考えていた。
──けれど。
「……え? ……え?」
目の前の景色に、ぼう然としてしまう。
四角い袋型の寝袋は、脇のチャックが開いて乱れている。
小さく口を開け、のんきに寝ている忍と──そして、そんな彼に抱きつくようにして。
その身体を密着させて寝ている、静乃──。
そして──甘い匂い。
テントの入り口からこちらまで漂ってくる、かわいらしい香り──。
──きっと、静乃だ。
静乃の髪や服から香っている、年頃なりの身だしなみの結果だ。
けれどそれが今、風来には妙に生々しく感じられて。
それが──一線を越えた証拠であるような。
このテントの中でそういうようなことが行われた証しであるような、そんな実感を持って風来を貫いて──。
「……ッ!」
彼女は、全身にざわめきが走るのを、はっきりと感じた。
「……に……るんですか」
かすれた声で、そうこぼす。
「何……してるんですか」
──決して、大きな声ではなかったと思う。
むしろ、普段の彼女の声量を考えれば、感情もボリュームもかなり抑えられた声だった。
それでも、
「……ん。んん……?」
忍が、くぐもった声を上げ身じろぎする。
「もう、朝か……?」
「ええ、朝です」
はっきりと、風来はそう言い切った。
けれど──忍は未だに寝ぼけた様子で、
「静乃……朝だって。もう、起きないと……」
「ん? ええ……?」
目を閉じたまま、静乃は伸びをする。
「まだわたし……眠いんだけど……」
「俺も……」
そのやりとりで、風来は理解する。
ああ、この人たちは──これが初めてじゃない。
ずっと前から、こういう仲なんだ。
だからこんな場所でも──宿泊研修のテントの中でも、そんなことをしてしまった。
「……起きてください」
もう一度はっきり言うと──ようやく、忍が異変に気付く。
弾かれたように身を起こし、こちらを見て目を見開く。
数秒遅れ、静乃も起き上がり風来に気付き、「……え」と声を漏らした。
そんな二人に、
「……事情を聞かせてください」
風来は、はっきりとした口調でそう言い切った。
「こういう状況になっているわけを、教えてください……!」