第5話 幼なじみ、テント泊する


「──よーし! とうちやくだな!」

「や、やっと……着いた……」

 ──翌日。

 朝一番から続いた山歩きの末に、目的地であるキャンプ場にとうちやくしたのは──午後二時ごろのことだった。

 高原の開けた野原にある、このキャンプ場。

 その全体が、今日は俺たちの学校の生徒だけで貸し切りになっているらしい。

 しばのゾーンもあれば林のゾーンなんかもあり、しやめんを下っていくと川まであるそうだ。

 ……うん、わくわくするな。

 俺、今回の宿しゆくはく研修で、ここに来るのを一番楽しみにしてたんだよな……。

 ずっとキャンプに興味があったのだ。

 たき火を使ってのすいやテントはく

 いつかはカヌーに乗ったりりをしたり、そういうアウトドア活動だってしてみたい。

 今日はそんなあこがれをちょっとかなえられる、という意味でも大いに期待している。

 ……とは言え、

「よーし、じゃあみな、さっそくキャンプ道具借りに行こう!」

 元気にそう言って、リュックを背負い直すろくようさん。

 それになおについていけそうなのは自分くらいのもので、

「ちょ、ちょっと待って……のん……」

 もう、しずは足がガクガク。

 だんゆうの表情であることが多いりようすけまで、

「俺も……きゆうけいさせてもらえると、助かる……」

 なんて言いながら、額のあせぬぐっていた。

 ……まあ、確かに何時間も山道を歩くなんて、慣れていないときついだろう。

 大した高山ではなかったしアップダウンもそれほどなかったし、初心者向けではあったけれど……しずりようすけも、だんから山歩きなんてしないだろうからな。

 しずに至っては、前夜のすいみん時間も五時間を切っているだろう。

 できたとは言えおそめにたし早めに起きたし、ねむりも浅かったかもしれないわけで……こればっかりはしかたない。

「そっかそっかー、じゃあちょっと休んでいこう」

「そうだな、まだあせるような時間でもないし」

 言って、俺たち四人はしばゾーンでこしを下ろした。

 かたで息をしているしずと、白いほおを紅潮させているりようすけ

 うん、本当おつかれ……。でも、これでこの宿しゆくはく研修の山場はえたから、あとはゆっくりしていこう。

 ……しかし、ろくようさん。なんでそんなに元気なんだ?

 つい最近まで毎日牧場作業をしていた俺はいいとして……なんでそんなに、体力があるんだ?

「……なんか、スポーツでもしてるの?」

 思わず、俺は彼女にたずねる。

「部活とかは、特に入ってないよね? その割には、ずいぶん体力あるみたいだけど……」

「え? ああ、ふふふ……」

 俺の問いに、なぜかろくようさんは不敵に笑ってみせた。

おおたき氏は知らないんだね……。ヲタ活って体力使うんだよ。地方までライブ行くときは長時間移動しないといけないし、その上で二時間とかおどりっぱなしになるわけでね……」

「ああ、なるほど……」

「もちろんそれだけじゃないよ。自宅でもライブ映像見ながらの予習もあるし、そっちとは全く別で同人誌にも興味あるからそくばい会もひんぱんに行くし……さらに言えば!」

 と、ろくようさんはくわっと目を見開き、

「毎日しずのそばにいるから……しの至近きよにいるからドキドキしまくり! そのおかげで心肺機能がきたえられてるから、これくらいの山登りじゃびくともしないんだよわたしは!」

「え、ええ……」

 しずのそばにいるだけで、身体からだにそんなに負担かかるのかよ……。

 それはそれで……だいじようなのか?

 なんか、健康にあくえいきようあったりしないのか……?

 ……まあ。

 しずにドキドキさせられる、という意味では俺も同じなんだけど。

 むしろなんてしているせいで、こっちの方こそ死ぬほどドキドキさせられてしまっているんだけどな……。



「──やあやあみなさん、おつかさまです!」

 しばしのきゆうけいのあと。

 我々の学校の本部が設けられているキャンプ場事務所におもむくと、先に着いていたらしいかざさんがむかえてくれる。

「ずいぶんおつかれみたいですね……。でももう、この宿しゆくはく研修ハードな場面はありませんから、あとはゆっくりしていきましょう!」

「……ずいぶん元気だな、かざさん」

 オリエンテーリング後とは思えないそのテンションにおどろいていると、

「ええ、それだけがですからねー。最近は、うちの店『ウィンカム』でも働きまくってますし、体力がついていく一方です!」

 そんなことを言いながらも、かざさんはとうちやくリストから俺たちの班を発見し、『とうちやく済み』のわくにチェックを入れる。

 そして、かたわらにあるレンタル用のキャンプ用品を指差し、

「これ、一グループ分ごとに備品をまとめているんで、持っていってください! テントが男女にわけて二つと、テーブル、しん類ですね」

「おっけおっけ、ありがと」

 説明書を見ながらこれを好きな場所に設営し、今夜はそこでる、というわけだな。

 期待はしていたけれど、本当に本格的なキャンプを楽しめそうでうれしい。

「それから、希望する班にはたき火のセットもおわたししますよ。たきぎとたき火台と着火道具一式ですね。着火時には先生からの指導も入るのですが……それも使われます?」

「うん、それもお願い」

りようかいでーす!」

 かざさんから道具一式を受け取り、テントを張る場所を探し始める。

「どの辺がいいかな?」

「広場の真ん中辺りの……動きやすい場所とか?」

 考えているりようすけに、しずが首をかしげてみせる。

すいは、みんなで事務所の近くのすい場でやるんでしょ? そこからも近いしお手洗いにも行きやすいし、その辺でどう?」

 ふん、なるほど。それがいいかもしれない。

 あんまりそういう設備からはなれてしまうと、移動がめんどうになりそうだし夜中なんて迷子になりかねない。

 けれど、

「あーいや、もうちょっとはしっこにしとこう」

 ろくようさんが、言いながらキャンプ場の向こう側を指差し。

「例えばあの辺の……他の人も来なそうで、事務所から遠い辺りに」

「……あ、そっか」

 思い出したような顔で、しずがうんうんうなずいた。

「そうだね……今夜のことを考えれば、そっちの方がいいか……」

 ──今夜ののアイデアは、いたってシンプルだ。

 我々の班にレンタルされた、二人用のテント二つ。

 その片方で、俺たちがこっそりするという、ただそれだけ──。

 今回の宿しゆくはく研修には、同学年の計二百人ほどが参加している。つまり、全体で百個ほども、このキャンプ場にテントが張られることになる。

 先生やクラス委員たちが、そのすべてをチェックすることなんて不可能だ。

 となると当然、生徒たちは決まりを破ってテントをえたりするだろうし……実のところ。いつしよようなんて約束しているカップルがいたりもするらしかった。

 でも……そりゃそうだよな。

 せっかくの宿しゆくはく研修なんだ。みんな自由にやりたいに決まってる。

 そして……教師や学校側も、ちょっとだけそういう「ズル」を、もくにんしてくれているんじゃないか、というふんもある。

 もちろん、一線をえたり不正が表面化したりすれば、注意されてしまうこともあるだろう。ただ、限度を守っていれば、大ごとにはならないような、そんな気配……。

 ──そんなじようきようであれば。

 ちょっと自由が許されているじようきようなら。むしろ変に計略をめぐらせるより、シンプルにこっそりする、それが一番いんじゃないかと考えたのだ。

 木をかくすなら森の中、というわけだ。

 さらに、ろくようさんの言う通り事務所から遠い位置にテントを張ってしまえば、教師じんに見つかる可能性はきわめて低くなると言えるだろう。

「……よし、この辺にするか」

 キャンプ場のはしにつき。俺は背負っていた荷物を地面に下ろした。

 エリアのすみっことは言えしばはしっかり生えているし、林も近くにあってかげすずしげだ。

 うん、いところなんじゃないだろうか。

 そして、俺は周囲を見回してからざっくり見当をつけ、

「この辺と……その辺に、テント張ろう」

「オーケー!」

「じゃあ、テーブルとかたき火台はその辺だな……」

「あ、わたしも手伝う!」

 班の面々と、さっそくキャンプの設営を始めた。

 ──なお。

 俺たちがすることによって……俺としずが、一つのテントをせんゆうすることによって、りようすけろくようさんにも一つしかテントがあてがわれないことになる。

 その辺……どうなるんだろ。

 もしかして……りようすけろくようさんも……しちゃったりとか……?

 なんて、そんなことを準備期間のミーティング中に期待していたのだけど、

「──あー、わたしは友達のテントに遊びに行くー」

 あっさりと、ろくようさんは言ってのけていた。

「他のクラスのヲタ友と、いつしよにアイドルのライブ動画見ようって話になっててー。だからテントは、みね氏一人で使っていいよー」

 ……まあ、そりゃそうだな。

 現実的には、そうなるわな……。

 なつとくしつつ、ろくようさんらしいなと思いつつ……とは言え内心、二人の進展を見られないのはちょっと残念だったりもしたのだった。



 ──たき火台の上で、火がれていた。

 太いまきから立ち上る、オレンジの暖かなゆらめき……。

 どうやら、しのぶは実家でもよくたき火をしていたらしい。先生に着火まで見守ってもらったあとはぎわよく火をキープしてくれて。夕食を食べ終えた現在、わたしや他の班員は、ぼんやりとそのながめや暖かさを楽しむことができている……。

 ……不思議だな、火って。

 アウトドアチェアに体重をあずけて、わたしはぼんやり考える。

 風にかれてれるほのおは、どれだけ見ていてもきない。

 そのうえ満ち足りた気持ちになれて、不安やつらさは自然とすっと遠のいて……色んなことをおだやかに考えることができるようになる。

「……楽しかったなあ……」

 自然と、そんな言葉をらしてしまった。

宿しゆくはく研修、どうなるかと思ってたけど……楽しかったあ……」

 ──正直、ねむれないかくもしていたのだ。

 初日もそうだし今夜もそう。

 何かが一つちがえばいつすいもできないまま朝になってしまう可能性もあった。

 そうなれば……わたしは多分、研修続行不可能だ。

 そくで山歩きなんて、危なすぎる。

 何らかの形で特別に下山させてもらうことになって、周りの人たちにたくさんめいわくをかけてしまう可能性だってあった。

 けれど……それをかいできたのは、みんなのおかげだ。

 わたしとしのぶづかって、めんどうなことなのに協力をしてくれたのんみねくん。

 そして、しんけんの方法をいつしよに考えてくれたしのぶのおかげ……。

「……ありがとね、みんな」

 なんだかちょっと照れくさくて、わたしは火に視線をやったままで言う。

「おかげで、いい思い出ができそうです……」

「……こっちこそ楽しめてるよ、ありがとう」

「そうそう、わたしたちも、やりたくてやってるだけだからねー」

 そんな風に返してくれるりようすけくんと、のん

 そしてしのぶも、

「まあ、まだあと一日あるからな」

 なんて彼らに続いた。

「今夜も油断せず、しっかりるようにしような。明日も一応、ふもと近くまで歩かないといけないし……」

「……うん、そうだね」

「まあでも……こんな感じで、解決していければ」

 見れば──しのぶれる火をぐ見つめながら。

 決意するような、強く願うような顔で、言葉をこぼしていた。

「大変なことも色々あるけど、一個ずつ解決していければいいな……」

 ……大変なこと。

 それはつまり──みんのことだろう。

 わたしとしのぶねむれなくなっていること。そして、わたしたちの約束のちがいのこと──。

 実はわたしは……それを解決するのに、ちょっとていこうを覚えていた。

 問題がなくなってしまえば何かが終わってしまう気がしていたし、約束の件に関しては、じゆんすいに腹を立ててもいた。簡単に、なかったことになんてしてやらないと意地を張っていた。

 けれど……なぜだろう。

 今はなおに、しのぶの言葉にうなずくことができた。

 みんと約束のちがい。

 それを、今わたしは──解決していきたいと思う。

 しのぶいつしよに、みんなの力を借りたりしながら、解決できればいいなと。

 そしてその上で──もう一度。しのぶと、関係を作り直すことが、できればいいななんて……。

「……ふふ」

 そんな気持ちの変化に、わたしは思わず一人で笑ってしまう。

 ……みんなのおかげだなあ。

 この宿しゆくはく研修と、助けてくれた周りの人たちが、わたしにそう思わせてくれたんだ──。



 ──しばらくみなで話をして。

 管理とうの近くのせつでざっとシャワーを浴びてから新しいジャージにえ、しゆうしんの時間になった。

「──それじゃ、わたし友達のとこ行ってくるねー」

 火を消したたき火台の前で、のんがそう言う。

「そのまま朝までその子のテントでてくるけど、こっちの片付けまでにはもどってくるよー」

「うん、わかった」

あしもと暗いから、気を付けて」

「行ってらっしゃい」

 三人で、そう言ってのんを見送る。

 次に、

「じゃあ……俺はこっちのテント、使わせてもらうな」

 わたしたちのとなりのテントの入り口で、みねくんがなんだか申し訳なさそうに言う。

「ごめんな、なんか俺だけ、広々スペースもらっちゃって……」

「いやいや、俺らがそれを望んだんだからさ」

「そ、そうだよ! むしろごめんね、しのぶ借りちゃって……」

「あはは、そう言ってもらえるなら気が楽だ。……じゃあ、おやすみ、また明日」

「おう、おやすみ」

「また明日ね……」

 言い合いながら、わたしたちはテントに入る。

 二メートル四方くらいの、こじんまりした空間。

 高さは、一メートルくらいだろうか。もちろん、立ち上がることはできないから、この中ではわたしもしのぶつんいだ。

 ゆかにはクッション用の銀色のマットがかれ、ぶくろが二つ置かれている。

 今夜は、二人でこれにくるまってることになる……。

 ……それにしても。

 テントって、なんかちょっとわくわくするかも……。

 このせまさが、なんだかちょっと動物の巣っぽい。

 本当にねむるためだけに作られた、秘密の空間って感じ……。

 小さいころしのぶと秘密基地を作ったときの感覚に近いかもしれない。

 それから、外と中をへだてているのが、うすだけっていうのもしんせんだ。

 風がいてたわんだり、外の物音が全部丸聞こえだったり、れるとひんやりしていたり……。

 自然豊かな場所に来たんだっていうことを、その中でねむるんだっていうことを、はっきりと感じられる。

 ──そんなことを考えながら。

 わたしとしのぶは、もぞもぞとぶくろにくるまった。

 シートとぶくろしに感じる、地面のゴツゴツしたかんしよく

 けれどそれも決して不快ではなくて、むしろなんだか楽しい気分。

 そして──なんだろう。

 だんよりも、となりているしのぶとのきよを、近くに感じる気がした。

 実際は、そんなことないのだ。

 むしろ、おたがいそれぞれにぶくろに入っている分、はなれているかもしれない。

 彼の体温やまった身体からだに、直接れてもいない。

 けれど──その場所にいるのはわたしたちだけで。すぐ外には、山の夜が広がっていて──。

 そのことを考えると、わたしはなぜだか、だんよりもなおな気分で、しのぶと話ができそうな気がした。

「……あのね」

 おだやかな気持ちで、わたしは彼にそう切り出した。

「本当は、わたし……自分がねむれない理由、わかってるの」

 ぶくろに入ったまま、しのぶが顔をこちらに向ける。

「どうして自分がねむれないのか、それに、どうしてしのぶいつしよならねむれるのかも……本当は、わかってるの」

 ……そうだ。

 わたしは、ちゃんと理解しているんだ。

 春になって、自分がねむれなくなってしまった理由。

 そして──しのぶをしているときだけ、ねむれる理由も。

「……そっか」

 おだやかな声で、しのぶは短くそう言う。

 シンプルな答えだけど──その言葉には、やさしく続きをうながしてもらっているような、そんな気分になった。

「わたしの家族が、ちょっとおかしくなってるのは……しのぶも気付いてるよね? 家に全然親いないし……わたしも、全然親の話もしないし……」

 そのことに、しのぶが気付いていないはずがないと思う。

 わたしの生活からはあからさまに「家族」の要素がちているし、はっきりとけてさえいる。それに気付かないなんてことはないだろうし……実際しのぶも、そこにれてくることはなかった。

 それはきっと、気を遣ってくれているからだ。

 わたしの家がおかしくなって、そのことにわたしが大きなダメージを受けているのに気が付いて、づかってくれているから。

「色々あって、家族がバラバラになって……」

 ちょっと言葉をつまらせながら、わたしは話を続ける。

「それが……ねむれない原因なんだと思う。わたしの中で、何かが大きく欠けちゃった……。欠かしちゃいけないものを、失っちゃった……だから多分、ねむれなくなった」

「……うん」

 もう一度、しのぶが相づちを打ってくれる。

 さっきよりもやわらかく、やさしくひびく彼のその声──。

しのぶは──」

 わたしは、そんな彼の名前を呼ぶ。

「──わたしに欠けたそれを、満たしてくれてるんだと思う」

 ……気付けば。

 少しずつ、わたしはねむくなりはじめている。

 頭の奥がぼんやりしてきて、目を開けていられなくなって……。

 舌がじよじよに回らなくなっていく……。

 それでも……、

「本当はね……もっと早く、原因を解決すべきだったと思うの……」

 ぽつりぽつりとこぼすように、わたしは言葉を続ける──。

しのぶに甘えるんじゃなくて……を、してもらうんじゃなくて……家族と、ちゃんと話すべきだった。わたしに起きてることを、話して……気持ちを、伝えるべきだった……」

 本来は、それが筋なんだと思う。

 人にたよる前に、わたしはちゃんと問題と向き合うべきだった。

 なによりもまず、その解決を目指すべきだった……。

「でも……ごめんね。どうしても、わたし……まだ、許す気に……なれなくて。家族と……話す気に、なれなくて……」

「……うん」

 しのぶの返事も、ちょっとねむそうだ。

 けれど、それでいと思う。

 そうやって、夢か現実かわからない、それくらいの感じで聞いてもらえれば十分だ……。

「だから……あのね……」

 そして──わたしは顔だけしのぶの方に向けると。

 彼に、改めてお願いする──。

「……もう少しだけ、わたしといつしよにいてね……」

「……もちろんだよ」

 しのぶが、半分ねむっている顔でうなずいた。

「こっちだって、ねむれないのは変わらないし……だから、こっちこそ、これからもよろしく……」

「……うん」

 ……ダメだ、そろそろ限界だ。

 もう、ねむりのふちがすぐそばまで来ている……。

 けど……もう一つ、わたしには言いたいことがある。

 どうしても、しのぶに伝えたいことがあるんだ……。

「……ねえ、しのぶ?」

「……ん?」

 相変わらず、おだやかな声で返してくれるしのぶ

 わたしはちょっとだけきんちようしながら──彼に打ちあけた。

「──あのね、わたし……」

「……うん」

…………トイレ行きたい」



「……ごめんねえ、ついてきてもらっちゃって」

「ああ、構わないよ……ふぁああ……」

 しのぶについてきてもらってトイレに行き、テントにもどってきたところで。

 しのぶはそう言って、大あくびをした。

「ほんとごめん……ねむいよね……」

「まあな……まあでも、真夜中に起こされるよりは全然いいよ……」

 言いつつも、しのぶあしもとがおぼつかずふらふらしている。

 そしてわたしも……もう本当に限界だ。

 今ここで目を閉じたら、そのままその場にたおれて朝までちゃいそう……。

「よし……よう……」

 言いながら、テントにもぐり込むしのぶ

 そしてそれに、わたしも続いてぶくろに入ると──あっという間にねむりに落ちた。

 そして──そのタイミングでおかしたミスを。

 テント入り口のチャックを閉め忘れる、というミスを、わたしたちはのちに深くやむことになる……。



 ──翌朝。

 かざよりは他の生徒たちより一足早く目を覚まし、管理とうで教師たちと作業をしていた。

「──かざさん、これが今日の地図ね。出発する前にみんなに配るから、かくにんしておいて」

「はい、わかりました!」

「それから、このリヤカーたちにテントとか備品とかを回収して、倉庫まではこび込んでもらえるかな? 結構重くなるから、だれかに助け求めてもいいよ」

「承知です!」

 今回の宿しゆくはく研修に際して、各クラスの委員長にはこのような雑務が任されている。

 教師と協力しての荷物運びや備品の管理など、体力を使うタイプの雑務たち。

 他の委員長たちがしぶしぶそれに協力する中、かざは積極的に仕事をもらいに行ってはこなしていたこともあって、今やすっかり教師からもたよられる立場にあった。

「じゃあわたし、備品回収コーナー設置してきますー!」

「はーい、ありがとねー」

 教師にそう言うと、かざは指定されたリヤカーを引きながら表に出る。

 タイヤのついたスチール製の荷車は、がらな彼女にはちょっと重たい。

 これをあといくつか並べて備品回収コーナーを作り、すべての備品を回収後に倉庫にもどすのが、今朝の彼女のメインの仕事になりそうだ。

「……さすがに、ちょっときついですね……」

 だんかざであれば、なんとか自分でやりきる量だ。

 身体からだを動かすのは好きだし、人の役に立つのも大好き。

 できることなら一人でやってしまいたい。

 とは言え、彼女も二日間の宿しゆくはく研修でつかれ始めている。ここは無難に、だれかに助けを求めるのが得策かもしれない。

「……ふう……」

 一つ目のリヤカーを設置し終え、キャンプ場をわたす。

 ちょうど、生徒たちのしよう時間だ。

 いくつかのテントからぼけまなこの同級生たちが顔を出している。

 その中には、見知った顔もあって、

「ああ、やはりえきさんは朝がお早いですね……! のきしたさんも、すずさんもすでにばっちり目が覚めてる……。反対に、ろくようさんはずいぶんねむそうですねえ……」

 一人つぶやきながら、思わず笑ってしまう。

 起きてくる時間や彼らの表情にも、それぞれの個性が見えておもしろい。

 ただ、

「……ん?」

 予想外のことに気が付いて、かざは小さく首をかしげた。

ろくようさんのテントから……あおさんと、なかさん……?」

 ──一つのテントから、なぜか三人も生徒が出てきた。

 すべてのテントは、二人一組で使うようになっているはずなのに。

 それに、考えてみればろくようしのぶみねしずと同じ班であるはず。

 ということは……、

「……遊びに行って、そのままちゃったんでしょうね」

 かざはひとりごちて、しようした。

 正直、こういうことをする生徒がいるのは予想のはん内だ。

 せっかくの宿しゆくはく研修なんだ、自由に楽しみたい生徒もたくさんいるだろう。

 そして──教師たちも、どこかでそれをある程度許容している様子だった。

 かざ自身も、これくらいのことでは目くじらを立てるつもりもない。

「まあ、不純異性交遊してる、とかではないですしね……」

 むしろ、自分もクラス委員でなければ、彼らと同じように他のテントに遊びに行って、そのまま朝まで遊んでいたかもしれないとも思う。

 こういうのも、きっと青春のスパイスの一つになるのだ。

 ……と、そんなことを考えていて。

 目の前の景色をながめていて、かざはふと思い付く。

「……そうだ」

 一つ、いアイデアを思い付いた。

 目の前に積まれた重労働を、一番楽しく効率よく片付ける方法。

 ……うん、それがいい、そうしよう。

 決心すると、かざはもう一度キャンプ場を見回し、

「……よし、行きましょう!」

 一つうなずいて、『彼』のいる場所へ向かって歩き始めた──。



「──確か、この辺だったはず……」

 言いながら、かざはキャンプ場のかたすみ

 林に近いゾーンに設置されたテントたちを見回した。

 すべてのテントの位置をあくしているわけではないけれど、委員長としてクラスメイトのざっくりの宿しゆくはく場所くらいはにんしきしていた。

 そして、

「……あ、きっとここですね」

 とあるたき火のあとを見つけて、かざはそこに『彼』がいるとにんしきした。

「このきれいなたきぎの組み方……おおたきさんにちがいない……!」

 ──たき火のレクチャーに回っていた先生が、言っていたのだ。

 たきぎの組み方一つを見ても、生徒各自の性格が出ていておもしろい。

 特におおたきは、ていねいたきぎを組むし効率的に火を点けていたし、あれは経験者だな、と。

 確かに、他のグループのたき火台の上には乱雑にたきぎが置かれているのに対して、そのグループはすでに燃え落ち火も消されているものの、きれいにたきぎを組んだけいせきが見られた。

 だから──その目の前の二つのテント。

 そのどちらかに、彼女の探している男子……しのぶがいるはずだ。

「──さて、どっちでしょうね……」

 ──かざはなんとなく、このグループの四人に好印象をいだいている。

 全員がいい人で、かざにもやさしくて……そしてなんだか、みよういろこいにおいがする。

 委員長としても個人の興味の対象としても、かざはあの四人に関心があった。

 不純な感じだとかオラついた感じがない辺りも、委員長としてはありがたい。

 元気でほがらかで明るく、をモットーとしているかざだけれど、悪事や不正にはきちんと厳しい目を向ける。

 そんな風に「バトルモード」になる必要がないことがわかりきっている分……あの四人には、リラックスして楽しく接することができるような気がしていた。

 ──そんな前提があるから。

 かざは、しのぶに今回の備品回収を手伝ってもらおうと考えていた。

 彼は体格が良くて体力もあるようだったし、やさしいし、きっと快く手伝いを引き受けてくれるはずだ……。

 ただ問題は、

「どうしよう、大声で名前でも呼びましょうか……」

 ここからどうアプローチするかだった。

 まだ起きた様子もないし、しのぶみねいつしよにテントの中でているんだろう。

 じやかざと言えど、クラスメイトの男子がているところにしつけみ込むようなマネはしない。

 レディーとしてのデリカシーも、きちんとわきまえてい(るつもりだっ)た。

 とは言え、ここでのんびり起きてくるのを待つわけにもいかないし、そろそろ管理とうにももどらないといけないし……やはり、ここで大声を出してみるべきか。

 ……と。

「……ん?」

 ふと、気付いた。

 並んでいる二つのテント──その片方の入り口が開いたままになっている。

 チャックが半分開いている、とかそういうレベルではない。

 もう、完全に上から下までフルにオープンになっていて……テント内まで見えそうなほど、がっつり入り口が開いているのが。

「……あ、もしかして、もう起きてたんですかね」

 つぶやきながら、かざはそちらに近づいていった。

「だとしたら、話が早くて助かります」

 テントの前に立って、中をのぞき込んだ。

 明るい日差しとテント内のうすくらがり。そのコントラストに、しばらく目が慣れない。

 けれど──短い間を置いて。

 ようやく目が慣れて、中の様子をあくできたかざは──、

「……えっ」

 ──目の前の光景に。

 その、信じがたい景色にこうちよくした。

 ──男女がいた。

 体格のいい、おおがらぼくな男子──しのぶ

 がらあかけてれんな女子──しず

 その二人が、い合うようにして。

 くっついて安らかに、ねむっていた──。

 ──ぱっと、かざの頭がオーバーヒートする。

 この二人が、交際している可能性は感じていた。

 お似合いの二人だと思ったし、もしそうならおうえんもしたいと思っていた。

 絵にいたようなじゆんすいなお付き合いをしそうだなんて考えていた。

 ──けれど。

「……え? ……え?」

 目の前の景色に、ぼう然としてしまう。

 四角いふくろ型のぶくろは、わきのチャックが開いて乱れている。

 小さく口を開け、のんきにているしのぶと──そして、そんな彼にきつくようにして。

 その身体からだを密着させてている、しず──。

 そして──甘いにおい。

 テントの入り口からこちらまでただよってくる、かわいらしい香り──。

 ──きっと、しずだ。

 しずかみや服から香っている、としごろなりの身だしなみの結果だ。

 けれどそれが今、かざにはみように生々しく感じられて。

 それが──一線をえたしようであるような。

 このテントの中でそういうようなことが行われたあかしであるような、そんな実感を持ってかざつらぬいて──。

……ッ!

 彼女は、全身にざわめきが走るのを、はっきりと感じた。

「……に……るんですか」

 かすれた声で、そうこぼす。

「何……してるんですか」

 ──決して、大きな声ではなかったと思う。

 むしろ、だんの彼女の声量を考えれば、感情もボリュームもかなりおさえられた声だった。

 それでも、

「……ん。んん……?」

 しのぶが、くぐもった声を上げ身じろぎする。

「もう、朝か……?」

「ええ、朝です」

 はっきりと、かざはそう言い切った。

 けれど──しのぶいまだにぼけた様子で、

しず……朝だって。もう、起きないと……」

「ん? ええ……?」

 目を閉じたまま、しずびをする。

「まだわたし……ねむいんだけど……」

「俺も……」

 そのやりとりで、かざは理解する。

 ああ、この人たちは──これが初めてじゃない。

 ずっと前から、こういう仲なんだ。

 だからこんな場所でも──宿しゆくはく研修のテントの中でも、そんなことをしてしまった。

「……起きてください」

 もう一度はっきり言うと──ようやく、しのぶが異変に気付く。

 はじかれたように身を起こし、こちらを見て目を見開く。

 数秒おくれ、しずも起き上がりかざに気付き、「……え」と声をらした。

 そんな二人に、

「……事情を聞かせてください」

 かざは、はっきりとした口調でそう言い切った。

「こういうじようきようになっているわけを、教えてください……!」