第2話 幼なじみ、リモート添い寝をする


「──ということで、わたしたち、もっとしんちようするべきなのかなって……」

 かざさんとそうぐうした日の、翌朝。

 朝日のいっぱいに差し込む俺の家、居間のローテーブルにて。

 向かい合って朝ご飯を食べ始めたところで、しずはちょっとねむそうにそう言う。

のんも、みねくんも、わたしたちのじようきように理解があるけど……それをつうと思うのは危ない気がするの。しかも、近所にかざさんが住んでることもわかったわけで……またこれまで通りふらふらしてたら、ばったり会うかもしれないわけで……だから、もうちょっときんちよう感を持たなきゃなって……」

 どうも、昨日の夜はよくねむれなかったらしい。

 目元はしょぼしょぼしているし、かみもいつもよりぼさっとしていた。

 もしかしたら、かざさんとのそうぐうに思った以上にどうようしていたのかもしれないな……。

 テーブルには、俺が作った朝食がずらっと並んでいる。

 しるにご飯につけもの数種類。

 焼き魚に卵焼きという、割とオーソドックスな取り合わせ。

 実家にいたころはパン食のことが多かったけれど、和食が好きなしずに合わせて最近はご飯にすることが多くなっていた。

 その中から、俺はしるのおわんを手に取り一口飲みながら、

「ああ、俺も同じようなことを考えてたよ」

 なんてしずに返した。

「さすがに、ちょっと感覚がマヒしてたわ。一回ここらで、気をめ直そう……」

 他の人で、想像してみたらわかりやすい。

 例えば──かげりようすけろくようさんがしていたら。

 これはもう、言うまでもなく事件である。大事件だ。

 かざさんじゃなくともおおさわぎするだろうし、俺だってどうようしまくる。

 りようすけにはぐらかされたりしたら、めちゃくちゃついきゆうするだろう。

 そして……それがもしうっかりクラスメイトにバレたら。ゴシップとして広がったら。年単位でその事実はかたがれるだろうし、きっとうわさにはひれがついてどんどん大げさになっていく。

 さらにこわいのが、学校に情報が伝わることだ。

 説教は確実だろうし何かしらの処分が下される可能性だってある。おたがいの親に情報が行くこともあるかもしれない。

 高校生がクラスメイトとしているっていうのは──つまりそういうことなのだ。

 危険だし見方によっては不純だし、周囲の理解を得ることなんて全然期待できない。

 そのことを、俺たちはもう一度きちんとにんしきすべきだ。

「だから手始めに、今日はバラバラで登校しよう。最近いつしよに部屋出ちゃってたけど、十分くらい時間空けて出発するようにして」

「うん、そうだね。少なくとも、昨日の今日で見つかるとさすがにまずいし……」

 たくあんをコリコリみながら、しずはこくこくとうなずいた。

「それから、あんまりかつに二人で外をふらつかないようにしようか。近所にはかざさん以外も、学校の生徒が住んでるかもしれないし……いつだれに見つかるかもわかんないし」

「……ああ、それもそうだね」

 うなずいて、けれどしずはちょっと残念そうな顔になる。

「わたし、夜にこの辺歩くの好きだったんだけどなー……。けどまあ、しょうがないか、できなくなるよりは、ずっとマシだよね……」

「だな、俺も残念だけどな……」

 しずの言う通り、夜の散歩は結構楽しいのだ。

 彼女と二人、見知らぬ場所をぼうけんしている気分になれる。

 そういうのが今後制限されるのは、本音を言えばさびしい。

 けど、じようきようじようきようだから、少なくともしばらくはひかえた方がいいだろう。

「あとは……そろそろ、他の方法を探してみてもいいかもなあ」

「……他の方法?」

 しずが一口お茶を飲み、首をかしげた。

「うん」

 そんな彼女に、俺は一度うなずいてから──、

「──じかしなくても、二人ともねむれる方法」

 ──その言葉に。

 俺が何の気なく言ったその言葉に──しずが、小さく目を見開いた気がした。

 あ、あれ……?

 俺、なんかおどろかせるようなこと言ったか……?

「……あの、なんていうかまあ、その」

 小さくあせりを覚えながら、俺はしずに説明を始める。

「ほら、俺たちがするようになって、割とつだろ? 前みたいにねむくてせつまってるわけではないし、気持ち的にもだいぶ落ち着いてきた……」

「……うん」

「だからその、いつまでもこう……実際にいつしよるだけじゃなくて、他におたがいぐっすりねむれる方法を探すんだよ。例えば前に俺が、まくらとかためそうとしてたことあるだろ? あれがくいくとは思わないけど、同じような感じで、おたがいの負担が少ない方法を探すというか……」

 そういうのが、必要だと思うのだ。

 ずっとこんな仲でいるわけにもいかないし、みんだって根本的に解決しなきゃならない。

 だから、ひとまずじようきようが安定した今、動き出してみた方がいい気がするのだ。

 かざさんとのそうぐうで、俺は改めてそのことを実感した。

「それに……もうすぐ宿しゆくはく研修もあるだろ?」

 押しとばかりに、俺はそう続ける。

「今月じゆんに、二はく三日で行くやつ……」

 ──宿しゆくはく研修。

 俺たちの通う学校では、一年生は六月のじゆんに、付近にある山間の宿しゆくはくせつまり込みで研修に行く。

 研修とは言いつつその内実はオリエンテーリングなどのレクリエーションが主で、新入生同士交流を深めるのが実際の目的らしい。

 楽しそうではあるけれど、下手したらその間、俺たちはをできないわけで……。

「できれば、それまでに何か策も、考えておきたいだろ?」

 ……我ながら、まあまあ説得力のある話だと思う。

 宿しゆくはく研修中みんなやまされ続けるのはマジでしんどいし、きっとしずなつとくしてくれるはず……。

 ……なのに。

「……ふうん」

 言って、視線をテーブルに落とすしず

 ……不満げだった。

 まあ、あからさまに不満げだった。

 なんでそういうリアクションになるんだ……。

「……いやだったか?」

 おそおそる、そうたずねてみる。

しずがそういうのていこうあるなら、もちろん無理にとは言わないけど……」

「……ううん、だいじよう

 そう言いつつも、しずの声のトーンは低いままだった。

「……それで、具体的にどうするの? 何か、ためしてみたいアイデアとか、あるの?」

「……や、それはまだないから。これから考えたいんだけど」

「そう」

 短くそう答えて、しずはお茶を一口飲む。

「わかった、じゃあわたしも何か思い付いたら、しのぶに提案するね」

「おう、たのむわ……」

「それから、今日はわたしが先に出るから、しのぶはちょっとおくれて出るようにして」

「お、おう……わかった……」

 うなずきつつ、俺も再び朝ご飯にはしばす。

 テレビからは、しばらく天気が不安定そうだと話す気象予報士の声が流れている。

 それを片耳で聞きながら……俺は自分の発言のどこがしずげんにさせてしまったのかを、一人でぐるぐると考え続けていた──。



「──だからね! しのぶ、それをきっかけに、しなくて済む方法を考えようとか言い出して!」

 ──お昼休み。

 学校の中庭にあるベンチにて。

 わたしは親友であるろくようのんに、今朝の出来事を語って聞かせていた。

「体調も生活も落ち着いてきたし、これまでとはちがう方法でねむれないか、探してみようって……」

「……ふむふむ……」

 すでに昼食のサンドイッチを食べ終えて。

 のんは紙パックのジュースを飲みながらうなずいている。

 青のインナーカラーが印象的なかみが、小さくれる。

 そんな彼女にわたしは、

「そんなの……簡単に見つかるわけないじゃない。これまでだって、散々なやんでどうにもならなかったんだから……」

 こみ上げる気持ちを──いらちをあらわにして、言葉を続けた。

 ……腹が立っていた。

 あんなことを提案してきたしのぶに、なぜかわたしは腹を立てていた。

 だってなんか……あんな言い方、まるで早くわたしとのをやめたいみたいじゃない。

 そりゃ、いつまでもこうしてはいられないと思うけど。

 あんまりよくないことだって理解もしてるけど……。

 けど、このじようきようになって真っ先にそれを提案してきたことが……何かモヤる。

 しのぶ、そんなにわたしとのが、いやだったんだろうか……?

 ちょっとは、喜んでくれていると思ってたんだけど。

 それを口実にしてわたしといつしよにいることを、大切にしてくれてると思ってたんだけど……。

 そんな気持ちを──のんなら理解してくれる気がしていた。

 いつしよになってふんがいしたり、あるいは茶化したりして気持ちを楽にしてくれるような気が。

 けれど、

「……ふむ」

 彼女はうでを組み、のんしんけんな表情で視線を落としている。

 そして……けんにしわを寄せ目をすがめると、

「……何を……考えている?」

「……へ?」

おおたきしのぶ……何を考えている!?

 ──くわっと目を見開いて。

 のんは、敵将の思考を読む軍師みたいなことを言い出した。

つうの人間であれば、しずとのいやがるはずなんてない。むしろ、できるだけ長くその関係を続けようと考えるはずだ……。しずのかわいさは当代ずいいちおおたき氏とて、それがわからないことはないはず……」

「え、ええ……」

 そ、そこまでのアレじゃないと思うけど……。

 つうに、わたしとするのいやな人、いると思う……。

「ではなぜおおたき氏、そんなことを言い出したんだ……!? 本当に、ただ誠実なだけか!? ……そんなわけない、他に何か理由があるはず!」

 ……他に理由。

 いや、まあ、なんというか……多分、そういうのはないと思う。

 自分で言い出しておいてあれだけど、あんなにおこってっといてあれなんですけど……多分ただ誠実なだけだ。

 に「女子と男子のは、早めに終わらせた方がいい!」って考えてるだけというか……。

 しのぶの性格を考えたら、うん、その辺がリアルなところだと思います……。

 わたしも実際のところ、わがままにすねてるだけで……。

 ただ、のんはもはや想像が止まらない様子で、

「もしや! ……そろそろ、自分の肉欲にあらがえなくなり始めたか!? このままじゃいつしずおそってしまうかもわからない。だから犯罪者になる前に、しずを遠ざけようとしたか!?

「そ、それはないでしょう……!」

 シャツを借りたときも、あんなにうすだったのにそんなり取り乱してなかったしね……。

 むしろ、わたしの側の方がちょっとうわついちゃったくらいだ。においじゃったり。

 おそってしまうとか、そういう感じではないと思う……。

「あるいは、心臓への負担が限界に達したのか!? しずいつしよにいるドキドキで、血圧がきゆうじようしよう身体からだへのダメージがでかすぎて、えられなくなったのか!?

「そこまでかかることある!? ただのドキドキで!?

 あいつ、血圧とかそういうの気にしてる様子は全くないし、病院にも行ってる気配ないし、それもちがうと思います……。

「じゃあ!」

 と、のんはなおも食らい付くような表情で、

「一人でごにょごにょする時間が欲しいのでは……!?

「……ご、ごにょごにょ!?

 予想外の言葉に、面食らった。

 けれど、のんは一層勢いづいた様子で。

「そう! いわゆる一つのプレジャーマイセルフですよ! おおたき氏も、としごろ男子なんだからそれくらいするでしょう!」

「え、ええ……?」

 ……まあ、何を言っているのかはわかる。

 のんはぼやかしているけど、何を言いたいのかは、一応……。

 ネットか何かの記事で、男子はほぼ百パーセントそれをしてるって見たこともあるし……うん、多分しのぶも、してないことは……ないんだと思う。

「しかも、しずがずっとそばにいるんだからもんもんすることも多いはずだ! なのに、四六時中そばにいるから発散できない……。それをなんとかするため、一人の時間を作りたかったのでは……!?

「そ、そんな可能性、あるかなあ……」

「むしろ、ないわけないでしょ! まさかしずおおたき氏がそういう欲求の全くない、せんにんみたいな男子だとでも思ってるの!?

「そこまでは……思わないけど」

 ただ、してる気配はこれまで感じたことないな……。

 チャンスがあるとしたら、わたしがお入ってるときとか……?

 いやでも、特におがり、しのぶの様子がいつもとちがったことはないしな……。

 そもそも、あれくらいの短い時間で、それって終わるものなんだろうか……。

 一人考え込むわたしの横で、

「ちくしょう……わからない!」

 のんはそう言って、くやしげに頭をガシガシとかき始める。

おおたき氏、何が目的なんだ……!」

 ……むしろのん、なんでそんなにしのぶたいこう心を燃やすんだろ。

 確かに、最近しのぶく時間が増えてるけど、わたしの中でのんの大切さは変わっていない。

 これまでもこれからも、大切な親友のままだ。

 だからそんなに、気にしなくても良いと思うんだけどなあ……。

「こうなったら……調査に乗り出すしかない!」

 ついにのんは、そんなことを言い始める。

おおたき氏の行動をついせきかんして動向をあく! そして、なぜしずにそんなことを言い出したのかをてつてい究明して──」

「──ちょちょちょ! ちょっと待って!」

 さすがに話がやっかいになりそうで、あわてて割って入った。

「べ、別にわたしもそこまで疑ってるわけじゃないよ! 心配してくれてうれしいけど、ただちょっと……もやっとしただけというか。りたかっただけで……」

「……あ、え、そうなの?」

「うん、ごめんねづかわせちゃって……」

「まあ、それならいいんだけど……」

 と、のんはふうっと息をす。

 そして、意味ありげに遠い目をしてみせると、

「つまりまあ、風のろけに付き合わされたってことか……」

「の、のろけ!? そ、そんなつもりは……」

「いいのいいの、しののろけならいつでも大かんげいですよー……」

 のんはそう言って、遠い目で空を見上げる。

 ……そんな感じに、なっちゃってたのか。

 わたし、そんなつもりじゃなかったけど……のろけた感じになってたのかあ。

 でも、うん……そう取られてもおかしくないか。

 だって実際、わたしも本気でおこってたわけじゃないしなあ……。

 気を付けよう。なんかわたし、いつのまにか……人にしのぶの話をしたがるようになっていたらしい。



 と、そんな感じでしばし雑談をしてから。

 話が一段落したところで、

「……わ! ヤバ!」

 スマホに視線をやったのんが、そんな声を上げた。

「もうこんな時間だ!」

 そして──彼女はスマホを何度かタップ。

 カバー裏のリングをスタンド代わりにして、わたしたちのこしけているベンチの前のテーブルに立たせた。

「……ん? 何してるの?」

 言いながら、画面をのぞき込むと。

『──どうもー、みんなこんにちは!』

 ディスプレイの向こうで。同世代のかわいい女の子ががおでそう言いながらこっちに手をっていた。

『今日もお昼配信、やってこうと思いまーす。ごめんねーちょっとスタートおくれちゃって……』

「これは……生配信?」

「そうそう!」

 わたしの問いに、のんはうれしそうにうなずいてみせる。

「最近してるアイドルグループ、『きんらいじよこう』のじゅのんが、最近始めたんだよ!」

 言われて、しばし画面をながめてみる。

 じゅのんと言うらしいその女の子は、楽屋か会議室のような場所にいるようだ。

 彼女の前にはテーブルがあって、コンビニで買ってきたんだろうか、サラダパスタやヨーグルトやらの食べ物が並んでいる。

 そして、

『もうみんな、お昼食べたー?』

 じゅのんが、画面の向こうからこちらにたずねてくる。

『わたしの今日の昼食は、こんな感じでーす。今日は朝早くてお弁当作れなかったから、コンビニで買ってきちゃった……。じゃあ、食べようか。いただきまーす!』

「いただきまーす!」

 となりのんが、じゅのんのあとを追うように声を上げた。

のん……さっきサンドイッチ食べ終わったところじゃん」

「いいんだよ! じゅのんが食べ始めるんだから、このタイミングでお昼ご飯アンコールにとつにゆうだよ!」

 言いながら、かばんからおを取り出して食べ始めるのん

 よく食べるなあこの子は。それでも全然太らないのだからうらやましい限りだ。

『わ、これおいしー』

 画面の中で、じゅのんがそんな声を上げる。

『このサラダパスタ、初めて食べたけどおいしいわー。ハマりそう……』

 ……思ったよりも、へいたんなテンションだった。

 なんとなく、アイドルの配信って楽しくて明るいものなのかと。歌ったりおどったりそういうものなのだと思っていた。あるいは、ゲームじつきようしたりとか?

 けれど、こうして見ている限りそういうことは全くなさそうだ。

 本当にただ、じゅのんがご飯を食べて、ときどき何かちょこちょこ発言するだけ……。

「……これは、おもしろいの?」

 思わず、そうたずねてしまった。

「ただ、この子がご飯食べてるだけに見えるけど……それを見るのが、楽しいの?」

「え、最高に楽しいよ!」

 当たり前じゃん! とでも言いたげな顔で、のんは答える。

「毎日やるような配信はこれくらいがいいんだよね。あんまりテンション高かったりかく性が強いと、見てるこっちもつかれちゃうし」

 のんは言いながら、画面の向こうのじゅのんに視線をもどした。

 相変わらずちょこちょこ何かを話しながら、おいしそうにご飯を食べているじゅのん……。

「ほら、全体的にかたの力がけてるでしょ? 背景が事務所の会議室で、特にかざけられてなかったり。じゅのんが完全に私服でメイクもうすめだったり。そもそも、食べてるのもつうにコンビニのご飯だし」

「……確かに、そうだね」

「なんかそういう、けた配信を見ながらこうやってお食べてると、じゅのんといつしよにお昼食べてる気分になれてねー」

 と、画面の中のじゅのんが、ちよう者に質問を始める。

『みんな今、どこで何食べてるのかな? コメントで教えてー』

 それに答える形で、ちよう者たちが自分のじようきようをコメントし始める。

『会社でおにぎり食べてるよー』『学校で給食食べ終わって、今昼休みです!』『お店でハンバーガー食べながら見てます!』

 そしてそれに、じゅのんが『あーいいね』『わたしも食べたーい』なんて気軽に返答をしていた。

 ……なるほど。

 確かにこれは、これでいいものなのかも。

 しのアイドルと、いつしよにお昼を食べてる気分になれるかも……。

 と、

「……ん?」

 ふと──わたしは思い付いた。

 もしかしたら、これ使えるかも……。

 これを……『の代わり』に使えるかも!



「……これで、いいのかな?」

 ──その日の晩。

 夕飯を食べにも入り、そろそろねむろうというタイミングで。

 しずの言う通りのかんきようを整えて、俺はふっと息をつく。

しずとの通話はできてる。音声はスピーカーで流れる、カメラもインカメラで映ってるし……ベッドにセッティングもできた。うん、問題ないかな……」

 久しぶりにしずのいない、俺の部屋。

 そのベッドの上には、じゆうでん器につなげられたスマホが横向きに立てられている。

 表示されているのは──しずのベッドだ。

 ここから少しはなれた高級住宅街にある、しずの自宅、しんしつにあるベッド──。

 まだ、本人は準備中らしい。

 映っているのはとんとんだけだった──。

 ──リモートでしてみよう!

 昼休み、しずからラインでそんな提案があったのだ。

 実際に、二人で同じとんに入ってるのではなく、スマホで映像ありの通話をしながらいつしよる、ということらしい。

 ……朝はずいぶんげんだったけれど。

 協力してもらえないだろうか、なんて不安にもなっていたけれど、まさかしずからそんなアイデアを出してもらえるなんて。どうやらげんを直してもらえたみたいで、俺はひとまずほっとした。

 そして──リモートというアイデア。

 確かに、なかなか悪くない気がした。

 これまで通りしずの姿は見える、会話もできる。さらに言えば、いきや物音だって聞こえるだろう。

 なのに──実際に、そばにいる必要はない。

 はなれた場所にいながらにして、に近いことができるわけだ。

 もちろん、おたがいの存在をはだで感じられないだとかそういう差はあるだろうけれど、少なくともためしてみる価値はあるように思えた。

 そんなタイミングで、

『……もしもし、しのぶ聞こえる?』

 スマホから、しずのそんな声が聞こえてきた。

『音量とか音質とか、だいじようかな?』

 そして──同時に画面に表示される、パジャマ姿のしず

 いつも通りのる前の格好で、彼女はこちらをのぞき込んでいる。

「ああ、音はだいじようそうだよ」

 こちらも同じように画面をのぞき込み、そう答えた。

「割れたり小さすぎたりはしないみたいだ。ただなんか……じかで話すよりはっきり聞こえる感じがして、くすぐったいな……」

『ほんとだね……』

 そんな風に笑い合って、あかりを暗くすると──俺たちは、ベッドに横になった。

 だんは照明は完全に消すのだけど、今回は暗くなりすぎると映像の意味がなくなってしまう。ためしに、うすめにあかりをつけておくことにする。

 そして、なんとなくおたがいの顔からむなもとくらいまでが入るようにカメラ位置を調節したら、

「……よし、こんなもんか」

『うん、できたね……』

「じゃあ、るか……」

『うん……』

 準備かんりよう

 ここから実際に、てみることになる──。

 目を閉じると──スマホから聞こえてくるしずの息づかい。

 そして、ときおりそれに混じる小さなきぬれの音──。

 ……なんだか、不思議な感覚だった。

 そばに体温を感じない分、とはやはり気分がちがう。

 けれど、リアルタイムでしずの立てる音は聞こえて、となりを見ればしずの姿は見えて。

 ちがいなく──彼女の存在は感じる。

 なんだかそれが、改めてみようにそわそわしてしまうのだった。

「……そういえば」

 ふと思い立って、俺はそんな声を上げた。

しず……なんで急に、こんなアイデア思い付いたんだ? なんか、きっかけがあったのか?」

 こんな案、なかなかぱっとかぶものでもない気がする。

 だれかと電話したとか、テレビで何か見たとか、何かそういうのがヒントになったのだろうか。

『ああ、それがね……』

 スマホの向こうで、しずが目を開けこちらを向いた。

のんが、アイドルの生配信見てて……それが参考になったんだ。なんか、いつしよに過ごしてるふんを楽しめるような配信が、結構あるらしくて』

「あーなるほど、配信か……」

 自分もたまにそういうのは見るので、わかる気がした。

 ネットの生配信って、動画やテレビ番組と比べても、配信者と身近な感覚になれたりする。

 確かにこのリモートは、その感覚に近いのかもしれない。

『だから、こうやってスマホ使ってするの、ためしてみようかなって思ったの』

「そういうことね……」

 うなずきながら、もう一度画面に目をやって──。

 そこに映るしずに、なんとなくドキッとしてしまった。

 こちらを向いて横になり、小さく笑っているしず──。

 その顔にスマホの光が当たり、あわく青白く照らされている。

 ──いつもは、至近きよで見てきた景色なのに。

 手をばせば届くきよで、そんな彼女を見てきたはずなのに──。

 画面しにその姿を見ると、なぜだかしんせんに感じられて。そのかわいさを、改めてはっきりと感じ取れて。

 ……ああ、こんな子と。

 こんな女の子と、俺はこれまで毎晩をしてきたんだと、そんなことを今さら実感していた。

『……そうそう、そういえばのんがね』

 思い出した様子で、しずしながら言葉を続ける。

しのぶの代わりを探し始めたって話をしたら、すごくしのぶのことを疑い始めて……』

「え、う、疑い……!?

 全く予想外の話に、思わずオウム返ししてしまった。

 上半身をガバッと起こして、画面の向こうのしずたずねる。

「う、疑うって何を……? 俺、なんか変なことしてるかな……?」

『ううん、そういうことじゃなくて』

 画面の向こうで、しずはもう一度楽しげに笑う。

『なんか、のんは「つうしずとのをやめたがるはずがない!」って思ったらしくて……何か、言いにくい理由があってそんなこと言ってるにちがいないって!』

「り、理由って……別に特別ないんだけどな。本当にただ、あんまり続けるのが良くないって思っただけで……」

『だよね。でも、のんはそうは思えなかったみたいで、あれじゃないかこれじゃないかーとか、色々理由を予想しだしてさー』

「へえ……どんなのを想像してたんだよ?」

『……あー、それは……』

 その問いに──なぜかしずいつしゆんだまり込む。

 何だ? それまで割とじようぜつだったのに、どうした?

 彼女は何やら気まずげにもごもごと口ごもったあと、

『……まあ、色々だよ、色々……』

 と歯切れが悪い。

「えー、色々って何だよ?」

『なんかほら……』

 もう一度、しずは口の中でごにょごにょ言ってから、

『……一人だけでしたいことが、あるんじゃないか、とか?』

 なぜかひどくずかしそうに、消え入りそうな声でそう言う。

 しかも……なんだろ。

 暗いし画面しだからはっきりわからないけど、ほおじやつかん赤いような気が……。

 ……とは言え。

 一人だけでしたいこと、か……。

「……まあ、それは確かになくはないな」

 考えてみて──すぐに思い付いた。

 そう、一つあるのだ。

 どうしても、したいこと。

 ──らくのう系YouTuber『まきばchannel』の動画を見たいのだ。

 ここ一ヶ月くらい、ドタバタしててこうしんチェックできてないんだよなあ。しずといることも多くて、そんなときに動画を見るのも気が引けたし。

 一人になれるなら、ゆっくりじっくりアレを見たい。

「うん、あるな。確かにあるな、一人でしたいこと」

 けれど、

『えっ!?

 画面の向こうで、しずがすごい声を上げた。

『それは、その……もしかして、あれ? その……動画とか見る感じの……?』

「うん、そうそう」

 察しがいな。

 もしかしたら、しずに『まきばchannel』の話をしたことがあったかもしれない。

『……そ、その動画って……胸とか映ってるやつだよね? 胸というか、はだかというか……』

「うん、そうだな」

 牛の乳の動画とかあるからな。

 あと、映る動物基本はだかだし。

 たまに服着てるのも映るけど。出演者が飼ってるペットとか。

『だよね……そうだよね……』

 なぜかしずは、どうようした様子でこくこくとうなずいている。

『や、やっぱりしのぶも、そういうの、するんだ……』

 ……さっきからしず、どうしたんだ?

 なんか様子がおかしいぞ?

 そんなにおどろくか? 俺がYouTuber見るくらいで。

「ていうか、別に変なことじゃないだろ? 実家にいたころとかは、もうほとんど(動画見るのが)日課だったし……」

『に、日課!? そんな、毎日してたの!?

「え? うん……」

『で、でもそうか、しのぶも十代男子だもんね……しかたない……』

「いや、十代とか男子とか関係ないだろ……。(だいぶYouTuberも市民権を得てきたし)みんなそんなもんじゃね?」

『そうなの!?

「だと思うけど……」

『へえ……じゃあ、その……女の人とかも、そんな感じなのかな? 女の人も、毎日とか……したりするの?』

「もちろんそうだろ! 別に男性だけのものでもないだろ、あれは」

『そう……なんだ……。わ、わたし……全然そういうのしないから……うとくて……』

 ……それはちょっと意外だな。

 むしろしず、おしやの情報はネットで手に入れてるイメージだったけど。

 ファッション系のYouTuberとかもいるだろうし、見たらハマりそうだ。

「あ、じゃあそういう感じなら」

 と、そこで俺はふと思い付き、

しず、今度俺の家来たときに、いつしよに(まきばchannelの)動画見てみるか?」

『見る!? しのぶ!?

「うん。案外、しずも楽しいかもしれないだろ」

『そ、そんなことつうするものなの!?

「え? するんじゃないか? 俺もりようすけから、たまにおすすめの動画とか教わるし……」

『ええええ!? そ、そんな感じなの……!?

「うん。ていうか、よく考えたらえんりよすることもなかったかもな」

 そこまで言って、俺はふとそのことに思い至る。

「なんか一人じゃなきゃダメだと思ってたけど、しずがいても別に(『まきばchannel』の)動画見ていいよな。最近ごで(未ちよう動画)まっちゃってたし」

『た、まってる!? で、でもやっぱり、わたしの目の前で見られるのは……わたし、どうすればいいか……』

「あー、もしになりそうだったら」

 そこで──俺はふと思い付き、

しずも──自分好みのやつを探してみれば?」

『わ、わたし好み……!?

「おう。ほら、やっぱ好みなんて人それぞれだしな。せっかくだし、俺のおすすめとかも教えられるし」

『そ、それは……』

 しずは、そこで一度言葉を切り。

 おそおそる──俺にこうたずねてくる。

いつしよに……わたしもすればいいってこと?』

「おう、そうだな」

 俺は、はっきりと彼女にうなずいてみせた。

「せっかくだし、いつしよに(動画ちよう)できれば楽しいかもなって……ん?」

 画面の向こう、しずの様子がおかしい。

 ぷるぷるふるえて、はっきりわかるほど顔が真っ赤で。

 その目には、なみださえかんでいるように見える……。

 ……え? どうした? なんか俺、変なこと言ったか……?

 こんわくする俺を、しずはキッとにらむ。

 そして、大きく息を吸い込むと──俺にこう言ったのだった。


しのぶの──変態!!



 ──その後。

 しのぶが言っているのが「好きなYouTuberを見たい」という話だったことが判明し。

 無事、わたしの中の誤解は解けました……。

 良かった……かんちがいで。

 まさか本当にさそわれてたら……わたしもう、どうすればいいのか……。

 ……のんのせいだ。

 のんが、あんな変なこと言うから……わたしすごいかんちがいしちゃったじゃない。

 ちなみに、

『──え、しずは何の話だと思ってたんだよ!?

『──気になるよ、教えてくれよー』

 なんてしのぶに食い下がられたけど、断固回答をきよしました。

 バレたらもう……わたし、しのぶに合わせる顔がない……。

 ──そんなこんなで、その後も雑談が盛り上がってしまい。

 気が付けば──、

『……わ、もう二時過ぎじゃねえか』

「あー、ほんとだね……」

 もう、三時間以上もぶっつづけで話をしてしまっていた。

「なんかこれ……話、楽しくなっちゃうね」

 ふうと息をつきながら、わたしは画面の向こうのしのぶに言う。

「何だろ、なんでだろ。つうしてるときよりも、なんか話はずんじゃう……」

『ほんとだなー』

 しのぶも、しようしながらわたしにうなずいてくれた。

『ていうか、こんなにしずと話すの、本当に久しぶりだな』

「いつも、いつしよにいるとすぐちゃってたもんね……」

 むしろ、幼いころふくめても初めてかもしれない。

 こんなに、二人っきりでとりとめもなく話をするなんて……。

 女友達とは夜の長電話することもあるけど、男の子と電話なんて、なかなかない機会だしね……。

 そしてわたしは、

「……もう、れなそうじゃない?」

 あきらめのみをかべながら、しのぶたずねる。

「もう、ここからるのとか無理じゃない?」

『正直……そうだな』

 言って、しのぶはなんだか照れくさそうにほおをかく。

『完全に目、さえちゃったな。多分朝までれないわ……』

「だよねー」

『ごめんな、せっかく出してもらったアイデアだったのに……』

「ううん、いいの」

 これはこれで、一つのしゆうかくではあったと思う。

 少なくとも、リモートでのでは効果がないことがわかったのだから。

「これはこれで、楽しかったし。なんか、修学旅行の夜とかみたいで」

『ああ、確かに。ちょっとあれと、近い感じあるよな……』

 そう言って、小さく笑ってから、

『……やっぱ、しかないのかもな』

 画面の向こうで、しのぶはそう言葉を続ける。

『今回やってみて、よくわかったよ……。実際に俺、しずする以外の方法では、ねむれる気がしないや……』

「……でしょー?」

 わたしはなぜか得意な気分で、しのぶにそう答える。

「わたしは最初から、そうだと思ってたよ……」

『だよな、ごめんごめん……』

「じゃあ今晩はもう……朝までこうして話そうか? 明日、学校休みだし」

『そうだな、そうしよう』

 言って、しのぶはベッドの上に起き上がると、あぐらをかいてスマホに正面から向かい合った。

『話すことは、いくらでもあるしな。それで、朝になったらどっちかの家に集まって、ひるでもするか』

「うん、そうだね」

 と、うなずいてからわたしは、一度ベッドを出る。

「長くなると思うから飲み物取ってくる」

『おう、じゃあ俺もそうしよう』

 部屋を出て階段を降り、一階に着く。

 電気のついていない深夜の家の中。足早に歩いて、台所へ向かう。

 ──だんだったら、心細くなりそうだけど。

 暗さや静かさにこわくなっちゃいそうだけど……。

 今日はなんだかぼうけんしているような気分で、わたしは自分が小さくほほえんでしまっているのを、はっきり自覚する──。