
「──おはよう」
「おう、おはよう」
到着した学校、朝の教室で。
お互い挨拶を交わすと、亮祐は俺の顔を覗き込み……ふっと安心した表情になる。
「顔色良し。良かったよ、昨日も寝れたみたいで」
「……まあそうだな。ていうか、どんだけ心配してくれてるんだよ」
席に腰掛けながら、俺は思わず笑い出してしまった。
「毎朝顔色チェックって、主治医かなんかかよ……」
──小峰亮祐。
高い背にすらっとした体つき。整った顔立ちにセンス良くセットされた髪型。
穏やかな性格と垢抜けた佇まいで女子にもモテまくる、中学時代からの俺の親友だ。
俺がしばらく前に不眠だったことや、静乃との間に起きたあれこれのことも知っていて、いつも俺を気遣ってくれる心優しい男子である。
「……そりゃ心配もするだろ」
亮祐は、どこか不満そうにじっと俺の目を見る。
「あんだけ添い寝するしないで揉めて……しかも、そのうえめちゃくちゃやせ我慢してたんだからさ」
「……だよな」
苦笑いして、俺は小さく亮祐に頭を下げた。
「すまんすまん。おかげさまで、今はほんと快調だよ」
「おう。それなら良かった」
亮祐はそう言うと、ようやくもう一度その顔に笑みを浮かべた。
──実際、心配をかけたのだ。
この春、不眠になってしまった直後の頃。亮祐は俺が弱っていくのを間近で見ていたし、添い寝を始めてからも静乃と俺の関係を気遣ってくれていた。
だから俺はこいつには頭が上がらないし、心の底から信頼している。
こんな風に心配してくれるのを、本当にうれしく思う。
そんな相手だからこそ、
「……そうそう、さっきさ」
ふと思い出して、俺は声を潜めつつその話をしてみることにした。
「他校の生徒に噂話されちゃって……」
今朝の出来事をざっと報告する。
家を出たところで女子高生二人に噂話されたこと。
それがあまりに気まずくて、静乃ともぎくしゃくしてしまったこと……。
「だから……もうちょい、周囲の目にも気を遣おうと思ったわ。変に勘違いされないよう、気を付けようって」
「まあ、その方がいいだろうな」
一通り話を終えると、亮祐は苦笑気味にうなずいた。
「高校生なんて、男女で歩いてるだけで噂にしちゃうような年頃だし……それこそ同じ学校のやつらに見られてたら、もっと面倒になってたかもしれないからな」
「……そういえば亮祐も、中学のときはそういうので苦労してたよなあ」
モテ男の宿命として、亮祐は中学の頃から頻繁に女子に声をかけられアプローチされていた。結果、勘違いされることも多かったしもめ事に巻き込まれることも多くて、傍で見ていてもちょっと気の毒だったのだ。
とは言え、高校に入ってそつのない振る舞い方を身につけたのか。
最近は、揉めることもめっきりなくなっているように見えていた。
けれど、
「……いやあ、それがさ」
と、亮祐はそこで思い出した顔になり、
「この間、中学以来久々に勘ぐられたよ……小峰くん、その子と付き合ってるの? みたいな」
「へえ……どういう状況で?」
「六曜さんと、廊下で色々雑談してるときに……」
「……ああ、あの子か」
──六曜花音さん。
同じクラスに在籍する、静乃の中学の頃からの友人だ。
インナーカラーが印象的なショートヘアーに丸眼鏡。
いわゆる、サブカル系女子、というやつだろう。
高校に入学し、俺と静乃が添い寝を始めたのと同時期くらいに、亮祐は六曜さんと交流を始めたようだった。
どうも……俺と静乃の仲について、色々裏で心配してくれているらしい。
「……しかも」
と、もう一度彼は深く息を吐き、
「勘違いしてきたのがあの──風来さんでさ」
「……うわーマジかー」
飛び出した名前に、思わず苦笑いをしてしまった。
「そりゃ大騒ぎになりそうだな……。大丈夫だったのか? そのときは」
「お察しの通り、まあまあの騒ぎになったよ……」
そのときのことを思い出しているのか、困った顔で笑い返す亮祐。
「あの子大興奮しちゃってさ、勝手に妄想されまくって……大変だった」
「だよな、相手があの風来さんじゃな……」
そんなことを言い合っていた、まさにそのタイミングで──、
「──おはようございまーす!」
──辺りに高らかな声が響いた。
幼くて元気な、女子の声。
声のした方、教室入り口に目をやると──彼女が。
話題の張本人である風来さんが、ちょうど登校してくるところだった。
──風来さん。風来頼子さん。
このクラスの委員長である、生真面目な女子だ。
背中まである黒髪とはっきりした印象の眉。
切れ長の目に強い意志を宿した──それでもどこか、幼い見た目の女子。
風来さんはさっそく周囲の生徒たちにほがらかに手を振り、会話を始める。
「おはようございます! やー、気持ちのいい五月晴れの朝ですね!」
「おはよう風来ちゃん! でももう五月じゃないから、六月だから」
「しかも天気も、ちょっと曇り始めてるよ!」
「はっ! 本当ですね! わたしとしたことが……」
恥ずかしげな様子の風来さんに、周囲からも笑い声が上がる。
基本的には、風来さんはとても良いクラス委員長だ。
明るくてほがらかで見ているだけで元気になれるし、生徒一人一人に気を配れる。
彼女のこういう面には個人的に好感を抱いているし、実際クラスでもマスコット的な扱いを受けている。
けれど──それだけじゃないのだ。
実は彼女には、ちょっと癖の強い一面があるのだ。
と、
「……んっ!? あれは……!?」
窓際の自席に着いた風来さんが──急に窓の外、職員用の駐車場辺りに目をやった。
ガバッと椅子から立ち上がり、風来さんは窓に張り付くと──、
「──す、数学の田島先生と、音楽の松本先生が並んで歩いている……! も、もしや! お付き合いしてるんでしょうか……!?」
──こういう人なのだ。
風来頼子さん、こういう人なのだ。
何でも恋愛系の話に捉えてしまうというか。こうして誰かが並んで歩いているだけで、恋仲なのでは!? って疑っちゃうというか……。
今風に言えば、カプ厨、というやつなのかもしれない。
これまでも、彼女は東に仲の良い男女があれば勝手にカップル認定し、西に幼なじみ男女がいれば許嫁同士だったりしないのかと勝手に期待しまくっていた。地元が同じだというクラスメイトによると、風来さんは小学生くらいのときからずっとこんな感じだったらしい。根っからの夢見がち女子、ってことなんだろう。
しかも、その「恋愛妄想」はあながち荒唐無稽なばかりでもない。
風来さんが騒いだ結果。その男女が本当に付き合い出したりすることも少なくないのだ。
だから地味に風来さん、見る目がある気がするんだよなあ……。
確かに亮祐と六曜さんの仲は、俺もちょっと疑っているところだし。
中学で散々な目に遭ったはずの亮祐が、特定の女子と個人的にかなりの頻度でやりとりしてるんだ。実はすでに……ちょっと良い感じだったりするんじゃないのか……? なんて。
と、そんなことを考えていると、
「……しかし、降りそうだな」
亮祐は、ふいに教室の窓の向こうに目をやる。
言われて、俺もそちらに視線を向けると、
「うわ、マジだ……」
ついさっきまで、スッキリ晴れて気持ちの良かった空が……西側からどんよりとした、灰色の雲に覆われ始めていた。
もうちょっとで降り出しそうな空模様だな……。
「えーなんでだよー、朝見たときには天気予報も晴れだったのに……」
「ほんとだな……。ああ、予報も変わってる」
言いながら、亮祐がスマホをこちらに向けてくれる。
画面に表示された天気予報アプリには、彼の言う通り傘マークがばっちり表示されていた。しかも、午後の降水確率は80%……。
「やだなー……。折りたたみは持ってきてるけど、降られるとめんどくせえ……」
「この暑さで雨まで降ると、湿度がかなりきついことになりそうだな……」
そんな風に言い合っていて、俺はふいにあることに──自分がとある失敗をしてしまったことに気が付いた。
「……ああ、しまったー!」
放課後。
ついに降り出した雨の中、静乃と一緒に俺の家へ帰宅したあと。
「──わー、やっぱりだー!」
慌ててベランダに確認に行くと──案の定。
「洗濯物、全部びしょびしょだ!」
見事に、雨に晒されていた。
干していた俺の部屋着や制服のシャツ、タオルたち。
そのうえ、静乃の服一式まで、思いっきり濡れてしまっていた──。
「わ、大変! 取り込もう!」
そう言う静乃と手分けして、慌ててすべて取り込む。
ちくしょう、こんなはずじゃなかったのに!
今日は晴れるはずで、帰ってきたら服もタオルも全部気持ちよく乾いてるはずだったのに!
ばたばたと取り込み終わった洗濯物は、全部まとめてもう一度洗濯機にぶち込んだ。
普段は電気代を気にして脱水までなのだけど……今回ばかりはしかたない。乾燥まで一気にやってしまおう。量が多かったせいか五時間ほどかかるみたいだけど、こればっかりはどうしようもない……。
「……ごめんな、大事な服を雨ざらしにして」
ため息をつきつつ洗濯機のスイッチを押したところで。
俺は申し訳なさに、静乃にそう詫びた。
「あのパジャマ、一緒に買ったいいやつだよな。申し訳ない、こんなことになって……」
雨に濡れてしまった服。アレは彼女お気に入りのブランドの、ちょっとお高いやつなのだ。お洒落にこだわりのある静乃だし、買いに行ったときもずいぶんうれしそうだったし、こんなことになるなら最初から部屋干しにでもすれば良かった……。
けれど、
「ああ、いいよいいよ」
眉を八の字にして、困ったような顔で静乃はそう言ってくれる。
「予報では、からっと晴れるくらいに言ってたからね。忍が悪いわけじゃないよ」
「……そっか」
その反応にほっとして。
俺はようやく、小さく息をつくことができた。
「ありがとな、静乃……」
──添い寝を始めた頃は。
渋々毎晩一緒に寝始めた頃は、こんなやりとりができるようになるなんて、思ってもいなかった。睡眠不足なせいでお互い言動がとげとげしていたし、添い寝する緊張感から気も立っていた。
まあ──約束の件もあったわけで。
お互いの記憶違いの件もあったわけで、それも仕方がないのだろうけど。
──将来、一緒に牧場をやろう!
幼い頃、俺は静乃にそう約束したつもりだった。
ここ札幌から離れた地元の街で、プロポーズの気持ちも込めて彼女にそう言った。
そして、静乃もそれを受け入れてくれた。そのはずだった。
なのに──、
──将来、一緒に東京で暮らそう!
静乃は──俺とそんな風に約束したと記憶していた。
都会に憧れる彼女は、それを期待して今のようなお洒落女子に成長したのだそうだ。
当然、この記憶違いをきっかけに俺たちは派手なケンカになった。
ギスギスしたしお互いを許せなかったし……さらに言えば、この問題は未解決だ。
なぜこんな記憶違いが起きたのか、未だにわかっていない。
けれど……色々あって添い寝を一時的にやめた時期を経て。俺たちは、これまでよりお互いを大切にすることができるようになっていた。
もちろん、ちょっとしたケンカもするしすべてを許したわけではない。
それでも、前よりは素直に接することができる──。
そのことが、今の俺には思わず笑みが浮かぶほどに幸福だった。
「……しかし」
と、そこで俺はようやく思い至る。
「着替えがないな、どうしよう……」
雨の中で取り込みをしたせいで、静乃も俺も制服が濡れてしまっている。
今すぐにでもシャワーを浴びて着替えたいけれど……静乃の服は今現在洗濯中なのだ。
そして今日は、静乃宅に寄らず直接ここに来たこともあってスペアの着替えもなし。
となると、今彼女が着られるものが一つもない、ということになってしまう……。
どうしよう、このままじゃ静乃、風邪引いちゃいそうだし……。
どこか近くの服屋にひとっ走りして、何か買ってくるか?
いや、それも時間がかかりすぎるしな……。
そんな風に逡巡する俺に、
「……あ、じゃあさ」
ちょっと言いにくそうな口調で、静乃は提案を始める。
「忍が、もし良ければ、なんだけど──」
「──シャワー、先に使わせてくれてありがと……」
言いながら、シャワーを浴び終えた静乃が今にやってくる。
そんな彼女が、現在身につけているのは──。
「あと、この服もありがと。助かったわー」
「お、おう……そっか……」
俺はぎくしゃくと、そんな風に返すことしかできない。
──思いのほか、胸に来た。
静乃が『それ』を着たその姿は、予想していた以上に……なんというかこう……グッと来るものがあったのだ。
そんな俺の態度に気付いているのかいないのか、
「……やっぱり大きいね」
静乃は裾を引っ張りながら口元を緩めている。
「忍、いっつもこのシャツ……ブレザーの下に着てるんだ」
──学校指定の、白いシャツ。
静乃は今、俺のその大きなワイシャツを、部屋着代わりとして着ていた──。
部屋にある俺の服を貸して欲しいと言い出した静乃、そんな彼女が数ある俺の私服の中から選んだのが──なぜかこの制服のシャツだったのだ。
もちろん、サイズは全然合っていない。
肩はずり落ちかけてるし袖は余ってるし、丈はもうワンピースみたいになっていて、どこをどう見てもダボダボだ。
だけど……なんだ、これ。
なんか、変にドキドキするぞ……。
女の子が自分の服を着ているってだけで、いけないことをしている感覚がある。
静乃の小柄な身体と、シャツの無骨な大きさのギャップ……。
白い生地の隙間からときおり覗く、上気した桃色の肌……。
そして彼女が今、シャツと下着しか身にまとっていないという事実……。
生地が薄くてうっかりすれば色々透けそうなことも、こちらのドキドキ感を加速させていく……。
……すげえな、『彼シャツ』。
こうやって実際に目の当たりにするまで、全然意識もしていなかったけれど……すさまじい破壊力だ。数多の恋愛系の物語でモチーフになるのもうなずける……。
そんな俺の気も知らず。
相変わらず静乃はちょっとくすぐったげな、楽しげな顔をして──。
「……なんか、忍の匂いがする」
「え!?」
心臓が跳ねて、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ご、ごめん! 汗臭かったか!? それともなんか、生乾きとか……!?」
し、しっかり洗濯したはずだぞ!?
しかも、毎回しっかり干してアイロンがけまでしてるはず……。
それでもなんか、匂いついてたか……!?
けれど、
「……ううん、そうじゃなくて」
言って、静乃はすんすんと鼻をならし、

「なんか、懐かしい匂いがするんだよね……」
──もう一度、心臓が大きく跳ねる。
シャツの袖を鼻に寄せ、何やらほほえんでいる静乃。
──ずいぶん添い寝には慣れたつもりだけど。
こうして二人でいることも日常になったはずだけど。
それでもそんなことを言われてしまうと、動揺を隠しきれなくなってしまう……。
「……ちなみに、どんな感じなんだろ」
ふと気付いた様子で、自分の身体を見下ろし静乃はそんなことを言う。
「わたしいつも、服はジャストサイズのばっかりだから……大きめのって、どんな感じになるんだろ。一回試してみたかったんだよねー」
言いながら、姿見の方に向かう静乃。
試してみたかった……なるほど。なんでわざわざ制服? と思ったけど、前からこういうのを着てみたかったんだな。
そして、部屋の片隅にある鏡の前に立つと、彼女はぱっと表情を明るくさせ、
「……わ! 結構いいじゃーん!」
歌うような声で、上機嫌にそう言った。
「──おー! いいねいいね! これ一枚でも、割と様になる!」
言いながら──わたしは姿見の前でくるりと回ってみる。
……うん、自分で言うのもあれだけど、似合ってる気がする。
ビッグシルエット、わたしらしくない気がして敬遠してたけど、結構いいかも……。
「今度買ってみようかな、シャツとかカットソーとか。最近ちょっと、服選びもマンネリ気味だったし……」
……本当のことを言うと、姿見の方に来たのはちょっと苦し紛れだったのだ。
お風呂上がりに忍の服を着てみて、なんだか妙にドキドキしてしまった。
男の子の服を着ているという状況に。お風呂上がりで下着の上に、直で忍のシャツを羽織っている自分に。そしてそれを……忍に見られていることに。
……しかも、よく考えたらこれ、いわゆる『彼シャツ』なのだ。
たまたま着てみたいと思ったのがシャツだけだったから、お願いしただけなんだけど……偶然にもマンガやドラマでよく見るシチュエーションになっちゃってる。
それに気付いた瞬間。わたしは完全に──動揺した。
──ど、どうしよ! めっちゃドキドキする!
──ていうか、わざとやったと思われない!?
──あざとくアピールしたと思われちゃいそうじゃない!?
そのうえテンパったわたしは……うっかり忍本人に「懐かしい匂いがする」なんて変態みたいなことを言ってしまった。
でも実際……本当に好きな匂いがしたのだ。
昔住んでいた町を思い出すような、牧場や干し草のような素朴な香り。
けれど──それを聞いた忍は、面食らったような顔をしていた。
……そりゃそうだよね。
いきなり自分の服が良い匂いとか言われたら、さすがの忍もびっくりするだろう。
そんな失敗がすごく恥ずかしくて。その雰囲気をなんとかごまかしたくて……わたしは姿見の前に立ったのだ。
せっかく落ち着いてきたわたしたちの関係を、ここで変な風にしたくなかったのもある。
けれど、そういうあれこれとは関係なしに、
「……ちょっと、外とか歩いてみたいかも……」
わたしは思った以上に、その格好を気に入ってしまっていた。
「そろそろ雨も止みそうだし、忍がシャワー浴びたあとでいいから……この服で外行くとどんな感じか、試してみたい」
「……え!? 外に!?」
わたしの言葉に、忍が血相を変える。
「今静乃……シャツ以外はその……下着だけだよな!? それで外出るのは……さすがに危なくねえか!?」
「ち、違うよ!」
慌ててわたしも言い返す。
「インナーとか、短パンとかあれば貸してもらって……それで行けないかなって……」
「ああ、なるほど……」
ほっとした様子の忍。
「ていうか、そんなの当たり前じゃない……。本当にこのまま外に出たら、わたしただの痴女じゃん! 人には見せられないよ!」
「だ、だよな……。ごめんごめん、ちょっとびっくりして……」
言いながら、忍はシャワーを浴びる準備を始め、
「じゃあ、ぱぱっと入ってきちゃうわ。すぐ出かけられるよう急ぐから、少しだけ待っててな!」
「あ、急がなくていいよー、ごゆっくり!」
そう言って、わたしはお風呂に向かう忍に手を振ってみせた。
「やっぱりまだ、この時間は涼しいねー」
「だな、風が気持ちいいな」
予想通り、忍がシャワーを出る頃には雨はすっかり止んでいた。
彼と雑談を交わしながら、薄暗い住宅街を歩いていく。
目指しているのは、スーパーやカフェなんかの立ち並ぶこの地域の大通りだ。
せっかくこの格好で出てきたのだから、これで街を歩いている様子を店のウインドウに映したりして見てみたい。
ついでに、ファミレスかどこかで夕飯を食べるのも悪くないだろう。
まあ……忍がスウェットなのが気にかかるけど。
パジャマにもしている安物のスウェットで、お世辞にもお洒落と言えないのは残念だけど……わたしのわがままに付き合ってもらってるわけだし、文句は控えておこうと思う。
「……ふんふふ~ん」
気付けば、わたしは鼻歌を口ずさんでいた。
ローファーの足取りが軽くなって、弾むように前に進む。
実はわたし、こうして夜の町を忍と歩くのが好きだ。
暗くなった空に浮かんでいる、砂糖粒みたいな星たち。
通りは街灯に薄く照らされていて、周りの家々からはそれぞれの暮らしの匂いが漂ってくる気がして、だけどどこか心細くて……。
そんな中を忍と歩いていると、少しだけ、添い寝をしているときと同じような幸せな気分になれる。
そして──到着した大通り。
忍と並んで歩きながら、ウインドウに映ったわたしをちらりと横目で見る。
「……おお、やっぱり悪くない!」
普段の私服とは印象の違う、新しい自分がそこに映っていた。
忍のシャツが、歩く度にドレープを描きながら揺れている。
やぼったくなるかな、と思ったけれど、シャツの手入れが良いおかげかシルエットはきれいだ。
ホットパンツくらいまでめくった短パンが裾からチラチラ覗くのも、活発でかわいらしい印象に見える気がする。
「ねえねえ、これどう? 結構よくない!?」
「うん、確かにマジでなんか、お洒落に見えるな……」
隣の忍にウキウキで尋ねると、彼は神妙な顔つきでそう言ってうなずいた。
「俺の学校指定のシャツが、こんな風になるとは……。服って、本当に着方次第なんだな……」
「……ふふふ。そうでしょうそうでしょう」
わたしは一層良い気分になると、もはやスキップに近い足取りで通りを歩く。
数分ほどそうすると──だいたい満足した。
うん、良い発見がありました。今日はここまでにしましょう。
実際にビッグシルエットの服を買ったら、またここに来て歩いてみようと思う。
学校指定のワイシャツでこれなんだから、きっともっと似合ってかわいくなるはずだ──。
そしてそのまま、ちょうど大通り沿いにあったレストランに入ろうという話になる。
最近できたばかりらしい、洋風っぽい外観のレストラン。
名前は……『ウィンカム』というようだ。
聞いたことがない店名だし、あまり大きくない店だし……もしかしたら、最近できた個人経営のお店なのかもしれない。
ご機嫌で入店すると、店内はなかなかに混み合っている。
二人くらいは座れそうだけど……へえ、人気店か。これは味も期待できそうだ。
五十代くらいの店員さんに案内され席に着き、メニュー表を見る。
しばらくしてお互い食べたいものが決まり、店員さんを呼ぶ。
その、十秒後。
わたしたちは──自分の油断を。
『今朝の出来事』があったのに、こうしてのんきに二人でご飯を食べに来たことを、悔やむことになる──。
「──いらっしゃいませー、『ウィンカム』へようこそー!」
俺が店員さんを呼んですぐに。
小柄なフロア担当の女性が、俺たちのテーブルに来てくれる。
元気な挨拶が気持ちいい。
俺はメニューに視線を落としたままで、
「えーっと、このミックスグリル定食を一つと、こっちの和食ディナーAセットを一つ。……あ、ドリンクもつけれるのか。じゃあ俺はウーロン茶で、静乃はどうす──」
「──あー!」
──声が上がった。
テーブル脇に立っていた店員さんから、素っ頓狂な声が上がった。
ビクリとしてそちらを見ると、
「──大滝さんと、森さんじゃないですか!」
──風来さんがいた。
我らがクラス委員である風来さんが──店員の制服を着て、そこに立っていた。
「どうもどうもこんばんは! ご来店ありがとうございます!」
「か、風来さん!? え、な……なんで……?」
ぽかんとしたまま、俺は思わず尋ねてしまう。
「なんで、こんなところに……いるの……?」
「ああ、それはですね」
表情をくるりと入れ替えると、風来さんは明るい声で説明してくれる。
「ここ、わたしの家族が経営してるお店なんですよ」
「そうだったの!?」
「ええ。元々お父さんが料理人だったんですけど、この度独立しましてこのお店を始めたんです」
「……はあ、それは……すごい」
「で、先週オープンしたところ思った以上に大好評で……バイトさんも雇ったのですがどうしても回らなくなってしまって。だから、娘のわたしも動員されて、こうして働いているというわけなんです!」
「あ、ああ……そういうことか……」
家族経営……料理人の父親。
うん、納得が行った。
確かに風来さん、両親の手伝いとかしっかりしそうなイメージだ……。
「ちなみにー」
言うと、誇らしげに風来さんはメニュー表を掲げ。
そこにプリントされている『ウィンカム』という店名を指差すと、
「この店名は、苗字の『風来』から来てるんですよ! ほら、ウインドがカムするっていう」
「……あー! なるほど、そこ繫がりなんだな」
「ので、良ければこれからもご贔屓に! お父さんの料理、本当にめちゃくちゃおいしいので」
「うん、わかったよ。また、来るわ……」
「ありがとうございます。で、なんでしたっけ? 大滝さんがミックスグリル、森さんが和食Aで、ドリンクをどうするかって話……」
──と、風来さんは注文伝票に目を戻したあと、
「──っていやいや!」
突然──我に返ったように、こちらに目をむいてみせた。
「え、ちょ……なんでこんな時間に、二人っきりでうちの店来てるんですか!?」
……だよな。
そうだ、こんな風にばったり会えば、そういう話題になるに決まってる……。
しかも、相手が風来さんとなると──。
「もしかして……」
その顔に期待と高揚の色をはっきりと浮かべ──彼女はこう尋ねてきた。
「──お付き合いされてるんですか!?」
……まあ、こうなるのだ。
こんな時間にクラスメイトの男女が、二人っきりで夕食を食べに来たんだ。
もちろん、こうなる。
そしてこっちも……こんなところを見られると、なかなかに言い訳が……苦しい……。
「い、いやあ……偶然しの……大滝くんと近所で会ってね……」
気の利いたアイデアが浮かばず。
一瞬黙り込んでしまった俺の代わりに、静乃がそんなことを言い始める。
「立ち話してたら盛り上がっちゃって……どうせなら、ご飯でも食べていこうって話になって……」
……うん、悪くない気がするぞ。
変に設定を盛ったりせず、無難にそれくらいに答えておくのが自然だと思う。
「ふんふん、なるほど──」
案の定、腕を組みうなずいている風来さん。
よし、良い感じに騙されてくれた──、
「──って噓でしょ!」
──ダメだった。
「それ、絶対噓ですよ!」
そう断言すると、風来さんは探偵みたいな顔で俺たちを見比べ、
「確か……森さんの通っていた中学は、ここから離れた場所にあったはずです……。となると、家もそちらにあるはずで。であれば……こんな時間に、偶然大滝さんに会うはずがありません!」
……何その鋭さ!?
普通、クラスメイトの通ってた中学校とか覚えてるか!?
まだ同じクラスになって二ヶ月くらいなのに! どれだけマメなんだよ!
「それにですよ!」
さらに、風来さんは俺たちを見比べると、
「森さんが着てるそれ……男子の制服のシャツですよね!? 大滝さんのなのでは!? いわゆる『彼シャツ』では!?」
「……ッ!」
静乃の身体がビクリと跳ねた。
……そうだ! そうだった!
静乃は今、よりにもよって俺のシャツを着ているんだ!
風来さんも同じ学校に通っているわけで、そうなると当然、それが俺のものであると思われてもおかしくない……。
「これは、もう言い訳不可能ですよ!」
ビッとこちらに指を突きつけ。

風来さんは──頰を赤らめて俺たちに言う。
「二人は、お付き合いしてるとしか思えません! し、しかも……彼シャツイベントが発生するほどの! か、身体の関係があるレベルのカップルだと!」
「か、身体の関係!?」
え、そ、そんな風に見えるのか!?
そこまで大変なことだとは思ってなかったけど……彼シャツって、そこまで踏み込んだことなのか!?
風来さんの声が大きすぎたらしい。
周囲のお客さんたちも「なんだなんだ?」「もめ事か……?」みたいな顔でこちらに視線を向け始める。
まずい、まずいぞ……。
あんまり目立ちたくないのに、このままじゃ下手すれば騒ぎにもなりかねない。
何か、何か考えないと!
「そ、その……」
俺はなんとか頭を回し、そう前置きしてから──、
「……実は、相談してたんだ!」
ぱっと思い付いたその言い訳を、勢いよく口に出した。
「そ、相談ですか……?」
そのフレーズが予想外だったのか、風来さんは目をぱちくりさせている。
「そう、しず……森さんには、相談に乗ってもらってたんだよ!」
「……ど、どんな相談を?」
「その、俺……この春から、札幌に出てきて、一人暮らししてるんだけど」
考えながら、できるだけ自然に聞こえるよう言葉を繰り出していく。
「で、なんか……結構ホームシックっぽくなって、夜とか寝れなかったりして……」
「そ、そうだったんですか!?」
その話に──風来さんが身を乗り出した。
どうやら、信じてくれた様子。
「だ、大丈夫なんですか!? 体調崩してたりはしないですか?」
さらには、心配までしてくれる風来さん。
一瞬、噓をついた罪悪感を覚えそうになるけれど……いや、この言い訳言うほど噓でもないな。一人暮らしして眠れなくなったのは事実だし。そのことを静乃に話したのも事実だ。
「うん、大丈夫だよ、ありがとう」
一息つきながら、俺は風来さんに笑ってみせる。
「で、実は俺たち、地元が同じのいわゆる幼なじみで。これまでもときどき相談してたし、今日もそのことを話すつもりだったんだけど、傘壊れて森さん、びしょ濡れになってさ……。しかたなく俺の服貸した上で、この店に来たんだ。ちなみに……なんかホームシックの件はクラスでは内緒にしてるんだよ。恥ずかしいしね……。だから、俺と森さん教室ではあんまり話さないようにしてるんだ」
……うん、筋が通った。
完全にアドリブで話したけど、まあまあ筋の通った話になったぞ!
これは俺、なかなかファインプレーじゃないか!?
そして風来さんも、
「ふむふむ……そういうことですか……」
一応は納得してくれた様子で、こくこくとうなずいている。
「そうか、ホームシック。一人暮らしとなると、そういうこともありますよね……」
とはいえ、まだ風来さんの声には若干の疑いの色も見える気がする。
どうしよう……これ以上突っ込まれたら、もうフォローしきれないかもしれないぞ。
頼むから、ここでこの話は終わってくれ……。
「だとしたら……いいんですが。ほら、わたしクラス委員長なので。すごく不純な関係だったら、さすがに見過ごすわけにはいかないですし……。清いお付き合いであれば、もちろん応援させてもらうんですけどね」
「は、ははは、不純とかそういうのじゃないって……」
……いや、実際は『そういうの』だけど。付き合ってもいないのに添い寝をするという俺と静乃の関係は……風来さんの言う『不純』に当てはまると思うけど……。
というか……見過ごすわけにはいかないって、どうする気だ?
まさか……先生に報告とか?
それはマジでまずいぞ、勘弁して欲しい……。
やっぱり絶対に、この子には俺たちの秘密をバラすわけにはいかない……!
「……て、ていうかさ!」
──ひとまず、話題を他に逸らしたくて。
俺は、必死で頭を回しながら無理にそんな声を上げた。
「ちょっと気になったんだけど、うちの学校ってバイト大丈夫だったっけ!? なんか、入学のとき基本ダメって聞いた気がするんだけど……」
確か……原則禁止だったはず。
多分、多くの学校がそうだと思うけれど、勉学が学生の本分である、という理由から特別な理由のないバイトはできないはずだ。
とは言え……正直、生真面目な風来さんのことだ。
きっと、こうして働くことは学校の許可を得ているだろう。それでも、とりあえず場の話題が逸れれば良い。俺たちに対する疑いから、風来さんが意識を逸らしてくれれば……。
そして、案の定──、
「……ああ、それは大丈夫なんですよー!」
風来さんは、疑わしげな表情を解き明るく笑う。
「家業を手伝う、という形なら、申請すればOKなんです!」
「あれ……そうなんだ」
「ええ、ちゃんとその辺は確認してからこうして働いてます!」
胸を張る風来さん。
もうその頭からは、さっきまでの疑問はすっぽり抜け落ちたように見える。
……よし、作戦成功! 上手く話題を逸らせた!
隣では、静乃もほっとしたように小さく息をついている。
けれど……、
「だから実際、先日申請書を書いて先生に提出済み……ああー!」
そこまで言って、ふいに風来さんは素っ頓狂な声を上げる。
「し、しまった! 申請書──書いたのに提出を忘れていました!」
「……え、マジか」
「どどどど、どうしましょう!」
血相を変え、風来さんは慌てふためき始める。
「となると、こうして働いているのは校則違反になります! い、今すぐ仕事を中断しましょうか!? ……いやしかし、お客様に迷惑をかけるわけには……!」
風来さんは苦しげに目をつぶりしばし考える。
そして、顔に決意の色を浮かべ、
「こうなれば……明日、先生に自首しに行くしかない!」
「……いやいや、そこまでしなくていいでしょ……」
あまりの生真面目さに、状況も忘れて笑ってしまった。
「ささっと申請書、黙って明日にでも出しちゃいなよ。俺たちも、今日のことは先生には言わないようにしておくからさ……」
正直なところ、そこまで大ごとでもないと思う。自首したところで、先生も苦笑いで許してくれるだろう。だから、その辺は上手くごまかせばいいんじゃないか、と思うのだけど、
「ああ……お気遣いありがとうございます。でもそういうわけにもいきません!」
風来さんは、なおも強情に主張する。
「きちんと明日、先生に事情をお話しします。その結果、謹慎や停学になろうとも、罪を嚙みしめしっかりと償いをしていくしかありません!」
「いやさすがに真面目過ぎだろ!」
反射的に、突っ込んでしまった。
「それだけのことで謹慎になるわけないだろ! 家の仕事手伝ったくらいで! 下手したら、バイト代だって出てないんじゃないか?」
「……そ、そうでしょうか。確かに無給ですが……」
風来さんは、俺のツッコミに揺らぐ様子を見せた。
「……真面目すぎ、でしょうか。しかし、わたしは委員長! 隠蔽工作なんてするわけには……!」
と──そんなタイミングで。
「──頼子ー! まだ注文取れないの!?」
フロア奥から、年配の女性のそんな声が聞こえた。
「アッ! そうだった!」
血相を変える風来さん。
彼女は改めて伝票を持つ手に力を入れると、
「す、すみません、お二人の注文まだ伺ってませんでした! 罪の件は別として、仕事はきちんとこなさなくては! で、何度もすみません注文はなんでしたっけ!?」
……その、あまりのしっちゃかめっちゃかさに苦笑しながら。
思わぬ展開になったけれど、結果として彼女の意識を逸らせたことにちょっとだけほっとしながら、
「……えっと、俺がミックスグリルで、森さんが和食で……」
俺は、風来さんに改めて注文を伝え始めたのだった──。
「本当に、どうなることかと思ったね……」
「ああ、さすがに焦ったな……」
ウィンカムで夕飯を食べ終え。
忍の家に戻ってきて色々準備をして──ベッドに二人で腰掛けたところで。
わたしは、さっきの出来事を思い出して疲れに肩を落とした。
「まさか、風来さんがあの店で働いてるなんて……。それから、ごめん。わたし、あっさり噓がバレて……」
そうだ、忍にはちょっと迷惑をかけてしまった。
機転の利いたフォローのおかげでなんとかごまかしきれたけれど、下手したら風来さんの中でわたしたちは付き合ってる認定。本当に、その……身体の関係が、あると思われたままだったかもしれない……。
「ああ、別に気にすんなよ」
忍はごく軽い口調で、そんな風に言ってくれる。
「最初は俺もテンパって何も言えなかったし、たまたま言い訳を思い付いただけだから」
「そっか……ありがと」
「おう、じゃあ寝るか」
「うん、そうだね……」
言い合って、わたしたちはベッドに横になる。
いつものように、すぐそばに感じる忍の体温。
ゴツゴツした腕や、肩の感触──。
──もう、こういうのには慣れたはずだった。
ちょっとそわそわはするけれど、それよりは幸福感の方が強くて、動揺することもないはずだった。
けれど──、
「……」
……ドキドキする。
何だろう、今夜はちょっと……久しぶりに、すごくドキドキしてしまう。
暗い部屋に響いている、忍の息の音。
服越しに感じる、骨張った彼の身体──。
……理由は、なんとなくわかっている。
風来さんに言われたセリフだ。
『──二人は、お付き合いしてるとしか思えません!』
『──か、身体の関係があるレベルのカップルだと!』
……そういう風に、見えるんだ。
忍のシャツを借りるって、そんな風に思われるレベルのことなんだ……。
その……身体の関係が、あるって思われるくらいの……。
……そう思うと、なんだか急に恥ずかしくなってくる。
布団の中で無防備にくっついていることもそうだし……自分の格好もそうだ。
下着は一応上下つけているけれど、その上に羽織っているのは忍のシャツだけ。
寝相が悪ければ、大きくめくれて全部見えちゃってもおかしくないような状態なのだ。
……実は、パジャマの洗濯は終わっていた。乾燥も終わっていつでも着られる状態だ。
けれど、着替えるのが面倒でシャツのまま布団に入っちゃったのだ。
失敗したなあ……。疲れたし眠いからって横着せず、ちゃんと着替えれば良かった……。
「……」
まずい、ドキドキがどんどん加速する。
着ているものの薄さが心許なくて、身体中がそわそわしてくる……。
けれど、それと同時に。
わたしは──改めて思い直すところがある。
「……んん……」
隣の忍が、小さくうめき声を上げた。
どうやら、もう彼は眠ってしまったらしい……。
……これ、やっぱりすごいことをしてるのだ。
高校生で、異性同士で添い寝って……結構とんでもないことなのだ。
今朝の一件でも思ったけれど、わたしたちはぶっちゃけ、そこを忘れつつあった。
忍と寝るのが日常になりすぎて、それがどんどん当たり前になって、わたしたちの感覚はズレ始めていた。
さらに言えば──周りの友達が協力的なこともある。
花音は最初動揺していたものの、今となってはわたしたちが寝るのを応援してくれているし、忍の親友、小峰くんも、花音と一緒になって後押ししてくれているっぽい感じだ。
けれど……その反応がむしろ特殊。
本来は、もっと必死で隠すべきことだし、後ろめたくも思った方がいいはずなんだ……。
「……ふう」
一度息を吐いて、わたしはベッドの上で身をよじる。
明日、念のため忍と話をしよう。
ここでもう一度気を引き締めて、緊張感を取り戻すようにしよう。
そうしないと、きっといつかどこかでこの関係が誰かにバレちゃう……。
そうなれば……わたしたちはもう添い寝できなくなるわけで。
きっと、忍のそばにいる理由もなくなっちゃうわけで……。
そうなったら、わたしたちって……どうなるんだろう。
また疎遠になっちゃうんだろうか。添い寝をする前みたいな、距離のある関係になっちゃうんだろうか……。
……それは、
「……やだなあ……」
小さくそんな声が漏れて、わたしは自分で驚いた。
でも……うん、考え直してみても、やっぱりそうだ。
わたしはもう一度、忍と疎遠になんてなりたくない。せっかくもう一度仲良くなれた、この関係を大事にしたい──。
……それにしても。
「……んん」
何度か寝返りを打って、わたしは小さく声を上げた。
ダメだ、今日、なんかほんとドキドキする……。
添い寝し始めてからはそんなことほとんどなかったけど……今夜はなかなか寝付けないかもしれないな……。