プロローグ


「──よし、行こう」

「うん、今日も天気いねー」

 ──いつも通りに、をした次の朝。

 俺の自宅アパートを出て通りを歩きながら。しずは顔を上げ──朝の光に目を細めた。

「もうすぐ六月だし……今年も暑くなりそう」

「だなあ、予報によると、雨も少ないらしいしな」

「えーそうなの? 早くころもえしたーい。夏服着たい」

 そんな風に言葉をわしつつ、俺はとなりの彼女をちらりとぬする。

 黒いかみを陽光につやめかせ、リズミカルに歩くしず──。

 すいしようみたいな目。

 ほどよくメイクされたかわいらしい顔。

 どこか楽しげにカーブをえがいているくちびる

 高校で再会してもう二ヶ月ほどつけれど──俺は彼女がこうしてとなりにいてくれることに。

 しずいつしよにいられることに、じんわりと幸福感を覚える──。

「……そういえば」

 と、俺はそこでふと思い立ち、

とんも夏仕様にした方がいいかもな。今、春物のしんしかないし」

「あーそうだね」

 言われて気付いた様子で、しずもこくこくとうなずく。

「夏用のとんとか、また探しにいこっか。する分、一人でるより暑いだろうし」

「だな。うすとんとかタオルケットとかな」

 ──

 高校入学と同時にみんしようになってしまった、俺としず

 そんな二人がいつしよに横になったときだけねむれると気付いたのは、入学式の日のことだった。

 羊を数えても音楽をいても牛乳を飲んでもねむれなかった俺たちが──さえすれば、ぐっすりねむれる。

 そんな不可思議な現象が起きていることに、気が付いてしまったのだ。

 以来。俺たちはクラスではちょっとえん、夜はするという二重生活を続けてきた。

 交代でおたがいの家におじやしていつしよのベッドでねむり、翌朝並んで家を出て、一本ずらしたバスで別々に登校する毎日……。

 ──ちなみに、俺たちは彼氏彼女でもこいびと同士でもない。

 ただの幼なじみだし、五年間はなれて暮らしていたことやおくのすれちがいなんかもあって再会時には険悪になったりもした。

 だから、最初はそんな彼女とすることに、俺はひどくためらいを覚えたのだ。

 きんちようしたしドキドキしたし……正直に言えば、なんかこう……エロい気分になることだってあった(今もある)。

 とは言え──時は流れて再会から二ヶ月がち。

「あ、じゃあ今日もしのぶの家でいい? うちにあるとんの方が分厚いから、新しいの買うまではしのぶの家でるのじゃダメ?」

「ああ、全然構わんよ。じゃあもう、学校からじかでうち来るか? 家寄らずに」

「そうさせてもらおうかな。助かるー」

 当たり前のような口調で、そんなことを言い合う俺たち。

 俺たちにとって、二人でいつしよることは少しずつ『日常』になり始めてもいた。

 前みたいに心臓が飛び出しそうになることもなければ、変に罪悪感を覚えることもない。

 やり場のない気持ちにもやもやすることだって、ほとんどない。

 この変化には、実は本当に助けられていた。

 毎晩いちいちきんちようするの、しんどかったからなあ……。

 ……あれかもしれない。アニメ好きやアイドル好きが、自分のしている相手に対する感情を『しんどい』って表現するのは、あの感じを指すのかもしれないな……。

 ちなみに、すいみん不足になやむこともほとんどなくなったから、生活の質もあつとうてきに向上。

 授業中ねむりしてしまうことはなくなったし、中間テストの結果も上々で教師からもめられることが増えた。

 これも全部──しずとののおかげだ。

 始まった当初は、どうなることかと思った高校生活だけど。

 一時期は、実家に帰るしかないんじゃないか、なんてなやみもしたけれど……ようやくここにきて、かたの力をいて毎日を過ごせるようになったのだ。

 しずがそばにいてくれて良かった。

 しずいつしよねむれて、本当に助かった……。

 ──そんな風に、油断をしていたから。感覚が、マヒしていたものだから──、



「……ねえねえ、あの二人……」

「……あー、うん、たまに見るよね……」

 しのぶと歩く、通学路。

 数メートル後ろから聞こえたその声に。

 明らかに、わたしたちのことをうわさしているささやごえに……わたしはビクリとしてしまう。

 多分同世代くらいだろう、若い女の子二人の声……。

 本人たちに聞こえているとは思っていないのか。

 彼女たちはちょっとはしゃいだ様子で──、

「本当に──お似合いのカップルだよね」

「ねーめちゃくちゃ仲良さそう」

 カ、カップル!?

 しのぶとわたしが!?

 ちらりと視線をやると……案の定女の子二人組だ。

 わたしたちとはちがう制服。どうやら、他の学校の生徒らしい……。

 あの子たちにはわたしとしのぶが、カップルに見えてるの……!?

 めちゃくちゃ仲良さそうに見えるの!?

 となりではしのぶみようにぎくりとした様子で、おろおろと視線をさまよわせていた。

 ……気まず!

 ちょっとこれ、どうするの気まずいよ!

 完全に変な空気になっちゃったじゃん!

 けれど、そんなわたしたちの気も知らず、女の子二人は話を続ける──。

「割と二人の感じにギャップあるよね?」

「確かに。でもそれも良くない? おしや女子とぼくとつ男子みたいな」

「あーわかる! なんかおうえんしたくなる!」

「あの初々しさは、多分付き合いたてとかだろうなー。手もつないでないし」

「いいねいいねー。一番楽しい時期だねー」

 ──ちがうし!

 べ、別にわたしたちそういうのじゃないし!

 ただ、しかたない事情があってこうなってて……毎晩してるだけで……。

 いやまあそっちの方がヤバいんだけど!

 付き合ってるとかより、毎晩いつしよてることの方がずっとヤバいんだけどさ!

 ずかしさにぷるぷるふるえるわたしの横で、しのぶは顔を真っ赤にしていた。

 うわあ……もうこれフォローしようがないよ……。

 多分今日一日くらいはずっと変な空気のままだ……。

 あの二人、なんてことしてくれたの本当に……。

 ……でも、と。

「──わたしも彼氏欲しー。ああいうたよれる感じのさー」

「──ていうか、女の子の方だいぶかわいくない? しかもおしやだし……」

 相変わらず続いている背後の会話を聞き流しながら、わたしはふと考え直す。

 冷静になってみれば、後ろの女の子二人のかんちがいもごもっともだ。

 こんな朝から男女が二人で登校していたら、しかもそれが何日も続けば……当然カップルだと思うだろう。

 わたしだって、同じような二人を見たらそう考えると思う。

 むしろ、おかしいのはわたしとしのぶの行動の方──。

「……ふう」

 一度息をし、わたしは気持ちをえた。

 ちょっとわたしたち──油断していたかもしれない。

 するのが当たり前になって、気付けばこんな風に、つういつしよに登校するようにもなっちゃって……。

 それが日常になり始めていたけれど、それじゃ本当はいけないんだ。

 きんちよう感は、失わないようにしないと。

 をしてるっていうのがどういうことなのか忘れずに。周りからどう見えるかも、決して忘れないようにしないと。

 そうしないと、いつか問題が起きてもおかしくないんだ──。



 ──そして、その出来事がきっかけだったように。

 わたしたちはその日から、ちょっとしたドタバタに巻き込まれていくのだった──。