第6話 幼なじみ、打ちあける

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「──ち、ちちちちち、違ちがうんだよ!」

 我ながら、みっともないほど狼ろう狽ばいしていた。

「そ、そういう感じじゃなくて……別になんか、そういうことしてたわけじゃなくて……」

 寝ね起おきなのもあって、全く言葉が出てこない。

 筋立てて、言い訳を言うことさえできない。

 それでも、

「じ、事情があるんだよ! やむをえないというか、こうせざるをえない理由が……!」

 俺は必死で頭を回して、取りすがるようにして言葉を続けていた。

 俺たちのいるテント。

 その外には──風かざ来きさんが立っている。

 珍めずらしく落ち着いた表情で、じっとこちらを見ている風かざ来きさん。

 俺たちは──思いっきり添そい寝ねを見られてしまった。

 くっついて寝ねているところを、見られてしまった。

 しかも静しず乃の……俺に抱だきついてたよな。

 静しず乃のは添そい寝ね中、何かの拍ひよう子しに俺に抱だきついてしまうことがある。今回も、お互たがいいつのまにか寝ね袋ぶくろを抜ぬけ出だし、そういう体勢になっていたんだろう。

 よりによって……その状態を、風かざ来きさんは見たことになる。

 ──頭が、完全にオーバーヒートしていた。

 添そい寝ねがバレるのは初めてのことで。

 そのうえ、亮りよう祐すけたち以外にその場面を目もく撃げきされるのも初めてのことで……。

 ど、どうすればいい!? どう説明すればいい……!?

 こ、これ……対応を間ま違ちがえたら……結構な問題になりかねないぞ。

 なんとか、なんとか穏おん便びんにことを済ませないと……!

「どういう事情で、こうなったんですか……?」

 穏おだやかに尋たずねてくる風かざ来きさん。

 そ、そうだ、事情だ……。

 ここでなんとか、添そい寝ねが事故だったと思ってもらえるような事情を、でっち上げられれば……。

 一いつ瞬しゆんで考えをめぐらせてから、

「そ、その……夜中に俺、トイレ行ったんだよ!」

 ぱっと、思い付いたアイデアを口にする。

「たき火見ながら、お茶飲み過ぎたみたいで……寝ねてたんだけど、どうしてもトイレ行っておきたくなっちゃって……。すげえ眠ねむかったけど、頑がん張ばって行ったんだよ……」

 ……この辺は、一部事実でもある。

 実際俺、昨日の夜に眠ねむ気けをこらえてトイレに行ったわけだしな。

 まあ……本当は俺だけじゃなくて、静しず乃のも一いつ緒しよにだったんだけど……。

「それで、戻もどってきてテントに入って寝ねたんだけど……それが、間ま違ちがってたみたいで。亮りよう祐すけのいる方じゃなくて、森もりさんのいる方に入っちゃったみたいでさ……それで、こんなことになったんだよ!」

 ……うん、筋が通った。

 口からでまかせだけど、なんとか言い訳できたぞ!

「だから、別に風かざ来きさんの思ってるようなことはなくて! むしろ……森もりさん、ごめん。寝ねてるとこ勝手に入っていって。びっくりしたよな……?」

「う、うん! 何が起きたかと思ったよー!」

 話を振ふると、静しず乃のもアドリブでそれに乗っかってくれる。

「さ、最初は花か音のんが帰って来たのかなって思ったけど……大おお滝たきくんだったんだね! びっくりだよ、次からは気を付けてよ!」

 よし、完かん璧ぺきだ……!

 もちろん、これで風かざ来きさんを完全に説得できたかはわからないけれど、少なくとも「実際にそうであるかもしれない」言い訳をすることができた。

 ここから何か話が大ごとになっても、これを主張し続ければなんとか逃にげ切きれ──、

「──噓うそですよね……」

 ──風かざ来きさんが言う。

「それ、絶対噓うそですよ……」

「な、なんでだよ!?」

 思わず、声がうわずってしまった。

 俺は慌あわてて一度咳せき払ばらいすると、

「信じないのは勝手だけど……別に、噓うそついてるなんて根こん拠きよはどこにもないだろ? そんなの、言い切れないはずだろ……」

 けれど、あくまで風かざ来きさんは落ち着いた表情のままで、

「……さっきの会話」

 ぽつりとこぼすように言う。

「起きた直後の、お二人の会話……。あれ、おっしゃる通りテントを間ま違ちがえただけなら、あんな風にならないですよ。お互たがいに、隣となりにいるってわかってなきゃ、あんな言い方になりません……」

「……ッ!」

 言われて──思い出してみる。

 目を覚ましたときの、俺たちの会話──。

『静しず乃の……朝だって。もう、起きないと……』

『ん? ええ……? まだわたし……眠ねむいんだけど……』

『俺も……』

 ──風かざ来きさんの、言う通りだった。

 つじつまが合わない。

 俺が間ま違ちがってテントに入ってしまっただけなんだとしたら……あんな会話になるはずがない。

 ……完全に、言葉につまってしまった。

 自分の犯おかしてしまったミス。

 それをここから……ひっくり返す方法が、思い付かない……。

「……応おう援えんしたいと、思ってたんですけどね」

 残念そうに、風かざ来きさんは視線を落として言う。

「お二人ともすごくいい人そうですし、真面目そうですし……そんな方々が、お付き合いしているなら……応おう援えんしたいと思ってました。というか、今ももちろん思います……けど……」

 そして──こちらを見ると。

 毅き然ぜんとした態度で、はっきりした声で、俺たちに言う──。

「先生に──報告しなければなりません。委員長として、この件を隠かくしておくことは、できません──」

 ──背中に、つっと汗あせが伝った。

 教師にバレる──。

 静しず乃のと添そい寝ねしていたのが、学校側に伝わる──。

 そうすれば……どうなる?

 説教されるだろう、それは間ま違ちがいない。

 ただそれでは済まなそうだし、親に連れん絡らくを入れられるかもしれない。

 もしかしたら一人暮らしをやめさせられて、どこかの寮りように入れられるかもしれない。

 そしたらもう……。

 ……俺と静しず乃のは、添そい寝ねができなくなってしまう。

 ──止めなきゃ、と思う。

 なんとかして、土下座でも何でもして、それだけは止めなきゃ。

 教師への報告は、勘かん弁べんしてもらわなきゃ──。

 けれど……理由が思い付かない。

 風かざ来きさんの言っていることは正論だ。

 どう見ても、俺と静しず乃のはこのテントに隠かくれて、何かしらしていたとしか思えない。

 仮に何もしていなかったとしても、俺たちはもう子供じゃない。男女で一いつ緒しよに寝ねていたというだけで、高校生的には大問題になる。

 それを発見したクラス委員長が、黙だまっているなんてできるはずがない。

 そんなの責任問題になりかねないのだ……。

 そういう正論を覆くつがえすだけの「内ない緒しよにしてもらう理由」を、風かざ来きさんが黙だまっていなければいけない理由を──俺は、思い付くことができない。

「……そろそろ作業ですね。行かなくちゃ」

 腕うで時ど計けいを確かく認にんして、風かざ来きさんはそう言う。

「片付けでばたばたしてますし、先生には帰りのバスの中で報告することにします。そのまま学校で事情を聞かれるかもしれないので、そのつもりで。それでは……」

 それだけ言うと、風かざ来きさんはくるりときびすを返し。

 小走りで、管理棟とうの方へ向かっていった──。


♡


「──なん……だと」

「そりゃあ、参ったな……」

 ──今朝の経けい緯いを、花か音のんと小こ峰みねくんに説明すると。

 バスの待っている駐ちゆう車しや場へ向かって山を下りながら、二人は深刻な表情でそう言う……。

「ごめん、何か言い合いになってるのは、隣となりのテントで気付いてたんだけどさ……」

 小こ峰みねくんは、そう言って悔くやしげに唇くちびるを嚙かんだ。

「迂う闊かつに出てくと面めん倒どうになるかと思って、黙だまって話が終わるのずっと待ってたよ……。加勢すれば良かった……」

「いやいや、出ていったら、きっと亮りよう祐すけも変に巻き込まれただけだったよ……」

 困り果てた様子で髪かみをかき、忍しのぶがそうフォローする。

「こっちこそ申し訳ない、せっかくの宿しゆく泊はく研修最終日に、こんなことになって……」

 ……本当に、忍しのぶの言う通りだ。

 わたしたち、この宿しゆく泊はく研修で小こ峰みねくんと花か音のんに迷めい惑わくをかけ過ぎだ。

 そもそも不ふ眠みんになんてなっていなければ、二人ももっと普ふ通つうに研修を楽しめたのに。

 ほんとごめんね、小こ峰みねくんも花か音のんも……。

「それにしても……あと一時間くらいで、駐ちゆう車しや場には着くでしょ?」

 花か音のんはそう言って、むんと腕うでを組み。

「そのタイムリミットまでに、何ができる……? 風かざ来きさんを追いかけて、説得する?」

「まあ……それしかないと思うんだけど」

 足あし下もとに気を付けて歩きつつも、わたしは弱気な声でそう答えてしまう。

「ここから、どんな風に説得すればいいかわからないの……。向こうには、すでに一回噓うそを見み抜ぬかれてるから、ここからさらに噓うそを重ねるのも危ない。かといって、本当のことを言うわけにもいかないし……」

 もう、手て詰づまりだとしか思えないのだ。

 これ以上言い訳し続けるのはリスクがありすぎる。

 とは言えほんとのことを言えば、もっと面めん倒どうになるのは確定だ。

 これまで添そい寝ねしてきたことだとか不ふ眠みんのことだとか、そんなことが教師陣じんに伝われば……もう、めちゃくちゃになるのは目に見えている。

「……なるほど、どうするか……」

「もうこうなったら……」

 口元に手を当てている小こ峰みねくんに、花か音のんが薄うすい笑えみを浮うかべながら続いて、

「脅おどして口くち封ふうじするか……? あるいはもう……ヤるか……?」

「ヤ、ヤる……!?」

 忍しのぶが、ビクリと震ふるえながら花か音のんの方を見る。

「な、何を……?」

「……さあ?」

 薄うす暗ぐらい笑えみのまま、花か音のんは低い声でそう言う。

「『殺やる』でも『犯やる』でも『破やる』でも『遣やる』でも……わたしは何でもするよ……推おしのためならね……」

「ヒッ……!」

 情けない声を上げて、戦おののいている忍しのぶ。

 いや怖こわいよ花か音のん! さすがにそれは怖こわいよ!

 でも、マジでこの子はそういうことをやりかねない……。

 花か音のんが犯罪行こう為いに走る前に、この問題をなんとかしないと……。

 けれど……ろくな案は思い付かなくて。

 ここから風かざ来きさんを止める方法なんて、どこにもないような気がしてしまって……。

「……どうしよう」

 わたしは山道を下りながら、途と方ほうに暮れてしまう……。

「どうすれば……ここから上う手まくごまかせるんだろう……」

 と、

「……ん?」

 ジャージのポケットの中で、スマホが震ふるえているのに気付いた。

 これは、誰だれかから着信が来たみたいだ。

 画面を確かく認にんすると、

「……あれ、華はなさんだ」

 表示されているのは小こ峰みねくんのお姉さん、小こ峰みね華はなさんの名前だった。

 どうしたんだろ。

 彼女とは、例の変装の買い出し以来ちょこちょこメールしてきたけれど……。

「……もしもし?」

『あーもしもしー? 静しず乃のちゃーん?』

 通話をタップしスマホを耳に当てると、元気な華はなさんの声が聞こえてくる。

『やっほー、元気してるー?』

 その問いに、わたしは一いつ瞬しゆん口ごもってから。

「はい……まあまあ、元気です」

 ……実際は、疲つかれ果はてているけれど。

 ここしばらくの野外活動と今朝のトラブルで、疲ひ労ろう困こん憊ぱいだけど……華はなさんにそれを言ってもしかたない。

 ひとまずは、何でもない振ふりをしておこう……。

「それで……どうしたんですか? 何かありました?」

『それがさー、ちょっと静しず乃のちゃんに聞きたいことがあってー……』

 言って、なぜか華はなさんは電話越ごしなのに声を潜ひそめると、

『今亮りよう祐すけ……静しず乃のちゃんと同じ班で、宿しゆく泊はく研修中でしょ? その班に、例の……六ろく曜ようさんもいるんでしょ?』

「ああ、はい……そうですね」

 そして華はなさんは、

『その……亮りよう祐すけ、どんな感じ?』

 恐おそる恐おそる、そんなことを尋たずねてきた。

『その六ろく曜ようさんと……なんかなっちゃったりしてる……?』

 ──思わず、噴ふき出だしてしまった。

 ……本当に気になってたんだな。

 自分の弟が、この宿しゆく泊はく研修をきっかけに件くだんの女子と何か進展しないのか、華はなさん、本気でそれが気になってたんだ……。

 この間の買い物のときも言ってたもんなあ。何か進展があったら、教えて欲しいって……。

 破は天てん荒こうだし適当な人だけど、そういうところはちょっとかわいくて。

 弟大好きなお姉ちゃん、という感じで、わたしは張はり詰つめていた気分がちょっと楽になる。

「あはは……特に何もないと思いますよ」

 笑い出しながら、わたしはスマホに向かってそう答えた。

「割とずっと一いつ緒しよにいますけど、いつも通りというか……」

『そうなの? ならいいんだけどさ~……』

「……ああ、むしろ」

 と、わたしはちょっとそこで申し訳ない気分になり、

「わたしたちが……わたしと忍しのぶが、ちょっと迷めい惑わくかけちゃってて……今も、トラブルが起きてて……だから、そっちで手て一いつ杯ぱいにしちゃってるかもしれません」

 そうだ、それがなければ違ちがったかもしれない。

 二人がわたしたちのことなんて気にせずに宿しゆく泊はく研修できれば、もうちょっと違ちがう展開もあったのかも……。

 華はなさんには悪いけれど、わたしは最近思うのだ。

 小こ峰みねくんと花か音のん、まあまあお似合いなんじゃないかって。

 好きなものに一直線な花か音のんと、それを受け入れる度量のある小こ峰みねくん。

 本人たちは何もないと言ってるし、今は実際そうなんだろうけれど……実は結構、相あい性しようが良いい気がするのだ。

 そんな二人が近づくチャンスを、わたしと忍しのぶは奪うばっちゃったのかも……。

『ん? トラブル?』

 スマホの向こうで、華はなさんは不思議そうな声を上げる。

『どしたのー? 何があったー?』

「ああ……それがですね……」

 ここまで来たら、隠かくすのも微び妙みようだろう。

 わたしは、華はなさんにざっとこれまでの経けい緯いを説明した。

 人の目をかいくぐりながら二晩添そい寝ねしたこと。それでも今朝、ミスをきっかけに一番やっかいな人にその現場をばっちり見られたこと。

 そして……このままではその話が教師に届き、どうなってしまうかわからないということ。

 華はなさんは、すべてを聞き終えると、

『あ~なるほど。そういう感じか~……』

 なんてため息交じりに言ったあと、

『めんどくさーい。わたしだったら、もう全部無視して逃にげたくなるわ~』

「ははは、そうできると一番いいんですけどね……」

 わたしももう、逃にげちゃいたいくらいだ……。

 風かざ来きさんからも学校からも、何もかもほっぽり出して逃にげちゃいたい……。

『……まあでも』

 と、そんなわたしの考えに継ぐようにして、

『静しず乃のちゃんと忍しのぶは……逃にげるのはやめた方がいいだろうねえ』

「……ですよね」

 そうだ、逃にげたってどうにもならない。

 結局わたしたち、ごまかすにしろどうするにしろ、問題から逃にげようがないんだから。

 けれど、

『いや、あのね~……この間も言ったけど』

 華はなさんは、そんな風に言葉を続ける。

『普ふ段だんと違ちがうことやっても、しんどいし上う手まくいかないだけなんだよ~。逃にげるなんて、静しず乃のちゃんも忍しのぶも慣れてないでしょ~』

「……そう、ですね」

 そういえば、そうだ。先日、華はなさんは言っていた。

 ──自分本来のやりかたと違ちがうことしても、しんどいだけだったりするからね~。むしろ、忍しのぶなりのやりかたを貫つらぬいた方がいいんじゃない? 知らんけど。

 確かに、わたしたちは華はなさんみたいに上う手まく逃にげることはできないだろう。

 特に忍しのぶは。

『だから──もういつもの自分で行くしかないよね~』

 あくまで軽い口調で、華はなさんはそう続ける。

『それでダメだったらダメだったときだよ~! まあ、当たって砕くだけていこうぜ~』

「当たって……砕くだけるですか」

『そうそう~。だってもう、逃にげられそうにないんでしょ?』

「……はい」

『だったら、もう覚かく悟ご決めるしかないんだよ~。どうやったって無傷でなんていられないんだから、真正面からぶつかっていこう~』

「……真正面から」

 その言葉が、妙みように胸に響ひびいた。

 なんとかこの場を切きり抜ぬけようと、回り道を探していたわたし。

 けれど……そうか。

 回り道が見つからないなら──真正面から、行くしかないのか。

 ──それからしばらく話をして、華はなさんとの電話は終わった。

「……ふう」

 一つ息をして、周りを見る。

 山道を下る途と中ちゆう。

 目に入る緑と、足あし下もとに感じる土や岩の感かん触しよく。

 そして──不安げに話し合いながら歩いている、忍しのぶ、小こ峰みねくん、花か音のん。

 ……うん、なんだか気持ちの整理がついた気がする。

 状じよう況きようは好転していないし、具体的な打開策だって全く思い付いてない。

 けれど、できることなんて、最初からそんなにないんだ。

 なら、思い切ってそれに賭かけてみよう。

「……ねえ、忍しのぶ」

 わたしは小走りで忍しのぶの元へ向かうと──その背中に声をかけ、話し始めた。

 さっきまで華はなさんと話していたことを。

 わたしたちに今、できることを──。


♠


 ──到とう着ちやくした、駐ちゆう車しや場。

 何台ものバスが並んだその空間には、まだそれほど生徒たちは集まっていないようだった。

 俺たちもかなり疲ひ労ろうしているけれど、それは他の生徒も当然同じだろう。

 無理せずゆっくり時間をかけて、山から下りてきているのだと思う。

 今回の宿しゆく泊はく研修のしおりを確かく認にんすると、ジャージから制服に着き替がえる時間なんかも設定されているから……うん、出発までにはまだしばらくありそうだ。

 そして──俺は。

 四人の先頭に立ち、俺は駐ちゆう車しや場の中を見み渡わたす。

 もうすでに、彼女は来ているはずだ。

 先頭でキャンプ場を出発していたし、俺たちが追おい抜ぬくこともなかった。

 なら、彼女はこの駐ちゆう車しや場のどこかにいるはず。

 そして、しばらく辺りに視線をやって──、

「……見つけた」

 ──探していた彼女の姿を見つける。

 俺たちの乗る予定のバスのそばで、何やら雑用をしている女子。

 小こ柄がらな身体からだをテキパキと動かしている、風かざ来きさん──。

 俺たちのクラスの担任は最後こう尾びでキャンプ場を出発するとのことだったし、まだ報告はされていないはず。

 なら──チャンスは今しかない。

 今、彼女と話さなきゃいけない──。

「……静しず乃の、行こう」

「うん……」

 うなずき合って、静しず乃のと二人歩き出した。

 ──話すことは、もう決まっている。

 むしろ、最初からそれしかなかったのだと思う。

 なのに、ぐずぐずと悩なやんでいた俺の背中を静しず乃のが、そして電話で話したという華はなさんが押してくれた。

 だからもう──やれることをやるだけだ。

 成功率は、決して高くはない。

 けれど、一分の一の自分たちで、風かざ来きさんに向かい合うしかない。

「……風かざ来きさん」

 彼女の前に立ち名前を呼ぶと、

「……はい、どうしました?」

 いつもよりもちょっと警けい戒かい気味の表情で、風かざ来きさんがこちらを見る。

 それでもできるだけ明るい口調を心がけているようで……うん、やっぱりこの子は生き真ま面じ目めだなと思う。

「ちょっと……どうしても話がしたくて」

 俺は、まずそう切り出した。

「今朝のこと、ちゃんと話したいんだ。時間もらえないかな?」

「時間は……大だい丈じよう夫ぶですけど」

 腕うで時ど計けいを確かく認にんして、風かざ来きさんは言う。

「話してもらっても、わたしがすることは変わりませんよ? それでもいいですか?」

「うん、それでもいいよ」

 隣となりの静しず乃のが、こくりとうなずく。

「一度、わたしたちのこと話しておきたかっただけだから」

「……そうですか」

 そう言って、風かざ来きさんは小さく息を吐はき出だす。

「じゃあ、ここでは何なので、ちょっと移動しましょう」

「そうだな」

 うなずいて、俺たちは人気のない林の遊歩道の方へ向けて、歩き出した。



 ──到とう着ちやくした、ちょっとした広場。

 駐ちゆう車しや場から数分ほどのそのスペースで。

「──まずは、今朝は驚おどろかせてごめん」

 まず俺は、風かざ来きさんにそう切り出した。

「あんな風に、いきなりクラスの男女が一いつ緒しよに寝ねてたらビビるよな……。それから、噓うそをついたのもごめん。こっちも動転して、口からでまかせを言っちゃったよ……」

「……ええ」

 相変わらずわずかな警けい戒かい心を顔に覗のぞかせ、風かざ来きさんはそう言う。

 俺たちがこれから何を話すつもりなのか、不安を抱いだいているのかもしれない。

 ……そりゃそうだよな。

 こんな人気のない場所に連れてこられて、しかも俺みたいなガタイの男子までいて。

 怖こわくなってもしかたないかもしれない……。

 だから俺は、

「……事情を、全部話そうと思ったんだ」

 まずは、はっきりとそう彼女に伝えた。

「俺と静しず乃のが一いつ緒しよに寝ねてたのには、事情があるんだ。それを、先生に話す前に風かざ来きさんに知ってもらいたいって思ったんだよ」

「……なるほど」

 言って、ふっと風かざ来きさんは息を吐はく。

「どういう事情があったんですか? お付き合いをされていて、だから一晩一いつ緒しよに過ごしたんだと思ったんですが……」

 こちらの真しん剣けんな気持ちが伝わったのか、ほんの少し普ふ段だんの調子を取とり戻もどした風かざ来きさん。

 良かった、少しは緊きん張ちよう感をほどくことができたらしい。

「それが、本当に俺たち、付き合ってないんだよ」

 そんな彼女に──俺は一度大きく深呼吸してから。

 覚かく悟ごを決めてから、端たん的てきに核かく心しんを伝える──。

「ただ──毎晩添そい寝ねしてるんだ」

「……へ?」

「昨日だけじゃない、ここしばらくずっと──毎晩添そい寝ねしてるんだよ」

「……えええええ!?」

 風かざ来きさんは、俺の告白に目をむいた。

「ま、毎晩ですか!? そ、そんな破は廉れん恥ちなことを日常的に!?」

「は、破は廉れん恥ちとかじゃないの!」

 顔を真っ赤にしてそう言う風かざ来きさんに、静しず乃のが慌あわてて割って入る。

「ちゃんと、それには理由があって……あのね」

 と、そこで静しず乃のは一度咳せき払ばらいして、

「わたしたちこの春からずっと不ふ眠みんで悩なやんでて……ちょっとだけ、『ウィンカム』でも話したよね? 忍しのぶは不ふ眠みんで悩なやんでるって」

「……ああ、そうですね。そうおっしゃってましたね」

 そのときのことを思い出すような顔で、風かざ来きさんはこくこくとうなずく。

「あれ、実は忍しのぶだけじゃなくて、わたしもなの。二人とも、偶ぐう然ぜん揃そろって四月から不ふ眠みんになってて……」

「具体的には、俺は一人暮らしを始めたときからだ。きっと、実家暮らしから環かん境きようが変わったことが原因だったんだと思う」

「わたしも、結構家庭環かん境きようが大きく変わってね。その、親と不仲になって……今は、実家にほとんど一人暮らし、みたいな感じで……」

「なるほど。じゃああのときの話は、少なくとも一部は事実だったんですね……」

 けれど、風かざ来きさんは不思議そうに首をかしげ、

「でも、なんでそれが、一いつ緒しよに寝ねることに繫つながるんですか? 眠ねむれない同士、朝までお話ししているとかそういうことですか? それだと、余計不ふ眠みんになっちゃいそうですが……」

「いや、それが……どういうわけだか、静しず乃のと一いつ緒しよのときだけ眠ねむれるんだ」

「一いつ緒しよのときだけ……?」

「あのね……わたしたち添そい寝ねしてるときだけ、ぐっすり眠ねむれるの……」

 恥はずかしげに口ごもりながら。

 それでも、覚かく悟ごを決めた様子で静しず乃のは言う。

「他にも色々試ためしたんだよ? ヨガとかストレッチとか運動とか。あとは牛乳飲んだり音楽聴きいたり……。それでも全然ダメだったのに……忍しのぶと一いつ緒しよに横になったときだけは、眠ねむれるの。入学式の日に、偶ぐう然ぜん気付いたんだ……」

 ──それを聞きながら、あの日のことを思い出す。

 体調が限界に近づいていた、入学式当日。

 そのうえ、俺と静しず乃のはケンカしてしまって、身体からだも気持ちも大きなダメージを背負っていて……。

 そんなタイミングで、俺たちはうっかり添そい寝ねしてしまったのだ。

 今でも、あのとき保健室で覚えた安心感と、目覚めたあとの衝しよう撃げきははっきりと覚えている。

 そして風かざ来きさんは、

「……お、おお……一いつ緒しよのときだけ……眠ねむれる……ほう……」

 なぜか赤い顔のまま。

 何かこみ上げるものをこらえるような表情で、一人そんなことをつぶやいていた。

「……もちろん、最初は抵てい抗こうがあったよ」

 静しず乃のから、俺は話を引ひき継つぐ。

「男女で添そい寝ねなんて、普ふ通つうにありえないし……しかも俺たち、当時は今よりちょっとギスギスしてたからさ。ほら、こないだも話した、約束の記き憶おく違ちがいの件で……」

「……ああ、なるほど」

 風かざ来きさんは深くうなずいて、

「例の、言い合いになっていた件ですね……」

「そうそう。だからやっぱり、こんなことしていいのかって悩なやんだし、途と中ちゆうケンカしてしばらく止めた時期もあったんだけど……今でも、添そい寝ねを続けてるんだ。それが安定して、最近ようやく体調が本調子になったところ、だったんだ」

「……そうですか」

 深く息を吐はき出だし、風かざ来きさんは視線を落とす。

 そして、気持ちを落ち着けるように、頭の中で情報を整理するように。

「そのタイミングで今回の宿しゆく泊はく研修がスタート……隠かくれて添そい寝ねしていたものの、わたしに見つかった、ということだったんですね……」

「うん、そういうことになる」

「なるほど……」

 しばし、考えるようにうつむく風かざ来きさん。

 そして、彼女は顔を上げると真まっ直すぐにこちらを見て、

「わかりました。では添そい寝ねは完全に不ふ可か抗こう力りよく。不純な気持ちはない。お二人はそうせざるをえなかった、と。そういうことですね。よくわかりました」

 と、風かざ来きさんは気き遣づかわしげに眉まゆを寄せ、

「それは……辛つらかったでしょうね。眠ねむれないのも、そのことを隠かくさないといけないのも。お気の毒に思いますし……うん、ちょっとほっとしました。お二人が、心配したような関係にあるわけじゃないのがわかって」

「じゃ、じゃあ……!」

 と、静しず乃のは期待に声をうわずらせる。

「今回のことは、先生に言わないでもらえる? 内ない緒しよにしておいてもらえるかな……?」

 これで助かったと思ったのだろう。

 緊きん張ちようで固かった表情が、普ふ段だんの明るさを取とり戻もどしていた。

 静しず乃のは風かざ来きさんに歩み寄り、彼女の手を取る。

 けれど──、

「……すみません」

 ──風かざ来きさんはそう言って、静しず乃のの手を優やさしく離はなした。

 そして──、

「やっぱり、それとこれとは別問題です。先生には報告させてもらいます。これは、委員長の責務ですから、内ない緒しよにするわけにはいきません……」

 ……ひどく辛つらそうにそう言った。

「クラスメイトが、そんなに体調を崩くずしていることもそうですし……結果として、一いつ緒しよに寝ねてしまったこともそうです。お二人の気持ちがどうであれ、行こう為い自体が不純なのは残念ながら事実です。それを、隠かくすわけにはいかないんですよ……」

 ──ある意味、予想できていた言葉だった。

 どんな事情があるにしろ、俺たちが問題行動をしてしまったのは事実だ。

 委員長としてフラットに考えれば──それを教師に報告しないわけにはいかない。

 ──けれど、そんな状じよう況きようを前にしても。

 俺は──決して諦あきらめていなかった。

 だって……まだ明かしていないことがあるのだ。

 風かざ来きさんに、隠かくしていることがある。

「……風かざ来きさん、一つ勘かん違ちがいしてるよ」

 俺は、風かざ来きさんに呼びかける。

 ──本題はこの先だ。

 華はなさんの言う通り、俺たちは逃にげたりごまかしたりすることはできない。

 本心と実際の状じよう況きようを、明かすことしかできないのだと思う。

 だとしたら──ここから先が、俺たちの隠かくしている本心だ。

 今はそれを言葉に出すことしかできない──、

「風かざ来きさん、俺たちに不純な気持ちはないってわかったって、さっき言ってくれただろ?」

「ええ、そうですね……」

「あのさ……それ、間ま違ちがいだよ」

「……へ?」

「俺は正直、不純な気持ちがある」

「……どういうことですか?」

 ぽかんとしている風かざ来きさん、そして静しず乃のに──俺ははっきりこう言った。


「ぶっちゃけ添そい寝ねしてるとき──普ふ通つうにエロいこと考えちゃったりもする」


「──えええぇえぇぇえ!?」

「……お、え? ……ええ?」

 ──絶ぜつ叫きようする風かざ来きさん。

 そして──顔を真っ赤にして困こん惑わくしている静しず乃の。

 そんな二人に、俺はたたみかける。

「当たり前だろ。十代の男女で添そい寝ねしてるんだ。しかも相手は静しず乃ので、身体からだも密着して二人っきりで……それで、エロいこと考えないわけないだろ!」

 ──当たり前だろう。

 そんな状じよう況きようで、悶もん々もんとしないでいられるやつはきっと少数派だ。

 少なくとも俺は身体からだが触ふれる度たびドキドキするし、甘い香りに目め眩まいを覚えるし、何かの柔やわらかさを感じてしまったりしたときには……もう……やり場のない気持ちを抑おさえきれなくなりそうになったりする。

「……だ、ダメじゃないですか!」

 風かざ来きさんが、額に汗あせを浮うかべて言う。

「そんな、不純な気持ちがないならまだしも……そういうこと考えちゃうんじゃ、よりダメじゃないですか!」

「ああ、そうだな……」

 あまりの慌あわてように、俺は思わず笑ってしまった。

 もちろん俺だって、こんなこと宣言するのは恥はずかしい。死ぬほど恥はずかしい。

 なんせ、目の前に──当人である静しず乃のがいるのだから。

「でも……ちゃんと、全部知って判断してもらいたかったんだ、風かざ来きさんには。前から、良いい委員長だなって思ってたんだよ。そんな風かざ来きさんが時間をくれたんだから、もう全部、本当に思ってることを包つつみ隠かくさず話して……どうするか決めて欲しいって思ったんだ」

 ──さっきまで話していたのは、あくまで事情でしかない。

 それをすべて伝え終えた今──残っているのは、俺たちの気持ちだ。

 それもきちんと、包つつみ隠かくさず真っ正面からぶつけるしかない。

 そう思っていた。

「だから──そういう気持ちもある上で」

 俺は、言葉を続ける。

「そういう気持ちも抱いだいちゃう上で……それでも俺は、静しず乃のとの関係を大事にしたいって思ってるんだよ。我が慢まんするのが辛つらいときもあるし、逆にこう……おいしい思いしてるって感じるときもある。それを認めた上で、俺は俺と静しず乃のが添そい寝ねするのを……大切にしたい。できるだけ、静しず乃のにも、周りのみんなにも誠実でありたいと思うんだ……」

 そこを否定するのも、間ま違ちがいだと思うのだ。

 不純なことを考える。静しず乃のを心から大事にしたい、彼女にも周囲にも誠実にしたい。

「だって──俺は、静しず乃のと約束したんだ! これからは、ちゃんと一いつ緒しよにいるって。せっかくもう一度出会えたんだ。今回は、俺の意思で、静しず乃ののそばにいようって!」

 それが──俺の本心だ。

 ごまかすことも隠かくすこともない、ただの本音。

 そしてそれに、風かざ来きさんは面食らった顔になり──次の瞬しゆん間かん。

 ひどく苦しげに、胸にぎゅっと手を当てた。

 必死に何かを耐たえているような、切なげにも見える表情──。

 ──効いたのか!?

 俺の本音が、彼女に届いたのか!?

「……わ、わたしも!」

 ──それまでぽかんとしていた静しず乃のが。

 たたみかけるように、慌あわてて言葉を続ける。

「正直、忍しのぶと一いつ緒しよに寝ねてると、すごくドキドキして……ちょっと、ヤバいなって思うことある……。このまま、その……なんかしちゃいそうとか……何か起きちゃったりするんじゃないかって。で、でも!」

 と、静しず乃のは真まっ直すぐ風かざ来きさんを見て、

「でも、そういうのは、もしあるにしても、手順踏ふんでからだと思うし……じゃなくて! そういうの抜ぬきで、ちゃんと眠ねむれることが大事だし! わたしは、わたしのことも、忍しのぶのことも大事にしたいし……ごめん、まとまらないけど……忍しのぶみたいに、上う手まく言えないけど……」

 静しず乃のは──ぎゅっと風かざ来きさんの手を握にぎり、

「わたしは、そういう気持ちだから。それを理解してもらえたなら……うん。風かざ来きさんに、任せるよ。これからどうするかは、風かざ来きさんが判断してくれて良い。そのことで、恨うらんだりはもうしないよ……。でも、わたしはもう一度──忍しのぶに、そばにいてもらいたいの!」

 ……うん、これでいいんだ。

 言い切った静しず乃のの顔を見て、俺ははっきりとそう思う。

 必要なことは、すべて風かざ来きさんに伝えられた。

 俺たちにできることは、それだけだ──。

 その上でどうなろうと、俺たちはそれを受け入れるしかない。

 添そい寝ねを始めた時点で──こういう危険に晒さらされることは、織おり込み済みなんだから。

 そして──長い沈ちん黙もくのあと。

 息のつまりそうな静けさが続いたあと。

 風かざ来きさんは──、

「……うおおおおおおおおお!」

 ──ふいに頭を抱かかえ、そんな声を上げた。

 ……え、ど、どうした!?

 急にそんな、大声出して……!

「そんなこと言われて……わたしどうすればいいんですか! 委員長なのに……ちゃんとこのこと、先生に言わないといけないのに……!」

 ──と、風かざ来きさんは顔を上げると。

 きっとにらむようにこちらを向き──、

「でも、わたし──この不器用カップルを、応おう援えんしたくなっちゃいました!!」

「え……ぶ、不器用カップル!?」

「いやいやいや! 風かざ来きさん、そうじゃなくて!」

 思わぬフレーズが飛び出して、俺は慌あわてて説明をする。

「だから、カップルとかじゃないんだよ! しかたなく添そい寝ねしてるし、正直ドキドキもしてるんだけど……俺はその関係も大事にしたいって話して──」

「──それをカップルって言ってるんですよ!」

 俺以上のテンションと圧で。

 もはや興奮を隠かくせない表情で──上気した顔で、歌うように風かざ来きさんは言葉を続ける。

「疎そ遠えんな幼なじみが、高校に入って再会……記き憶おくの行いき違ちがいがあったものの、ひょんなことから添そい寝ねをするようになり……毎晩ドキドキで一いつ緒しよに寝ねている……はああぁぁぁぁあああ!! これがときめかずにいられますか!?」

「……え、ええ……?」

「……」

「しかも、二人ともこれから一いつ緒しよにいたいと願ってるんですよ!? そんなの……もうアレですよ……。もう、ほんと……アレで……」

「……はあ……」

「……アレって何……」

「いやもちろん! 委員長としては、それでもやっぱり先生に報告すべきだと思うんですよ! もちろん、高校生同士で添そい寝ねなんて、どうしても問題ありますし!」

「お、おう……」

「そうだね……」

「じゃあわたしは、委員長だから、問題があるからと言って、お二人を引ひき裂さくのか!? 淡あわい関係を続けたいと願う二人を、正義の名の下に断罪するのか!? うわあああああああ! どうすればいいんだあああああああ!」

「……」

「……」

 頭を抱かかえ、一人苦く悩のうし始める風かざ来きさん。

 静しず乃のも俺もそれに圧あつ倒とうされつつ……ようやく腑ふに落ちる。

 なるほど、板いた挟ばさみなのか……。

 委員長である自分と、恋こいバナ好きの女子としての自分。

 どちらの自分で、俺たちの添そい寝ねを判断するのか──。

「……それにね」

 と、うつむいたまま風かざ来きさんはぽつりと言い。

 しばらく迷うように黙だまり込んでから──消え入りそうな声でこう続ける。

「わたし……うれしかったんです」

「……うれしかった?」

「……ええ」

 思わず尋たずね返した俺に、風かざ来きさんは小さくうなずく。

「お二人は本心を明かしてくれた。とても大切で、考えようによっては恥はずかしい本心を……」

「……うん、そうだな」

 はっきりと、俺は風かざ来きさんにそう答えた。

「風かざ来きさん相手に事情を話すなら、そうしたいと思ったんだ。委員長として信しん頼らいしてるし、良い子だとも思ってるし……ならもう、真まっ直すぐ行くしかないって」

「……ありがとうございます」

 そこでようやく──風かざ来きさんは顔を上げる。

 困ったように、俺たちに笑ってみせる。

「それが……わたし、とてもうれしかったんです」

 そして彼女は──、

「だから……応おう援えんしたい。本心から、そう思ってしまいました。二人の関係を、見守っていたいって……」

「……風かざ来きさん……」

 隣となりの静しず乃のが。

 胸いっぱいにこみ上げるものに耐たえるように、彼女の名を呼ぶ。

「……困りましたねえ」

 小さく息を吐はいて、風かざ来きさんは眉まゆを寄せる。

「風紀委員として、どうすべきか。お二人の友人として、どうすべきか……」

 ──どうなるだろう。

 このあと風かざ来きさんが取る選せん択たくで、俺たちの未来は大きく変わる。

 彼女は一体、どんな決断をするだろう──。

 そして……短い間を開けて。

「……そうだ、思い出しました」

 風かざ来きさんが、ふと気付いた顔になる。

「お二人と、偶ぐう然ぜん会った日。『ウィンカム』に来てくれた日のこと……」

 ──そうだ、思えばあれがすべての始まりだった。

 もう、数週間前の夜のこと。

「あの日、お二人はわたしが家業を手伝ってることを……先生に言わないでおくって言ってくれましたよね。忘れていた申しん請せいが通るまで、内ない緒しよにしようって……」

「あ、ああ……」

「そういえば、そんなことも言ったね……」

 もう、すっかり忘れかけていたけれど。確かにあの日、俺たちは申しん請せいを忘れていた風かざ来きさんに、「先生には言わないでおくよ」なんて話したんだった。

 そんなに大したことじゃないと思っていたし、当然のことだと思っていた。

 けれど──風かざ来きさんにとっては、そうではなかったらしい。

「なんとなく……あの日の晩、思ったんです。そういうのも、ありなのかもなって。本当に大事なものを守るために、ちょっとだけズルするのもありなのかもなって……」

「……風かざ来きさん」

「だから……保留、にしましょうか」

 内ない緒しよ話ばなしでもするように、小さく彼女はそう言う。

「ほ……保留?」

「ええ、あのときのお二人と同じです。報告を、保留にするんです。正直……今のわたしには、まだ自分がどうすべきかわかりません。けれど、今後少しずつわかることもあるでしょう。お二人の関係に、変化がある可能性もあります。判断は……それからで」

「そ、それって……」

「つまり……」

「ええ、そうです。うん……やっぱり、そうしましょう!」

 うなずくと、風かざ来きさんはようやくその顔に、いつもの明るい笑えみを取とり戻もどし。

 はっきりした声で、俺たちにこう言う──。

「今日のところは──先生に言わないでおきましょう!」

 ──その言葉に。

 風かざ来きさんの答えに──身体からだ中の緊きん張ちようが一気に解けた。

 深く深く息を吐はき出だしながら……一度静しず乃のと笑い合う。

 そして、風かざ来きさんの方に向き直ると、

「……ありがとう」

「マジで助かるよ。ありがとう風かざ来きさん……」

「いえいえ。お二人は、風紀以上に大切なものを、わたしに教えてくれたのだと思います。お礼を言いたいのはこっちです。……ただ!」

 と、彼女はビシッとこちらを指差しながら言う。

「油断はしないでくださいよ! わたしはお二人のお友達であると同時に、委員長でもあります! もうこれはダメだと思ったらすぐ先生に報告しなければなりません! ですから、くれぐれも……節度を守って添そい寝ねしてください!」

「うん、わかってるよ」

「ちゃんと、気を付けるようにするからね」

 ──そんな風に言い合って。

 俺たち三人は、駐ちゆう車しや場へ向かって歩き出した。

 ……きっと、と思う。

 理解されにくい、俺たちの添そい寝ねだけど。

 誤解も勘かん違ちがいもされやすい、俺たちの関係性だけと……。

 本当に大切な人には、こうやって伝えるしかないのだろう。

 真正面からすべてを伝えるしかない。

 包つつみ隠かくさず、ありのままを見せるしか、ない。

 だから……そんな自分であろうと思う。

 問題は山積みで、記き憶おく違ちがいだとか不ふ眠みんだとか静しず乃のの家族問題だとか、一つ一つが入り組んで複雑になっている。

 そのすべてを解決しなければいけないなんて、目め眩まいがしそうになる。

 けれど……そんな壁かべたちにも、真正面からぶつかっていこう。

 きっとそれが、俺たちにできる唯ゆい一いつのことなんだ──。

 ──木々の間を走る小道を歩きながら、そんなことを思った。