第5話 幼なじみ、テント泊する

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「──よーし! 到とう着ちやくだな!」

「や、やっと……着いた……」

 ──翌日。

 朝一番から続いた山歩きの末に、目的地であるキャンプ場に到とう着ちやくしたのは──午後二時頃ごろのことだった。

 高原の開けた野原にある、このキャンプ場。

 その全体が、今日は俺たちの学校の生徒だけで貸し切りになっているらしい。

 芝しば生ふのゾーンもあれば林のゾーンなんかもあり、斜しや面めんを下っていくと川まであるそうだ。

 ……うん、わくわくするな。

 俺、今回の宿しゆく泊はく研修で、ここに来るのを一番楽しみにしてたんだよな……。

 ずっとキャンプに興味があったのだ。

 たき火を使っての自じ炊すいやテント泊はく。

 いつかはカヌーに乗ったり釣つりをしたり、そういうアウトドア活動だってしてみたい。

 今日はそんな憧あこがれをちょっと叶かなえられる、という意味でも大いに期待している。

 ……とは言え、

「よーし、じゃあ皆みな、さっそくキャンプ道具借りに行こう!」

 元気にそう言って、リュックを背負い直す六ろく曜ようさん。

 それに素す直なおについていけそうなのは自分くらいのもので、

「ちょ、ちょっと待って……花か音のん……」

 もう、静しず乃のは足がガクガク。

 普ふ段だんは余よ裕ゆうの表情であることが多い亮りよう祐すけまで、

「俺も……休きゆう憩けいさせてもらえると、助かる……」

 なんて言いながら、額の汗あせを拭ぬぐっていた。

 ……まあ、確かに何時間も山道を歩くなんて、慣れていないときついだろう。

 大した高山ではなかったしアップダウンもそれほどなかったし、初心者向けではあったけれど……静しず乃のも亮りよう祐すけも、普ふ段だんから山歩きなんてしないだろうからな。

 静しず乃のに至っては、前夜の睡すい眠みん時間も五時間を切っているだろう。

 添そい寝ねできたとは言え遅おそめに寝ねたし早めに起きたし、眠ねむりも浅かったかもしれないわけで……こればっかりはしかたない。

「そっかそっかー、じゃあちょっと休んでいこう」

「そうだな、まだ焦あせるような時間でもないし」

 言って、俺たち四人は芝しば生ふゾーンで腰こしを下ろした。

 肩かたで息をしている静しず乃のと、白い頰ほおを紅潮させている亮りよう祐すけ。

 うん、本当お疲つかれ……。でも、これでこの宿しゆく泊はく研修の山場は越こえたから、あとはゆっくりしていこう。

 ……しかし、六ろく曜ようさん。なんでそんなに元気なんだ?

 つい最近まで毎日牧場作業をしていた俺はいいとして……なんでそんなに、体力があるんだ?

「……なんか、スポーツでもしてるの?」

 思わず、俺は彼女に尋たずねる。

「部活とかは、特に入ってないよね? その割には、ずいぶん体力あるみたいだけど……」

「え? ああ、ふふふ……」

 俺の問いに、なぜか六ろく曜ようさんは不敵に笑ってみせた。

「大おお滝たき氏は知らないんだね……。ヲタ活って体力使うんだよ。地方までライブ行くときは長時間移動しないといけないし、その上で二時間とか踊おどりっぱなしになるわけでね……」

「ああ、なるほど……」

「もちろんそれだけじゃないよ。自宅でもライブ映像見ながらの予習もあるし、そっちとは全く別で同人誌にも興味あるから即そく売ばい会も頻ひん繁ぱんに行くし……さらに言えば!」

 と、六ろく曜ようさんはくわっと目を見開き、

「毎日静しず乃ののそばにいるから……推おしの至近距きよ離りにいるからドキドキしまくり! そのおかげで心肺機能が鍛きたえられてるから、これくらいの山登りじゃびくともしないんだよわたしは!」

「え、ええ……」

 静しず乃ののそばにいるだけで、身体からだにそんなに負担かかるのかよ……。

 それはそれで……大だい丈じよう夫ぶなのか?

 なんか、健康に悪あく影えい響きようあったりしないのか……?

 ……まあ。

 静しず乃のにドキドキさせられる、という意味では俺も同じなんだけど。

 むしろ添そい寝ねなんてしているせいで、こっちの方こそ死ぬほどドキドキさせられてしまっているんだけどな……。



「──やあやあみなさん、お疲つかれ様さまです!」

 しばしの休きゆう憩けいのあと。

 我々の学校の本部が設けられているキャンプ場事務所に赴おもむくと、先に着いていたらしい風かざ来きさんが出で迎むかえてくれる。

「ずいぶんお疲つかれみたいですね……。でももう、この宿しゆく泊はく研修ハードな場面はありませんから、あとはゆっくりしていきましょう!」

「……ずいぶん元気だな、風かざ来きさん」

 オリエンテーリング後とは思えないそのテンションに驚おどろいていると、

「ええ、それだけが取とり柄えですからねー。最近は、うちの店『ウィンカム』でも働きまくってますし、体力がついていく一方です!」

 そんなことを言いながらも、風かざ来きさんは到とう着ちやくリストから俺たちの班を発見し、『到とう着ちやく済み』の枠わくにチェックを入れる。

 そして、傍かたわらにあるレンタル用のキャンプ用品を指差し、

「これ、一グループ分ごとに備品をまとめているんで、持っていってください! テントが男女にわけて二つと、テーブル、椅い子す、寝しん具ぐ類ですね」

「おっけおっけ、ありがと」

 説明書を見ながらこれを好きな場所に設営し、今夜はそこで寝ねる、というわけだな。

 期待はしていたけれど、本当に本格的なキャンプを楽しめそうでうれしい。

「それから、希望する班にはたき火のセットもお渡わたししますよ。薪たきぎとたき火台と着火道具一式ですね。着火時には先生からの指導も入るのですが……それも使われます?」

「うん、それもお願い」

「了りよう解かいでーす!」

 風かざ来きさんから道具一式を受け取り、テントを張る場所を探し始める。

「どの辺がいいかな?」

「広場の真ん中辺りの……動きやすい場所とか?」

 考えている亮りよう祐すけに、静しず乃のが首をかしげてみせる。

「炊すい事じは、みんなで事務所の近くの炊すい事じ場でやるんでしょ? そこからも近いしお手洗いにも行きやすいし、その辺でどう?」

 ふん、なるほど。それがいいかもしれない。

 あんまりそういう設備から離はなれてしまうと、移動が面めん倒どうになりそうだし夜中なんて迷子になりかねない。

 けれど、

「あーいや、もうちょっと端はしっこにしとこう」

 六ろく曜ようさんが、言いながらキャンプ場の向こう側を指差し。

「例えばあの辺の……他の人も来なそうで、事務所から遠い辺りに」

「……あ、そっか」

 思い出したような顔で、静しず乃のがうんうんうなずいた。

「そうだね……今夜のことを考えれば、そっちの方がいいか……」

 ──今夜の添そい寝ねのアイデアは、いたってシンプルだ。

 我々の班にレンタルされた、二人用のテント二つ。

 その片方で、俺たちがこっそり添そい寝ねするという、ただそれだけ──。

 今回の宿しゆく泊はく研修には、同学年の計二百人ほどが参加している。つまり、全体で百個ほども、このキャンプ場にテントが張られることになる。

 先生やクラス委員たちが、そのすべてをチェックすることなんて不可能だ。

 となると当然、生徒たちは決まりを破ってテントを入いれ替かえたりするだろうし……実のところ。一いつ緒しよに寝ねようなんて約束しているカップルがいたりもするらしかった。

 でも……そりゃそうだよな。

 せっかくの宿しゆく泊はく研修なんだ。みんな自由にやりたいに決まってる。

 そして……教師や学校側も、ちょっとだけそういう「ズル」を、黙もく認にんしてくれているんじゃないか、という雰ふん囲い気きもある。

 もちろん、一線を越こえたり不正が表面化したりすれば、注意されてしまうこともあるだろう。ただ、限度を守っていれば、大ごとにはならないような、そんな気配……。

 ──そんな状じよう況きようであれば。

 ちょっと自由が許されている状じよう況きようなら。むしろ変に計略を張はり巡めぐらせるより、シンプルにこっそり添そい寝ねする、それが一番良いいんじゃないかと考えたのだ。

 木を隠かくすなら森の中、というわけだ。

 さらに、六ろく曜ようさんの言う通り事務所から遠い位置にテントを張ってしまえば、教師陣じんに見つかる可能性は極きわめて低くなると言えるだろう。

「……よし、この辺にするか」

 キャンプ場の端はしにつき。俺は背負っていた荷物を地面に下ろした。

 エリアの隅すみっことは言え芝しば生ふはしっかり生えているし、林も近くにあって木こ陰かげも涼すずしげだ。

 うん、良いいところなんじゃないだろうか。

 そして、俺は周囲を見回してからざっくり見当をつけ、

「この辺と……その辺に、テント張ろう」

「オーケー!」

「じゃあ、テーブルとかたき火台はその辺だな……」

「あ、わたしも手伝う!」

 班の面々と、さっそくキャンプの設営を始めた。

 ──なお。

 俺たちが添そい寝ねすることによって……俺と静しず乃のが、一つのテントを占せん有ゆうすることによって、亮りよう祐すけと六ろく曜ようさんにも一つしかテントがあてがわれないことになる。

 その辺……どうなるんだろ。

 もしかして……亮りよう祐すけと六ろく曜ようさんも……添そい寝ねしちゃったりとか……?

 なんて、そんなことを準備期間のミーティング中に期待していたのだけど、

「──あー、わたしは友達のテントに遊びに行くー」

 あっさりと、六ろく曜ようさんは言ってのけていた。

「他のクラスのヲタ友と、一いつ緒しよにアイドルのライブ動画見ようって話になっててー。だからテントは、小こ峰みね氏一人で使っていいよー」

 ……まあ、そりゃそうだな。

 現実的には、そうなるわな……。

 納なつ得とくしつつ、六ろく曜ようさんらしいなと思いつつ……とは言え内心、二人の進展を見られないのはちょっと残念だったりもしたのだった。


♡


 ──たき火台の上で、火が揺ゆれていた。

 太い薪まきから立ち上る、オレンジの暖かなゆらめき……。

 どうやら、忍しのぶは実家でもよくたき火をしていたらしい。先生に着火まで見守ってもらったあとは手て際ぎわよく火をキープしてくれて。夕食を食べ終えた現在、わたしや他の班員は、ぼんやりとその眺ながめや暖かさを楽しむことができている……。

 ……不思議だな、火って。

 アウトドアチェアに体重をあずけて、わたしはぼんやり考える。

 風に吹ふかれて揺ゆれる炎ほのおは、どれだけ見ていても見み飽あきない。

 そのうえ満ち足りた気持ちになれて、不安や辛つらさは自然とすっと遠のいて……色んなことを穏おだやかに考えることができるようになる。

「……楽しかったなあ……」

 自然と、そんな言葉を漏もらしてしまった。

「宿しゆく泊はく研修、どうなるかと思ってたけど……楽しかったあ……」

 ──正直、眠ねむれない覚かく悟ごもしていたのだ。

 初日もそうだし今夜もそう。

 何かが一つ食くい違ちがえば一いつ睡すいもできないまま朝になってしまう可能性もあった。

 そうなれば……わたしは多分、研修続行不可能だ。

 寝ね不ぶ足そくで山歩きなんて、危なすぎる。

 何らかの形で特別に下山させてもらうことになって、周りの人たちにたくさん迷めい惑わくをかけてしまう可能性だってあった。

 けれど……それを回かい避ひできたのは、みんなのおかげだ。

 わたしと忍しのぶを気き遣づかって、面めん倒どうなことなのに協力をしてくれた花か音のんと小こ峰みねくん。

 そして、真しん剣けんに添そい寝ねの方法を一いつ緒しよに考えてくれた忍しのぶのおかげ……。

「……ありがとね、みんな」

 なんだかちょっと照れくさくて、わたしは火に視線をやったままで言う。

「おかげで、いい思い出ができそうです……」

「……こっちこそ楽しめてるよ、ありがとう」

「そうそう、わたしたちも、やりたくてやってるだけだからねー」

 そんな風に返してくれる亮りよう祐すけくんと、花か音のん。

 そして忍しのぶも、

「まあ、まだあと一日あるからな」

 なんて彼らに続いた。

「今夜も油断せず、しっかり寝ねるようにしような。明日も一応、麓ふもと近くまで歩かないといけないし……」

「……うん、そうだね」

「まあでも……こんな感じで、解決していければ」

 見れば──忍しのぶは揺ゆれる火を真まっ直すぐ見つめながら。

 決意するような、強く願うような顔で、言葉をこぼしていた。

「大変なことも色々あるけど、一個ずつ解決していければいいな……」

 ……大変なこと。

 それはつまり──不ふ眠みんのことだろう。

 わたしと忍しのぶが眠ねむれなくなっていること。そして、わたしたちの約束の行いき違ちがいのこと──。

 実はわたしは……それを解決するのに、ちょっと抵てい抗こうを覚えていた。

 問題がなくなってしまえば何かが終わってしまう気がしていたし、約束の件に関しては、純じゆん粋すいに腹を立ててもいた。簡単に、なかったことになんてしてやらないと意地を張っていた。

 けれど……なぜだろう。

 今は素す直なおに、忍しのぶの言葉にうなずくことができた。

 不ふ眠みんと約束の行いき違ちがい。

 それを、今わたしは──解決していきたいと思う。

 忍しのぶと一いつ緒しよに、みんなの力を借りたりしながら、解決できればいいなと。

 そしてその上で──もう一度。忍しのぶと、関係を作り直すことが、できればいいななんて……。

「……ふふ」

 そんな気持ちの変化に、わたしは思わず一人で笑ってしまう。

 ……みんなのおかげだなあ。

 この宿しゆく泊はく研修と、助けてくれた周りの人たちが、わたしにそう思わせてくれたんだ──。



 ──しばらく皆みなで話をして。

 管理棟とうの近くの施し設せつでざっとシャワーを浴びてから新しいジャージに着き替がえ、就しゆう寝しんの時間になった。

「──それじゃ、わたし友達のとこ行ってくるねー」

 火を消したたき火台の前で、花か音のんがそう言う。

「そのまま朝までその子のテントで寝ねてくるけど、こっちの片付けまでには戻もどってくるよー」

「うん、わかった」

「足あし下もと暗いから、気を付けて」

「行ってらっしゃい」

 三人で、そう言って花か音のんを見送る。

 次に、

「じゃあ……俺はこっちのテント、使わせてもらうな」

 わたしたちの隣となりのテントの入り口で、小こ峰みねくんがなんだか申し訳なさそうに言う。

「ごめんな、なんか俺だけ、広々スペースもらっちゃって……」

「いやいや、俺らがそれを望んだんだからさ」

「そ、そうだよ! むしろごめんね、忍しのぶ借りちゃって……」

「あはは、そう言ってもらえるなら気が楽だ。……じゃあ、おやすみ、また明日」

「おう、おやすみ」

「また明日ね……」

 言い合いながら、わたしたちはテントに入る。

 二メートル四方くらいの、こじんまりした空間。

 高さは、一メートルくらいだろうか。もちろん、立ち上がることはできないから、この中ではわたしも忍しのぶも四よつん這ばいだ。

 床ゆかにはクッション用の銀色のマットが敷しかれ、寝ね袋ぶくろが二つ置かれている。

 今夜は、二人でこれにくるまって寝ねることになる……。

 ……それにしても。

 テントって、なんかちょっとわくわくするかも……。

 この狭せまさが、なんだかちょっと動物の巣っぽい。

 本当に眠ねむるためだけに作られた、秘密の空間って感じ……。

 小さい頃ころ、忍しのぶと秘密基地を作ったときの感覚に近いかもしれない。

 それから、外と中を隔へだてているのが、薄うすい生き地じだけっていうのも新しん鮮せんだ。

 風が吹ふいてたわんだり、外の物音が全部丸聞こえだったり、触ふれるとひんやりしていたり……。

 自然豊かな場所に来たんだっていうことを、その中で眠ねむるんだっていうことを、はっきりと感じられる。

 ──そんなことを考えながら。

 わたしと忍しのぶは、もぞもぞと寝ね袋ぶくろにくるまった。

 シートと寝ね袋ぶくろ越ごしに感じる、地面のゴツゴツした感かん触しよく。

 けれどそれも決して不快ではなくて、むしろなんだか楽しい気分。

 そして──なんだろう。

 普ふ段だんよりも、隣となりで寝ねている忍しのぶとの距きよ離りを、近くに感じる気がした。

 実際は、そんなことないのだ。

 むしろ、お互たがいそれぞれに寝ね袋ぶくろに入っている分、離はなれているかもしれない。

 彼の体温や引ひき締しまった身体からだに、直接触ふれてもいない。

 けれど──その場所にいるのはわたしたちだけで。すぐ外には、山の夜が広がっていて──。

 そのことを考えると、わたしはなぜだか、普ふ段だんよりも素す直なおな気分で、忍しのぶと話ができそうな気がした。

「……あのね」

 穏おだやかな気持ちで、わたしは彼にそう切り出した。

「本当は、わたし……自分が眠ねむれない理由、わかってるの」

 寝ね袋ぶくろに入ったまま、忍しのぶが顔をこちらに向ける。

「どうして自分が眠ねむれないのか、それに、どうして忍しのぶと一いつ緒しよなら眠ねむれるのかも……本当は、わかってるの」

 ……そうだ。

 わたしは、ちゃんと理解しているんだ。

 春になって、自分が眠ねむれなくなってしまった理由。

 そして──忍しのぶと添そい寝ねをしているときだけ、眠ねむれる理由も。

「……そっか」

 穏おだやかな声で、忍しのぶは短くそう言う。

 シンプルな答えだけど──その言葉には、優やさしく続きを促うながしてもらっているような、そんな気分になった。

「わたしの家族が、ちょっとおかしくなってるのは……忍しのぶも気付いてるよね? 家に全然親いないし……わたしも、全然親の話もしないし……」

 そのことに、忍しのぶが気付いていないはずがないと思う。

 わたしの生活からはあからさまに「家族」の要素が抜ぬけ落おちているし、はっきりと避さけてさえいる。それに気付かないなんてことはないだろうし……実際忍しのぶも、そこに触ふれてくることはなかった。

 それはきっと、気を遣ってくれているからだ。

 わたしの家がおかしくなって、そのことにわたしが大きなダメージを受けているのに気が付いて、気き遣づかってくれているから。

「色々あって、家族がバラバラになって……」

 ちょっと言葉をつまらせながら、わたしは話を続ける。

「それが……眠ねむれない原因なんだと思う。わたしの中で、何かが大きく欠けちゃった……。欠かしちゃいけないものを、失っちゃった……だから多分、眠ねむれなくなった」

「……うん」

 もう一度、忍しのぶが相づちを打ってくれる。

 さっきよりも柔やわらかく、優やさしく響ひびく彼のその声──。

「忍しのぶは──」

 わたしは、そんな彼の名前を呼ぶ。

「──わたしに欠けたそれを、満たしてくれてるんだと思う」

 ……気付けば。

 少しずつ、わたしは眠ねむくなりはじめている。

 頭の奥がぼんやりしてきて、目を開けていられなくなって……。

 舌が徐じよ々じよに回らなくなっていく……。

 それでも……、

「本当はね……もっと早く、原因を解決すべきだったと思うの……」

 ぽつりぽつりとこぼすように、わたしは言葉を続ける──。

「忍しのぶに甘えるんじゃなくて……添そい寝ねを、してもらうんじゃなくて……家族と、ちゃんと話すべきだった。わたしに起きてることを、話して……気持ちを、伝えるべきだった……」

 本来は、それが筋なんだと思う。

 人に頼たよる前に、わたしはちゃんと問題と向き合うべきだった。

 なによりもまず、その解決を目指すべきだった……。

「でも……ごめんね。どうしても、わたし……まだ、許す気に……なれなくて。家族と……話す気に、なれなくて……」

「……うん」

 忍しのぶの返事も、ちょっと眠ねむそうだ。

 けれど、それで良いいと思う。

 そうやって、夢か現実かわからない、それくらいの感じで聞いてもらえれば十分だ……。

「だから……あのね……」

 そして──わたしは顔だけ忍しのぶの方に向けると。

 彼に、改めてお願いする──。

「……もう少しだけ、わたしと一いつ緒しよにいてね……」

「……もちろんだよ」

 忍しのぶが、半分眠ねむっている顔でうなずいた。

「こっちだって、眠ねむれないのは変わらないし……だから、こっちこそ、これからもよろしく……」

「……うん」

 ……ダメだ、そろそろ限界だ。

 もう、眠ねむりの淵ふちがすぐそばまで来ている……。

 けど……もう一つ、わたしには言いたいことがある。

 どうしても、忍しのぶに伝えたいことがあるんだ……。

「……ねえ、忍しのぶ?」

「……ん?」

 相変わらず、穏おだやかな声で返してくれる忍しのぶ。

 わたしはちょっとだけ緊きん張ちようしながら──彼に打ちあけた。

「──あのね、わたし……」

「……うん」

「…………トイレ行きたい」



「……ごめんねえ、ついてきてもらっちゃって」

「ああ、構わないよ……ふぁああ……」

 忍しのぶについてきてもらってトイレに行き、テントに戻もどってきたところで。

 忍しのぶはそう言って、大あくびをした。

「ほんとごめん……眠ねむいよね……」

「まあな……まあでも、真夜中に起こされるよりは全然いいよ……」

 言いつつも、忍しのぶは足あし下もとがおぼつかずふらふらしている。

 そしてわたしも……もう本当に限界だ。

 今ここで目を閉じたら、そのままその場に倒たおれて朝まで寝ねちゃいそう……。

「よし……寝ねよう……」

 言いながら、テントに潜もぐり込む忍しのぶ。

 そしてそれに、わたしも続いて寝ね袋ぶくろに入ると──あっという間に眠ねむりに落ちた。

 そして──そのタイミングで犯おかしたミスを。

 テント入り口のチャックを閉め忘れる、というミスを、わたしたちはのちに深く悔くやむことになる……。


*


 ──翌朝。

 風かざ来き頼より子こは他の生徒たちより一足早く目を覚まし、管理棟とうで教師たちと作業をしていた。

「──風かざ来きさん、これが今日の地図ね。出発する前にみんなに配るから、確かく認にんしておいて」

「はい、わかりました!」

「それから、このリヤカーたちにテントとか備品とかを回収して、倉庫まで運はこび込んでもらえるかな? 結構重くなるから、誰だれかに助け求めてもいいよ」

「承知です!」

 今回の宿しゆく泊はく研修に際して、各クラスの委員長にはこのような雑務が任されている。

 教師と協力しての荷物運びや備品の管理など、体力を使うタイプの雑務たち。

 他の委員長たちが渋しぶ々しぶそれに協力する中、風かざ来きは積極的に仕事をもらいに行ってはこなしていたこともあって、今やすっかり教師からも頼たよられる立場にあった。

「じゃあわたし、備品回収コーナー設置してきますー!」

「はーい、ありがとねー」

 教師にそう言うと、風かざ来きは指定されたリヤカーを引きながら表に出る。

 タイヤのついたスチール製の荷車は、小こ柄がらな彼女にはちょっと重たい。

 これをあといくつか並べて備品回収コーナーを作り、すべての備品を回収後に倉庫に戻もどすのが、今朝の彼女のメインの仕事になりそうだ。

「……さすがに、ちょっときついですね……」

 普ふ段だんの風かざ来きであれば、なんとか自分でやりきる量だ。

 身体からだを動かすのは好きだし、人の役に立つのも大好き。

 できることなら一人でやってしまいたい。

 とは言え、彼女も二日間の宿しゆく泊はく研修で疲つかれ始めている。ここは無難に、誰だれかに助けを求めるのが得策かもしれない。

「……ふう……」

 一つ目のリヤカーを設置し終え、キャンプ場を見み渡わたす。

 ちょうど、生徒たちの起き床しよう時間だ。

 いくつかのテントから寝ねぼけ眼まなこの同級生たちが顔を出している。

 その中には、見知った顔もあって、

「ああ、やはり佐さ伯えきさんは朝がお早いですね……! 軒のき下したさんも、鈴すず木きさんもすでにばっちり目が覚めてる……。反対に、六ろく曜ようさんはずいぶん眠ねむそうですねえ……」

 一人つぶやきながら、思わず笑ってしまう。

 起きてくる時間や彼らの表情にも、それぞれの個性が見えておもしろい。

 ただ、

「……ん?」

 予想外のことに気が付いて、風かざ来きは小さく首をかしげた。

「六ろく曜ようさんのテントから……青あお葉ばさんと、中なか野のさん……?」

 ──一つのテントから、なぜか三人も生徒が出てきた。

 すべてのテントは、二人一組で使うようになっているはずなのに。

 それに、考えてみれば六ろく曜ようは忍しのぶ、小こ峰みね、静しず乃のと同じ班であるはず。

 ということは……、

「……遊びに行って、そのまま寝ねちゃったんでしょうね」

 風かざ来きはひとりごちて、苦く笑しようした。

 正直、こういうことをする生徒がいるのは予想の範はん囲い内だ。

 せっかくの宿しゆく泊はく研修なんだ、自由に楽しみたい生徒もたくさんいるだろう。

 そして──教師たちも、どこかでそれをある程度許容している様子だった。

 風かざ来き自身も、これくらいのことでは目くじらを立てるつもりもない。

「まあ、不純異性交遊してる、とかではないですしね……」

 むしろ、自分もクラス委員でなければ、彼らと同じように他のテントに遊びに行って、そのまま朝まで遊んでいたかもしれないとも思う。

 こういうのも、きっと青春のスパイスの一つになるのだ。

 ……と、そんなことを考えていて。

 目の前の景色を眺ながめていて、風かざ来きはふと思い付く。

「……そうだ」

 一つ、良いいアイデアを思い付いた。

 目の前に積まれた重労働を、一番楽しく効率よく片付ける方法。

 ……うん、それがいい、そうしよう。

 決心すると、風かざ来きはもう一度キャンプ場を見回し、

「……よし、行きましょう!」

 一つうなずいて、『彼』のいる場所へ向かって歩き始めた──。



「──確か、この辺だったはず……」

 言いながら、風かざ来きはキャンプ場の片かた隅すみ。

 林に近いゾーンに設置されたテントたちを見回した。

 すべてのテントの位置を把は握あくしているわけではないけれど、委員長としてクラスメイトのざっくりの宿しゆく泊はく場所くらいは認にん識しきしていた。

 そして、

「……あ、きっとここですね」

 とあるたき火のあとを見つけて、風かざ来きはそこに『彼』がいると認にん識しきした。

「このきれいな薪たきぎの組み方……大おお滝たきさんに間ま違ちがいない……!」

 ──たき火のレクチャーに回っていた先生が、言っていたのだ。

 薪たきぎの組み方一つを見ても、生徒各自の性格が出ていておもしろい。

 特に大おお滝たきは、丁てい寧ねいに薪たきぎを組むし効率的に火を点けていたし、あれは経験者だな、と。

 確かに、他のグループのたき火台の上には乱雑に薪たきぎが置かれているのに対して、そのグループはすでに燃え落ち火も消されているものの、きれいに薪たきぎを組んだ形けい跡せきが見られた。

 だから──その目の前の二つのテント。

 そのどちらかに、彼女の探している男子……忍しのぶがいるはずだ。

「──さて、どっちでしょうね……」

 ──風かざ来きはなんとなく、このグループの四人に好印象を抱いだいている。

 全員がいい人で、風かざ来きにも優やさしくて……そしてなんだか、妙みように色いろ恋こい沙ざ汰たの匂においがする。

 委員長としても個人の興味の対象としても、風かざ来きはあの四人に関心があった。

 不純な感じだとかオラついた感じがない辺りも、委員長としてはありがたい。

 元気でほがらかで明るく、をモットーとしている風かざ来きだけれど、悪事や不正にはきちんと厳しい目を向ける。

 そんな風に「バトルモード」になる必要がないことがわかりきっている分……あの四人には、リラックスして楽しく接することができるような気がしていた。

 ──そんな前提があるから。

 風かざ来きは、忍しのぶに今回の備品回収を手伝ってもらおうと考えていた。

 彼は体格が良くて体力もあるようだったし、生き真ま面じ目めで優やさしいし、きっと快く手伝いを引き受けてくれるはずだ……。

 ただ問題は、

「どうしよう、大声で名前でも呼びましょうか……」

 ここからどうアプローチするかだった。

 まだ起きた様子もないし、忍しのぶは小こ峰みねと一いつ緒しよにテントの中で寝ねているんだろう。

 無む邪じや気きな風かざ来きと言えど、クラスメイトの男子が寝ねているところに不ぶ躾しつけに踏ふみ込むようなマネはしない。

 レディーとしてのデリカシーも、きちんとわきまえてい(るつもりだっ)た。

 とは言え、ここでのんびり起きてくるのを待つわけにもいかないし、そろそろ管理棟とうにも戻もどらないといけないし……やはり、ここで大声を出してみるべきか。

 ……と。

「……ん?」

 ふと、気付いた。

 並んでいる二つのテント──その片方の入り口が開いたままになっている。

 チャックが半分開いている、とかそういうレベルではない。

 もう、完全に上から下までフルにオープンになっていて……テント内まで見えそうなほど、がっつり入り口が開いているのが。

「……あ、もしかして、もう起きてたんですかね」

 つぶやきながら、風かざ来きはそちらに近づいていった。

「だとしたら、話が早くて助かります」

 テントの前に立って、中を覗のぞき込んだ。

 明るい日差しとテント内の薄うす暗くらがり。そのコントラストに、しばらく目が慣れない。

 けれど──短い間を置いて。

 ようやく目が慣れて、中の様子を把は握あくできた風かざ来きは──、

「……えっ」

 ──目の前の光景に。

 その、信じがたい景色に硬こう直ちよくした。

 ──男女がいた。

 体格のいい、大おお柄がらで素そ朴ぼくな男子──忍しのぶ。

 小こ柄がらで垢あか抜ぬけて可か憐れんな女子──静しず乃の。

 その二人が、寄より添そい合うようにして。

 くっついて安らかに、眠ねむっていた──。

 ──ぱっと、風かざ来きの頭がオーバーヒートする。

 この二人が、交際している可能性は感じていた。

 お似合いの二人だと思ったし、もしそうなら応おう援えんもしたいと思っていた。

 絵に描かいたような純じゆん粋すいなお付き合いをしそうだなんて考えていた。

 ──けれど。

「……え? ……え?」

 目の前の景色に、ぼう然としてしまう。

 四角い袋ふくろ型の寝ね袋ぶくろは、脇わきのチャックが開いて乱れている。

 小さく口を開け、のんきに寝ねている忍しのぶと──そして、そんな彼に抱だきつくようにして。

 その身体からだを密着させて寝ねている、静しず乃の──。

 そして──甘い匂におい。

 テントの入り口からこちらまで漂ただよってくる、かわいらしい香り──。

 ──きっと、静しず乃のだ。

 静しず乃のの髪かみや服から香っている、年とし頃ごろなりの身だしなみの結果だ。

 けれどそれが今、風かざ来きには妙みように生々しく感じられて。

 それが──一線を越こえた証しよう拠こであるような。

 このテントの中でそういうようなことが行われた証あかしであるような、そんな実感を持って風かざ来きを貫つらぬいて──。

「……ッ!」

 彼女は、全身にざわめきが走るのを、はっきりと感じた。

「……に……るんですか」

 かすれた声で、そうこぼす。

「何……してるんですか」

 ──決して、大きな声ではなかったと思う。

 むしろ、普ふ段だんの彼女の声量を考えれば、感情もボリュームもかなり抑おさえられた声だった。

 それでも、

「……ん。んん……?」

 忍しのぶが、くぐもった声を上げ身じろぎする。

「もう、朝か……?」

「ええ、朝です」

 はっきりと、風かざ来きはそう言い切った。

 けれど──忍しのぶは未いまだに寝ねぼけた様子で、

「静しず乃の……朝だって。もう、起きないと……」

「ん? ええ……?」

 目を閉じたまま、静しず乃のは伸のびをする。

「まだわたし……眠ねむいんだけど……」

「俺も……」

 そのやりとりで、風かざ来きは理解する。

 ああ、この人たちは──これが初めてじゃない。

 ずっと前から、こういう仲なんだ。

 だからこんな場所でも──宿しゆく泊はく研修のテントの中でも、そんなことをしてしまった。

「……起きてください」

 もう一度はっきり言うと──ようやく、忍しのぶが異変に気付く。

 弾はじかれたように身を起こし、こちらを見て目を見開く。

 数秒遅おくれ、静しず乃のも起き上がり風かざ来きに気付き、「……え」と声を漏もらした。

 そんな二人に、

「……事情を聞かせてください」

 風かざ来きは、はっきりとした口調でそう言い切った。

「こういう状じよう況きようになっているわけを、教えてください……!」