第4話 幼なじみ、山で添い寝を試みる

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「──着いたな」

「──おう……!」

 バスを降り、駐ちゆう車しや場から歩くこと十五分。

 到とう着ちやくした──初日の宿しゆく泊はく場所である青年の家。

 目の前に広がる景色に、俺は大きく深呼吸をした。

「うん、いいとこだな……」

 ここは、札さつ幌ぽろ市街地からバスで二時間ほどの山の中だ。

 うっそうと茂しげった木の匂においに、遠くから響ひびく聞き慣れない鳥の声。

 街中よりも空気は冷たくて、わずかに湿しめり気けを帯びて感じられて──久しぶりの自然豊かな環かん境きように、俺はテンションが上がってしまう。

 広場の向こうにある宿しゆく泊はく施し設せつも、年季が入っていて良い感じだ。初めて来たのにどこか懐なつかしい。

「やっぱ……こういうところが、俺のいるべき場所だって気がするな」

「……別に山育ちじゃないけどな、お前」

 思わずつぶやいた言葉に、隣となりの亮りよう祐すけが小さく笑う。

 彼の言う通り、地元の街はだだっ広い平野の真ん中にある。

 山なんて地平線の近くにうっすらと見えるくらいで、こういう景色に馴な染じみがあるわけでもない。それでも。やっぱり大都会にいるよりもリラックスできる気がするのは、自分がどこまで行っても自然好きだからなのだろうと改めて実感した。

 ……ちなみに、俺たちのちょっと後ろでは。

「……うえ、まだ気持ち悪い……」

「静しず乃の大だい丈じよう夫ぶ? 一いつ旦たん、どっかで休もうか……?」

 なんて静しず乃のと六ろく曜ようさんが言い合っている。

 心配になって振ふり返かえると、静しず乃のは普ふ段だんより足取りが危あやうく、微び妙みように顔色も優すぐれない様子。

 ここまでずっとバスは山道を走ってきたし、車くるま酔よいしてしまったらしい。

 俺は鞄かばんに手を突つっ込むと、

「……ほら、酔よい止めの薬」

 言いながら、静しず乃のに市し販はん薬の錠じよう剤ざいを渡わたした。

「一応持ってきておいて良かったよ。水は持ってるか?」

「うん、ありがと……助かる」

 無理に笑ってみせ、さっそく渡わたした薬を飲む静しず乃の。

 そして、その隣となりで六ろく曜ようさんは気き遣づかわしげに静しず乃のに目をやりつつ、一度こちらをちらりと見ると、

「……くっ、やはりなかなかやるな、大おお滝たき氏……!」

 なぜかひどく悔くやしそうな顔をしていた。

「さりげなくも的確な対処……ぐぅっ……推おせる……二人の関係……相変わらず推おせてしまう……!」

 なんでそうなるんだよ……別にそんなことで張り合ってもしかたないだろ。

 というか推おせてしまうってどういうことだよ、よくわかんねえ……。

 ……ともかく。

 俺はもう一度宿しゆく泊はく棟とうに向かって歩き出しながら、決意を新たにする。

 今回の研修を十分に楽しむためにも、健康にはできる限り気を遣うようにしよう。体調を崩くずしてしまえば楽しめるものも楽しめなくなるし、宿しゆく泊はく研修自体が苦しかった思い出になってしまう。

 それを避さけるためにも……ちゃんと眠ねむろう。

 睡すい眠みん時間を、確保できるようにしよう──。

 そんな俺の気持ちを察したのか、

「上う手まくいくといいな、練ってきたプラン」

 隣となりで、亮りよう祐すけが小さくそんなことを言った。

「ああ、そうだな……」

 うなずきながら、俺は頭の中で計画を反はん芻すうする。

 今回の宿しゆく泊はく研修は、二泊はく三日。

 初日がダム見学や飯ごう炊すいさん、キャンプファイヤーなどレク中心で、二日目が午前から夕方近くまでまるまるオリエンテーリング。キャンプ場で一泊ぱくしたあと、三日目は下山してバスで学校へ戻もどる、という予定だ。

 その間、夜を過ごすのは二度。

 初日の宿しゆく泊はく施し設せつでの一泊ぱくと、キャンプ場でのテント泊はく一泊ぱくだ。

 まずキーになるのは、初日の夜であると考えていた。

 体力的な負ふ荷かが一番高い二日目を楽しむためには、万ばん全ぜんの体調が必要になる。

 今夜。俺と静しず乃のは、他の生徒もいる宿しゆく泊はく施し設せつでなんとか添そい寝ねをしなければならない。

 それが──非常にハードルが高い。

 眠ねむるのは男女別の大部屋で、クラス単位でになる予定。

 そんな中、どうやって俺たちが一いつ緒しよに寝ねるのか……。

 一応、添そい寝ねのためのプランは三つほど立ててきている。

 亮りよう祐すけ、六ろく曜ようさんの助言を得て、「いけそうだな」と思えるものを用意してきたのだ。

 そのどれかが成功すれば、最低限は朝まで眠ねむれる予定だ。

 それさえ済んでしまえば、あとはまだなんとかなるはず……。

「まあ、やれるだけ頑がん張ばってみるわ」

 隣となりの亮りよう祐すけにそう言うと、彼はいつもの爽さわやかな笑えみでうなずいてくれた。

「おう、応おう援えんしてる」



 ──初日のアクティビティは、何の問題もなく楽しむことができた。

 静しず乃のの酔よいも薬のおかげか早めに治まり、ジャージに着き替がえ昼食を取ってからのダム見学。研修施し設せつでの宿しゆく泊はく説明を受けたあとは飯ごう炊すいさんと、普ふ段だんできない活動を四人で存分に味わった。

 ……ていうか、ダムおもしろかった。

 巨きよ大だいで無骨で年季の入った構造物が、山の間にぽつんとある光景にはゾクゾクしたし、過か酷こくな環かん境きようで建築されたその経けい緯いには、先人への尊敬の念を抱いだいた。

 そしてなにより──迫はく力りよくだ。

 えん堤ていから見るその高さ、放水時の壮そう観かんさには鳥とり肌はだが立った。

 なるほど……これはいい。最高にかっこいい。

 ダムマニアっていうものがいることを以前は理解できなかったけれど、今回で完全に納なつ得とくできた。

 これは確かに、色んなダムを見て回ってみたくなる……。

 さらに言うと、同じように大興奮の六ろく曜ようさんと意気投合できたのも、意外な収しゆう穫かくだった。

「──大おお滝たき氏! こっちすごい! ほら、ここから見ると放水めちゃくちゃかっこいい!」

「──ほんとだ! うおーすげえ! ちょっとこえー!」

「──ね! 吸い込まれそう!」

 そんな風に言い合う俺たちを、亮りよう祐すけと静しず乃のはほほえましげに眺ながめていた。

 ……うん、いいな。

 最初はなんか緊きん張ちようしていたし、今も六ろく曜ようさんに品定めされている自覚はある。

 それでも、この四人で過ごすの、なんかすごく楽しい……。この班でここに来ることができて本当に良かった……。

 そして──次の飯ごう炊すいさんも、ダム見学と同じくらいに楽しかった。

 なんと俺たちの班、四人全員が料理を得意としていたのだ。

 手て際ぎわよく調理する班メンバーの中で野菜の下ごしらえをするのは心ここ地ち好よかったし、完成したカレーはもちろん絶品。

 その上で、それぞれが担当した具材に各家庭のカレーの特とく徴ちようが感じられて、ほほえましかった。なるほど、森もり家は具材を小さめにカットするタイプで、六ろく曜よう家はあく取りを入念にやる感じなんだな……。

 そして──楽しい夕食を終え。

 現在俺たちは、宿しゆく泊はく施し設せつそばの広場で行われているキャンプファイヤーをぼんやり眺ながめていた。

 広場の中心で燃えさかる炎ほのお。

 その周囲に思い思いに散らばっている、同級生たち。

 この時間、特にプログラムは用意されていない。

 各自親しん睦ぼくを深めて欲しい、という教師側の計らいらしい。

 実際、キャンプファイヤーって合がつ唱しようしたりフォークダンスしたりするイメージだけど、あれ結構恥はずかしいからな……。

 こうやって自由行動にしてくれた方が交流しやすいし、ありがたい。

「……さあ、ここからどうなるかだな」

 燃えさかる火に視線をやったまま、隣となりに腰こし掛かけた亮りよう祐すけがつぶやくように言う。

「今日は存分に楽しめたけど……今夜どうなるか。どれくらい眠ねむれるか……」

「まあ、どれか一つくらいは上う手まくいくでしょー」

 六ろく曜ようさんが、気楽な口調でそう言う。

「あれだけ策練ってきたんだから、一個くらいはねー」

 ……うん、そうなれば良いなと思う。

 初日、十分楽しめた分体力もがっつり消費した。

 だから、明日のオリエンテーリングを楽しむためにも、今夜はぐっすり眠ねむることができれば……。

 ──と、そんなタイミングで。

「……おっ! 大おお滝たきさんグループじゃないですか!」

 黄たそ昏がれの薄うす暗くらがりの向こうから、そんな声をかけられた。

「どうですか? 宿しゆく泊はく研修楽しんでますか!?」

 見れば──そこにいたのは、案の定風かざ来きさんだ。

 彼女は現在自分の所属する班の元を離はなれ、方々の知り合いに声をかけて回っているらしい。

 微び妙みように警けい戒かい心を覚えつつも、彼女らしい活発さと無む邪じや気きさに俺はちょっと笑ってしまった。

 こういうことが衒てらいなくできるのが、この子の美点だよなと本心から思う。

「おう、おかげさまでね」

 亮りよう祐すけが、軽く手を上げ風かざ来きさんに答えた。

「ダムもカレー作りも楽しかったよ。特に大おお滝たきと六ろく曜ようさんがダムで大はしゃぎしててさ。見てておもしろかった。風かざ来きさんは?」

「わたしも最高に楽しんでますよー! 班員もそうですし、そうでない方ともお話しすることができましたし!」

「それは良かった」

「……にしても」

 と、風かざ来きさんは俺たちを見回し、

「なんだかとても……しっくり来る四人ですよね、この班は」

「そう?」

 六ろく曜ようさんが首をかしげる。

「この宿しゆく泊はく研修まで、このメンツで集まったことなんてなかったけどねー」

「ですよね、そのはずなんですけど……なんか、人として嚙かみ合あってる感があるというか。まあ……特に大おお滝たきさんと森もりさんは、元々幼なじみだし当然なのかもしれませんが」

 ……人として嚙かみ合あってる、か。

 確かに俺と亮りよう祐すけ、静しず乃のと六ろく曜ようさん、というコンビ同士は嚙かみ合あっていると思う。

 亮りよう祐すけと六ろく曜ようさんがしっくりくる感じも、理解できる。

 でも、俺と静しず乃のは……どうなんだろうな。

 毎晩添そい寝ねはしているけれど、その実、色んな部分で嚙かみ合あわない、というのが俺の認にん識しきだったんだけど……。

「……そういえば」

 と、風かざ来きさんは思い出した表情になり、

「大おお滝たきさんと森もりさん……入学式の日に教室で何か言い合いしてましたよね?」

 ──思わず、ぴしりと固まってしまった。

「はっきりは覚えてないんですけど、口論をしていたような記き憶おくがあります」

 それは……その通りだ。

 高校生活の初日、入学式の前。

 俺と静しず乃のは再会してすぐに──激しい言い合いになってしまった。

 内容は例の、過去の約束のこと。

 ──一いつ緒しよに牧場をやろうと言ったのか、東京で暮らそうと言ったのか、という件だ。

 確かにあのときはずいぶん目立ったし、記き憶おくに残ってしまっていてもしょうがない。

「あれって、何だったんですか?」

 風かざ来きさんは、相変わらず無む邪じや気きにそう聞いてくる。

「あっ……あんまり言いたくないことだったらすみません……。でも、あれからいつのまにかこんな風に自然な仲に戻もどったようなので、どうやって仲直りされたのかなって。友達に仲ちゆう裁さいを頼たのまれたりしたときにも、参考になるかと思いまして……」

 ……どう答えるべきか。

 風かざ来きさんのこの一いつ切さい悪気のない問いに、どう答えるべきか……。

 全部言ってしまうことは、避さけた方がいいだろう。

 将来の約束について触ふれてしまえば、風かざ来きさんは大おお騒さわぎすること間ま違ちがいなし。

 宿しゆく泊はく研修中できるだけ注目されないようにしているのに、完全に逆効果になってしまう。

 とは言え……全面的に噓うそをつくのも、得策ではないだろう。

 どこでボロが出るかわからないし、バレたときに一層やっかいなことになる。

「あのときは……記き憶おく違ちがいがあってさ」

 ちょっと考えてから、俺は風かざ来きさんにそう答えた。

「小さい頃ころに、俺たちちょっとした約束をしてたんだけど……その内容が、お互たがい違ちがう感じで覚えてて、それで言い合いになっちゃったんだ」

 ……うん、これくらいが良いいだろう。

 これくらいぼやかしつつ、さらっと話すのがベストだ。

 そして、それを受けた風かざ来きさんも、

「あーなるほど。そういうのって、ありますよね」

 なんてあっさり納なつ得とくしてくれた。

「じゃあもうその疑問は解けて、問題解決したって感じなんですかね?」

 ──解決していない。

 すれ違ちがいは今も、俺たちの中で解くことができていない。

 なんでそんな記き憶おく違ちがいが起きたのかは未いまだにわからないし、正直に言えば、最近はお互たがいあまりそのことに触ふれなくなりつつある。せっかく安定し始めた今の関係を、荒あら立だてたくなかったのだ。

 だから──早くこの話を終えたくて。

 さっさと次の楽しい話題に行きたくて、

「……うん」

 俺は作り笑いを浮うかべながら、そう答えてしまう。

「なんとか……解決したよ。ははは、ごめんな、心配かけて……」

「そうですかー!」

 風かざ来きさんも、それににぱーと笑えみを浮うかべてくれる。

「なら良かった。いつまでもケンカしてるなんて、悲しいですから──」

「……してない」

 ──静しず乃のが。

 妙みように穏おだやかな表情の静しず乃のが、静かに会話に割わり込んできた。

「その件、まだ解決してないよ……」

「えっ? そうなんですか? けど大おお滝たきさんは、解決したって……」

「ううん。本当はまだだよ……」

 相変わらず穏おだやかに、風かざ来きさんに答える静しず乃の。

 けれど──その穏おだやかさには、彼女の苛いら立だちが滲にじんでいるように見えて。

 問題が解決した、なんていう俺の発言に対する憤ふん慨がいが、ありありと浮うかんでいて。

「忍しのぶ……なんで噓うそつくの」

 静かにこちらを見る静しず乃の。

 今さら俺は……自分が失敗したことに気付いて焦あせり始める。

「や、その……ここでその話、蒸むし返かえすこともないかなと思って……」

「変に隠かくすこともないじゃない」

「まあ、それもそうだけど……まだなんで、あんなすれ違ちがいが起きたかもわからないわけで、この状じよう況きようで話題にするのも……」

「……わたしは、今も忍しのぶが勘かん違ちがいしただけだと思ってるけどね」

「……いやいやいや」

 静しず乃のの物言いに、思わずそう言い返してしまった。

 こんな場面でそんなことすべきじゃないのに。

 ここはとにかく穏おん便びんに流すべきなのに……その言い草は、ちょっとスルーできない。

「それはこっちのセリフだよ。俺にとってあれは、大事な約束だったんだから……そんな、勘かん違ちがいなんてするはずないだろ」

「……どうだか。本当は、別にそんな本気の約束じゃなかったんじゃない? なんとなく雰ふん囲い気きに釣つられて言っただけで……」

「そんなわけないだろ。雰ふん囲い気きであんな約束するわけないだろ──」

 ──言い合いが、始まってしまった。

 久しぶりの口論になってしまった。

 考えてみれば、最近この件は特に話題に出ることもなくなっていた。

 なんとなく、添そい寝ねでお互たがいの大切さを体感して、許し合う雰ふん囲い気きになっていたこともあるだろうし……迂う闊かつに触ふれて、揉もめるのを恐おそれていたのもあるだろう。

 けれど──、

「──じゃあなんで、あんなことになったの? わたしが、そういうこと忘れるような──」

「──でも、俺が静しず乃のの言うような約束するはずがないんだよ。なら、静しず乃のが頭の中で話を書かき換かえて──」

 始まってしまったら、止まらない。

 お互たがいに、一歩だって引くことができない。

 それが、それぞれにとって大事な約束だったからこそ──。

 けれど、

「──はいはいストーップ!」

 意外な声が──言い合いを止めた。

「せっかくのキャンプファイヤーなんだから、ケンカしなーい!」

 ──風かざ来きさんだった。

 風かざ来きさんが、その小さな身体からだを俺と静しず乃のの間に割わり込ませていた。

 驚おどろき固まる俺たちに、

「お互たがいの言い分はよくわかりました」

 風かざ来きさんは、うんうんうなずきながらそう言う。

「約束の内容に、すれ違ちがいがある……なるほど、それは確かに納なつ得とく行かないですよね。特に、お二人にとってそれがとても大事な約束だったなら、なおさら……」

「……お、おう」

「そう、だね……」

「すみません、わたしもそういうデリケートな話に、無ぶ遠えん慮りよに踏ふみ込んじゃって。でも、ちょっと落ち着いて考えてみて欲しいんですけど」

 と、風かざ来きさんは俺たちの顔を順番に見ると、

「森もりさん。たとえ小さな頃ころでも、大おお滝たきさんが雰ふん囲い気きに釣つられて約束する人だと思いますか? 生き真ま面じ目めなこの大おお滝たきさんが、適当にそういうことを言う方だと、本心から思われますか?」

「……それは」

 と、静しず乃のは短く口ごもってから、

「……そうは思わないけど」

「でしょう? では大おお滝たきさんも。森もりさんが、頭の中で約束を都合よく書かき換かえちゃうようなことがあると、本気で思いますか?」

「……思わないな」

「でしょう?」

 満足そうに言って、風かざ来きさんはもう一度うなずいた。

「確かに、記き憶おくのすれ違ちがいは発生しているんでしょう。それは困ったことだろうと思います。けれど、何かしかたない理由があるんじゃないでしょうか。具体的にはわからないんですが、そんなことが起きてしまう、どうしようもない理由が」

「……んん。まあそうかもな」

「だね……」

 ……実際のところ、そうなのだろうと思う。

 勢いで言い合いにはなったけれど、風かざ来きさんの言う通りだ。

 静しず乃のがいい加減だったとか俺が適当だったとか、このすれ違ちがいの原因は、多分そういうことではない。

 何か理由があって、お互たがいそういう思おもい違ちがいをしているのだ。

「だからまあ、楽しくやりましょう!」

 言って、風かざ来きさんは俺と静しず乃のの肩かたをポンポン、と順番に叩たたいた。

「宿しゆく泊はく研修は始まったばかり、ケンカなんかしてたらもったいないですよ!」

「……そうだな」

「うん……」

 風かざ来きさんの言う通りだ。

 俺たちが添そい寝ねのプランを用意したのも、宿しゆく泊はく研修を楽しむためなんだ。

 そのことを忘れて、他のことで揉もめてしまっては元も子もない。

 危ないところだった……もうちょっとで、嫌いやな空気のまま残りの二日を過ごすことになるところだった。

「ありがと、頭冷やすよ。ごめんな、静しず乃の……」

「ううん、こっちこそごめん……」

「よしよし! 仲良きことは美しきかな!」

 ……しかしまあ、まさかこの子に。

 風かざ来きさんに、こんな風にフォローされるなんてな……。

 ちょっとやっかいなところはあるけれど、やっぱりこの子、基本は善人なのだ。

 自分だけでなく、他人も楽しめるようにナチュラルに気を遣える……。

 ……うん。

 あんまり、警けい戒かいしすぎるのも良くないかもしれない。

 色々バレたときはバレたときで、過か剰じように距きよ離りを取るのは、この子にも失礼かもしれない……。

 けれど、

「では引き続き、高校生らしく清く正しくほがらかに、宿しゆく泊はく研修を楽しみましょう!」

 俺たちの元を去りながら、風かざ来きさんはそう言う。

 そして、ふと思い出したような顔になり、

「……あ! ちなみに仲が良いいのはいいですけど、不純異性交遊はダメですからね! 発見次し第だい、担任に報告させてもらいますから!」

 ……。

 ……。

 あ、やっぱダメだ!

 やっぱり、この子に添そい寝ねのことバレたらダメだ!

 軽快に去っていく背中を眺ながめながら、俺は改めて、今夜のプランの成功を祈いのり始めた──。


♡


 ──初日夜のために、わたしたちはプランを三つ用意していた。

 それぞれ、プランA、プランB、プランCと呼ばれていて、順番にその実行のハードルが高くなっていく。

 大浴場でお風ふ呂ろに入り終えてあとは寝ねるだけ、となったところで、それらのプランは実行されていく予定だ。

 ということで現在、わたしと花か音のんは大浴場にて、クラスメイトたちと入浴中だった。

 疲つかれた身体からだに、浴よく槽そうの広さと熱めのお湯が気持ちいい。

 脚あしの痛みだとかむくみだとか肩かたの凝こりだとかが、溶とけ出して流れていくような感覚だ……。

 ただ……、

「……ふい~生き返るねえ……」

 隣となりで湯船につかり、そんな声を漏もらしている花か音のん。

 わたしの意識は……完全に彼女に釘くぎ付づけになっていた。

 スタイルが──良いい。

 いつもは大きめサイズの服に隠かくされて見えないけれど、実はもうほんと……グラビアアイドルかっていうくらいスタイルが良いいのだ。

 長く健康的な脚あしにシミ一つない肌はだ。腕うでは触ふれたくなるほどに柔やわらかそうで、お腹なかはほっそりしていて。しかも……大きいのである。

 胸がクラス一レベルで大きい。形も良いい。

 ……いや、知ってた。

 中学のときも修学旅行やらお泊とまり会やらでお互たがい裸はだかになる機会はあったし、花か音のんがナイスバディなのは知っていた。

 けれど……数ヶ月ぶりに見たその身体からだは、以前よりも一層健すこやかに育っていて、思わずわたしは目を見張り、息を吞のんでしまう。

「え……花か音のんちゃん……すご!」

 一いつ緒しよに湯船に入っているクラスメイトたちも、そのことに気付いて驚おどろきの声を上げた。

「何食べればそんなになるわけ!?」

「わたしも、六ろく曜ようさんくらいセクシーになりたかったです……! 実際はこんなちんちくりんですけど!」

 ……ほんと、同感です。

 花か音のん本人は邪じや魔まだとか合う服がないとか言ってるけど、わたしもそんな身体からだに生まれたかった……。

 ……なんて、そんなことを考えつつ入浴を終おえ。

 わたしたちはついに──添そい寝ねのためのプランを実行に移した。

 そして、その結果……。

 わたしたちは予想よりもずっと……苦戦してしまうことになるのです。



 ──最初に実行したのは、プランA。

 題して『こっそり大部屋を抜ぬけ出だして、施し設せつのどっかでこっそり寝ねよう作戦!』である。

 その名の通り、消灯後にそれぞれの大部屋を抜ぬけ出だして、この建物のどこかで隠かくれながら添そい寝ねをする、というプランだ。正統派なアイデアだと思うし、個人的にはこれが一番成功率が高い気がしていた。

 なお、事前にこっそり添そい寝ねできそうな場所は見つけてある。

 建物の最上階、もう使われていないという倉庫のそばにある、応接ゾーンだ。

 奥まったそこにはいくつかソファが並べられていて、夜中にここに来る人なんていないだろうし、二人で並んで寝ねるくらいの広さもある。

 ……けれど、消灯時間が過ぎ。

 こっそり大部屋を抜ぬけ出だして、応接ゾーンにやってきたわたしと忍しのぶは──、

「……しっ! 誰だれかいる!」

「ええっ……!?」

 ──ソファで誰だれかが、大いびきをかいて寝ねているのに気が付いた。

 ジャージをまとった、ガタイのいい身体からだ。

 ざっくり刈かられた短い髪かみ。

 ここまで匂におってくる、お酒の匂におい。

 どうやら、あそこで横になって、酔よい潰つぶれて寝ねているのは……、

「……体育の、星ほし先生……?」

「そう……っぽいな」

 ……間ま違ちがいなさそうだった。

 普ふ段だんよりずいぶん表情は緩ゆるんでいるけれど、あれは厳しい生徒指導で有名な、体育の星ほし先生だ……。

 ……なんでこんなところで寝ねてるの!

 先生は、先生の部屋用意されてるはずでしょ!?

 なんでこんなわけのわかんないところまで来て、酔よい潰つぶれてるの!?

 文句を言いたい気持ちになるけれど……わたしたちだって人のことは言えない。

 それに、男女でこんな時間にここにいることを星ほし先生に気付かれれば、大問題になるだろう。

「……行こう」

「うん……」

 そう言ってうなずき合うと、わたしと忍しのぶはすごすごと応接ゾーンをあとにした。



 ──プランBはもっとあっさり失敗に終わった。

「……よし、ここだな」

「うん、そうだね……」

 応接ゾーンを離はなれわたしたちがやってきたのは、救護室だ。

 この施し設せつに用意された、けが人や病人を手当てするための、保健室のような場所。

 時間帯的に鍵かぎがかけられていて入れないのだけど、隣となりにはスタッフルームがあり起きている職員さんもいるだろう。

 彼らのうちの誰だれかに「体調不良です」と伝え、忍しのぶかわたしのどちらかがベッドを使わせてもらい、タイミングを見計らってもう一人もそこにこっそり加わる、という算段だ。

 名付けて『仮け病びようでベッドをゲット作戦!』である。

 これなら、誰だれにも見つからず、しかもベッドでゆっくり添そい寝ねできるはず。

 実際……わたしと忍しのぶが最初に添そい寝ねしたのもこういう場所、学校の保健室だったしね……。

 ……けれど。

 理り屈くつでは、そうなんだけど──、

「……じゃあ、俺がスタッフルーム行ってくるわ」

 忍しのぶがそう言って、隣となりの部屋に向かい始める。

「静しず乃のはどっかで隠かくれて、俺からの連れん絡らくを待ってて──」

「──あ、あの……!」

 わたしは、声を抑おさえつつ、忍しのぶを呼び止めた、

 そして、

「……やっぱりやめない?」

「……へ。なんで?」

「だって……ここ、救護室でしょ? 本来は、本当に体調崩くずした人のための場所でしょ……? それを、添そい寝ねに使っちゃうのは……」

「あ、ああ~……」

 困っている人に、迷めい惑わくをかけたくないと思うのだ。

 わたしたちが仮け病びようでベッドを使っている間に、本当に体調が悪い人が出ないとも限らない。

 そのときにわたしたちがベッドを使っているのは、邪じや魔ま以外の何物でもないだろう。

「……そりゃわたしたちだって、明日の体調がかかってはいるけれど、今現在病気だったり苦しかったりするわけじゃないでしょ? なのに、ベッド占せん有ゆうするのは……申し訳ないって」

「……確かに」

 忍しのぶもうなずいてくれて、わたしはちょっとほっとする。

 ここで意見が割れてたらちょっと面めん倒どうだし……忍しのぶがそういうことを、生き真ま面じ目めに気にかけてくれる人で良かったと思う。

「まあ俺たちは、もう一個プランがあるしな……」

「だね……。よし、次のプランにしよう」

「おう……」

 言いながら──わたしたちは「次の目的地」に向かって歩き出した。

 ……とは言え、ちょっと気が重いなあ。

 プランC、できればこれは避さけて通りたかったからなあ……。

 まあでも、しょうがない。こうなったら、最後のその策に賭かけてみることにしよう──。



「──よし、ここだな」

「うん……」

 数分後。わたしたちは目的地であるお手洗いに着いた。

 この宿しゆく泊はく施し設せつの隅すみにあって、おそらく生徒も職員さんもあまり来ないであろう、殺風景な女子トイレ……。

 時刻はすでに、日付が変わる頃ころになっている。

 これが最後のチャンスだし、なんとかプランC、成功させなきゃ……。

「じゃあ、行ってくるね」

「おう、またあとで」

 忍しのぶにそう言ってわたしはトイレの中、個室に入ると──事前に用意してあった『男装』グッズを取り出した。

 ──これが、プランCだった。

 男子の格好をして、男子の部屋でこっそり寝ねる。

 男の子の振ふりをして真っ暗な部屋にこっそり入って、朝早く抜ぬけ出だす。

 そういう──超ちようストロングスタイルの添そい寝ね方法だ。

 名付けて『男装女子になって男子と雑ざ魚こ寝ね作戦!』である。

 大部屋には何十人も男子がいるわけで、一人くらい増えてもバレる可能性はほぼないだろう。

 もちろん、忍しのぶ以外の男子もいるところで寝ねるのは、正直抵てい抗こうがある。

 なんか怖こわいし、見つかったら大変なことになるのも間ま違ちがいない……。

 けれど……もう、背に腹は変えられないんだ!

 このままろくに寝ねれずに明日を迎むかえるわけには絶対に行かない!

 だからまずは、しっかり男の子の格好をしないと──。

 ということで、わたしは胸にサラシを巻き、頭に男子っぽい髪かみ型がたのウィッグを被かぶっていく。

 研修旅行の前に、忍しのぶや花か音のん、小こ峰みねくんと買いに行ってきた男装グッズだ。

 ちなみに、花か音のんは最初この案に難色を示した。

 ──そんな……静しず乃のが飢うえた狼おおかみしかいない男子たちの中で寝ねるなんて……! そんなの! 断じて承服できません!

 さらに、

 ──別に、静しず乃のが男子の部屋行かなくてもいいでしょ! 逆に、大おお滝たき氏が女子の部屋で寝ねれば良いじゃない!

 そんなことを主張し始めたこともあり──実際、試ためしてみることになった。

 この男装グッズを買いに行く際、試ためしに忍しのぶも女装してみたのだ。

 まあ……結果は、言わなくてもわかるだろう。

 爆ばく笑しようだった。

 その場に居合わせたわたし、花か音のん、小こ峰みねくんや店員さんまで爆ばく笑しようだった。

 もう、似合ってないとかそういう次元じゃない。

 ロングヘアーのウィッグを被かぶり、胸にパッドを入れた忍しのぶは、ちょっと昔のメタルバンドのメンバーみたいにしか見えなかったのだ。

 こんなんで女子部屋に来たら大おお騒さわぎになるに決まっている。

 ということで消去法で、しかたなくわたしが男装をすることになったのだった。

「……よしおっけ、できた」

 一通り、男装グッズの着用ができた。

 個室を出て、手洗い場の鏡で自分の姿を確かく認にんしてみる──。

「……おっ」

 これはなかなか……いいんじゃない?

 ちょっと小こ柄がらで、細身の男の子くらいには見えるんじゃない……?

 胸はサラシでつぶされて平へい坦たんになっていて、学校指定のジャージも相まって女子っぽさが完全に消えている。

 髪かみの毛けも……普ふ段だんよりずいぶん短くて新しん鮮せんだ。

 女の子のショートヘアーとは違ちがって襟えり足あしとかがざっくりしていて、へえ、こんな感じになるんだ……。

 もちろん、顔立ちをよくよく見れば普ふ通つうに女だ。

 仕草や声だって、完全に男の子にはなりきれない。

 けれど──真っ暗な中、大部屋に侵しん入にゆうする分にはバレないと思うし、その後朝まで添そい寝ねして早朝抜ぬけ出だすのだって問題なさそうな予感。

「……よし、行こう!」

 鏡の向こうの自分にうなずいてみせると、わたしは忍しのぶの待つ女子トイレ外に向かった──。


♠


「お、おお……」

「どうかな……?」

 ──女子トイレから出てきた静しず乃のは。

 先日買ってきた男装グッズをフル装備した静しず乃のは──、

「男子に、見える……?」

「……」

「えっ……微び妙みよう?」

「……いや……ギリギリな感じ」

 ──まあ確かに、いつもよりは男子っぽいのだ。

 短い髪かみも膨ふくらみのなくなった胸も、意図的に歩き方をそれっぽくしているのも、まあ普ふ段だんよりは男子っぽい。

 とは言え……まあ、普ふ通つうに女子には見えるな。

 こうして廊ろう下かの灯あかりの下で見ると、髪かみが短めの女子にしか見えない。

 なんかやっぱり……わかってしまうのだ。

 体つきとか歩くときの雰ふん囲い気きとかで、ああこの子は女子だなって……。

「……じゃ、じゃあ、やめといた方がいいかな?」

 静しず乃のが、不安げにこちらを見上げる。

「男子の部屋行くの、やめといた方がいい……?」

「や、そこはチャレンジしてみても良いと思う」

 微び妙みようではあるが、そこはやってみる価値はありそうだ。

「ほら、もうそろそろみんな寝ね静しずまってるだろうし……暗い中なら、誰だれかとかそういうのはわかんないだろうから……」

「そっか……うん、わかった」

 決心した様子で、静しず乃のはそう言う。

「行こう、忍しのぶ」

「……オーケー、行こう」

 うなずき合って、俺たちは男子部屋へ向かう。

 薄うす暗ぐらい廊ろう下かはしんと静まりかえり、外から鳥の鳴く声や木々のざわめきが聞こえてくる。

 ちょっと前まで生徒たちの泊とまる部屋からは声がしていたし、定期的に歓かん声せいが上がったりもしたけれど……今はそれもずいぶんと落ち着いた。

 初日とは言えみんなずいぶん歩いたし、そろそろ疲つかれで寝ねてしまったのだろう。

 ──そんな中。

 忍しのび足あしで静しず乃のと歩きながら──俺はなんだか、変な気分に襲おそわれていた。

 隣となりを歩く静しず乃の。

 普ふ段だんとは違ちがう、短い髪かみ型がたになった彼女──。

 ……なんか、変にドキドキするのだ。

 普ふ段だんよりもボーイッシュなせいか、いつもよりもお互たがいの距きよ離りが近い気がして。

 逆に、なんというか……女子である部分が、強調されているような感覚もあって。

 なんか、こう……今までにない、変な気分になるというか。

 艶つやめく唇くちびるだとか丸い肩かただとか、白い頰ほおだとか長いまつげだとか──。

 なんか、そういうのが……男子っぽい格好の中で、際きわ立だって見える……気がしてしまう……。

 だ、大だい丈じよう夫ぶなのか俺は……。

 これ、もしかして……新しい扉とびらを、開いちゃう感じなんじゃないか……?



 ──そんな不安に駆かられているうちに、男子部屋に着いた。

 中から声はしないし、やっぱりみんなもう眠ねむってしまったらしい。

 薄うすく扉とびらを開けてみると……教室の二倍ほどの広さのその空間には、暗くら闇やみが満ちている。

 そこにびっしり敷しかれた布ふ団とんと、寝ね息いきを立てているクラスメイトたち……。

 ところどころに、誰だれかが見ているらしいスマホの灯あかりも漏もれているけれど……多分大だい丈じよう夫ぶだ。今から部屋に入っても、それが誰だれかなんて確かく認にんされることはないはず。

「……よし、行くぞ」

「う、うん……」

 緊きん張ちよう気味に、静しず乃のがうなずく。

 彼女が俺のジャージの裾すそをきゅっと摑つかむと同時に──俺たちは、恐おそる恐おそる部屋の中に踏ふみ入いった。

 後ろ手に扉とびらを閉め、寝ね転ころがるクラスメイトたちの間をゆっくりと縫ぬうようにして歩いていく。

 案の定──こちらを確かく認にんしてくるものはいない。

 それもそうだろう、ときどき誰だれかがトイレに立ったりもするだろうし、いちいち誰だれかなんて聞いてこないはず。

 俺の布ふ団とんは、入り口からちょっと離はなれた壁かべ際ぎわだ。

 そこまで十数メートルの距きよ離りを、足あし下もとに目をこらしながらじわじわと歩いていく。

 その数歩後ろを、おずおずとついてくる静しず乃の……。

 振ふり返かえると、彼女は身をこわばらせ俺のジャージを摑つかみ、猛もう獣じゆうの檻おりに紛まぎれ込んだ子こ猫ねこみたいな顔で一歩ずつ進んでいた。

 ……大だい丈じよう夫ぶか? これ……。

 反射的に、不安感がこみ上げる……。

 もうなんか、ぱっと見からして女子だけど……。

 仕草もシルエットも完全に華きや奢しやな女の子で、男装の効果とかもうほぼ感じないけど……。

 マジでこのまま添そい寝ねできるんだろうか……。

「……」

 ……とは言え、これに失敗したらもうあとがない。

 暴れ回る鼓こ動どうに必死で耐たえながら、俺は数メートル先にある俺の布ふ団とんへ向かってじわじわと前進する。

 そして──もうあと、数歩。

 距きよ離りにして一メートルほど、というところまできた。

 よし……もうここまで来れば大だい丈じよう夫ぶだろう!

 あとは静しず乃のを壁かべ際ぎわに寄せて、それをガードする形で横になれば添そい寝ねの準備完かん了りようだ。

 そこまで行けば、もうバレてしまうような危険はほとんど──、

「──あれ……大おお滝たき?」

 ──ふいに。

 傍かたわらの布ふ団とんから、名前を呼ばれた。

 後ろで静しず乃のがビクリと震ふるえる。

 俺も思わず叫さけび声ごえを上げそうになりつつ、ぎこちなく声の方。

 傍かたわらの布ふ団とんに視線をやると──、

「……どっか、行ってたの?」

 ──同じクラスの山やま下したが。

 最近、ちょくちょく話をするようになった野球部男子が、布ふ団とんの中から寝ねぼけ眼まなこでこちらを見上げている。

 ……しまった!

 どうやら、物音で目を覚ましてしまったらしい……!

「お、おう……ちょっとな……」

 なんとか顔に笑えみを貼はり付つけて、そう答えた。

 ここは、なんとか冷静に振ふる舞まって、穏おん便びんにことを済ませないと……。

「なんか、トイレ行きたくなって、行ってきたわ……」

「おー、そっか……」

 納なつ得とくした様子の山やま下した。

 よし、なんとか……ごまかせた…か?

 このまま話を終しゆう了りようにできるか……!?

 一いつ瞬しゆん期待を抱いだくけれど、山やま下したは大きなあくびをして──、

「……あれ?」

 ──気付いてしまう。

 俺の後ろにいる、小さな人ひと影かげ。

 男子にしてはかわいすぎる、その佇たたずまい。

「そこにいるのは……? 誰だれだ……?」

 全身に、ぶわっと汗あせが噴ふき出だした。

 ──ヤバい。

 ──これはヤバいぞ。

 しまった、こうなったときの対処を全く考えていなかった……!

 どう答える? どう切きり抜ぬける……?

 静しず乃のが、ジャージを摑つかむ手にぐっと力を込める。

 必死で頭を回すけれど、上う手まいごまかしの言葉が思い付かない……。

 そうしている間にものそりと起き上がり、不思議そうに静しず乃のの顔を覗のぞき込む山やま下した。

 ああ……これまでか。

 添そい寝ねのプランCも、ここで失敗か……!

 グッと手を握にぎり、覚かく悟ごを決めたそんなタイミングで──、

「……ああ……沖おき田たか……」

 なぜか──山やま下したが小さく笑って、そんなことを言い出す。

「良かった、びっくりした。沖おき田たもさっき、トイレ行きたいかもって言ってたもんな……」

 ……沖おき田た。

 うちのクラスの男子、沖おき田た純一のことだ。

 どうやら山やま下したは、静しず乃のが彼だと勘かん違ちがいしたらしい。

 確かに……沖おき田た、身長静しず乃のと同じくらいだからな。

 髪かみ型がたは割と違ちがうけれど、暗い場所で寝ねぼけた状態で見たら……勘かん違ちがいしてしまうかもしれない。

 実際の沖おき田たの寝ね床どこの辺りに目をやると──彼はすでにだらしなく口を開け、完全に眠ねむりに落ちていた。

 ……よし、なんとか逃にげ切きれそうだ。

 このまま沖おき田たの振ふりを続けて無難にやり過ごせば、追つい及きゆうをかわしきることができそうだ。

 ──なんて思ったのに。

「……おう、そうだよ(低音)」

 静しず乃のが──そんなことを言い出す。

「ちょっと大おお滝たきと、トイレ行ってきた(低音)」

 ……いやなにしてんだよ!

 今明らかに、話し終わりそうな感じだったろ!

 なんでわざわざ答えちゃったんだよ! しかも沖おき田たの演技までして!

 似てないから!

 全然似てないから!

 確かに沖おき田た、男子にしては声高い方だけど明らかに無理があるんだよ!

「だよなあ……なんか一いつ瞬しゆん、女子っぽく見えたからビビってさ……」

「……そ、そんなわけねえだろ、俺だよ、沖おき田ただよ(低音)」

「……ていうか」

 と、改めて山やま下したが怪け訝げんそうな顔になり、

「なんか沖おき田た……声もかわいくね? お前、そんなに声高かったっけ……」

 ……ほらー!

 やっぱり怪あやしまれたじゃねえか!

 余計なことするから、おかしいって思われたじゃねえか!

 なのに静しず乃のは完全に混乱してしまったのか、無理に会話を続けようとしてしまう。

「べ、別にかわいくねえし……(低音)」

「いや、かわいいだろ」

「い、いつも通りだろ、普ふ段だんの声だろこれが……(動どう揺よう)」

「……なんか、さっきより声高くなったんだけど」

「な、なってねえよ、これがわたしの素の声だよ……(低音)」

「……わたし? 今沖おき田た、自分のことわたしって言った?」

「……」

 ……あーもう見てらんねえ!

 このまま騒さわぎが続いたら他のクラスメイトも起きちまう!

 ……何か、いい言い訳を……。

 この場を切きり抜ぬけるような、上う手まい言い訳を俺がしてやらないと……!

「……そ、それがさ」

 なんとか絞しぼり出だすようにして、俺は言葉を続ける。

「最近沖おき田た、女声を練習してるみたいで……」

「……女声?」

「そ、そう……。ほら、今ネットで、二次元キャラのYouTuberみたいなの流は行やってるだろ? バーチャルYouTuberみたいな……」

 あまり詳くわしくないけれど、一度だけ見たことがあるのだ。

 俺の大好きなまきばchannelとコラボしていたのをきっかけに、気になって一度界かい隈わいをざっと見てみたことが。

「あ、ああ……あるな……」

 山やま下したも寝ねぼけ眼まなこのままうなずく。

「沖おき田たもそういうのやりたいらしいんだけど……女の子キャラやるとなると、声も女の人にしないといけないだろ?」

「……だな」

「でも、ボイチェンとか買うお金もないし、沖おき田た元々まあまあ声高い方だし……自分で女声出す、練習してるんだって……」

「……」

 黙だまっている山やま下した。

 ……ちょっと苦しいか?

 自分で言い出したことだけど、この理り屈くつはさすがに無理があるか……?

 焦あせりで背中に冷ひや汗あせが流れる。

 妙みように喉のどが渇かわいて、頭の奥がジンとする。

 けれど、

「……なるほどなあ」

 山やま下したは完全に理解できた様子で、穏おだやかな笑えみを浮うかべている。

「そうか、そうだったんか……。俺、結構バーチャルYouTuber見るから、本当に始めたら教えてくれよ……」

「……お、おう(低音)」

「じゃあ、おやすみ……」

 それだけ言うと──山やま下したはあっさり布団に倒れ込み、眠ねむりに落ちてしまったのだった。



 ──どうなることかと思ったけれど。ようやく、俺と静しず乃のは布ふ団とんに到とう着ちやくした。

 俺と壁かべで彼女を挟はさむ形で横になる。

 ここでやっと安心したのか、静しず乃のは「ふう……」と深く息をついた。

「……じゃあ、寝ねるか」

「うん……」

 小声で言い合うと、ずんとまぶたに眠ねむ気けがのしかかる。

 いつもの添そい寝ねのとき特有の、不思議と幸せな眠ねむ気け……。

 ……けれど、何だろう。

 なんだか、やっぱりちょっと妙みような気分だな……。

 むくつけき野や郎ろうどもだけが集まっている部屋に……一人男装して忍び込んだ、静しず乃の。

 そんな彼女をこうして隠かくしながら……こっそり添そい寝ねしている……背徳感。

 ちらりと目を開けると、短たん髪ぱつのウィッグを被かぶったまま目を閉じている静しず乃のの顔がある。

「……っ!」

 なんだかそれが、今の俺には──妙みように淫いん靡びに見えていた。

 なんというか……普ふ段だんよりもずっと……エロいことをしているような。

 すごくいけないことをしているような、ゾクゾクする感覚……。

 男要素ばかりの空間にいることと、本人も男の格好をしていることで……一層、女子の部分が際きわ立だつというか……。

 さらに言うと、今日俺は、普ふ段だんよりも静しず乃のに近づいて横になっている。

 なんとなく、できるだけ周囲から隠かくしてやりたくて半ば無意識にそうしたのだけど……これがまた、思った以上にドギマギする。

 ……やっぱり、俺と静しず乃の、すごいことしてるんだよな。

 男女で添そい寝ねって……。

 こんな距きよ離り感で、身を寄せ合って、無防備に寝ねるなんて……。

 ジャージの生き地じ越ごしの、細くて丸い肩かた。

 柔やわらかく握にぎられた手の、肌はだの滑なめらかさ。

 そして……ときおり口元から漏もれる、小さな寝ね息いきと「……ん」という声。

 いつも通りのはずのそのすべてに、俺は一人小さく動どう揺ようしてしまう……。

 ……そんな俺に気付いたのか。

「……ふふ」

 静しず乃のは目を閉じたままで、小さく笑う。

 そして、周りに聞こえないようなごく小さな声で、

「……早く寝ねよ……明日も大変なんだから……」

「……そうだな」

 彼女の落ち着いた声で──ようやくちょっと気分が穏おだやかになった。

 確かに、いつまでもドキドキしてるわけにはいかない。

 せっかく、こうして添そい寝ねに成功したんだ。しっかり睡すい眠みんを取らないと……。

 ……目を閉じると、目め眩まいみたいな強い眠ねむ気けを覚えた。

 意識がぼやけて、すべての感覚が遠くなって──。

 そして、いつのまにか俺は、完全に深い眠ねむりに落ちていったのだった──。



 ──翌朝。

 他のクラスメイトたちよりも早く起き、静しず乃のを女子部屋近くまで送り届けたあと。

 男子部屋に戻もどったところで、山やま下したと沖おき田たが会話しているのに出くわした。

「──しかし沖おき田た、お前さー」

 布ふ団とんを片付けながら、山やま下したはなんだかうれしそうに──沖おき田たにこんなことを言う。

「バーチャルYouTuber、いつ始めるの?」

「……え?」

「ほら、昨日の夜言ってただろ、バーチャルYouTuberやってみたいって!」

 ……あ、やべ。

 山やま下した、覚えてたのか。

 昨夜の俺のでまかせ、ちゃんと覚えてたのか……。

 ど、どうしよ、沖おき田たも困こん惑わく気味の顔になってるし……。

 そりゃそうだよな、あのとき話したのは静しず乃のであって沖おき田たじゃないんだ。

 当然心当たりなんてあるわけない……。

 けれど、山やま下したは何やら妙みように機き嫌げんよさげで、

「あれから考えてたんだけど、沖おき田たなら上う手まくやれる気がしたんだよなあ。ほらお前、声もかわいいし、実はトークも上う手まいだろ?」

「え、そ、そうかな……?」

「そうだよ! いつも周りを笑わせてるし、しかも誰だれも傷つけないだろ? すげえなと思ってたし、それを配信に活いかしたらウケるんじゃないかなって……」

 ……話、止めた方がいいだろうか。

 これ以上沖おき田たが困る前に、山やま下したを止めた方がいいだろうか……。

 ……けれど。

「だから、始めたら俺にも教えてくれよ! 絶対応おう援えんするから!」

 ほがらかに、そう言う山やま下した。

 そして、なぜか沖おき田たも──、

「……うん、わかった」

 こくりとうなずいて、そんなことを言い出す。

「ていうか、何の話かわからないけど……バーチャルYouTuber、やろうと思ったこともないけど……。山やま下したがそう言うなら、ちょっと試ためしてみる」

「おう! 楽しみにしてるわ!」

 ……なぜだか、話は丸く収まったみたいだ。

 なんかよくわからん流れだけど……無難に話が終わったならまあいいか……。

 ほっと息をつくと、俺は自分の布ふ団とんの片付けに取りかかったのだった──。

 ──ちなみに。

 この会話をきっかけにして、実際に沖おき田たはバーチャルYouTuberとして活動をスタート。

 数ヶ月後には『かわいすぎる男の娘こV』として人気を得て有名になっていくのだけれど、それはまた別のお話である──。