第3話 幼なじみ、変装する

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「──第一回! 忍しのぶ着きせ替かえ選手けーん!!」

 ──集合した、札さつ幌ぽろ駅えき前。

 たくさんの人が行いき交かうその場所で──彼女は。

 小こ峰みね華はなさんは、突とつ然ぜん高らかにそう宣言した──。

 完全硬こう直ちよく。全くリアクションできなくなる俺と、

「……お、お~……」

 困こん惑わくが露あらわな顔で、それでもなんとかそう返す静しず乃の。

 そんな二人に、それでも華はなさんは不満だったようで、

「……あれ? 二人ともノリが悪い! そんなんじゃ、素す敵てきな『変装』はできないぞ!」

「え、ええ……?」

「では、もう一回!」

 俺たちの戸と惑まどいを完全に置き去りにして、華はなさんはこほんと咳せき払ばらいする。

 そして、拳こぶしを握にぎりそれを突つき上あげると──もう一度、声こわ高だかに宣言した。

「──第一回! 忍しのぶ着きせ替かえ選手けーん!!」

 ──こうなれば、逃にげられない。

 俺と静しず乃のは半ばやけくそでそれに乗っかることにする。

「「お、おー!」」

 ──周囲の人たちの視線が痛い。

 スーツを着たサラリーマンが、子供を連れた母親が、制服を着た学生が、怪け訝げんな顔でこっちを見ている。

 ……なんでだ。なんで俺たち、こんなことしてるんだ……。

 そもそも、華はなさんは元々注目を集めやすいタイプだ。

 女性にして㎝を超える身長。脚あしは長くスタイルも良く、顔立ちだって女優級。

 そんな女性がこんな奇き行こうに走っているのだから、そりゃみんな驚おどろくだろう。

 ……逃にげ出だしたい。

 一刻も早くこの場から逃にげ出だしたいのだけど、

「きょ、今日はよろしくお願いします……」

 ようやく歩き出した華はなさんに、静しず乃のがおずおずとそう言う。

「わたしたち二人じゃどうにもできそうになかったので、すごく、助かります……」

 ──こっちから、お願いしたのだ。

 今日の買い物は、俺と静しず乃のから、華はなさんに頭を下げてお願いし、実現したものなのだ。

「いえいえ~、わたしも今日は楽しみにしてたよ~」

 弾はずむような足取りで歩きながら、華はなさんは言う。

「しかも静しず乃のちゃんの頼たのみだからね! 今日は一いつ緒しよに、楽しんじゃおう!」

「は、はい!」

 生き真ま面じ目めに、こくこくとうなずいている静しず乃の。

 そんな彼女をちょっと後ろで見守りながら。俺はため息交じりに、こんなことになったきっかけを思い返す──。



「──これから、どうしてこうかなあ……」

「そうだねえ……」

 リモート添そい寝ねの翌日。集合した、静しず乃のの家で。

 昼ひる寝ねから目を覚ました俺たちは、夕飯だか昼ご飯だかわからないご飯を食べ終え、ダイニングで相談をしていた。

「ひとまず、添そい寝ねをしないという方向性に持っていくのはなしだな……」

「うん、そうだね……」

 リモート添そい寝ねのおかげで、直接並んで寝ねることが重要なのははっきりわかった。

 ただ、学校関係者に見つかるわけにはいかないことには変わりない。もうちょっと、添そい寝ねすることに緊きん張ちよう感を持たなきゃいけない。

 となると、俺たちはどうしていくべきか……。

「そのうえで……出歩くのとか、そういうのをやめるのは……やっぱりやだなあ」

 まだちょっとぼんやりした口調で、静しず乃のはそう言う。

「わたし、夜の散歩とか好きだし、そういうのを全部控ひかえるのは……」

「うん、その辺は無理しない方が良さそうだな」

 しばらく我が慢まん、とかならなんとかなるだろう。

 けれど、「添そい寝ね前は基本外出不可」とか「出かけるときは一人だけで」とか、しばりを厳しくしすぎるとやっぱり持たない気がする。

「ちなみに……俺の家で寝ねるのやめて、静しず乃のの家で寝ねるようにするのはどうだ?」

 ちょっと考えて、俺はそう提案してみる。

「風かざ来きさんも、ここまではそうそう来ないだろうし……」

「それは、わたしも考えたんだけどさ……でもこの近所、結構同じ高校の生徒が住んでるのね。散歩してても、頻ひん繁ぱんに制服姿の人見かけるし」

「ああ……じゃあ、こっちに絞しぼっても根本的な解決にはならないかあ……」

「だねえ……」

 食しよく卓たくに、気だるい沈ちん黙もくが降りる。

 そこそこがっつり昼ひる寝ねはしたけど、やっぱりまだちょっと眠ねむいな。

 まだ十代とは言え、やっぱりオールは予想以上に体力を削けずられる……。

 と、

「……変装はどうだろ?」

 ふいに、俺はそんなことを思い付く。

「変装?」

「うん、お互たがい普ふ段だんとは全然違ちがう格好をするんだよ。もう、ぱっと見からして学校の俺たちとは違ちがう雰ふん囲い気きの格好をな。出かけるときは、そうやって変装してれば……うっかり誰だれかに会っても、気付かれる可能性が減るんじゃないか?」

「……ああ、そういうこと」

 ぱっと見で気付かれなければ、別にいくらでも外を出歩けるわけで……。

 逆に俺も、夜中の道みち端ばたに普ふ段だんと全然違ちがう印象のクラスメイトが歩いていたら……そう簡単には気付けない気がする。実際俺たち、ウィンカムでは店員の格好をした風かざ来きさんに最初に気付けなかったわけだしな。さらにそれが暗いところだったりするとなおさらだろう。

 静しず乃のも、そのアイデアには納なつ得とくの行った様子で、

「ふんふん、それはいいかも……」

 なんてうなずいている。

 そして、彼女は思い付いた様子で、

「……そうだ! 実はわたしさ、買ったはいいけどあんまりわたしっぽくない気がして着てない服、結構あるのね。だから今、試ためしにそういうのをまとめて着てみたら、ちょっと参考になるかも! 変装するとどんな感じになるか、わかるかも!」

「おおいいじゃん! じゃあ悪いんだけど、さっそく着てみてもらえるか?」

「うん! ちょっと待っててね!」

 うなずいて、静しず乃のは食べ終わった皿を流しに戻もどしつつ、自分の部屋へ向かった。

 そして、数分後、

「……どう?」

 静しず乃のが──二階から降りてきた。

 ──それまでの、普ふ段だんの部屋着とは違ちがう服で。

「お……おおお!」

 思わず──そんな声を上げてしまった。

「だいぶ……変わるな! すげえ、印象が本当に全然違ちがう!」

 静しず乃のが身にまとっているのは──全体的に、パステルカラーの服だった。

 淡あわい水色やピンク、紫むらさきで構成された、ふわっとした印象の服──。

 以前から、静しず乃のはパステルカラーの服を着ていたけれど、それよりも、なんというか……ずいぶんとファンタジックで、ファンシーな感じというか……。

「えへへ、こういうの『ゆめかわ』っていうんだけどさ」

 シャツの裾すそを摘つまんだりしながら、静しず乃のは恥はずかしげに言う。

「かわいいなと思って買うんだけど、家で着てみるとあんまりわたしには合わない気がして……着る機会がほとんどなかったんだ」

「ああ、これが『ゆめかわ』か……」

 その言葉は聞いたことがあったけど、現物にお目にかかるのは初めてだ。

 なるほど、確かにこれは『ゆめかわ』って言葉の印象通りだなと思う。

 そして、

「ほんとに、ここまで変わるとはなあ……」

 さっきの静しず乃のとは、別人みたいなのだ。

 下ろしていた髪かみを今はサイドでツインテールに縛しばり、さっきまでの『正統派な今風』とは全く別の印象になった静しず乃の。

 確かに、普ふ段だんの彼女のイメージとは大きく違ちがうけれど、これはこれでとても似合っているし、新しん鮮せんでおもしろい。

「これ着て街中でばったりクラスメイトに会っても、すぐにはわたしだって気付かれないんじゃない?」

「うん、そうだな。まさか、静しず乃のだとは思わないよ。へえ、すごいもんだな……」

「それからこの服、パジャマとしても着られる素材だからね。普ふ段だんは家で着て、そのまま外にもー、なんてこともできるんだ」

「ふんふんふん……いいな、文句なしだ」

「よし、じゃあ忍しのぶも、外出するときには普ふ段だんと違ちがう格好しよう! それで二人で歩いたら、まさか誰だれもわたしたちだって思わないよ!」

 ──ということで。

 俺たちは、外出するときには『変装』して出かける、という作戦を試ためしてみることになったのだ。

 ただ、一点問題がある。

 俺は元々、私服をあまり持っていないのだ。

 タンスの服を総動員しても、用意できるのは上下二セットくらい。親に「ちょっとは身なりに気を使え」と言われてお金は渡わたされていたけれど、何を買えばいいのかわからなくてほぼ手つかずのままだ。

 よって、次の週末静しず乃のと買い物に行くことになったのだけど、

「アドバイザーも呼びたいな……」

 静しず乃のが、そんなことを言い出す。

「わたし、男子のファッションには詳くわしくないから、そっちの知識もある人……」

「ああ、じゃあ亮りよう祐すけとか呼ぶか? あいつ、結構お洒しや落れだし」

「ううん、実はわたし、ちょっと頼たのんでみたい人がいて……」

 言うと静しず乃のはちょっとうれしそうに頰ほおをほころばせ、

「──亮りよう祐すけくんの、お姉さん。華はなさんと、久しぶりに会いたいなと思ってたんだ──」



 ──という経けい緯いで、その次の週末である今日。

 俺たちは、こうして華はなさんとともに札さつ幌ぽろ駅えき近辺に買い物に来たのだった。

 実は華はなさん、将来はファッション関係の仕事に就つきたいらしい。普ふ段だんからレディースに限らずメンズ服にもアンテナを立てているそうで、今回静しず乃のは彼女に意見を仰あおぎたいと考えたみたいだ。

 華はなさんがそんな夢を持ってるなんて知らなかったし、いつのまにか二人がそんなに情報交こう換かんしていたのも驚おどろきだな……。実際に会ったのは、先月のもめ事の際、学校近くで会ったときだけらしいのだけど、やけに仲いいなこの人たち……。

「実はわたし、前からこういうことしたかったんだよね~」

 俺たちの前を歩きながら。

 華はなさんは、すこぶるご機き嫌げんだ。

「忍しのぶ、スタイル最高なのに私服はいつも死ぬほどダサいからさー、着きせ替かえ遊びしたいなってずっと思ってたの」

「死ぬほど!? そこまでダサいか!?」

 確かに、全然自信はないけど!

 でも、そこまで言わなくてもよくないか!?

「まあ、忍しのぶ単体で見ればやぼったいなってくらいだけどー」

 言って、華はなさんは俺と静しず乃のの方を振ふり返かえり、

「静しず乃のちゃんがお洒しや落れだからさ。そうして並んで歩いてると、落差がヤバすぎて致ち死し量に達してるように見えちゃうんだよねー」

「グッ……!」

 言いながら、俺はちらりと静しず乃のの方を見る。

 今日も彼女はお洒しや落れな私服を着ていて、これは確かに……落差がヤバい。

 致ち死し量と言われても、文句は言えないかも……。

「だから今日は、もう徹てつ底てい的てきに忍しのぶをお洒しや落れボーイにしちゃいますよ! 華はなさんに任せておきなさい!」

「……まあ俺は、上う手まくいくなら何でもいいんだけどさ」

 華はなさんの実力は、信しん頼らいしてもいいんだろうと思う。

 確かにこの人はいつもお洒しや落れだし、服装に関係ない場面でも器用さとか非ひ凡ぼんさを頻ひん繁ぱんに発揮したりもする。

 だからきっと、華はなさんはなんだかんだ言ってベストな変装を考えてくれるんだろうけど……なんだろうなあ、なんか、嫌いやな予感がするんだよなあ……。

「ということで~」

 華はなさんはこちらを振ふり返かえり、楽しくて仕方がない、と言った顔で俺たちに言う──。

「まずは、昔から一度忍しのぶに着せてみたかった服を、着てもらいに行きましょ~!」


♡


「──おっほほほー!」

 そして、たどり着いたとある服屋さん。

 試着室から、選んでもらった服を着た忍しのぶが出てくると。

「やっぱり、めちゃくちゃ似合ってるじゃーん! これよこれこれ~!」

 わたしの隣となりで並んでいた華はなさんが──飛び上がらんばかりの喜びの声を上げた。

「元々顔立ちは薄うすめで、スタイルもいいからね。ひょろいだけじゃなくて、筋肉しっかりついてるし……。だから、絶対似合うと思ってたんだよ~! でもまさか……」

 言いながら、華はなさんは忍しのぶの周囲をシュバババっと飛び回り。

 色んな確度から彼を観察してから、大満足の笑えみを浮うかべる。

「ここまで……ここまで似合ってくれるとは……」

「え、ええ……」

 そして、視線を全身に浴びせられ。

 忍しのぶは困ったような、くすぐったそうな顔をしてそこに立っている。

「そこまでか……? これ、そこまで似合ってるのかなあ……」

 ──ちなみにわたしは。

 華はなさんの隣となりで、その忍しのぶの変へん貌ぼうぶりを目まの当あたりにしたわたしは──、

「な、なあ……静しず乃の……」

「……ん、何?」

「その、それ……止められねえか?」

「だから……何を……? 今集中してるから、ちょっと静かにしてくれない……?」

「いや、その……写真撮とりまくるの……やめてもらえねえかな……」

 撮とりまくっていた。

 華はなさんの選んだ服──『スーツ』を全身にまとった忍しのぶの姿を、前後左右あらゆる角度から、撮とって撮とって撮とりまくっていた。

 だって──死ぬほどなのだ。

 もはや、死ぬほどレベルで似合っているのだ。

 華はなさんが選び、店員さんが採寸して持ってきてくれたジャケットとパンツ。

 チャコールグレーのそれをまとった忍しのぶは──もはや、お洒しや落れで有能な若手社会人にしか見えない。東京のオフィス街とかを、さっそうと歩いていそうな感じ……。

 すごい。

 これは本当にすごい。

 服の力だけで、こんなに垢あか抜ぬけるなんて。

 元々、忍しのぶにそういう素質があったのもあるんだろうけど……。

 とにかく、これを記録に残さないのはもったいなすぎる。

 画像はもちろん、動画でも撮とっておかないと……。

「……というか、その」

 スマホを『ピロリン♪』と鳴らしつつ、映像記録を取り始めたところで。

 忍しのぶは不安げに、尋たずねてくる。

「変装……これで大だい丈じよう夫ぶか? 着るの、これで決まりで良いいのかな……?」

 ……そうだった。

 わたしたち、別に忍しのぶの似合う服を探しに来たんじゃなくって、変装用の服を探しにきたんだった。

 危ない危ない、本来の目的を忘れかけてた……。

 そして、変装という意味で言えば──答えは決まり切っている。

「──ダメだね」

「──ダメでしょ~」

 わたしと華はなさんが、ほとんど同時にそう答えた。

「え、なんでだよ!?」

 忍しのぶが血相を変えて言う。

「二人とも、そんなにノリノリなのに……なんでこれじゃダメなんだ!?」

「だって~」

 と、華はなさんは腕うでを組み、

「似合ってるけど、別にそんな『変装』にはなってないからねー。顔丸出しだし、制服のブレザーにも近いし、体格だって丸わかりだし。遠くから見ても、一発で忍しのぶってわかるんじゃないかな~」

 華はなさんの言う通りだ。

 確かに、スーツは忍しのぶに死ぬほど似合っている。

 かっこよさの数値で言えば、普ふ段だんの数十倍くらいに跳はね上あがっている。

 それでも、普ふ段だんの印象から変わったかというと、そうでもないのだ。

 いつもの格好の延長線上にあると言えてしまうし、道みち端ばたで見かけても普ふ通つうに忍しのぶだと気付けてしまう。

 それに、

「多分、実際は部屋着としても使うことになるでしょ?」

 わたしは、華はなさんにそう続く。

「出かける度たびに着き替がえるのもめんどくさいし……基本は、部屋着兼けんパジャマ兼けん変装、ってことになると思うの」

「まあ、そうだな……」

「そのスーツでくつろぐのは無理でしょー。わたしも、そんなの着た人と添そい寝ねするの、肩かたが凝こりそうだしね」

 想像してみるだけで、窮きゆう屈くつだ……。

 このビシッとしたスーツが、わたしの寝ねている隣となりにある……。そんなの、寝ね返がえりはもちろん身じろぎするのもためらっちゃいそう……。

 あと、朝起きたときにスーツの人が隣となりにいたら、なんかテンション下がりそう。

 先生と見み間ま違ちがえて、びっくりしそうだし。

「……え、それって」

 忍しのぶは、ぽかんとした顔でこっちを見ている。

「あらかじめ……わかっていたことでは? スーツ、実際に着る前から、使えないのはわかってたんじゃ……?」

「うん」

「わかってた」

「じゃ、じゃあなんで……?」

「決まってるじゃーん」

 華はなさんがうれしくてしょうがなさそうな声で言う。

「ただ、スーツ姿の忍しのぶが見たかったんだよ~」

「そんな理由で!? ……ていうか、華はなさんはともかく、静しず乃のまで!?」

「ごめんごめん、似合うのは確定だったから、どうしても見てみたくて……」

 ごめんね忍しのぶ……。

 これは、本当にただの、わたしと華はなさんの趣しゆ味みです……。

 でも、似合ってたんだから許して……?

「そんな呆あきれた顔しないでよ~」

 マジかよこいつら……みたいな表情の忍しのぶの肩かたに、華はなさんはしなだれかかるように体重をあずける。

「次からはちゃんと『変装』用の服を探すから! あと、採寸してくれたお店の人に申し訳ないし、わたしここでブラウスとかいくつか買っていくから!」

「……まあ、それならいいんだけど」

 渋しぶ々しぶ、といった様子でうなずく忍しのぶ。

 良かった、一応は納なつ得とくしてくれたみたい……。

 そしてわたしたちは、そんな風にがやがややりつつ、次の店に向かい始めたのだった。



「──すごい! 浴衣ゆかた、めちゃくちゃ似合う!」

「でしょ~? これも絶対忍しのぶいけるって思ってたんだよ~」

「いやおかしいだろ! 実用的な変装考えてくれるはずだろ!? なのになんでいきなりこれなんだよ!」

「いやいや、実用的でしょ~」

「どこが!?」

「旅館とかでは、部屋着として使うじゃん。素材もやらかいし、寝ね間ま着きとしても問題なし!」

「あ、ああ……まあそうか……」

「変装としても、結構普ふ段だんの雰ふん囲い気きと変わるしね~。街中でこればっちり着こなしたら、『お、作家か何かか?』って思われて誰だれも忍しのぶだって気付かない! そのうえ、注目も集めて一石二鳥だよ!」

「なるほど……って目立っちゃダメだろ! 隠かくれたいのになんで注目集めようとするんだよ!」



「──あはは! タンクトップと短パン! めちゃくちゃ似合ってる! あはは!」

「なるほど……こんな感じになるのか……」

「忍しのぶ、筋肉すごいからね! ハマるに決まってるんだよね~」

「……え……さすがにこれ、わたしはNGです」

「えーなんでよ静しず乃のちゃん!」

「なんか、マッチョキャラ芸人みたい……。むさ苦しいというか……なんかダサいし。ていうか、忍しのぶも嫌いやでしょ? この格好……」

「いや……でも意外とこれは、俺的には違い和わ感かんないな」

「えっ!?」

「なんか気軽だし、動きやすいし。肌はだ出すのちょっと恥はずかしいけど、街中ではジョギングしてるのかな、くらいに思われるんじゃないか?」

「ええ……」

「よし、これにしよう! じゃあ、さっそくレジに──」

「──ダメ! 絶対ダメ! わたし、この格好の人と添そい寝ねしたくない!」



「──さすがにふざけてるだろ! 猫ねこの着ぐるみとか、さすがに冗じよう談だんだろ!」

「いやいや、これが意外と現実的でさ~」

「……そうか?」

「上下一体だから着ちやく脱だつが楽でしょー? しかも、動きやすく作ってあるし、生き地じも柔やわらかくて、割とマジで寝ね間ま着きにしてる人もいてさ」

「……へえ。まあ確かに、肌はだ触ざわりは悪くないな……」

「しかも、外に出るときはフード外しておけば、良いい感じにオーバーオール着てる風にも見えるし。完かん璧ぺきじゃない?」

「……ふん、なるほど……。そうか、意外と本当にありえ──」

「──ふ、ふふ……くっ……」

「いや静しず乃の! 思いっきり笑いこらえてるじゃねえか! なあ華はなさん! やっぱふざけてるだろこれ!」

「……じゃあ聞くけど、ふざけちゃいけないの!?」

「開き直り始めた!?」



「──まあ、こんなとこかな」

 そして──やってきた海外ファストファッションのお店で。

 ようやく本気を出した華はなさんに、服のコーディネートをしてもらった忍しのぶは、

「……ど、どうかな?」

 未いまだにちょっと警けい戒かい気味の……けれど、それまでよりは納なつ得とくした雰ふん囲い気きで、わたしたちに尋たずねてくる。

「これは比ひ較かく的てき、まともだと思うんだけど……」

 大きめの白Tシャツに、同じくオーバーサイズのパーカー。

 三本ラインの入った細身のジョガーパンツに、黒いキャップ──。

 ほどよかった。

 確かに、ほどよい格好をした忍しのぶがいた。

「うん、良いい感じだと思うよ~」

 満足げに忍しのぶを眺ながめながら、華はなさんもうんうんうなずいている。

「シルエットがこれまでと全然違ちがうからね。ぱっと見は完全に別人にしか見えないはず。キャップで顔も隠かくせるし、わたしが夜道で会っても、すぐに忍しのぶだとは気付けないかも。その上で、全体的に運動着にも使えるような素材だから、寝ね間ま着きや部屋着としても問題ないはずだよ」

「そっか、うん、なるほど……」

 うなずいて、忍しのぶは自分の身体からだを見下ろす。

「確かに、条件は完かん璧ぺきに満たしてるよな……」

 ──そして、わたしは。

 そんなやりとりを、無言で眺ながめていたわたしは。

「……」

 正直、声も出せなくなるほど、その格好に衝しよう撃げきを受けていた。

 ……好みだった。

 正直、その格好が……めちゃくちゃわたしの好みだったのだ。

 普ふ段だんの忍しのぶのちょっと無骨な印象は残したまま、全体にお洒しや落れ度が大おお幅はばにアップ。

 流行を取り入れつつ尖とがりすぎていないし、遊び心を感じさせつつも決して不真面目ではない……。

 多分、サイズ選びや生き地じの選せん択たくが、的確なんだろうと思う。単にそれっぽいアイテムを組み合わせただけじゃない、絶ぜつ妙みようなバランス感覚……。

 ……さすが華はなさんだ。

 お願いして、本当に良かった……。

 自分がコーディネートしていたら、ここまでのレベルには絶対持っていけなかったと思う。

「……静しず乃のは、どう思う?」

 忍しのぶが、恐おそる恐おそる尋たずねてくる。

「この格好だったら……嫌いやじゃないか? 添そい寝ね……できるかな?」

「……うん、良いいと思う」

 まずは、はっきりそう言ってうなずいた。

 そして──、

「ていうか……」

「……うん」

「今すぐそれ買って……もう今日、このあとずっとそれ着てよう」

「そんなに気に入ったのかよ!?」


♠


「──ということで、今日は華はなさん、協力してくれてありがとう」

 買い物を終え、大通駅近くにあるカフェ&バーで。

 俺たち三人は、今日の買い物の軽いお疲つかれ様さま会を開いていた。

「そのうえしかも、おごりでコーヒーなんて……申し訳ない」

「すいません、本当にありがとうございます……」

 俺の隣となりで、静しず乃のも華はなさんにペコペコと頭を下げていた。

「いえいえ~いいのいいの!」

 華はなさんはそう言って、ひらひらと手を振ふる。

 その顔は、入店十五分ほどにしてすでに若じやつ干かん上気していて、

「今日はわたし、飲みたかったからさ~、付き合ってもらえるだけでうれしいよ~!」

 そう言う華はなさんの前には、すでに空きかけているビールのジョッキがある。

 ……これは、ちょっと注意しないとな。

 この人は、このあとも飲み続けるだろうし、最悪帰れなくなるレベルで泥でい酔すいする可能性もある。そうなったら、また俺の家に泊とめなきゃいけなくなるかもしれない……。

 弟である亮りよう祐すけに任せても良いけど、こんな時間に札さつ幌ぽろまで呼び出すのも申し訳ないしな。俺が責任を持って、適度にセーブさせるようにしないと……。

「……それにしても」

 と、静しず乃のはこちらに視線をやり、

「……本当に、良いいの選んでもらえたね」

 その目を、きゅーっとうれしげに細めてみせた。

「わたし、前から忍しのぶ、もっとお洒しや落れすればいいって思ってたから、すごくうれしい……」

「お、おう……そうだな」

「これなら、変装としてじゃなく、私服としていつも着てて欲しいくらいだよ! 逆に、そっちのイメージで周りに見られるようになったら、今までの服を変装用に使う感じで!」

「あ~それ、わたしも思ってたんだよね!」

 華はなさんが、ビールジョッキを傾けつつ言う。

「せっかく忍しのぶは素材がいいんだからさ~日常的にお洒しや落れして欲しいなって。だから、入り口になるような服っていうのも今回コンセプトとして考えててー!」

「あ、やっぱり華はなさんもそう思いますか!」

「うん、亮りよう祐すけともそんな話しててさー。見せ方によっては、あいつは俳優級だって言ってて。だから、今回のこれを元にして、色々アイテム買い足していけば──」

 ──そんな話を片耳で聞きながら。

 俺は、自分の身体からだを一度見下ろしてみる。

 静しず乃のの言う通り、買ってすぐに着ているこの服。

 確かに、俺の目から見てもお洒しや落れなんだろうと思う。

 大きめのTシャツにすらっとした印象のジャージズボン。キャップだって、なんだかヒップホップアーティストが被かぶってそうな雰ふん囲い気きのものだ。

 お洒しや落れな男子がこういう格好しているところを、たまに見かけたりする。

 ただ……うん。

 なんというか、その……。

 どうしても、ひっかかるところがあるんだよな……。

「──だから忍しのぶ」

 と、静しず乃のは紅茶のカップ片手にこちらに身を乗り出し、

「色々な服、これからも見に来ようね!」

 心底うれしげな顔でそう言った。

「新しいの買い足して、幅はばも広げていきたいし」

「あーそれ、わたしもついていきたい! わたしも選びたい!」

「そうしてもらえるならうれしいです! また三人で行きましょうね!」

「……あのさ」

 楽しげに話を続けている二人に。

 今後の話で盛り上がる二人に、俺は申し訳ない気分で小さく手を上げ──、

「俺、これ……着るの、静しず乃のと近所を出歩くときだけにしたい……」

「……ええっ!?」

 静しず乃のが──ガタッと椅い子すから立ち上がった。

「な、なんで!? そんなに高いものでもないし、こんなに……お洒しや落れになれるのに!」

「……なんか、落ち着かないんだよー……」

 テーブルに視線を落とし、俺は答える。

「確かに、気軽に買える額だし、お洒しや落れだけど……こうやってコーヒーとか飲むとき、落ち着かないというか。なんとなく、俺らしくないというか……」

「えええ! でももったいないよー変装のためだけなんて!」

「それも、わかるんだけどな……」

 いやもう、気持ちは本当にわかるのだ。

 どっちが正論かといえば、完全に静しず乃のと華はなさんの言うことが正論だと思う。

 この格好をすることで、俺にメリットこそあれデメリットはほぼないはずだ。

 けれど──、

「でもなんか、しっくりこないんだよ……。俺の着る服だと、思えないというか……」

「ええええ~……」

 椅い子すに腰こしを下ろし、不満感を全身に滲にじませながら静しず乃のは頰ほお杖づえをつく。

「なんでー……いいじゃん、ほんと似合ってるのにー……」

「ごめんって……許してくれよ……」

「そりゃ……無理は言えないけどさ……そうだ!」

 と、静しず乃のはガバッと身を起こすと華はなさんの方を向き、

「華はなさんからも、なんか言ってやってくださいよー!」

 けれど──華はなさんは、

「……ん?」

 ビールを飲み干すと、俺たちを見て首をかしげる。

 そして、

「え、なんかめんどくさそうな話だから聞いてなかったわ。なんて……?」

「いやさすがに自由過ぎだろ!」

 ──思わず、突つっ込んでしまった。

 静かな店内で、思わず大声で突つっ込んでしまった。

 慌あわてて自分で口元を押さえつつも……改めて、この人にこれ以上飲ませないようにしようと心に誓ちかった。



 ──一通りおしゃべりを終え、その日は解散の流れになった。

 なんとか一人で帰れるくらいの酔よいに抑おさえこむことが成功した華はなさんを送るため、未いまだに納なつ得とく行かない様子の静しず乃のと札さつ幌ぽろ駅えきの改札までやってきた。

「華はなさん、今日はほんとありがと、助かったわ」

「助かりました……」

「いえいえ、お安い御ご用ようだよ~!」

 表情は思いっきり緩ゆるんでいるのに、足あし下もとはしっかりしている華はなさん。

 これならまあ、ちゃんと家にも帰れるはずだ。

 というか、この人はそういうところで本当に取り返しのつかないミスをしないんだよな。

 どんなに破は天てん荒こうに見えても、勝手気ままに振ふる舞まっているように見えても、最後の一線は絶対に踏ふみ越こえない。破は滅めつには、どうやったって至らない。

 そういう器用さを、俺は内心本気で尊敬している。

 だから……ふと思った。

 この人に、尋たずねてみよう。

 気にかかっていることを、聞いてみようと。

「……あのさ」

「ん?」

 切り出すと、華はなさんは首をかしげる。

「クラスの人に、俺たちが変な関係なのがバレかけたってのはこないだも話しただろ? だからその、見つからないようにするためにも変装をしようって、今日買い物に来たわけだけど……」

「うん、そうね」

「もしも、華はなさんが同じ立場だったら、どうする? 隠かくしたい秘密があって、それがバレそうになったら、華はなさんだったらどうする……?」

 ──今回、変装が一つの方法として採用されそうではある。

 けれど、それだって対たい症しよう療りよう法ほうでしかないのだ。問題を、完かん璧ぺきに解決する手段ではない。

 これからも添そい寝ねを隠かくす必要はあるし、不ふ眠みんが治らない以上、そのことにはずっと頭を悩なやませられることになるだろう。

 なら……他にどんなことができるのか。

 どんな問題解決の方法があるのか、考えてみたかった。

 華はなさんなら、そこに新しい視点をくれそうな気がしたのだ。

 けれど、華はなさんはほとんど考える様子を見せることもないまま、

「えーわたしなら、添そい寝ねしてることをそもそも隠かくさないね~」

「マジかよ……」

 まさかのストロングスタイル過ぎる回答に、笑ってしまった。

 適当に言いい逃のがれして隠かくしそうな気がしてたけど、まさかそこまで大だい胆たんに行くとは……。

「でも……隠かくさなきゃ、めちゃくちゃ変な感じで受け止められるだろ。やめろって言ってくる人も、出てくるかもしれないし……」

「あー、そんなのほっときゃいいよ~、勘かん違ちがいしたい人にはさせておけばいいじゃない?」

「……色々言われるかもしれなくても?」

「わたしはそういうの、適当に受け流しちゃうね~」

「……なるほど」

 ……確かに。

 言われてみれば華はなさんは、そういうところで面めん倒どうな策をめぐらせたり、隠かくし事ごとをするタイプではないかもしれない。

 全部オープンにして発生した面めん倒どうごとは受け流す。そのスタイルは、確かに華はなさんらしい。

 そして──なんとなく、それで許されちゃいそうな気配もある。

 まあ、華はなさんだからしかたないな、みたいな……。

 ただ、

「……でも、忍しのぶはそういうの、苦手だろうね~」

 にへら、と笑って華はなさんは続ける。

「何か言われたら真っ正面からそれ受け止めちゃうだろうし」

「まあ、そうだろうなあ……」

 彼女と同じことが、自分にできるとは思えなかった。

 何か指し摘てきされたら本気でそのことについて考えるし、相手にも説明しようとしてしまうだろう。

「それでも……まあ試ためしてみるか。受け流したり、スルーしたり、そういうのができないか頑がん張ばってみる」

 けれど華はなさんは、軽い調子で手を振ふって、

「いやいやー、そこは無理しない方がいいって」

「……そうか?」

「うん。自分本来のやりかたと違ちがうことしても、しんどいだけだったりするからね~。むしろ、忍しのぶなりのやりかたを貫つらぬいた方がいいんじゃない? 知らんけど」

「知らんのかい!」

 思わず、付け加えられた言葉に突つっ込んだ。

 良いいこと言ってるようで、必ず外してくるんだよなあこの人……。

 そこさえなければ普ふ通つうに説得力あるのに……。

 とは言え、

「俺なりのやりかたかあ……」

 腕うでを組み、考えてみる。

「どうするのが、俺に合ってるんだろうな……」

「まあ、その辺はゆっくり考えてみたまえ~」

 言って、華はなさんはくるりと静しず乃のの方を向くと。

「それからそうそう! ねえ静しず乃のちゃん! 最近、亮りよう祐すけが学校のこと話してくれなくてさ~……。例のなんとかさん? あの子とのことも、全然教えてくれないの!」

「……ああ、花か音のんのことですかね。六ろく曜よう花か音のん」

「そうそう! その子のこと! 姉の直感としてなんかありそうな気がするんだけど、亮りよう祐すけ本人はそんな感じで……。忍しのぶから情報聞き出そうにも、こいつめちゃくちゃ堅かた物ぶつでしょ? だから、色々隠かくされちゃいそうな気がしてて~……」

「いや本人目の前にいるんだぞ! もうちょい言い方考えろや!」

「だから、もし良ければあの子たちに進展あったら教えてくれないー? 他に頼たよれる人がいないの~……」

 言って、切なげに静しず乃のを見つめる華はなさん。

 静しず乃のは珍めずらしく困った様子の華はなさんに苦く笑しようすると、

「……わかりました。わたしもあの子たちがどうなってるのかよく知らないんですけど……何かあれば連れん絡らくしますよ」

「ほんと!? 助かるー! じゃあお願いね!」

 それだけ言うと、華はなさんは改札の方へ向き直る。

 そして、顔だけこちらに向け手を振ふりながら、軽かろやかな足取りでホームへ向かっていった。

「じゃあねー。今日は楽しかったよ。また一いつ緒しよに遊びに行こうね、わたし暇ひましてるからー」

「おう、ありがとう!」

「ありがとうございましたー!」

 そんな彼女に、俺と静しず乃のは揃そろって手を振ふり返したのだった──。


♡


 ……色々あった、一日だったなあ。

 忍しのぶと二人、バスの後部座席に並んで座り。

 窓の外を眺ながめながら、わたしは深く息をついた──。

 華はなさんと忍しのぶを着きせ替かえして遊んで、彼に似合うお洒しや落れな服を選んでもらえて……。

 一いつ緒しよにちょっとお茶して、最後にはアドバイスまでもらって……。

 本当に盛りだくさんの一日だ。

 すっかり疲つかれちゃったし、できれば、家に着くまでバスの中で寝ねておきたいかも。

「……忍しのぶ、ちょっと寝ねていい?」

「おう、いいよ」

「ありがと……」

 うなずいて、ちょっとわたしは考える。

 そういえば、こうして並んで座って寝ねるの、初めてかも。

 いつもはベッドの中で横になってたし……これ、どうするのがいいだろ。

 シートに背中あずけるのだと寝ね心ごこ地ち悪わるすぎるし、かといって窓の方に体重かけるのも、硬かたくて身体からだ痛くなりそうだし……、

「……あ、あの」

 ちょっと迷ってから。

 わたしは、照れくささを嚙かみ殺ころしつつ忍しのぶに尋たずねてみる。

「……寄っかかってもいい?」

 うん、それしかないと思う。

 バスに座って添そい寝ねっぽく寝ねるためには……忍しのぶに寄りかかるしかない。

 無防備かもしれないけれど、忍しのぶは今も変装用に買った服着てるし、車内にうちの学校の生徒っぽい人は見当たらないし……大だい丈じよう夫ぶなはず。

「お、おう……いいよ」

 恥はずかしげにうなずいてくれる忍しのぶ。

 もう一度「ありがとう」と言ってから、わたしは彼の肩かたに頭をもたせかけ目を閉じた。

 ゴツゴツしていて、温かくて、少しだけ柔やわらかい忍しのぶの肩かた……。

 羽織っているパーカーの素材が柔やわらかくて、触ふれている頰ほおに心ここ地ちいい……。

「……」

 そこで、わたしはふと思い出す。

 忍しのぶが、この服を変装だけに使いたいと言っていたこと。

 お洒しや落れはせずに、普ふ段だんはいつもの格好をしたいって言っていたこと……。

「……はぁ……」

 思わず、ため息が漏もれた。

 納なつ得とくできない、全然納なつ得とくできない……。

 だって、忍しのぶには全然デメリットがないんだよ!?

 今着てるものとそう値段は変わらないし、着き心ごこ地ちだって悪くない。

 なのに、めちゃくちゃお洒しや落れになれる、っていう話なのだ。

 正直言って、断る理由がわたしにはわからない……。

「……んん……」

 うっすらと目を開け、忍しのぶの出いで立たちに目をやる。

 ……うん、やっぱりいい!

 めちゃくちゃ似合ってる!

 スポーティなのに洗練されてて、ちゃんと流行も押さえている。

 そのうえ、忍しのぶの体格にもよく似合っているし、泥どろ臭くさい雰ふん囲い気きも中和されていて……はっきり言って完かん璧ぺきだ。

 正直、こうしているだけで……ドキドキしちゃうくらい。

 なんか妙みように胸がざわざわして、ちょっと息が苦しくなるくらい……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ていうか……ほんとに心臓がヤバい。

 何これ、ドキドキしすぎる。

 いつも忍しのぶと添そい寝ねするときは、温かくて安心して幸せな気持ちになるのに……。

 今は、全然そんな感じじゃない。

 なんというか、知らない人とくっついてるみたいな……。

 出会ったばかりの男の人と密着することになっちゃったみたいな……変な緊きん張ちよう感。

 まるで、隣となりにいる人が、忍しのぶじゃないみたい……。

 ……いけないいけない。

 そういうことを考えてる場合じゃない。

 わたし、寝ねたいんだった……。

 もう一度、ぎゅっと目を閉じる。

 深めに呼吸して気持ちを落ち着かせ、眠ねむ気けが来るのを待つ。

 けれど……。

 ……ダメだ。

 目が覚めちゃった……。

 完全に、目が覚めちゃった……。

 ていうか、全然気持ちが落ち着かない……。

 添そい寝ねしてる気分になれないし、むしろ……なんというか……。

 緊きん張ちよう感があって、居い心ごこ地ちが悪い……。こんな状じよう況きようで、眠ねむれるはずがない……。

 ……ふいに、いつもの添そい寝ねが恋こいしくなる。

 リラックスしていて、素そ朴ぼくで、温かくて、落ち着ける添そい寝ね……。

 なんで……そうならないんだ。

 忍しのぶが隣となりにいて、いつも通りにくっついてるのに……なんでこんな落ち着かないんだ。

「……うぅ……」

 ……正直に言おう。

 理由はもう、わかっている。

 というか、わからないはずがない。バレバレだ……。

 でも、認めたくなかったのだ。

『それ』に問題があるなんて。

 忍しのぶに「こんな気持ち」を抱いだいてしまって、眠ねむれなくなるなんて。

 けれど──そうこうしているうちに、バスはわたしの自宅の最も寄よりバス停に着いてしまって。

「……おい静しず乃の、着いたぞ」

 忍しのぶが優やさしく、わたしの肩かたを揺ゆすってくれる。

「起きろー。帰ろうぜ」

「う、うん……」

 あたかも「今起きた……」みたいな風を装よそおって、わたしは目を開ける。

 そして、伸のびなんてしてみちゃったりしつつ……忍しのぶと一いつ緒しよにバスを降りた。

 ……一応、言っとかなきゃいけないよね。

 忍しのぶからしてみれば、わたし今も、ずっとその服着て欲しいことになってるだろうし。

 もしかしたら、頑がん張ばってそれで寝ねてくれる日もあるかもしれないし……。

「……あ、あのね」

 隣となりを歩く忍しのぶに、わたしはおずおずと声をかける。

「その服、ずっと着てて欲しいって言ったけど……私服も、そういう風にして欲しいって言ったけど……」

「お? うん」

「やっぱり、変装のときだけでいいよ……」

「……どうしたよ?」

 忍しのぶが、怪け訝げんそうにわたしの顔を覗のぞき込む。

「あんなに言ってたのに、なんでそんな急に……」

「……ま、まあ。忍しのぶに無理をさせるのも、やっぱり悪いなと思ってね」

 眠ねむ気けで霞かすむ頭を回して、わたしはなんとかそう答えた。

「ほ、ほら……華はなさんも言ってたじゃない。忍しのぶなりのやりかたを、貫つらぬくのがいいって……」

「……そっか」

 納なつ得とくした様子で、忍しのぶはうなずいた。

「わかったよ、ありがとな。正直、ほんと自分らしくない気がしてきつかったからさ……。そう言ってもらえると、助かるわ」

「いえいえ、どういたしまして……」

 そう返しながら、ほっと息を吐はき出だした。

 良かった、それ以上突つっ込まれなくて。忍しのぶが案外、あっさり引き下がってくれて……。

 ……だって。

 考えながら、わたしはちらりと忍しのぶを盗ぬすみ見みる。

 ──忍しのぶがその服着てると、ドキドキしちゃって寝ねれないから。

 ……なんて、口が裂さけても言えないもん──。