第2話 幼なじみ、リモート添い寝をする

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「──ということで、わたしたち、もっと慎しん重ちように添そい寝ねするべきなのかなって……」

 風かざ来きさんと遭そう遇ぐうした日の、翌朝。

 朝日のいっぱいに差し込む俺の家、居間のローテーブルにて。

 向かい合って朝ご飯を食べ始めたところで、静しず乃のはちょっと眠ねむそうにそう言う。

「花か音のんも、小こ峰みねくんも、わたしたちの状じよう況きように理解があるけど……それを普ふ通つうと思うのは危ない気がするの。しかも、近所に風かざ来きさんが住んでることもわかったわけで……またこれまで通りふらふらしてたら、ばったり会うかもしれないわけで……だから、もうちょっと緊きん張ちよう感を持たなきゃなって……」

 どうも、昨日の夜はよく眠ねむれなかったらしい。

 目元はしょぼしょぼしているし、髪かみもいつもよりぼさっとしていた。

 もしかしたら、風かざ来きさんとの遭そう遇ぐうに思った以上に動どう揺ようしていたのかもしれないな……。

 テーブルには、俺が作った朝食がずらっと並んでいる。

 味み噌そ汁しるにご飯に漬つけ物もの数種類。

 焼き魚に卵焼きという、割とオーソドックスな取り合わせ。

 実家にいた頃ころはパン食のことが多かったけれど、和食が好きな静しず乃のに合わせて最近はご飯にすることが多くなっていた。

 その中から、俺は味み噌そ汁しるのお椀わんを手に取り一口飲みながら、

「ああ、俺も同じようなことを考えてたよ」

 なんて静しず乃のに返した。

「さすがに、ちょっと感覚がマヒしてたわ。一回ここらで、気を引ひき締しめ直そう……」

 他の人で、想像してみたらわかりやすい。

 例えば──陰かげで亮りよう祐すけと六ろく曜ようさんが添そい寝ねしていたら。

 これはもう、言うまでもなく事件である。大事件だ。

 風かざ来きさんじゃなくとも大おお騒さわぎするだろうし、俺だって動どう揺ようしまくる。

 亮りよう祐すけにはぐらかされたりしたら、めちゃくちゃ追つい及きゆうするだろう。

 そして……それがもしうっかりクラスメイトにバレたら。ゴシップとして広がったら。年単位でその事実は語かたり継つがれるだろうし、きっと噂うわさには尾おひれがついてどんどん大げさになっていく。

 さらに怖こわいのが、学校に情報が伝わることだ。

 説教は確実だろうし何かしらの処分が下される可能性だってある。お互たがいの親に情報が行くこともあるかもしれない。

 高校生がクラスメイトと添そい寝ねしているっていうのは──つまりそういうことなのだ。

 危険だし見方によっては不純だし、周囲の理解を得ることなんて全然期待できない。

 そのことを、俺たちはもう一度きちんと認にん識しきすべきだ。

「だから手始めに、今日はバラバラで登校しよう。最近一いつ緒しよに部屋出ちゃってたけど、十分くらい時間空けて出発するようにして」

「うん、そうだね。少なくとも、昨日の今日で見つかるとさすがにまずいし……」

 たくあんをコリコリ嚙かみながら、静しず乃のはこくこくとうなずいた。

「それから、あんまり迂う闊かつに二人で外をふらつかないようにしようか。近所には風かざ来きさん以外も、学校の生徒が住んでるかもしれないし……いつ誰だれに見つかるかもわかんないし」

「……ああ、それもそうだね」

 うなずいて、けれど静しず乃のはちょっと残念そうな顔になる。

「わたし、夜にこの辺歩くの好きだったんだけどなー……。けどまあ、しょうがないか、添そい寝ねできなくなるよりは、ずっとマシだよね……」

「だな、俺も残念だけどな……」

 静しず乃のの言う通り、夜の散歩は結構楽しいのだ。

 彼女と二人、見知らぬ場所を冒ぼう険けんしている気分になれる。

 そういうのが今後制限されるのは、本音を言えば寂さびしい。

 けど、状じよう況きようが状じよう況きようだから、少なくともしばらくは控ひかえた方がいいだろう。

「あとは……そろそろ、他の方法を探してみてもいいかもなあ」

「……他の方法?」

 静しず乃のが一口お茶を飲み、首をかしげた。

「うん」

 そんな彼女に、俺は一度うなずいてから──、

「──直じかで添そい寝ねしなくても、二人とも眠ねむれる方法」

 ──その言葉に。

 俺が何の気なく言ったその言葉に──静しず乃のが、小さく目を見開いた気がした。

 あ、あれ……?

 俺、なんか驚おどろかせるようなこと言ったか……?

「……あの、なんていうかまあ、その」

 小さく焦あせりを覚えながら、俺は静しず乃のに説明を始める。

「ほら、俺たちが添そい寝ねするようになって、割と経たつだろ? 前みたいに眠ねむくて切せつ羽ぱ詰つまってるわけではないし、気持ち的にもだいぶ落ち着いてきた……」

「……うん」

「だからその、いつまでもこう……実際に一いつ緒しよに寝ねるだけじゃなくて、他にお互たがいぐっすり眠ねむれる方法を探すんだよ。例えば前に俺が、抱だき枕まくらとか試ためそうとしてたことあるだろ? あれが上う手まくいくとは思わないけど、同じような感じで、お互たがいの負担が少ない方法を探すというか……」

 そういうのが、必要だと思うのだ。

 ずっとこんな仲でいるわけにもいかないし、不ふ眠みんだって根本的に解決しなきゃならない。

 だから、ひとまず状じよう況きようが安定した今、動き出してみた方がいい気がするのだ。

 風かざ来きさんとの遭そう遇ぐうで、俺は改めてそのことを実感した。

「それに……もうすぐ宿しゆく泊はく研修もあるだろ?」

 駄だ目め押しとばかりに、俺はそう続ける。

「今月下げ旬じゆんに、二泊はく三日で行くやつ……」

 ──宿しゆく泊はく研修。

 俺たちの通う学校では、一年生は六月の下げ旬じゆんに、付近にある山間の宿しゆく泊はく施し設せつに泊とまり込みで研修に行く。

 研修とは言いつつその内実はオリエンテーリングなどのレクリエーションが主で、新入生同士交流を深めるのが実際の目的らしい。

 楽しそうではあるけれど、下手したらその間、俺たちは添そい寝ねをできないわけで……。

「できれば、それまでに何か策も、考えておきたいだろ?」

 ……我ながら、まあまあ説得力のある話だと思う。

 宿しゆく泊はく研修中不ふ眠みんに悩なやまされ続けるのはマジでしんどいし、きっと静しず乃のも納なつ得とくしてくれるはず……。

 ……なのに。

「……ふうん」

 言って、視線をテーブルに落とす静しず乃の。

 ……不満げだった。

 まあ、あからさまに不満げだった。

 なんでそういうリアクションになるんだ……。

「……嫌いやだったか?」

 恐おそる恐おそる、そう尋たずねてみる。

「静しず乃のがそういうの抵てい抗こうあるなら、もちろん無理にとは言わないけど……」

「……ううん、大だい丈じよう夫ぶ」

 そう言いつつも、静しず乃のの声のトーンは低いままだった。

「……それで、具体的にどうするの? 何か、試ためしてみたいアイデアとか、あるの?」

「……や、それはまだないから。これから考えたいんだけど」

「そう」

 短くそう答えて、静しず乃のはお茶を一口飲む。

「わかった、じゃあわたしも何か思い付いたら、忍しのぶに提案するね」

「おう、頼たのむわ……」

「それから、今日はわたしが先に出るから、忍しのぶはちょっと遅おくれて出るようにして」

「お、おう……わかった……」

 うなずきつつ、俺も再び朝ご飯に箸はしを伸のばす。

 テレビからは、しばらく天気が不安定そうだと話す気象予報士の声が流れている。

 それを片耳で聞きながら……俺は自分の発言のどこが静しず乃のを不ふ機き嫌げんにさせてしまったのかを、一人でぐるぐると考え続けていた──。


♡


「──だからね! 忍しのぶ、それをきっかけに、添そい寝ねしなくて済む方法を考えようとか言い出して!」

 ──お昼休み。

 学校の中庭にあるベンチにて。

 わたしは親友である六ろく曜よう花か音のんに、今朝の出来事を語って聞かせていた。

「体調も生活も落ち着いてきたし、これまでとは違ちがう方法で眠ねむれないか、探してみようって……」

「……ふむふむ……」

 すでに昼食のサンドイッチを食べ終えて。

 花か音のんは紙パックのジュースを飲みながらうなずいている。

 青のインナーカラーが印象的な髪かみが、小さく揺ゆれる。

 そんな彼女にわたしは、

「そんなの……簡単に見つかるわけないじゃない。これまでだって、散々悩なやんでどうにもならなかったんだから……」

 こみ上げる気持ちを──苛いら立だちを露あらわにして、言葉を続けた。

 ……腹が立っていた。

 あんなことを提案してきた忍しのぶに、なぜかわたしは腹を立てていた。

 だってなんか……あんな言い方、まるで早くわたしとの添そい寝ねをやめたいみたいじゃない。

 そりゃ、いつまでもこうしてはいられないと思うけど。

 あんまりよくないことだって理解もしてるけど……。

 けど、この状じよう況きようになって真っ先にそれを提案してきたことが……何かモヤる。

 忍しのぶ、そんなにわたしとの添そい寝ねが、嫌いやだったんだろうか……?

 ちょっとは、喜んでくれていると思ってたんだけど。

 それを口実にしてわたしと一いつ緒しよにいることを、大切にしてくれてると思ってたんだけど……。

 そんな気持ちを──花か音のんなら理解してくれる気がしていた。

 一いつ緒しよになって憤ふん慨がいしたり、あるいは茶化したりして気持ちを楽にしてくれるような気が。

 けれど、

「……ふむ」

 彼女は腕うでを組み、花か音のんは真しん剣けんな表情で視線を落としている。

 そして……眉み間けんにしわを寄せ目を眇すがめると、

「……何を……考えている?」

「……へ?」

「大おお滝たき忍しのぶ……何を考えている!?」

 ──くわっと目を見開いて。

 花か音のんは、敵将の思考を読む軍師みたいなことを言い出した。

「普ふ通つうの人間であれば、静しず乃のとの添そい寝ねを嫌いやがるはずなんてない。むしろ、できるだけ長くその関係を続けようと考えるはずだ……。静しず乃ののかわいさは当代随ずい一いち、大おお滝たき氏とて、それがわからないことはないはず……」

「え、ええ……」

 そ、そこまでのアレじゃないと思うけど……。

 普ふ通つうに、わたしと添そい寝ねするの嫌いやな人、いると思う……。

「ではなぜ大おお滝たき氏、そんなことを言い出したんだ……!? 本当に、ただ誠実なだけか!? ……そんなわけない、他に何か理由があるはず!」

 ……他に理由。

 いや、まあ、なんというか……多分、そういうのはないと思う。

 自分で言い出しておいてあれだけど、あんなに怒おこって愚ぐ痴ちっといてあれなんですけど……多分ただ誠実なだけだ。

 生き真ま面じ目めに「女子と男子の添そい寝ねは、早めに終わらせた方がいい!」って考えてるだけというか……。

 忍しのぶの性格を考えたら、うん、その辺がリアルなところだと思います……。

 わたしも実際のところ、わがままにすねてるだけで……。

 ただ、花か音のんはもはや想像が止まらない様子で、

「もしや! ……そろそろ、自分の肉欲に抗あらがえなくなり始めたか!? このままじゃいつ静しず乃のを襲おそってしまうかもわからない。だから犯罪者になる前に、静しず乃のを遠ざけようとしたか!?」

「そ、それはないでしょう……!」

 シャツを借りたときも、あんなに薄うす着ぎだったのにそんなり取り乱してなかったしね……。

 むしろ、わたしの側の方がちょっと浮うわついちゃったくらいだ。匂におい嗅かいじゃったり。

 襲おそってしまうとか、そういう感じではないと思う……。

「あるいは、心臓への負担が限界に達したのか!? 静しず乃のと一いつ緒しよにいるドキドキで、血圧が急きゆう上じよう昇しよう。身体からだへのダメージがでかすぎて、耐たえられなくなったのか!?」

「そこまで負ふ荷かかかることある!? ただのドキドキで!?」

 あいつ、血圧とかそういうの気にしてる様子は全くないし、病院にも行ってる気配ないし、それも違ちがうと思います……。

「じゃあ!」

 と、花か音のんはなおも食らい付くような表情で、

「一人でごにょごにょする時間が欲しいのでは……!?」

「……ご、ごにょごにょ!?」

 予想外の言葉に、面食らった。

 けれど、花か音のんは一層勢いづいた様子で。

「そう! いわゆる一つのプレジャーマイセルフですよ! 大おお滝たき氏も、年とし頃ごろ男子なんだからそれくらいするでしょう!」

「え、ええ……?」

 ……まあ、何を言っているのかはわかる。

 花か音のんはぼやかしているけど、何を言いたいのかは、一応……。

 ネットか何かの記事で、男子はほぼ百パーセントそれをしてるって見たこともあるし……うん、多分忍しのぶも、してないことは……ないんだと思う。

「しかも、静しず乃のがずっとそばにいるんだから悶もん々もんすることも多いはずだ! なのに、四六時中そばにいるから発散できない……。それをなんとかするため、一人の時間を作りたかったのでは……!?」

「そ、そんな可能性、あるかなあ……」

「むしろ、ないわけないでしょ! まさか静しず乃の、大おお滝たき氏がそういう欲求の全くない、仙せん人にんみたいな男子だとでも思ってるの!?」

「そこまでは……思わないけど」

 ただ、してる気配はこれまで感じたことないな……。

 チャンスがあるとしたら、わたしがお風ふ呂ろ入ってるときとか……?

 いやでも、特にお風ふ呂ろ上あがり、忍しのぶの様子がいつもと違ちがったことはないしな……。

 そもそも、あれくらいの短い時間で、それって終わるものなんだろうか……。

 一人考え込むわたしの横で、

「ちくしょう……わからない!」

 花か音のんはそう言って、悔くやしげに頭をガシガシとかき始める。

「大おお滝たき氏、何が目的なんだ……!」

 ……むしろ花か音のん、なんでそんなに忍しのぶに対たい抗こう心を燃やすんだろ。

 確かに、最近忍しのぶに割さく時間が増えてるけど、わたしの中で花か音のんの大切さは変わっていない。

 これまでもこれからも、大切な親友のままだ。

 だからそんなに、気にしなくても良いと思うんだけどなあ……。

「こうなったら……調査に乗り出すしかない!」

 ついに花か音のんは、そんなことを言い始める。

「大おお滝たき氏の行動を追つい跡せき、監かん視しして動向を把は握あく! そして、なぜ静しず乃のにそんなことを言い出したのかを徹てつ底てい究明して──」

「──ちょちょちょ! ちょっと待って!」

 さすがに話がやっかいになりそうで、慌あわてて割って入った。

「べ、別にわたしもそこまで疑ってるわけじゃないよ! 心配してくれてうれしいけど、ただちょっと……もやっとしただけというか。愚ぐ痴ちりたかっただけで……」

「……あ、え、そうなの?」

「うん、ごめんね気き遣づかわせちゃって……」

「まあ、それならいいんだけど……」

 と、花か音のんはふうっと息を吐はき出だす。

 そして、意味ありげに遠い目をしてみせると、

「つまりまあ、愚ぐ痴ち風のろけに付き合わされたってことか……」

「の、のろけ!? そ、そんなつもりは……」

「いいのいいの、推おしののろけならいつでも大歓かん迎げいですよー……」

 花か音のんはそう言って、遠い目で空を見上げる。

 ……そんな感じに、なっちゃってたのか。

 わたし、そんなつもりじゃなかったけど……のろけた感じになってたのかあ。

 でも、うん……そう取られてもおかしくないか。

 だって実際、わたしも本気で怒おこってたわけじゃないしなあ……。

 気を付けよう。なんかわたし、いつのまにか……人に忍しのぶの話をしたがるようになっていたらしい。



 と、そんな感じでしばし雑談をしてから。

 話が一段落したところで、

「……わ! ヤバ!」

 スマホに視線をやった花か音のんが、そんな声を上げた。

「もうこんな時間だ!」

 そして──彼女はスマホを何度かタップ。

 カバー裏のリングをスタンド代わりにして、わたしたちの腰こし掛かけているベンチの前のテーブルに立たせた。

「……ん? 何してるの?」

 言いながら、画面を覗のぞき込むと。

『──どうもー、みんなこんにちは!』

 ディスプレイの向こうで。同世代のかわいい女の子が笑え顔がおでそう言いながらこっちに手を振ふっていた。

『今日もお昼配信、やってこうと思いまーす。ごめんねーちょっとスタート遅おくれちゃって……』

「これは……生配信?」

「そうそう!」

 わたしの問いに、花か音のんはうれしそうにうなずいてみせる。

「最近推おしてるアイドルグループ、『近きん未み来らい女じよ子し公こう司し』のじゅのんが、最近始めたんだよ!」

 言われて、しばし画面を眺ながめてみる。

 じゅのんと言うらしいその女の子は、楽屋か会議室のような場所にいるようだ。

 彼女の前にはテーブルがあって、コンビニで買ってきたんだろうか、サラダパスタやヨーグルトやらの食べ物が並んでいる。

 そして、

『もうみんな、お昼食べたー?』

 じゅのんが、画面の向こうからこちらに尋たずねてくる。

『わたしの今日の昼食は、こんな感じでーす。今日は朝早くてお弁当作れなかったから、コンビニで買ってきちゃった……。じゃあ、食べようか。いただきまーす!』

「いただきまーす!」

 隣となりの花か音のんが、じゅのんのあとを追うように声を上げた。

「花か音のん……さっきサンドイッチ食べ終わったところじゃん」

「いいんだよ! じゅのんが食べ始めるんだから、このタイミングでお昼ご飯アンコールに突とつ入にゆうだよ!」

 言いながら、鞄かばんからお菓か子しを取り出して食べ始める花か音のん。

 よく食べるなあこの子は。それでも全然太らないのだからうらやましい限りだ。

『わ、これおいしー』

 画面の中で、じゅのんがそんな声を上げる。

『このサラダパスタ、初めて食べたけどおいしいわー。ハマりそう……』

 ……思ったよりも、平へい坦たんなテンションだった。

 なんとなく、アイドルの配信って楽しくて明るいものなのかと。歌ったり踊おどったりそういうものなのだと思っていた。あるいは、ゲーム実じつ況きようしたりとか?

 けれど、こうして見ている限りそういうことは全くなさそうだ。

 本当にただ、じゅのんがご飯を食べて、ときどき何かちょこちょこ発言するだけ……。

「……これは、おもしろいの?」

 思わず、そう尋たずねてしまった。

「ただ、この子がご飯食べてるだけに見えるけど……それを見るのが、楽しいの?」

「え、最高に楽しいよ!」

 当たり前じゃん! とでも言いたげな顔で、花か音のんは答える。

「毎日やるような配信はこれくらいがいいんだよね。あんまりテンション高かったり企き画かく性が強いと、見てるこっちも疲つかれちゃうし」

 花か音のんは言いながら、画面の向こうのじゅのんに視線を戻もどした。

 相変わらずちょこちょこ何かを話しながら、おいしそうにご飯を食べているじゅのん……。

「ほら、全体的に肩かたの力が抜ぬけてるでしょ? 背景が事務所の会議室で、特に飾かざり付つけられてなかったり。じゅのんが完全に私服でメイクも薄うすめだったり。そもそも、食べてるのも普ふ通つうにコンビニのご飯だし」

「……確かに、そうだね」

「なんかそういう、抜ぬけた配信を見ながらこうやってお菓か子し食べてると、じゅのんと一いつ緒しよにお昼食べてる気分になれてねー」

 と、画面の中のじゅのんが、視し聴ちよう者に質問を始める。

『みんな今、どこで何食べてるのかな? コメントで教えてー』

 それに答える形で、視し聴ちよう者たちが自分の状じよう況きようをコメントし始める。

『会社でおにぎり食べてるよー』『学校で給食食べ終わって、今昼休みです!』『お店でハンバーガー食べながら見てます!』

 そしてそれに、じゅのんが『あーいいね』『わたしも食べたーい』なんて気軽に返答をしていた。

 ……なるほど。

 確かにこれは、これでいいものなのかも。

 推おしのアイドルと、一いつ緒しよにお昼を食べてる気分になれるかも……。

 と、

「……ん?」

 ふと──わたしは思い付いた。

 もしかしたら、これ使えるかも……。

 これを……『添そい寝ねの代わり』に使えるかも!


♠


「……これで、いいのかな?」

 ──その日の晩。

 夕飯を食べ風ふ呂ろにも入り、そろそろ眠ねむろうというタイミングで。

 静しず乃のの言う通りの環かん境きようを整えて、俺はふっと息をつく。

「静しず乃のとの通話はできてる。音声はスピーカーで流れる、カメラもインカメラで映ってるし……ベッドにセッティングもできた。うん、問題ないかな……」

 久しぶりに静しず乃ののいない、俺の部屋。

 そのベッドの上には、充じゆう電でん器に繫つなげられたスマホが横向きに立てられている。

 表示されているのは──静しず乃ののベッドだ。

 ここから少し離はなれた高級住宅街にある、静しず乃のの自宅、寝しん室しつにあるベッド──。

 まだ、本人は準備中らしい。

 映っているのは敷しき布ぶ団とんと掛かけ布ぶ団とんだけだった──。

 ──リモートで添そい寝ねしてみよう!

 昼休み、静しず乃のからラインでそんな提案があったのだ。

 実際に、二人で同じ布ふ団とんに入って寝ねるのではなく、スマホで映像ありの通話をしながら一いつ緒しよに寝ねる、ということらしい。

 ……朝はずいぶん不ふ機き嫌げんだったけれど。

 協力してもらえないだろうか、なんて不安にもなっていたけれど、まさか静しず乃のからそんなアイデアを出してもらえるなんて。どうやら機き嫌げんを直してもらえたみたいで、俺はひとまずほっとした。

 そして──リモート添そい寝ねというアイデア。

 確かに、なかなか悪くない気がした。

 これまで通り静しず乃のの姿は見える、会話もできる。さらに言えば、寝ね息いきや物音だって聞こえるだろう。

 なのに──実際に、そばにいる必要はない。

 離はなれた場所にいながらにして、添そい寝ねに近いことができるわけだ。

 もちろん、お互たがいの存在を肌はだで感じられないだとかそういう差はあるだろうけれど、少なくとも試ためしてみる価値はあるように思えた。

 そんなタイミングで、

『……もしもし、忍しのぶ聞こえる?』

 スマホから、静しず乃ののそんな声が聞こえてきた。

『音量とか音質とか、大だい丈じよう夫ぶかな?』

 そして──同時に画面に表示される、パジャマ姿の静しず乃の。

 いつも通りの寝ねる前の格好で、彼女はこちらを覗のぞき込んでいる。

「ああ、音は大だい丈じよう夫ぶそうだよ」

 こちらも同じように画面を覗のぞき込み、そう答えた。

「割れたり小さすぎたりはしないみたいだ。ただなんか……直じかで話すよりはっきり聞こえる感じがして、くすぐったいな……」

『ほんとだね……』

 そんな風に笑い合って、灯あかりを暗くすると──俺たちは、ベッドに横になった。

 普ふ段だんは照明は完全に消すのだけど、今回は暗くなりすぎると映像の意味がなくなってしまう。試ためしに、薄うすめに灯あかりをつけておくことにする。

 そして、なんとなくお互たがいの顔から胸むな元もとくらいまでが入るようにカメラ位置を調節したら、

「……よし、こんなもんか」

『うん、できたね……』

「じゃあ、寝ねるか……」

『うん……』

 準備完かん了りよう。

 ここから実際に、寝ねてみることになる──。

 目を閉じると──スマホから聞こえてくる静しず乃のの息づかい。

 そして、ときおりそれに混じる小さな衣きぬ擦ずれの音──。

 ……なんだか、不思議な感覚だった。

 そばに体温を感じない分、添そい寝ねとはやはり気分が違ちがう。

 けれど、リアルタイムで静しず乃のの立てる音は聞こえて、隣となりを見れば静しず乃のの姿は見えて。

 間ま違ちがいなく──彼女の存在は感じる。

 なんだかそれが、改めて妙みようにそわそわしてしまうのだった。

「……そういえば」

 ふと思い立って、俺はそんな声を上げた。

「静しず乃の……なんで急に、こんなアイデア思い付いたんだ? なんか、きっかけがあったのか?」

 こんな案、なかなかぱっと浮うかぶものでもない気がする。

 誰だれかと電話したとか、テレビで何か見たとか、何かそういうのがヒントになったのだろうか。

『ああ、それがね……』

 スマホの向こうで、静しず乃のが目を開けこちらを向いた。

『花か音のんが、アイドルの生配信見てて……それが参考になったんだ。なんか、一いつ緒しよに過ごしてる雰ふん囲い気きを楽しめるような配信が、結構あるらしくて』

「あーなるほど、配信か……」

 自分もたまにそういうのは見るので、わかる気がした。

 ネットの生配信って、動画やテレビ番組と比べても、配信者と身近な感覚になれたりする。

 確かにこのリモート添そい寝ねは、その感覚に近いのかもしれない。

『だから、こうやってスマホ使って添そい寝ねするの、試ためしてみようかなって思ったの』

「そういうことね……」

 うなずきながら、もう一度画面に目をやって──。

 そこに映る静しず乃のに、なんとなくドキッとしてしまった。

 こちらを向いて横になり、小さく笑っている静しず乃の──。

 その顔にスマホの光が当たり、淡あわく青白く照らされている。

 ──いつもは、至近距きよ離りで見てきた景色なのに。

 手を伸のばせば届く距きよ離りで、そんな彼女を見てきたはずなのに──。

 画面越ごしにその姿を見ると、なぜだか新しん鮮せんに感じられて。そのかわいさを、改めてはっきりと感じ取れて。

 ……ああ、こんな子と。

 こんな女の子と、俺はこれまで毎晩添そい寝ねをしてきたんだと、そんなことを今さら実感していた。

『……そうそう、そういえば花か音のんがね』

 思い出した様子で、静しず乃のは噴ふき出だしながら言葉を続ける。

『忍しのぶが添そい寝ねの代わりを探し始めたって話をしたら、すごく忍しのぶのことを疑い始めて……』

「え、う、疑い……!?」

 全く予想外の話に、思わずオウム返ししてしまった。

 上半身をガバッと起こして、画面の向こうの静しず乃のに尋たずねる。

「う、疑うって何を……? 俺、なんか変なことしてるかな……?」

『ううん、そういうことじゃなくて』

 画面の向こうで、静しず乃のはもう一度楽しげに笑う。

『なんか、花か音のんは「普ふ通つう静しず乃のとの添そい寝ねをやめたがるはずがない!」って思ったらしくて……何か、言いにくい理由があってそんなこと言ってるに違ちがいないって!』

「り、理由って……別に特別ないんだけどな。本当にただ、あんまり続けるのが良くないって思っただけで……」

『だよね。でも、花か音のんはそうは思えなかったみたいで、あれじゃないかこれじゃないかーとか、色々理由を予想しだしてさー』

「へえ……どんなのを想像してたんだよ?」

『……あー、それは……』

 その問いに──なぜか静しず乃のは一いつ瞬しゆん黙だまり込む。

 何だ? それまで割と饒じよう舌ぜつだったのに、どうした?

 彼女は何やら気まずげにもごもごと口ごもったあと、

『……まあ、色々だよ、色々……』

 と歯切れが悪い。

「えー、色々って何だよ?」

『なんかほら……』

 もう一度、静しず乃のは口の中でごにょごにょ言ってから、

『……一人だけでしたいことが、あるんじゃないか、とか?』

 なぜかひどく恥はずかしそうに、消え入りそうな声でそう言う。

 しかも……なんだろ。

 暗いし画面越ごしだからはっきりわからないけど、頰ほおも若じやつ干かん赤いような気が……。

 ……とは言え。

 一人だけでしたいこと、か……。

「……まあ、それは確かになくはないな」

 考えてみて──すぐに思い付いた。

 そう、一つあるのだ。

 どうしても、したいこと。

 ──酪らく農のう系YouTuber『まきばchannel』の動画を見たいのだ。

 ここ一ヶ月くらい、ドタバタしてて更こう新しんチェックできてないんだよなあ。静しず乃のといることも多くて、そんなときに動画を見るのも気が引けたし。

 一人になれるなら、ゆっくりじっくりアレを見たい。

「うん、あるな。確かにあるな、一人でしたいこと」

 けれど、

『えっ!?』

 画面の向こうで、静しず乃のがすごい声を上げた。

『それは、その……もしかして、あれ? その……動画とか見る感じの……?』

「うん、そうそう」

 察しが良いいな。

 もしかしたら、静しず乃のに『まきばchannel』の話をしたことがあったかもしれない。

『……そ、その動画って……胸とか映ってるやつだよね? 胸というか、裸はだかというか……』

「うん、そうだな」

 牛の乳の動画とかあるからな。

 あと、映る動物基本裸はだかだし。

 たまに服着てるのも映るけど。出演者が飼ってるペットとか。

『だよね……そうだよね……』

 なぜか静しず乃のは、動どう揺ようした様子でこくこくとうなずいている。

『や、やっぱり忍しのぶも、そういうの、するんだ……』

 ……さっきから静しず乃の、どうしたんだ?

 なんか様子がおかしいぞ?

 そんなに驚おどろくか? 俺がYouTuber見るくらいで。

「ていうか、別に変なことじゃないだろ? 実家にいた頃ころとかは、もうほとんど(動画見るのが)日課だったし……」

『に、日課!? そんな、毎日してたの!?』

「え? うん……」

『で、でもそうか、忍しのぶも十代男子だもんね……しかたない……』

「いや、十代とか男子とか関係ないだろ……。(だいぶYouTuberも市民権を得てきたし)みんなそんなもんじゃね?」

『そうなの!?』

「だと思うけど……」

『へえ……じゃあ、その……女の人とかも、そんな感じなのかな? 女の人も、毎日とか……したりするの?』

「もちろんそうだろ! 別に男性だけのものでもないだろ、あれは」

『そう……なんだ……。わ、わたし……全然そういうのしないから……疎うとくて……』

 ……それはちょっと意外だな。

 むしろ静しず乃の、お洒しや落れの情報はネットで手に入れてるイメージだったけど。

 ファッション系のYouTuberとかもいるだろうし、見たらハマりそうだ。

「あ、じゃあそういう感じなら」

 と、そこで俺はふと思い付き、

「静しず乃の、今度俺の家来たときに、一いつ緒しよに(まきばchannelの)動画見てみるか?」

『見る!? 忍しのぶと!?』

「うん。案外、静しず乃のも楽しいかもしれないだろ」

『そ、そんなこと普ふ通つうするものなの!?』

「え? するんじゃないか? 俺も亮りよう祐すけから、たまにお勧すすめの動画とか教わるし……」

『ええええ!? そ、そんな感じなの……!?』

「うん。ていうか、よく考えたら遠えん慮りよすることもなかったかもな」

 そこまで言って、俺はふとそのことに思い至る。

「なんか一人じゃなきゃダメだと思ってたけど、静しず乃のがいても別に(『まきばchannel』の)動画見ていいよな。最近ご無ぶ沙さ汰たで(未視し聴ちよう動画)溜たまっちゃってたし」

『た、溜たまってる!? で、でもやっぱり、わたしの目の前で見られるのは……わたし、どうすればいいか……』

「あー、もし手て持もち無ぶ沙さ汰たになりそうだったら」

 そこで──俺はふと思い付き、

「静しず乃のも──自分好みのやつを探してみれば?」

『わ、わたし好み……!?』

「おう。ほら、やっぱ好みなんて人それぞれだしな。せっかくだし、俺のお勧すすめとかも教えられるし」

『そ、それは……』

 静しず乃のは、そこで一度言葉を切り。

 恐おそる恐おそる──俺にこう尋たずねてくる。

『一いつ緒しよに……わたしもすればいいってこと?』

「おう、そうだな」

 俺は、はっきりと彼女にうなずいてみせた。

「せっかくだし、一いつ緒しよに(動画視し聴ちよう)できれば楽しいかもなって……ん?」

 画面の向こう、静しず乃のの様子がおかしい。

 ぷるぷる震ふるえて、はっきりわかるほど顔が真っ赤で。

 その目には、涙なみださえ浮うかんでいるように見える……。

 ……え? どうした? なんか俺、変なこと言ったか……?

 困こん惑わくする俺を、静しず乃のはキッとにらむ。

 そして、大きく息を吸い込むと──俺にこう言ったのだった。


『忍しのぶの──変態!!』


♡


 ──その後。

 忍しのぶが言っているのが「好きなYouTuberを見たい」という話だったことが判明し。

 無事、わたしの中の誤解は解けました……。

 良かった……勘かん違ちがいで。

 まさか本当に誘さそわれてたら……わたしもう、どうすればいいのか……。

 ……花か音のんのせいだ。

 花か音のんが、あんな変なこと言うから……わたしすごい勘かん違ちがいしちゃったじゃない。

 ちなみに、

『──え、静しず乃のは何の話だと思ってたんだよ!?』

『──気になるよ、教えてくれよー』

 なんて忍しのぶに食い下がられたけど、断固回答を拒きよ否ひしました。

 バレたらもう……わたし、忍しのぶに合わせる顔がない……。

 ──そんなこんなで、その後も雑談が盛り上がってしまい。

 気が付けば──、

『……わ、もう二時過ぎじゃねえか』

「あー、ほんとだね……」

 もう、三時間以上もぶっつづけで話をしてしまっていた。

「なんかこれ……話、楽しくなっちゃうね」

 ふうと息をつきながら、わたしは画面の向こうの忍しのぶに言う。

「何だろ、なんでだろ。普ふ通つうに添そい寝ねしてるときよりも、なんか話弾はずんじゃう……」

『ほんとだなー』

 忍しのぶも、苦く笑しようしながらわたしにうなずいてくれた。

『ていうか、こんなに静しず乃のと話すの、本当に久しぶりだな』

「いつも、一いつ緒しよにいるとすぐ寝ねちゃってたもんね……」

 むしろ、幼い頃ころを含ふくめても初めてかもしれない。

 こんなに、二人っきりでとりとめもなく話をするなんて……。

 女友達とは夜の長電話することもあるけど、男の子と電話なんて、なかなかない機会だしね……。

 そしてわたしは、

「……もう、寝ねれなそうじゃない?」

 諦あきらめの笑えみを浮うかべながら、忍しのぶに尋たずねる。

「もう、ここから寝ねるのとか無理じゃない?」

『正直……そうだな』

 言って、忍しのぶはなんだか照れくさそうに頰ほおをかく。

『完全に目、さえちゃったな。多分朝まで寝ねれないわ……』

「だよねー」

『ごめんな、せっかく出してもらったアイデアだったのに……』

「ううん、いいの」

 これはこれで、一つの収しゆう穫かくではあったと思う。

 少なくとも、リモートでの添そい寝ねでは効果がないことがわかったのだから。

「これはこれで、楽しかったし。なんか、修学旅行の夜とかみたいで」

『ああ、確かに。ちょっとあれと、近い感じあるよな……』

 そう言って、小さく笑ってから、

『……やっぱ、添そい寝ねしかないのかもな』

 画面の向こうで、忍しのぶはそう言葉を続ける。

『今回やってみて、よくわかったよ……。実際に俺、静しず乃のと添そい寝ねする以外の方法では、眠ねむれる気がしないや……』

「……でしょー?」

 わたしはなぜか得意な気分で、忍しのぶにそう答える。

「わたしは最初から、そうだと思ってたよ……」

『だよな、ごめんごめん……』

「じゃあ今晩はもう……朝までこうして話そうか? 明日、学校休みだし」

『そうだな、そうしよう』

 言って、忍しのぶはベッドの上に起き上がると、あぐらをかいてスマホに正面から向かい合った。

『話すことは、いくらでもあるしな。それで、朝になったらどっちかの家に集まって、昼ひる寝ねでもするか』

「うん、そうだね」

 と、うなずいてからわたしは、一度ベッドを出る。

「長くなると思うから飲み物取ってくる」

『おう、じゃあ俺もそうしよう』

 部屋を出て階段を降り、一階に着く。

 電気のついていない深夜の家の中。足早に歩いて、台所へ向かう。

 ──普ふ段だんだったら、心細くなりそうだけど。

 暗さや静かさに怖こわくなっちゃいそうだけど……。

 今日はなんだか冒ぼう険けんしているような気分で、わたしは自分が小さくほほえんでしまっているのを、はっきり自覚する──。