望まない来客の相手で精神疲労が半端ない俺。だって普通ならハリスくんのお母さんを見て日本に残してきた家族──異世界に拉致された俺が残してきたって表現が正しいかどうかは甚だ疑問だけど──のことを思い出して、ホームシックになったりするところじゃないですか? でも今回のあの人たちに関してはそんな要素一ミリもなかったからね? むしろ教訓としてどんなれいな女の人でもあんなふうになっちゃうんだ? 一人ぼっち最高! やっぱり結婚なんてろくなもんじゃねぇな! という結論に至りそうな始末。いや、もちろんその人の性格によることは分かってるんだけどさ。

 ああ……あんなおばさんやおにばばぁにかかわらず、ただただオースティアお姉様方のモサモサをツルツル、いや、ツルッツルにする仕事だけして生きてゆきたい人生だったよ……。

 ちなみにオースティア様とガイウス様があれからものすごくご機嫌で、お屋敷の雰囲気がとても良く、お付きのメイドさん達からも心の底から感謝されている今日この頃。まぁ御主人様の機嫌が良ければ機嫌が悪い時よりも細かい失態で叱られる頻度も多少は減るだろうし、下賜してもらえる物、おやつや装飾品なんかも増えるもんね?

 当然お姉様がご機嫌になると不機嫌になるおばさんとその息子もいるのだが……このお屋敷に来てからずっと変わらない日常みたいなものなので気にしてはいけない。もちろん『気にしないようにする』イコール『諦める』ではないからな? 必ずそのうちなんらかの仕返しを……いや、あの人達も公爵家の一員、我慢我慢……。

 ああ、モサモサツルツルつながりの話だと、コーネリウス様からもあの後たんまりとお小遣いをゲットいたしました! もの凄い笑顔で「またよろしくね? 社交辞令じゃないからね? 本当によろしく頼むよ?」って頼まれたんだけど。何ていうかこう、必死すぎて……ちょっと引いた。何となく俺以外の人間が綺麗なお姉さんとイチャイチャモチャモチャしてるのを想像すると、魔王が誕生しそうなほど心がすさんでくるけど、これもお小遣いのためなのである!

 あれだぜ? 大貴族様からのお小遣い。軽く一般家庭の年収くらいはあるんだぜ? てなわけで臨時収入も入ったし、屋敷に引きこもりっきりだと他人ののろで気がる……なんてことはないな。なんだかんだでおうちが最高! 様のお家だけど!

 でもほら、ミヅキと約束したからね? あれだけ幼女に働かせておいてその賃金を全部懐にしまい込むのは元勇者としての心が痛む。

 当初の予定どおりミヅキのお酒を買うために、せめて前向きな気持ちで出掛けようとカラッと晴れた日を選んでお出掛けの用意をする俺。どれだけ外に出たくないんだよ。晴れた日は晴れた日で暑くて失敗したと出発前から後悔したのは秘密。

 でもほら、ご機嫌な公爵ご一家からミヅキにそなものとして色んなモノが大量に用意されてはいるけど、毎度毎度くりやから持ってくるのは気が引けるじゃん? 分け前はちゃんとメイドさん達にもお夜食に晩酌にと回してるんだけどね?

 てことでミヅキに「出掛けるぞー!」と伝えると「どこに?」とも聞かず、「早くゆくのだ!!」と、大喜びで俺の背中に飛び乗……ろうとするのを華麗に回避する。重くはないが暑苦しいので自分の足で歩け。

 しかし一緒にお出掛けするだけでこの喜びよう……どうやらミヅキ、本当に出掛けるのを楽しみにしていたようである。ただの飲んべぇの食いしん坊だと思い込んでてごめんよ? でもほら、日頃の行いとか色々あるじゃないですか? てか日頃の行いの悪い神様とは一体……。まぁこいつ、元々たたり神だったから仕方ないよね。

 小さい子(見た目だけ)が楽しそうだと自分も楽しくなってくるのは自然の摂理か心の迷いか。ミヅキと手を繋いで大きく振りながらお屋敷の玄関まで移動する俺。しかし! ここで重大な問題が露見してしまったのだ!

 王都生まれの王都育ち、完全無欠の王都民であるところの俺、ハリスくんではあるのだが……小さい頃から家に引きこもって泥団子作りしかしていなかった弊害で、王都にある店舗の場所など知るわけもなく。いや、店がうんぬん以前の問題で王都の土地勘がまったくないのだ。てかこのくだり北都を出る時にもしたような気がするな。つまり何が言いたいかというと、

「詰んだ」

「なぜおぬしは屋敷から一歩も出ておらんのに詰んどるのじゃ……」

 今まで繋いだ手を大きく振り回していたハイテンションな二人、ここでまさかの挫折敗退である。うーん……どうしよう? いや、もちろん素直に誰かに案内を頼めばいいんだけどね? ほら、俺、友達とかいないし知り合いも少ないじゃないですか? ……自分の言葉に心が痛いであります!

 とりあえずキョロキョロと辺りを見回す。……Aさんと目が合った。

「玄関先で妹さんとお二人並んで三角座りなんてして、どうかなさったんですか? 何かご用件ならお承りいたしますよう?」

「用件? いえ、別に何もないですよ? いえ、本当に大丈夫です、はい、(あなたは)いらないです」

 うん、北都組のポンコツメイドさんに王都の案内を頼んでも一緒に迷子になる未来しか見えないからね? これ以上絡まれる前にお引き取り願った。公爵家に来た当初からお世話になってるし、いい子なんだけどね? そもそも彼女も北都の出身だから王都の土地勘とかなさそうだしさ。

 ……いや、そういえば北都から来たポンコツ繋がりでメルちゃんがいるじゃん! 向こうを出る時に「私が王都を案内してやろう!」とかキリッとした顔で言ってたよね? てことで元気になった俺氏、頑張ってメルちゃんを探すことに。といってもこの時間ならおそらく中庭で一人、剣を振り回しているはず。もちろん何か気に入らなくて暴れ回っているわけではなく、稽古で素振りしてるだけだからね?

 テクテクと歩いてミヅキと一緒に中庭まで移動……お、いたいた。でもここで「メルちゃーん!!」などと大声で呼び掛けてはいけない。なぜならそれを耳にしたフィオーラ嬢やリリアナ嬢が駆け付けてくるかもしれないからだ。

 特にフィオーラ嬢に関しては北都を出る時に『二人でお出掛けなど絶対にさせん! どんな汚い手を使ってでも必ず阻止する、そう、絶対にだ!』って決意表明してたし。まぁ今日に限っていえばこちらにはミヅキもいるから何もしてこないとは思うんだけどね? こいつ、このお屋敷の女性陣全員からあがたてまつられてる存在だから。

 でもほら、邪魔はしなくても見つかったら間違いなくついてくるじゃないですか? 別についてこられたくないとか、メルちゃんと二人でデートがしたいとかってだけの理由で邪険にしてるわけじゃないんだよ? だったらどうして見つかりたくないのか?

 ほら、最近忘れてしまいそうになるけど、フィオーラ嬢にしてもリリアナ嬢にしてもこの国では最上位のお姫様、箱入り未婚の超美少女じゃん? 普段の行動があまりにもアレすぎて忘れてしまいそうになるけど! もちろんそんなところも可愛かわいいんだけどね? めいとか妹として。

 つまり普通なら二人が外出する際には大勢のお供がついてくるわけだ。フィオーラ嬢に関しては北都でメルちゃんとメイドさんと御者さんの少人数で出掛けてた前科もあるけどさ。何が言いたいかというと、れいじょうが街中にお出掛けする時は通常ならとんでもなく支度に時間もかかるし無駄に人員を割かないといけない大事になるってことなんだ。それこそ『馬車十台、騎馬五十騎、その他総勢二百人!』くらいの規模で護衛が付くんだよ。もうそれちょっとした大藩の参勤交代じゃん。

 話半分だとしても総勢百人の大所帯を引き連れて「ちょっとそこのコンビニで酒買ってくるわ!」くらいの認識で出掛けたら市場が大騒ぎである。

 なのでここはお二人には涙を飲んでもらって、

「ん? おお、そこにいるのはハリスではないか! このような場所で出会うとはまことに奇遇だな! もしかするとこれは運命が二人を結びつけているのではないだろうか?」

「お、おう……。いえ、間違いなく運命じゃないことだけは言い切れますけどね?」

 公爵家の中庭で出会った女性。気さくに俺に声を掛けてきたのはもちろんメルちゃん! ……じゃないんだよなぁ。

 肌触りの良さそうなベルベット、それとも静かにグラスの中で揺れる成熟した赤ワインのような真紅の髪を風になびかせた、透き通ったルビーの瞳を持つ女性。

 みなまで言うな? そうだね、もう分かるよね!

『キルシブリテの赤い魔神』ことアリシア殿下のりである。

 てか王女様、奇遇ってなんだよ奇遇って。ここ、公爵家のお屋敷の敷地内だよ? 王族が上級貴族の屋敷の庭に真っ昼間から不法侵入とかどうなってるのさ。

「ふむ、この前のしい衣装とは違い今日はラフな格好だな? もしやこれからどこかに出掛ける予定でもあるのかな?」

「はい、少々ようがありまして……ではなく、アリシア殿下、お久しゅうございます」

 その場でひざまずき、それなりにちゃんとした挨拶の体勢に入る俺。

「まったくだぞ? そのうちわらわの部屋までいに訪れるだろうと、今か今かと待ち構えておったのに一向に来ぬのはどうしてだ? 仕方がないからこうしてわらわから訪れてやったのだぞ?」

 人、それをありがた迷惑という。てかなぜ俺が王女様の部屋に夜這いになど行くと思ったのだろうか? 確かに? 年齢的には二十歳だから下限のギリギリでセーフだし? 性格の悪……キツそうなかんばせと肉付きの良い引き締まったプロポーションは完全に俺好みではあるんだけど……いかんせんご身分が王族だからなぁ。

「お戯れを。木っ端貴族が姫様に懸想して城に忍び込む、あまつさえ姫様のお部屋になど入り込んだりしたら、半日後にはお城の門前に首が供えられちゃいますよ……」

「おや? うわさで聞くところによるとそなたは三大美女を手籠めにして回っているのであろう? なら最後はわらわではないのか?」

「どこ情報ですかそれ!? フィオーラ様は私の主筋の方ですし、リリアナ様は昔からの顔見知りというだけで、そのような事実は一切ございません! ……ところで殿下の御成りの本当の理由は私が聞いてもよろしい内容なのでしょうか? それともどなたかに取次ぎをいたしましょうか? はたまたすでにお供の方がどなたかに面会の先触れを?」

「ふむ、二人とはまだ何もないというのか? そうか、それはいい! うむ、実にいい! 屋敷に訪れた理由は最初に告げたとおりだぞ? そなたに会いに来ただけでキーファー公爵家にはこれといって用などないぞえ? 先触れも何も供などは初めから連れてきておらぬしな。そもそもきにぞろぞろと共を引き連れてくるなど無粋であろうが?」

 うん、イマイチこの人が何を言ってるのかよく分からねぇ。とりあえず何というか王族だけあって自由人だなぁと思いました。

 確かにこの前の決闘騒ぎの時に見た真っ赤でエロくて扇情的なドレスとは異なり、今日はフードが付いた薄手のがいとう姿だからそれほど目立ちはしないんだろうけど。露出が少ないってだけでその外套が圧倒的にお高そうな時点で今日も十二分に目立ってるんだけどね? 中に着ている服もボディラインにピッタリと密着していて非常にセクシーだしさ。もちろん赤い。

 しかし本物のお姫様が一人でお出掛けとかどうなんだそれは。王城からこのお屋敷までの距離で危険な目に遭うようなことはなさそうだけど。少なくとも男一人をラクラクと引きずり回すくらいだから、もしもの時は自分一人でも身を守れるだけの何らかのスキルはあるんだろうけど……それはそれ、これはこれである。

 あれだな、触らぬ神に祟りなし(※ただしうちにいる蛇は気ままに祟る)だからね? この人はこのまま公爵家に押し付けて俺はとっととミヅキと二人で出掛けてしまうか。

「えっと、私、これから少々街に出掛ける用件がございましてですね」

「ん? ああ、それはその装束なりを見た時から分かっているぞ? よし! ではどこに行きたい? わらわが直々に案内してやろうではないか!」

 相手は笑顔だし『いらないです!』って断りにくい雰囲気だなこれ。今回はどうやら出掛けるのではなく回れ右して自室に引きこもるのが正解だったようだ。いや、それはそれで部屋までついてきそうだよなこの人。後で未婚の王女様を部屋に連れ込んだとか言い出されても困るしねぇ? そ、そうだな! ここはポジティブに、ポジティブに考えるんだ! 『ポンコツ女騎士ちゃんよりも街をよく知ってそうな優秀な魔神に王都内を案内してもらえるのだから、得したんだ!』と。喜べる要素が特になかった。ああ……メルちゃんといちゃいちゃしながら肩で風切って散策したかったなぁ。寄せては返すチンピラをちぎっては投げちぎって鼻毛しながら! 嫌な誤字だなおい。

 さて、こちらがYESと返事するまでストーリーの進まない強制イベントチックではあるが、王女様と街に出掛けることになった俺とミヅキ。

 でもほら、ここって貴族街、それも王城を囲むように配されている最上位貴族様のお屋敷じゃないですか? 何か買いに行きたいならここから内壁を一枚二枚と越えた上級平民街か、さらに外周部分にあたる普通の平民街まで行かないといけないんだよ。距離的にはどんなに急いでも片道で一時間以上、徒歩で行くには少々どころではなく遠い。なら普段の買い物はどうしてるのか? もちろん急ぎで必要な物があればメイドさんが馬車を走らせるけど、基本的には御用聞きが来て品物を配達してくれるのだ。

 直線距離で行けたらそんなに時間はかからないんだけどね? お城の防衛の面から考えて平安京みたいに真ん中に大通りがドーン! と通っているような都はそうそうないんだよなぁ。

 俺と王女様とミヅキの三人、上級貴族の邸宅のある地区を徒歩でだらだら歩いていたら見回りの衛兵さんに職質されること風の如くである。そして一緒にいる王女様を見て相手が真っ青になって、平謝りするまでがお約束だな。に働く衛兵さんにとってはためいわくなことこのうえない集団である。

 ああ、そういえばその王女様であるが、ここまではお城から単騎でやってきたらしい。馬? もちろんそのまま公爵家の門衛に預けてきたという。門番のおっちゃん、いきなり王族に馬を押し付けられるとかストレスでおなか痛い痛いになってるのではないだろうか?

 まぁ王女様と二人なら馬にタンデムって方法もあったんだけどね? もちろん俺が後ろに乗って抱きつくスタイルで! 抱きつくついでにお腹と下乳の柔らかさを楽しんだりとか、ちょっと体と髪の匂いをクンクンするくらいなら許されそうじゃん? 行動が完全にセクハラオヤジのソレである。

 しかし残念ながら今回、俺には連れの幼女(蛇)がいるのだ。流石さすがに馬に三人並んで乗るのはお馬さんの背中の広さ的に危険極まりない。三人乗り自転車みたいにもの凄くカッコ悪そうだし。

 そんな困った時に頼りになるのはもちろんジョシュアじーちゃん。俺とは違い多忙なところ申し訳ないんだけど小型の馬車を出してもらい、それに乗って街まで出ることになった。

「自分の仕事だけでもクソ忙しいのに、いつも面倒を掛けてごめんよじーちゃん」

「いやいや、王女殿下の乗る馬車を駆るなど王国貴族の誉れですからな!」

 じーちゃんにはそのうちちゃんとした形でお礼をしないといけないな。

 特に急ぎでもないので速度を出すこともなく、パカポコと街に向かう馬車の中では何が琴線に触れたのか、終始ニコニコとしている王女様が少し怖いんだけど……。ほら、マフィアは相手を殺したい時はあえて優しくして油断させるとかなんとか。

 今日は少人数なのでいつものゆったり六人乗りの大きな馬車ではなく四人乗りの小さな馬車。なおかつお忍び用の家紋が入っていない車両なので、走行中の車窓から外を眺めることもできるのがちょっとだけうれしい。

 いや、小さな馬車だって言ってるのにどうして王女様が隣に座ってミヅキが膝に乗ってんだよ! せめてどっちかは向かいの席に座れよ! 狭苦しいうえに暑苦しいわ!

 王都の街並みは北都よりも頑丈そうな石造りの建造物が多く、全体的に裕福そうに見えるな! なんて思ったけどそもそもこのへんは上級貴族街だった。まぁ外周に向かって壁を越えて進んでゆくほどにそうでもなくなってくるんだけどさ。

 今まであまりこういった観光的なことをする余裕もなかったので俺も、楽しそうにしてる王女様と電車に乗ってるクソガk……男子小学生みたいに落ち着きのないミヅキに釣られて少しテンションが上ってしまう。

 てかさ、馬車で出掛けるなら案内も何もないよね? だって御者さん(ジョシュアじーちゃん)に行き先を伝えるだけで目的地に向かってくれるんだもん。王女様の道案内いらなくね? そもそも隣に座ってるだけで何もしてなくね? と、今さら気付く。いや、この人はなんだかんだ理由をつけて勝手についてきてるだけなんだけどさ。でも可愛い女の子──年齢的にも外見的にも『可愛い』と『女の子』の双方に疑問符が付きそうではあるけれども、女性に対して『帰って?』とも言えないしなぁ。王族と関わり合いたくはないけど綺麗なお姉ちゃんと一緒にいるのは嫌じゃない、むしろ大好きな俺なのだから! そのうち刺されそうな節操のなさである。



 そんなお姫様と他愛たわいない話をしてる間にも、ジョシュアじーちゃんにお願いしていた最初のお店に到着する。お目当ての一軒目はむろん酒屋さんだ。

「ここは酒屋かや? ふむ、そなたはそのとしで酒が好きなのかえ?」

「いえ、私はそれほど、というよりまったくたしなみませんね。むしろお茶や甘い物の方が好きなので。ですがこのへ……ミヅキが毎日毎日大量に消費しますので」

「ならなぜ買いに……というかその幼女が酒を飲むのか? 王国では年齢的な飲酒の制限はしておらぬが、流石に年端も行かぬ子供が鯨飲するのはどうかと思うのだが?」

「うむ、我への供物なのであるぞ? そして我は幼女ではなくミヅキなのだ!」

 王女様が「お、おう、そうか、何言ってんだこいつ」みたいな顔をしているが、説明するのがとても面倒なうえに説明しても理解してもらえない。むしろ「あたしゃ神様だよ!」なんて言ったところで厄介事にしかならなそうなので「はははは」と隣で愛想笑いだけしておく。ああ、貴族だからここは「ほほほほ」にしておくべきだったか? でも一人称が麻呂の人も語尾がおじゃるの人もいないしな。

 てか俺ってまだ日本に居た遠い昔にはよくファンタジー物の小説とか読んでたんだよね。で、貴族の当主のこと『お館様』って呼んでることってあるじゃん? でも屋形号って基本的には幕府が大名に許した尊称じゃん? 『のぶながが誰それに許可した』とかもあったらしいけど、あの方も最終官位的には『右府様(右大臣)』だからせいたいしょうぐんよりずっと位は上だしさ。何となくもにょる……。幕府もないし御所様もぼう様も出てこないのにお館様だけはよく出てくる、なぜなんだ? お屋形様とお館様は違うから関係ないの? などと『細けぇことはどうでもいいんだよ! 何となく呼び方がカッコよければOKなんだよ!!』と言われそうな妄想をしてるうちに酒屋……と言うには規模のデカいお店? 倉庫? の中まで通される。

 ヒャッハー! 無駄遣いの時間だぜぇ!! ……うん、一応有り金おこづかい全部持ってきてるけどそこまで多くはないからね? あくまでも常識的な範囲でのご利用でお願いします。それと王女殿下、お支払いはご自分でお願いいたしますね? そんな『の何年もの』だとかいうピンポイントな品物はお値段の桁が二桁ほど上がっちゃうから、プレゼントできませんので。

「むぅ……ハリス、今日は初めての二人の逢い引きなのだぞ? ここは男として、格好をつけてわらわをさらにれさせるところではないかのう?」

「私は身の程をわきまえておりますのでご遠慮させていただきます。いや、そもそも大領の領主様でもなければ、そんな高いものポンポンと買えませんからね?」

 むしろホストクラブの太客にしか見えない殿下が俺におごってくれる方が、見た目的に自然だと思いますよ?

 ミヅキの方は基本的に質より量なので大丈夫。もちろんお酒自体が安い物でもそれなりのお値段しちゃうんだけどね? 最近つまみの味にはやたらとこだわるけど酒の味はそうでもないみたいだ。そのせいで毎回俺がつまみを作らないといけないはめになるんだけど……なぜかそれを嬉しそうに一緒に食べるAさんもいたりするし。

 Aさん、鼻が良いのか耳が良いのか、食べ物に反応するスキルを持ってると言われても納得するレベルでいつもお皿持って並ぶんだよね。炊き出しでもしてると思われてるのだろうか? まぁ彼女にはいつも世話にもなって……世話に……果たして俺は王都に来てから本当にAさんに世話されてるのかな? いや、ちゃんとこちらでも俺の洗濯物とかはAさんが担当してくれてるな。うん、十分お世話になってた。

 そしてお酒、液体なので不定形なうえに重量もあり、入れ物までごついというかさる物代表みたいなモノを大量購入。流石に買ったものが持ち運べない量だったので──王女様もいるし時空庫を使わない程度の常識はあるのだ──当然ではあるが公爵宅までデリバリーしてもらうことになる。デリバリーしてもらおうと思ったんだけど、公爵家の人間だって分かるものを何一つ持ってねぇな俺。本当なんです! これでも公爵家の使用人なんです! そもそも先払いでちゃんとお金を払った送りつけ詐欺とかしても俺しか損しねぇじゃん! まぁ一介の使用人がそんな物持ってる方がオカシイんだけどね? メイドさんなどが急ぎの買い物に出る場合は何かしらのあかしのようなものを所持しているらしいし。

 どうしよう? と、思ってたら王女様が『王家の紋の入った指輪』で身分を証明してくれたので事なきを得た。その後『このような場所に王女殿下がお見えだと!? 全員ひかえおろう!!』みたいな騒ぎになったけど。

 まぁこの王女様に関してはかぶってるフードを降ろしただけで、身分証なんて見せなくともどちら様かすぐに分かるんだけどさ。なんたって赤い髪の絶世の美女だもん。『見た目は』って但し書きが必要だけど。こうして一緒にいると性格も悪くなさそうではあるんだけど……何某なにがしか腹に一物持ってそうなのがねぇ……。もちろんイチモツと言っても王女様が男のだという意味ではないからな?

 てかよくよく考えなくてもジョシュアじーちゃんに相談したら良かっただけのような気がしないでもない、むしろそれが最適解だったよな。

 さて、酒屋さんというか酒問屋の次に向かうのは……香辛料を扱っているお店である! うん、スパイス的なあの香辛料! どうしても作りたいものがあるんだよ!

 こちらは先ほどの酒屋とは違い倉庫的な店ではなく普通の店舗……でもないな、やはり建物はそこそこデカいし。この辺は上級市民街で貴族や裕福なご家庭用の卸しの商いをしてる店ばっかだから、どこもかしこも店舗は大きいのだ。

 香辛料なんて王国内で生産されてるのはしょうがやニンニク、ギリギリ唐辛子までで日本人が香辛料で思い浮かべる物、こしょうにシナモン、ウコンにターメリックなどなどは完全に他国からの輸入物だ。そしてウコンとターメリックは同じものである。

 香辛料を扱っている店舗の店先に色とりどり! というほど何十種類も並べられているわけではないが、綺麗に並べられたそれら香辛料の重さを計ってもらい購入するわけなのだが、

「まぁ何がなんだか、スパイス素人しろうとの俺が見ただけで分かるはずもなく」

 生姜、ニンニク、唐辛子、山葵わさび……ギリギリで胡椒までは何となく現物を見たことがある。ああ、八角(スターアニス)も形で分かるかな。八角、二つ並べたら空から落ちてくる使徒みたいじゃね?

 他にも長いル○ンド(ブル〇ンのボロボロこぼれる食べにくいけど超うまいヤツ!)みたいなのがシナモンで、長い虫(ナナフシ)みたいなのがバニラだったか? 思ってたよりも分かるもんだな。でも俺が作りたいモノの材料として何が必要なのかまではイマイチ不明瞭なので、適当に色んな種類を選んで買っていく。

 ちなみにウコンはう○こみたいな形ではなく生姜に似た形をしていた。……いや、それはそれで色味が茶色だったら、ほぼう〇こじゃね? まぁ見た目で言えばウコンよりもタマリンドの方がう〇こっぽいよな!

「少し勉強させていただきまして……合計で金貨三十五枚になります」

 さらっと金額を言われたけど、金貨三十五枚って日本円で換算すると軽自動車が買える金額だからね? もちろん胡椒の価値が金貨と同じ重さだなんてことはあるわけもないが、お高いよね香辛料……まぁ、お高い原因は一緒に砂糖もそれなりの斤量買ったからだけどさ。

 馬車に載せると全員が加齢臭ならぬカレー臭に包まれることになるので、こちらも公爵家にお届けしてもらうことに。なぜかお会計が金貨三十枚に下がった。

 そして砂糖に関しては量も欲しいし、そのうちスキルを使って自家生産を試すべきかもしれないな。

 お財布が……あんなにいっぱい入っていると思っていたお財布がとても軽いです……。これまでめたお賃金、ガイウス様からもらったお駄賃、コーネリウス様から貰ったお小遣いとそこそこの小金持ちだったのに……夕方にはもうチャリンチャリンである。心の底から寂しい。そのまま『俺達の買い物はここまでだ!!』エンドを迎えそうな俺。でもあと一軒だけ行きたいところがあるんだよね。

「そなたは服屋ではなく、生地屋で何か買うものでもあるのか?」

 と、不思議そうというかげんそうな顔をする王女様。もっともなご意見である。

 だって普通の大貴族様は自分で仕立てなんてしない、というよりも服が欲しいなら仕立て屋さんを屋敷に呼び出すものだから。戦国時代の武将の奥さんなら自分で縫い物とかしてそうなイメージもあるけど、この国の貴族様はどうなんだろう? 武将の奥さんって言ってもさん(やまうちかずとよの奥さん)は縫い物してそうだけど、のう姫(織田信長の奥さん)はしてなさそう。いや、そもそも俺は貴族様じゃなくただの小間使いなんだけどね?

 そんな俺が生地屋さんに来た目的はもちろん自分の予備の服やその他もろもろを作ること。だって仕事着、フィオーラ嬢に仕立ててもらった一着しかないしさ。この前の決闘で一着衣装が増えたけど、どう考えても派手すぎて仕事着どころか普段着にもなりはしないので除く。

 流石に普段着がないのは問題なので、今着てる服とか部屋着はメイドさんにお願いして適当な古着を買ってきてもらって、設計スキルで糸から作り直したものを使ってるんだけどね? でも仕立て直し用の古着ですら足踏みミシンもない手縫いだけの世界だからやたらとお高いんだよ。素材である布がお安くないうえに仕立て代が加算されるので、古着でも新品の三分の一から半値くらいしちゃうのだ。

 トイレットペーパーとの交換でボロ布はコンスタントに集まってるんだけど……お布団とかクッションとかカーペットなんかのぜいたくひんを優先してるからいまだに仕事着は一枚きりのたきりすずめなのだ。どう考えても限られたリソースの使い方が迷子になってる気がするけど、生活環境の改善はとても大切だからな! 特にお布団、これがないと日々の疲れが取れないもん。

 と、話がれたがここは生地屋さんである。古着を買うと仕立て代が加算される。それなら最初から生地、むしろ糸を買う方がかなりお安く付く。……はず?

 もっといえば糸になる前の素材でもなんとかなると思うんだけどね? だって俺、スキルで糸自体の紡ぎ直しからやってるじゃん? 原材料(麻、綿、絹などなど)の質さえ良ければ熟練の糸紡ぎ職人──そんな職人さんが居るのかどうかはさておき──が紡ぎ出した最高品質の糸を機械式の織り機で織り出したような、まったくムラのない最高の生地に織り上げて、ちょっとちゅうにびょうがかったデザインに仕立てるという一人産業革命ができるのだ。織物スキル&裁縫スキル万歳! そして設計スキル様々だな! もちろん魔導板さんにも感謝を忘れないようにしている。魔導板さん、たまに他人行儀になっちゃうからなぁ。

 てなわけで麻糸、木綿糸、絹糸と資金の許す限り……あ、なめし革もあるんだ? そちらも少し欲しいな。毛皮はお財布の中身が心もとないのでまた今度にします。

 おおっと、忘れるところだった、糸を染める染料も置いてます? ある? よし、そちらも……香辛料に負けず劣らずお高いなおい、悔しい……でも買っちゃう……。

 なぜか「やはり私には赤が似合うだろう?」と赤い染料を追加で買わされたけど、いい買い物ができた……はず。はい、送り先は公爵邸で。

「ふむ、服でも生地でもなく糸を買うのか」

 赤い人、買い物した素材を見て軽く顎を押さえながら意味深につぶやくのめてもらえますかね? それでなくとも王女様は強キャラムーブ満載なんだからさ。

 しかしなんというかこう、完全に思ってたのと違う王都お買い物デートになったけど、それを差し引いてもショッピングを十二分に堪能した俺とミヅキと王女様。

 いや、違う、そうじゃない、何かが間違っている気がする。だって王女様と城下町で逢い引きって本来ならもっとこう──甘酸っぱい感じの物語になるはずじゃないですか? お別れの時にお互いに身につけてるアクセサリーとか、贈り物の交換をしたりとかさ。

 アクセサリーの交換といえば昔、俺がまだ勇者になる前、日本で高校生だった頃の友人が遠距離恋愛(私鉄の駅二つ向こうははたして遠距離なのだろうか?)している彼女とデートが終わって、別れる際に彼女の髪を結んでいるヘアゴムを貰って手首に付けていたという自慢をされたことがある。そしてそのヘアゴムを俺に見せつけながら「ほら、こうして手首を顔に近づければいつでもあいつの髪の匂いが嗅げるんだよ」とかこうこつの表情をされて反応に困った思い出。

 いや、違う、そんなマニアックなフェチ系の話じゃないんだ、もっとこうセツナイ感じのほら、『もう二人はきっと二度と逢えないんだろうな……でも、もし二人が再び逢えることがあればその時は……』みたいな? お約束的な流れとかあるじゃないですか? そもそも現地解散したわけじゃなく、並んで馬車に乗ってお別れもせず一緒に帰ってきてるんだから、流れも何もあったもんじゃないんだけどさ。

 まぁ下町方面にはまったく出向かないで、ほぼ貴族ようたしのお店巡りで買い物を済ませてるんだから、甘ったるいムードになんてなりようがなかった。幼女連こづれだったし。

 時間に追われてたわけでもないんだし、もっとのんびりと下町の屋台巡りとか景色のいい高台で夕日を眺めたりとかしても良かったんだけどね? でもほら、買っちゃったじゃん? 香辛料。そうなのだ! どうしてもアレ、例のアレを一刻も早く作って口にしたいのだ! そしてアレの旨さを公爵家に広め、お嬢様方をアレなしでは生きていけない体に……。オースティアお姉様に「ハリス……ああ、早く! 早くハリスのアレが欲しいのぉぉぉぉっ!!」とか言われてみたいじゃないですか!

ぬしよ、さっきから口元の緩みきった顔がかなり気持ち悪いぞ?」

「ふっ、本人にも自覚はあるから心配無用だ」

「なら止めればよかろ……あれじゃな? 今日は帰ったらこのまま酒盛りに突入じゃな!」

 うむ、もちろんアレができたら一緒に飲めや歌えのパーリーナイッ☆だな!



 そして帰ってきた公爵家。馬車を降りた俺の隣にはもちろんミヅキと赤い人。王女様はまだお帰りではなく、お屋敷の中までついてくる感じなのかな?

「そろそろ帰って?」

「王族に対してなかなかに無礼だなお前は!?

「殿下に不服があるとか不満があるとかじゃないんですよ? ただそろそろ帰ってほしいだけで」

「それを世間一般では不満があると言うのだがな!!

 どうやらまだまだ帰ってくれそうにない王女様。

 あれ? ここって見慣れた公爵家の玄関だよね? 扉を挟んでドレス姿で仁王立ちしてる方が二人ほどいるんだけど……おかしいな? ここは東大寺の南大門なのかな?

 ちなみに、向かって左側の口を開いてこちらに語りかけてくるのがフィオーラ嬢(あぎょう像)で、向かって右側の口を閉じて不敵に笑っているのがリリアナ嬢(うんぎょう像)だ。

「あら、ハリス、お早いお帰りなのね? アリシア殿下と二人きり、乳くり合いながら城下町での逢い引きは楽しかったかしら?」

「ふふっ、うふふふっ」

「あ、うん……」

 乳くり合うってなんだよ乳くり合うって。その言葉自体がすでに全力でいかがわしいのに『乳くり』部分の、その行為を具現化したような単語としての完成度高すぎだろ!

 てか吽形像……ではなくリリおねぇちゃまはただ笑ってるだけなのにむっちゃ怖いんだけど!? でもここで変に言い訳すると余計に突っ込まれ、話がとても長くなるのは自明の理。やましいことなど何もないので堂々と胸を張って、

「いえ、決して逢い引きとかそういったものではなくてですね、そう、たまたま! たまたま出掛けるタイミングで王女殿下とお庭でお会いいたしましてですね」

 めっちゃ言い訳した。てか王女様と自宅の庭で出会うとかそれどんな確率なんだよ。

 だってさ、仁王様ににらみつけられてるこの状況で「うん、デートむっちゃ楽しかったよ! 馬車でくっついてる時にすっげぇいい匂いしたし! お嬢様よりおっぱいおっきいし!」って答えられるのはどこか、むしろイロイロとネジのぶっ飛んだやつだけだと思うんだ。

 完全にふくれっ面のフィオーラ嬢と終始笑顔のリリアナ嬢に「これからお土産みやげの調理に入りますので! のちほど変わった料理? を、お出しいたしますからそれでご勘弁を!!」と全面降伏した後で向かうのはもちろん厨である。

 今日はお嬢様方が口に入れるものを作るので、いつもつまみを作っている小さな使用人用の厨ではなく大きな方、公爵家ご家族やお客様のお料理を用意するちゅうぼうに移動する。

 むろん俺はここの料理長に好かれていない──というよりもかつの如く大いに嫌われているので良い顔はされないのだが、御令嬢お二人プラス王女様とミヅキが一緒にいるので奴が俺に対していやを言うことなどできようはずもない。ふっ、いいか? これがっ、国家権力おひめさまかさに着た小役人の実力だ! 虎の威を借るきつねとは俺様のことさっ!! すがすがしいまでのキャラムーブが実に心地よい。あ、買ってきた香辛料とかここには置いてないや。

 さて、行ってこいで帰ってきたにもかかわらず、俺の部屋にすでに届けられていた大量の荷物。その中から選び出しましたのは──選び出すんじゃなく置いてあるもの全部時空庫に入れておくべきだな。どうせ使う時は設計スキルで加工するんだし。荷物の持ち帰りの際に見せた『王女様がいるから時空庫は使わない』という気遣い、ここに来て完全無視である。

 しかし、買ってきた香辛料がこの短時間で部屋の中ですげぇ匂いを放ってるな……。これはもう完全にご近所にあったいん料理屋さんのかほりである。久しぶりに腹いっぱいチーズナン食いてぇなぁ。むしろ小麦粉とチーズを使うのならお好み焼き、もちチーズ豚玉トッピング食いてぇなぁ。ん? 香辛料も買ってきたしこれからアレを作るんだろう? ならチーズナンも作れば……おっとみなまで言うな!

 さて、材料もそろったので再び厨房へとUターン。今から作るのはもちろんみんな大好き大好物! のアレなのである!

 あ、しまった! かんきつけいの果物買ってきてないや。

「へっへっへっ、料理長ちょっと果物分けてもれぇやすかねぇ? ああ、その赤いのじゃなくてそっちの! 暖色系の色合いの丸っこいのがいいでゲス!」

「お、おう、どうせ逆らえんのだから勝手に使ってくれ! あと何だそのゲスってのは?」

 よし! 目的のフルーツゲットだぜ!!

 さて、各種香辛料に柑橘系の果物! 本日はオレンジっぽいのとレモンっぽいのをご用意いたしました。そこに追加で大量の砂糖と錬金術で作った炭酸水を追加致します!

 えっ!? カレーに砂糖? てか炭酸水ってなんぞ? ふふっ……いつからカレーを作ると勘違いしていた? そう、今から俺が作るのはもちろん『コーラ』。一時期ってたクラフトコーラなのである!! もうね、故郷離れて足掛け二十年……炭酸飲料が死ぬほど、そう、死ぬほど飲みたかったんだよっ!!

 あ、シードル(リンゴの発泡酒)は帰ってどうぞ。エール? あんな馬の小○みたいな物が飲めるかっ!! そもそも微炭酸すぎて求めてる物との差がありすぎる。あと苦い。

 そもそも俺が求めてるのは酒ではなく血糖値が爆上がりしそうなくっそ甘い、そして喉がヒリつくような炭酸飲料なのだ!!

 もちろん炭酸水だけなら結構前から作れたんだよ? 錬金術だけでできるから。地域によっては探せば自然に湧き出してるところもあるし。でもほら、香辛料。北都ではそんなに種類を取り扱ってないんだよね……。てことで、

「設計、炭酸飲料、コーラ一リットル! 炭酸キツ目、温度は……一度っ!」

 そう、我求めるはキンキン、否、キンッキンに冷えたコーラなのである! 俺の魔力と材料が時空庫から吸い出されるとともに黒い液体が手をかざした先でクルクルと回り始める。

 ちなみに『設計、錬金術、調理、水魔法、火魔法、植物魔法、合成魔法、魔力操作』などのスキルを複合使用しているので一般人にはとてものできない生産方法なのだが、見た目はふわりと浮かんだ黒い液体が回ってるだけという地味さ加減。それとなく闇魔法っぽいし。

 あ、入れ物を用意してないや! どうしようこれ!? 水差し、誰かそこの水差し取って!!

「ふぅ……危なかった……」

「ええぇぇ……やはり先ほどの魔法で現れた物体は危険なものだったのですね……?」

「ん? いえいえ、安心安全、危ない成分は入ってない普通の飲み物ですよ? そういえば歯とか骨とか溶かすっていう都市伝説もありましたけど」

「普通の飲み物は宙に浮かばないし、あんなまがまがしい色はしていないと思うのだけれど……? ってそれは骨を溶かすのですか!?

 フィオーラ嬢が一歩飛び退しさり、引きつり顔でこちらを見つめていらっしゃる。

「あくまでも都市伝説、噂話のたぐいのものなので大丈夫! ……なはず?」

「そこはちゃんと言い切りなさいよ……」

 本当に骨が溶けるほど強力な溶解力があるなら口をつけた時に唇が溶けないとオカシイしさ? いや、そんな細けぇこたぁどうでもいいんだよ! コーラ! 二十年ぶりの炭酸飲料! 体が求めるブドウ糖果糖液糖! 一口飲むだけでテンション爆上がりの危ない葉っぱ成分が大量に入ってそうなコーラなのである!!

「では遠慮なくいただきます! んっ……んっ……んっ、んっ、んっ、んっ……」

「その水差しからじかに飲むのね!? ……なんなのかしらこの感覚は……口元から首元を流れて胸元に流れる黒い液体……ただ飲み物を飲んでるだけなのに……あなたの飲み方がとてもいやらしく感じられるわね……」

 よく分からないことを言いながら頬を染めるフィオーラ嬢。どうやらお嬢様が新たな性癖に目覚めたようである。

 喉を痛めつけてくる強炭酸の刺激、それをものともせず水差しをあおる俺。

「ぐぅ──っ!! …………ゲフッ! ペ○シだコレ!!

「ふっ!? ……くっ……くくくくっ……」

「ちょっとハリスっ!? 殿下の前でいきなり噯気おくび(いわゆるゲップ)を出すとか何を考えているのかしら!? もう!! 殿下もそんな笑ってらっしゃる場合ではありませんよ!?

「くくくくっ……いや、そうは言うがな、王族の前でここまで傍若無人な態度のやから、城でもなかなか見られるものではないぞ?」

「ううう……うううううう……ペ○シだこれ……」

「あなたはあなたでどうしていきなり泣き出したのかしらっ!?

 だって、二十年だよ? 飲みたくて飲みたくて震えてたんだよ? ……コーラ、うめぇなぁ……むっちゃうめぇなぁ……喉にしみる、鼻にツンと来る強炭酸の刺激! あ、コカ〇ーラではなかったけどペ○シも大好きなので全然大丈夫です! むしろペ○シの方が好きまである。

 カロリーゼロ? そんなラーメン食いに行って麺を抜くみたいなことするわけないだろう!? 脂! 砂糖! 高カロリー! うめぇもんは全部、大量摂取したら体に悪いもんなんだよ!!

 ちなみにこの後三人のお姫様にもおすすめしてみたが、

「いえ、人前で噯気が出てしまう飲み物は流石にちょっと……そもそも口にするには色が禍々しすぎるのだけれど?」

「お、おねぇちゃまもそれを人前で口にするのは少しだけ恥ずかしいかな? でもハリスちゃんと二人きりの時なら……いいよ?」

「ふむ、わらわは材料の買い出しから付き合わされたのだからな、もちろん遠慮なくいただこう」

 毒物扱いのフィオーラ嬢とエロい小道具扱いのリリアナ嬢と相変わらず男前な王女様。

 当然俺が直飲みしていた水差しをそのまま渡すわけにもいかないので、新しく魔法でクルクルして新しい水差しに入れてからちゃんとグラスに注ぎ手渡す。たぶんこの王女様ならそんな細かいことは気にしてなさそうだけどね?

 何の疑いもちゅうちょもなくグラスに口をつけると、ゆっくりと中に入った液体をあおるお姫様。

「コク、コク……。これは何と言えばいいのか……エールの何倍も、いや、何十倍も刺激的な喉越しと、甘いだけじゃない複雑な味わいに少し酸味の利いた後味、実に癖になケプッ……」

「ぶふっ」

 コーラを飲んで山手線の駅名を全部言うネタの如く、りゅうちょうしゃべってた王女様の突然の可愛らしいゲップに思わず吹き出しちゃったらむっちゃ睨まれたよ。

 てか砂糖はそれなりに減ったけど香辛料はほとんど減ってないな? これでしばらくは炭酸飲料には困らなそう……次は爽やか路線でサイダーとジンジャエールだな!!



 てことで新商品? のおも終わりましたので王女様はそろそろご帰宅を……されないんだ? ああ、何か公爵閣下にご用でも……特にないんだ? じゃあとっとと帰ればいいじゃん!!

 いつまでも食堂でたむろっていると食事の用意の邪魔になるので、家主であるフィオーラ嬢を筆頭に一列に並んで俺の部屋に向かう三名のお姫様withミヅキ。

 妙齢のお嬢様方が竜を倒す昔のアレみたいな並び、通称電車ごっこで廊下を歩いてるのがおかしくてまた笑いそうになった。メンバー的にたぶん竜を倒すアレⅡだな! でも俺、王子でも何でもないただの平民だからなぁ。てか基本ラスボスは竜じゃなくて魔王だよな、アレ。そしてメンバーから考えると魔物使いっぽい俺。よく一緒にいるのが蛇とかクマとかウサギさんだし、Ⅴかも?

 もちろんこの集団の目的地は俺の部屋。本館から別館までそこまで距離があるわけでもないので徒歩数分で到着する。そして室内がそんなに広いわけでもないからこの人数が中に入るとそこそこ狭苦しいんだけど。あとお姫様がいっぱいだからむっちゃいい匂いがする!

 てかさ、さらっとみんな入ってきちゃってるけど……駄目じゃん! この部屋って王国屈指の企業秘密がいっぱいなんだよ? フィオーラ嬢に関しては俺に許可なく勝手に出入りしてるから仕方ないとしても……いや、それは本当に仕方がないで済ませていいものなのだろうか?

 ほら! 中に入ったそばから王女様が部屋の中央、天井近くで光り輝く光魔晶に目がくぎけに……なってないな? 一点を見つめてはいるけど。あ、歩き出した。そして手に持ったモノの肌触りを顔で確かめて、

「ちょっと殿下! それ、俺のバスローブですから! なんで頬をスリスリしてるんですか!?

「ん? いや、やたらと肌触りが良さそうに見えたものでな? バス……というからには、これはみの時に使うものか? それにこの匂い、馬車でも嗅いだ匂いだな。そなたの体から香る匂いかとも思ったが、フィオーラからも同じ匂いがかすかに漂っていたのだが……もしや二人はすでにどうきんするほどの仲なのか!?

「……はい」

「いや、『はい』じゃないですよね!? 何でちょっと満更でもなさそうな顔で頬を染めてるんですか! 違いますよ! そんなこと言い出したらこのお屋敷の女の人の半分くらいは同じ匂いがしますからね?」

「なんと……貴様、そのような人畜無害そうななりをしておきながら、この屋敷の半分の女に手を出しているというのか!? 愛らしい顔をして下半身が有害すぎるだろう!?

 まずはその『同じ匂い』イコール『一緒に寝た(性的な意味で)』っていうストレートな解釈からして間違ってるんだけどね?

 話が進まないので、固形のせっけんと小さなシャンプーの瓶を取り出して王女様に持たせる。

「これですよ。同じ石鹸と洗髪剤を使ってるんです。同じ匂いがするでしょ?」

「ほう……その小瓶はオースティアが自慢していた洗髪剤かな? やはりでどころはそなただったか。しかしこのバスローブ……柔らかく心地のよい肌触りと見たこともないような見事な織り。……天井近くで光っているのはもしかせずとも光魔晶であろう?」

 シャンプーの蓋を開けて、石鹸と交互にその香りをくんくん確かめた後、すっと細めた目でこちらを見つめ口元で笑みを作るアリシア王女。

 あー……何となくそうかも? って少しだけ思ったけどやっぱり……いきなりお屋敷に来たのは公爵家を見に来たわけじゃなくて俺の偵察目的の来訪だったかー。それも最初からなんらかの目星を付けてきてたとしか思えない行動だったもんな。

「……もしもそうだとしたら、どうなさいます?」

「うん? 別にどうもしないぞ? わらわの婿は文武両道で色んなことができるだけでなく、見たこともない高級な品物、それも光魔晶を仕入れられるような商人にまでがあるのだなと思っただけだな」

「殿下! ハリスはわたくしの使用人兼婚約者ですので! 絶対に殿下の婿などにはなりませんからね!」

「そうですよ殿下? ハリスちゃんは私の弟兼旦那様ですからね? 昔は『ぼくとおねぇちゃまはうまれるまえからけっこんするってきまってたんだもんっ!』って顔を見るたびに毎回言ってたもんね?」

「とりあえず俺は殿下の婿でもフィオーラお嬢様の婚約者でもリリアナ様の弟でもないんだよなぁ……あ、使用人は大正解です! そしてリリアナお嬢様はちょくちょく俺の黒歴史を掘り返してくるの勘弁してくださいね? あと俺の記憶が確かならばそれは多くとも三回しか言っていないはずです」

 色んな意味で痛いから! 俺には関係ない出来事なのに俺の責任になっちゃうから! あれだぞ? ねたフィオーラ嬢に高確率で後々同じことを言わされるんだぞ!?

 そしてなぜか部屋の端っこの方でメルちゃんが「そうだよね? ハリスは私の……」とか言いながらもだえるという。てかフィオーラ嬢の護衛という役目上仕方ないけど、メルちゃんの存在感が最近薄すぎる。あんなにもナイスバディなのに!

「いや、しかしそう言うがなハリスよ? ここにいる面子メンツをよく見回すとよい。三人揃っていまだに婚約者も居ない、たかすぎる花とまで呼ばれている三人だぞ?」

「はいともいいえとも答えにくい、むしろ答えると問い詰められたり追い詰められたりしそうな話題をぶち込んできましたね? いえ、仮にそれが事実であったとしても平民の私には関係のない話ですよね? そもそもの原因はお三方の性格にあると思われますし」

「なかなかに辛辣な意見だな!? ハリスの歳で子爵様と呼ばれる人間は十分に上級貴族の仲間入りをしていると思うが……まぁお前はまだ十五だものな? いや、まだ十四だったか? しかしなハリス、わらわはもうなのだぞ? いくら王族とはいえ王城で暮らすには肩身の狭い時もあるのだ……最近は三番目の妹だけではなく四番目の妹にも婚約者が」

「待って待って! どうして私が『昔から殿下と知り合いでお互いにかれ合ってるけど何かしらの障害があって結婚ができないでいた。そしていつの間にか、なぁなぁで過ごすうちに殿下が二十歳になってしまったのを愚痴られている』みたいな方向の話になってるんですか?」

「まさにそのとおりであろうが?」

「初めてお会いしてから一週間もっていませんけどね?」

「いいかハリス、そう、花の、花の命はとても……短いものなのだ」

「何の説明にもなっておりませんが?」

「ハリス、今日だけでもあれだけ二人、なかむつまじく身を寄せ合って過ごしたのだぞ? それはもう体を重ねたのと同じではないか?」

「それは狭い馬車なのに殿下が無理やり隣に座った結果ってだけじゃないですかね? 私からは指一本すら触れていませんよね?」

「ああ、なるほど、何を拗ねているのかと思えば……それは遠回しにわらわの女の部分に触れてみたいという意思表示か? ふふっ、それならそうと最初から言えばよいものを」

「どこをどう解釈してそうなっちゃったのかな? 触りませんからね? というか抜けかけのマンドラゴラに触っちゃうほど私は危機管理がさんではないですからね?」

「お、お前、言うに事欠いて王宮に咲く赤い薔薇ばらと言われるこのわらわに対して抜けかけのマンドラゴラとはどういう了見だ!? あれか? 赤い服ばっかり着て毒々しいなお前は、そんなんだから嫁の貰い手もないんだよ。どうせ行き着く先は魔女みたいな顔のばぁさんにしかならないんだろう? 鍋でマンドラゴラを煮込むのが似合いそうな! という意味の込められたマンドラゴラなのか!?

「えー……面倒臭いなこの人。いえ、流石にそこまでは思ってないですが」

「つまりそこまでじゃなくとも少しくらいは思ってたということだな!? あれだぞ? 不敬だぞ!? 不敬罪だぞ!? いっそのこと、このままこいつを捕らえてろうに押し込んで毎晩二人で色々と……」

「何であんたも一緒に牢に入っちゃってんだよ……それなら最初から牢じゃなくて部屋で色々すればいいじゃん……」

「何っ!? あ、ああ、確かにそうだな、やっぱりその、は、初めてが牢屋などというのは思い出として子や孫には語れぬものな? まさしくわらわの部屋が一番! いや、どうせなら殿方の部屋で……はっ!? わらわ、すでに部屋に連れ込まれてる!? ハリスはそんな形をして夜は獣なのだな!?

「逆に部屋だったとしても子供とか孫にばぁちゃんの生々しい初体験は聞かせちゃ駄目だよ! てか一体何の話だよ! あとあんたが部屋にいるのは連れ込んだからではなく率先して勝手についてきたからだよ!! 他にも人がいることに目を向けて?」

 なんなのこの人? 何でこんなに必死なの? てか練兵場で最初に見た凛々しい魔神のイメージとまったく違うんだけど? 王女様のイメージが魔神なのもどうかと思うけどさ!

 そしてメルちゃんという前例があるので、すでに気付かれているかもしれないが、俺はポンコツ美人が嫌いじゃない。むしろピンポイントで大好物なのでこれ以上言い寄らないでもらえるかな? 何かの間違いでグラッと行っちゃいそうだから!

「何の話も何も! け、結婚しよう? いや、無理ならとりあえずさきっぽ……ではなく婚約だけでもいいからっ! あまりに抵抗が激しいようなら最悪身動き取れなくしてから拉致するけどな!」

「俺の知ってる大貴族様の御令嬢の考え方の根幹がえぇんだよ! どうしてみんな最終的にヤンデレて手足を切り落として拉致する方向性で一致しちゃうんだよ!」

「だってもう後がないんだもん! そこそこ見目の良い優秀な若い男とか王国にはそうそう居ないんだぞ!? たとえまだ大人になってない少年でもワンチャンあれば行っとくしかないではないか! ハリスもアレだろ? 一緒に出掛けたってことはそういうつもりだったんだろ? ワンチャン狙ってなきゃこんな体だけの面倒臭い女となんか一緒にいたくないんだろ?」

「ぶっちゃけやがったなこいつ……そもそもどこにもチャンスなんてなかったでしょうが! てか人の部屋で大の字になってジタバタするの止めてくださいね? いいのかこの国の王女がこれで……てか殿下は腐っても三大美女なんですよね? 俺なんかにかかわらずとも引く手あまたじゃないんですか? あと一緒にお出掛けは俺が誘ったわけではなくあなたが勝手についてきただけですからね? そもそも幼女も一緒にいたのにワンチャン狙うわけないでしょうが? いえ、もちろん幼女がいなくても狙いませんけどね?」

「我は幼女ではなくミヅキなのだ!」

「そうそう、その誰が付けたか知らないが三大美女っていうくくりが最近は特に嫌だったんだ! ほら、お前の周りをくるりと見渡してみろ! おだてられた挙げ句に、いまだに三大美女が揃いも揃って未婚どころか婚約者すらおらんのだぞ!? どうだ! 満足か! ……というかお前、どさくさ紛れに腐ってもとか言ったな!? それはもう宣戦布告と同意語だぞ!?

「ちょっと笑いそうになるから他人を巻き込んだ自虐は止めて? そしてそこは俺にキレられてもどうにもできませんけどね!」

 お、おう、みんな未婚なのは俺もびんに感じてたんだけどね? てか急な流れ弾止めてあげて? 黙って可哀かわいそうな子を見守るような目で成り行きを見つめていたフィオーラ嬢とリリアナ嬢が目を見開いて床に崩れ落ち、そのまま体育座りしちゃったじゃん。

「だから……な? もうこの際ここに居る三人まとめてでもいいから婚約だけでもしちゃお?」

「な? じゃないですよ! な? じゃ! そんなことしたら、それでなくてもめたばかりの王家からだけじゃなくキーファー公爵家とブリューネ侯爵家からまで宣戦布告が来ますからね!?

「もうこの際、王子と揉めたついでに王女も揉んでおけばいいだろうが!!

「マジ何言ってんだあんたは……」

 むしろキーファー公爵家、ガイウス様とコーネリウス様は親子二人でとして政争に利用しちゃう気がするけれども! てかブリューネ侯爵(性悪おや)も普通に話に乗っちゃいそうだな……。

「……まぁ……それはそれでアリかしら? 実家の権力をまとめれば新しく侯爵家くらいは、立てられそうだものね?」

「確かに悪くないかも? 旦那様が王国の三人の美女を独り占め……もちろん一番はおねぇちゃまだよね……?」

「いやいやいや、どうして二人もその気になってるんですか! 絶対にないですからね!?

 街角でウォーターサーバーを売りつけようとするさんくさい営業の兄ちゃんのように「もし無理ならクーリングオフも可能だから!」と、なんとか今日中に契約……じゃなく、婚約に持ち込もうとする王女様。いや、一度受けてしまったら最後、王族との婚約をこっちから破棄とかできるはずないだろうが……不都合があったら俺は普通にこの国から逃げるけどな! そしてその攻撃(大の字でジタバタ)が俺に効くと分かれば、同じ行動に出てやろうとたんたんと成り行きを見守ってる人達がこの部屋にはもう二人いるからね?

 ……てかまぁアレだろうな、これも全部演技なんだろうなぁ。おそらくはこちらから何らかの譲歩を引き出すために無理して大人げないふりを……。

「よし、ならばこうしようではないか? 婚約は一旦置いておく、だからとりあえずどうせい、そう、同棲生活から始めるということでいいのではないか? いや、同棲と言うのに抵抗があるなら共同生活と言い換えてもいいけどな? もちろんアレだぞ? お互いの合意のうえならそういうのもアリだぞ? むろんその……あ、愛し合った後捨てられたとしても、わらわからは絶対にすがいたりはしないと約束しよう! でもな? その時にお前の良心はどのような判断を下すかな? そう、心優しいお前のことだ、きっととても心苦しくなるのではないかな? それなら最初からわらわが嫁だったとしたら? そうだ、何の問題もなく、人目をはばからず毎日イチャイチャとできるわけだ! もうこれはお互いにとってメリットしかなくないか?」

 してる……ようにも見えないんだよなぁ。いや、ホントに必死すぎるだろこの人。もういっそここは「俺、この人が好きなんです!」ってミヅキのこと抱きしめちゃうか? そしたら「あ(察し)」って……なったとしても受ける自爆ダメージが大きすぎるな。不治の病扱いされながらこの先生きのこるのは少々厳しすぎるもん。そもそもミヅキは幼女枠だけど人間じゃないからね?

 じゃあ姫騎士ヘルミーナ様を利用する? 駄目だ、あの子はあの子で完全に既成事実として国内どころか隣国にまで広めかねない。なぜだか若がし……コーネリウス様だけでなく奥様もそれなりに乗り気みたいだから取り返しがつかなくなる。それに問題点は人か人じゃないかではなく、不治の病ロリコン扱いによるさまからの視線の方だから。俺がこんなに口を酸っぱくして年上が好きだって繰り返してるのに、なぜか来るお見合い全て一桁年齢の幼女だからね?

 ならアリシア殿下はアリなんじゃないかって? 外見も性格もそこそこストレートに好みのタイプではあるんだよ? でもほら、最初にも言ったけど王族とっておかしすぎるからね? いつの間にか勝手に子爵様扱いされてるけど俺はド平民だからね?

 てかこのまま話し合っててもゴネ続けるだけで帰ってくれなそうだよなこの人……よし、今日のところはモノで釣ってお引き取り願おう。

「殿下、とりあえず一旦落ち着きましょう。そもそも私と殿下は出会ったばかり。まだ顔を合わせてから数日しか経っていないのですよ? それなのにそんないきなり婚約の話、あまつさえ結婚などできるはずないではありませんか?」

「そうよね。ハリスには付き合いの長いわたくしがいつも近くで寄り添っているものね?」

「あら、フィオーラちゃん。ハリスちゃんと付き合いが長いのは初恋の相手である私だよ? 今は仕方なく引き裂かれている二人だけど、『ぼくなら毎晩おねぇちゃまのお部屋の窓の下に愛をささやきに来るから寂しくさせないよ!』って約束してくれた仲だもんね?」

「二人とも、とりあえず一番面倒臭そうな女性ひとの処理をしてる間だけでも、黙っててほしいな?」

「誰が面倒臭い女だ!!

 もちろんあなたです。

「というかハリス、そちらの二人と比べてわらわに対してだけ心の距離感がありすぎるのではないか? ほら、お前ももっとこう仲睦まじい感じで……そうだな、リリアナがフィオーラやお前を呼ぶ時のように『ちゃん』を付けて呼んでみるのはどうだろうか?」

「おばちゃん?」

「ぶちころすぞ小僧!?

 あんたがちゃん付けで呼べっつったんだろうが!!

 ちなみにこの後さらに小一時間掛かって色々とお土産──石鹸やシャンプー、今日作れるようになったばかりの炭酸飲料に、赤く染め上げたバスローブなどなどを持たせたうえで、アリシア殿下にはお帰りいただいた。

 うん? おねぇちゃまも欲しい? いや、ブリューネ家にはそれなりに融通してるはずなんだけど? ああ、お布団が欲しいんだ? これって結構な綿を使うから今日言われて今日用意できるものじゃなくてですね……後日、後日持って……行くと拉致されそうなので発送させていただきますので! とりあえず今日は王女様と一緒にお引き取りを!

 そしていつの間にか部屋から消えて、いつの間にか戻ってきていたフィオーラお嬢様、そちらは俺のバスローブですし、あちらは俺のパジャマです。ご自分がご使用になっていたものと交換しようとするのはお控えください。一体何がしたいんだあんたは……。

 最後はなんとかニコニコ笑顔で帰っていったアリシア殿下も次回からの商品の追加注文はもちろん有料、ぼったくり価格になりますのでしからずご了承を。

 ふぅ……なんとか一息ついたな。騒がしかった部屋もやっと俺一人。……じゃないんだよなぁ。ヘソ天で寝てるミヅキはまぁいいとしても、

「……帰って?」

「あなた、仮にもあるじに対してそのぐさはどうなのかしら?」

 だっていい歳した女性三人、アリシア殿下に関しては二十歳なんだから日本人の感覚でも成人認定な大人の女性に延々と小学生のような駄々をこねられ続けたんだよ? そりゃ俺の性も根も尽き果てるだろうさ……。

「だいたいいくら公爵家、百歩譲って俺の視察? 偵察? に来たからといってああまで露骨な態度で様子を探るとかおかしくないですか? まぁこちらも今回は最大限の譲歩はしましたし、このまましばらくは放っておいてくれるといいんですがね」

「あなた、何か大きく勘違いをしているみたいだけれど、アレはあの人の本性よ? 自分の年齢的に本気で焦っているもの。今日の、あの程度のゴネ方ならまだまだ大人しい方ね。まぁわたくしも人のことを言っていられるような余裕はないのだけれどね? 余裕は! ないの! だけれどね?」

「そんな話聞きとうなかった……」

 てか、そもそも何でターゲッティングされてるのが俺なんだよ! いや、分かってるけどね? フィオーラ嬢には色々と見せちゃってるしさ。もちろんお○ん○んの話ではないぞ?

 聖霊様がえる(話せる?)ことから始まって属性の付いた魔水晶の作製、そのうえ各種魔法も取り揃えております~って言われたらお貴族様としてはそばに置いておきたくもなるだろうからさ。

 リリアナ嬢の方はもっと分かりやすく、幼なじみ的な記憶補正と治療法の分からない病気(病ではなく蛇の祟りだったけど)を治してもらった恩とか感じてそうだし、もともと彼女が持っていた母性というか姉性とかで愛情と勘違いしてる気がするし。

 でもアリシア王女に関しては……うん、あの人に関しては本当にまったく見当がつかない。出会った(運悪くめられた?)のが決闘騒ぎの時だから、ただただ腕っぷしの強い奴が好きだとかいうDQN的ひとれなのかな?

 まぁ俺だって男なんだからさ、これだけの美女美少女、それもフィオーラ嬢やリリアナ嬢に関しては最初の出会いから憎からず思ってる相手だし? 求められるのはむっちゃ嬉しいんだよ?

 でもさ……恐いんだよね。なにかの拍子でこの人達に裏切られるのが。

 もちろんこの女性ひと達がそんなことをするなんて思ってないんだけどね? ……いや、心のどこかではきっと信じ切れてないんだろうな。だからついつい距離を取ってしまう。信じてる、愛してる、ずっと一緒……なんて言いながら、どうせいつかは裏切られるんだろうなと。

 あれだ、ハリスくんのお陰で、この世界に来てからかなり思考が能天気ポジティブになってはいるけど、俺の根本にあるのは信用した相手に使い潰されて、罪悪感に押し潰されて自死を選んじゃうような弱い人間だもの。仮に、そんな前異世界での人間不信満載の自分を棚に上げて(リセットして)しまっても残るのは『恋愛経験値ゼロのおっさんである俺』という事実……。

 そうだね! ただ臆病になってるだけだね!

 日本に居た時から、

『最初から愛を知らなければ失っても寂しくなることはない』

 みたいなひねくれた物語ばかり読んでいたのと、

『男も女もスキあらば浮気する』

 みたいなドラマを楽しむ風潮、それも、まるでそれが美談みたいにだよ? いや、バレたら裁判沙汰待ったなしなのにどうしてそれを称賛するようなドラマや映画ばっかりなんだよ! 頭お花畑通り越して脳内パラダイスなんじゃねぇの? にあった温泉宿かよ。

 ちょっと後半何を言ってるのか分からなくなったけど俺が言いたいのは、

『俺が恋愛に対して臆病なのは、全部世界が悪いのだ!!

 ということである! 相手がグローバルすぎて意味が分からないな。

 ん? ただの臆病なDTの逆ギレだろうって? ……ま、まぁ、そうだね? そのとおりなんだけどね? 面と向かって身も蓋もないマジレスするのは止めて差し上げろ!!

 もうね、この際いっそのことスッパリとお仕事のお姉さんと色々と済ませてしまうか? でもなぁ、まずお店に行くのがなぁ、こっ恥ずかしいんだもんなぁ。うーん……うん? もしかしてこれなら……いや、しかし……大丈夫? いけるかも? あれだ、知らないお店に行くのが恥ずかしいのなら自分でお店を経営したらいいじゃない! なんかこう極力エッチなイメージを隠して超高級店とかにしちゃえばお店にも入りやすそうじゃね? そもそもオーナーなんだから店に居ても何の違和感もなさそうだし? 銀座とかキタとかの高級クラブみたいな貴族の社交場として……いや、俺は飲み屋を経営したいわけじゃないんだよ! お姉様方とキャッキャウフフができるお店を作りたいんだよ! そもそもの大前提として公爵家の使用人が風俗店の経営……ご当主に小一時間どころか二、三日問い詰められそうだなぁ……。

「あなた……先ほどから何か考え込んでいるみたいだけど、結果的には馬鹿なことしか考えてない顔をしてるわよ?」

「否定はしない」

「そこはうそでも否定しておきなさいよ……」

 だって人間不信の話から恋愛観を経由して風俗店の経営を真面目に検討してたとか、完全に馬鹿なことしか考えてないじゃないですか!




 少しあきな、それ以上に心配そうな表情で俺を見つめるフィオーラ嬢に渋々自室に戻っていただいた王女来襲の日から数日が経過。王国内でちょっとした騒ぎが起こっていた。

 まぁお嬢様のそばづかえという身分の俺にとっては何も関係のない話……のはずだったんだけどね?

「南方にあるはくりゅうの背骨の麓、魔女の大樹海で魔物の氾濫の気配……ですか?」

「ああ、報告によるとすでに樹海に近い開拓村でちらほらと魔物による被害が出始めているようだ」

 リリアナ嬢に続いて週に何度か公爵家にお茶……というか炭酸飲料を飲みに来るようになったアリシア王女がそう口にする。てかサラッとした会話の中に聞いたことのない固有名詞があふしてるんだけど?

「それは……何となく大事であるような? 気はするんですけど……イマイチ深刻さが分からないと言いますか」

「まぁ王都で暮らしていれば魔物に対して身の危険は感じぬだろうしな。そう危機感を持てないのも仕方がないことだろうな」

「いえ、街に大量の魔物が押し寄せる危険は骨身に染みて理解しているつもりなのですが……前提としてですね、まず白龍の背骨って何なんですかね?」

「まさかのそこから説明が必要なのか!?

 だってほら、ハリスくんってあまりというかまったく社会の勉強してなかったじゃないですか? 国語、算数、理科、音楽、体育もしてなかったけど。泥団子作りは図工に入りますか?

 俺もここでお世話になるようになってから貴族的なマナーは教えてもらってるんだけど、所謂いわゆるこの世界の社会科科目、歴史にせよ地理にせよ一般常識ってほぼほぼないんだよ。もちろん自慢ではなく自嘲だからね?

 てことでサラッとではあるけど『南方』と『白龍の背骨』と『魔女の大樹海』の解説をアリシア殿下にしてもらうことに。魔物の氾濫は前の世界で何度も経験があるから分かる! 俗に言うスタンピードってヤツだな。俺の質問を聞いた王女の視線が完全に可哀かわいそうな子供を見る大人のそれだが、気にしてはいけない。


 てことでまずは『南方』について。これは簡単、王都の南の地域のことだな。

 北部や東部や西部と違い、どうして南『方』と呼ばれているのか。それは南方には大きな都市がないから。大都市がないってことはその地域を治める大貴族もいないわけで、王国内ではあまり重要視されていない地域だから、何となく南の方の土地としか認識されていないのである。

 大都市はないけど中規模の街や小規模の町くらいならあるんでしょ? ……ないんだなそれが。アリシア王女の話によると町どころか食料自給率すら怪しい、税も取れない、むしろ国から食料の支援をしないといけないような小さな村が点在している程度らしい。領地持ちになりたいという野心だけで開拓を始めたものの、すでに心がポッキリと折れてしまったやる気のない領主と呼ぶのもおこがましいような小貴族がバラバラといるだけ。

 ではどうして他の地方のように南方には都市が存在しないのか? というと、他の地域より圧倒的に地理的要因で開発、開拓が進まないから。そして開発が遅れている原因が、先ほど話に出てきた白龍の背骨と呼ばれる大山脈と、その麓にある魔女の大樹海と呼ばれる密林があるからなんだよね。

 王国、一応その他の地域の説明も軽くしておくと南にある山脈、白龍の背骨だけじゃなく北には悪竜山脈、西にも鹿じかの角山脈と三方位山に囲まれてるし、東は一応海に面してるけど……地形的にそれなりの規模の港街が造れたのは一箇所だけという『小さな港のある奈良県』みたいな環境なんだよ。もちろん奈良県と比べると王国の方が圧倒的に国土が広いし、囲んでる山脈の標高も数千メートル級になるんだけどね?

 国の中心部、王都周辺から西部は肥沃な平野が広がっていて、大きな山脈に囲まれているお陰で嵐や大雨の被害などもほとんどなく、国として民を養っていけるだけの食料生産量はあるみたい。てか、この国の兵隊さんがメス○キにヨワヨワのザコザコと罵られそうなのはそういう地形的な要因もあるからなのかも?

 白龍の背骨に関しては険しすぎて人の行き来が一切ない──山脈のさらに南にある商国からハンニバルのような大将軍が数万の軍隊で越えようとして、王国まで数十人がたどり着ければ大成功! と言われそうなけんしゅんな山脈だし、牡鹿の角山脈は角と角の間の額部分、少しなだらかな部分があるにせよ幅は数メートルしかない難所なので大軍の移動にはかなりの時間が掛かる。それを越えてもその先にはオーヴェスト大草原という名の大湿地帯が広がっているので、泥濘ぬかるみに足を取られてモタモタしてるうちに一方的に飛び道具でボコボコにされるし、悪竜山脈にいたっては山脈自体が黒竜のねぐらと呼ばれる迷宮になっていて、普通に通り抜けるだけならそれほど強い魔物は出はしないものの、大人数で入り込むとどこからか黒竜が飛んできて大暴れするらしい。

 ポジティブに考えれば守りやすい地形だから平時は良さそうだけど……交易のことを考えると港が一つだけというのはかなり不安しかないのである。

 西と北は山脈を越えられるとはいえ、冬場は完全に閉ざされるので実質、中規模な港町一つで輸出入の大半を賄わないとならないからね? ……なぜか経済の方向に話が大幅にずれたので南方の話に戻る。今問題になってるのは、魔女の大樹海で魔物の氾濫の気配があることなのだ。

 魔女の大樹海、白龍の背骨……龍骨山脈の北に広がる広大な樹海。名称に『魔女の』なんて付いてるけど本当に魔女が住んでるとかではないらしい。じゃあなんでそんなまがまがしそうな、一部かいわいでは可愛かわいらしいと感じる大きなお友達がいそうな名前なのかといえば、やたらと植物の成長が早いから。『なら森林資源取り放題のサービスタイムじゃん!』などと思われるかもしれないけど、そこは魔女の大樹海などと呼ばれている魔境である。建材に利用できそうな健康的に真っすぐ伸びた樹木ではなく、曲がりのたくりながら枝や根を所構わず伸ばしまくるような『もしかして:魔界?』なんて質問した検索エンジンが質問で返してくるような樹木やシダ植物で覆われているので、非常に扱いづらい。

 建材にはならなくとも燃料としては問題ないだろうって? それが燃やしても火力がないみたいで燃料としても使い勝手が悪いらしい。

 野生動物は多いけど魔物なんかは居ないみたいなんだけどね? もっともその野生動物も魔物とまがうくらいデカいんだけどさ。やっぱり魔界ではないだろうか?

「いや、それって話がおかしくないですか? 魔物がいない樹海なんですよね? それなのに魔物の氾濫が起こるって一体どういうことなんです?」

「ああ、もちろん魔物はいないのだがな? それはあくまでも通常時のことであってだな」

 樹海の中に魔力まりとか邪気溜まりと呼ばれるものができると、そこに小さな迷宮のもと……迷宮核が発生、そこにさらに魔力が集まると迷宮核がどんどんと魔物を生み出すようになるんだとか。当然それを放置してたら魔物の大群が完成、樹海から溢れ出して近隣の村々をムラムラして襲うという……いや、死人の出る話なのに不謹慎だな。ちなみに不謹慎とおちんちry。

 ダンジョン探索の必要はないとはいっても、その広さは富士の樹海どころの騒ぎじゃない広大なジャングル、そのどこにあるか分からない迷宮核とか対処のしようもないじゃん……。

「幸いと言っていいのかどうか、そうしてできた迷宮核が生み出すのは下級の魔物が大半であり、それらの魔物もまっとうな生き物ではないらしく、繁殖力はないのだそうだ。だから氾濫が落ち着くまで退治し続けていれば、そのうち魔力溜まりも付近の力を使い果たして核が枯れて自然と氾濫は収まるのだよ。退治し切れなかった魔物は樹海の動物に処理されるしな。なので対処法としては本格的な魔物の進行が始まるまでに防衛拠点を築いてそこで待ち構えることになるわけだな」

「なるほど……それで最近うちのガイウス様やコーネリウス様だけじゃなく王都の大貴族様が慌ただしかったんですね。しかし迷宮とか迷宮核ってよく分からない存在ですね」

「氾濫の規模が分からぬし、領地の治安維持に必要な兵力を除いて王国の兵力を根こそぎ動員することになるから慌ただしくもなるさ。あれだ、ハリスも手柄を立てたいならわらわの口利きで討伐に参加するか? そして手柄の褒美としてを降嫁」

「あっ、そういうのはいいでーす。そもそも俺って金も力も権力もないいたいけな幼子じゃないですか? 魔物退治なんてとてもとても」

「何度も言うがそのとしで子爵家の当主は十分に権力はあると思うがな? あとお前はどこから見ても幼気ではないし、すでに幼子でもなかろうが」

 つまり可愛げがないってことですね、分かります。いや、それはそれで失礼な話だな!? どっから見てもハリスくん可愛いやろ!!

「確かにハリスはわたくしが出会った当時から可愛くは……なかったかしらねぇ?」

「大丈夫だよ? ハリスちゃんはずっと昔のまま、いつまでも可愛いおねぇちゃまの弟だからね?」

「リリおねぇちゃまだいちゅき!!

 とりあえずささくれ立った心をリリおねぇちゃまの胸にうずもれて癒やされ……駄目だ、リリアナ嬢、地母神のような表情をしてるけど、どす黒いオーラのようなモノが漂ってるからめておこう。地母神と鬼女は紙一重だからな! 俺もネコマタと悪魔合体されてぇなぁ。むろん性的な意味で。

 てことで知り合いの貴族様、ガイウス様やマルケス様など大貴族様のご当主を中心にした軍隊はご領地である北都や西都を経由して南方に出陣、コーネリウス様は兵士の少なくなった北都の防衛のために北都に帰郷。その途端にお屋敷でデカイ顔をし始めるのはもちろん第二夫人とその息子ちゃん……非常に、非常にうぜぇです。

 てか王国各地から全軍が集まるとか……これ、ちょっとした騒ぎどころじゃなく国を挙げての大騒動じゃね? もちろん俺は戦闘民族の宇宙人ではないし、強敵が現れてもワクワクもソワソワもしないので、そんな軍事行動に参加することはなく、ガイウス様たちをいってらっしゃいとお見送りするだけ。

 聞いた範囲だと特に危険な魔物でもなさそうだしさ。意味もなく他人に自分の力をひけらかす趣味も他人の手柄を横取りするほどの熱意もないからね?

 決闘の時にそこそこ大規模な地魔法だけじゃなく、スキルがないはずの火魔法まで使っておいて今さらだって? あ、あれらは全て公爵家秘蔵の古代遺物の力だから! 古代遺跡から発掘された魔道具の力なのだ! というていでコーネリウス様がうまくごまかしてくれたらしい。その古代遺跡はどこにあるのか? 昔の地震で埋まったからもう中には入れないらしいよ? 古代遺跡さん、また俺が何かやらかした際には尻拭いに再登場するんだけどな!

 さて、そんなお国と民のために大忙しでお屋敷を出発していったお父上やお兄様を横目に、

「これからはぼくちんが一番偉いんだ!」

「そうざます! 息子ちゃん最強ザマス! なので三番目の女とその娘は大人しくしておきなさい。そしてその利権を全ておよこしなさい!」

 って感じで我が世の春をおうしているおにばばぁとその息子ちゃんおや

 オースティア様とフィオーラ嬢、コーネリウス様の二人のおこちゃまを優遇してる(と思われている)俺なんてこれまで以上に嫌がらせされてるからね?

 そもそもそんな性格だから誰にも相手にされないんだと気付いてほしいんだけど……伯爵家出身の第二夫人と甘やかされ続けたその息子が他人を思いやる気持ちに目覚めるなんてことは、死ぬまでないんだろうなぁ。

 てか嫌がらせっていっても、

『第二夫人派閥の騎士が俺をこてんぱんにしようとあおって手合わせを申し込んでくる』だとか、

『俺の食事だけ貧相なものと取り替える』だとか、

『関係のない仕事を押し付けてくる』だとか、

『俺が幼女趣味だと貴族の間で広める』だとか、程度の低いパワハラレベルなんだけどね?

 そもそも公爵家の騎士団は、力の象徴のようなガイウス様に絶対的な忠誠を誓ってるから、第二夫人派閥なんていうのは鬼婆ぁの妄想だけで、普通に向こうさんから頭を下げられて稽古に付き合っただけだし、おばさんベッタリのクソい料理長の飯を食うわけじゃないうえにお屋敷のメイドさんの九十八%が味方、むしろ北都組が産後の母熊のようにギラギラと目を光らせているので、俺に対して危害を加える人なんていない。いや、性的な意味でどうこうしようとする危険人物(メイドさん)は数名いるんだけどね? パンツを共有しようとするやつだけかと思ったら、部屋の前で全裸待機してる奴もいて夜中にトイレに行こうとして叫び声を上げたわ。

 そしてあの人達から回ってくる関係のない仕事なんて、フィオーラ様付きの俺が受けてやる義理などこれっぽっちもなく、無視すればいいだけだから悔しがるおばさんが歯ぎしりするだけの結果だし、ロリコン疑惑が広がって姫騎士様歓喜だし……むしろうわさが広がるのを助長してる疑い、でどころはヘルミーナ嬢の疑いすらある。

 つまり俺もオースティア様もフィオーラ嬢もコーネリウス様のご家族も、家の中でコバエが三十匹ほど飛んでる程度のストレス以外にはいつもと変わらない生活……いや一匹でも貧乏ゆすりが止まらないくらいイライラするのに、それが三十匹とか日常生活に支障をきたすレベルのストレスだわ。


 そんな状態の公爵家であったのだが……状況は刻一刻と変化するもの。

 いつもぜんとした、まさしく王国三大美女、紅玉の王女殿下! みたいな外面を整えているアリシア殿下が渋い顔をして、またまた屋敷を訪れた。

「ハリス、大変なことになったな。北部の大半の軍を南に回しているこのような時にまさか黒竜が出てくるとは……」

「えっ?」

「えっ?」

 いきなりの爆弾発言についつい驚きが口から出た俺と、フィオーラ嬢の素っ頓狂な声がそろった返事に、げんそうな顔をする王女様。

『すでに承知しているだろうが……』みたいな雰囲気でいきなりとんでもない情報をぶっ込んできたぞこの人。何の話だそれ? 黒竜? 前触れもなくドラゴン?

「まぁ悪竜山脈でリザードマンを見かけたらしいという報告も先にもたらされていたからな。前兆としては想像できなくもなかったが……」

「えっ?」

「えっ?」

「さっきからなんなのだ二人揃ってその気の抜けた返事は! あれか? 二人はこんなに息がぴったりの仲良しなので付け入るようなスキはありませんよ? というわらわに対する当てつけか!?

「……はい」

「いや、頬を染めながら『はい』じゃねぇし! 初耳でしたので間の抜けた返事になってしまい申し訳ございません、完全に寝耳に水のお話でしたので」

「初耳だと? いや、そんなはずはなかろう? 王城宛のコーネリウスからの書簡にはハリスにも伝えているとしたためてあったぞ?」

「そもそもコーネリウス様からの手紙もことづても私は一切受け取っておりませんが……」

 そして、どうしてお嬢様の道化師役を自認している俺にそんな大事を伝える必要があるのかと小一時間。手紙、というか人の出入りはそこそこあったけど、それらは全部『自称キーファー公爵家当主代理』の次男が受けてたからなぁ。

「まぁあの、人の足を引っ張ることに命を懸けてそうなおばさんとかいらい息子おバカなら手紙も連絡も握り潰すかもしれないですね」

「はあ!? もしも黒竜が暴れれば公爵家の大事どころか国家的な大惨事となるのだぞ!? いくら長男を追い落とそうと考えたとしても公爵家そのものがなくなれば何の意味もないだろうに、そのようなをするのか!?

「そんな当たり前の考えに思いがいたらないから親子揃って俺におバカ認定されるんだよなぁ。何にしても一度話を聞きに行く必要がありそうですね……」

 俺宛の連絡を握り潰しただけではなく、コーネリウス様の生命にも関わる事柄なので、コーネリウス様の奥様にも連絡を入れ、アリシア殿下、フィオーラ嬢、コネ奥、ヘルミーナ嬢、俺の五人で第二夫人のもとに向かう。

 ヘルミーナ嬢の弟君は一緒に行かないのか? 彼はほら、大人しい子だから……。


 先頭に立つのは王女様ってことで特に入室の許可を取ることもなく、部屋の扉をメイドさんに開けさせる。ほとんど罪人扱いだな。何事かと奥から出てきてメイドさんを叱責しようとしたおばさんだけど、流石さすがに先頭に立つ王女様の目前で大声を出さない程度の常識はあったらしく、

「あら、これは王女殿下ではございませんか? ……いきなり大勢で押しかけてくるとはまったく……本日は何のご用なのかしら?」

 恨みがましい目で俺をにらみつけるだけにとどまった。

 そこから始まるのはアリシア殿下による容赦のない今回の件での追及──なのだがそこは腐っても伯爵家出身の公爵家第二夫人。のらりくらりとした言い訳はお手の物。肩書は自称であろうとも公爵代理だからさ。

「ハリス宛にコーネリウスより手紙が届いているはずなのだが、お前らはどうしてそれを本人に渡していない?」

 と、王女が問い詰めても逆に、

「王女殿下は一体何をおっしゃっているのでしょう? 国家の大事の報告をたかだか行き遅れの娘の小間使いにどうして知らせる必要があるというのでしょう?」

 と、言い返されればそれ以上に干渉するのは難しいんだよね……。

 最終的には勝ち誇った、こちらを小馬鹿にしてニヤついた顔をしたおばさんに見送られて部屋を退出することに。まさしくガキの使い状態だったな。……とりあえずお嬢の悪口を言った時はクソババアを殴り倒してやろうと思ったんだけど……両隣に座るフィオーラ嬢とヘルミーナ嬢にそっと腕を押さえられた。

「ハリスは案外沸点が低いのです?」

「違うわよミーナ? ハリスはわたくしが大好きなので、わたくしを傷つけるような相手には容赦がないだけですから」

「大好きだからではなく、お側に控える者としてのきょうじのようなものなのですがね?」

「そんなに照れずともよいのです」とうれしそうなフィオーラ嬢と「むぅ……」とうなりながら頬をプクッとふくらませるヘルミーナ嬢に挟まれ、「あらあらまぁまぁ」と笑うコネ奥様と、怒りに目を血走らせるアリシア王女を引き連れながら、トボトボと廊下を戻ることになる俺達だった。


 王子にけんを売った俺が言えたことではないが、おばさん、王女様に喧嘩を売るのはどうかと思うんだ。まぁ俺が喧嘩を売った、性格とか能力にちょっと欠落とか欠陥があったアレな第三王子ではなく、至極まっとうで有能な王族である王女様に睨まれたおばさん達のことはどうでもいいとして。

 流石にまずいと思ったのか、後日謝罪の言葉とともに、少し──多大に性格に難はあるが王国三大美女と呼ばれるに相応ふさわしい美貌を備えた王女様に胸キュンしたバカ息子が何を思ったのか婚約を願い出たところ、王女本人から「寝言は永眠してから言え、あと死ね」とバッサリ切り捨てられたおばさん達のことはどうでもいいとして。

 今は黒竜をどうするかなのだ。

 だってドラゴンだよ? キルシブリテ王国どころか人類の災厄、この世界の兵隊さんが一万人どころか一億人集まっても足止めすらできそうにないボスキャラの中のボスキャラの話なのだ。いやそいつ、いつもはねぐらでウトウトしてたんじゃないのかよ! 近くで騒がしくしなければ害のない存在じゃなかったのかよ! そもそも害のないドラゴンは悪竜とか呼ばれない? 一理ある。

 悪竜山脈、正確には王国とその北にある皇国をつなぐ悪竜山脈にある『黒竜のねぐら』という野外領域迷宮に引きこもっているはずの迷宮主、『黒竜』。


Q:聞き覚えがないんだけど、野外領域迷宮(フィールド・ラビリンス)ってなんぞ?

 A:通称は迷宮(ラビリンス)と呼ばれている野外にあるダンジョンのこと。地下領域迷宮(アンダー・ダンジョン、要するに洞窟的なヤツだな)、通称は迷宮(ダンジョン)のように地下や洞窟内に位置する迷宮ではなく地上にある迷宮だな。

Q:野外領域迷宮と普通の森や山はどう違うの?

 A:簡単に言うと、迷宮の中は『違う世界』なので一キロ四方の森の中に百キロ四方の広さが存在することもあるという理不尽なところ。そして魔物が存在するところ。もちろん知らないで迷い込んだら普通にヤヴァイ場所である。

Q:迷宮のこともっと詳しく!

 A:探索者でもないのに知るわけないだろうが……。いや、たぶん探索者に聞いても詳細は誰にも分からないと思うけど。


 そんな、大昔から迷宮で暮らしてる黒竜ではあるのだが、その知名度ほどに王国に害を及ぼした記録は多く残っていない。引きこもり体質なのか、めっなことがない限りすみから出てこないのはどうやら本当の話らしい。ならどうしてそんな奴が出てきたんだよ! ……分かるはずがねぇだろそんなこと! 俺の知らない何か滅多なことがあったんだろうさ!

 過去の文献では、数年単位で近隣を荒らし回った挙げ句に飽きたのか巣に戻っていったって書かれてるから、今回もほっとけばそのうち帰ると思うんだけどね? でもほら、黒竜が荒らし回ったと伝わってる範囲に北都が含まれるわけで……。

 公爵家の面々、バカの次男以外はガイウス様にしても、コーネリウス様にしても、フィオーラ嬢にしても、その場に居たら民を置き去りにして逃げるなんて絶対にしないだろうなぁ。

 そしてタイミングの悪いことにコーネリウス様は北都で治安維持にあたってるという。理知的な人だから、残っている小勢の騎士や緊急で招集した兵隊を引き連れて討ち死に覚悟で打って出る! なんてことはないとは思うんだけど、色々世話になってる兄貴分なのでかなり心配だ。

 当然まだ付き合いの浅い俺よりもコーネリウス様のご家族はもっと心配していて、いつも元気なヘルミーナ嬢の顔が鬼婆ぁの話を聞いてからずっとすぐれない。

「もし父様の身になにかあれば……あのクソばばぁとクズ男、実家もろとも産まれてきたことを後悔するだけの目に遭わせてやりましょう……」

 普通に怖い! 幼女怖い! 本性を隠すのはもう諦めたの? あの幼女然とした少し舌ったらずな甘えたしゃべかたはなんだったの? 表情が浅井朝倉を討伐した後に、はくだみのさかずきで酒を飲む織田信長のソレになってるからね!? 目をらそうとしても恐怖で視線が外せない俺に気付いたのか、宇宙刑事の変身またはゼットな人型宇宙兵器の変形速度並のスピードで寂しそうな表情に変わるヘルミーナ嬢。

「あっ、ハリス……ミーナはおとうさまがしんぱいで、このみがひきさかれそうなのです……だから……わがままなのはわかっているのですが……きょうだけでいいので、だっこしてねてほしいのです……そしていざという時のお父様の心残りとならないように、この書類にサインをしてください、なついんいんで構いませんので」

 やたらと小さい字で甲とか乙とか丙とか丁とか書かれてますけど、それは一体何の書類なんですかね? 色んな意味を複合してとても恐ろしいのでサインも抱っこも無理であります……。



 黒竜現るの報告を聞いてから……数日が経過。煮え切らない気持ちで日々を過ごしてる俺。

 元勇者のくせに、たかだかドラゴンごとき、とっとと退治してくればいいだろうって? そんなこと無理に決まってんだろ……ドラゴンなんてほぼラスボスなんだぞ? こちらに来たすぐと比べてちょっとくらい強くなったっていっても、たかだか前の世界の中級冒険者に毛が生えた程度。ドラゴンはそれでどうこうできる相手じゃねぇんだよ! 自分の命はもちろん大事、かといってコーネリウス様はこのまま見殺しにしていい人じゃない、マジどうすればいいんだよ!!

 それに北都あそこにはシーナちゃんも暮らしてるからなぁ。せっかく傷痕も治って喜んでくれてたのに、もしもまたでもされたら俺の寝覚めが非常に悪い。

「なぁ、ミヅキってドラゴンより強い? またはとっとと住処に帰るようにお願いしたりできる?」

「逆に聞くが、我のこの愛らしくもせくしぃな姿を見て竜に勝てると思うのかの? あと蛇と竜で会話が成り立つと思うのかの?」

「そのへんはほら、ちゅうるいきずなとか神様パワーとかでどうにかこうにかならないの? 交渉決裂の折には相手をたたっちゃえばいいだけじゃん?」

「よく分からんが、竜に追加でうろこを生やしても防御力が上がるだけではないかの?」

 確かにそのとおりだな。てか鱗に生える鱗を想像したらはすコラみたいで体がかゆくなってきたんだけど! そもそもドラゴンにそんなデバフが効くとも思えないしな。

「うーん……詰んだ」

「いや、今回はどう考えたところでホントに詰んどるじゃろ?」

 そのとおりなんだけどさ、今回に限っては簡単に諦められないんだよなぁ……。

 そんなけんたいの夫婦の寝室のような空気に二人して包まれていた俺とミヅキのところに、公爵代行カッコ笑いからのお呼び出しがかかった。この肉体的には寝転んでるだけだけど、精神的にはクソ追い込まれてる時に馬鹿の相手をしないといけないのか……マジで一回この前の探索者(ドブネズミ)みたいに足腰立たなくなるまで殴り回すぞ?

 コメカミの血管が血流でヒク付くのを感じながらも、お屋敷でお世話になってる身なので出向くぐらいは出向いてやるかと、俺を呼びに来た、すまなそうな顔をした鬼婆ぁお付きのメイドさんに連れられておバカの部屋に案内される。大丈夫だよ? メイドさんには何も怒ってないからね? あめちゃん食べる?


 部屋に入ると木製の長椅子の上で短い足をこれでもかと開いて座る公爵代行。呼び方が邪魔くさいのでもう予備でいいかな? その姿、某口だけでのし上がっていくヤンキー漫画の主人公の如し。

「お呼びとお聞きしたので仕方なくやって参りましたが、何かご用でも? あなた達母子とは違い俺はこれでも忙しい身の上なのですがね?」

「チッ、相変わらず可愛げのないガキだな」

 おっと、ついつい本音が……。もっとキレ散らかすかと思ったのに。暴れてくれればこれ幸いと鎮圧してやろうと思ってたのに。

 そこから始まるのは内容がないようと洒落じゃれたくなるような長い長いお話。うんざりとしながらも要領を得ないおバカの話を簡潔にまとめると、


『北都の北に竜が出た!』

 知ってるわ。

 ↓

『情報を握り潰したけど王女様が出てきて何となく不味いことになった!』

 知らんがな。

 ↓

『あれ? でもこれってもしかしたらチャンスでもあるんじゃね?』

 どこにチャンス要素なんてあった?

 ↓

『特にこれまで武勲もなく社交界でも目立ってなかったけど、竜退治者ドラゴンスレイヤーになればモテモテウハウハで王女様もご褒美にもらえるだろ?』

 武勲のない人間に竜退治なんてできるはずないだろ。あと王女はお前に死ねって言ってたぞ?

 ↓

『なぜかコイツとは無関係な俺にもついてこいと呼び出しがかかる』

 ↑

 イマココ。


 まとめたからといって意味が分かるとは言ってないからね? 特に最後の俺が呼びつけられた部分、まったく関係ないじゃん?

「ということだ、黙ってお前もついてこい!」

 さだ○さしかお前は……。

「まぁ、そうですね、とりあえずお断りいたします?」

「貴様! 二度は言わんぞ? 口答えせずに力を貸せ!」

「完全に二度言ってるんだよなぁ。なら俺ももう一度だけ言おう! お断りしますと」

「公爵家でこれだけ世話になっておきながら、お前はこの俺の言うことが聞けないというのか!? 妹の召使い風情が生意気な!!

「特にあなたの命令を聞く理由がございませんので。お話がそれだけなら職務に戻らせていただきますが?」

 マジでバカってどうしてこんなにバカなことが言えるの? もしかしてバカだから? マジバカだからなの? もし俺がアルパカなら今頃キラキラまみれになってるぞお前? あれ? アルパカが怒った時にかけるのはキラキラじゃなくてツバだっけ? そんなことよりうまいことを言ったふりしてるけど大して韻を踏んでないな、マジバカとアルパカ。

 てか、次男ってポウム家の元兄貴を筆頭にバカになる呪いでもかかってるの? いや、うちの元兄貴は生きるのに精一杯で性格が悪くなっただけかもしれないけれども……。王子は三番目だったし順番は関係ないのかな? 俺も三男だしな!

 問題になりそうな共通点は絶対に二人共毒親がいたってところだろうな。そう考えればこの人も被害者……でもないか。公爵家っていう、これ以上の好環境なんかないって言い切れる状況で育てられてこれだもんな。

 そもそもさ、フィオーラ嬢の側仕えではあるけど俺って子爵様なんだよ? 嫡男でもない公爵家次男のこいつより、すでに子爵家当主として認められてる俺の方が位的には上なんだぜ? もちろん建前上の話なんだけどさ。

 もしこれがガイウス様やコーネリウス様からのお声掛けだったなら渋々と、お嬢や姫騎士様から声が掛かったのならバカなことは考えるなとさらって逃げるくらいはするけど……人のことを目の敵にして散々嫌がらせしているお前ら母子に声を掛けられて、どうして唯々諾々と従うと思ったのか? コレが分からない。

 あと俺に対する命令権がガイウス様よりヘルミーナ嬢の方が上なのは仕様だから仕方がないのだ。だってあの子最近怖いのだもの! 最初から怖かった? そんなことないもん!! そして最終兵器のウルウルお目々は小悪魔、むしろただの悪魔な性格に気が付いたとしても放っておけない破壊力なのだ!

 こうなってくると常識的で良識のある上のお二人が屋敷を空けてるのがマジ効いてくるな……。

「ふんっ、どこまでも気に入らないガキだな! だがお前は魔法、それもかなりの威力の攻撃魔法が使えるらしいと聞いているからな! まったく気に食わないが仕方なく連れていってやると言っているのだ! その俺の気持ちも理解せず断るなど……本当にお前はバカだな!」

 お、おう、何言ってんだこいつ……俺、ちゃんと拒否してるよね? ここまではっきりと意思表示してるのにどうして会話が成立しないの? もしかして本当に俺の方がおバカなのだろうか? いや、こいつと会話をしようとしている前提からオカシイのかも?

 お互いにグローブをはめてるから硬球の投げ合いをすると思ったのに、投げた硬球を無視していきなり服を脱ぎ出したかと思ったら海パン姿になってビーチボールを撃ち返してくる奴とは、こちらがどう頑張ろうとも意思疎通はできないよね? もちろん方法はあるんだよ? それに乗っかって思いっ切りスパイクして相手にぶちかますとかさ? 第三王子の時みたいに。

 でも一応バカでも世話になってるおうちれいそくだからなぁ……。

「そもそもお前はこの、今の状況を分かっているのか? おやも兄貴も居ない現状ではこの家のかじりをするのは俺なんだぞ? つまり俺が当主だ。その俺にたかだか使用人のお前がたてくとはどういう了見なんだ?」

「はぁ。しかし私は公爵家の使用人ではなくフィオーラ様の側仕えですので」

「そんなこと関係あるか!! ほんっとうにバカなガキだな!! フィオーラの使用人であろうが小間使いであろうが、公爵家当主の命令に従うのは当然だろうが!!

 当主『予備』な。てかそれも自分で言ってるだけ、思い込んでるだけ、あの鬼婆ぁに言い含められて舞い上がってるだけで権限なんてないんだぞ? これ以上おばさんが調子づくとオースティア様がどんどん不機嫌になるから勘弁してもらいたい。

 あれだ、初見でヤンキー漫画の口だけ主人公なんて言って本当に悪かった。ああいうキャラって少なくとも頭はいいもんね?

 ……いや、待てよ? そもそも口だけでいいのなら竜退治についていっても特に問題なくね? もちろんこいつには自分で言ったことの責任は取らせるとしてさ。コーネリウス様を助けに行くついでに、いざとなれば代わりの責任者イケニエにしちゃえばいいんじゃないか?

 てことでAパターン『かたくなに行かない』からBパターン『怪しまれないように仕方なくついていく』に流れを変更する。

「まぁどうしてもご自分お一人では対応しきれないので頭を下げてお願いしますと頼まれれば、やぶさかではないですけどね? そうですね、その場合、もし私が竜を退治した場合には黒竜の死体とその他の素材は全て貰い受けますが、それでよろしいですかね?」

「き、貴様、俺様の命令に条件を付けようというのか? これだからモノを知らない平民上がりは……。ふんっ、そうだな、俺が欲しいのは竜退治の名誉だからな! もしもお前が一人だけで黒竜を退治した暁には、素材であろうが竜のねぐらの財宝であろうが全てお前の物にするがいい!」

「ではそのようにこの場で一筆したためていただけます? あ、もちろん公爵家の方々を信用していないなどということはないのですよ?」

 そう、公爵家じゃなくあんた達母子を信用していないだけなんだからねっ!

「くっ、面倒な奴だな……まぁいいだろう……ほら、これで満足か? まったく、遠征の用意で忙しいというのに無駄な時間を取らせやがって! 明後日の早朝には王都を出立するからな! 自分の荷物はちゃんと自分で用意しておけよ!」

「ちーっす」

 部屋を出て扉を閉めるとドアに何かが打ちつけられた大きな音がした。腹立ち紛れの小芝居で少し煽りすぎたか? いや、それよりも目の前でかんしゃくを起こさない程度の理性が奴にあったことに驚きである。はぁ……バカと行動を共にするのは憂鬱だけど、コーネリウス様生還ルートの確保のためだしなぁ……あとでいっぱい小遣いをふんだくってやるっ!

 てか自分で旅の用意とかしないといけないんだ? まぁあいつの用意した食事とか食いたくもないからいいんだけどさ。鬼婆ぁに下剤を盛られた前科があるからな。

 しかし竜退治か……勇者をしていた頃ならそれなりに近接戦闘でも戦えたんだけどなぁ。今なら間違いなくワンパンミンチだな、もちろん俺がされる方で。てことで用意するのは遠距離攻撃できそうな武器になるんだけど……間違いなく弓じゃ飛んでる竜には届かないだろうし、何かの間違いで届いたとしても鱗ではじかえされるだけだよな。

 ああ、そうだ、緊急連絡用に俺の部屋に『アレ』も設置しておこうかな? 今晩にでもフィオーラ嬢に使い方だけ覚えてもらえるようにお願いしておくか。いや、アレとか御大層に引っ張るほどのものじゃないんだけどね? アレ(転送の魔法陣)だからさ。手紙とか手荷物程度なら送れるサイズの転移装置だな。御大層どころかこの国では失われた技術ロストマジックだった。まぁいいや、先に装備品装備品……見た目だけでバカが度肝を抜かすようなヤツを用意してやる!


 てことでおバカな公爵家次男の部屋を退出して装備品の作製のために自室に戻った俺。

 装備っていっても武器だけで今回は防具はなしだけどさ。どうせドラゴンに息吹ブレスを吐かれたり、殴られたり、かれたりしたら鉄製のよろい程度じゃ何の役にも立たないんだもん。付与魔法エンチャント? 魔銀ミスリル製の鎧でも用意しない限り鉄だと性能に限界があるからなぁ……効果時間は短いけどその場で魔法のバリアを張る方がたぶん強いんじゃないかな。繰り返しになるけど、ドラゴン相手に殴り合いをするなんて今の能力値じゃ絶対に無理だからね? 接近戦に持ち込まれた時点で負けなのである。

 先制で遠距離攻撃、それも相手に気付かれていない状況ならベストなんだけどなぁ……逃げる際には重い鎧は邪魔でしかないし。やはり現地で服にガッチガチにバリア張るのがベストだな。

 武器に関しては最初から作りたいモノは決まってるんだけどね? そう、遠距離最強兵器と名高い『銃口から前方に向かってイッパイ魔法陣が展開される対物アンチマテリアルライフル』である! ミサイルの方が強い? この前いっぱい無駄遣いしたからそんなデカいモノ作る金がねぇんだよ! 小遣いをミヅキの酒代に使ったせいで王国が滅んだらちょっと笑う……いや、まったく笑い事じゃねぇな。

 でもほら、アンチマテリアルライフルだよ? アレって男の子の憧れだよな! たぶん『男子中学生の口に出したい単語第三位』くらいには入ると思うもん、アンチマテリアルライフル。第一位はもちろん『こんでんえいねんざいほう』。本当の一位は好きな女の子の……いや、それ『口に出したい』の意味が完全に変わってるからっ! ただのド下ネタじゃねぇか。個人的には『薔薇ばら十字団』とか『薔薇戦争』もオススメなんだけどね? もちろん薔薇と言っても男同士の愛とは何の関係もない……はず。

 さて、対人兵器としてなら性能を気にせず見た目だけ派手な演出がシュバババッと出るだけでオッケーなのだが、相手は地上最強種族のドラゴン様である。それも『ねぐら』なんてものを持ってるうえに、名前に『黒』というハッキリとした属性が付加された名前付きの迷宮主ダンジョンボス。そんな相手がただの鉄の筒から鉛玉や攻撃魔法を撃つだけの道具で倒せるはずがないので、日本人のお家芸である『魔改造』が必要になってくるわけだな。

 まずは本体のでっかいライフル……と言いたいところだけど、銃弾から始めることに。だって弾のサイズが決まらないと砲身の作りようがないんだもん。そもそも今回の武器、本体は弾の方だからね?

 弾……弾……弾……。

 普通に考えれば銃の弾丸は鉛玉。いかん、頭の中で銃のイメージが対物ライフルから火縄銃にまで退化したぞ。てか現代の銃弾ってなんかこう赤銅色っぽいし、色的にはどう見ても鉛とか使ってなさそうなんだけど、いつまでも鉛玉って呼ぶのはおかしくね? って思いそうだけど普通に鉛の外側をしんちゅうで包んであるだけで鉛玉で間違いないんだよね。もちろん手持ちに鉛なんて鉱物資源があるはずもなく、鉛製品なんて釣りに使う重りくらいしか思いつかないので、公爵家からの回収手段もない。勝手に回収したらただの泥棒だしね?

 金、金さえあれば……もちろんお嬢様かお姉様か王女様にお願いしたら全力で用意してくれるだろうけど……ダメダメなヒモになった気分を味わいたくはないからなぁ。もちろん無理もしたくないし、死にたくもないのでどうしようもなくなったらお願いするんだけどさ。



 で、考え抜いて候補に挙がったのが、

「ウサギさん、ちょっとお手伝いをお願いしたいんだけど……」

 弾丸といえば重金属、重金属といえば鉱物、鉱物といえば地魔法、地魔法といえばハリスくん……と、あみだくじのようにあっちこっちかいしながら右往左往して、最終的にたどり着いたのはもちろん大地の聖霊様であるウサギさん! ということでやってきたのは出入り禁止を解除されたばかりのブリューネ侯爵家である!

 この前キーファー公爵家で元母親と元兄が大騒ぎした結果、今度は元実家がここんを含めて色々出入り禁止というか絶縁状態になってるんだけどね? まったく、迷惑な寄り子もあったもんだな。

 岩を砕く時に見たウサギさんの攻撃方法が完全に肉弾戦だったんだけど……聖霊さんだし魔法も使えるんだよね? 地魔法、どちらかといえば生産系で攻撃魔法のイメージはあまりないけど今回必要なのは生産、加工系の魔法だから問題ないはず。

 てか俺がブリューネ家を訪れるのはおねぇちゃまの治療の時以来……でもないか、マリア様のご飯作りに通い妻のようにたまに来てるもんな。でもほら、その時は侯爵家からお迎えが来てくれるじゃないですか? 今回みたいに俺が自主的に訪れるのは今は昔、リリおねぇちゃまの顔を見るためお百度参りの如く日参してた時だけだから、今回も当時のように自分に会いに来た、もしくはやっとプロポーズにやってきたとでも思ったのか、リリアナ嬢が部屋にこもってアップ(おめかし)を始めたことをメイドさんが教えてくれたんだけど……今日はお部屋にお邪魔する予定はまったくないからね?

 ん? どうして一度二度顔を見たことがある程度の面識しかないはずの、のお屋敷のメイドさんとそんな仲良しなのかって? もちろんマリアお姉様やリリアナ嬢にせっけんやシャンプー(ある意味これも消えものだよね?)を納入する時にメイドさん達にもおすそ分けをしてるから。そういう細かい気遣いってとても大事なんだよ? 巡り巡って自分に返ってくるからね? いや、メイドさんは今はどうでもいいんだよ。

 俺のいきなりのお願いにもかかわらず、どんと来いって感じで、そしてちょっとドヤ顔で、

『フス? フス! ……フスフス!』

 引き受けてくれるウサギさん、なかなかの男前ウサギである。

「そう? ありがとう! ものすごく助かります! ん? レディに向かって男前はどうかと思う? それは申し訳ない。いやいやいや、ウサギさんって女の子だったんだ!? ちなみにだけどさ、この前の岩を粉々にしたウサギさんパンチ(という名のキック)で竜退治とかできたりは……」

『フス……フスフス……』

「ふむ、大地の聖霊様だから流石に飛んでる相手とは相性が悪いと。いや、そんな、かしこまらないで……こちらこそ無理を言ってなんかごめんね?」

『フス』

「うん、ならここはやはり当初の予定どおり対物ライフルにするべきだな。ウサギさん、この近辺の地下にある重金属を集めたりとかは……」

『フス! ……フス』

「楽勝! でも魔力が足りないと……また地魔晶いっぱいごちそうする感じでいけそうかな?」

『フスフス!』

 どうやら大丈夫らしい。そこから始まるのはあぐらをかいた俺の膝に座ったウサギさんがカリカリと地魔晶を可愛くかじる食事風景。暇な時に余った魔力で魔水晶を大量生産してるからいくらでもお食べ?

 カリカリ……。

 カリカリカリカリ……。

 カリカリカリカリカリカリ……。

 ……いや、ホントによく食べるな!? 時空庫内の地魔晶がすでに半分くらいなくなったんだけど!? 足りるのかこれ……? ……七割五分くらい消費したところで「ケプッ」と可愛くゲップをするウサギさん。俺の膝の上からピョンとジャンプ、空中で一回転して着地すると、

『フス! ……フスフスフス……フス……フスフス!』

 なにやら複雑そうな呪文を唱えるウサギさん。うん? うねうねと体を動かしながら鼻をヒクつかせてフスフスしてるだけにしか見えない? それは聖霊の友スキルのランクが低いからである! そしてウサギさんの頭上で渦巻きながらみるみる大きくなってゆく七色に輝く水銀のような金属の塊。

「おお……なんかれい……でも触るだけで色んな金属の中毒症状を起こしそう……」

 小指の先ほどの大きさから十センチ、五十センチ、一メートル、五メートル、十メートル……。

「ちょ、デカいデカい! ちょっと一旦ストップで! ……何百トンあるのかなそれ」

 最初は綺麗な見た目だったのに、大きくなるとそこそこ禍々しくなってるんだけど……影の部分から異世界に取り込まれそう……すでにここが異世界だって? 確かに。

 さて、材料は大量に用意してもらったことだし、ここからこのドデカイ塊をライフルの弾丸に加工しないといけないんだけど……。

「この塊から豆粒みたいな弾丸を作ったところで間違いなく鱗でね返されるだけ……当たったことにも気付かれないかもしれないんだよなぁ。コレ、このサイズのまま投げつけてぶつけられたらダメージ入るかな?」

 もちろんこんなものを抱えて投げつけるなんて、できるはずがないんだけどさ。

 ウサギさんは両手を天に掲げて持ち上げて……というか浮かせてるけど、何百トンどころか何千トン、しなくとも何万トンもあるだろう『重』金属の塊だもん、重いに決まっている。

 時空庫に放り込んでおいて取り出すとともに垂直落下させることならなんとか可能かな? それでダメージを与えようとしたら動かないドラゴンの真上、それもかなりの高度から落とさないとならない無理ゲーなんだけどさ。

「んー……質量はそのままで、魔法で小さく圧縮とかできればワンチャン……で、着弾時に元のサイズに戻って押し潰す感じで……流石に無理かな?」

『フス? フス? フス!』

「できるんだ!? 流石俺のウサギさん! ああ、でもウサギさんは領域違いだから光の聖霊様と闇の聖霊様の力を借りないと駄目だと……いや、光の聖霊様の子グマちゃんは知ってるけど、闇の聖霊様はどこに居るのかすら分からな……うん? くろしばの子犬?」

 いつから居たのか、プロペラのように高速でしっをブンブンと振り回してこちらに突撃してきたワンコを抱き上げてでくりまわす俺。

『ワンッ! ワン、ワン! クーン?』

「あっ、ご丁寧なご挨拶恐れ入ります……てかワンコが闇の聖霊様なんだ!? いや、ワンコってこの前は居なかったしここん家の子じゃないよね? どこから来たの?」

『ワンッ!』

「なるほど、いっぴきおおかみは一所にはとどまらず彷徨さまよう定めだと……いや、何の返事にもなってないよねそれ?」

『キューン……』

「いやいやいや! 怒ってるとかじゃないからね!?

 ワンコ可愛いよワンコ……ヤキモチを焼いたのか、足元でウサギさんが俺のスネにローキックを当ててくるのが地味に痛いです。

 てことで(?)どこからか現れたワンコと功労者でもあるウサギさんを散々モフり倒し、満足したところで子グマをお迎えに、

『がおー!』

 帰ろうとしたら自分からやってきたでござる……。

「てか聖霊様って転移できるんだ?」

『オー』

「なるほど、転移できるのは他の聖霊様か聖霊様の使徒がいる場所だけだと……いや、俺はクマの使徒ではないからね? そこはフィオーラ嬢にしておいてあげないとお嬢が泣いちゃうからね?」

『オー!』

 果たしてこいつは本当に理解しているのだろうか? 子グマ、いつも返事だけはいいんだけどね? 俺と一緒で、勢いだけで生きてるっぽいところがなんともかんとも。

 さて、ホットなメンバーも揃ったので紹介から! いや、基本普通の人にはえないのに誰に紹介するんだよ! と、ノリツッコミをかましながらワンコと子グマにお手伝いをお願いし、今回の作業の説明をしてさっそくお仕事に入ってもらう。自分のために親切な聖霊様を便利使いしてるみたいで非常に心苦しい気持ちになるけど……この国に大きな被害を出さないためなので勘弁していただきたい。後でおやつ(属性魔水晶)もバイキング形式でお出しいたしますので!

 ウサギさんが魔法(ふしぎパワー)で浮かべている巨大な重金属の塊の右に子グマ、左にワンコが立ち上がり『オー! オーオーオー……がおー!』『ウー……ウー……ワオ──ン!』と呪文を唱える。三柱の聖霊様が並ぶその姿、まるで日曜日の夕方に放送していた変な髪形のお姉さんが活躍する国民的アニメのオープニング(バンザイして腰振ってるアレ)の如くっ!! 神々しさ皆無だな。てかワンコ立つんだ? とか、呪文じゃなく全員ただのとおえじゃね? とか、細かいツッコミは禁止である。

 俺の目の前でみるみるうちに小さくなってゆく重金属の球体。

「あ、最終的な形は先端のとがった円筒形(どんぐりっぽい形)でお願いします!」

 なんということでしょう! 目測直径十メートル以上あった球体がこんなにコンパクトな『砲弾』に早変わり!

「デケェな!? もちろん最初の大きさから考えるともの凄い圧縮率なんだけどさ! あと弾の周りの空間がなんかゆがんでモヤモヤして見えてるのは気のせいじゃないよね? とてつもなく触りたくねぇ……それに今は浮かんでるからいいけど、絶対に持ち上げられない超重量だよねコレ?」

 なんかこう環境に良くないとかのレベルじゃなく、世界に何らかの悪影響を与えそうな物体が出来上がったんだけど……。

「大丈夫だよねコレ? いきなり爆発したりブラックホールを発生させたりとかしないよね?」

 これが後の世に伝わるビッグバンである! とか勘弁してね? その時点で星ごと消えてなくなりそうだから誰も後世に伝えられないけどもっ!

 とりあえず弾の名前を『消滅の魔弾』とでもしておくか? いや、そんな危険そうなフラグを立てるのはよろしくないな。よし! 命名『ウサギさん一号with白クマ黒ワンコ』! 黒ワンコが下ネタに見えた人は心の汚れた人だと思います。

「ハリスちゃん? 久方ぶりにお屋敷を訪れておきながらおねぇちゃまのお部屋にも来ないで、お庭でずっと何をしてるのかな?」

「あっ、リリアナ様、お邪魔しております。いえね? ちょっと竜退治の道具を作ろうと、ウサウサ……大地の聖霊様達にお力を貸していただいておりましてですね?」

「竜退治の道具? ハリスちゃんが突拍子もないことを言い出すのはいつものことだけど、今日はいつにも増してとんでもないね……。もしかして道具ってそこに浮かんでる、その見てるだけで気を失いそうになる呪物だとしか思えないソレのことかな? ……ホントに大丈夫なのソレ?」

「もちろん大丈夫ですよ? そもそも何か不具合が発生した場合はこのお屋敷どころか王都、いえ、この世界全てが消滅するでしょうし」

「それを大丈夫とは言わないよね!? ……王都が消滅……ああ……なるほど、そういうことだね! ……確かにもしもの際には愛する人と一緒に逝きたいものね? その気持ち、分かる」

「リリおねぇちゃまは一体何を理解しちゃったのかな? いえ、本当に危ないものじゃありませんのでご安心を!」

 どちらかというと、危険なのは世界の崩壊を告げられたのに頬を染めて薄笑いを浮かべるおねぇちゃまです! 俺にはそんな無理心中をするような心積もりも行動力もございませんので!

「とりあえず弾は完成したから次は打ち出す銃の方なんだけど……これ、鉄砲じゃなくて戦車の砲身サイズのが必要だよな」

 うん、砲身が必要とかどうとか関係なく、地面に置いただけで自重でズブズブと沈んでいきそうなこんな『弾のようなモノ』をどうやって飛ばすのかと……。

「いや、重さに関しては砲弾の周りを無重力にしちゃえばどうとでもなるのかな? あとは発射方法だけど……火魔法か風魔法で押し出すのが無難?」

 砲弾の周りを無重力にするとかいう頭の悪そうなパワーワード……でもここには重金属の圧縮なんて時空を歪めちゃう子達がいるからね? 子グマちゃんとワンコペアでどうにかなっちゃうのだ。

 そして発射方法、ウサギさんに相談したら『赤いたてがみをもつライオン』……のコスプレをした茶トラの子猫と『皇帝ペンギンの赤ちゃん』を紹介してもらえた。どうやら火の聖霊様と風の聖霊様らしい。……いや、ペンギン! 確かに名目上は鳥だけど!! 言うほど風だろうか? どっちかっていうと海というか水の聖霊様じゃね?

「一応質問なんだけど、風の聖霊様はドラゴンを撃ち落としたりとかできたりするのかな?」

『クエッ? クークー……クエッ』

「なるほど、飛んでる奴の相手をするのはあまり得意ではないと……鳥要素少ないもんね? 仕方ないね?」

『クー……』

 ちなみにこの時の俺は気付かなかったけど、庭の木陰から呼ばれなかった水の聖霊様がコッソリと寂しそうな瞳をしてこちらを見つめていたらしい。

 ということで、どこの子なのか知らない子も交じってるけど、聖霊様に大集合してもらってああでもないこうでもないと悩みながら完成した『アンチマテリアルライフル』がこちらになります!

 どこからどう見てもライフルじゃなく昔懐かしバズーカなんだけどね? そもそも弾丸の直径が百ミリオーバーしてるから弾丸じゃなくて砲弾なんだもん、仕方ないよね? 何万トンもある砲弾を無重力状態にすることで重量をなくしてしまい、砲身内で高速回転させて運動エネルギーを蓄え、それを推力に変換して利用することで打ち出し、さらに何重にも展開させた風魔法の力でレールガンのように加速! 加速! さらに加速っ!! 弾自体が質量兵器なので魔法の防壁も簡単に突破できる凄いヤツだよ! 最終的には光の聖霊様、闇の聖霊様、風の聖霊様の力を合成することで摩擦力もゼロにして……なんかこういい感じにむっちゃ速い速度で飛んでいくわけだな!(アホの子の説明)

 ちゃんと説明しろって? いや、物理法則とかガン無視してるのに科学者でもない俺にこれ以上どう説明しろって言うんだよ! そもそも小動物型の不思議生物に力を借りてよく分からない魔法をたくさん使ってるのに無理に決まってんだろ! 仮に俺が一晩かけて説明されたとしても一割も理解できない自信があるわ!

「さて、完成したからには試射をしておきたいんだけど……」

「ふふっ、ハリスちゃん、何があっても二人は永遠に一緒だからね?」

 目をとろんとさせたリリアナ嬢が非常におっかないので帰宅することにした。

「忙しいので今日は帰りますね?」

「……えっ? このままお泊まり、むしろこのお屋敷で監禁……じゃなくてどうせいするんだよね?」

「最初にした説明聞いてました?」

 目を見開いて口を半開きにした表情で固まるリリアナ嬢。そうだね! フレーメン反応だね!

 てかこの魔道具って、魔道具であって魔道具でないから聖霊さんが一緒にいてくれないと、まったく使えないんだよなぁ。そもそも砲弾が元の体積に戻るだけでも俺と地面が大惨事になってしまうから、竜退治に出掛ける間は集まってもらった聖霊さん全員……でもないな、火のニャンコは作業に参加してないし。

「じゃあニャンコちゃん以外は大変申し訳ないんだけど……竜退治が終わるまで俺と一緒にお付き合いお願いしてもいいかな?」

『オー!』『フス!』『ワン!』『クエェェーッ!』と元気に返事をしてくれる聖霊さん達。

 てか子ペンギンの鳴き声に可愛らしさのカケラもないんだけど? ギザギザの付いた口(くちばし?)を大きく開いた表情がとても怖いんだけど? ちょっとしたホラーゲームのクリーチャーなんだけど? つぶらな瞳が恐怖を倍増させるんだけど? どうせ増やすならお嬢の胸部を倍増してあげて?

 そして一人(一匹?)だけ取り残されることとなった赤いニャンコこと火の聖霊様、リリアナ嬢の隣で同じ表情をして固まっていましたとさ。



 ブリューネ侯爵邸からキーファー公爵邸に戻ると、お屋敷の玄関で立って待っていたメイドさんに大至急フィオーラ嬢の部屋まで来てほしいと通達される。

 あそこでずっと立ったまま待っていたのかな、メイドさん……まぁAさんだったから通常業務にこれといった支障はないのだろう。

「お嬢様、ただいま戻りましたが……何か緊急事態でも発生したのでしょうか?」

 もしかしてあの鬼婆ぁがまた何某なにがしかの暴走を始めた(言いがかりをつけてきた)のなら、そろそろシメておかないといけないか……などと考えながら私不機嫌ですオーラをプンプンと漂わせるフィオーラ嬢に声を掛ける。

「緊急事態……そうね、緊急事態だわね? わたくしの身の回りの世話をするはずの側仕えが他所の御令嬢のお世話に出掛けていたのですからね? 今日は胸を持ち上げるお仕事でもしていたのかしら?」

「いや、何の話ですかそれは……ちゃんと出掛ける時に言伝をお願いしてあったはずですけど? あとその仕事はいくら払えば参加できるんですかね!?

「そうね、当主のいないお屋敷にいる幼なじみで少しおっぱいが大きくて優しいおねぇちゃまに会いに行っただけですものね?」

 おい、今日の……今日もお嬢がそこそこ面倒臭いぞ? そもそも俺が会いに行ったのはウサギさんであってリリアナ嬢ではないんだよなぁ。このまま放っておくとフィオーラ嬢が膨らませている頬が爆発してもいけないので、ブリューネ家を訪れた理由、ここん家のおバカと一緒に竜退治に行くことになったことを説明する。

 俺お手製の柔らかクッションのソファに腰を下ろしたフィオーラ嬢と、その後ろに立っていたメルちゃんが絶句。目を大きく見開き口を開けて……なんなの? 最近は王都でフレーメン反応顔するのがってるの? みんな可愛いし、全員集めてフレーメンの音楽隊とか結成しちゃう?

「……お嬢様、少しお時間を頂きたく。虫ケラを一匹……いえ、二匹ほど潰して参ります」

「ええ、構わないわ、遠慮なく行ってらっしゃい」

「いやいやいや、抜刀してるから! そこの護衛のお姉ちゃん早くも抜刀しちゃってるから! 送り出してないでちゃんと止めて!?

 抜いてるのは刀じゃなく重そうな両手剣だけどな! 流石にそのまま屋敷の中をふらふらとはいかいしてたら完全に危ない人である。メルちゃん、抜いた剣をだらんとぶら下げたままこちらを見つめ、

「ハリス、いくらお前が私より少々……私が勝ったことがないほどに強くとも! 流石に竜とり合うのはちゃがすぎるぞ!?

「別に面と向かって斬り合うわけじゃないから大丈夫だよ?」

「分かってるさ! 斬り合うのではなく殴り合うのだろう!?

 どうして俺がドラゴンとタイマンで、電車が走る陸橋と夕日を背にして河原で殴り合いの勝負しないといけないんだよ……。

「いや、コレコレ、ほら、見てごらん? 黒光りして立派だろう?」

 時空庫にしまってあったバズーカを取り出してメルちゃんに見せるも、

「なるほど……いや、拳で語り合うのではなくとも、その変な形のこんぼうで殴るのなら結局殴り合いに変わりはないだろう?」

 鈍器としてしか認識されないかー。まぁ見た目的にね? この国では銃なんてほとんど出回ってなさそうだし? 飛び道具イコール弓みたいな認識になるのも無理ないか。一応は銃の形をした魔道具もあるんだけど数が少ないからね?

 そして細長い鉄の塊イコール棍棒になるのか。確かに重量的には十分に鈍器だけどさ。

「あー、あれだ、これ、こう見えて飛び道具……魔法のつえの魔道具版? みたいなモノなんだよ」

「いいかハリス、竜に魔法を撃っても効果はとても薄いんだ。それならまだ剣で斬りかかる方がマシだとすら言えるんだぞ? つまり殴り合いだろう?」

「んー、説明が難しいんだけどさ。これ、魔法だけど物理攻撃なんだよね。てかどうしてそこまで俺とドラゴンに殴り合いをさせたいんだよ……」

 メルちゃん、説明してもよく分かってないな。頭の上にハテナマークが五つくらい乗っかってるもん。まぁそんなところがとても愛らしいんだけどな! だから一度ふんどしを締めて踊ってもらえないだろうか?

「ハリス、わたくし達は別に棍棒ソレの話をしているのではないのよ? そもそもあなたはわたくしの婚約者なのよ? それを、どうしてあの男ごときの命令を了承しているのかしら?」

「一応仮にも建前上は『留守役の公爵代行』らしいですからね。それを前面に出されるとそれこそ公爵家と喧嘩するくらいの覚悟をしないと断れませんよ。あとあのおバ……次男殿の手助けをするわけではなく、俺の目的はコーネリウス様の救出……お手伝いですからね?」

 部屋に入ってきた時から険しかった表情をさらに険しくするフィオーラ嬢。いや、部屋に来た時は浮気男とか間男の扱いだったんだけどさ。

「ほらほら、お嬢様にそんなしかめっ面は似合いませんよ? いつもみたいに微笑ほほえんでください」

「この状況でそんなの無理に決まってるでしょう!? メルも言っているように相手は竜なのですよ!! 人が立ち向かうような生き物ではないでしょう!!

「ふっ、竜なんていっても俺にとっては、たかだか大きなトカゲですよ。帰りには竜革のハンドバッグでもお土産みやげに持って戻りますからお楽しみに」

 まぁ俺にとってだけではなく、誰にとってもドラゴンの見た目は大きなトカゲなんだけどな! 問題は寝返りを打つだけで城が壊滅するほどのずうたいの大きさと、空を飛んで何らかの竜の息吹ドラゴンブレスを吐き散らかすことくらいか? 完全に致命傷だなそれ。

 今回は遠距離攻撃の手段もちゃんと用意したし? ……想像してたより攻撃力の高そうな武器が出来上がって多少困惑してるけど。もしも、これを使っても退治が無理だったらバカ次男たにん犠牲イケニエにして、コーネリウス様をお姫様抱っこして逃げランデブーるだけだからそこまで悲観的になる要素はないんだよね。

 これでもしフィオーラ嬢やメルちゃんを連れていくとかになれば、それこそ決死の覚悟を決めないとならないところだもん。

「そんなご心配なさらずとも私の部屋に小さな転送の魔法陣を設置しておきますので。何かあれば報告のお手紙を送りますから……ね?」

「何かあれば連絡なんて送れないでしょうが!! 毎晩、そう、毎晩わたくしに愛をうたった手紙を送ると約束しなさい!!

 ……うん、確かにそのとおりだな。的確なツッコミである。あと送るのは報告であって恋文ではないのであしからず。俺に詩を詠むなどという平安貴族のようなたしなみもないしね?

 てか毎日業務日報の提出とかあれやぞ? バイトを辞める要因でもそこそこの上位やぞ? 特に日常業務に何も変化がないのに『特記事項なし』って三日続けたら怒られるからな? お前はそんなに職場でトラブルが起こってほしいのかと。まぁそんなカラオケ屋バイトあるあるはどうでもいいとして。だってスイッチが入ると長い話になるからな! 朝の六時からサービス出勤してビラ配りとかマジブラック企業。どこのもの好きが出勤時間で急いでる時にカラオケ屋のチラシ受け取ってくれるんだと小一時間。うちわも邪魔になるだけだからいらねぇんだよ!! そして社員さんよりも古株のおばさんとかがやたらと偉そうで、おばさん仲間の客に対して勝手に料金の割引とかしてるという……。そういう不正、よくないと思います。

 とりあえず拒否すると話が長くなりそうなので一言、

「ぜ、善処します?」

 とだけ返しておく。そう、何があろうともお貴族様にげんを取らせてはいけないのだ!

「もう! ほんとにもうあなたは! ……もう!! うーっ!!

「いきなり幼児化しないでください……」

 おバカのお供じゃなくコーネリウス様の手伝いという建前があるため、ご自分の心配と小さなわがままを通せないので怒りを持っていく場所がなく唸り出すフィオーラ嬢。

 感情的には俺だってそんなに行きたいわけでもないんだからねっ!!



 さて、時は流れ……出発の日の早朝。ただの翌朝である。

 出発前にミヅキが「我も行くのだ!」とか言い出したので少々困る。だって竜退治だからね? 屋敷の警備に残っていた騎士団やおバカの取り巻き貴族の家臣の兵達、みんなそこそこの覚悟……いや、そこそこどころか全員討ち死にする覚悟で出陣するのに俺だけ女連れ、それも幼女連れとか非常に外聞が悪い。

 当然無理だと答えるも「大丈夫じゃ、我、神ぞ?」とか言いながら小さい蛇の姿になり、首に巻き付いてきた。うん、はたには呪いのアイテムにしか見えない。そんくうが頭につけられた輪っかよろしく勝手に首を絞められそうなので、巻き付くのは手首にしてくれないかな? ああ、手首だと揺れが激しくて乗り物酔いすると……俺は乗り物じゃねぇんだよなぁ……。

 玄関前にずらりと並んでいるのは北都から一緒に来た第三騎士団と公爵家次男、その取り巻きのぼんぼん達。なんとバカ御一行、冒険者などが好んで着てる、それなりに動きやすいチェインメイルに鉄板を配した板金鎧プレートアーマーを軽く超えてくる重装備、騎士が馬上で着る可動範囲がクッソ狭いうえに視界も悪いガチガチの全身鎧スーツアーマー着用である。

 とりあえず一言だけ言ってもいいかな?

 お前らバカじゃねぇの?

 いや、すでにバカって呼んでるのに今さらか。

 そしてそれだけでは飽き足らず腰には両手持ちの、背中に背負うようなサイズの長剣ツヴァイハンダーを差し、手には長柄武器ポールウエポンまで持っている始末。お前らそんな身動きが取りにくいうえに一人で着脱もできないもの着込んでどうしようっていうんだ? 立ってるだけでフラフラしてる奴も居るし馬にまたがることすらできないだろ? てかその抜身のやりとかハルバードは持ち歩いて大丈夫なのか? 王城には本日出立の報告はしてあるけど反乱軍と間違えられるぞ? 騎士団の皆さんを見てみろ、ちゃんと槍は槍さやに収めてるだろ?

 ん? おれの服装? もちろん少し丈夫なだけの普段着ですが何か?

 ズボンの尻のトコとか革で補強されてたりするけど、防御力は限りなくゼロに近い、着心地重視の木綿の服。そして手持ちの武器は腰に差した小剣のみ。

 ちなみに最初の嫌がらせとして、長距離移動用の俺の馬が用意されていなかったりするのだが……ジョシュアじーちゃんが気を利かせて乗騎を用意してくれていた。ほんとこの人には、ここに来てからずっと世話になりっぱなしなんだよなぁ。

 てかこのバカ、何じーちゃんのことを睨んでんだコラ、ぶち転がすぞ? という意思と威圧スキルを込めてこちらから思いっきり睨みつけてやったら、青くなってそっぽを向いた。

 くじゃくの羽根っぽい扇をぱたぱたとさせて、発情期の鳥のように上機嫌な鬼婆ぁに気合を入れられ、見送られるバカとその取り巻き御一行。

 一方の俺はというと、

「ハリス、何があろうとも怪我のないように立ち回るのですよ?」

「はい、もとよりそのつもりですので大丈夫です」

「では旅の安全を願って、聖女であるわたくしよりいってらっしゃいと祝福のキスを……」

「あっ、それはいらないでーす」

「どうしてですか!?

 フィオーラ嬢と、

「ハリス……戻ったらお前の武勇伝を聞かせるのだぞ!!

「おう、有る事無い事語り尽くしてやる!」

「ないことは要らんからな!」

「あ、安全祈願に少しちぢれ気味のシモの毛をお守りに……」

「そんなもの生えてはいない!!

 メルティス嬢と、

「ハリスくん……」

「ああ、お姉様、そのような切なげなお顔はお止めください……やっぱり行くの止めようかなぁ……あ、お姉様もお守りに……今はツルツルでしたね」

「あなた、わたくしとお母様に対する接し方が逆ではないかしらっ!?

 オースティア様と、

「ハリス……ありがとうなのです……おとうさまのこと、おねがいするのです」

「はい、姫騎士様」

「でも、もしものさいにはすててきてもだいじょうぶなのです」

「はい、……はい?」

「ハリス……はやくミーナのところにかえってきてね? けがとかしちゃダメなのですよ? あ、ちょっとだっこしてほしいのです!」

「ははっ、たかが竜ごとき、かすり傷すら負うことなく退けてまいりますよ。抱っこですか?」

 チュッ。

「ハリス!? その子いまホッペにチュッてしましたよ!?

 ヘルミーナ嬢と、

「「「「「いってらっしゃいませ、お早いお帰りをお待ちしております」」」」」

 なぜかずらっと並んで頭を下げる北都組と王都組双方の大量のメイドさん達に見送られながらの出発となった。てかフィオーラ様、ツッコミが少々うるさいです。

 うん? リリアナ嬢とアリシア王女? いや、流石に他所様のお姫様に関係のない出陣の日にちまで連絡なんてしないです。アリシア王女は知ってるだろうけどさ。

 さて、キーファー公爵家のお屋敷を意気揚々、威風堂々と出発したそれなりに派手な軍装の御一行(チンドン屋)。

 屋敷を出て早々、貴族街を抜ける際の内門でバカ御一行が持っている長柄武器の穂先をしまえと門衛さんにお説教されるも「ぼくちゃんは公爵家の人間なんだぞ!? これから竜退治に向かう栄えある我が軍に文句をつけるとは何様のつもりだ!!」といきなりの恥さらし行為に励んでしまう。

 第三騎士団団長がしきりに門衛さんに謝り倒して事なきを得たけど……この先の旅路に不安しかない王都出立である。うん、心の底から馬鹿は死ねばいいのにと思いました。

 俺はほら、ほぼ普段着の軽装だったから。知らん顔、関係者じゃないですよーって顔をして先にコソッと街の外に出て待ってたから、被害は免れたんだけどね?

 出発したばかりなのに騎士団の団長さんが三日くらい徹夜した技術職みたいな顔になってた。

 まぁ今回は竜が暴れ回って……はいないけど、すでに村が幾つか襲われているらしいので、のんびりしていられない急ぎ旅……のはずなのだが「公爵家の人間が野営などできるか!」と、駄々をこねるバカ御一行の速度に合わせるために宿場を利用しながら北都到着までに要した期間が十三日。これには金曜日に暴れ回るマスクの怪人も苦笑いである。

 被害がすでに出てることの意味が分からないのかこの馬鹿どもは? 急ぎの行程だっていうのにどうしてお嬢様とメイドさん連れだった北都から王都までの旅程より時間が掛かってるんだよ!!

 ああ、御一行は一日目のお昼には鎧を脱いで長柄武器を手放し、全て騎士団に預けて運ばせていた。もしも俺に持たせようとしたらならば、間違いなくそこら辺にそのゴミを投げ捨てる、むしろそいつを斬り捨ててやったところだ。

 ちなみに宿に泊まるのは馬鹿の取り巻き連中だけで、俺含む騎士団と取り巻きの連れてきた兵隊は街の外での野営である。残ってた兵隊が少ないとはいっても総勢で三百人近い大所帯だから仕方がない。

 一応俺が子爵家の当主なのを知っている取り巻きの中でもマトモな頭をしている何人か、おそらく嫌々ついてきた兄ちゃんが、俺の部屋もちゃんと取るようにと何度かかんげんしていたけど、おバカがそれを聞き入れるはずもなく。

 俺としては騎士団と一緒の方が気楽だからまったく問題はなかったけどさ。野外でも当たり前に大型のテントを張って、携帯用(携帯できるとは言っていない)の風呂に入って、ベッドで寝る俺だからな!




 北都到着後は「何しに来たんだこいつら?」という困惑の視線を向けてくるお疲れ気味のコーネリウス様や北部に領地を持つ小貴族たちに「援軍に来てやったぞ!」と偉そうな態度で恩を売ってまわるおバカ御一行。全員が全員苦々しい顔をしてお前をにらみつけてることにそろそろ気付けよ……あと領主の一族が領地を守るのは自慢するようなこっちゃないことを理解しろ。

 そんな連中に関わっても損しかしないので、俺は俺で勝手に解散して自由行動。久々の北都のお屋敷に残っている知り合い、王都についてきていなかった顔なじみのメイドさん達にお土産みやげならぬ作り置きのおやつを大量に渡した後、お屋敷と街の近況を聞きながら客間まで案内される。

「お久しぶりです、というより駆けつけるのが遅くなり申し訳ございません……バカおやにこちらからのご報告を握り潰されておりまして……」

「いや、来てくれとは言っていない、むしろ危険なのでしばらくはこちらに近づかないようにと手紙に書いて送ったはずなんだけどね……でも正直な話、一人では心細かったからね? ハリスが来てくれてとてもうれしいよ。ぜいたくを言わせてもえるなら、ハリスと第三騎士団以外はいらなかったけどね」

 困った顔でそれでいて嬉しそうに苦笑いするコーネリウス様とガッチリと握手をする俺。色々な感情が整理しきれずに渋滞して、男前がおかしなことになってますよ?

「しかしハリスもこんな時にわざわざ来てくれるなんて物好きだね? ああ、もしかして娘を嫁にするための点数稼ぎなのかな?」

「俺がお屋敷を出る前お嬢さんに、いざという時は父上は捨てて逃げろとくぎを刺されましたが? まぁ多少は勝算もできましたので、お邪魔にならない程度にゴソゴソしに来ました」

「ええー……いや、確かにミーナはそう言いそうだけれども……」

 椅子に腰を下ろし、お茶を飲みながら二人で近況報告を交わす。こちらの状況はこうちゃくしてるみたいだけど、それほどよろしいわけでもないらしい。まぁ大都市の近くで大怪獣が暴れてるのに自衛隊がアメリカで演習してるみたいな状態だから仕方ないね?

「それにしても勝算……ねぇ? いや、いくらハリスでもドラゴンをどうこうするのは無理だと思うよ? 我が家の初代様ですらドラゴンに攻められた時は光の聖霊様のお力で都市を包み込んで防衛するだけで精一杯だったらしいしね?」

「子グマちゃんってそんなこともできるんだ!?

『オー!』

「まぁ今回は子グマ……光の聖霊様だけではなく闇の聖霊様、大地の聖霊様、風の聖霊様もついてきてもらってますからね? 単純に戦闘力はその時の四倍ですよ?」

「えっ?」

「えっ?」

 いや、どうしてそこで驚くのさ? もしかして聖霊様の力は足し算ではなく掛け算だとか? 色んな妄想がはかど……らない。

「妹にキーファー家の守護聖霊様、光の聖霊様と仲が良いっていうのは聞いていたけど……大地の聖霊様、ブリューネ家の守護聖霊様もリリアナ嬢の件もあるし、まぁギリギリでお力を貸してくださらなくもないかもしれないけど……ヴァンブス家の風の聖霊様と建国記にも出てこない闇の聖霊様にまでお力をお借りできたの!? じゃなくて聖霊様についてきてもらったってどういうことなの!?

「いえ、そのままの意味ですけど? おやつあげるから竜退治のお手伝いしてもらえないかなー? みたいな? 感じで?」

「聖霊様ってそんな近所の子供が家の手伝いするみたいに力を貸してくださるような存在じゃないんだけどなぁ……」

「案外ちゃんとした理由があって、きっちりとお話をすればどうにかなりますよ?」

「そもそも聖霊様と話せるということがとんでもないことなんだって気付いて?」

 マジ大丈夫かこいつ……みたいな顔をするコーネリウス様。まぁそうかん漂う顔をされるよりも話しやすいからいいんだけどさ。

「それでまぁ、聖霊様にお願いしてですね、城一つくらい……したら街一つくらい、もしかしたらこの世界そのものを吹き飛ばせそうな魔道具を作ったんですけど」

「城一つと街一つだと大きな隔たりがあるからそのへんハッキリしてもらえるかな!? いや、世界を吹き飛ばすってそれもう黒竜の被害がどうでもよくなる規模だよね!? なんなのそのおっかない魔道具!?

「最初は竜をけんせいできるくらいの物になればいいなぁーと思ってたんですけどね? 聖霊様みんなで力を合わせて頑張ってくれました! ね? みんな!」

『オー!』

『フス!』

『アオーン!』

『クエェェェェェェェェェッ!!

「みんなって何なのかな? もしかしてだけど……聖霊様達がそこにいらっしゃるのかな!? 皆様でお力を……フィオーラが力をお貸しいただいていて王国民にも認識されている光の聖霊様と、王家を支えてくださり国の象徴でもある炎の赤様以外の聖霊様は最近力をなくしていると聞き及んでるんだけどねぇ……」

「そのへんはほら、ご飯をいっぱい食べて元気になってますので?」

「聖霊様のご飯って何なのかな!? というか聖霊様ってそんな遊び疲れた親戚の子供みたいな存在じゃないよね!? 食事するだけで元気いっぱいにはならないよね!?

 聖霊様のご飯とはもちろん属性魔水晶(ご飯)、属性魔水晶(おかず)、属性魔水晶(おやつ)である。

エネルギーの塊を体内に取り込むんですから元気にはなるんじゃないです? まぁそんな話は置いといてですね」

「ハリスは王国的には最重要課題で最重要機密の聖霊様のお話をそんなことで済ませて置いておくんだ……」

「これから、私なりに頑張ってドラゴンの相手をするつもりですが……それでも倒せない、追い払うことができなかった場合は、某弟様に全責任を取ってもらうことで北都での公爵家の面目を果たしていただきますので、コーネリウス様には軍再編のために王都まで転進していただきたいのですが」

「王国建国前から数百年、数千年とかかってもどうにもならなかった竜を倒すというのもごうな話だからね? 失敗して当然の話だと思うけど……アントニヌスに責任を押し付けて私に王都に戻れと? ハリス、その言葉、言い方を変えれば公爵家の次男に死んでもらうと言ってるのも同じだよ? そのうえさらに公爵家嫡子である私に領地からおめおめと逃げ帰れと?」

 いつも温厚な雰囲気のコーネリウス様の気配がスッと冷たいものに変わる。

「同じも何もそのとおりですからね。今回竜退治を言い出したのはアントニヌス様です、責任者に責任を取ってもらうことに何か不都合でもありますか? 俺だって命懸けなんですよ? これまでこれといった実績がない現状をどうにかしたい、というくだらない理由だけで他人を犠牲にするようなバカを逆に利用することを責められる理由などないと思いますけどね。権力には責任が伴う、至極当たり前のことでしょう? そもそも今この街で俺にとって大切なのはフィオーラ様の兄であり、ヘルミーナ様の父であり、義兄あにのように自分のような者を気にかけてくださったコーネリウス様……と、メイドさん達と昔養護院で世話になった少女だけですからね?」

「メイドのくだりがなければ、なかなかグッと来る口説き文句だったんだけどねぇ……権力に責任が伴うなら真っ先に先陣を切る必要があるのは私だと思うのだけどね? いや、それよりハリスってものすごい割り切った考え方ができるんだね」

 勇者をしてた時に酸いも甘いも……むしろ酸っぱいと苦い思いしかしてないからね? 酸っぱいじゃなく、いっぱいのおっぱいならよかったのに!

「てことでご理解いただけますかね?」

「理解はできても納得はできない話だけどね」

「今はそれで結構ですよ。でも、もしこれ以上駄々をこねるとおっしゃるのなら……」

「大きな子供もいるのにグズってる赤ちゃんみたいな扱いはめてほしいのだけどね?」

「フィオーラ様とヘルミーナ様とオースティア様と奥様に宛てて『コーネリウス様のために死にます』と遺書を送った後に見事討ち死にしたふりをしてこの国からフェードアウトしてまいりますが?」

「絶対に止めてね!? ハリスが思っている千倍くらいうちの妹と娘はおっかないんだからね!? まぁ何も話が進んでない現状で否定ばかりしても仕方がないしねぇ」

 渋々ではあるけどコーネリウス様を納得させた俺。

 まぁ竜退治を成功させればいいだけだし? あくまでも保険だし?



 二人でそんな話し合いをしてから、つまり俺が北都に到着してから早くも三日が過ぎた。いや、急いでるんじゃないのかよ!! 早く現地に向かって出発しろよ!! ここにきておじづき、ああだのこうだの言い訳がましいバカ……公爵家次男アントニヌスの尻を蹴りつつなだめすかしてやっとの出陣である。

 ここから北は大きな宿場もほとんどなく寂れてくるので、王都からここまでより軍の足は早くなる……はずなのだが到着したのは十四日後。馬に乗ってるボンボン連中が牛歩戦術とかめてんのか? すでに予定より十日以上無駄に過ごしてるんだけど?

 宿がない、食い物がマズイ、女が居ない、ドラゴン怖い、などなど散々言い訳にならない言い訳を繰り返すバカ御一行。そろそろ俺と騎士団団長が「もういっそのこと、こいつらを殺して出奔するか?」と覚悟を決めるギリギリのところで悪竜山脈の麓に到着した。

 ちなみに『出奔』と『逐電』の違いは逃げる必死さである。

 バカを殺しても慌てて逃げる必要性をまったく感じないので、逐電ではなく出奔になるのだ。

「ここに陣を張る! おいクソガキ! お前はとっとと辺りの偵察に行け!」

「いや、偵察と言われましても特にそういった技能を私は持っていませんが……」

「バカかお前は! 竜なんて大きいモノ、見つけるにも見張るにも技能など必要はないだろうが!!

「いや、閣下のおっしゃるとおり!」「誠にごもっともで御座る!」などと膝をたたきながら、にたにたとこちらを見ながら笑う取り巻き達。なんだろう、この小者感……もしかして第三王子の取り巻きだった人間が交ざってる? てかこいつら、竜の持つ感知とか探知の能力を舐めすぎだろ……かといって事細かにいちいち説明してやるのもめんどくせぇしなぁ……そもそも説明したところで理解する頭があるとも思えないのがなんとも。

 相手は竜だよ? ちゃんと理解してる?

 こんな、遠い空の上からでも丸見えになる見晴らしのいい『ご自由にお持ち帰りください、むしろご自由にお食べください』みたいな場所で陣を張るとか、戦術とか戦略とか以前の問題だと思うんだけど。

 何なの? ここはバイキング会場(食べられる方)なの? 特にこいつらがどうなろうが知ったこっちゃないので、何も言わないで放っておくけどさ。

 ああ、もちろん騎士団の方にはちゃんと注意しておくけどね? いざという時はゴネるであろうコーネリウス様とかメイドさんとかシーナちゃんを連れて王都まで避難してもらう必要があるし、面識のある人達が目の前でこんがりローストされるのは見たくないからさ。

 騒がしく、それでいてダラダラと陣を構築するバカとその取り巻きの兵達を見つめる俺に繰り返し偵察してこいと命令してくるアントニヌス。

 まぁいいや、別に見つかって竜に追いかけられても全力で逃げるだけならどうとでもなるだろう。コーネリウス様の話では、子グマちゃんが都市を防衛できるほどのバリアを張れるみたいなこと言ってたし? 最悪俺の周りにだけ超強力な絶対防壁を張ってもらおう。もちろんバリアの名前は『戦女神の盾アイギス』である。

 そう、全て最初の予定どおり! こいつらにドラゴンを押し付けて逃げちゃえばいいだけだもんな! こいつら全員肉付きがいい(京言葉的な意味で)からドラゴンから見てもうまそうな餌に見えるだろう。

 ……なんて思いながら山脈に向かって出発しようとしてたんだけどさ。

「あぁ……どうやら偵察の必要がなくなっちゃいましたね?」

「それを決めるのはお前ではなくオレ様だ!! つべこべ言わずに」

「いや、見えてるものをわざわざ探しに行く必要はないでしょう? ほら、少し離れてるけど空の上、黒いトカゲがのんびりと旋回してるじゃないですか?」

「うん? お前は何を言っているんだ? どこに何が飛んでると……」

 遠距離攻撃しなきゃいけないからスキルで視力を強化している俺以外には、この距離では遠くで鳥が飛んでるくらいにしか見えないかな? もちろん射撃スキルも習得済みだよ!

 さて、遠いところで飛んでるだけでいい感じにむこうはこっちを気にしてないみたいだし、とっとと狙撃の準備しなきゃ。その場でかがみ込み、時空庫にしまってあった真っ黒なバズーカ砲、その名も『ハイパーでザクザクした感じのバズーカ試作一号機ダルタニアン』を取り出す俺。

 どうして試作機なのか? だって量産機よりも試作機とか実験機の方が威力は強いらしいからな! そもそも試作機ではなく試作器じゃないのかって? こまけぇことはいいんだよ! あと『ダルタニアン』って何なの? ……『フ〇バーニ〇ン』だと怒られるだろうが! 言わせんな恥ずかしい。ちなみに本物のバズーカの構造とかあんまりどころかまったく分からないので、弾が先込め式になってるのはごあいきょう。形は宇宙世紀のヤツを参考にしてるけど使い方は大昔な感じなのがなんとも。もしも弾の小型化に成功してたとしても、アンチマテリアルライフルじゃなく使い方は先込め式の火縄銃だったのは間違いないな。そしてこのバズーカ、取り出した後は肩に構えて打つだけの簡単仕様。

 ……てか試射とか一切してないけど本当に大丈夫なんだよなコレ? 火薬で飛ばすわけじゃないけど発射時の反動とかどうなんだろう? 右腕を持っていかれるだけならまだしも、上半身が吹き飛んだりしたら、いくらHPが高くても死んじゃうよね? 今さらになってそんな初歩的な危険性が頭をよぎって狙いをつけたまま発射できずに固まっている俺。

 そして向こうも地上でワチャワチャしてるアリンコみたいな集団に興味を持ったらしく……どうやらこちらに向かってくるようだ。一度羽ばたいてから体勢を整え、優雅に滑空状態で滑るように飛んでくるドラゴン。ごとなら『巨大生物カッケェ!』ってテンション上げて騒ぐんだけどな。

「ひっ!? あ、あいつ、こちらに気付いたんじゃないのか!? ほら、こっちに向かってきてるよなっ!? なっ!?

 しかし滑空速度、思った以上に速いな! あとおバカがうるさいこと五月のはえの如し。

「聖霊さん! 射撃時の反動に対する防御よろしく!」

 左舷弾幕薄いぞ何やってんの! レベルのふわっとしたお願いをする俺に『オー!!』と力強く返事してくれたのは子グマちゃん。なるほど、撃っても大きな反動とかはないんだ? 助かる!

「お、おい! 第三騎士団! おまえら何をしている! オレを中心に防衛陣を張れっ! 命を懸けてオレを守れっ! 早く、早くしろっ!!

 数十キロ先に居たはずのドラゴンが二十秒ほどで目と鼻の先まで迫ってくる。そのスピードそのままに上空を通過するかと思われたが、数百メートル先で速度を落として停止。そしてこちらをあざ笑うような顔をしたかと思うとゆっくり口を開く。

 ヤバい、あそこからブレスを吐いて全員焼き尽くすつもりだこれ!?

「お前らっ!! オレの盾になれっ!! うわああああああああ!?

 狙いを定めていたバズーカのトリガーを慌てて引く俺。

 タイムラグなしで開いていたドラゴンの口内に弾が命中、そのとたん圧縮されていた重金属の大きさが元の質量に戻って竜の口を塞ぎ、そこに竜が吐こうとしていたブレスが威力そのままにぶち当たり……己の頭(というか首?)を内側から破裂させる。

 ……

 ……

 ……

 あれ? もしかして……死んだ?

 さすがのドラゴンも頭が吹き飛んで生きてるとかないよね? 大丈夫だよね?

 その巨体がゆっくりと墜落してゆき、すさまじいごうおんと洪水のようなつちぼこりとともに大地に転がった。

 なんていうかこう、想像以上にあっけなかったな? てか発射音とか反動とか本当に一切なかったから、ただただ勝手に竜の頭が吹き飛んだだけで、攻撃したっていう感覚も倒したっていう感動もまったくないんだけど? あっ、発射時に『ファイエル!!』って言うの忘れたし!! それだけを楽しみにこんなところまで来たのにっ!!

 仕方ない、最後のセリフだけは言っておくか。

「目標沈黙、エネルギー反応消失、ミッションコンプリート!」

 うん、返事してくれる人が誰もいないから何も楽しくないな……。

 辺りを覆っていた土埃が晴れたので後ろを振り向くとおバカの周りを守るように取り囲み、盾を構えて円陣を組む埃まみれの第三騎士団が見えた。

 俺? 俺はほら、子グマちゃんバリアで守られてるかられいなまま。

 おバカの取り巻きの連れてきた兵隊ちんぴら? 散り散りに走って逃げたに決まってんだろ……。

 てか全員でポカンとしてないで何かしゃべって?

 仕方がないので俺は後始末……墜落した、首からちぎれたドラゴンの全身の回収と、同じく落下していた重金属の巨大な弾の回収作業に入る。これ、下に街とか村とかあったら大惨事だっただろうな……。まぁもしも人が暮らしていたとしても、あんなのが上空に現れたら大慌てで逃げ出すだろうけどさ。動いてないやつがいたらそれはもう自己責任……自分で動けない人もいるかもしれないからそうも言い切れないか。

「さて、私のお役目はこれで終わりってことでいいですよね?」

 そこそこ大層なご登場だった黒竜であるが、特に見せ場もなく退場。

 俺達の到着前にいくつも村が襲われたみたいなので、人的被害が軽微なうちに退治できて何よりである……はずだ。バカどもがもっと急げば、いや、俺一人で現場まで先行すればもっと被害を抑えられた──なんていうのは元勇者の傲慢でしかないんだ。うん、分かってる、今の俺は勇者じゃなくただの子供なんだし、分かってるけど……。楽に倒せたという結果だけ考えれば、もっと急げば、もっと被害を防げたかもしれないと思うと、あの馬鹿のことを一発くらいぶん殴っておきたい気分だ。

 それでも今のところは世話になってるおうちの息子だからね? 深呼吸をして心を落ち着かせる俺。

 騎士団が警戒を解き、散開した防御陣の中心で腰を抜かして震えているバカに一応声も掛けたし(返事はないが)、もういいかとその場を後にしようとするも、

「ま、待て! 貴様はオレの護衛という仕事を放ってどこに行く気だ!?

「そもそも私はあなたの護衛など引き受けた覚えはありませんが?」

 そう、俺が約束したのは竜の撃退であってバカの子守ではないのだから。いや、子守って言うには年齢がアレすぎるけどさ。

「そんなことはどうでもいい!! それより竜は、あの馬鹿デカイ化け物はどこに行った!? 早く、早く俺を北都まで連れて帰れ!! そして全力で守れ!!

「私が目の前で撃ち落としましたが、ご覧になっていなかったのですか?」

 鼻で笑いながらそう告げる俺。そろそろイライラが限界突破しそうだからとっとと解放してほしいんだけどな? まぁへたり込んで頭を抱えて震えてただけみたいだし? 何も目にしてなくても仕方ないんだけどさ。

 それにしても……いくら甘やかし放題に育てられたといってもコーネリウス様ともガイウス様とも人としての器が違いすぎじゃないだろうか? フィオーラ嬢なら間違いなく全員の身を守ろうと防御の魔法を使って援護してるだろうし、オースティア様でも騎士団に発破くらいは掛けている状況だぞ?

「竜を……竜を撃ち落としただとぉっ!? あのような大きな化け物をお前がっ!? い、一体どうやって……」

 信じられないモノを見るような目でこちらを見つめるアントニヌス。

「どうやってもなにも、この魔道具で魔法を撃ち込んで?」

 面倒臭いので細かい説明は省き、バズーカを見せる。

「ほう……そうか……そうか! そのような強力な魔道具が存在したのか! ……はは、はははははは! よくやった! 平民上がりのいけすかないガキだと思っていたが、まさか本当にオレの役に立つとはな! それで、その竜は、竜の死体はどこにあるのだ?」

「もちろん私がすでに回収して保管しておりますが?」

「バカかお前は! 竜だぞ? アレを持って帰ればオレの力の誇示になるだろうが! とっととそれをこちらにせ! ああ、心配するな、お前はこれからオレの兵隊として取り立ててやる! これからも死ぬまでオレのためにしっかりと励めよ!」

「……こちらには出発前に約束していただいた契約書もございますが……それをお忘れですかね?」

「ふんっ、お前のようなガキが本当に竜を退治してしまうなどと普通は夢にも思わんだろうが! そのような魔道具があるとさいを説明しなかったお前が悪いのに、どうしてオレがそんな約束を守らないとならないのだ? そもそも討伐の手柄を主人に譲るために、最初から魔道具をオレに渡しておく程度のことを考える頭も貴様にはないのか? ああ、それからそのお前が持っている魔道具だが、平民が持つには少々危険すぎる。今すぐオレ様に差し出せ!」

 お、おう。ちょっと何言ってんだか分からねぇ。あれか? 恐怖で頭のネジが数百本単位で抜けちゃったのか? それとも恐怖のあまり現実逃避した幻想世界の住人にでもなっちゃったのか? もしかしたら俺の知らない間に頭お花畑になるお薬を接種していたとか……ちなみにこの世界ではそれを回復ポーションと呼ぶ。いや、呼ばねぇよ。

 うすうすというかそこそこというか絶対にそういう行動を取るだろうな? とは思ってたけどやっぱり約束を守る気はないかー……。はぁ……まぁこれくらいで彼女から受けた恩、公爵家で世話になった分のお返しは十分にできた……かな?

かしこまりました、両方差し上げますので『ハリスは恩を全て返した』と署名なついんを添えて一筆願えますかね?」

「恩? 確かに世話はしてやっているが、オレ様がお前にどのような恩返しをしてもらったというのだ? まぁよかろう、今日のオレ様はとても機嫌がいいからな! 平民のクソみたいな願いでもかなえてやろうではないか! おい、誰か書くものを持ってこい!!

 てことで、これで俺も自由の身である!

 特に修飾も何もなく汚い字で本当に『ハリスは恩を全て返した』の一言だけを書いた羊皮紙を受け取り時空庫にしまう。そして『ハイパーでザクザクした感じのバズーカ試作一号機ダルタニアン』をバカのお供そのイチに投げて渡す……受け取ろうとした奴が抱えきれずにそれを足の上に落として転げのたうち回ってるけど、俺のせいではない。

 普通に軽々と扱ってるけどそれ、要するに『鉄の塊』だからな? 砲弾は聖霊さんに頑張ってもらって色々な細工が施してあったけど、本体の軽量化とかは一切していない。おそらく五十キロくらいはあるんじゃないだろうか。

「では、今度こそこれにて失礼。ああ、ドラゴンの死体はお屋敷でコーネリウス様にお渡ししておきますね」

「おい、どこに行く? お前は俺の家来だろうが! 勝手な行動は許さんぞ!!

 後ろでバカが口から泡を飛ばしながら叫んでいるがスルー。会話の成り立たない人間とこれ以上長々と話を続ける意義を見いだせないからな。

「では我々もこれにて。第三騎士団出立用意!!

「お、お前ら! フザケているのか!? 俺の命令が聞こえないのか!! オレを誰だと思っている!! おい、お前ら、あいつらを捕まえろ!!

 誰って……声の大きいバカだろう? そうだな、お前のことはこれから『ノイジークレイジー』とでも呼んでやろう。いや、長いからバカのままでいいや。

 てか捕まえるって……そこのお前の取り巻きが? 俺を? 三角形のいちご味したあめちゃんの真ん中のさっくりした白い部分くらい甘いわ。いや、アレはどちらかといえば甘さ控えめだな。てかアレって最初はじっくりと口の中でコロコロしようと思ってても、気が付いたらガリガリしちゃうよな。

「……もしも私にけんを売りたいというのならそれはそれで構いませんが……キーファー公爵家より受けた恩はすでに返し終えましたので、どなたが相手になろうとも遠慮なく、全力で叩きのめさせていただきますよ?」

 満面の笑みで威圧してやったら取り巻き連中が高速で後ずさりしていった。取り巻き、何人かはまともな人も居たんだけどね? 集団になると知能が下がっちゃう現象発動中なのか、きの馬鹿しか目立たないというか。

 そんなこんなでお馬さんにまたがりカッカッと向かうは……どこにしよう?

 ああ、とりあえずは北都に戻らなきゃだな。コーネリウス様に報告することもあるし、バカとの約束もあるからドラゴンの死体も置いていかないといけないし? そもそも物資の補給をしないとそんなに余分な食料もなければ路銀もそれほど持ち合わせてないという。

 食料は買えばいいとして余裕のない路銀は……どうしようか? Cさんの実家が確か魔水晶を扱ってるって言ってたし、そこで属性付きの魔水晶を幾つか売っちゃうか?

 しばらくのんびりとお馬で進んだ後、完全に首飾り状態で放置していた小蛇ミヅキに声を掛ける。一緒にいた聖霊様? 移動中はいつも俺の頭の上とか両肩とかお馬の頭の上でグデーっとしてる。子グマちゃんだけじゃなく他の聖霊さんも普段はこんな感じなんだよね……。

「ミヅキ、もうヒトガタに戻っても……いや、そもそも蛇の姿がデフォなんだから今のままの方がいいのか?」

「そうでもないのじゃ」

「うお!? いきなり膝の上に落ちてくるんじゃない、お馬さんがビックリするでしょうが」

 寝る時以外はほぼひと月の間俺の首に巻き付きっぱなしだった蛇。最初は巻き付いていることに違和感があったが、なくなったらなくなったで首元がスースーするというか違和感がある不思議。

 てか後ろからパカラッパカラッと速度のそろった騎馬隊が追いかけてくる足音がするな。

「……ポウム子爵様ー! ……って、えっ? 幼女??

 追いついてきたのはもちろん第三騎士団、俺の隣に馬をならびかけたのはその騎士団団長。本当に騎士団もアレを放置して戻ってきたんだ? 俺とは違い宮仕えなのになかなかやるな!

「ええと……そちらのお子様は?」

「……その辺で拾った?」

「いえ、王都のお屋敷でもお見かけしたことがある方なのですが」

「……企業秘密で」

 ずっと一緒にいました! 出発した時からずっと幼女は首に巻き付いていました! って言っても信用してくれないだろうしなぁ。

「ま、まぁそれは……良くないですが結構です。今回は子爵様のお陰様をもちまして、騎士団人員に誰一人欠員を出すことなく任務を終えることができました! ありがとうございます!!

 こちらに向かって馬上で綺麗に頭を下げる騎士団団長と騎士団員。

「礼の言葉とお気持ち、確かに、しっかりといただきました。でも私も一応任務でしたからね。あまりお気になさらずに」

「はっ! ありがとうございます! ……しかし、私のような者が言うことではありませんが、あのような男にあのように強大な力を持った魔道具を渡してもよろしかったのですか?」

「魔道具? ああ、私が使ったアレのことでしたら大丈夫ですよ? むしろあの男には似合いの武器でしょう。アレ、魔道具の本体は弾丸たまの方で筒は引き金部分以外特に何も細工の施されていないただの鉄の塊ですので。おバカな野蛮人にはお似合いのこんぼうでしょう?」

「はははっ、それは確かに! あの男にはピッタリの装備品ですな!」

 そこから第三騎士団と一緒に野営しながら北都へと戻る。うん、帰り道は行きの半分の日数で戻れたよ。訓練の行き届いた騎士団は行軍に無駄がなくてとても素晴らしいと思いました。



 久しぶりの北都、野営続きの日々にそろそろ飽き飽きしてきたのでちゃんとした個室でのんびりしたいよ……。

 てか街までまだ結構な距離があるのに、門に続く街道沿いにずらりと出迎えが並んでるんだけど? 騎士団はこれといって気にしてないようだし、そのまま城塞都市の門をくぐると……そこに並ぶのはさらに大勢の人、人、人。どうやら北都住民によるお出迎えらしい。ああ、なるほど、先触れを出してお屋敷に竜を退治したって伝えたからそのまま街中に喧伝したのか。

 まぁほっといたらここまで来ちゃってたかもしれないもんね、ドラゴン。お馬で移動だったからそこそこ遠いように思えたけど車だったら数時間の距離だもんね? つまり竜が本気でお空を飛べば、あっと言う間に到着する距離。命の危険がなくなったんだからみんなで笑顔満開で出迎えくらいはしてくれるか。

 てか俺、先頭で騎士団団長と並んで入場しちゃったんだけど? 流石さすがに騎士団の晴れ舞台に他人が同席するのは……。

「竜殺しのポウム子爵様万歳!!

 えっ? ……おい、どうして俺の名前を出した!!

 騎士団団長、そんな『どうですか? ちゃんと報告は上げてますよ! 褒めて?』みたいな顔でこっち見られても……困る。残念だけど俺にはおっさんをなでなでするような趣味はないんだ。

 仕方がないので、騎士団団長の隣でキリッとした表情をしながら出迎えてくれた人達に手を振って応える。その俺の行動にさらに応えるように巻き起こるのは、おっさん連中の「「「うぉぉぉぉぉ!!」」」という野太い叫び声。なんだろう、まったく嬉しくねぇ……。

 俺の膝の上ではミヅキが満更でもない顔をしてるんだけど……いや、今回に関してミヅキはまったく何もしてないからね?

 何ていうか、こういう光景にちょこっとトラウマがあるんだよなぁ……。ほら前世で色々とさ。でも今回は完全なる善意でのお出迎えなので一人だけ盛り下がるわけにもいかないしな。

 飯屋の前、椅子か机にでも乗っかっているのか他の見物人より頭一つ高い場所に見知った顔を発見!

 まぁシーナちゃんなんだけどさ。

 表情を笑顔に変えてそちらに向かって大きく手を振って挨拶。シーナちゃんに久しぶりアピールをしておく。知らないおばさんが野太い歓喜の悲鳴をあげてるけど……違う、あんたじゃない。

 近くに来るまで俺だって知らなかったのか、こちらを向いたままポカンとしているシーナちゃん。確かにポウム子爵って誰やねんって話だもんね? 俺の顔を見て気付いたようで、ビックリした顔でオロオロとしながらも慌てて両手を振り返してくれた。うん、元気そうで何よりだ。

 がいせんパレードの終着点、といっても公爵家のお屋敷ではなく街の中心地、商店や少しお高い食堂などに囲まれた広場でコーネリウス様にお出迎えされる俺と第三騎士団。

 最初から広場で待っていた人、広場を囲む建物の二階、三階、屋根の上から見物する人、パレードについて走ってきた人、人、人、その熱気と臭いで人に酔ってゲロ吐きそう……。集まってくれた人達に対して流石に失礼すぎるな、俺。でもほら、全員興奮してるから見た目は暴徒フーリガンだからね? あと臭い。

「いや、腕の中に飛び込んでいったりはしませんので、翼を広げたようなその体勢を止めてもらっていいですかね、コーネリウス様? ちょっと気持ち悪いです」

「ハリス、笑顔で出迎えてる相手にその言い草はどうなのかな? ……よく無事に帰ってきてくれたね。それだけでも十分なのにまさか本当に竜を退治してくるとは……どうやら私は、ハリスを王都から送り出した妹やうちの娘ほど深く理解できていなかったようだね」

「今回はあくまでも聖霊様のお手柄であって俺の能力なんてほぼ添え物程度だったんですけどね? まぁこれでコーネリウス様を気絶させて王都まで引きずって帰る手間が省けましたよ」

「連れ帰るにしてももう少し穏便な方法で連れて帰ってほしいんだけどね!?

 だってあなた、穏便な態度だと駄々をこねて北都を離れないじゃないですか?

 そしてせっかくドラゴン退治なんて大事を成し遂げたのに出迎えがお姫様じゃなくおっさ……いや、ギリギリで兄ちゃんなコーネリウス様という不具合。お姫様は全員王都に集合してるから仕方ないんだけどさ。

「でもここであえて一言だけ言わせていただきたい! ……チェンジで」

「何をかな!?

 苦笑いをするコーネリウス様と北都に帰ってきた時のように、再度がっちりと右手で握手を交わし、ちょっとしたイタズラを思いつく。

「ああ、そうだ、ちょっと大きめのお土産があるんですけどここで渡してもいいですかね?」

「……そうだね、せっかくこうして住民も集まってるんだし遠慮なく見せてもらおうかな?」

 どうやらコーネリウス様も俺の言うお土産がなにか気付いたらしい。

 いつもなら屋台が並んでたり子供達が遊び回ってたりでそんなスペースはないんだけど、今日はパレードの終点ってことで片付けられた広場の石畳の上に、時空庫にしまっておいた頭部の吹き飛んだ黒竜の体を取り出す。

 某金色の三つ首竜ほどの大きさ(百メートル)はないけど、クソデカいドラゴンの死骸はなかなかのインパクトである。頭がなくても全長で三十メートル近くはあるからね? しっと残った首の部分を丸めた体勢にして……いや、それでもデカいな。最後に胴体の上に頭を添えればドラゴンの尾頭付き完成である。

 突然の竜の死体の登場に、こちらを見つめる民衆が水を打ったように静かになる。

「北都の民よ! 皆はこの場に居合わせたことを子々孫々まで語り継ぐといい! これこそがこれまで王国の懸念であった悪竜山脈の主! 過去に幾度も北都を脅かした漆黒の竜の死骸である! 公爵家次期ご当主、コーネリウス・ガイウス・プリメル・キーファー閣下の命により王国を守護してくださる大聖霊様のお力を借り受けてキーファー公爵家騎士団、そしてフィオーラ様の騎士であるこの私が見事討ち取ってきた! さあ、皆でたたえよ! キルシブリテ王国と守護聖霊様を!! そして武のキーファー公爵家を!!

 とたんに巻き起こる地響きを伴った大歓声。そこかしこから『王国万歳!』『聖霊様万歳!』『コーネリウス様万歳!』『聖女様万歳!』『騎士団万歳!』の大合唱。

「いや、私は命令とかしてないよね? ハリスが勝手にやったことだよね?」

「子爵様、流石に見ていただけの我々に手柄を押し付けられても困るのですが!? もしも同じような竜が再び王国に現れた時に退治してこいなどと命令されたら目も当てられないのですが!?

 ふっ、俺にパレードなんてさせた仕返しである!


 そのまま広場に滞在しているといつまでも騒ぎが収まりそうにもないので、入れ替わりで住民にある程度ドラゴンの見学をさせた後は再び時空庫にしまい、公爵邸に帰ることに。ミヅキもおなかいたって言い出したからね?

 てか王都に行っていないメイドさん達からの、

『その女児はどなた様……? もしかして……嫁?』みたいな視線がスゲェ痛いんだけど? えっと、この子は俺の妹ですが何か? 顔が似てない? 髪色が違う? 目の色も違う? 腹違いの種違いの妹なんで……世間一般ではそれを赤の他人と言う。

 いつもどおりというか久しぶりにお屋敷のメイド寮に戻って俺の部屋でだらだら過ごした後、寮のお風呂にお湯を張って久しぶりの大きなお風呂! とテンション高めに入浴。

「我も入るのだ!」

 と、ミヅキも一緒に入ったのもいつもどおりなんだけど……湯上がりにメイドさんにむっちゃ見られてた。うん、これ、風評被害(ロリコン疑惑)が広がるヤツだ! 王都のお屋敷では幼女ではなく神様扱いされてるから問題ない……こともないけど、何も知らない北都では完全にアウトなヤツだ! 違うんです、こいつは幼女だけど、幼女ではなく蛇なので俺にとってはペットみたいな存在なんです! ワンコやニャンコと一緒にお風呂とか普通じゃないですか? ……幼女をペット扱いするド畜生野郎にしか聞こえないなコレ。違うんだ! 俺は無実なんだ!!

 まぁそれはそれとして──流していい内容でもない気もするが──やっぱりこの北都のお屋敷が一番落ち着くなぁ……。様のお家だけどさ。

 お風呂でサッパリとした後は晩ご飯、そして竜退治のてんまつの報告とこれからのお話をするためにコーネリウス様と本館の応接室へ移動する。

 説明自体は俺が入浴中にすでに騎士団団長がしてくれてるんだけどね? 大きな食い違いがないかの確認作業である。

「……なるほど、聖霊様のお力のこもった魔道具で頭を吹き飛ばして退治したと。しかし……アントニヌスは一体何を考えてるんだろうねぇ……」

「ぶっちゃけ公爵家の家督がどうすれば自分に回ってくるか、以外のことは何も考えてないと思いますよ? もっとも能力不足が甚だしいためにその行動が全て裏目に出ているのは自業自得でしょう」

 俺とコーネリウス様のあきれたため息が重なる。

「それでまぁ竜の死骸と竜退治の魔道具……だと本人が思い込んでるだけの鈍器と引き換えにこのようなものを書いていただきました」

「なにかな? ……これは……心の底から愚かな人間だなアントニヌスは。竜殺しと竜の死体、どちらが意味あるものなのかまったく理解していない。あいつは家のことも国のことも本当に何も分かっていないのだね」

 呆れ顔でおバカにもらった証書を見つめるコーネリウス様。

「ハリス、もしも私が妹に家督を譲ると言ったら君はその配偶者として妹を支えてくれるかい?」

「絶対に嫌ですけど? ああ、もちろんフィオーラ様が嫌って意味じゃないですからね?」

「はははっ、権力欲のない人間は扱いにくいなぁ。何にしても現状でこれ以上、君にキーファー家にとどまってもらうのは難しいかな?」

「そうですね、このままお屋敷でお世話になってると何かのはずみで弟君をご母堂共々っちゃいそうですしね。流石にお世話になった公爵家のお身内を……いや、そもそもなんですけど、あの方ってガイウス様のお血筋じゃないのにどうしてご次男として扱ってるんです?」

「ちょっと待って!? えっ、君、いきなり凄いこと言い出したね!? 父の血筋じゃない!? つまりアントニヌスは公爵家の人間ではないと!?

「あれ? えっと……もしかして俺、何かやっちゃいました?」

「いや、そんなとぼけたこと言ってる場合じゃないんだけどね!?

 いや、ほら、初見から敵認定されてたからさ、こっちも用心のために相手のステイタス確認くらいはしておくじゃないですか? そして俺の魔眼のレベルってランク5じゃないですか? 現状でも本人の名前だけじゃなく、略歴というか簡単な家系図くらいはたどれるじゃないですか? そこにあった母親の名前はおにばばぁの名前だったんだけど、父親の名前がガイウス様じゃなかったんだよ。

 でもほら、貴族って養子縁組が多い世界じゃん? 血縁関係ぐっちゃぐちゃで調べるだけ無駄じゃん? だからそんなもんなんだろうと深く気にしてはいなかったんだけど……。

「……それで、それはどうやって調べたのかな? 何らかの魔道具を使ったのかな? それとも魔法かい? で、アントニヌスの父親の名前は?」

「真顔でずいっと顔を寄せてくるのは怖いから止めてもらえませんかね? 魔法というかスキルですね。父親の名前は……コ……コン……コンスタンチノーブル? みたいな感じの」

「……もしかしてコスタンティノかな?」

「ああ! それですそれです! あっ、でもそこから先は特に興味がないので聞きたくないです」

「コスタンティノ・ダニエレ・バーム・ベルドジュール。ちなみにアントニヌスの母の名前、うちに嫁いでくる前の彼女の名前は『ベルネット・コスタンティノ・バーム・ベルドジュール』っていうんだよ」

「だから聞きとうないと言ってますのに……もしも同名で違う男性がお相手じゃないならそれっておやってことになりますよね?」

 ここに来てまさかの昼ドラ展開……いや、そんな軽いものじゃないな、下手したら鬼婆ぁ実家による公爵家の乗っ取り話だもん。そこからのお家騒動とかちょっと不潔そうな私立探偵の出てくる長編サスペンス映画になりそうなんだけど? きっとアントニヌスは池から脚だけ突き出した死体役だな。

「間違いなくそうだろうね……というかハリス、そのスキルに関しては他所では絶対に口外しないようにね? 後ろ暗い人間から大量の暗殺者が送られてきそうだから」

「了解でーす」

「その理解してなさそうな軽い感じが不安をてるんだけどね!? ……ハリス、このまま公爵家に縛り付けておいても君には不利益しかないことは理解してるし、アントニヌスが宣言をしてしまった手前、君が家を離れるのは仕方ないと思うけど……私が公爵家の風通しを良くしたら、一度は帰ってきてもらえないかな? このままだと妹にも娘にも、なおかつ君に期待してる父上にも顔向けできなくなってしまうからね。ああ、できればその間王国各地の見聞でもして待っていてくれればありがたいんだけど」

「なかなかご注文の多いお話ですね? まぁご次男以外の公爵家の面々にはご恩もいっぱいありますからね。フィオーラ様のお陰でこの世界で過度の人間不信になることもありませんでしたし、ヘルミーナ様のお陰で王都で楽しく暮らせましたし。その分弟さんカッコ仮とその母上に過度のストレスを与えられておりましたが」

「この世界で……ね……。君は一体……いや、どうでもいいことだね、ハリスはハリスなんだからさ。ああ、せんべつってわけじゃないけど竜の死骸はそのまま持っていってくれて構わないよ。ここには置いておく場所もないし、そんな重いもの私達では気軽に持ち運びもできないからね」

「……畏まりました。ではあの人がこのお屋敷に戻る前においとまさせていただこうと存じます。これまでお世話になりました、これより見聞を広める旅に出ようと思います。ご家族には決して探さないようにと伝えてくださいね? とくに最近は何となく寒気を覚えるような不安を醸し出している娘さんにはキッチリと釘を刺しておいてくださいね?」

「ハリス、私にもできることとできないことがあるんだよ?」

 どれだけなんだよ姫騎士様……。