事の始まりはブリューネ侯爵家での騒動、リリアナ嬢とそのお母様(俺の中ではお姉様)の治療──治療というより解呪とかおはらいが正しい気もするけど──が、完了して数日後の話。

 怠惰な生活最高! よし今日も一日何もせずに寝てやるぞ! と、引きこもりの開始を心の中で宣言した俺の部屋にす白い影……。

「全部片付けてきたのじゃ!」

 突然現れたのは、あの日ブリューネ侯爵邸で岩の中から助け出した蛇幼女まないただった。

「お帰り、思ったよりも早かったんだな? って、なじんでる場合じゃなくね? えっと、笑顔で帰宅の挨拶をしてもらったところ大変お伝えしづらいんだけど……蛇はうちの子じゃないよね?」

「ふぁっ!? ひ、ひどいのじゃ!! あの時は、あんなにいっぱい我のおっぱい触ったくせにっ!! 新しいおっぱいができた途端に古いおっぱいなど知らんふりして捨てるのかや!?

「ご近所迷惑だから人んで真っ昼間っからおっぱいおっぱい叫ぶんじゃありません! てかうるうるした瞳でこっち見ないで? おっぱいの世代交代とかうちではしてないからね? そもそも幼女のおっぱいは触ってないし、触るモノすらないよね? 世間体の悪すぎる完全無欠のえんざいはやめて? その平たい胸に手を当てて、もっと自分自身を見つめ直して? ……てかどうやって俺のすみを突き止めたんだ?」

「まさかの真顔で説教じゃと……我、これでも一応神ぞ? もっとこう……ほら、のう? 優しく敬うべきじゃないかや? ふふん、一度会ったことのある人間の気配を追うくらい、我にとってはわけもないに決まっておろ! 特にぬしとは波長がピッタリンコじゃからすぐに見つかったのじゃ」

「ほーん」

「自分から聞いておいて興味なしか! 我美幼女の蛇神様ぞ? ほんに扱いが雑じゃなおぬしは!」

「えー、だってたたり蛇をあがめてもご利益とかなさそう、むしろ現在進行形で何らかの不利益を被ってる気がするし? あれだぞ? おっぱいの恨みは根深いんだぞ? 今後百年はネチネチ言うからな?」

「蛇のようなやつじゃなぬしは……た、確かに? ちょこっとだけおっぱいに関しては過大申告したかもしれんけれどもっ! でもアレじゃぞ? 触ることに関しては問題ないのじゃぞ?」

「俺の世間体に大問題が発生するんだよなぁ……」

 のんびりダラダラ過ごしてたのにいきなりにぎやかなのが一人? 一匹? 増えちゃったんだけど……。まぁいいけどさ。そしてこの蛇はすでにこすられ尽くされたはずの『のじゃロリ』なの? いや、ヘビだから『のじゃロリ』だな! ……みんな、今俺いいこと言ったよ!

「とりあえず俺は二度寝で忙しいからどっか行ってもらえる?」

 と、不法侵入者を追い出そうとしてると扉が開き、

「ハリス、今あなたの部屋に小さい子が入っていったと聞いたのだけれどっ……やはりあの時の蛇神様でしたか! ご機嫌うるわしゅうございます」

 追い打ちを掛けるように追加で来客が一人……来客っていうか家主なんだけどね? やってきたのはもちろんこのお屋敷の持ち主であるキーファー公爵家のれいじょう、王国三大美女、光の聖女様などなど属性過多な称号を持つフィオーラ様とその護衛騎士であるポンコツふんどし女騎士のメルティス嬢。いや、メルちゃんがふんどしを締めてる姿を見たことは一度もないんだけどね?

 プレゼントはしたんだけど、旗だと思ったらしく棒にくくけて振り回してたし。

「ほら、見てみ? あれが神に対する正しい姿勢ぞ? ぬしも、もっと我を崇めるのだ! ほら、はよ! 貢物、とかはよ!」

 俺とは違いかしこまった挨拶をするフィオーラ嬢を指差し、調子に乗る蛇幼女。

「うるせぇなぁ……そもそも俺寝起きだし、二度寝する前なんだからこの部屋には食い物も飲み物も何もねぇんだよ! 部屋に虫が湧くだろうが虫が! ……あ、魔水晶ならあるけど食べる?」

「そんなカリコリしてるだけで味気ないものは食わんのだ!」

「味が分かるってことは一度は食ったことがあるんだな……」

 聖霊様専用のおやつだと思ってたら一般人でも食えるんだ魔水晶!? ……いや、こいつ見た目は幼女だけど一般どころか人ですらなかったわ。

 だいたいさ、フィオーラ嬢のアレは蛇に対する信仰心があってのけいけんな態度じゃないからね? あわよくば自分もお肌ツルツルにしてもらおうというただの下心だからね? だってあの日の治療の後、ブリューネ家からキーファー公爵邸に帰宅してすぐに、

「ハリス、けいこにいくのです!」

 と、姫騎士様に捕まりそのままチャンバラに突入。終了後さらに、

「ハリス、時間があるのなら稽古を付けてやろう!」

 と、メルちゃんに声を掛けられていつもどおりの稽古をこなし、いい汗かいたしお風呂にしようとしてたらフィオーラ嬢に呼び止められて、

「ハリス! リリアナとマリア様のあの肌の輝きはどういうことなのですか!?

 って腕をつかまれ部屋に連れ込まれて数時間、体感で三時間ほどリリアナおやのお肌の話をされたからね? 三時間とか写真週刊誌にバレたら大騒ぎされる時間だからね? お嬢様、粘り強すぎじゃなかろうか? もしも俺が納豆ならかき回されすぎて粘りがなくなって液状化してるわ。

 まぁお嬢様に解放されてからも自室にたどり着くまでに複数の駄メイドさんに、

「私おやつが食べたいです!」とか、

「お帰りなさいませ旦那様、お出掛けしたその足でついでにうちの商会まで婚約の挨拶に行きませんか?」とか、

「ハリスちゃん! お姉ちゃんこう思うの! パンツが駄目ならメイド服の共有から始めればいいじゃない! と!」などと散々絡まれた末にやっと部屋に戻れたんだからね?

 途中から、むしろ最初からほぼフィオーラ嬢の話じゃなかったのは気にしてはいけない。てかこの屋敷で俺に絡んでくるメイドさん全員がどこかおかしい気がするんだけど? 特に最後のヤツなんてまったく意味が分からないんだけど? 俺にメイド服を着せて一体どうしようと……?

 つまりアレだ! 何が言いたいかというと……。

 俺はいっぱい働いて色んな人の相手をしてお疲れ気味だから、今季いっぱいくらいはもう何もしたくないってことなのだ!

 あえて言おう!

 働きたくないでござると!!

 まぁ何だかんだ賑やかでわちゃわちゃした毎日って嫌ではない、むしろ楽しい、幸せだとすら思ってるんだけどさ。もちろん小っ恥ずかしいから他の人の前で口には出さないけど。

「それで今日は一体何の御用です? お嬢様がコレに御用なら自由に連れていってもらっても構いませんよ?」

「コレはないじゃろ、コレは! あれか? ぬしは懐いてる愛らしい童女を捨てる童子か?」

「童子が童女を捨てるってそれただの早熟なちっさい子の痴話げんじゃね? しゅてんどうとかの鬼的な意味で解釈すると間違ってない気もするけれども!! だってさ、蛇は童女の皮をかぶった何かじゃん? そもそもまだ名前を知らないのに指示語以外でどう呼べばいいんだよ?」

「ふんっ、皮を被ってるのはぬしも同じじゃろうが! あとシジゴってなんぞ? 名前? ……そういえばそんなものがヒトにはあったのじゃ……。よし! 特別にぬしに我の名付けをさせてやるのだ! ほれ、はよ! はよ!」

 はよはよと、愉快にかしてくる幼女。ちょっと前まで岩の中に引きこもってたくせに無駄にセッカチな蛇である。いや、いきなり名付けろとか言われてもねぇ? 異世界に飛ばされる前も後も、ご近所さんにも友人知人にも蛇に名前を付けて飼ってるご家庭がなかったから、蛇らしい命名とかまったく分かんねぇんだよなぁ……。ブタとヤギならビニールひもつないでおっさんが散歩させてるのを見たことはあったけどさ。普通の住宅街で。……散歩させてたくらいだし、あの子たちにはきっと名前があったんだよね? 食用とかじゃないよね?

 あと最後になっちゃったけど俺は皮なんて被っていない! いいね?

「えー……じゃあ白蛇だからシロで?」

「名前の由来が色味とか適当すぎるのだ! そんなのでは他の人に名乗る時に恥ずかしいのだ!」

「たぶん誰も変な幼女の名前の由来とか聞いてこねぇよ……じゃあシロノ○ール?」

「とりあえずその『じゃあ』から始めるのをめよ! やる気のなさが前面に押し出されてるようで何となく気に入らんのじゃ! あとそこはかとなくうまそうな名前じゃなそれ!?

 だって本当にやる気がないんだから仕方ないじゃん……。もういっそ『○でこ』でいいんじゃね? 『○でこ』で。うん? あれだぞ? もちろん『おでこ』だからな? おでこ、ナデナデしたくなる感じの! おでこを出してる女の子って可愛かわいいよね!

 そうだなぁ、蛇と言えば……コ○ラとか? イメージカラーが白から赤に変わりそうだけど。いや、蛇の名前? 種族名? だし、コブラは特に伏せなくてもいいよね?

「……あなた、リリアナのところで初対面の時から思っていたのだけれど、蛇の神様とは随分と親しげに話すのね?」

「ふっ、我ら二人は生まれた時より一心同体じゃからの! 前世より命の盟約を結んでおるからの! 我ら三人、生まれし時はたがえども死す時は一緒と誓ったのじゃ!」

「さらっとうそを言うな嘘を。てかいつの間にか一人増えてるけどそいつは誰なんだよ……いや、待って、お前って本気でここに住む感じなの?」

「何を当然のことを。そもそもぬしは岩の中で閉じこもってた我に住処などあると思うとるのかや? それを加味しておぬしは我を助けた、つまりおぬしの家は我の家」

 お前はジャイ〇ニズムの正統継承者か。成り行きで助けただけの相手にどうしてそんな案件が加味されていると思ったんだよ!

「俺がお前を助けた理由なんて『おっぱいを触りたかった(反省はしていない)』の、一心以外に何もないに決まってるだろうが!!

「ハリス、力説してるところ言いにくいのですが、あなたはあそこに胸を触りに行ったわけではなくリリアナを助けに行ったのですよ?」

「それはそれ、これはこれ?」

 そうだった、おっぱいは特に関係ナインちゃんだった。てかナインちゃんってなんだよ、そんなの昭和中頃のおっさんしか言わないだろ……。

「だいたいここは俺ん家じゃなくて公爵様のお屋敷だからね? 勝手に居住許可とか出せないんだよ。だから蛇は回れ右して出ていって?」

「あら、家としては何も問題はない、むしろ喜んでお迎えさせていただくわよ? 蛇神様、どうぞ自宅……神様もお家は自宅でいいのかしら? だと思って末永くこの屋敷でおくつろぎください」

 そう言うといんぎんに頭を下げるフィオーラ嬢。

 お、おう、家主の許可が出てしまったんだけど……まぁ幼女を一人で放り出すのも世間体が悪いもんね? 出ていけって言ったその口で言うな? ごもっともである。

 てかこいつ、この屋敷で暮らすのはいいとして……このまま俺の部屋に転がり込むとかじゃないよね? 蛇だけど見た目幼女と同じ部屋で共同生活、つまり幼女とどうせいとかどう考えても俺のこれからの生活に差し障る未来しか見えないんだけど?

 回りからはいわれのない幼女好き扱いをされ、もしも何かの間違いとか勘違いで本当に不治の病にかかってしまいでもしたら……なんて恐ろしい……まぁいいか、お嬢が許可したんだし。

 こいつのことはそのまま公爵家に丸投げするとして、

「よし、とりあえず面倒事は未来の自分に丸投げして予定どおり二度寝しよう」

「うむ、それがいいのじゃ!」

『オー!』

「いつの間に入ってきたんだ、クマ?」

「仕方ないわね、わたくしもそれでいいわよ」

「いや、貴女あなたは駄目ですからね? マジで駄目ですから! 掛け布団を引っ張らないでっ! いや、無駄に力つえぇなこのお嬢様!? ダメッ! 俺の布団に入ろうとしないでっ! あっ、メルちゃんはよろいさえ脱いでくれたらいつでも大丈夫だよっ!」

 抱き枕代わりの子グマちゃん以外は私のお布団に入らないでっ! ああ、ここには居ないけどウサギさんもOK! もちろんウサギさん衣装の女の子も! とか言うと俺とメイド服を共有しようとしていたあのメイドが本当に来るかもしれないからとても危険。

 てことで本日の営業はこれにて終了でお昼寝の時間!

 もちろんお嬢様とお供のメルちゃんには部屋からご退場いただいたからね?


 ……そして翌日。

 軽く昼寝した後もなんやかやでバタバタしてたからまともに休めた気がしねぇ……バタバタの原因は俺じゃなくて蛇なんだけどな!

 フィオーラ嬢、昨日はちょっとおざなりに追い返したままでほったらかしだったから、もっとお怒りかと思ってたんだけど……そうでもない感じで今日もまたまたメルちゃんを引き連れて俺の部屋にやってきた。お供が一緒だとはいえ未婚の御令嬢が、成人前ではあるが一応男の使用人の部屋にこうも頻繁に訪れるのはどうなのかと。うれしくはあるんだけどね? 部屋の中が華やかになるし。あといい匂いがするし。蛇? 普通に俺の部屋に住み着いてやがりますが何か?

 そしてどこから聞きつけたのかヘルミーナ嬢が「そのこがいいのならミーナもここでくらすのです!」とか言い出したけど……もちろん良いわけがないので帰っていただきました。

「で、本日はどうかなさいました? 昨日とは違い少しお顔が優れないように見受けられますが」

「さすが婚約者だけあってわたくしのことは何でもお見通しなのですね?」

「言いがかりはやめてください」

「言いがかりとはどういうことですか! はぁ……わたくしのことは気にしないで頂戴。ちょっと面倒なのが来宅するという先触れがあったのよ。その男と顔を合わせたくないだけだから、このまま耳元で愛でもささやきながらかくまってくれればいいわ」

 普段人前では見せない気の抜けきった体勢で、心底嫌そうな顔でそう告げるフィオーラ嬢。もちろん愛を囁くなんてしないけどね? 誰だか知らないがよほど嫌いな相手がお屋敷にやってくるのだろう。

「グデーッとするのはいいですけど、俺のベッドに寝転ぶのは止めてくださいね? 枕に顔をうずめて深呼吸も禁止です。メルちゃんもをしようとしない! ほら、鎧が、鎧があちこちに引っかかって俺の大切なお布団が駄目になっちゃうでしょうが!」

「ハリス、お前は私よりも布団が大切なのか!? そんなに布団が気になるのなら私が鎧を着けたままでも寝られる布団にすればよかろう!!

「意味の分からないキレ方するの止めて?」

 ほら、お嬢様の方は匂いがね? お布団に移って俺が寝る時にモワモワした気持ちになるから非常に困りますので。床に! 床に転がってください! 公爵令嬢を床に転がすのはどうなんだ俺。メルちゃん? あなたは護衛なんだからどこにも転がらないで?

 ちなみに俺の貸してもらっているこの部屋なんだけど、床は植物魔法で加工したコルクっぽい反発性のあるフローリング敷きにしてあるし、その上には織物スキルで作ったふんわりと起毛させたカーペット、真ん中に大きめのローテーブルと人を駄目にするドデカクッションを並べているのでごろ寝にも最適な環境となっている。

 勝手に人の布団に潜ってモゴモゴしてる美人主従は、今日のところは諦めて放置するしかねぇなこれ。仕方ないかとため息一つ、半ばクッションに埋まっている蛇の隣に寝転ぶ俺。てか蛇、俺の腹を枕にするんじゃない! 蛇なのに幼女なので(?)体温が高いから暑いんだよ!

 ゴロゴロ寝転がってまったりとしたひと時。俺、なんだか眠いんだ……。

 そんな怠惰な、何ものにも代え難いのんびりとした日常に揺蕩たゆたっていた俺の耳に入ってきたのは、

『……ーラ! どこにいるのだフィオーラ!』と叫ぶ男の声。

「……どうやら望んでいないお客人が見えられたようですね。てかお嬢様を探してるみたいですね。そして呼び捨てにしてますね。ちょっとキツめにシメてきましょうか?」

「あら、ハリスったら……もしかしてヤキモチなのかしら? ふふっ、流石さすがにそれは……いえ、この際一度そういうのもありかしら?」

 寝起きで頭が回っていないのか、少々余計な失言をしちゃう俺。まぁわざわざ出ていって不審者に構うのも面倒だし、お屋敷の衛兵さんに任せてこのまま居留守をするつもりなんだけどね?

『うん? 何だ? お前はリリアナではないか? なぜこのようなところにお前が? ふん、どうやらうろこの生える病は治ったようだな?』

 ……招かれざる客はリリアナ嬢に絡みだしたようである。不審者が屋敷内に居るだけでもオカシイのに、どうして様の御令嬢が公爵家をウロウロしてるんですかね?

「……何やらあまりよろしくない雲行きになってきたようですね?」

「そうね、流石にこのままリリアナを放っておくわけにもいかないかしら。本当に面倒な男だわね……」

 ゴロゴロ状態から慌てて立ち上がるフィオーラ嬢と俺。……と蛇とクマ。いや、メルちゃんも寝てないで立って? お嬢の護衛なんだからむしろ一番最初に率先して行動に移って? そして蛇と子グマちゃん、今回君達は要らないからね? 特に蛇、お前も現状では騒いでる不審者と同レベルでただの不法侵入者だっていう自覚を持って?


 現場に到着するとそこには見慣れたお顔のおねぇちゃま、リリアナ嬢と……昔、少しだけ顔を見たことのある、当時の面影を残した男。その二人をまもるように囲むのは男の取り巻きであろう、趣味の悪い派手な衣装を身にまとったむさ苦しい男達と、としたメイドさん達。もちろんリリアナ嬢の取り巻きがメイドさんな。

 てかここって俺の借りている使用人用の離れにある部屋から見れば、中庭を挟んで向かい側にある本館の廊下になるんだけど……。つまり何が言いたいかというと『俺の部屋からだと結構な距離があるのに、ここからよく声が届いたな!?』である。人ん家でどれだけの大声出して叫んでたんだあいつは?

 そしてリリアナ嬢お付きのメイドさん、公爵家のメイドさんとは違いものすごく大人しそうで清楚な感じがとても良いです。いや、ここん家のメイドさんも見た目だけなら普通に美人ぞろいだし清楚なんだよ? でもほら、内面的なモノが飛び抜けてる人材が多くてさ……。

「おお、フィオーラ! やっと顔を見せたか! 何をしておったのだ! 出迎えが遅いではないか!」

 こいつマジで声でかいな!? 他人の家で、目の前に相手がいるのに野外ライブのMCなみの大声出すとか常識なさすぎじゃね? てかちょっと赤ら顔だし、もしかして酔っ払ってる?

「少々取り込んでおりましたので。失礼をいたしましたエルデナンド殿下。それで本日は何かご用でしょうか? お互いにこれといって重要な用向きなどはないはずですが?」

「用向きだと? それならすでにガイウスを通して何度も伝えているであろうが! 当然お前と俺の結婚についてだ!」

「……そのお話ならご遠慮いたしますと父から王家の方に再三お伝えさせていただいているはずですが、お聞きではございませんか?」

「ふっ、お前もいいとしだろう? そこを我慢して正室に迎えてやろうというのに何を遠慮する必要があるのだ? ああ、病が治ったのなら仕方がない。リリアナも元のように嫁に迎えてやろうではないか! 俺の心は寛大だからな! うむ、王国三大美女と呼ばれるうちの二人を嫁にする、俺様の力と魅力を誇示するにはちょうどいいだろうからな!」

「はっ! 二人とも殿下に相応ふさわしいお相手かと!」「さてもさても!」などとおついしょうをする取り巻きの男達。

 いや、久々に……でもないな、公爵家ここんちの次男とその母親もアレな人間だし。まぁ、あれだ、貴族らしい貴族、もちろん頭に『馬鹿』が付く方の貴族なんだけどね? その見本みたいな連中だ。当然そんな相手には何の用もないので、俺は俺でリリアナ嬢に声を掛ける。

「これはこれはリリアナ様、いきなりお見えとは……もしやお体の具合がまた優れないのでしょうか? それならお呼び出しくだされば、お屋敷まですぐにお伺いいたしますのに」

「むぅ、リリおねえちゃまでしょうハリスちゃん? いえ、体調はとてもいいですよ? まるで生まれ変わったみたいに。ふふっ、これもハリスちゃんのおかげね。あ、今日は治療してもらったお礼の品を持ってきたのと、お父様からハリスちゃんにばんさんのご招待のお手紙を持ってきたの」

「リリアナさん、お体の調子が良さそうで本当によかったわ。でも病み上がりなのだし、もうしばらくは安静になさった方がよろしいのではないかしら? そしてハリスはうちの、いえ、わたくしの身の回りのお世話で起床おはようから就寝おやすみまでとても忙しいのよ。なのでご招待などはまずはわたくしを通していただかないと困りますわよ?」

「もちろん! ですので私が直接お願いに来ましたの。体の方は本当にもう大丈夫ですよ? ほら、お肌もこんなにツルツルプニプニで髪もサラサラですもの! あ、ハリスちゃんも触ってみて? ほらほら」

わたくしも毎日ハリスの入れてくれたお風呂でハリスの用意してくれたせっけんで背中を流してもらい、ハリスの用意してくれた洗髪剤で髪を洗ってもらってますもの。お返しに触ってみてくださいな。ほら、シミ一つないれいなお肌でしょう?」

『ウフフフ』と微笑ほほえみ合う美しい二人の御令嬢。もちろん背景には殴り合う二匹のカンガルーの幻影が見える。てか俺がフィオーラ嬢の背中を流したなどという事実はもちろんないからね? そして侯爵家のお食事会とかじんもお呼ばれしたくねぇなぁ……。

「お父様がハリスちゃんのお料理のお話をお母様にしたら是非一度食べてみたいとおっしゃっていて……駄目かな? もちろん私もハリスちゃんのお料理食べたいなぁ?」

「マリアおおおねぇちゃまが!? もちろん今からすぐにでも食材を抱えて伺います!!

「ハリスっ!?

 フィオーラ嬢が『こいつマジ隙あらば寝返りやがるな!?』って目で見てくるけど……リリアナ嬢のお母様、通称リリママのためならたとえ火の中水の中。

「……貴様ら。俺を無視して関係のない話をするとはいい度胸だな」

「あら、申し訳ございません殿下。ところで本日はどのようなご用向きでございましたでしょう?」

 キレ気味の王子様を完全にあおりにいくスタイルのお嬢様。おそらく先ほどこの男が口にした『いい歳』発言に笑顔でガチギレしてるんだろうなぁ……。

「だいたいその男は先ほどからなんなのだ!? 嫁入り前の貴族の娘がそのような者をそばに置くなど一体何を考えているのか!!

「あら、ご紹介が遅れて申し訳ありません。こちらはハリス、わたくしの婚約者ですわ」

 今度はリリアナ嬢が『こいつ別の女にも唾つけてやがるのか!?』って目で見てきた。そんな事実は微塵もないんだけどね?

「……婚約者だと? そのような話、俺は何も聞いてはおらぬが?」

「ええ、今年に入って決まったことですので、まだ王家にもご報告はいたしておりませんわね」

「ふざけるな! そもそもこの俺が仕方なくもらってやろうというのに、その話を差し置いてどこの馬の骨とも分からん男と婚約など、お前は公爵家の娘としての自覚を持っているのか!!

「あら、リリアナが病に倒れた途端に王家と侯爵家の繋がりも考えず、一方的にご婚約を破棄された殿下のお言葉とはとても思えませんわね?」

 両者言ってることは間違ってないんだけどね? でも片方は自分のことは棚の上どころか屋根の上まで持ち上げちゃってるし、片方はただの嘘なのが(婚約とかしてないからね?)たまきず

「ハリスちゃん、お二人は難しいお話をされてるみたいだし、お邪魔にならないうちに一緒にお家に帰りましょうか?」

「リリアナ? あなたはどうしてごとのように出ていこうとしているのですか? そもそもハリスの家はここですよ? 連れて帰るのならそっちの男を引き取ってほしいのだけれど?」

「貴様ら……また俺を無視するか……そこまで俺をにするのか!」

 フィオーラ嬢とリリアナ嬢の素っ気ない態度に口から泡を飛ばしながら怒鳴り散らし、真っ赤な顔、血走った目をして右手をこちらに向け、口の中で呪文を唱え始める男。

 うん、話の流れですでにお気付きだと思うがこの騒がしい馬鹿貴族、いや馬鹿王族、この国の『第三王子殿下』、早い話が俺の火傷やけどの間接的な原因なんだよね。もちろん直接的な原因はハリスくん本人の暴走なので特に恨みはない。いや、なかったんだけどね? でもさ、あれだけの暴言をお嬢とおねぇちゃまに吐きまくり、さらにキレて魔法をこちらに撃とうとしているんだよ。俺の大切な二人、メルちゃんも含めて三人、そのうえメイドさん達まで傷つけようとしている。

 そうだね、そこまでされればもうこいつは完全に俺の『敵』だよね? でも一度目は警告だけ。前に出ようとしたメルちゃんを左手で押さえ、光魔法で防御障壁を作って後ろにいるみんなを囲み、威圧スキルを一点に、魔法を撃とうとしている男に集中させる。もしも俺に向かって魔法が飛んできたら? たかだかこんなザコが撃ってくる火球の魔法程度で俺の鍛え上げた筋肉……ではなくMPフィールド(魔法耐性)がびくともするはずがないだろう? 昔のひ弱だった頃のハリスくんとは違うのだよ!!

 まぁ、当の王子様はといえば今まで向けられたことのない自分に対する殺意、威圧スキルの効果で魔法の詠唱が途切れて後ろに転がり尻もちをつき、そのままの体勢で後ずさりしていってるけどな。

 ゆっくりと前に踏み出しながら馬鹿王子に話しかける俺。

「失礼、あなた様は今、何をされようとなさいましたか?」

「な、なん、だ、何なのだお前は!? ぶ、無礼だぞ、この俺様を誰だと思っている!?

「おや? 私の言葉が通じないんです? 仕方ありませんね、では、ここからは少々くだいた言葉で質問させていただきますね?」

 尻を引きずったまま、アメンボみたいな体勢でズリズリと後ずさる王子と、今起こっていることがまったく理解できずぽかんした顔で立ち尽くすその取り巻き達。こいつら、賑やかしだけじゃなく一応護衛も兼ねてるんじゃないのか? 王子様の警護面で何の意味もなしてないぞ、この無能連中。

 一歩、また一歩とゆっくりと前に進み、座り込んだままの王子に追いついた俺。その胸ぐらを掴み上げると同じ目線まで片手で持ち上げる。

「てめぇ、うちのお姫様に何しようとしやがったのかって聞いてんだよ!! 返答いかんによっては国ごとちり一つ残さず焼き尽くすぞあぁん!?

 あ、威圧スキルそのままだったわ! うわ、こいつきたねえっ!? 泡を吹いて白目をむいて尿を漏らすというトリプルコンボ。格ゲーの必殺技でKOされたような気絶の仕方を見せてくれた第三王子をつっ立ったままの取り巻きに向かって力いっぱい投げ捨てる。

 それを受け取った取り巻き連中はといえば、ボウリングのピンのように散り散りに倒れながらも王子を拾い上げ、抱きかかえると一目散に屋敷から慌てて走り去っていった。

 ……そして取り残されたのはもちろん俺と女子連合軍……。もうね、言葉を噛み砕きすぎて王族相手なのに完璧なチンピラのテンプレのような行動、略してチンプラムーヴかましちゃったよ俺! 当然反省なんて一ミクロンもしてないけどな!

 そんな俺にたたっと駆け寄ってきたかと思うと、

「ハリス! すごくかっこよかったよ! 大好きっ!」

 ぴょんっと可愛い擬音が聞こえそうなジャンプをしてそのまま抱きついてくる──メルちゃん。てかメルちゃんってそんな純朴な田舎いなか娘みたいなキャラだったっけ? もっとこう悪の組織の女幹部みたいな感じだったような記憶があるんだけど? もちろんすぐにフィオーラ嬢が「メルティス! 何度も言うように先ほどの発言もあなたに向けられた感情ではないのです! 速やかに離れなさい!」とがしてくれたが。

 うん、鎧姿で抱きつかれても硬くて痛いだけで嬉しくもなんともないから勘弁してね? あと普通の人間なら人一人分の体重と鎧の重さで押し潰されるからね?



 さて、そんなこんながあったが無事、何事もなく北都に帰り着いたフィオーラ嬢と愉快な仲間達。

 ……

 ……

 ……

 などというアニメやゲームのような都合のいい場面転換など起こるはずもなく。

 やらかしたことには責任がつきまとうのが現実世界のがらいところ。そのまま俺の部屋で全員集合、緊急会議捜査本部状態である。

 あ、リリアナ嬢のメイドさんは使用人用の食堂でご休憩していただいてます。流石に全員をこの部屋に入れると身動き取れなくなるから。普段ならメイドさんとおしくらまんじゅう状態を心ゆくまで堪能するところなんだけどね?

 喧嘩を売った相手、たとえ馬鹿、たちの悪い酔っ払いだったとしても相手は王族の一員なのだ。それを取り巻きが見つめる前で真っ向から威勢よくたんを切って放り投げた俺。良くて打首、悪くて……何だろう? 族滅とか? 実家とはとうの昔に決別してますがなにか? 俺がまたやらかすのを予見してるとか先見の明がありすぎるだろポウム家。

 もちろんあんな馬鹿のために俺が死んでやる義理も義務もない、特に王家になんて何の思い入れもない、ドが三つ並ぶほどのド平民の俺である。

 最悪本気でこの国を相手に大喧嘩の大立ち回り、いや、ゲリラ戦を仕掛けることになるだろう。フフッ、俺、少人数や個人間での戦争、得意なんだよ? どうしてかは……まぁ過去に色々あったと察してくれ……。人はそれをただの殺し合いと呼ぶ。

「フィオーラ様、リリアナ様、とりあえず大至急私に対する絶縁状と糾弾状をお知り合いに回していただけますかね?」

「あら、どうしてわたくしの王子様にそのようなことをしなければならないのかしら?」

「そうだよ? おねぇちゃまを助けるためにあんなに頑張ってくれたハリスちゃんにそんなことできるはずないでしょう?」

 普段どおりの、のんびりとした雰囲気で優雅にお茶をたしなむ二人の御令嬢と、楽しそうな現場に連れていってもらえなかったので目を三角形にして顎に梅干しを作ってふて寝している蛇幼女。

 そんなのんなこと言ってる場合じゃないんだけどなぁ……。だって変にここで俺に構ってるとキーファー公爵家とブリューネ侯爵家まで国と敵対することになっちゃうかもしれないんだよ? そこまでいくと責任が大きすぎて俺の背中には背負いきれないよ?

「まったく……一人だけ連れて逃げるとかならともかく……」

「ならその時ついてゆくのは私だな!」

「メル、今はみんなで難しいお話をしているから控えていなさい」

 ショボーンとした顔で後ろに下がっていくメルちゃん可愛い。

 そのままこれといった考えがまとまらずに時間だけが過ぎていく。

「お嬢様、リリアナ様、ハリスさん、旦那様とブリューネ侯爵閣下がお呼びです」

 おおう……早馬で知らせでも受けたのか、はたまた城に戻った第三王子が大声で駄々をこねるのを聞いたのか、お嬢様のお父様がお二人、ここん家のご当主様がお客人を連れて帰ってきちまった。

 もしかしてこのまま捕まって王城まで連行されるかな?

 ……いや、むしろ、それはそれでアリかもしれないな? 捕まったふりして王城まで行っちゃってから逃げ出せばそれはもう『公爵家の責任』ではなくなるからね? うん? お前は警備厳重なお城から逃げられるのかって? もちろん! 周りの被害をまったく気にせず、全力で逃げるのにそれほど難しくない力はすでにもらってるもん。これまでにも似たような経験はしてるしな! こうしてみるとろくでもない人生送ってるよな、俺。


 他所様のお嬢様を他所様のご当主様の下まで案内することに緊張してるのか、少々お顔をこわらせたメイドさんに案内されたのは、入ったことがある大食堂ではなく豪華な応接室。うん、しつらえられた調度品がとてもお高そうだ。

 室内でお待ちになっていたのはキーファー公爵家のご当主であるガイウス様と次期ご当主様のコーネリウス様、そして最後にブリューネ侯爵家のご当主であるマルケス様の三名。女の子率が高かった、花満開だった俺の部屋から一転、おっさんオンリーの部屋に移動させられるとかテンションだだ下がりである。甘酸っぱいれいしゅうが加齢臭になっちゃったよ……。

「失礼いたします、ハリスです。お呼びと伺い参上いたしました」

「ほう……あれだけのことをしておきながら特にいつもと変わらぬその態度、貴様は俺が思っていたよりも大物なのだな?」

「いえいえ、表面上だけでございますよ? 心中ではこれからのことを思い泣き崩れて震えております」

「くくっ……きょうがそのような玉か」

 部屋の中に響く野蛮人、インテリヤクザ、性悪おやの低い笑い声。どうひいに見てもヤクザの総会、それとも黒い板が並んだ部屋で世紀末な悪巧みの真っ最中?

「ハリス、まずは礼を言っておこう、娘の、フィオーラの名誉を守ってくれたこと、父として感謝する。何度も断っておったのだがな、あの馬鹿はまだ納得していなかったらしくてな……」

「ああ、それに関しては私もだな、卿が王子に言った言葉、リリアナの父としてとても嬉しく思う。リリアナの病が進むと向こうから勝手に婚約破棄しておきながら、癒えたならまた嫁にもらってやるなどと、どの面下げて口に出したのか」

「ははっ、これはフィオーラの側仕えをしている男、ブリューネ候が気にするようなことは何もないぞ?」

「何をおっしゃる、元はと言えば娘のおもいにも気付かず二人の愛し合う気持ちを引き裂いてしまったこの義父ちちの不徳の致すところ」

 呑気に何言ってんだこのおっさん達は……。このままだと話が進まなそうなので失礼ではあるが俺の方から口を挟ませてもらう。

「それで、おとがめはどういった話になっておりますでしょう? そもそも今回の件はお嬢様方には何の関係もなく、過去に第三王子殿下に火傷を負わされたことに対する私的な怨恨、私の逆恨みの話でありますれば」

「それは違いますよハリス。あなたは確かに『俺の心よりお慕い申し上げる我が永遠とわいとしい人、フィオーラに対してなんたるろうぜきか! 許しを得たいならば潔く腹を斬れ!』と言ったではないですか?」

「そうですよ? ハリスちゃんは『ぼくの大切なリリおねぇちゃまを傷つけると許さないからな!』って言ってくれましたよね? おねぇちゃま、しっかりと聞き届けましたよ?」

 ……俺、そんなこと言ったっけ? 片方はお慕い申し上げると愛しい人が被っちゃってる気がするし、もう片方のぼくの大切なリリおねぇちゃまとか完全に小学生の喧嘩なんだけど?

「それで、本当のところはどうだったのだ、メルティス?」

「ではせんえつながら……んんんっ! ゴホン、アーアー……『てめぇ、うちのお姫様に何しようとしやがったのかって聞いてんだよ!! 返答いかんによっては国ごと塵一つ残さず焼き尽くすぞあぁん!?』……です。ちなみにそこに登場する『お姫様』は私のことだと思われます!」

 モノマネうめぇなおい!? あとこの状況で自分をアピールできるとか心強えぇな!? まぁ強く否定はしないけど、あの時の『お姫様』にメルちゃんは含まれていなかったよ? だってあれくらいの相手ならメルちゃん一人でも無傷でらくらくとせんめつできるじゃん?

「くっ、ふふふふ……はははははは! なかなかの啖呵だな! その時の馬鹿者どもの顔を俺も見てみたかったわ!」

「くくくくくく……確かに、あの馬鹿者にはいい薬であったろうな!」

 相変わらず低い声で膝をたたきながら笑い合うおっさん二人と、しょうがないにゃあって顔のインテリヤクザ。どこ需要なんだそれ。「いいよ?」って言われても対応に困るわ。

「まぁ今回の件に関してそれほど心配する必要はない。すでに王家との話もついているからな」

「そうだな、発端はうちの娘との婚約破棄のようなものだからな。むしろこちらが謝罪してもらいたいくらいだ」

「一応向こう、エルデナンド王子の言い分として決闘による正当性の主張をしてきたので受けておいたよ」

 そうか、特に問題なく解決したのなら何も言うことは……うん?

 いやいやいや……なに?

 決闘?

「えっと、コーネリウス様、決闘とはなんでしょうか?」

「ん? 決闘。ハリスは知らないかい? 互いにルールを取り決めてから執り行う殺し合いだよ。いや、殺しちゃうのは結果論であって本題じゃないんだけどね?」

 そのくらいは知ってるよ! てか全然問題なくないじゃん! 全員がにこやかな顔して何事もなく収まった感満載だったのに普通にこじれてるじゃん!

「一応確認なんですけど、決闘の相手はもちろんあのバ……第三王子殿下なんですよね?」

「そうだね、まぁ彼にはそれほどの戦闘力も根性もないだろうから、当然お相手は代理の人間になるだろうけどね? でも王宮内で今さら彼に力を貸そうなんて物好きはいないだろうしねぇ……おそらく名の通った探索者でも雇うんじゃないかな?」

 探索者相手とか、それってな騎士を相手にするよりも十二分に厄介だと思うんだけど? 俺の知ってる冒険者、そこそこのバケモノが何人か居たんだけど? まぁ勇者だった頃の俺なら冒険者だろうが騎士だろうが負けることなんてなかっただろうけどさ。でもこの国の戦力、北の要衝を守っているキーファー家の騎士団でもあのレベルだったからなぁ。まぁ探索者だったとしても北都で見たことのある連中くらいなのが相手ならどうとでもなるか。

 何にせよ決闘については三日後にお城から詳しい話が来るということなので、今ここでジタバタしてもどうしようもない。

「とりあえずはしないでね? もしも君に何かあったら妹だけじゃなくうちの長女にも叱られるからね? ……しかしハリスは本当になんの心配もしないんだね」

「えっ? あ、はい、皆様に御迷惑を掛けないとなればたかが決闘ですからね。王都内の全衛兵と鬼ごっこした後、お姫様をかっさらって守りながら食料などを補充しつつ王国内の全兵力と殺し合いすることを思えば何のことはないですし?」

「君は……もしかして令嬢二人のために本気で、それもたった一人で国と戦争をする気だったのかい?」

「もちろん最悪の結末としてですがね? それもやむなしかと考えておりました。あと繰り返しますけど、今回の喧嘩はおひいさまお二人のためというのではなく、あくまでも私の第三王子に対する私怨ですからね? そこ、大事なところですので間違えないでくださいね?」

 処置なしというようなあきれた顔で首を横に振るコーネリウス様。

 まぁあれだ、貴族の決闘ならしょせん相手は一人だけ。油断するつもりはないけど、どうとでもなるさ。キーファー公爵家にもブリューネ侯爵家にもこれ以上迷惑を掛けないって条件さえクリアできてるならば、難易度的にはナイトメアからベリーイージーまで下がったみたいなもんだしな!


 さて、王城におわします高貴な方々やお偉いさんとの話し合いに参加なんてしたくもないし、参加させてもらえるはずもない俺。一応は当事者なんだけどなぁ……。申し訳ないけど決闘の条件の話し合いなんかは全てガイウス様達にお任せである。

 決闘方法が剣一本での斬り合いであろうが魔法の撃ち合いであろうが、こちらには何の問題もない。勇者をやってた頃の、昔の知り合いの魔道士みたいに、辺り一面を火の海にするような派手な魔法の撃ち合いができる術者がこの世界にいるとも思えないからね。さらに俺には、いざとなれば必要なスキルを取るくらいの経験値の余裕はある……ようなないような。最悪、生産系のスキルを一時的に戦闘スキルに『やりなおし』すればいいだけだからな!

 問題は勝利した後なんだよなぁ。あまりにも度が過ぎた要求をすると第三王子以外の王族にまでにらまれるし、あまりにも遠慮をしすぎると今度は『そこまで王家にそんたくするのか?』と、俺だけではなくお世話になっているキーファー公爵家まで他の貴族にめられるという思ったよりも面倒臭いことになるのだ。

 まぁ俺の求めるものはすでに決まっているので何としても通してもらうんだけどさ。

 てことで、お屋敷の応接室で最終的な細かい詰めの話し合いとなる。俺の前にはご当主であるガイウス様ではなくコーネリウス様。二人だけの話し合いに正直少しホッとしている俺がいる。

 だって……ガイウス様……顔がいかついんだもん、体もごついしさ。顔なんかは一切似てないんだけどさ、今は亡き日本の家族の叔父さんに似てる気がして微妙にやり辛いんだよ。今は亡きっていってもこの世界にはいないってだけで、日本では元気に生きてると思うけどね?

「なるほど、ハリスの要求としては一つ目が『第三王子によるキーファー公爵家令嬢フィオーラとブリューネ侯爵家令嬢リリアナに対する公式な場での丁寧な謝罪と、今後一切二人と関わりを持たないことの宣誓』。そして二つ目が『王家は今後何があろうともハリスとは関わりを持たないことの宣誓』でいいんだね?」

「はい、その二つでお願いします」

「王家にこの条件を飲ませるということは……君は今後、都貴族にはなれなくなる、つまり王家直属の貴族になることはできなくなってしまうということだけど……それで大丈夫なのかな?」

「ええ、元々貴族になるつもりなどまったくありませんので。そもそもあのお馬鹿王子を野放しにするような王家に仕えたいとも思えませんしね」

「ハリスの言うことももっともだとは思うけど……なかなか厳しい言い様だねぇ」

 一つ目の要求は、王族に頭を下げろという結構なちゃ振りであるが、相手は最近色々とやらかしてるらしい第三王子。なおかつ決闘を申し込んできた側なのである。断れば『何? お前、相手に手袋を叩きつけておきながら、負けるのが怖くてその程度の約束もできないの?』と、まさしく物笑いの種をくことになる。

 二つ目は、そもそも王家にとっては貴族でもない平民の俺なんて『お前、誰だよ?』で終わる話なので何の問題もない。

「貴族になるつもりもないのに、現時点でハリスが我が家に仕えているのはやはり妹にれているからかい?」

「そう、ですね、いえ、惚れているというのではなく……もちろん、フィオーラ様にかれていないと言えば嘘になるとは思うんですけどね? それはきっと愛とか恋とか、そういった簡単なモノではなくて……あの人の心、大火傷の痕が残る怪しい仮面を被った男を友人と言ってくださったその優しい気持ちに惹かれたと言いますか……。そもそもの話、私はただの貧乏貴族の家を追い出されただけの風来坊ですからね? せめてあの女性ひとに世話になった恩返しだけでもどうにかできれば……と、側に置いてもらっているのですが、実際はご迷惑を掛けるばかりで」

「妹は迷惑だなんてまったく思ってはいないさ。ハリスと出会ってから年相応の可愛い振る舞いも随分と増えてきたしね? ああ、もちろんうちの娘も年相応に……なればいいな?」

「希望を持つと裏切られた時のショックが大きくなりますよ?」

 そう、せめて迷惑は掛けないようにしようと注意してたんだけど……この騒ぎだからねぇ?

 だってさ? と、友達がもしも絡まれてたらさ、その相手にキレちゃっても仕方ないじゃん? あと娘さんのことには俺は一切関知いたしませんので、そちらのご家庭で責任を持ってください。いや、とても可愛いお嬢様なんですけどね? たまに悪寒がすると言いますかですね……。

 こちらからの条件はちゃんと伝えたので、後は向こうからの返事待ちである。待ってる間にできそうなことはといえば……敵情視察くらいかな? 情報を制する者は~ってヤツだ。もちろん王城に忍び込むなんて危険な真似はしないよ? 見つかった時のデメリットが大きすぎるうえに決闘の相手が王子でも騎士でもなく、探索者になるんじゃないかって話だしさ。

 なので、向かうのは当然王都にある『探索者組合ギルド』になるわけだ。

 ……で、結果としては特に警戒しなければいけないような人物は居なかった。むしろ魔眼で見た探索者のレベルが低すぎて、この国は本当に大丈夫なのかと逆の意味でとても心配になった。ああ、今回の件とは何の関係もないけど……昔懐かしい知り合いに会えたのだけは嬉しかったな。

 とりあえずこれで当日までにすることが何もなくなっちゃったんだけど? 仕方がないので姫騎士様と一緒に剣術の稽古でもしておくか。何だかんだでこのお屋敷の中ではメルちゃんの次くらいに動きが良いんだよね、ヘルミーナ嬢。




 さて、少しだけ時は戻っちゃうけど、こちらは王都にある『探索者組合ギルド本部』に向かうハリスくん。つまり俺のことだな!

「何だかんだでちゃんとした用があって出向くのって初めてなんだよな、探索者組合ギルド!」

 もちろん前の世界では『冒険者組合』だったので『名前が違う』とかそういう細かい揚げ足取りではない。読み方は一緒なんだけどね?

 ほら、元々俺って勇者とかいうしち面倒臭い、国からもらった自称の称号があったじゃないですか? 国から貰ったのに自称ってどういうことなんだよ。

 だから冒険者的な依頼の魔物退治とか薬草の採取とかの初歩的なモノですらこなしてる時間がなかったんだよね。訪れる機会自体があまりなかったうえに、何か用件がある時は組合長ギルドマスターの待つ応接室に一直線だったしさ。

 北都のギルド? 一応入り口までは行ったんだけどさ、年齢制限があるのが分かってたから中までは入ってないんだよ。

 てかさ、あれだよな? 扉を開けるとすぐに「おい、若いの、ここはオメェみたいな貧相な若造が来るような場所じゃねぇんだよ! 有り金置いてさっさと消えな!」みたいなこと言われて絡まれるんだよな? そして受付に向かって歩いてるとニヤニヤしたおっさんに足を引っ掛けられたりしてさ。なんだろう、北都で三人組にイジメられてたのを思い出して非常に気分が優れないんだけど? もしも絡んでくるやつがいたら徹底的に追い詰めてやろう。完全な八つ当たりである。

 美人の受付係とか居るかなー? できればケモミミ嬢、またはエロいダークエルフさんでお願いします! あ、スキルとか能力値の測定器みたいなのもあるのかな? そういえばスキルの測定に関しては似たような魔道具を十歳の時にハリスくんが使ったんだよな。もしかしなくともあれは教会の専売特許だろうな。もちろん、指に針を刺して血を垂らすだけで身分証として成立する不思議アイテムなギルドカードも楽しみである。

 最初の目的、決闘の際に第三王子が連れてきそうな高レベルの探索者の偵察という目的を忘れて、ワクワクしながら大きな両開きの扉を開いて中に入る俺。そしてそこに広がる……そこそこ広い空間! まずは奥に受付らしきものを発見! バーカウンターのような一枚板のテーブルのこちら側には等間隔に並べられた椅子、その椅子の向かい側、テーブルの向こうで働いてるのは二十名ほどだろうか?

 正面から左側に目を向けるとそこには二階に上がるためのシンプルな手すりの付いた階段。今日は二階に用事はないので視線を正面に戻す。一階のホールはごった返すというほどではないが、そこそこの人であふれている……まぁみんな大人しく座って順番待ちしてるんだけどね? 何ていうか既視感のあるこのゴチャゴチャ加減は……。

「地方の市役所かな?」

 カウンターの向こう側で働いてる人もほぼおっちゃんおばちゃんだしさ、天井から『ナントカ課』とか書いた札がいくつもぶら下がってるんだもん。あれ? ここって本当に探索者組合ギルドで合ってる? もしかして来る場所間違えちゃった? 困惑気味の不審顔で辺りを見渡す俺。

「坊主、そんな不安そうにキョロキョロしてどうかしたのか? ここの組合は初めてか?」

「ん? ええ、そうなんですよ。何というかこう……想像と違いこざっぱりしてて少々拍子抜けしたというかですね。ほら、見た目普通の人ばっかりじゃないですか?」

「そりゃおめぇ、ここは仮にも王都の本部だからな! 破落戸ごろつきみたいな格好したのは厳重注意、最悪外に放り出されちまわぁな」

「なるほどなー……てか、俺の目の前にどう見てもそんな感じの破落戸が居るんだけどそれは?」

 いや、おっさんが壁際に立ってる時から目には入ってたんだけどね? 心配そうな顔で俺のこと見てたし。

 てか『このおっさんの心配そうな顔』イコール『頬に傷のある引きつった悪人顔』だから一般人なら逃げ出すんじゃないだろうか? 顔だけでもその破壊力なのに、前に立つおっさんの服装ときたら『薄汚れた赤黒い染みがそこかしこにあるかわよろいに、腰に差した小剣、背中と腰に小汚い袋』だからね? それだけじゃなくおっさんの左腕……肘の上でみちぎられたような傷跡が残る、肘から先のない左腕が見える。

「ん? ああ、坊主にはこの左腕が気になっちまったか? いやぁ、二年くらい前にちょっとヘマしちまってな? てか坊主なんて呼んじまったけどそのお召し物は……もしかして坊っちゃんは貴族様かい?」

「いやいやいや、ちょっといいべべ着せてもらってるけど、ただの小間使いだから気にしないでよ。そうなんだ、その腕、二年前に……やっぱり迷宮で?」

「ああ、坊主は北都……には行ったことなんてねぇだろうな。そこにおおありの巣って迷宮ダンジョンがあるんだよ。そこでれる大蟻の外皮が鎧や盾、その他にも内臓や分泌物なんかが色々と使いみちがあるらしくてな、これを倒して持って帰ると結構な高値で売れるんだわ」

「なるほど……つまりおっさんが蟻を食いに行ったはずなのに、反撃されて蟻に腕を食われちゃったと?」

「はははっ、なかなかうまいこと言うな坊主! いや、笑いごっちゃねぇんだけどまったくそのとおりになったんだわ! ……いつもは岩人形の洞窟ってとこで細々と魔水晶と上質な粘土の回収をやってたんだけどよ……ちょっと前にコレがアレしちまったもんだからさ」

 右手の小指を立てた後に自分の腹の前を半円状になぞるおっさん。

「なるほど、小指を……食べすぎた?」

「猟奇的にも程があるわ! えぇよ馬鹿! ちげぇよ! その頃一緒に暮らしてた女に子供ができたんだよ!!

「なっ……ま、まさか!? おっさんの、その昼間っから人を殺してきたような凶悪な犯罪者ヅラで嫁がいるだとっ!?

「初対面なのに失礼なガキだなおい!! ……ん? なんかこう……懐かしいやりとりだなコレ?」

「で、奥さんと生まれてくるお子さんのために、少しでも稼ごうと潜った先の大蟻の巣で……」

「ああ、パックリいただかれちまったってわけよ!」

「それは何て言うか……いや、他人が何か言うのは失礼な話になるかな……」

「いやいや、元々探索者なんてそんなヤクザな商売だからな? 後悔はそれほどねぇんだわ! てか初めて会った坊主に何の話してんだ俺は……」

 クククッと自嘲気味に笑うおっさん。

「それで、もしかして奥さんは……」

「ああ、俺がとんだヘマしちまったからな……」

「それじゃあ、その時のお子さんも……」

「ああ、二人、いや、三人で食っていけるはずもないからな……」

 そうか、奥さんも生まれてくるはずだった子供も……。

「今は王都の実家まで嫁とガキを連れて帰って、親に拝み倒して同居させてもらってるんだわ」

「ややこしいから必要以上に深刻そうな顔するんじゃねぇよクソおやじが!!

「はっはっはっ、あれだぞ? 黙って家の金を持ち出しておいて、いきなり帰ってきた俺の姿を見たおやに助走つけてどつかれたけどな? 後ろに立つ、大きくなった腹を抱えた嫁を見た時はママと二人で大喜びされたわ」

「ああ、見たことない人なのにその姿が想像できるよ。なんて言うか、きっとご両親もおっさんみたいに優しい人達なんだろうなってさ……あとその顔でママってなんだよ……」

「おいおい、ちょっと困ってるところに声を掛けた俺のことを優しいお兄さんだとか勘違いしてたら、この稼業じゃ生きていけねぇぞ? あとママはママだろうが!」

「いや、別に俺、探索者になりたくてここに来たわけじゃないし? あとおっさんのことをお兄さんなんてこれっぽっちも思ってないし?」

「そこは少しくらいは思えよ! あれだぞ? かんろくがあるように見えるかもしれねぇけど俺はまだ二十代半ばなんだからな!? じゃああれか? 何か魔物素材でも欲しいのか? それとも汚れ仕事の依頼に来たのか?」

「いや、ただの冷やかしだけど?」

「とっととぇりやがれこの野郎!!

 まぁおっさんと話をしつつも、ホールの中を見回して鑑定した限りじゃろくな人材は居なかったし、偵察はこのくらいでいいかな? 目についた人間は全員調べてみたけど最高でもレベル4、能力値は5~10と人並み。うん、やっぱり探索者の質が低すぎではないだろうか? ちなみにおっさんもレベルは4なので、今この中に居る面子メンツでは最高レベルの探索者になるんだよな。

 ……てかみんな、ホントに迷宮に潜って生計立ててるのか? 低レベルの魔物相手しかしないなら探索者のレベルもこんなものなのか?

「さて、用も済んだし俺はそろそろ帰るね?」

「おう! ……じゃねぇよ! 用が済んだって、ただただ冷やかしに来ただけだよな!? まぁあれだ、また何かあったら俺に一声掛けてくれや。一応毎日ここで案内係みたいな仕事をさせてもらってるんでな!」

「まさかその顔で案内係だと!? いや、案内係ならその服装? 装備? はおかしくね? どう見てもぎにしか見えないんだけど?」

「てめぇ……自分が少しばかりれいな顔だからってな! 可愛かわいい顔だからって……うううう」

「周りからの視線が刺さるから子供相手にマジ泣きはめろ!」

 まったく、相変わらず面白いおっさんだな。

「ああ、そうだ、話に付き合ってくれたお礼……いや、違う、そんなんじゃないよな」

 ポケットから取り出したふりをして時空庫から白く輝く小さな魔水晶、小指の先サイズの光魔晶を一つ取り出して、おっさんにポンと投げて渡す。

「まぁいいや、ほら、残りモンでわりぃがそろそろ傷みそうだからくれてやるよ!」

 イタズラっ子みたいな、少し意地悪そうな顔でそう伝える俺と投げ渡された魔水晶、小さな光魔晶を右手で受け止めたあと、それを見つめてギョッとした顔をするおっさん。

「ばっ、お、お前、これ、光魔晶じゃねぇか!? いや、いやいや、そうじゃねぇ、いきなりなんてもの投げてんだよお前! 受け取り損なって床の穴に落ちでもしたらどうするんだよ! いや、そうでもなくてだな! 何を哀れんでくれたのかは分からねぇが、見ず知らずの坊主にこんなクソ高価なモノをはいそうですかと貰えるかよ!!

「えー……何言ってんだよおっちゃん、北都で結構な回数顔を合わせてんのに俺のこと忘れちゃったのかよ! その時ちゃんと約束しただろ? 『この恩は必ず、必ず来世くらいで俺の知人が返すからね!』ってさ。それがちょっと早くなっただけ、知人の予定だったのが本人が返せるようになったってだけなんだからさ! つべこべ言わずに貰って当たり前だって顔して受け取っとけばいいんだよ!」

「恩……必ず……もしかして……おぇ……あの時の変なお面かぶったおかしなガキか!? お前、ちゃんと生きてやがったのかよっ! まったく、俺がどんだけ心配したと思ってやがんだよ!! 急に見かけなくなっちまったから……てっきり一緒だった嬢ちゃんと二人、おっんじまったもんだとばっかり……思ってたんだぞ……」

 声を震わせて涙目になってるおっさん。まったく、人の心配してる場合じゃないだろうに、相変わらずあの頃のままのおひとしなおっさんである。

「てか俺的にはそこそこいい場面なのに勝手に死人にするんじゃないよ! あの時のおっちゃんの干し肉のおかげで今でもなんとか心も体も元気でやってるよ! まぁ今はこの国の王子と大げんの真っ最中なんだけどな!」

「いや、お前、王子様と喧嘩とか何やったらそんな状況になんの!?

 むしろこっちが聞きたいわ! まぁ色んな意味で元気なハリスくんだからしょうがないね?

 最後に笑顔で「またね」と告げて出入り口の方に振り返り、それじゃあとばかりに片手を上げて軽く手を振る俺。

 組合ギルドから出ていく俺の後ろでは、俺が投げた光魔晶を大事そうに握りしめて男泣きしているおっさんが、俺が見えなくなった後もずっと頭を下げていた……。




 てことで(?)特にすることもないので普段の生活に戻っている俺。

 いや、決闘の日付は決まったんだよ? 五日後の正午ちょうどに。普通なら最低ひと月くらいは段取りにかかるらしいからかなり急な話である。たぶん第三王子はこちらにちゃんとした用意をさせたくないんだと思うんだけど……俺にはこれといって必要な用意ものなどないので、そっちが準備不足になるだけだと思うよ?

 そして俺の決闘の相手、王都でもかなり有名な探索者パーティーで『あまけるドブネズミ』、そのリーダーであるおおおの使いのアレサンドロって大男らしい。斧使いの大男……俺の脳内に背の高いヒゲモジャドワーフが浮かび上がる。いや、ドワーフなら背は低いか。

 しかしアレだな、パーティー名、三枚目を狙ったんだろうけど……微妙に滑ってる気がするのは俺だけだろうか? まぁ仕事を受ける際に王子様から子供を殴り飛ばすだけの簡単なお仕事だって説明されてるだろうし? こっちを警戒することなく大いにめてくれていれば幸いである。第三王子も『屈強な探索者見つけた!!(笑い、むしろ草。それも五つくらい並べて)』ってことで、俺では絶対に勝てないと思い込んで今頃ワインでも傾けながら高笑いしてるんだろうなぁ。今の俺ならびょうぶの中から虎が出てきたとしてもそのまま素手で殴り殺せるのにさ。釜に入ったタヌキの爆死に続いて屏風に入った虎まで巻き込まれ事故で撲殺死である。

 ちなみに時間もあるので侯爵家に一度食事を作りに行ったらマリア様にものすごく喜ばれた。ギュってしてもらった。顔が柔らかいモノにうずもれてとても幸せだった。是非とも次回は料理だけではなく俺のこともしく召し上がっていただきたいものである! もちろんそのような意味でっ!! 侯爵、タンスの角で小指を打った拍子とかに離婚しねぇかなぁ。

 そして、マリア様に抱きしめられる俺を見つめるリリアナ嬢の笑顔が側溝から見つめる例のピエロみたいで、恐怖で漏らしかけたのは早く消し去りたい思い出である。


 さて、特に誰かに襲われたりだとか、毒を盛られたりなどということもなく決闘の当日。

 いや、そういえば毒は盛られてたわ。下剤を。公爵家の第二夫人から。今回の決闘の話とは何の関係もなくただの嫌がらせで。もちろん毒耐性スキルがあるから俺には効かないけどな! ホームであるキーファー公爵邸から出ていないから何もされようがないはずなのに、背後からのフレンドリーファイア……。いや、そもそもあの母子とは出会い頭からフレンドリーじゃなかった。

 まったく、毒に関しては肉体的にどうこうなかったけど、それ以外でも人の顔を見るたびにグチグチブチブチとさ……俺じゃなきゃ胃薬が必要になるくらいいびられてるからね? こっちが過剰に反応したら喜ぶだけだと分かるから完全スルーしてやってるけどさ。

 それ以外の面では元々地元であって地元ではない王都での借り暮らしのヒキコモリー。何らかの妨害をされる心配はなかったわけだ。

 部屋に住み着いている蛇? 普通に俺の部屋で食っちゃ寝してるよ……。メイドさんにはフィオーラ嬢が俺の妹と説明してたんだけど……いや、外見的に似てる部分皆無じゃない? 俺は黒髪で蛇ははくはつ。俺は黒目で蛇は赤目。どう考えてもきょうだいは無理筋すぎるだろ。まぁご主人様がカラスは白だと言えばそれで納得するのがメイドの世界。

 てか蛇、このまま本気でこの屋敷に居座るつもりらしいのでちゃんと名前を付けた。

 命名『ミヅキ』。

 蛇で神様っぽいってことで最初はミズチ(蛟)にしようかと思ったんだけど、一応女の子だもんね? ちょこっと可愛かわいい感じにしてみた。本人も気に入ってるのでこれでヨシ!

 いや、今は蛇のことはどうでもいいんだよ! 決闘だよ決闘!



 時間は流れてその日の正午、場所は王城にあるこのへいの練兵場。

 関係者──第三王子やその取り巻き、キーファー公爵家やブリューネ侯爵家の家人、国王陛下は居ないけれど、第一王子と第一王女が観戦するらしい。てか第一王子、第一王女、第三王子と三人並んだ王族席。こちらから遠目で見ただけでもすさまじく目立ってる人物が一人居る……まぁ王女様なんだけどさ。髪色からドレスまで全身赤いとかちょっとした〇〇〇〇である。対して第一王子、王太子殿下はまったく目立たない地味な感じの人物だ。

 その他大勢というように、その他にも大勢の関係のない貴族が集まっているのはごあいきょう。まったく、暇人どもめ。興行主、チケット代は俺にも折半してもらえるんだろうな!? ……ああ、観戦チケット売り出してないんだ。結構な興行収入が得られそうなのになんてもったいない! 賭けも行われてはいないらしいのでよくある『自分の勝利に全額ドン!』もできないじゃん……。

 そんなうまたち、衆人が見守る中、おそらく審判役の貴族らしい派手な格好をした小柄なおっさんが、脇汗で衣装の脇の色を染めて、顔を流れる汗を袖口で拭いながらも決闘場の真ん中まで進み出て、

「これよりエルデナンド殿下とキーファー公爵家ポウム男爵による決闘を執り行う!!

 と宣言する。その宣言とともに見物人から沸き上がる大きな拍手。

 ……いやいやいや! まだリングイン(?)すらしてないのにいきなりのツッコミどころっ!! 俺、ただのお嬢様のそばづかえだから! 公爵家『麾下』ってそんな旗本とかにんみたいな大層な立場じゃないから! あまつさえ男爵ってなんだよ男爵って! どうして死んでもないのに二階級くらい爵位を特進してるんだよ! ド平民、むしろド貧民だから!!

 何事ぞ!? と公爵家の皆さんが見学している席に向かってグリンッ! と、光速で顔を向けると……ガイウス様がとてもいい笑顔で親指を立てていた。お前それアレだろ? サムズアップしてるんじゃなくてローマの皇帝がコロシアムでやるヤツだろ! 親指を下に向けたら負けた剣闘士グラディエイターが殺されるヤツ!

 どうやって離れた場所にいる人達にツッコミを届けようかとしている俺を置き去りにして、決闘はそのまま進行する。

「この決闘の勝者の権利として互いに求める物!」

「エルデナンド殿下より! キーファー公爵家フィオーラ様、そしてブリューネ侯爵家リリアナ様の両名をもらい受けるとのこと! そしてキーファー家家人であるポウム男爵の身柄の拘束!」

「ポウム男爵より! エルデナンド殿下によるフィオーラ様及びリリアナ様への正式な謝罪と今後一切の不干渉、及びポウム男爵に対する──」

 あぁ……あのクソ王子……言うに事欠いてうちのお嬢とリリおねぇちゃまを賞品扱いだと……。いや、もちろん、ありえないだろうけど二人があの馬鹿にれてるなら俺も祝福……はしないけど、納得……もしないけど、まぁ、悪いことでは……なくもないけど! あれだ、生理的嫌悪感とでも言うの? とりあえずあいつの嫁だけは納得いかんのだ! そう、最低限俺より二人を幸せにできる相手じゃないと駄目なんだよ! もの凄い勘違い男だな俺。

 チッ、この前屋敷で胸ぐらをつかんだついでに首もへし折っておくべきだったな。

「それでは両者、決闘場に入場せよ!」

 いかん、これはあれか、俺をげきこうさせて少しでも勝率を上げようという馬鹿王子の策略か!? チッ、無能だと思って相手を少々舐めすぎていたかな? 三番目とはいえ王位継承権もある王子、参謀的な人間くらいは近くにいるだろうしな。

 でもな、勇者っていうのはさ、友人知人愛する人のための憤りはそのまま攻撃力に加算されるんだぞ?(※そんな能力はたぶんありません)

 まぁ……いい。とっとと終わらせてやるか。

 柵に囲まれた練兵場の端、木製のスツールが置いてあるだけの待機所から中央に向かってゆっくりと歩く俺。今の俺、ちょっとイライラしすぎて逆にもの凄く良い笑顔になっている気がする。そう、笑いながら怒る竹〇直人とか、大○裕のような笑顔である。

 赤と黒を基調とした、派手さはないが上品に仕上がった貴公子の装いをした俺が歩み出ると、客席で見物している御令嬢から甘い悲鳴が上がる。……いや、今の声って完全にメルちゃんだったよね? 運動会でお母さんに応援されてるみたいな気持ちになっていたたまれないから、そういうのめてもらえるかな? ちなみに今日の衣装、フィオーラ嬢とリリアナ嬢の二人が見繕ってくれた本当の意味での勝負服なのである!

 姫騎士様にはいつも稽古で身に着けている暗黒きょうのコスプレでの出場を強く勧められたんだけど……それ、見た目だけでこちらが悪役認定されちゃうヤツだから!

 対して反対側から姿を現した筋骨隆々の熊みたいな……たぶんおっさん? ガッチガチにプレートメイルを着込んでるからかぶとで顔が見えねぇ。てかそいつだけじゃなく合計で五人が前に出てきたんだけど……もしかしてあれか? 「一対一の試合とは言っていない」ってことなのかな?

 あの馬鹿王子、何かにつけてこちらの神経をさかでしてくるな……。別に相手が一人だろうが五人だろうが百人だろうが、俺のすることは変わらないんだけどな。

「ははっ、手が震えてるぞ坊主。まったく、こんなところで子供の相手をせんとならんとは。俺もこんな面倒な仕事はとっとと終わらせたいからな。お前が素直に土下座でもしてごめんなさいと言えばあの殿下も頭を踏みにじるくらいで、命だけは助けてくれるかもしれんぞ?」

「黙れ青汁」

 いや、何だよ青汁って。緑虫とか三日月藻ならまだしも青汁って。何がまだしもなのかも不明だし。自分で口に出したのに意味が分からなすぎてちょっと笑いそうである。

 ……いや、笑ってる場合じゃねぇな。目の前で俺をあおってるよろいの大男、大斧使いのなにがしの後ろで魔法使いっぽいやつが隠れて呪文を唱えてるしさ。子供相手でも全力でたたつぶしに来るその心意気、俺は嫌いじゃないよ? もちろん俺にはその魔法を食らってやるつもりも唱え終わるまで待ってやるつもりもさらさらないけどな!!

「それでは……始めっ!!

 審判が開始の合図のために、真っ白なハンカチを握りしめて振り上げた手を──向こうにいる魔法使いの呪文詠唱完了の合図とともに振り下ろす。

 そして即座に発動するのは──俺の地魔法。あんたとは『魔法の練度(スキルランク)』が違うんだよ! 固まって立っていたドブネズミの連中を取り囲むように隆起するのは岩の壁ロックウォール

 少し遅れて発動した相手の魔法──火魔法使いの炎の弾だろうか──が、その壁に遮られてドブネズミ達の至近距離で大爆発! 壁の中はちょっとした大惨事である。ははっ、二重の意味でフレンドリーファイアだな!

 腐っても高ランク探索者を名乗ってる連中だし? その程度で即死はしてないだろう、むしろそんな簡単に死んでくれるな! と念を込めながら俺は次の魔法を用意、岩の壁の外周を大きな炎の壁でぐるりと囲んでおく。

 炎で囲んだ意味? もちろん火魔法が得意な第三王子に対する意趣返しである。後はのんびりとあぶるだけの簡単なお仕事である。

 数mの高さまで燃え盛る炎の中から「助けて!」だとか「降参だ!」だとかただの叫び声だとか意味を成さない声が聞こえるけど、それを無視して再び地魔法を使って岩で玉座のような椅子を作り出し、そこに腰掛け肘をついてお昼寝体勢に入る俺。後はこのまま二、三時間かけて全員じっくりと蒸し焼き、消し炭になるまで待ってやろうと思っていたら……場外から物言いが入った。何なんだよあいつは……。

 もちろん馬鹿王子が一人で騒ぎ出しただけなんだけどね? なんかまた口から泡を飛ばしながらわめててるからイマイチ内容を聞き取りにくいんだけどさ。ナントカカントカそれを意味ある言葉に翻訳すると、

「それは一体何の!?

「試合開始の合図もかからぬうちに魔法の準備を始めるとは何事か!!

「そもそも神聖な決闘で魔法を使うなど言語道断!!

「貴族なら貴族らしく剣で己の力を示せ!!

 お、おう、何言ってんだこいつ……? てか鎧のおっさんとしゃべりながら魔法を唱えるとか無理に決まってんだろ、俺のは即時発動の魔法なんだよ! もちろん魔導板さんの力を借りた魔法だけどな! うん、ちょこっとだけズルっ子はしてるんだ。そして一人を相手に五人を連れてきておいて貴族らしくとは一体? いや、『貴族らしさ(手段を選ばない)』ってことだったら間違ってはいないのか。

 チラッと審判役の貴族をめつけるとこちらにおびえながらも、

「い、一旦仕切り直すこととする! ポウム男爵は速やかに魔法を解除するように!」

 とか言い出した。別にいいけどね? 騒いでる第三王子とその取り巻き以外はそこそこ全員あきかえった顔してるんだけど、この先の王家の威信とか大丈夫なのかね?

 仕方がないので炎の壁というか炎の輪? を消し去り、岩の壁を崩してやる。中から出てきた五人組、まんしんそうで控えの場に戻っていった。

 俺? いや、特にすることもないし? せっかく作った椅子に座ったままで待機である。うん、ちょっと失敗した。それから小一時間ほど待たされたから岩の椅子に座りっぱなしの俺の尻が痛くなった……。

 これだけ待たされれば見物席の人達も飽きて帰っていくだろうと思ってたんだけど、全然そんな気配もなく。マジ暇人だなこいつら。娯楽が少なすぎて帰ってもすることがないのだろうか? これはあれか、知識チート代表のリバーシの出番か? 普通にチェスっぽいものはあるからそれほどる気はしないけど。マージャンならワンチャン……駄目だな、ド〇ジャラしかしたことないから細かいルールが分からねぇ。

 そんな緊張感のカケラもないことを考えてたらやっと奥から出てきた一人の──たぶん男? 最初も全身鎧姿だったけどそれよりもさらに高そうな、これだけ離れていてもっすらと魔力すら感じるような真っ赤な鎧を着込んで再度の登場である。何なの? ここの王家は赤が好きなの? いや、赤くて派手なのは王女様だけで王太子はいたって地味な衣装だったけどさ。

 てかそいつの姿を見た周りの貴族がやたらと騒がしいんだけど? あと王族席の三人、王太子、王女、第三王子が大げんを始めたんだけど? 仲間割れは帰ってからにして?

 鎧の男と一緒に出てきたものの、場の騒ぎにオロオロしている審判役が「だ、男爵、速やかに前に!」と、言ってるのでやれやれ顔で首を振りながら椅子から腰を上げてゆっくりと前に進み出る。

「これより決闘の仕切り直しを行う! 騎士らしく己の肉体を誇示し、その拳のみを力として戦うように! これより魔法と武器の一切の使用は禁止とする!」

 お、おう、何言ってんだこいつパートⅡ。殴り合いで決着つけるとかそれ絶対に騎士のすることじゃないよな? どう考えても野蛮人バーバリアンの所業じゃねぇか。地球でもどっかにそんな決闘の方法あったよね? お互いの手をひもつないで交互に殴り合うヤツ。

 てかこの審判貴族さ、第三王子に買収されてるにしても、もう少しじょうにさばかないとこの決闘が終わったら誰からも相手にされなくなるぞ?

「さっきは世話になったな? まさかそのなり、そのとしであれほどの魔法の使い手だったとは……だが今度は油断しねぇからな? なに、顔の形が変わるくらいはするだろうが、できるだけ殺さないようにしてやるさ」

 そして推定おっさん、さっきは虎のおりの前に置き去りにされたマルチーズみたいに震えてたくせに鎧を着替えた程度でこの尊大な態度である。まぁどうでもいいさ、鎧を着てようがドラゴンを着てようが殴り続けていれば相手はそのうち死ぬんだから。

 てかさ、ちょっとくらい良い鎧を身に着けたところで、たかだかレベル5、補正込みでも筋力12しかない非力なおっさんの拳が俺に通用すると思うなよ?

 こちらをいらつかせるようなのんびりとした速度で殴りかかってきた男の右拳をかわし、そのまま左足を振り上げて男の右側頭部を思いっきり蹴りつける。その勢いのまま左に側転するように転がる赤い鎧。

「……は? ……え? ま、待て! は、話が違うじゃねぇかっ!! お前、この鎧が見えて」

 あっにとられる審判と鎧男。いや、観客全員がぜんとしてる?

 確かに俺みたいな細身の美少年が重量感のある鎧の大男をいきなり転がしたらビックリもするか。でもさ、青汁と人間様では喧嘩にはならないんだぜ? むしろ青汁に喧嘩を売る人間は色んな意味で一度病院の先生に相談するべきだと思いました。せめて、せめて生き物と戦えと!

 まぁそんなことはどうでもいい。殴り合いらしいからな! 転げてる人間をボコボコにするくらい俺には造作もないことなのだ!

 あおけに転がっている男の上半身を膝で押さえ付け、マウントポジションで遠慮なく男を殴りまくる俺。どうだっ! これがっ! 養護院で子供相手に身につけたっ! 格闘スキルと体術スキルだっ!!

 心の底から誰にも自慢できない話である。赤い鎧をボッコボコ。鎧の上から鎧の形が変わるくらいにボッコボコ。大地の聖霊様(ウサギさん)が手を繋いでボッコボコダンスを踊りそうなくらいにボッコボコ。

「……おい、審判、そろそろ止めなくていいのか? さっきからこいつ、まったく動いてないんだけど?」

「なっ? はっ? えっ?」

 第三王子おばかのお嬢とおねぇちゃまに対する態度にちょこっとだけ冷静さを欠いてたけどこれは流石さすがにやりすぎたかな? と我に返り審判貴族に問いかける。

 いや、おっさんは一応審判なんだからな? 周りを見回して他人に意見を求めるんじゃないよ。

 そして審判がそんな態度だとまたまた第三王子おおばかが騒ぎ出すわけで。

「き、貴様っ! よくも、よくも初代様の鎧に手向かいを」

「ええい! それ以上恥をさらすのはやめい! 見苦しい!」

 本当に無様な人間だなあいつ。王族なら王族らしくぜんとしてもらいたいものである。物のついでに殴りに行こうか? なんて思っていたら近くに座っていた赤い人が、意味不明なことを叫び続けている第三王子どうけしの顔面を思いっきり殴りつけた。

 ……何アレ怖い。

 全身真っ赤な姿で返り血を浴びながら、最初の一撃で戦意喪失した第三王子を相手にして暴れまわる……第一王女様。マジで何なのアレ? 『炎の魔神スルト』なの? 倒れ込んだ第三王子の足首を掴んだかと思ったら、そのままこちらに向かってきたんだけど……俺、逃げてもいいよね? 一段も二段も高い場所にある王族の見学席からこちらに向かって段差や障害物を物ともせずに、第三王子の右足首を掴んで引きずってるから『王子ノヨウナモノ』が思いっきり色んなとこにぶつかって大惨事……むしろわざと辺りにぶつけてる?

 目の前まで来た赤いドレスの少女……ってほどいたいけには見えないな、おっぱいおっきいし。おっぱい、おっきいし! 大切なことなので二回言いました。ワインレッドの髪にルビーの瞳、威圧感が凄いからもっと大きく見えたけど俺と同程度の身長できゃしゃな体に透き通るような白い肌。……飛び散った血が所々彼女の肌に付着してるんだけどね? 胸元が大きく開き、太ももまで大きくスリットの入ったフリフリのドレス……薔薇ばらをくわえて踊ったらカルメンだな! もっとも行動は闘牛士マタドールのそれだけど。

 自分のことを棚に上げてなんだけど、この女性の一体どこに人ひとりを引きずり回すような力があるのだろうか?

「見苦しいものを見せて申し訳なかったな。ポウム男爵……名はハリスと言ったか?」

「は、いえ、男爵かどうかは不明瞭ですが名はハリスで合っております殿下」

 その場に膝を折り、頭を下げて挨拶をする。

「そうか、いや、なかなか面白いものを見せてもらった! そして王族として一応身内であるこの馬鹿者がやらかした不祥事をびさせてもらおう」

「はぁ、恐縮です?」

「では、敗者のこいつにはこの場ですぐに謝罪とお主達への今後一切の不干渉を約束させるとしようか」

 その後は何かを言おうとするたびに頭を踏みつけられ、蹴り飛ばされ、なじられる王子と『赤い魔神(仮名)』さんの調教ショーのような光景が繰り広げられ、王族が王族を殴りつけるという、どう反応すればいいのか分からない貴族連中の引きつった顔をさらに引きつらせた王女様であった。




 最後は王女様の大立ち回りという訳の分からないエンディングを迎えた俺と第三王子の決闘騒ぎ。大量の見物人(暇人貴族)が本当に見たかったのは王子の失態だったのか、それとも公爵家で可愛かわいがられてる小僧がボコボコにされる姿だったのか。もちろんそいつらの思惑に関係なく、一方的に探索者がボロボロにされたからといって、入場料も興行料も取ってない俺が文句を言われる筋合いはないんだけどね?

 心の底から『なんだかなぁ……』って気持ちで王城から馬車に揺られてキーファー公爵邸まで帰宅する俺。何となく馬車に揺られてっていうと荷馬車に乗ってるみたいな雰囲気を醸し出しちゃうけど、貴族様の乗るお高そうな馬車でもむっちゃ揺れるんだよね……。

 そんな尻の痛い、揺れで乗り物酔いしそうな思いをしながら馬車に乗ってる俺の左右に座っているのはニコニコ笑顔の公爵令嬢と侯爵令嬢、フィオーラ嬢とリリアナ嬢である。正確にはニコニコ笑顔『だった』が正しいんだけどね? 今は能面のような、表情筋が死んだような無表情だから。美人の無表情、しいんじゃなくただただおっかないんだからな!

 だってほら、この美少女二人、立場的には自分を賭けての決闘騒動、そして役割的には正義の味方サイドだった俺が大勝利して、クッソ面倒な第三王子から解放されたんだからご機嫌にもなるじゃないですか? だからこうして美少女サンドで俺にご褒美を与えてくれていたのだ。

 うん、はたから見ているだけなら美少女に挟まれて今も十分楽しそうに見えるかもしれないね? でも、現実的には罰ゲームなんだよなぁ……。圧が! 両サイドからの圧がすごいんだよ! ちなみにその圧の原因はなぜか俺の膝の上に座る『姫騎士様』ことヘルミーナ嬢である。『アクション映画のカーチェイスシーンでブレーキの利かない車の左右だけでなく前方までトラックに囲まれてる状態』を想像してもらいたい。凄いでしょ? 圧が!

 とりあえずヘルミーナ嬢を膝から下ろせばいい? お前は鬼か! ちっちゃい子がむっちゃにこやかに、楽しそうに足をプラプラさせながら膝の上に座ってるんだよ? その子に下りろって言えるか? 正面の席がガラ空きだからあっちに座ってって言えるか? 俺には無理だ。

 そもそもこの馬車だけれいじょう密度が高すぎじゃないですかね? 普通はお嬢様一人に対して馬車も一台だよね? そんな決まり事はない? 確かに。

 ちなみに「お二人共いいおとしなんですから、小さい子供相手にそんな顔をするのはどうかと思いますよ?」などとは絶対に口にしてはいけない。『いいお歳』。このかいわいの御令嬢に発すると、全てを巻き込んで更地にしてしまうほどの破壊力を有する地雷ワードなのだ。もちろん俺、個人的には全然そんなことは思ってないんだよ? むしろまだまだ若すぎると思ってるくらいだしさ。あと十年、ヘルミーナ嬢に関しては二十年は成熟してほしい。でもほら、お二人共、現在はご婚約者すら居ないわけで。社交界では立派ないきおく──

「ハリス、あなたから何となく、とても不快な思念が発せられた気がしたのだけれど? ふふっ、まぁ今はいいでしょう。でもねハリス、今回の騒ぎであなたの逃げ場はなくなったと思ってくださいね?」

「ハハッ、ご冗談を」

 某ネヅミのような感情と抑揚のない甲高い笑い声を出す俺。顔に感情のないお嬢様と声に感情のない俺でいいコンビだな!

 ちなみに馬鹿王子を引きずり回したうえに踏みつけなじり、ボロボロにしていた『赤い魔神(仮名)』。あの、おっぱいの大きなお姫様。あの人って面識はまったくないけど認識はしてたんだよね。知らない? じゃあこう言えば分かってもらえるかな?

『王国三大美女の一人』。

 そう、少し昔に『最後の一人は王族だから会うことはない』なんていうフラグ立てたやつのせいでこのザマである。責任者出てこい!! ……まぁ普通に俺だったりするんだけどさ。彼女のお名前はアリシア殿下。二度と会う気はないから必要のない情報だけどな! また余計なフラグを……。

 いつの間にか全員登場してしまった王国三大美女のお歳なんだけど、

 フィオーラ嬢 ……十八歳 (未婚、婚約者なし)

 リリアナ嬢  ……十七歳 (未婚、婚約者なし)

 魔神さん   ……二十歳 (未婚、婚約者なし)

 もしかすると、王国三大美女には結婚できないという呪いか何かがあるのかもしれない。

「ハリスちゃん、おねぇちゃまのこと、また助けてくれたね? ……心の底からのおねぇちゃまラブを感じるよ……今度はもう絶対に逃がさないんだから……」

「ハハッ、ご冗談を」

 楽しそうに膝の上で足プラしている美幼女に比べて、左右の美少女の心の闇が深いです!!

 うん? 幼女と言えばミヅキ? 奴は普段どおり屋敷で食っちゃ寝してるけど? あいつ、俺の心配とか一切してねぇんだよなぁ。良いように捉えれば信頼されてるんだろうけどさ。

 てかさ、決闘の勝利の報酬って覚えてる? 俺、『王家とは今後一切の交渉を持たない』って文言を入れてたんだよね。それがいつの間にか『第三王子とは今後一切の交渉を持たない』に書き換えられてたのはなぜなんだぜ? 異議を申し立てたら『えー、最初の宣誓の時にちゃんと確認したじゃん? でもお前、コレといって異議申し立てしなかったじゃん?』って返された。あ、あの時はほら、あのお馬鹿王子のお嬢とおねぇちゃまに対する態度のせいでガチギレ……心が少々冷静ではなかったから……。クソッ、それもこれもアイツのせい。この恨みハラサデオクベキカ……。いや、まぁ恨みはとうに晴らしてるんだけどさ。自業自得、因果応報、抱腹絶倒である。あ、おっちゃんこっち焼肉定食追加でー!

 少しでも俺が身動きすると囲んだ御令嬢のお体のどこに何が触れるかも分からないので、微動すらできないままに馬車はゴトゴト音を立て道を進むよ公爵邸に……ストップ! 痴漢えんざい


 決闘中の百倍くらい疲弊したところでお屋敷に到着した。時間的には半時間どころか十五分くらいだったんだけどね? そんなに離れてないからさ、王城と公爵邸。

 馬車から降りて、そのまま普通にお屋敷の中に入っていくブリューネ侯爵家の面々。なんなの? また今晩もみんなでばんさんかい(パーリーナイッ)なの? まぁいいや、俺は俺で公爵閣下にお話があるからな。

 たかだか一使用人が最上位の貴族様に話があるなどと言っても普段なら絶対に取り次いでもらえるものではないけど、今日に限ってはほら、祝勝会っぽい雰囲気もあるからさ。お世話になりっぱなしのジョシュアじいちゃんには面倒を掛けるけど、ガイウス様に面会をお願いしたんだ。

 ……どうやら夕食の前に会ってもらえるらしい。うむ、第一関門突破ってとこだな。

 今日はいつものメイドさんではなく、フィオーラ嬢付きの家令であるジョシュアじーちゃんにそのまま先導してもらって公爵家の応接間まで案内された。

「お連れいたしました」とじーちゃんが中に声を掛けてから扉を開くと、

「なぜに全員集合?」

 何なの? まだ二十時じゃなく夕方だよね? てか室内の人数多すぎじゃね? 様のご家族までいるし。もうこれお疲れ様会じゃなくちょっとした会議、雰囲気的には企業の圧迫面接じゃん。

「ハリス、娘のためによくやってくれたな! 見どころの多い試合だったぞ? 本日の一件、大儀であった!」

「はっ! 有難き幸せにございます! ……ではなくてですね」

 ムスッとしていようが喜んでいようが人相の悪さはそれほど変わらないガイウス様からお褒めの言葉をもらう。でも今回は褒めてもらいに来たわけじゃないんだよなぁ。喜んでいるところに水を差すのはいただけないと思うが……今回の面会にはもちろん理由がある。そう、俺はガイウス様に苦情を言いに来たのだ。他にも大勢の人がいたのは予想外だけどさ。

 俺が言いたいことをまとめると三つ。まずは『勝てたからいいけど、フィオーラ嬢やリリアナ嬢を決闘の景品のような扱いをするのはいかがなものか?』という話。

 質問に答えてくれたのはコーネリウス様。

「その件は本人たちも最初から納得済みの話だったんだよ? 決闘ということで馬鹿王子あちらの言い分も飲む必要があったからね?」

「それはそうでしょうけれども! それでも! もしも、私が負けるようなことがあれば……お嬢様方はどうするおつもりだったのですか?」

「逆に聞くけれどさ、たかだか探索者にこの屋敷にいる五十人の正騎士、それも屋敷の警備を任せるに足るだれをたった一人で、布製の棒一本で手玉に取るような人間に勝てる相手がいると思うかい?」

「そうだとしてもです! 私に体調不良や何らかの妨害工作などがあればどうなさるおつもりだったのですか!」

「ハリスは本当にフィオーラのこととなると意固地というか頑固というか……。もし君が負けた時は無視するに決まってるじゃないか。あれは君と王子が交わした約束であって王家とキーファー公爵家の約束ではないのだからね?」

 あれー……決闘の報酬ってそんな緩い感じで流せるものなの? 言われてみればそのとおり……なのかな? 確かに俺がどんな約束をしようが、キーファー家もブリューネ家も『たかが使用人の言ったことにどうして我々が関わっている、そのうえそれに唯々諾々として従うと思ったんだ? 馬鹿なの? 死ぬの?』って押し切れば通るだけの権力はあるもんな。

 でもなんなんだこのモニョッとした感覚は……。いや、言いくるめられてる場合じゃない! そう、言いたいことはまだあと二つもあるのだ!

「そ、それに私が男爵というのは一体どういう」

「ただの平民が王子と対等な条件で決闘ができるとでも?」

 もちろん思ってませんけどね!!

「そ、それなら事前に連絡をですね」

「だって、先に告げていたらハリスはナンダカンダとゴネただろう?」

「何ですかその駄々っ子みたいな扱いは……」

 もちろんゴネるけどなっ!! 某家電量販店のおもちゃ売り場で寝転がってジタバタする子供バリにゴネるけどなっ!!

「はぁ……かしこまりました。もし負けていてもお嬢様方に被害がなかったのなら私が言うことは何もないです。爵位については必要がなくなったのでお返しするということで」

「まぁそうねない拗ねない。あと爵位については了解したよ。返還じゃなくて交換だけどね?」

「まったく、拗ねてなどっ、おりませんけれどもっ!? いや、爵位の交換ってなんですか交換って。そんなシステム聞いたことないんですけど?」

 うう……これだからインテリは扱いにくいったらありゃしない……ああ言えばこう言う……(ブーメラン)。

「じゃあハリスの話はこれにて一件落着ってことでいいのかな?」

「……いえ、最後にもう一つ」

「んー……それは今は無理かな? あれだけ大勢の貴族の前で目立った人間がその日のうちに出奔しましたなどとなれば、それこそ我が家のけんにも関わるからね」

 えっ? 何も言ってないのに何で言いたいことが分かってるのこの人!?

「……居なくなる? ハリス、それは一体どういうことなのかしら?」

「ふふっ、ハリスちゃん、やっとおねぇちゃまのもとに戻ってきてくれるんだね? もちろんお部屋は二人一緒でかまわないよね?」

「ハリス……どっかいっちゃうのです?」

 てかインテリヤクザ、このために御令嬢を全員集合させてたな!? てかひきょうだろう! 特に幼女は使っちゃ駄目なヤツだろう!! あとリリおねぇちゃまのは色々されそうで怖いので逆効果だと思いました。

「……いつから気付かれてました?」

「無論前回二人で話した時さ」

 特にそれっぽいことは言ってないと思うんだけどなぁ。亀の甲より年の功ってヤツか? うん、今後この人とはあまり深い会話はしないように注意しよう。でも話しやすいんだよねぇ、コーネリウス様。精神年齢なかのひと的にも人格的にもさ。

「はぁ……畏まりました。もうしばらくお世話になります」

「そうだね、末永く頼むよ」

 本日二度目の畏まりを伝え、これで話も終わりと席を立とうとした俺に、

「それで、きょうはうちのリリアナとそちらのフィオーラ嬢のどちらと婚約するつもりなのかね?」

「はい? えっと、ちょっと待ってください、いきなり何のお話ですか?」

 マルケスおじさんがよく分からない話を振ってきた。婚約とは一体?

「何のも何も卿は貴族令嬢を、それも二人も賭けて王子と勝負をしたのだろう? 令嬢を、二人も賭けて、勝負を、したのだろう?」

「いえいえいえいえいえいえ!! それはあの王子ばかの言い分であってですね!! 私はそんな大それたことなどじんも考えておりませんでしたよ!?

「その慌てぶりからして、たぶん本心から思っていなかったんだろうな卿は……。だが今日見物していた貴族連中はどう思い、どう考えるだろうな?」

 知らねぇよ、話したこともない物見遊山の貴族の考えることなんざ。

「とうさま、ハリスはフィオーラおばさまかリリアナおばさまとけっこんするのです?」

「お、おば……さま……。ミーナ、あなたいつもは『フィーねえさま』って呼んでるでしょう!? なぜいきなり叔母様呼びになっているのですか!? もしかして反抗期なのかしら!?

「ぐっ……だ、大丈夫……私はハリスちゃんにとって永遠のおねぇちゃま……なんだから」

 幼女の攻撃! クリティカルヒット! 未婚の御令嬢二人は9999のダメージを受けた!!

 うるうるした瞳の幼女がこっちにたたっと駆けてきたかと思うと、座っていた俺に抱きつく。

「ハリス、ハリスはミーナのこときらい?」

「そんなことありませんよ姫騎士様」

「じゃああいしてる?」

「あ、愛というのはお嬢様にはまだまだお早いと思いますが……決して嫌いではありませんよ」

「だったらおっきくなったらミーナをおよめさんにしてくれる?」

「そ、それにつきましては現状では結論が出せないと申しましょうか……そう、複雑で不確実な状況下で最適な結論を出さないといけませんので……その時点での様々な情勢なども加味いたしまして、経験、知識、洞察力も含めました高度な状況判断が必要な問題でありますので……か、考えておきますね?」

「うん!! ハリスとミーナのやくそくなのですよ?」

「ハリス! だまされちゃ駄目! その子、今こっち見てニヤッと笑ったわ!」

「そ、そうだよハリスちゃん! こっちを向いた時に口元が『としま』って動いたもん!」

「二人共、こんないたいけな子供に何を言ってるんですか……大人なんですからそういうのはめましょうね?」

 まったく、こんな天使みたいな子供を捕まえて。コーネリウス様を筆頭に御令嬢お二人だけでなく、周りの大人達が全員がくぜんとした顔でこちらを見つめていたけど気にしてはいけないのだ。



 さて、公爵家での大人数での話し合いが終わったから全てが解決! ……などというわけもなく。今回の件の当事者は俺だけではなく、相手方の第三王子もいる話だからね?

 てかさ、俺がボッコボコにした赤いよろい、どうやらキルシブリテ王国の初代国王が建国のために仲間、つまり上級貴族のご先祖様と共に東奔西走していた時に着用していた代物らしく。そういえばアレを着て出てきたドブネズミのナンタラいう奴が殴られながらこの鎧がどうとかこうとか言ってたな。たぶんあれは「王祖様の着ていた鎧を攻撃するとかお前正気か!?」みたいなことを言いたかったんだろう。そんな国宝の中の国宝を傷つける、原型がなくなるほど変形させる。どう考えても国にけんを売る行為だもんね!

 いや、知らんがな。

 そもそもそんな鎧とか歴史の知識が俺にあると思ってるのか? こちとらハリスくんだぞ!? 殴りまくっただけでボコボコになるくらいだし? 実は本物じゃなくディスプレイ用サンプルだった可能性も……でもなんか防御魔法とかも掛かってたっぽいしたぶん本物だったよなぁ。

 もちろん俺は何も悪くないので謝罪も反省もする気はないんだけどな! なぜなら俺は自由人なのだから。風の吹くまま気の向くまま、王宮から何か言ってきたら国外に逃げればいいだけだし? そもそもそんな物を気軽に持ち出す相手が悪いのだ!

 ……なんて強がりながらも一応は何かあるかも? と、身構えてたんだけど……特におとがめらしきものはなかった。というか、騒ぎの原因である第三王子が『肌にうろこが生える奇病』にかかったため療養に入ったので、こちらに構っている余裕などなくなったからだ。

 ……蛇、GJ!!

 てかミヅキの仕返しの標的になってるってことは、あの第三王子もリリアナ嬢の病気というか蛇のたたりの関係者だったんだな。後日ブリューネ侯爵、マルケス様の調査結果を詳しく聞いたところによると、第三王子にれた自分の娘を奴のきさきにしたいと画策した某伯爵が色々と裏で糸を引いてたらしいんだけど……もちろんその伯爵家も一族全員治ることのない奇病で苦しんでるんだけどね?

 他にも数名どころか数十名単位で蛇に祟られた人間がいるらしいけど……それら全ては自業自得、因果応報、人を呪わば穴二つ。もちろんその二つの穴というのは女の子の、などというド下ネタな意味じゃないからな? そもそも穴は二つではなくて三つ……話がそれたな。

 てなわけで回復の兆しが見えない病気療養に入った第三王子の派閥の崩壊や、王女殿下と王太子殿下のとりなしなどもあって、初代様の鎧の件に関してはお咎めなしと決定した。

 どうして王族そのふたりが面識もない俺のことをとりなしてくれたのかはもちろん分からないけど……知らない人に親切にされたら何らかのお返しをしないといけないからなぁ。そしてそれ以上に警戒もしておいた方がいいんだろうな、たぶん。まぁ気にしてもしょうがないことをウジウジ考えていてもストレスでハ〇そうなので……違う厄介事の話である。

 俺、心配事とか厄介事とか多すぎではないだろうか?

 厄介事で一番に思い浮かぶのは公爵家の第二夫人とその息子ちゃんのことだと思われるかもしれないけど、そっちは今のところ俺のストレスになる以外は問題ないので大丈夫。いや、果たしてそれは本当に大丈夫なのだろうか? そろそろ勤め先を無断退職するアルバイト並のストレスなんだけど? もちろん十六歳で異世界に拉致された俺がアルバイトとかしてるはずないんだけどさ。チッ、日本のことを思い出してちょっと悲しい気分になっちゃったじゃねぇか!

 そんな関係ないことでまで俺の心をキュッとさせてヘイトを上げてゆく母子のことはどうでもいいとして。またまた別の厄介事の話である。

 もちろん屋敷を出る話をしてからやたらと俺の部屋に滞在する時間の増えたフィオーラ嬢とか、他所のお宅だと理解しているか心配になるくらい公爵邸で顔を合わせるリリアナ嬢とか、上半身だけではなく太ももなどにもボディタッチの増えたヘルミーナ嬢の話ではない。

 ……こちらも十二分に厄介な話、特にヘルミーナ嬢に関しては日本でなら無実の俺が逮捕されるほどの大問題ではあるのだが、今回はその話ではないのだ。

 ああ、メルちゃんとの剣の稽古の回数も増えたけどそっちはむしろ楽しいので大丈夫。疲れ果ててハァハァと息を切らしながら倒れ込み、恨めしそうな顔でこちらを見上げる女騎士……とてもいいよね!! うん、もちろん俺の性癖の話でもないからね?

「おい、ぬしよ」

「なんだよ蛇?」

「我は蛇ではない! ミヅキなのだ!」

「そうだなー」

 そうだね、この屋敷の居候(イソギンチャク)に居候してるこいつ(カクレクマノミ)の話だね! 俺を触手生物扱いするのは止めろ。あとイソギンチャクって見た目が下ネタだよな!

 フィオーラ嬢の計らいで俺の部屋の隣に自分用の部屋を一つ与えられたにもかかわらず、暇があれば俺の部屋でゴロゴロしてやがる白蛇様。もちろん負けるわけにもいかないので部屋主の俺もゴロゴローゴロゴロー。それに釣られて子グマちゃんとウサギさんもゴロゴローゴロゴロー。キルシブリテに動物王国爆誕の瞬間である。

「いや、クマはここんの子だけど、ウサギさんはこんなとこで転がってても平気なの?」

『フス! フスフスフス!』

「なるほど、向こうのお屋敷にいても特にすることもないし、リリアナ嬢と一緒に通勤してるから大丈夫だと。いや、他所様のお屋敷に通勤してるってどういう状況だよリリおねぇちゃま」

ぬしよ、我は多少なりとも聖霊そやつらえておるから平気じゃけど、普通の人間から見れば独り言が激しいだけのそこそこ危ない奴じゃぞ?」

 本人もちゃんと自覚はしてるから大丈夫なはず? てかミヅキにも聖霊さんが視えてるんだ? ここは、ヨッ! さすが神様! ヨイショ! と褒めておくべきなのだろうか?

「んー……」

 しかしあれだな。ミヅキ、見た目幼女とはいっても中身は三千歳の妖怪……ではなく神様なので騒いだりとかはしないんだけどさ。でもほら、食費とかかかるじゃん? だからこう……ちょびっとだけ同居人? 飼い主? である俺の肩身が狭いのだ。もちろん誰も何も言ってはこないんだけどね?

ぬしはどうして話の途中で急に考え込んどるんじゃ! もっとこう自主的に会話を広げるとかあるじゃろが!」

「えー……俺は恋人同士であっても、部屋の端っこと端っこで読書してても問題ない人間だから会話は特にしなくてもいいんだけどなぁ。もちろん彼女が居たことはないけどな」

「相変わらず覇気のない……初対面の時はあれほど凛々し……くもなかったような? というよりも危うく殺されかけたような? ……ほら、我って最近退屈じゃろ?」

「知らねぇよ、勝手に一人でどっか行けよ」

「いいのか? ホントにいいのか? 我、これでなかなかに厄介な存在じゃぞ? 肩が触れたとか足を踏んだとかちょっとしたことで街の人間を祟るぞ?」

 傍迷惑このうえないな! それもう神様じゃなくただのチンピラじゃねぇか! まぁ蛇だから仕方ない気もするけどさ。執念深そうってイメージが定着してるもんね?

「はぁ、仕方ねぇなぁ……よし、明日! ……もしくは明後日以降ってことで……」

「それ絶対に行かない奴の言い訳じゃろ!? いーやーだー! でーかーけーるー!!

「敷物からほこりが立つから手足をバタつかせて駄々をこねるんじゃない! ……そうだな、食堂で酒を貰ってきてやろう、俺も小腹がいてきたし一品くらいならつまみも付けてやるぞ?」

「おぬしの作ったつまみが付くのか? それなら我出掛けない! うむ、酒は瓶じゃのうてできればたるでな? つまみはあっさりしたモノがいいぞ?」

 まぁ蛇といえば酒好き! ってことでミヅキがゴネ出した時はだいたいコレで片付くんだけどな。

 しかし蛇の酒好きイメージってどこから来ているのだろうか? 日本だとヤマタノオロチ? 世界的にはどうだったんだろう? ヘビ……ヒュドラとかワームとか? 確かギリシャ神話のデュオニソス(お酒の神様)が蛇に育てられたとか読んだ気がするけどたぶん関係はないよな。ちなみに普通の蛇はアルコールを分解できないのでお酒を飲むと中毒を起こして死んじゃうこともあるらしいから、絶対に飲ませちゃ駄目だからね?

 てかさ、コイツ実は最初から出掛けたいんじゃなくて酒が飲みたいだけだったんじゃないかとも思うんだけど……このままタダ飯食わせてるだけじゃ公爵家ここんちでもそのうち嫌がられるかもしれないしなぁ。ごくつぶしは俺一人で十分なのだ! いや、俺はちゃんと! ……一応働いてるから!(震え声)

 というわけで、

「やっぱ酒は後な? その代わりミヅキがいい仕事をしたらいつも飲んでるモノよりも高級な酒を進呈する! さらに量も二倍!」

「いい仕事……それはあれか? ぬしにいかがわしいサービスをしろとかそういう感じの」

「寝言はその無乳だけにしとけよ?」

「辛辣じゃの!?

 と、ミヅキを説得? してからメイドさんに声を掛け、案内されてやってきたのは、

「オースティアお姉様、いらっしゃいますでしょうか? あなたのハリスです。お姉さまに少しご相談したいことがございましてまかり越しました」

「あら、ハリスくん。部屋に来るなんて珍しいわね? 今日はどうしたのかしら?」

 フィオーラママこと、オースティア様のお部屋である! 流石さすがに外から「あーそーぼー」と声を掛けるわけにもいかないので、普通にご挨拶をして中に入れてもらう。相変わらずお美しい……。ちょっとゆったりとしたこの大人の雰囲気にとても癒やされる。でも公爵閣下(ガイウス様)の人妻(よめ)なんだよなぁ……。

「実はですね、今使われているせっけんやシャンプー……洗髪剤よりも即効性があり効果的な美容法があり」

「しっ!! 静かに。ハリス、そこではなく声が外に漏れないように部屋の奥まで入りなさい! そう、そこの扉もちゃんと閉めて……。あなた達! ……そうねクリスだけ残って他は出ていくように!」

「「「はい、奥様」」」

 えっ? 何? いきなりオースティア様が歴戦の将軍みたいになっちゃってるんだけど? もしかして今の俺の話の中に何か緊急連絡の符帳(合言葉)的なモノが含まれていたのだろうか?

「ハリス、早くそこに腰掛けなさい! そして迅速かつ丁寧に、分かりやすく先ほどの話の説明をしなさい!!

「イエスマム!」

 てことでオースティア様にギラギラした目でにらみつけられつつもミヅキの能力を説明。実はこいつ、こう見えて神様なんスよ。それでですね、少しの時間だけ体が鱗だらけになっちゃうんスけどその後は生まれたてのようなお肌に! ※あくまでも個人の感想です。

「……もしかしてブリューネ家のリリアナちゃんとマリア様の肌と髪が最近ツヤツヤプルプルモチモチサラサラなのは……」

「あ、はい、フィオーラ様が通われていたお二人のご病気の根幹的な治療のために……というかオースティアお姉様がリリアナ様やマリアお姉様を目にされたのは、決闘騒ぎの後のお食事会の時くらい、それも離れたところからチラッと視線を向けた程度ですよね? そこまで間近で見てもいないのにそれで気付くほどの」

「信じられない……他の女に何らかの変化があれば気付いて当たり前でしょう!? ハリス、いいかしら? 貴族家の女性はね、社交の場でシワ一本、シミ一つを見抜いて相手をあげつらうことによって、に自分が美しさに気を使っているか、そして己の美貌を維持するため、夫にどれだけのわがままを許されているのか、そしてその美貌のためにどれだけの愛情おかねを注がれているのかを競い合っているのよ?」

「お、おう……」

 何そのドロドロしたおっかない世界……。てか予想以上に食い気味でグイグイくるなこの人……。

「それなのに……それなのにあなた、他所の家の女にあれだけのことをしておいて、私にはそれを今までひた隠しにしていたというの?」

「いえ、別に隠していたわけでは」

「ハリス、いいかしら? 確かに今はくだんの侯爵家との間にあつれきはないわ。いいえ、なかったわ。でもあなたのその技が、仮にこの先もブリューネ家だけのために使われていたとしたら? そして、それを私が知ったのが、もしもあなたの口からではなくかんちょうの口からだったとしたら?」

 真剣な瞳で射すくめられゴクッとつばを飲み込む俺。

「その時は……コロシアイよ?」

 マジでおっかねぇなおい! えっ? 小遣いでも稼ぎながら少しくらいはお姉様方の好感度が上がればいいなーなんて軽い気持ちでいたのに、殺し合いにまで発展する大問題だったの!?

「ようやく表情が引き締まったわね? あなたにも事の重大さが少しは分かったかしら? それで、その蛇神様の秘術を受けるには一体どうすればいいのかしら? お金? 宝石? それとも人の命?」

「必要なものはございません! 特にイケニエは絶対にいらないであります! でもお小遣いが貰えたらうれしいであります! 施術は……普通に寝転んでリラックスしていていただければ大丈夫でありますっっ!」

「そう……なら早速お願いできるかしら?」

 いやいや、俺もちゃんと効果は見て──リリアナ嬢の脱皮の時に目の前で無理やり見せられて──知ってるけど、俺の話を聞いただけでいきなり本人が実践するの!?

「えっと、どなたかで試されたりしなくても大丈夫なのです?」

「ええ、話を持ってきたのがあなただもの。ハリスくんは私に不利益が出るような、そんなひどいことは絶対にしないでしょう?」

 さっきとは打って変わって完全に聖母の微笑ほほえみでそっと俺の頬をさわさわとでるオースティアお姉様……くすぐったくも気持ちのいい動きをする指、その手からは甘い香りが漂う。これは……是非ともお姉様のご期待にお答えしなければなるまい!

「蛇、失敗は許されない、気合を入れてやれ」

「おぬし……その女に洗脳されとりゃせんか……?」

 ふっ、そんなことあるはずがなかろうが。

 てことで俺は部屋を退出する。流石に人妻、それも公爵夫人のあられもない姿を見るわけにはいかないもんね? むしろ脱皮現場を二度も見たくない……。でもワンチャン色んなさきっぽが見られたかも? これが世に言うヤマアラシのジレンマか? お名残惜しや。

 ミヅキに確認すると「難しいことでもないからの! 半時間もあれば十分なのだ」とのことなので部屋を出て食堂に。

「あら? ハリス? ……あなた、今お母様の部屋から出てきたわよね?」

「そ、そそそ、そそ」

 向かおうとしたら奇遇にもお嬢様とばったりである。ビックリした……何でこんなところにフィオーラ嬢が……まぁお部屋はすぐそこだもんね? 騒がしくしてたら何事かと部屋から出てくるか。

 そして俺。あまり『そそそそ』言ってると日本の地方によってはエライことになる。なぜかは……自分の目で確かめてもらいたい。昔のゲームの攻略本か。

 お嬢様に隠しててもどうせ半時間後にはバレちゃうことだしなぁ。ミヅキがオースティア様に脱皮エステを行っていると正直に説明する。

「へぇー、ふーん、そうなのねぇ……わたくしがあれだけお願いしたにもかかわらずなく断ったハリスがねぇ……お母様には自分から売り込んだのねぇ?」

「いや、だって御主人様には全然必要ないじゃないで──」

「ハリス、いいかしら? 貴族家の女性は──」

 何このデジャヴュ……それ、少し前にまったく同じ話を聞いたとこだわー。

 なぜか廊下で正座させられて懇々とフィオーラ嬢に説教される俺。そこそこシュールな光景のハズなのに、こちらを見るメイドさんの視線が生暖かいのはなぜなんだぜ?

 …………

 …………

 …………

 ちょっと長くないですかね? 軽く意識飛ばしちゃってたんだけど?

「それでね」

「ハリスくん! ハリスくん!」

「あ、ほら! お呼びです、お姉様がお呼びです!」

「お母様よっ! まったくもう……」

 お邪魔しまーすとオースティア様の部屋に遠慮なく入っていく俺と、説教がまだ足りないのか不服顔のフィオーラ嬢。

 部屋の中に立っていたオースティア様はなんと! ……うん? どこか変わった……のかな? 何となく、屋内と屋外の差で見間違えた程度の違いでお肌の色が少しだけ明るくなった気がしないでもないけど……どうなんだろう? ほら、フィオーラ嬢も無反応……かと思えばオースティア様を見つめるその瞳がどんどん見開かれてゆく。

「お、お母様!? す、凄い……」

「ふふっ、そうでしょう? ツヤツヤのサラサラのプニプニのツルツルよ?」

「うう……ハリスに毎日用意してもらうお風呂のお湯と石鹸だけでもあれだけの効果があったので少々油断していましたが、これはもう……生まれ変わったと言っても……」

「そうね、過言ではないわね?」

 思いっきり過言だと思います! 本官にはビフォーアフターの違いがまったく分からないであります! でもこんな時は横から口出ししてはいけない。訳知り顔でうんうんとうなずいてるくらいでちょうどいいのだ。

 そしてツルツル……ツルツルだけとても気になります! ちょっとそのツルツルになった部分のモサモサがどこにいったのかだけでも教えてもらえませんかね?(ゲス顔)

「ハリス」

「はい?」

「次はわたくしよ?」

「いや、ですからお嬢様には別に」

「ハ  リ  ス」

「蛇! やれ!」

 うん、まぁそれでフィオーラ嬢のご機嫌が良くなるならいいんじゃないかな? 新陳代謝が上がるからなのか、施術だっぴの後で少しおなかが空くくらいで害や副作用はまったくないらしいしさ。

 …………

 …………

 …………

 なぜか翌日、公爵閣下からお褒めのお言葉とお小遣いを頂きました。なぜだろうか? このモヤモヤとした悔しい気持ちは? でもほら、予定どおりお金も貰えたしね? わーい、これでミヅキにいっぱい高いお酒を。

「ハリスっ!」

「ふあっ!? ……なんだ、コーネリウス様ですか……物陰から出てきていきなり腕をつかまないでください。少しでも殺気が混じってたりしたら冗談抜きで危険なんですからね? 全力で反撃しちゃいますからね? それでこんなところで待ち伏せとか喫緊の事態ですか?」

「そうなんだよ! 頼むよハリス、うちの妻にもオースティア母上に施した施術を! もちろん代金は言い値で払うからさ!」

 コーネリウス、お前もか! お前もツルツルが好きなのか!



 そんな嬉し恥ずかし──別に俺は嬉しくないんだけどさ──オースティアお姉様とフィオーラ嬢の脱皮……ではなくヘビヘビエステをしてから早くも一小月。

 簡単に言うと十日が経過したわけだな。

 それまでキーファー公爵家(一部地域を除く)より持ち出し厳禁、むしろ持ち出し厳罰打ち首獄門扱いだった石鹸やシャンプー&リンスが、オースティア様の手により少しずつではあるがキーファー公爵家と仲の良い王都内の貴族様、その奥様方やお嬢様方に流されることになった。

 北都でも使ってた油っ臭い石鹸も、なめらかな泥の洗髪剤もあるんだけどね? 俺が渡してるモノとは品質が全然違うからさ。

 人気商品の独占販売によって順調に王都内で大貴族の奥様としての地位を確立してゆくオースティア様。もちろん公爵家の中でもそのことは重要になってゆくわけで。

 でもほら、公爵家には一人というか二人ほど面倒臭い人達がいるじゃん? 具体的に言うと第二夫人とその息子ちゃん。

 特に第二夫人からすれば第三夫人であるオースティア様の屋敷での優位性が上がるのは面白かろうはずもなく。その原因が俺だということは調べるまでもなく分かりきったことなので、今まで以上に圧力をかけてきて非常に鬱陶しいのである。

 奴らからの細かい嫌がらせの説明は省くけど、勤め先からフェードアウトするアルバイト程度だった俺のストレスが、午前零時にパソコンに現れる検索画面に名前を打ち込んでやろうか? レベルのイライラにパワーアップしてるんだよね。

 でもそんなおにばばぁと馬鹿息子でも公爵家の身内だからなぁ……義理と人情をてんびんに乗せると義理に傾く貴族の世界。

 いや、そもそも俺はド平民のはずなのに、いつの間にか『子爵様』だもんなぁ……。

 うん? お前、子爵じゃなくて男爵じゃなかったかって? 決闘騒ぎに決着が付いたので、知らぬ間に預かっていた男爵位を返却したら一件落着のご褒美としてワンランクアップして返ってきたんだよ! 貴族の爵位ってそんな出世魚みたいなシステムじゃないよね? 公爵家としては手柄のあった人間に褒美を与えないのは他の貴族に示しがつかないってことで、子爵位も返還前提ではあるけど仕方なく受け取っちゃったんだ。

 もちろん爵位を頂けるということ、実家を追い出されるようなさんくさい子供のことを信用してくれることに関しては単純に嬉しいんだけどね? そんなモノ貰っちゃうと、それに対する義務とか責任も発生しちゃうじゃないですか? 普通の貴族様ならそんなことは気にもならないので万々歳なんだろうけどそこは元日本人、そして元勇者の俺にとってその二つは重すぎるんだよ。

 というわけで、

「あの……これまでのご褒美にって言うのもおこがましいのですが、ご迷惑でなければ、オースティアお姉様のその胸に……そっと抱きしめてはいただけないでしょうか? 俺、小さい頃に母に捨てられまして、母性あふれる方を見ると無性に甘えたくなり」

「ハリス、わたくしの調べによると、あなたの元母親はどちらかといえばスリムな体型のはずよ? お母様よりわたくしの方が胸の大きさは近いのではないかしら? つまり抱きしめるのは聖女であるわたくしにお願いするのが正当だと思うわよ?」

「チッ、いえ、そこまでは小さく……お嬢様、その振り上げた椅子を速やかに下ろしてください、それは頭に命中すると絶命するタイプの椅子です、完全に鈍器です。あとそっちで両手を広げているメルちゃん、鎧姿は凛々しくて大好きだけど板金に顔を押し付けても俺は何も嬉しくはないからその気遣いはいらないです」

 俺もストレス発散にちょっとくらいおっぱいに挟まりたいんや!

 むしろ何某なにがしかを挟みたいんや!!

 そして相変わらず胸のことになると手加減してくれないフィオーラ嬢とポンコツ具合に磨きがかかってきているメルちゃんである。お嬢の胸は本人が気にするほど小さくもな……ない……左手が震えてきたよ……すまない、俺、おっぱいにだけはうそはつけないや。別におっきいのが大好きとかではないんだけどね? だっておっぱいは全部好きなんだもん。たまたま今日は大きいおっぱいと触れ合いたい気分だっただけで。



 俺が第二夫人母子のイビリとおっぱい不足に耐えながらストレスフルな日々を過ごしている間に、あの茶番劇のような決闘の話が見物に来ていなかった貴族の間にまで広がるのは仕方のない話なわけで。

 暇を見つけてはミヅキと遊んだり、姫騎士様と遊んだり、メイドさん達のおやつを作ったり、マリアお姉様にご飯を作りに出掛けたりしてた俺に、面会やらお見合いやらの申し込みがちらほらと舞い込んでくるのも仕方のない話なわけで。

 俺、本来の仕事を全然してねぇな。いや、そもそも俺の本来の仕事って一体何なのだろうか? 我が事なのに今さらすぎる疑問である。

 てかどうしてここに来ていきなりの見合い話なのかって? ほら、本人の望む望まないに関係なく子爵家の当主様になっちゃったじゃないですか? 成人前なのに子爵様とか未婚の貴族令嬢からすれば超優良物件だからね?

 もちろん見合い話については全部断っている……というかフィオーラ嬢とヘルミーナ嬢とリリアナ嬢がタッグを組んで全てはじいている。そのことに文句はないんだけどね? なぜならお相手の八割くらいは年齢一桁だったから。マジふざけんな! せめて妙齢の御令嬢をよこせや! いや、二十五歳から三十歳で未婚の貴族令嬢なんているはずがないことは理解してるんだ……。

 そういえば王族で一人いるらしいけど、超えの王妹殿下が。でも性格がね? 話題が出るだけでコーネリウス様が顔をしかめるくらいのモンスターらしいので絶対に近付きたくはない。

 そもそも赤い王女様もだからこの世界では結構な行き遅れだったりするし。本人に聞かれたら今度は俺が第三王子のように、街中を引きずり回されそうな暴言である。

 そんなわけで、俺が会うかどうか確認されたのはお見合い相手(ようじょ)ではなく、面会の方のお相手である。ああ、面会ではなくお茶会、フィオーラ嬢やオースティアお姉様と一緒にお屋敷でご友人方とのお茶会に参加はしたけど、そっちはただの顔見せだったからノーカンで。

 その中に一人だけお嬢やおねぇちゃまや赤い王女様に勝るとも劣らない超美人さんが居たんだよなぁ……こう、中性的な、はかなげな森の妖精って感じの御令嬢が。もちろん昔(一度目の異世界で)一緒に旅をしてた森の妖精トロールじゃないからな! 儚げなトロール……脳裏に浮かんだのはムー○ンである。てか、ああいう小学校の登校時間前にやってた朝のアニメってノスタルジー感半端ないよな……もちろんCMはパル○ス!

 話がもの凄くズレてしまったので軌道修正、俺に対する面会の申し込みの件に戻る。

 俺は王都に自分から会いたい人間も会う必要のある人間もいないんだけどね? 貴族としての人脈の構築がしたいとかそんな野心的な気持ちは皆無だから。でもほら、俺にはなくても元ハリスくんには過去の人間関係があるじゃないですか? リリアナ嬢と同じようにその人達とも一度ちゃんと向き合っておいた方がいいかなぁ~なんてね? 早めに処理しとかないと後々さらに面倒な目に遭うかもしれないという。宝くじが当たったら身内が増えるのと同じだな! 完全にいらない爵位を貰った弊害である。

 てことで面会希望者から選んだのは無視できない三組の元知り合い。一日でまとめて順番にお庭でお茶会方式……に、したんだけどさ。

「お嬢様方、一体何をなさってるんですか? いや、マジで何してんの?」

「あら、ハリスは知らないのかしら? 貴族令嬢は他家に行儀見習いとして花嫁修業に出ることがあるのよ?」

「北都のお屋敷でも何名か拝見しておりますのでその習慣に関しては承知しておりますが、お嬢様から見てここは御実家ですよね?」

「ふふっ、私ももちろん花嫁修業だよ? ハリスちゃんのおさま、つまり私のお父様にもご了承をいただいてるからね?」

「えっ? 俺、いつの間にお義父さんができたの!? 初耳なんですけど!?

「ハリスにつくってもらったおようふくをみせにきたのです! このままいっしょにメイドさんごっこをするのです! ハリスはそそうしたメイドにバツというなのせいてきイタズラをするきぞくのやくなのです!」

「女の子らしい趣味のなさ気な姫騎士様がいきなり『かわいいメイドいしょうをつくってほしいのです!』とか言い出したからオカシイとは思ってたんですけどね? あと幼女とメイドさんごっこはインモラル臭が半端ないでのやりませんし、俺の役柄の内容が酷すぎませんかね?」

 それもうただのエロゲじゃねぇか!

 まぁ……あれだ、フィオーラ嬢、リリアナ嬢、そしてヘルミーナ嬢がメイドさんの格好でせいぞろいしちゃってるんだ。お前……もしも家にこんなメイドさんが三人もいたら……即日やぞ!? 何が即日なのかは秘密。いや、冷静になれ俺、一人色々といけない子が交じってる。でもちっちゃい子が背伸びして頑張ってる感があって他の二人より可愛いんだよなぁ。

 もちろんメイドさんの格好とはいってもミニスカメイドとかビクトリアンな制服ではなく、あくまでも公爵家で働いているメイドさんお仕着せの仕事着なんだけどね? 御主人様(俺)より高貴なオーラを醸し出しまくりのメイドさんとは一体。

 それでなくとも押し出しの強すぎる御令嬢が三名、自分のお部屋やお屋敷に帰ってもらおうとしても無駄だと判断したので、諦めてそのままお客を迎え入れることに。俺の投げやりが過ぎる。迎え入れるっていうかすでに公爵家の待合室で三組とも待ってるんだけどさ。

 まず最初にやってきたのは……ハリスくんの元家族である上の兄、剣の得意な方の兄だな。

 一応大貴族様の前に出ても恥ずかしくない騎士の正装なんだけど、ピッチピチなのは同僚からの借り物だからだろうか? 貧乏なポウム家にお高い服を買うお金なんてあるはずないもんね?

 Cさんに案内されて屋敷から庭に出てきた年頃の青年。近くまでやってきたので椅子から腰を上げて出迎えると、俺の前に膝をついて挨拶を始める。

「本日はお忙しい中、子爵様にお時間をいただき心より感謝いたします」

「ぶふっ……兄上、今日はあくまでも元家族として会っておりますのでそのような挨拶は不要ですよ? どうぞ、立ち上がってそちらの席に掛けてください」

 それでなくともパッツパツの衣装なのにかがんだことで体に食い込み、はち切れそうになりながらもに挨拶を始めるとか何のコントだよ!

 だから笑った俺は悪くない。連れてきたCさんが「旦那様、確かにその気持ちは分かりますが流石に笑うのは……」みたいな顔してるけれども。あと俺はあなたの旦那様ではないです。

「いえ、しかしそのような……」

 などと畏まってるけどこれは貴族的な礼儀なのでスルー。肩に手を置いてそのまま起立をうなが……

『ビリッ!』

「ぐふっ……」

 今のは完全にどこかが破れた音だよね? そして今吹き出したのは俺じゃなくてCさんだよね? なのにどうして真っ赤な顔でこちらを睨みつけてるのかな? あれか? もしかしてそのままスカートをまくってパンツを見せてくれる展開に……ならない? もちろん知ってるけどね? そしてそんな奇行に走りそうなメイドさんがこのお屋敷に何人か居ることも知っている。公爵家なのにどんなお屋敷なんだよ……。

 白いテーブルを挟んで席に着いたハリスくんの少し年の離れた上の兄、ヘクター氏にお茶を用意してくれたのは、もちろん先ほど笑いをこらえきれなかったCさん。メイド姿のお嬢様ズ? 彼女達はほら、そういった教育はされてないから俺の後ろ、少し離れたところで立ってるだけ。非常にやりづらいので全員マジ帰ってくれないだろうか?

 お茶を飲んで少し緊張がほぐれたのか、そちらに目を向けたヘクター氏が「さすが公爵様のお屋敷……メイドさんが居るだけでもスゲェのに、あんなれいな娘さんがいっぱい……マジスゲェ」とか語彙力のない言葉で小さくつぶやいていた。

 ちなみにヘクター氏であるが、仲間内で聞こえてきた王城での決闘の話題に出てきたハリスという名前と年齢を聞いて「もしかしたらそれ、うちの弟じゃね?」と思い、公爵家に問い合わせの手紙を出したらしい。

「ハリス、まさかとは思ったけど本当にハリスだったんだな! 久しぶり……と俺が手放しで喜んでもいいものなのか……最後に見た時の、あれほどの火傷やけど痕が綺麗に……いや、そういえばここはキーファー公爵様の、聖女様のお屋敷だったな。そうか、こちらのお屋敷で随分大切にしていただいているんだな」

「久しぶりで大丈夫ですよヘクター兄さん。ええ、色々とお世話になっております」

 目元に涙を浮かべて申し訳なさそうにしているヘクター氏。そして俺からは見えないがフィオーラ嬢がウンウンと頷いている。

「しばらく会わないうちに大きく……などと言うのもおこがましいな。あの時は本当にすまなかった! 俺がもう少ししっかりとしていれば、それで母を止めることができていれば……」

 涙目を通り越して号泣しながら何度もテーブルに頭をたたきつけて謝罪を続けるヘクター氏。

 フラットな精神状態でそれを見せられている彼に何の恨みもない俺、ただただドン引きである。いや、そんなこと言ってる場合じゃねぇな、このまま放っておいたら白いテーブルが彼の返り血で赤く染まっちゃう!

「ヘクター兄さん、止めてください! そしてとりあえず顔を上げてください! ほら、当時は俺もアレでしたからね? 何も気にしていないと言えば……嘘になりますが、少なくとも父さんのことも兄さんのことも恨んではいませんよ?」

 恨んでないどころか今まで気にも留めてなかったんだけど、余計なことは言わない。少しだけアンニュイな表情をしてそれを告げる俺。

「そうか……しかしお前にそう言われて、はいそうですかと納得できる話ではないからな! もしも何か俺で役に立てることがあれば、次こそは命を懸けて弟を守って……いや、そういえばハリスは決闘で上位探索者に勝利したんだったな。うう……情けない、剣一筋に生きてきたくせに、兄として弟にしてやれることなど俺には何もないのか……」

 大泣きからの回復、そしてまた号泣。この男、そこそこ情緒不安定である。てか計算高い下の兄がこういう態度を取ったとしたら何らかの裏があるとしか思えないんだけど、いい意味でも悪い意味でも裏表のない脳筋だからなぁこの人。

 いつまでもいかつい男に目の前で鼻水をたらしながら泣き続けられるのは絵面的に見られたもんじゃないので、昔のことは追いやって最近の彼の話題に変えてしまう。

 そろそろ兄と父の年齢的に父の跡を継いで役所で働いているのかな? と思ったんだけど……どうやら俺が家を追い出されてからしばらくしてヘクター氏も実家を出たらしく、今は王都の北にある騎士団の宿舎で一人暮らしをしているようだ。

「それは……そのようなわがまま、よく婚約者のユリナさんが許してくれましたね?」

「ははっ、もちろん『下級とはいえ貴族家の当主になると思っていたから婚約したのに!』ってさんざっぱらに罵られてから婚約を破棄されたぞ?」

「ああ、確かにそんな感じの、子供から見てもひと目で分かるくらいには性格のキツそうな人でしたもんね……」

「あれはあれで二人きりになると甘えん坊だったんだけどな?」

 兄の別れた婚約者の個人情報とかいらねぇよ……。

「それにしてもあの泥団子をニコニコしながらねる以外は何もしなかったハリスが、いつの間にか決闘をするような男気を持っていた、なおかつ王都で名の通った探索者に勝てるほどの剣術を身につけていた、それにその歳で子爵様とはな! ビックリしたと言えばいいのか嬉しいと言えばいいのか……俺もこのまま、うかうかとはしてられん、というよりぜひともその腕前を一手ご教授願いたいのだがな?」

「剣術と言われましてもねぇ、決闘の時は素手での殴り合いでしたから剣は一切抜いてないんですけどね?」

「えっ? そうなの!? 決闘といえば華麗な剣術で斬り結ぶって俺のイメージが……いや、それはそれで、見た目女の子みたいなお前が海千山千の探索者を殴り倒したとかおかしいだろ!?

「そんなことないのです! ハリスのけんじゅつはおうこくいちなのです!」

 姫騎士様? 男と稽古とか暑苦しいだけで特に楽しくなさそうだから流そうとしてるのに、余計な発言は控えて? てかあなたは今メイドさんなんだからいきなりしゃべっちゃ駄目でしょ?

「お、王国一とは随分大きくでたな! しかし。ハリスはあんな小さい子からも尊敬されているんだな? よきかなよきかな!」

 ほら、なにやら勘違いしたらしいヘクター氏が感慨深げにうんうんしてるじゃん。

「むぅ……ハリス、元おにいさんがしんようしてないのです! ここはいっとうのもとにきりふせて、かくのちがいをわからせるのです!」

「斬り伏せるとか物騒なメイドさんだな!?

 その後ものんびりと二人で話した後、ものが落ちたような顔をして帰っていった上の兄ことヘクター氏。火傷痕も治って昔よりも社交的になったし、何よりも元気そうにしている俺を見て安心したと我が事のように喜んでくれていた。

 ……喜んでいただいたところ大変申し訳ないが、適当に流すようになっただけで社交的な性格になんて一切なっていないんだけどね。


 続いてAさんに案内されてやってきたのは元実家の直接の寄り親でもある子爵様おや。簡単に言うとハリスくんの元婚約者である娘さんとそのお父さんだな。

 俺的には正直どう対応すればいいのか分からない相手筆頭みたいな人達なんだけど、お互いに婚約破棄っていう負い目があるからね? 婚約破棄されただけの俺の負い目? いや、婚約者が居るにもかかわらず侯爵令嬢のストーキングをしてたんだからさ、普通に悪いのはハリスくんでしょ……。

 無爵の兄とは違い貴族様、お相手も子爵様ではあるけど年齢的には俺が下なので頭を下げようとしたら、相手が先に頭を下げて親しげに俺の手を掴んでの挨拶からスタート。おっさんのボディタッチとかまったく嬉しくねぇ。てか連れてこられた娘さんがもの凄く居たたまれない顔になってて可哀かわいそうなんだけど。

「これはこれはハリス殿! 昔のよしみと思い連絡だけはさせていただきましたが、まさかこうしてお会いいただけるとは! 娘ともども感謝いたしますぞ!」

「いえ、こちらこそ過去に色々とございましたので、一度正式な謝罪をしておきたいと思っておりました」

「何を水臭いことを! 元々家族になろうと約束していた間柄、そのような気遣いなど無用ですぞ!」

 おっさんの『家族』という言葉で背後から真冬の北極の外気のような、張り詰めた空気感が漂ってきてるんだけど……。

「いやしかし、まさかあの幼子がこのような立派な美丈夫になるとは! そう、あれはハリス殿の三歳の誕生日、娘が頬を染めながら──」

 娘さんと並んで座ったと思えば、せきを切ったようにやたらと美辞麗句を並べて俺をたたえ、娘が俺を如何に愛していたかを朗々と語るおっさん。

 いや、三歳の頃の記憶とか、七五三でとせあめをぶらぶらさせてる写真を見たことがある以外はまったくないんだけど? それからの婚約中もお宅の娘さんと顔を合わせることも一切なかったし、今回がほぼ初対面だと思うんですけど?

 娘さんは娘さんでさっきからプルプルと小刻みに震えたままうつむいてるしさ。新種のスライムかよ……。

 一人で延々と話し続けるおっさんと緊張で今にも倒れてしまいそうな娘さん……娘さんが緊張してる原因? 俺の後ろから伝わる冷気プレッシャーから分かるだろ? そう、後ろ姿の俺ですら気付いている事柄なのである。なのにそちらに目を向けることができるはずの、俺の目の前に座るおっさんはどうして気付かないのかな? 確かにジロジロと他家のメイドさんを見るなんてぶしつけなことはしないだろうけどさ。でも今回だけは気付いて! おじさんの寄り親の寄り親のお嬢様がそこに交ざってるから! 他の御令嬢方と三人そろってスキルランク10クラスの威圧感をお隣に座る娘さんに向かって放ってるから!!

「こうして再び相まみえることができたのも何かの縁、よろしければまた昔のように娘の婚約者として」

「まったく、黙って聞いていればずうずうしくも長々とよく話が続く方ね?」

 うん、何となくそんな気はしてたけどまたまた後ろから、今度はフィオーラ嬢の声が掛かった。

「何だね? いきなりメイドが口を挟ん……で……も、もしかしてそちらにいらっしゃるのはリリアナ様では? そしてお隣にいらっしゃるのはフィオーラ様……?」

 いきなり話しかけてきたメイドに注意しようと俺の背後に立つ三人にやっと目を向けた子爵の気分を害した顔が一瞬にして凍りつく。流石に子爵様ともなれば、寄り親のお姫様や公爵家の聖女様のお顔くらいは分かるものらしい。

「あなたの娘さんとハリスの縁など婚約が破棄された時点で何もないのですよ? その程度のことは理解しているでしょう? そう、あなた方はハリスの元、遠い遠い過去の、元婚約者とその家族でしかないのですよ? そもそもあなた達、今さらになって何のお話があるのかしら? うちのハリスが北都で一人、苦労に苦労を重ねていた時には一切の連絡もさなかったくせに、わたくしのハリスが王都で少し目立った途端に連絡を寄越してくる。あなた達には恥というものがないのかしら?」

「そのうえ、言うに事欠いてハリスちゃんと復縁したいって言ったのよね? ふふふふっ、とっても面白い冗談を言うのね? なにがしさんはこの間のハリスちゃんの決闘のお話を聞いていないのかな? 我が身を省みず、愛するおねぇちゃまを横暴で粗野な第三王子からその手で奪い取ってくれたのよ? 愛する! 私の! ために! あんなに頑張ってくれたのよ? それがお宅の娘さんと復縁? そのようなことがあり得ると本気で思ってるのかな?」

 お嬢様方、そのくらいにして差し上げてください! 完全にオーバーキルです! 娘さんが冷や汗をかきすぎてそのまま溶けてなくなりそうです!

「い、いえ、あの、その、し、知らぬこととはいえ、た、大変なご無礼を」

「あら、別に構いませんわよ? 思っていることは最後まで伝えていただけませんと、こちらとしても対応ができませんものね?」

「い、いえ、あの、その、な、懐かしいお名前をお聞きしましたので、お邪魔させていただいただけでありまして、そ、そろそろおいとまさせていただこうかと」

「あらあら、もうお帰りですの? 積もる話もあるかもしれませんし、わたくしももう少しのんびりお話をしたかったのですが、ご用がおありでは仕方ありませんわね? では永遠にご機嫌よう」

 最後にはとてもいい笑顔でフィオーラ嬢が追い返してしまった。

「ハリス……おばさまふたりがとてもこわかったのです!」

 その意見には俺も賛同したいですけど巻き込むのは止めてください、死んでしまいます。


 二組目終了時点でもうお腹いっぱいなんだけど……最後に一番濃い連中、真打ち登場! みたいなのが残ってるんだよなぁ……。もちろんまったく嬉しい相手ではないんだけどね? そう、ハリスくんと一番関係が深くて現状では赤の他人の元実家、ポウム家からお母さんと下の兄である。

 案内してきたのは……例の公爵家一ヤベェメイドか……いや、口さえ開かなければあの人も雰囲気のある美人さんなんだけどね?

 しかしあれだ、上の兄や子爵家父娘に比べるとお母さんも下の兄も無駄に飾り立ててるな。上位の貴族家に訪れるのに分不相応な格好は褒められたものじゃないんだけどなぁ。そもそもそんなお金はないはずなんだけど……相変わらず無駄遣いしてるんだろうな。

 俺の顔を見るなり少し驚いた後、満面の笑みで取り繕う二人。うん、とても胡散臭い。

 てかハリスくんのお母さん、むっちゃ人相が変わっちゃってるんだけど? 昨日までストレートのロングヘアだったおかんが、学校から帰ってきたらくるくるパーマの短髪になってたような衝撃。いや、変わったのは髪型だけではなくそのお顔、人相もなんだけどね? なんなの? 大阪のおばちゃん目指してるの? ヒョウ柄でラメの入った服とかピッチピチの紫のスパッツとかむっちゃ似合いそうなんだけど。

 そして一緒に来たポウム準男爵家の次期当主。三兄弟の真ん中の兄。こちらもこちらで世間の荒波にまれすぎた雰囲気。記憶では一人だけ白い学生服を着てる進学校のメガネの生徒会長みたいなキリッとしたイメージだったんだけど。今は見る影もなく、最終電車に揺られる、仕事に疲れた中間管理職みたいになってるんだけど? この人まだ十九歳だよね? 二十一歳の上の兄より明らかに老けて見える。

 てか何なのこの人達? 「どうぞ」とも「おすわり」とも言ってないのに、ちゃんとした挨拶もなくいきなり椅子に腰掛けてるんだけど? ここ、公爵家のお屋敷だって分かってる? あんたらの目の前に居るのは絶縁した元息子、普通に考えるなら大手を振って会いに来れる相手じゃないんだよ?

 これはなんというか……いや、第一印象で愚痴ばっかり言ってても仕方ないよな。

 でもほら、俺の方からは特に話しかける言葉もないじゃん? そのうえで、公爵家に訪れた下級貴族としてなかなかに常識ハズレな行動に出られたら困惑して苦笑いするか、ぽかんと口を開けて黙ってるか愚痴るしかないじゃん?

 ほら、俺だけじゃなく案内のために一緒に来た、性的に常識のないメイドさんですらぜんとした顔で固まっちゃってるじゃん。あ、俺と目が合った途端に頬を染めてクネクネし出した。新手の妖怪かよ。

 ちゃんとした挨拶もなく、満面の胡散臭い笑みのままで話し出すおばさんと下の兄。

「ああハリス……こんなにも大きく立派になって……お母さん、とても嬉しいわ!」

「そうだな、お前の兄としても喜ばしいぞハリス!」

 ごくごく普通にこれまでお互いの間に何事もなかったかのように、都会で一人暮らししてる息子の家に田舎いなかから様子を見に来た感を出して話しかけてきたぞこいつら!? 上の兄みたいな謝罪をされるとまでは思ってなかったけど、まさかここまでハリスくんに対して悪びれることもなく接してくるとは思ってなかったわー……。

 甲高い声でまくし立てるように喋りまくるハリスくんの元お母さん──俺の感情的にはただただうるさいだけの他所のおばさんと、たまに合いの手を入れるように会話に加わるだけの自主性のない老けたにいちゃんの話は続く。

「そういえばあなた、公爵閣下に認めていただいて今では子爵位を頂いたのだとか? やっぱりあの時涙を飲んで教会にお預けして本当に良かったわ……」

 特に目が潤んでいたわけでもないのに、目元に人差し指を添えて涙を拭うふりをするおばさん。てか教会には預けたんじゃなくて捨てたんだよね? それもわざわざ帰ってこられない北都まで連れていってさ。

 フィオーラ嬢に引き取られた時の引き継ぎ書類の中に、何があっても今後一切ポウム家では責任を負いませんって念書があったぞ? それを見たお嬢の額にお姫様らしからぬ青筋が浮かんでたからよく覚えてるんだからな?

「ほんとにな、まさかその歳で子爵とは。お前の兄としても鼻が高いぞ?」

 上の兄と違い、この人は性格が変わったな。昔はもう少し人間味のあるいい兄ちゃんだったはずなんだけどな。何もできないハリスくんが将来困らないようにと計算とかそろばんとか教えてくれようとしてたしさ。もちろんハリスくんはそんな気遣いなんて無視して毎日泥団子を捏ねてたんだけどな!

 てか身内といえども、爵位が上の相手と話してるって自覚はないのかな? むしろこのにいちゃんはまだ家督も継いでないから、準男爵家の嫡子っていってもほぼ一般人なんだよ? 別にへりくだれとまでは言わないけど出会い頭からずっとこの調子はどうなのかと。

 王族に喧嘩を売った俺の言えたことじゃないけど、貴族としての常識がないとこの先苦労するよ? 地頭はいいはずなのにどうしてこんな非常識に育って……いや、育てられ方が悪かっただけなんだろうけどさ。別におかしなことではないんだよ? ただただ貴族家の当主らしい育てられ方をしただけなんだから。

 でもほら、吹けば飛ぶような準男爵家の当主がこれではちょっとねぇ?

 平民に毛が生えた程度の収入しかない下級貴族。どう取り繕っても滑稽にしか見えないんだよね。他人に笑われてしまうんだ。

 もちろんそれをこの人達に指摘するつもりはないんだけどね? 中の人がおっさんだなんて思ってないだろうし、「何様だ若造が!!」って俺が逆ギレされて終わりだもん。

 そんな、多少は気の毒だなーなどと思って、黙って話を聞いている俺に気を良くしたのか、長々と続くおばさんとにいちゃんの意味のない世間話。ハリスくんに対する態度にあきかえっている俺にとっては、顔を知ってるってだけで親しくもないご近所さん程度にしか思えないので、非常に退屈きわまりない。こんな態度を取られてるのに、リリアナ嬢が病気だという話を聞いた時みたいにハリスくんの心が跳ねるようなこともないからね? この体もこの人達には何の興味もないのだろう。

 でも放っておくとこのままどんどん無駄に時間を浪費してしまいそうなので……一ミクロンも興味なんてないけど、わざわざ訪ねてきた理由を質問する。

 まぁ謝罪に来たわけではないその態度を見てると金の無心以外の理由は見つからないんだけどさ。着飾って金の無心にやってくる、やはりどこか考え方がズレてるんだろうなぁ。

「それで本日は何か御用でしょうか? 確かそちらのいえからは私に対して絶縁状が出ていたと記憶しておりますが?」

 いいかげん疲れてきたので掛ける言葉はもちろんド直球。俺が『絶縁』と言ったところで流石に顔がこわる目の前の二人。

「そ、それはだな……いや、もちろんお前には申し訳ないことをしたと思っているんだ。しかしあの時の我が家の経済状況を考えると……な?」

 あまりの言い分に思わず鼻で笑ってしまう。『な?』って何だよ『な?』って。どうして当時十歳の子供だったハリスくんがそんなことを察しないとならねぇんだよ。てか困った顔で小首をかしげられても殺意しか湧かねぇよ。いや、無駄でしかないから殺意すら湧かないんだけどさ。

「いえ、別にこれといって(俺は他人だから)何とも思っていませんので、お気になさらず」

「そうか、家族のおもいに答えるその優しさ。流石その若さで教会で奉公に励み、キーファー公爵閣下に認められただけはあるな」

 教会での奉公? 特に仏前──じゃなく神前?──で手を合わせたこともないんだけどなぁ。ああ、聖女(フィオーラ)像を売りつけてたあれも一応奉公になるのか?

 てか公爵様、ガイウス様とはそんなに話したこともないんだよなぁ。見た目はインテリヤクザだけど話の合うご長男、コーネリウス様とは仲良くさせてもらってるけど。

 それよりもこの二人の褒め方が雑すぎるんだけど? なんていうかこう、本人達は褒めてるつもりなんだろうけど、言葉の端々に俺を小馬鹿にした態度が見え隠れしてるっていうかさ。

 さっき話した元婚約者父娘、父親の方はそのへんむっちゃうまかったぞ?

 そしてこっちから話振ってやってるんだからさっさと本題に入ってもらえる? もちろん聞いたところでその想いに答えようなどとはこれっぽっちも思ってないけどね?

「それで……だな」

「ロイスさん、そこから先は貴族家当主の話すことではありません、母がお話しします」

 当主はまだ父ちゃんじゃねぇの? と、思ったけど話がさらに長くなるだけなので余計なことは言わない。あと当主の代わりに母親が話すとかそっちの方がオカシイことだと気付け。

「ハリス、めでたいことにこのたびポウム家の当主であるロイスに子供が生まれることになったのですよ」

「それはそれは、おめでとうございます?」

「でも……お前も知ってのとおりポウム家はそれほど余裕のある貴族家ではありません。ロイスの嫁の輿こしれや他の貴族との付き合いなどで借銭は増えるばかり……」

 それほどどころではなく普通に貧乏だったからね? てか俺の火傷の治療費的なアレで借金は一度完済したはずなのに普段から懲りずに借金を繰り返してるからいざって時に困るんだろ。

 いや、むしろ小金が入っちゃったもんだから無駄なぜいたくを覚えたのかもしれないな。なんにしても自業自得だよね?

「ですのでお前にも分家として本家の当主を、兄を支えてあげてほしいのよ」

 分家? 分家ってなんぞ? そもそも本家より位が高い分家はもう本家なのではないだろうか?

 そしてその話を聞いて『なるほど! それはごもっとも!』って膝を叩いて俺が納得するとでも思ったんだろうか?

「ああ、なるほど、予想どおり金の話ですか。まぁわざわざ遠く離れた下級貴族街の片隅から大貴族街のお屋敷までおいでいただいたのです、駄賃に、いや、手切れ金に一度くらいは出して差し上げてもよいですが。それでそちらの世間体的には貸してほしいのですか? それとも恵んでほしいのですか?」

 俺だって鬼じゃないからね? 口にしたように一度だけなら手切れ金、二度と顔を見せないでねーって意味で小銭を渡してやることもやぶさかではない。

 うん、俺、むっちゃ優しい!

 ……ハズなのに顔を真っ赤にしたおばさんに罵られてるのはどうしてなんだぜ?

「あ、あなた、先ほどから黙って聞いていれば、家族に向かって何ですかその口の聞き方は!?

 黙ってた? むしろあなたがほとんど一人で喋ってたと思うんだけど……。

「むしろおばさん、仮にも子爵家の当主様に向かって何ですかその口の聞き方は? てか絶縁状を出したのはそちらからでしょう? その時点で家族ではありませんよ?」

「あ、あ、あ、あなたはお腹を痛めて産んであげた母親に向かってなんという……。やはり教会に入れたくらいでは怠け者の腐った性根は変わらないようですね!!

 口から泡を飛ばしながらギャンギャンとまくし立てる血圧の高そうなおばさん。そんな興奮してると頭の血管が切れて倒れるぞ?

 育ててもらった恩なら治療費として貰った金貨一千枚で十分以上に返してると思うんだけどなぁ。

 呆れ混じりのため息をつく俺が何も言い返さないのをいいことに、止まることなく続くおばさんといつの間にか参加しているにいちゃんによるぞうごん

 いや、もうホントに何しに来たんだよこいつら。金なら用意してやるって言ってるんだから素直にそれを受け取って帰れば『得したな!』で済む話なのにさ。てかこの世界に来てすぐにハリスくんの記憶を辿たどった時、捨てた親の顔にコインを投げつけてやる! って思ったことがあったよなぁ。

 まったく、下級貴族が無駄なプライドとか過去の栄光に引きずられてもろくなことにはならないぞ? ポウム家にそんなものがあったとも思えないけど。

 そして、二度目になるけど、ここがどこなのか分かってるのかな? 公爵邸だよ? もしかしてそこらの飲み屋だとでも思ってるの?

 俺だけだったらめんどくせぇなーと思いながら聞き流してられるけど、俺の後ろには怖いお姉さん(幼女含む)が三人も控えてるんだぞ?

「ハリス、黙って聞いておりましたけど、聞くに堪えない下品な女の態度にそろそろ限界なので口を挟んでもいいかしら?」

「だ、誰が下品な女ですか!? メイド風情が勝手に口を挟むとは公爵家の教育はどうなっているのです!」

 そう言って俺の隣まで歩み出て……あ、そのまま膝の上に座るんだ? 確かにずっと立ちっぱなしだと疲れるもんね? その行動を見たおばさん、普通に混乱する。一応子爵様だって聞いている俺の膝の上にメイドさん(幼女)が腰を下ろすとか意味が分からないもんね?

 いや、それよりも姫騎士様、いつものちょっと甘ったるいような、愛らしい舌っ足らずな喋り方はどうしたのかな?

「あなた方とは二度と会うことはないでしょうが一応自己紹介をしておきましょう。私の名前はヘルミーナ・コーネリウス・プリメル・キーファー。キーファー公ガイウスの嫡孫でありハリスの婚約者です」

「はぁっ!? こ、公爵家のお孫さんがハリスの婚約者ですって!? ……いえ、そもそもおかしいではないですか! どうして公爵家の御令嬢がそんなメイドのような格好など、格好……」

 いや、ヘルミーナ様、自己紹介におかしなところが二点ほど! まずご嫡孫は弟君ではないでしょうか? そしてさも当たり前のように婚約者とおっしゃいましたが。まったくそのような事実は……、

「ちゃんとやくそくしたのですよ?」

 可愛く俺の胸元に頭ぐりぐりしてきてるけどもう、騙されないからな! 姫騎士様は普通に喋れる! ハリス覚えた!

 そして、ヘルミーナ嬢を問い詰めようと口を開いたまま固まっていたおばさん。

「……もしやそちらにいらっしゃるのはブリューネ家のリリアナ様ではございませんでしょうか? そしてお隣は聖女様……」

 俺の後ろにいた二人が誰なのかにやっと気付いたようだ。遅い、遅すぎるよおばさん!

「あら? どこかでお会いしたことがございましたかしら?」

 こちらも、いつもとは違う声質と話し方になったリリアナ嬢が俺の隣まで歩み出てきて左側に、

「まったく、人の屋敷で散々に騒ぎ立ててくださるとはなかなかお元気な方ですのね?」

 いつもどおりっぽいけど怒気をビンビンに発しているフィオーラ嬢が右側に腰掛ける。ちょくちょくこの囲い込むフォーメーションを取られるんだけど……とりあえず全員で俺を包囲するのは止めて?

 リリアナ嬢がこちらに向かって優しく微笑んだ後、顔を前に向けると笑顔が真顔に変わり、その美しい瞳をスッと細める。

「あらためて自己紹介をさせていただきますわね? ええ、ヘルミーナちゃんと同じようにそちら様とは二度と、そう、二度とお会いすることはございませんが、私はリリアナ・マルケス・セルメル・ブリューネ。ブリューネ侯爵家の人間でハリスちゃんの婚約者です。あなたは確か……ブリューネ家の遠い遠い遠い寄り子の……某とかおっしゃる方でしたかしら?」

「は、はい、侯爵家でのパーティーで何度かそのご尊顔を拝見しておりますので、よく存じております! 私は」

「あら、聞こえていなかったのかしら? 二度とお会いすることはありませんのであなたの名前など不要ですよ? へぇ……あなた、私の顔を知っていたのですね? そう、私の顔を知っていて、そのうえで他所様の、公爵家での無礼な行動の数々……あなた達、もしかしてブリューネ侯爵家に何か思うところでもおありなのかしら?」

「はっ、いえ! そ、そのようなことは決して……」

「ないはずないでしょう? 繰り返しますがこちらは他所様のお屋敷、キーファー公爵閣下のお屋敷ですよ? そこであれだけの罵詈雑言、ブリューネ家とキーファー家の間にいさかいを起こしたい以外にどのような理由があるのでしょうか? そもそもあなた、ご自身の身分などは理解してらっしゃいますの? 記憶しておりますところですと確か準男爵……いえ、まだ家督も継いでいらっしゃらないはずなので当主でもありませんわよね? それが子爵家当主であるハリスちゃんに向かってその態度、一体何様なのです?」

「それは、その、弟だということでつい……」

「弟? 先ほど言っていたようにハリスちゃんとは数年前に絶縁しているわよね? ちゃんとした証書まであるそうではありませんか? あなた達……絶縁というものを軽く考えすぎではないですか? ああ、もしかしてハリスちゃんと絶縁というだけでは足りなかったということでしょうか?」

「そのようなことは決して! こ、今後このようなことは二度と……」

「本当にお馬鹿な人なのね? そう、もう『二度と』このようなことはさせませんよ? 帰りましたら早速父と相談いたしまして、ブリューネ家の派閥にかいじょうを回しポウム家を追放、うちの派閥貴族全家に絶縁するように伝えておきますわね?」

「お、お待ちください! そのような、そのようなことは」

「もちろんキーファー家でも同じ廻状を出させていただきます。さて、これ以上のお話は不要と思われますので速やかにお引き取りを」

 いつもはおっとりと話すリリアナ嬢が少し早口でいっぱい喋ったよ……。いや、それよりもヘルミーナ嬢が、あの愛らしかった俺の姫騎士様が……。

 パンパンと手を叩くフィオーラ嬢。そして即座に集まる衛兵さん達。顔色が土気色になり、魂が抜けたようにうなだれたおばさんとにいちゃんが衛兵さんに肩を抱えられて、屋敷から放り出されてゆく。最後まで迷惑な人達だったな。

「あっ!!

「どうかされましたか、お嬢様?」

わたくしだけちゃんと婚約者だと名乗っておりません!!

 全員婚約者ではございませんし、そのような必要はないので大丈夫です。

 うん、まぁ最後までお嬢様はお嬢様だったってことで……。

 そしてこの日のお屋敷での騒ぎのことで、また鬼婆ぁに延々といびられる俺だった……。