
とある初夏の夜。
長袖を着るには少し暑いけれど、半袖を着ると少し肌寒い、体調管理の難しい日が続く中、俺、
ここのところ小説の評判がすこぶる良い。おそらくランキングの一位を取ったことによって、俺の作品がサイトの目に付く場所に表示されることが多くなったおかげだろうが、嬉しいと思う反面、更新をしなければならないという強迫観念もすごい。
なぜか官能小説サイトに詳しい
だから一日とて俺に休みは許されない。書いて書いて書きまくるしかないのだ。
ということで今日も夜遅くまで自室で執筆活動に
「おにい……起きてる?」
そんな声とともにドアが開き、そこには我が妹、
小さなウサちゃんのイラストが無数に描かれたパジャマを身に着けており、頭にはサンタクロースみたいな睡眠キャップをかぶっている。
ってか、睡眠キャップかぶって眠る
「どうかしたのか? こんな夜遅くに?」
「さっきおばけの映画見たから、今日はおにいの部屋で寝る……」
そう言うと深雪は眠いのか
深雪は昔から心霊系が大の苦手なのだ。そのくせに頻繁にそんな番組や映画を
が、俺の答えは決まっている。
「はあ? それはお前の責任だろ。もう高校生なんだから一人で寝ろ」
なんというかここで深雪に部屋に居座られるのは面倒だ。なにせ俺は今日の更新をまだ終えていないのだ。二位の作品が迫ってきている中、ここでサボってしまったら一気に追い抜かれてしまいかねない。
が、深雪は「ねぇ、お願い……いいでしょ? こんなに可愛い妹が無料で添い寝してくれるんだよ?」とあくまで居座るつもりらしい。
ふん、そんな甘い言葉で実の兄が惑わされるとでも思っているのか? このバカな妹は。
残念だな深雪。妹属性が通用するのは創作の世界だけだ。
リアルの妹なんて、当たり前だが恋愛の対象になんてならないし、兄というものは妹をそんな目で見ることは絶対にないっ!!
あ、あれ? なんか身近にそんな兄がいたような気がしないでもないけど……き、気のせいだ……。
とにかくそんな誘惑に乗るつもりはない。
「ダメだな。俺はこれから課題を終わらせなきゃいけないんだ。気が散る」
「え? 課題ぐらい私が解いてあげるよ。どの科目?」
と、深雪に言われて俺は思い出す。
そ、そうだった……この子めちゃくちゃ勉強できるんだったわ……。
深雪は金衛家の希望の星だったことを思い出す。
深雪は小学生のときからとにかく学校の成績が天才的に優れていて、前回の模試でも全国トップレベルの成績を
深雪にとっては一学年上の授業内容など、おちゃのこさいさいだ。
「ほ、ほら、課題ってのは自分でやらないと身につかないだろ? だから俺は自力で頑張りたい」
「先週、一〇〇〇円で私に課題やらせてたおにいが、そんなこと言っても説得力がないけど?」
「そ、それは……」
あ、ダメだ。完全に論破されている……。
「おにい今日だけだからお願い。それにたーくんもおにいと寝たいって言ってるよ?」
そう言うと胸に抱えた枕代わりのウサギのぬいぐるみの手を掴むと「たーくんも竜太郎お兄ちゃんと一緒に寝たいっ!!」たーくん(CV金衛深雪)が俺にせがんでくる。
「んな子ども
「ねえお願い」
「ダメだな。そんなに怖いなら
そう言って俺はわざとらしくスマホを操作して相手にしてない感を出していると、深雪がたーくんを抱きかかえたまま俺のもとへと歩み寄ってきた。
「一緒に寝ろってのが聞こえなかったのか? 殺すぞ」
「…………はい……寝ます」
こっわ……。
ということでドスの利いた深雪ちゃんの声によって、今夜深雪さんに俺の部屋でお眠りいただくことが決まった。
俺の二つ返事に深雪は満足したようで「わぁ~たーくん良かったね。今日は久しぶりに竜太郎お兄ちゃんと一緒に眠れるね」とたーくんと二人で喜びあった。
「…………」
面倒なことになった……。とても面倒なことになった……。
何食わぬ顔で俺の布団にたーくんと潜り込む深雪を眺めながら、頭を抱える。
さすがにここでパソコンを開いて官能小説を執筆する勇気はないし、かといってこの大事な時期に連載を休むのも怖い。
しょうがない……スマホで執筆するか……。
ということで、少し書きづらくはあるがスマホでメモ帳アプリを開くと、渋々、小説を執筆していく。
が、それも
「おにいも布団に入って」
と、深雪ちゃんはぺろりと布団を開くとマットレスをぽんぽんと叩いた。
「いや俺はまだ寝ないぞ。やることあるし」
「おにいもそばで寝て」
「いや、なんでお前と添い寝しなきゃなんない。俺は床で寝るし」
「そ、それだと夜中におばけに足引っ張られたときに、おにいのこと巻き添えにできないじゃん……」
「俺のことを巻き添えにするな。おばけの世界には一人で行け」
「おにい、早く来てってば」
と、
どうやら添い寝する以外に選択肢はないらしい。
面倒くせぇ……。
が、ここでまた拒否するとドスの利いた声で脅されるのは目に見えているので、添い寝するしかない。
俺は「はぁ……」とため息を一つベッドにもぐりこんだ。
まあこいつに背中を向けながらこっそり執筆するしかねえか……。
幸いなことに図書室で執筆をするようになってから、スマホには
ということで深雪に背中を向けると再びメモ帳を開いて執筆を始めた。
幸いなことに深雪もそばで寝転んでさえいれば文句はないようで、何も言ってこなかった。
ということで背後からの視線を気にしつつもポチポチ入力していると、Tシャツの背中の部分を深雪がぎゅっと掴んできた。
どうやら本気で、俺をおばけの世界に道連れにするつもりらしい。
なんだかんだ言って可愛いやつだなぁ……。
なんて不覚にも深雪のそんな行動にほっこりしていると、ふと背後から吐息が聞こえてきた。
「んんっ……」
え? なに今の吐息……。
その深雪ちゃんらしからぬ色っぽい吐息に、思わず執筆の手が止まる。
あと、吐息と同時に俺のTシャツを掴む手に力が入った気がするんだけど……。
「み、深雪ちゃん?」
と、彼女に背を向けたまま声をかけてみる。
「んんっ……」
吐息で返事をされた。
「…………」
なんだろう……すごく嫌な予感がするんだけど……。
そのあまりにもいつもと様子の違う妹の姿に動揺しつつも、とりあえず聞かなかったことにした。
胸がざわつくのを抑えながらなんとか平常心を保ちながら、再びスマホでポチポチしていた俺だったが──。
「は、ハルカちゃん、そんなところに
OH……NO……。
今、ハルカちゃんって言ったよね……。奇遇なんだけど、俺の書いている官能小説のヒロインの名前もハルカちゃんっていうんだよね……。
俺はふとスマホのカメラアプリを起動してみた。そして、右上の切り替えボタンをタップしてインカムに切り替えると、そこには陰キャ官能小説家のご尊顔が表示される。
うぅ……相変わらずひどい顔だな……。
と、数秒間、自己嫌悪に陥ってからスマホを天井へと向けて少し上げてみる。すると、画面には俺の背中をぎゅっと掴む我が妹の姿が写し出された。
「…………」
我が妹は何やら頬を真っ赤にしながら自分のスマホを眺めている。彼女はなにやら下唇を人差し指で
この目……完全に官能小説をキメてる人間の目だ……。
深雪ちゃん止めて……そんなどこぞの変態淑女の女の子みたいな顔でスマホを見つめないで。
深雪ちゃんは金衛家の希望の星なんだよ?

せめてお兄ちゃんの前では健気な女子高校生でいて……。
カメラ越しに妹の変わり果てた姿を見つめながら俺は確信した。
どうやら深雪は俺の官能小説を読んでいる……。
え? 地獄? ここは地獄ですか?
兄の背中にしがみつきながら官能小説を読む妹と、妹にしがみつかれながらその官能小説の最新話を執筆する兄。
地獄絵図じゃねえかよ……。
もちろん健気で可愛い妹を官能小説
あの変態女以外にありえない。
そういえばあの変態女、前にいつかは深雪にも読ませたいとかなんとか言ってたよな……。
あぁ……すべてが符合しやがる。これはもうあの変態女の仕業に違いない。
俺はメッセージアプリを開いた。
ここは先輩として暴走する鈴音ちゃんにガツンと注意しておかなければ……。
ということで鈴音ちゃんに電話をするためにベッドから出ようとしたのだが。
「お、おにいどこ行くの?」
俺のTシャツを掴んだ深雪がスマホから顔をあげる。
「ちょっと電話だよ。
とりあえず翔太の名前を使って部屋を抜け出そうとしたのだが、深雪は俺のTシャツから手を離してくれない。
「わ、私おばけが怖いからおにいの部屋に来たのに、意味ないじゃん……」
「五分ぐらいで戻ってくるから心配するな」
「だ、だめだよ。おばけって一人になったときに襲ってくるんだよ……」
「大丈夫だよ。ほら、それにたーくんもいるし」
「え? たーくんはただのぬいぐるみだけど」
と、突然のマジレスである。
さっきたーくんもおにいと一緒に寝たいとか言ってたくせに
とにかく深雪は俺の退出を許してくれないようで、立ち上がろうとした俺の背中を強引に引っ張ってベッドへと引き戻した。
「おにい……おにいもこれ読んでみる?」
そして地獄の幕開けである。
「おやおや深雪ちゃんったら何をおっしゃっているのですか?」
「あのね……鈴音ちゃんに教えてもらった作品なんだけど、凄く面白いんだよ」
「そ、そっか……」
ごめんな。俺、その作品のこと深雪ちゃんよりよく知ってるんだよ……。
だって俺、作者だし。
「私もハルカちゃんみたいにあんな風にかっこよく跨ってみたいな。ぺちぺち
跨って鞭で叩く?
……ああ、第五二話のことか……。酔っぱらったハルカが女王様モードに入って
ってか深雪のやつ。もうそんな最新の話まで……。
「ハルカちゃんの調教シーンもいいよね?」
目をキラキラさせながら面白さを俺に伝えてくる深雪。
あ、これは鈴音ちゃんが俺に作品の感想を伝えてくれるときの目だ。
なんだろう……俺の作品に夢中になってくれているという作者としての喜びと、それを読んでいるのが実妹だという絶望で、感情がおかしくなっちゃいそう……。
「み、深雪ちゃん……おにいはそんな感想聞きとうない」
「え? あ、ごめんね。これから読むのにネタバレしちゃつまんないよね」
「いや、そういうことじゃなくて……」
ネタバレも何も書いてるの俺だから……。
「そっか。おにいそんなに興味があるんだ。ちょっと待ってて。じゃあ一話に戻すから一緒に読もうよ」
そう言って深雪はスマホをタップして何かを操作すると、何やら俺へと体を寄せてきた。
え? なにこの地獄……。俺、今から実妹と一緒に官能小説読まされるの?
俺、そんなことしたら罪悪感で死んじゃいそうだけど?
妹なんかと一緒に官能小説読んで変態トロフィーなんて出た日には、一生深雪と顔も会わせられないけど?
「み、深雪……おにい、今日は眠いからそろそろ寝ようかな……」
と、俺は深雪に背中を向けて睡眠の姿勢に入る。
「お、おにい、なんか私のこと……避けてる?」
背後からそんな寂しそうな深雪の声が聞こえてくる。
「いや、別にそんなことないっす……」
「おにい……私はおにいのこと好きだよ。普段は恥ずかしくてちょっと素っ気ない感じにしてるけど、ホントはおにいともっと仲良くしたいと思ってるんだよ。鈴音ちゃんとも仲良くなってくれて嬉しいし……」
と、寂しげに俺の背中を指で
「ちっちゃいときは私と一緒に遊んでくれたのに……」
「…………」
「私、幼いころみたいに、おにいともっと仲良しでいたいなぁ……」
か、可愛い……。
そうだよ……。幼い頃の深雪はお兄ちゃんっ子だった。将来はおにいのお嫁さんになるって言っていたぐらい俺を慕ってくれていたじゃねえか。
そういえば最近は深雪に全然かまってやってなかったもんな。深雪は全然平気そうな顔をしてたけど、本当は少し寂しい思いをさせていたんだな……。
そんな可愛い妹が昔を思い出して一緒にご本を読もうって言ってくれているのだ。
そんな妹からのお願いを断る理由なんてないよな?
「み、深雪……」
俺は体を反転させて真横で寝そべる妹の顔を見た。
「おにい……私と一緒にご本読も?」
と、あの頃と同じキラキラした瞳で俺にそんなおねだりしてくる深雪。
そんなキラキラの瞳を眺めながら俺は思った。
やっぱり無理だわ……。
いや、一瞬可愛い妹のためなら一緒に読むのもありかなって思ったよ?
けどさ……官能小説は違うじゃん……。
しかも深雪は知らないだろうけど、そのハルカちゃんって女の子、お前の大親友がモデルだぞ?
兄妹二人で親友兄妹の
「ごめん……さすがに無理だわ」
と、俺は素直に自分の気持ちを口にした。
そんな俺に深雪は少し寂しそうにしばらくうつむいていた。
が、不意に顔を上げると、
「一緒に読めって言ってんのが聞こえなかったのか? 海に沈めるぞ」
と屈託のない笑顔で俺の胸ぐらを掴んできた。
あ、そういえば俺……いつから自分に拒否権があるって勘違いしてたんだろう。
「…………はい……」
ということで、拒否権のなかった俺は深雪さまのそばにうつぶせに寝そべって、彼女の持つスマホへと視線を向けた。
終わったわ……妹と一緒に自分の書いた官能小説を読むとかどんな拷問だよ……。
が、そんな俺の絶望などつゆ知らず、深雪は相変わらずの笑顔で「じゃあ開くね」とスマホをタップした。
そして……。
そこに表示されたのは俺の書いた官能小説……ではなかった。
「ん?」
なぜかそこに表示されていたのは馬に跨る知らない美少女のイラストだった。
「なにこれ……」
「な、なにって……鈴音ちゃんに教えてもらった漫画だけど……」
「もしかしてハルカちゃんって──」
「この子がハルカちゃんだよ。女の子の騎手さんで可愛くてかっこいいんだよ」
「なるほど……」
どうやらそれはWEB漫画のようで、馬に跨るジョッキーの女の子のイラストとその上に漫画のタイトルが書かれている。
跨るハルカちゃんに鞭をぺんぺんするハルカちゃん……。
あぁ~俺って自分で思っていたよりも全然変態だったんだな……。
そんなイラストを眺めながら俺が思ったこと。
鈴音さん、勘違いしてすみませんでした……。
その夜、俺と深雪は朝までハルカちゃんの雄姿に魅了され続けることとなった。