エピローグ



 俺とすずちゃんを取り巻く巨大な嵐はようやく去った。

 俺の書いた官能小説のせいで大幅に性癖をゆがめることとなったしようだったが、俺の全編改稿した新生『親友の妹をNTR』と鈴音ちゃんの踏み踏みプレイのおかげで翔太の性癖は無害化した。

 これですべて解決っ!!

 もう鈴音ちゃんは翔太から束縛されることもない。

 そう思っていた。

 少なくとも月曜日の朝を迎えるまでは。

 確かに翔太は鈴音ちゃんを束縛することはなくなった。

 が、急激な性癖転換は翔太の体に思わぬ副作用を及ぼすこととなった……。

 月曜日の朝、毎週のように今日からの一週間を憂いながら家を出た俺は、いつもの待ち合わせ場所で翔太の姿を見つけた……のだが、

 翔太の姿を見つけた俺は我が目を疑った。

 そこに立っていたのは確かに俺の親友、づき翔太だった。

 が、何かが違う……一見、いつも通りの翔太なのだが何かが違う。

 まずはその気持ち悪いほどのさわやかな笑顔と白い歯。そして、背筋をピンと伸ばしてけなに俺に手を振る仕草。だが一番の違いはその髪型だった。

 翔太は丸坊主になっていた。

 彼は白い歯を俺に見せたまま、こちらへと歩いてくる。

 なんか怖いんだけど……。

 翔太は俺の前までやってくると「やあ、りゆうろう、おはようっ!!」と、これまた気持ち悪いほどにさわやかな笑顔で俺に挨拶をした。

「お、おう……おはよう……」

「今日は健やかな天気だね。だけど、夕方には通り雨があるらしいから、折り畳み傘を持っておいたほうがいいみたいだよっ!!

 そんな親友の姿に俺はいてもたってもいられなくなった。

 翔太の肩をつかむと彼の体を激しく揺さぶる。

「おい翔太どうしたっ!? 何か悩みでもあるのか? あるなら俺で良ければなんでも話してくれ」

 いや、薄々俺のせいな気はしているよ?

 だけど、少なくとも俺の官能小説の内容は、翔太をこんなにもさわやかな少年にするような内容ではなかったはずじゃん。

 むしろ逆じゃん。

 心配する俺に翔太は相変わらずの笑顔で口を開いた。

「悩みがあるかだって? むしろその逆だよ。今の僕の心は晴れやかさ。それに僕の心を晴れやかにしてくれたのは鈴音と竜太郎じゃないかっ!! その節はどうもありがとう」

 そう言って深々と頭を下げる翔太を見て俺は確信する。

 あ、やばい……こいつ悟りを開いている……。

 翔太は、昨日自らの性癖を暴露された上に、俺の前で実の妹に踏まれるという醜態をさらした。

 おそらくその結果、翔太の心の中にくすぶっていた感情は全て解放されたのだ。そして、なんだかんだあって、こうなったらしい……。

「翔太……なんかすまん……」

 と、晴れやかな翔太とは裏腹に、大切な親友の人格を変えてしまったことに対する申し訳なさがすごい。が、そんな俺の後悔とは裏腹に翔太の笑顔は晴れやかなままだ。

「せ、先輩っ……そ、それにお兄ちゃんも……」

 と、背後から声がしたので俺は振り返った。そこにはこちらに向かって手を振りながら駆けてくる美少女の姿。

 鈴音ちゃんだ。

 学園のアイドルにして学園一の淑女である彼女は今日も、この快晴の空よりもさわやかな笑みを浮かべていた。

 俺たちのもとへとやってきた彼女は俺を見やると「先輩、おはようございます」と俺に頭を下げる。

 俺は彼女が頭を上げたところで彼女の腕を掴むと、彼女を引っ張って翔太から距離を取るように近くの桜の木の陰へと向かう。彼女は引っ張られながら「せ、先輩……今日は何だか強引なんですね……」とほおを赤らめた。

「お、おい……あいつは誰だよ。俺、あんな男知らないんだけど……」

 確かに翔太の心が入れ替わったことを期待して今日ここにやってきた。

 だけど俺が望んでいたのは鈴音ちゃんを束縛するようになる前の翔太だ。俺のどんな記憶の中にもあんな仏みたいな翔太はいない。

 泣きそうになりながら翔太を指さすと鈴音ちゃんは首をかしげた。

「だ、誰って……お兄ちゃんですけど……」

「見た目は確かに俺のよく知る親友に似ている。けど、なんか違うんだよ……なんか、世界で一番高尚なお坊さんみたいになってるんだよ……」

「あ、あぁ……実は昨日からずっとああなんです。昨晩なんて遅くまで写経してましたよ……」

 OH……NO……。

「本当に大丈夫なのかよ?」

「私だってわかんないです……。ですがママが言うには、お兄ちゃんは大人の階段を上っている最中だそうです。温かく見守ってあげてほしいそうです」

 大人の階段というよりは悟りの階段上っちゃってるけど……。

 相変わらず楽観的な母親だな。

 なんて考えていると、遠くで翔太が手を振る。

「きみたち、そんなところでぼーっとしていると、遅刻しちゃうぞ」

「お、おう、すぐ行く……」

 ダメだ。やっぱり重症だ……。

 俺と鈴音ちゃんは翔太のもとへと戻ることにした。

 とりあえずは温かい目で見守るしか俺たちにできることはないようだ。

 ということで俺たち三人は学校へと歩いていく。

 だが、しばらく歩いたところで鈴音ちゃんが不意に「あ、ああ、そうだ先輩……」と足を止めるとかばんの中をまさぐり何かを取り出した。

 彼女はわずかに頬を染めると俺にそれを差し出した。

「せ、先輩の分です……よろしければ食べてください……」

「鈴音ちゃんこれって……」

 彼女が差し出した物……それはお弁当だった。

「そ、その……迷惑だったでしょうか……」

「んなわけないじゃん。うれしいよ。いつも翔太に渡してるのを見ていて、羨ましいなって思ってたぐらいだし」

 嫌なはずあるか。なんなら言い値で買いたいぐらいだ。

 不安げに俺を見つめる鈴音ちゃんに慌てて首を横に振る。

 鈴音ちゃんはそんな俺の言葉に少し恥ずかしげに頬を染めると「そ、そうだったんですか?」と小さくつぶやいた。

 なんだろう……俺、今すごく幸せです……。

 が、俺は幸せを感じると同時に、そんな俺たちのやり取りを見ている翔太が気がかりだった。

 おそらく翔太は改心した。が、さすがに翔太の目の前で鈴音ちゃんのお弁当を受け取るのは刺激しすぎじゃないか?

 ちらっと翔太へと視線を向ける。すると、そこには相変わらず真っ白い歯を見せてギラギラとした瞳で俺を見つめるキモイ翔太がいた。

「竜太郎。これは竜太郎の栄養バランスを気にした鈴音からの思いやりだ。俺からも頼む。鈴音の弁当を受け取ってやってくれっ!!

 深々と頭を下げられた。

 やばい、やりづれえ……。なんなんだよこの変態達観者は……。

 え? なんなの? こいつマジで死んで転生したのか?

 がくぜんとする俺に鈴音ちゃんが苦笑いを浮かべる。

「先輩、しばらくの我慢です。二人でなんとか耐えましょう……」

 我慢したら本当に元通りになるんだろうな……。

 鈴音ちゃんのそんな言葉には甚だ疑問は残るが、信じるしかないようだ。

 俺と鈴音ちゃん二人して苦笑いを浮かべていると、翔太は何やらハッとしたように目を見開いた。

「翔太、どうかしたのか?」

「俺としたことが……俺としたことが……」

「おうおうどうした?」

 発作か? 何かの発作か?

 突然そんなことを言いだして頭を抱える翔太に身構える。すると、翔太は俺のもとへと歩み寄ってくると、俺の両手を包み込むように掴んできた。

「俺が一緒に登校してしまっては二人の邪魔になってしまうではないかっ!!

「いや、別に邪魔なわけではないけど……」

 普通でさえいてくれればな。

 が、翔太はぶんぶんと首を横に振る。

「いや、俺が二人の邪魔をしてはダメだ。じゃあ俺はここで失礼するよっ!!

 そう言って翔太は俺から手を離すと猛スピードで学校のほうへと駆けて行った。

 ホントなんなんだよ……。

 ということで俺と鈴音ちゃんは翔太の計らいによって二人きりになった。

「お兄ちゃん行っちゃいましたね……」

「そうだな……」

 取り残された俺たちは遠のいていく翔太の背中を見つめながらぼうぜんと立ち尽くす。

 が、しばらくしたところで鈴音ちゃんが「私たちも行きましょうか」と言うので、俺たちはゆっくりと学校へと歩き出した。

 俺の隣を少し恥じらうように歩く鈴音ちゃん。

 可愛かわいい。

「あ、先輩、そう言えば、まだ最新話の感想を書いていませんでしたね」

 と、しばらく歩いたところで鈴音ちゃんはそう言ってポケットからスマホを取り出した。そう言えば最新話の鈴音ちゃんの感想をまだもらっていない。どうやら彼女は目の前で俺の小説の感想を書いてくれるようだ。

 スマホをいじりながら「ちょっと待っててくださいね」という鈴音ちゃんを横目に彼女の隣を歩く。

 そして、しばらくしたところで俺のスマホから♪ピロリロリンと音が鳴った。

 どうやら鈴音ちゃんが感想を書き終えたようだ。

 スマホをポケットから取り出すとそこには『あなたにメッセージが届きました』という通知。

 ん? メッセージ?

 感想欄ではなくてDMで感想を送ってきたのか?

 なんて考えながらも、小説サイトを開いた。

 そこに表示されたのは鈴音ちゃんの感想……ではなかった。

『ヴィーナス文庫様よりこののん様へ書籍化打診のお知らせ』

 小説サイトには確かにそう書かれていた。