「ビッグ3」を若手が越えられない理由はただひとつ。
オイラたちの寝首を掻こうとするヤツがいないからだ。
最近、後輩の芸人たちに「お笑いビッグ3はいつまでも元気ですね」って言われることが多いんだよな。「タモリさんもたけしさんもさんまさんもまだまだ元気だから、後輩の芸人がなかなか取って代わることができない」みたいな文脈でね。
まァ、確かに昔「お笑いビッグ3」と呼ばれたオイラたちは、いまだにそれぞれ好き勝手やって、それなりにテレビ業界のニーズってのもあるようなんだよね。
そういえば、こないだタモリに会ったんだ。確か、フジテレビで収録があったときに楽屋にフラッと来てくれたんだ。なんだかイメージよりすごく小さくなっちゃっててさ。一瞬、どこの老マッサージ師かと思ったよ。あの人もオイラより年上だから、70歳をとっくに超えてるわけでね。やっぱりオイラたちもジジイになったんだよな。
こないだまでは「引退するなら抜け駆けしないでね」なんて言ってたのに、あの人はこの頃妙に元気だよな。『笑っていいとも!』が終わってからのほうがイキイキしてるんじゃないかってさ。
ちょっと前までやって人気だった『ヨルタモリ』(フジテレビ系)とか、すでにNHKの看板になっている『ブラタモリ』なんてのは、あの人のやりたいことを全部やってる気がするね。「遊び」の部分というか、歳を取った余裕がすごくいい方向に出てる。どうしても若手の芸人ってのはギラギラしちゃって、「這い上がってやる」って必死さが出ちゃう。それってテレビという特殊な場では、すごく邪魔になってしまうこともある。オイラたちなんて、もう先が見えちゃってるから、あきらめというか余裕みたいなものが逆に「笑い」に変わることもあるんだよ。
まァ、オイラたちがいまだに重宝されるのは「とらやの羊羹」や「伊勢丹や三越の紙袋」と同じ理屈だよ。手土産を渡すほうももらうほうも「老舗ブランド」のほうが安心ということでね。もう「名前」で事前に判断されちゃって、受け手のほうにも「笑う準備」ができてるんだよな。
だけど、オイラたちの次の世代ってのも、いつの間にかそれなりの歳になってるんだよな。とんねるずもダウンタウンも、爆笑問題、今田耕司だって50代だし、ちょっと若いナインティナインの岡村(隆史)やくりぃむしちゅーの上田(晋也)あたりだって40代半ばだろ? 軍団のガダルカナル・タカなんて、もう還暦じゃないか。
だけどこの世代ってのは意外と礼儀正しくて、「ビッグ3の寝首を掻いてやろう」なんて考えはあまりなさそうなんだよな。ありがたいことではあるんだけど、あの辺の世代が難しいのは、みんなビッグ3あたりがやってきたスタイルの踏襲だったり亜流だったりすることなんだよ。
だから、オイラやさんまが伊勢丹や三越だとしたら、それじゃどう上手くやっても「一流半の新興デパート」になってしまう。かといって「ユニクロやH&Mのファストファッションでいこう」としても、消費されてしまうだけだからね。実力がなければ「一発屋」で終わってしまうんだよな。「ラッスンゴレライ」なんていって踊るだけの芸が、10年20年もつなんてバカげた話はありえないんだよ。
だから、ビッグ3に取って代わろうとするなら全く新しいやり方を考えなきゃいけない。でも、いまのテレビ業界じゃそんなチャンスはなかなか与えられないからね。
タモリは「白米のようなタレント」
まァ、オイラやタモリなんかは、プロ野球でいえば「V9世代」みたいなもんだよ。もしかしたら、今の若いプロ野球選手は技術でいけば長嶋さんや王さんより上をいっているかもしれないのに、人気じゃ絶対にかなわない。そもそも視聴率なんかに表れる「需要」が今とは段違いだし、同じことをやっても黎明期のほうがインパクトがある。テレビ自体が飽きられはじめてるんだから、「テレビっ子」として育ってきた世代にとっては厳しい時代なんだよ。もしオイラたち「テレビ黄金世代」に代わる芸が出てくるとしたら、インターネットからかもしれないね。
だけど、今のネットを見ても、ほとんどが「昔のコンテンツの録画」とか「ハプニング映像」ばかりじゃない。今のところ「これだ!」っていうものは、オイラの知る限りは見当たらない。
そうやって考えていくと、立ち返るべきは「古典」なんじゃないかって気がオイラはしてるんだよ。だから落語を何度も何度も聞き直しているし、立川談春さんに「立川梅春」って名前をもらって、たまに高座に上がらせてもらってるんだ。
やっぱり落語で「すごい」と思うのは、同じネタをやっても「演者によってこれだけ違うのか」って痛感させられることなんだよね。やっぱり(古今亭)志ん生なんてのは、別格だよ。志ん生を聞いた後に、若手がやってる同じネタなんて聞いてられないもんな。
やっぱり最終的には「芸」ってのは「人柄」だったり「味」みたいなものがモノをいうんだ。で、そういうのは絶対に人前での「ライブ」じゃないと磨かれない。だからこの歳になっても、できるだけ拙い落語を人前でやってやろうって思ってるんだよな。
そういう意味じゃ、タモリが『いいとも!』を32年も続けたってのはとんでもないことだよね。そんなに長く、同じことをやれるのはタモリか、ケンタッキーフライドチキンのカーネル・サンダース人形しかいないね。別に、あのカーネルおじさん人形がフライドチキンを揚げてるわけでもないのに、あのマスコットを見ると「食ってみようか」って思うのと一緒で、『笑っていいとも!』も、昼にテレビをつけたらタモリが映ってるっていうブランドが大きかったんだよな。
オイラは『いいとも!』の最後の日の放送でテレフォンショッキングに呼ばれて、タモリあての表彰状を読み上げた。もうブラックジョークだらけの内容で、その中で「何もやらず、間抜けな芸人に進行を任せてきた」って毒吐いたんだけど、実はそれってすごいことなんだ。そういうブランドを作るまでがムチャクチャ大変なことなんでね。
そのテレフォンショッキングでも話したけど、オイラは『笑っていいとも!』と同じ平日正午の枠で、その前に『笑ってる場合ですよ!』という番組をやってるんだよ。で、実は最初はオイラのところにその後番組の話が来たんだよ。
だけどその頃のオイラは、週に1回のレギュラー番組でも勝手にサボったりしてる危なっかしいヤツだったんでね。月~金の昼帯なんて、ハナから無理だって話でさ。もしオイラが引き受けていたら、恐らくすぐに何かしら問題を起こして番組潰しちゃってただろうよ。やっぱりタモリの天職だったってことだよな。
最近じゃ、いろんな人がタモリのことを論じているようだけど、一言で言えば、この人っていうのは「白米のようなタレント」なんだよな。オカズが毎日どんなものに変わっても、結局は欲しくなる「変わらなさ」を持ってるってことでさ。
『いいとも!』には、芸人にしても、アイドルにしても、その時々の「旬」と言われるヤツラがそろうわけだけど、それは言ってしまえば「日替わりメニュー」のオカズでね。目新しくて一時は注目されるけど、毎日食ってると飽きちまう。
激辛の辛子明太子やスパイスタップリのエスニック料理も、たまにならいいけど毎日食おうとは思わない。いくら高級品だからって毎日キャビアやフォアグラを食ってちゃそのうちウンザリしちまう。「いいとも青年隊」なんて、本当の産地がどこかもわからない安いインスタント食品だよ(笑)。まァ、結局オカズってのはいつか飽きられちまうんだよな。
タモリは、『いいとも!』ではとにかくライスに徹したね。オイラだと「たまには何か変わったことをやってやろうか」となるところを、とにかく淡々とやってた気がする。
とはいえ、今や「炭水化物ダイエット」が当たり前になっちゃった時代だからね。飽きのこない白米タレントとはいえ、「別に必要ない」って言われちゃいかねない世知辛い世の中なんでさ。『いいとも!』が必要とされなくなったっていうのも、そういう時代の変わり目ってことかもしれないよな。
浅草が育てたオイラと、文化人が育てたタモリ
だけどタモリってのは、元々は「オカズ」的なタレントでね。あの人が世に出た頃の「4か国語麻雀」とか寺山修司の物真似とか、『今夜は最高!』でやってたこととか、まさに異色の雰囲気でさ。
オイラは「エセインテリ」なんて言っちゃうけど、そういう独特の芸に、当時の文化人と呼ばれる人たちが目を付けて、中央に引っ張り出してきたのがタモリなんだよな。タモリが出てきた時期ってのは、まさに演劇や音楽、文筆業とか、そういうジャンルの人たちが自分がこれまで関わってこなかった「笑い」というジャンルに、一気に手を出し始めた時期でさ。
だから、タモリはオイラのような浅草の芸人とはゼンゼン違うところから出てきたタレントなんだよ。オイラも、タモリと同じように高信太郎さん(漫画家・評論家)に世話になって、あの人が高田馬場でやった「マラソン漫才」てのに出て、いろんな文化人に褒められたこともあった。でもやっぱり、オイラの場合は基本は浅草なんだよ。
しかしオイラも『笑っていいとも!』じゃ、色々やらかしてきたよな。表彰状の中で言ってた「田中康夫首絞め事件」も本当だし、もうひとつ「テレフォンショッキング私物化事件」ってのもあった。オイラがダンカン、ダンカンが(ガダルカナル)タカ、タカがつまみ枝豆って、ずっと「友達の輪」をたけし軍団でぐるぐる回してたら、さすがに番組にバレちゃってさ。「いい加減にしてください!」だって。「バカヤロー、これが本当の友達の輪だ」って言い返したけどダメだった(笑)。オイラなんてこうやってすぐ怒られちゃうのに、その点ひとつのことを32年ずっと続けるタモリは本当に偉いぜってね。
オイラだって、『スーパージョッキー』は毎週生でやってたんだぞ。でも熱湯コマーシャルとかエロバカ満載で、日テレの氏家齊一郎さんが民放連の会長だったからか、「お下劣過ぎる」って打ち切りになっちゃった(笑)。オイラはどうしても、世間から叩かれるようなことやりたくなっちゃうんで、最後の最後で「白米芸人」になれないんだっての。