しんしんと降る雪を見ると、
花束抱えて駅で待ってた高倉健さんを思い出す。
高倉健さんも、2014年に亡くなったね(享年83)。オイラの世代の男はみんなそうかもしれないけど、やっぱり憧れの人だった。生前の健さんとのエピソードは、最近のことのように思い出しちまう。
30年近く前の映画『夜叉』(1985年公開・降旗康男監督)の撮影から、付き合いが始まったんじゃないかな。健さんは、雪がしんしんと降る中、駅で花束抱えてオイラのロケ地入りを待っててくれたんだ。その立ち姿がとにかくカッコよくて、すごく感激したのを覚えてる。だけど、一方じゃムチャクチャ恐縮したね。当時のオイラなんて、あの人からしてみりゃ単なるチンピラだぜ。今でこそ映画監督をやったりしてるけど、当時は映画人でも何でもない。そんな若造に対してあの大スターがそこまでしてくれるんだから、こっちとしてはもう頭を下げるしかないだろって話でさ。
別にオイラだけが特別扱いされたってわけじゃない。あの人は、本当に周囲の人に気を遣うんだよ。すごかったのは撮影のときの宴会でのエピソードだよな。
いしだあゆみ、田中邦衛、田中裕子なんて錚々たるメンバーに加えて、150人のスタッフが集まる大宴会だったんだけどさ。そこの宿の女将が気を利かせて、健さんのいるテーブルだけに「どうぞ召し上がってください」ってふぐ刺しをひと皿持ってきたんだよ。
そしたら健さんは、女将に頭を下げながら、こういったんだ。
「せっかくなのに申し訳ありませんが、スタッフを差し置いて我々だけいいもの食うわけにはいきません。すみませんが下げていただくか、できることならスタッフにも分けてやっていただけませんか」
それで150人みんなに分けることになったんだけど、そんな人数でふぐ刺しひと皿を分けられるはずがないんでね。だけど、何とか全員に行き渡ったんだ。どんなカラクリを使ったのか不思議だったんだけど、後で伝わってきた話によると、板前はありったけのふぐを使ったうえに、カワハギの刺身を混ぜてしのいだらしい(笑)。いい話だよな。こんな人情ある食品偽装なら大歓迎だよ。
それから26年ぶりに、同じ降旗監督の映画『あなたへ』(2012年公開)で共演した。これが健さんの遺作になっちまったわけだけどさ。
確か、撮影は林家三平と嫁さん(国分佐智子)の結婚披露宴の翌日だったかな。
そう、「親が林家三平というだけでその名跡を継ぐだけならまだしも、こんな綺麗な嫁さんまでもらって本当にうらやましい限りです。こんな不平等があっていいんでしょうか。わたくしは今日から共産党に入ります」なんて言いたい放題の毒舌祝辞をオイラが披露した、あの披露宴だよ。
会場はドッカンドッカン大ウケだったんだけど、オイラは映画の撮影があったんで、すぐに祝いの席から失礼して、飛騨高山に向かったんだ。現地までは新幹線とローカル線を乗り継いで向かったんだけど、時間がかかって大変だった。東京じゃ考えられない話だけど、「鹿が線路の上にいます」っていうんで、高山線の電車が止まったりしてさ。目的地に到着したのは確か夜10時を回ってて、もう真っ暗だった。
オイラは駅に着いて、すぐにあたりを見回したんだ。『夜叉』の前例があるからね。「今回も健さんを待たせてたらどうしよう」と心配になったんだよな。
迎えにきたスタッフに「健さんは?」って聞いたら「宿で休んでます」っていうからホッとして、迎えのワンボックス車にそそくさと乗り込んだんだ。
で、車の中に入ると、隅っこに黒い帽子を目深にかぶった男が座っていてね。もう明らかに雰囲気がタダモンじゃないんで、「地元のヤクザかもしれない」ってろくにそっちのほうを見ずに、目を合わさないようにしてたんだよ。また黒い交際とか言われちゃたまんないぞってことでね(笑)。
そしたらその男が「殿、殿!」って声をかけてくるんだよ。そこでやっと「うわ! 健さんだ!」って気づいたんだよな。
そしたら健さんニヤッと笑って、「いやァ、タケちゃんを驚かせようと思って」だって。健さん一流のドッキリだったの。やっぱり今度も感激させられちゃったね。
久しぶりの再会は、そりゃ盛り上がったよ。三平の披露宴でオイラが目立ちまくってたって話を健さんのほうから振ってきて、「タケちゃん、あれじゃ誰の結婚式かわかりゃしないよ」なんて言われちゃってさ。
健さんとそんなやりとりができて、この歳になっても胸がいっぱいになっちまったんだけど、それだけじゃなかった。宿に着けば着いたで、オイラの部屋には健さんからの手紙が置いてあってね。「このたびはご苦労様でした。映画を楽しみにしてます、ありがとう」って書いてあったんだ。そういう人なんだ、健さんは。
それがプレッシャーになったわけじゃないけど、撮影はきつかったな~。なんせオイラのセリフが長いんだよ。3分以上しゃべるような長ゼリフがあるんだからね。その間、健さんは「うん」とか「はい」とか相づちを打つだけなんだけど、そりゃ緊張するだろって。
あの人のオーラは特別でね。オイラなんかいいほうで、若い俳優なんて健さんの前じゃガチガチになってみんな全然しゃべれなかったらしい。
だけど、素人には、そのオーラがわかんないのもいるみたい(笑)。健さんがスタッフを連れて、ロケの合間にラーメンを食いに行ったんだよ。オイラは長ゼリフを覚えなきゃいけないんで、そのお誘いは遠慮したんだけどね。
で、健さんによると、行った先のラーメン屋のオヤジが、高倉健に気がつかなかったんだって。で、「映画撮ってるの? ビートたけしが来てるらしいけど、どこに行けば会えるんだ?」って、こともあろうに健さんに聞いちまったらしいんだよな。ホント、カンベンしてくれよって。
だけど健さんはそんなこと気にする人じゃないからね。笑い話として、楽しそうにオイラに教えてくれたんだよ。
「タケちゃんのせいで座れない」
オイラは『夜叉』の撮影で健さんに会って感激しちゃった後、ラジオやら『週刊ポスト』の連載やらで、健さんのネタをサンザン話しててね。
「健さんは男の中の男だ。どんなに寒い現場でも、絶対火にあたろうとしない」とか、「健さんは撮影の合間でも絶対に座らずに立ってんだ。他の役者に席を譲るんだ。カッコいいだろ」なんて大絶賛したわけ。
そしたら、健さんが『あなたへ』の撮影で久しぶりに会ったとき、「あれ以来さァ」ってオイラにこう言うんだよ。
「俺、どんなに疲れてても撮影中は座れなくなったし、暖房も使えなくなっちまったんだよ。たまんねェよ、全部タケちゃんのせいだぜ」
ってさ。健さんが亡くなった直後、ニュースでは「オイラのせいで健さんが座れなくなっちゃった話」を盛んにやってただろ。あの話には、こういう「歴史」があったんだよ。
健さんみたいな時代を代表するスターがいなくなってしまうのは寂しいね。
高倉健って存在は、役者の域を超えてたと思うんだ。東映映画のオープニングの波しぶきとか、松竹映画のオープニングの富士山とか、そういうレベルの「映画の象徴」だよ。あのストイックさは、千日行で徳を積んだ僧侶みたいに見えたね。
「千日行」で思い出したけど、健さんとは、「2人で映画を撮ろうよ」って話したこともあったんだ。
比叡山延暦寺に「千日回峰行」っていう、死んでもおかしくないほど辛い修行がある。高低差の激しい山道を1000日歩いたり、飲まず食わずに不眠不休で9日間お経をあげたりする荒行なんだけど、これを2回もやり遂げた酒井雄
さん(2013年没・享年87)っていう大阿闍梨がいてさ。
健さんとも親交があった人だったんで、酒井さんをモデルに映画を作れないかってオイラが話したんだ。健さんの役は元ヤクザで、あるきっかけがあって坊主になって、最終的には千日回峰行に取り組むことになるというストーリーでさ。健さんのキャラクターにピッタリだと思ったんだ。
そしたら、健さんは「タケちゃん、俺はあんな偉い人の役はできないよ。失礼に当たるから」って。「映画の役はほとんど前科者。それなのにこんな賞をいただいちゃって……」という文化勲章受章のときの言葉はカッコいい名ゼリフだったと思うけど、それと通じる謙虚さを感じたな。映画に関することでは、ノリで簡単に「やろう」なんて言わない人だとも思った。芸を敬う気持ちがヒシヒシと伝わってきたね。