乙武君が「不倫をしないマジメな男」と決めつけることに、

潜在的な「差別」がある。



 2016年は、ベッキーと『ゲスの極み乙女。』のボーカル・川谷絵音に始まって、不倫騒動が寄ってたかって叩かれた。「自民党から出馬か」という話になってた『五体不満足』の乙武(洋匡)くんまでターゲットになっちまってさ。

 週刊新潮にオネエチャンとの海外旅行をスクープされて、直撃取材に「結婚してから5人ほど不倫してた」って認めちゃって、大騒ぎになったというわけなんだけどね。

 教育者の活動もしていて、マジメで誠実なイメージがある乙武くんと「不倫」って言葉の響きがまったく合わないからここまで驚かれたんだろうけど、本当はこの問題はもっと根深い。みんなタブーにして口をつぐんでしまうけど、これは大事なことだから言わせてもらうぜ。

 オイラがちゃんと考えておかなきゃいけないと思うのは、世間が「乙武くんは不倫をしないマジメな男だ」って勝手なイメージを抱いてるのはなぜかってことだよ。

「教育者として立派だから」とか「テレビで知的なコメントをしているから」とか、「著書に感銘を受けたから」みたいな理由だったらともかく、もし「身体障害者なのに不倫しているなんて……」とか「障害のある人はマジメに地道に生きてるもんだと思ってた」って感覚が根底にあるとしたら、それって実は、ものすごく差別的な考え方じゃないだろうか。

 体にハンディがあろうがなかろうが、人間の性格や嗜好ってのはそれとはまったく独立したものなんだよ。障害を持ってる人だって、そうでない人たちと同じように性欲がある。もちろん不倫をすることだってあるのが当然なんだよな。

 だけど、実際のところは「障害者だからそんなことはしないだろう」って決めつけてる人が多い。そんな実態を、今回の一件は浮き彫りにしたって一面があるんじゃないか。


 オイラの友達にホーキング青山ってのがいる。史上初の「身体障害者お笑いタレント」としてオイラと一緒に本を出したりもしているんだけど、乙武くんと同じく両手両足が使えない。そのホーキングが、こないだ悔しがってたよ。「オレも五体不満足の身体障害者なのに、なんで乙武ばっかりモテやがるんだ」ってね。

 オイラとホーキング青山の掛け合いには、タブーなんてないからね。

 最近オイラは「立川梅春」って高座名で落語をやってるんだけど、コイツには「古今テー志んショー者」なんて名前をつけちまったぐらいでさ。障害のことだってお構いなしにネタにしちゃうしね。

「お前、本当に頭悪いなコノヤロー」

「そういうお前だって手が使えないじゃねェか、バカヤロー」

 みたいにさ。

 こんな話をすると、「とんでもない!」って人もいるかもしれないけど、本当はそういう遠慮のなさこそが本当の「差別のない社会」なんじゃないかとオイラは思ってる。


 その点、今回の乙武くんの不倫では、みんなそういうハンディには触れない。

 普通、オネエチャンと不倫をしたなんて話が出りゃ「女に手を出した」「手癖が悪い」「脇が甘い」なんて表現が当たり前に出てくるはずなのに、乙武くんの場合は完全なタブーだしね。「あれだけ叩かれたら手も足も出ないだろ」もアウトというさ。だけど、そうやって「タブーに触れない」「見て見ぬふりをする」ってことが続いてたら、このニッポンのヘンテコな建前社会は何も変わらないよ。

 まァ、乙武くんは、これまでもそういうタブーを飛び越えてきた人だからね。今回は皮肉なことに、身をもって「障害者も女好きは変わらない」ってことを世間に認識させた功績はあると思うよ。やっぱりそういう意味ではパイオニアなんだよな。