舛添に怒って角栄に心酔するニッポン人は、

「権力者が扱いやすい庶民」の集まりだ。



 みんな知ってるかもしれないけど、オイラがガキの頃を過ごしたのは、東京・足立区の梅島ってところだ。その後、大学に行かなくなって浅草でブラブラするようになった後で、しばらく住んでたのが、足立区よりもうちょっと東にある葛飾区の亀有だった。

 この亀有を舞台にしたマンガが、最近40年にわたる『週刊少年ジャンプ』の連載を終了した『こちら葛飾区亀有公園前派出所』だよな。オイラが亀有に住んでいた頃には、もう『こち亀』は有名だったんじゃないかな。

 実は、オイラが亀有を離れてちょっと漫才で売れ出した頃に、作者の秋本治さんに出会ったんだよ。マンガに出てくる「海パン刑事 汚野武」ってのはオイラだからね。写真を一緒に撮ったり、両さんが「今度はタケちゃんの番だ!」なんてしゃべってるイラストを描いてもらったり、色々世話になったんだよな。その絵は家に飾ってあるよ。

 オイラ、この『こち亀』ってマンガは実はセンスの塊だと思うんだ。亀有という、近くの北千住よりちょっとマイナーな街を舞台にしたことも面白いし、『こち亀』って略称も、なんだか間抜けでいい味なんだよな。

 もうひとつすごいのがキャラクター設定でさ。「ドタバタでトンデモなおまわりさん」っていう両津勘吉だけなら普通のマンガ家でも考えつくけど、脇役に超お金持ちでモデル級のルックスのボンボン警察官を男女で配置するなんて、どうやったって思いつかない。これが、毎週の『こち亀』を単調にさせなかった秘訣だよ。


「昔の話」のついでに話しておきたいのが、最近の「田中角栄」ブームだよ。石原慎太郎が書いた、田中角栄を主役にした小説の『天才』も、『田中角栄 100の言葉』って名言集もムチャクチャ売れているらしい。

 こんなこと言うとまた怒られそうだけど、なんでこんなモノをみんなありがたがるんだろう。田中角栄なんて冷静に考えりゃ、けっこうな「ワル」だぜ。清廉潔白な人間が、一代で目白の一等地に大御殿なんて作れるわけがないんでさ。そういうのを偉人扱いしちゃうニッポン人ってのは、本当にお人好しの集まりなんだよな。だから権力やカネをもった人間に「庶民はバカだから扱いやすい」なんて思われちまうんだよ。スマホに夢中になって、賢いヤツラに搾取されてる庶民も、こういう名言集を買って感動している庶民も、結局のところは似たようなもんだってね。

 まァ、偉人の名言でやる気になっても、実際、行動するのは偉人じゃなくて、凡人の自分なんだからさ。同じことをやったって、成功するって保証はないわけでね。そういう冷静な視点がないから、そもそもお前はダメなんじゃないかって話でさ。

 発明王のエジソンの名言で、有名なのがあるじゃない。「天才とは1のひらめきと99の努力である」っていうヤツ。これを「天才でも努力のほうが大事なんだ」「99の努力をすればエジソンみたいになれる」って受け取るのは勘違いでね。

 実際は「1のひらめきがなきゃ、99の努力は無駄になる」ってことなんだよ。どうやら、エジソン本人も後者の意味で語っていたらしいぜ。この「1のひらめき」がまさにポイントでさ。どんなに一生懸命考えたってこの1が出てこないのが普通の人間だってことを知らなきゃいけない。

 似たような例が、東芝や石川島播磨重工の社長で、経団連の会長だった土光敏夫さんが「メザシの土光さん」って呼ばれてた話だよ。土光さんみたいに朝食にメザシを食ってたからって、それをマネしても名経営者になれるわけじゃない。当人は、それが好きで粗食が体に良かったからそうしてただけで、別にそれは名経営者の必要条件じゃないんだよな。

 まァ、このところの角栄ブームは、やっぱりこのところ政治家やらが「小物」ばかりになっちまった反動だろうな。石川五右衛門や鼠小僧次郎吉は泥棒でも、そのスケールとちょっとした義心で英雄になり得るわけだけど、その辺のスーパーで万引きしてるヤツが、後世に語り継がれるはずはないんでね。

 角栄みたいな「歴史に名を残すワル」は英雄扱いされるけど、舛添(要一・東京都前都知事)みたいな「セコワル」じゃあワイドショーで笑いのネタにされるしかないよ。


 しかし舛添さんはセコかった。それに、賢いのがウリのはずなのに、言い訳がことごとくバカ丸出しだからね。正月のホテル三日月で、しかも家族がいる部屋で会議をしてたって言い出したのにもビックリしたけどさ。で、政治資金でチャイナ服を買ってたことを指摘されたら、言い訳は「自分は柔道をやってて体がゴツいんで、普通の服だと書道をするときに腕が引っかかるから中国服が便利だった」だって。何言ってんだ、オイラの『ニュースキャスター』で書道の先生にチャイナ服を着てもらって検証したら、「袖に墨汁がついちゃいます。すごく書きにくいです」だって。大笑いだよ。

 まァ、舛添さんって人にとって、一番難しいのは「すぐに謝ること」だったんだと思うよ。こういうエリート中のエリートで、プライドが高くて、周りからも「賢い」と思われ続けてきた人間ってのは、なかなか素直に自分のミスを認められないことが多いんだよ。こんな話、「すぐに謝る」か「完全に無視する」のどちらかしかないのにさ。いずれにしても、スケールの小さい話だよ。


 その点、田中角栄はワルだけど、やっぱりスケールはデカかった。

 だって、考えてみろよ。田中角栄が家族を連れてホテル三日月に行く所なんて想像できないし、その宿泊費を政治資金でちょろまかすなんてもっと考えられないもんな。もし泊まったとしても、きっと部屋を世話する仲居さんに相当のチップを渡したろうってね。まァ、時代が違うっていえばそれまでなんで、角栄ブームは単なるノスタルジーってことなんだっての。

 そうだ、政治家としてはもう赤信号の舛添さんも「二代目田中角栄」に改名して出直せばいいんじゃないか。きっと人のいいニッポン人は、「大物になって帰ってきた」って歓迎してくれるんじゃないかっての!