ニッポンは「一億総活躍社会」どころか

「一億総自主規制社会」だ。



 現代のニッポン人を見ていて怖いのは、「世の中を疑う」って気持ちがまるでなくなってしまっていることだ。それは「一億総活躍社会」って怪しい言葉を、みんなが信じられないほどすんなり受け入れちまってるのに象徴されていると思う。

 念のため説明しとくと、これは安倍晋三内閣の目玉プランでさ。「少子高齢化に歯止めをかけて、家庭・職場・地域で誰もが活躍できる社会を目指す」って意味のスローガンらしい。だけど、なぜ政権や与党・自民党の中から「こんなネーミングはやめたほうがいい」って声が出てこなかったんだろう。それくらい奇妙な言葉だぜ。

 安倍さん本人が考えたのか、ブレーンやコピーライターが考えたのか、それはオイラにはわからない。けど、とにかく最悪のキャッチコピーなのは間違いない。もう、「一億玉砕」とか「一億火の玉」みたいな、戦時中の危なっかしい国威発揚のスローガンとほとんど同じに見えちまう。これだけ世間から「好戦的な首相」と言われているのに、なぜわざわざツッコミどころを自ら作ってしまうんだろう。こんなスローガン、「軍国主義を日本中・世界中に思い起こさせたい!」と、あえて狙ってやってるのかと思うぐらいだよ。せっかくならサラッと「一億総活躍」ってだけじゃなくて、「一億総活躍・欲しがりません勝つまでは」ってコピーにしたほうが、狙いがわかりやすかったんじゃないの(笑)

 だけど、国に「お前ら活躍しろよ」って言われて、「ハイ、わかりました! 頑張ります!」って納得しちゃうバカがどれだけいるんだろう。国が国民に「頑張れ」って強いるのは、よくよく考えりゃ「働いて税収を増やせ」「社会保障に頼るな」って言われているのとほとんど同じだろ。政府の人間は反論するだろうけど、それってやっぱり戦時中とほとんど変わらないマインドだ。こんな押しつけがましい言葉に拒否反応を示さないニッポン人はやっぱりヤバい。

 だいたいマジメに考えりゃ、「一億総活躍」なんて実現できるはずがない。よく「働きアリの法則」なんていうけど、100匹働きアリがいたら、そのうちの20匹は何もしないで遊んでばかりいる怠け者になっちゃうらしい。人間だってそう変わりはしない。国民全員が「活躍」といえるほど頑張るなんてあり得ないよ。

 それに、そもそも「活躍」ってのは、誰かの犠牲の上に成り立つものだからね。誰かが活躍すりゃ、その裏で別の誰かが仕事にあぶれたり、悔しい思いをするのが世の常だよ。何をもって活躍したというのか定義もわからないし、説得力がまるでない。それより毎年3万人も出ている自殺者をどうにかするほうが先決だよ。


 何が「一億総活躍社会」だ。オイラはそもそも、この頃のニッポンは「一億総自主規制社会」だと思ってる。最近は、別に犯罪行為をやったわけでもないタレントがスキャンダルで叩かれて、世間から「一発退場」になってしまう。『ゲスの極み乙女。』のボーカルと不倫騒動を起こしたベッキーも、それまで「超」がつく人気者だったのにテレビから一瞬にして姿を消してしまった。

 テンプル大学卒業、ハーバードでMBA取得といったプロフィールがほとんど嘘とバレたコメンテーターのショーンK(ショーン・マクアードル川上)も、出演番組すべてを失ってしまったよな。こういうスキャンダルを笑いのネタにするのはアリだけど、「ひどいヤツだ」と真剣に怒って一気に退場に追い込んでしまうのは、寛容さがまったくない。すごく居心地の悪い監視社会だよ。

 結局、こういう「右にならえ」の一斉外しという対応は、企業側が「コンプライアンス」だの「モラル」だのいくら言い訳したって、つまるところは「トラブル回避のための自主規制」でしかない。要はCMスポンサーに降りられたり、「何でアイツを使ってるんだ」と世間から袋叩きに遭うのがイヤなだけなんだから。それって、クラスでのイジメを見て見ぬフリしてる気弱な中学生と変わらない考え方だ。タレントを早々に降ろして「リスク回避できた」みたいに胸を張るのは、何か違和感があるんだよな。

 別に、「ベッキーはタレントとして優秀だから、どんな批判があっても出演してもらいたい」とか、「ショーンKはコメンテーターとして有能だから経歴が違おうが問題ない。大事なのはコメント能力だ」って、続投させるテレビ局があったっていいと思うんだけどな。そのほうが仁義のある、誠実なテレビ局だって考えはないんだろうか。こんなオイラの意見は、ただの時代遅れなのか。


 世の中が「たった1回の失敗も許されない社会」になってるのは本当に怖い。

 1年ちょっと前、当時中学3年生の男の子が、学校側のミスで「1年生の時に万引きをした」って濡れ衣を着せられて、志望校への推薦がダメになって自殺したって話があった。その経緯については報道以上のことを知らないんでおいておくとして、一番おかしいと思うのは「中1の時の失敗がなぜ何年経っても尾を引いてしまうのか」ってことだ。

 わざわざ学校側が中1の頃の出来事を持ち出して「お前じゃダメだ」というなんて、ゼンゼン生徒のことを考えてやっていない。目の前にいる生徒を、自分の目でキチンと判断してやるのが教師の役目だろ。万引きの有無なんて関係なく、「今のお前だったら自信をもって推薦できる」って言ってやれなかったのかって話でさ。いつの間にか学校も「減点主義」になっているから、こんな悲劇が起こっちまうんじゃないか。

 自分たちに「責任」が及ばないように、「とりあえず臭いものには蓋をする」「一度失敗したヤツは念のため外しとく」ってのは、本当に残酷だってことを知るべきだよ。