「あれ、私、兎斗に自分の誕生日言ったことあったっけ?」

「知ってるんです。私、ずっと先生の側にいたから」

 どういうこと、と先生は笑いながら首を傾げる。

 やっと、祝ってあげられた。あの時、飲み込んだ言葉を、伝えることができた。

 私が守りたかった人。私の大切な人。

 私も、先生の考えていることが分かる。先生とずっと一緒にいたから。

「え、どういうことなの? でも、ありがとう。兎斗。また一つおばさんになっちゃったよ」

 先生が、いつもみたいに笑った。私はこの笑顔が見たかった。先生の笑い声は、部屋の中でよく響いた。

「先生は永遠の十八歳なんですよね。歳は取らないんじゃないんですか?」

 私が言うと、先生がにやりと口の端を歪めた。

「そうだね。兎斗の言う通りだ」

「もう一つ。先生に伝えたいことがあったんです」

「へぇ。何?」

 先生は花束を抱えながら、興味深そうに聞いてきた。

「雪を私に下さい。必ず、幸せにしてみせます」

 先生は少しの間黙り込むと、瞳に涙を浮かべながら、大声で笑った。

「私が止めてもやめるつもりないでしょ。いいよ。兎斗に雪をあげるよ」

 その通りだった。誰にも止められても、やめるつもりはない。雪は誰にも譲りたくない。

「ありがとうございます」

 深く頭を下げて、顔をあげると、雪が私に抱きついてきた。

「ありがとう! 亜利沙」

 雪が子猫のようにはしゃぐ。

「でも、たまには家に帰ってきてね。あと、兎斗は雪のことを絶対に悲しませないこと。雪は私の育てた極上の女の子だから、雑に扱ったら許さないよ」

 先生が私の意思を確かめるように、私の目を見た。私は目をそらすことなく答えた。

「分かってますよ」

「相変わらず威勢がいいね」

 亜利沙は皮肉っぽく言った。

「先生も相変わらずですね」

 宮地はそんな私達のやり取りを見て、幸福そうに笑っていた。

「ねぇ、兎斗」

「なんですか?」

 口元に笑みをたたえたままの先生の瞳に、真剣な光が宿る。ただ明るいだけじゃなく、少しの闇を含んだその光に、先生が生きてきた長い時間を感じた。

「もしかして、私の夢見たの?」

 私は何も答えなかった。黙って先生を見つめ返す。すると、先生は目を細めて「あぁ、そっか」と言った。先生はどこか安心したような表情を浮かべていて、私の視界が水っぽく歪んだ。

「もう、誰とも関わらなくていいなんて、思いません。雪と宮地と、先生のおかげです」

 生きることは、誰かと関わり合うことだ。みんなと仲良くなんてできるわけがない。それでも、愛しい人や、大切な人と共に、この理不尽な世界を生き抜いていこうと思えた。

 先生は、私の頭に手を置いた。そのまま、柔らかく私の頭を撫でる。懐かしい体温に、自分が思っている以上に安心している自分がいた。

 全部大切にしたいと思った。雪と過ごした時間も、宮地と過ごした時間も、先生と過ごした時間も、亜利沙と共に生きたあの夢のことも。

「雪のこと、頼んだよ」

「任せてください」

 先生が、笑顔を浮かべた。私も、一緒になって笑った。

 

 

 月の光が差す寝室のベッドの上で、横になった私達は指を絡めあっていた。

「これからは、ずっと一緒だよ」

 雪が嬉しそうに微笑む。私も静かに笑みをこぼした。

「うん」

「兎斗と一緒に大人になりたいな」

「私も、同じ」

 時間は有限だ。果たせない約束も、この世には無限に存在する。でも、私は雪と一緒に生きていく。これからも、ずっと。

「夢でも会えるといいね」

「会えるよ。雪と私ならね」

 私の言葉を聞いた雪は、笑顔で頷いた。

 ずっと、病気に囚われていると思って生きてきた。病気に囚われている私になんて、生きる価値もないと思っていた。だけど、私を縛り付けていたのは、病気でも、お母さんの言葉でもなく、私自身だった。

 ままならないことを抱えているのは誰だって同じだ。それに、この世界は平等なんかじゃない。この病を抱えていて良かったなんて、思わない。

 だけど、世界は私が思っていたより、もっと広くて、美しくて、傷や痛みを抱えてでも、雪と歩んでいきたいと思った。

 運命が変わっても、何度世界を繰り返しても、私はきっと雪に出会うだろう。そして、私は何度でも恋に落ちる。

 そんなおとぎ話みたいな話も、私達ならきっとある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 了 ――