桐山鞘音という幼馴染みは、とりわけ中学時代には天才肌の奇人だった。頻繁に授業を抜け出しては、校内のどこかでギターを弾いていたからだ。

 基本的に自由奔放。教師の意見はあまり聞かず、付き合いの長い俺くらいしか鞘音の行動を制御できないのが周知されていたので──

「修、今日も頼むぞ! 家出した嫁を連れ戻すのは旦那の仕事だ!」

 担任の教師に『鞘音の連れ戻し役』を依頼される毎日。

 校内を探し回ったが、いつもと違う。

 澄んだ歌声は聴こえるのに、鞘音の姿は見当たらない。

「どこ行ったんだ、あいつ……」

 定位置だった体育館前の階段にもおらず、俺は呆然と立ち尽くす。

 旅中は一階建ての木造校舎。お世辞にも広大な敷地とは言えないので、探すのに時間はかからないし、いつもはすぐに見つかるんだけど……。

 唯一探していない体育館に立ち寄ってみる。歌声やギターの音は止んでいたが、木材が軋むような乾いた音が木霊した。ネズミやリスの類ではない。なんとなくだけど、人間の重みで発生した木材の悲鳴だというのが分かった。

 いるな。あいつは近くにいる。いや、潜んでいる。

 他人の気配を察知し、演奏を中断しているのだろう。十三年もあいつの側にいるから、会話せずとも感じ取ってしまう。

 これは駆け引きだ。幼馴染み同士の──連れ戻すか、諦めるかの勝負。

 聴覚を研ぎ澄まし、人工的な軋み音の出処を検知。体育で使う道具を収納するための用具室を覗いてみると、積み重なった運動用のマットが不自然な位置に移動していた。

「鞘音、どこかにいるんだろ?」

 返事は無い。

「お前が出てくるまで、ここで待ってるからな」

 マットに腰を下ろし、持久戦に持ち込もうとした瞬間、


「……にぁーご」


 えっ、なに、今の?

 天井裏から猫っぽい泣き声がした。

 正しくは、猫のモノマネをする人間の声。

 まさか、まさか……猫のモノマネで騙せると思っている人がいるとは。

「猫でもいるのかな?」

「……んにゃーご」

「鞘音を探してるんだけど、どこにいるか知らない?」

「……んにゃーにゃーごろごろ」

 ふっふふ……! 吹き出しそうな笑いを堪えられない!

 猫語で返してくれる鞘──迷い猫がおもしろすぎて。

 見上げても老朽化した天井があるだけだが、マットを足場として使い、天井の木板を指先で触ってみると、

「やっぱりな……」

 木板は簡単に外れ、人ひとりが通れる長方形の入口と化した。上半身だけをちょこんと差し込み、天井裏の埃っぽい空間を見渡してみる。用具室の窓から差し込む日光が木板の隙間を突き抜けているため、それなりの明るさは保たれていた。

 小さい座椅子に座る少女と、スタンドに置かれているアコースティックギター。屋根裏を勝手に自分の部屋にしていた主は、ムスッとした不機嫌面でこちらを見据える。

「……ばか。笑わないで」

「ふふっ……笑ってないよ」

「……うそ。顔が笑ってる」

 あまりに微笑ましくて、緩んだ口元と頰を整えることができなくなった。