エピローグ
枯れ葉色だった風景が、真っ白なキャンバスにリセットされていく。
春になったら、鮮やかな色彩を描くために。子供が好むパステルカラーの絵の具で、神様が色を塗っていく季節への準備。
吐く息も白塗り。緩やかに舞い降りる冷たい結晶は、人肌に触れると
都会が聖夜への日数を数えていても、
しかし、季節は
「……こちらとしても、ぜひお願いしたいねー。在校生の他に、歴代の卒業生たちを招待しても構わないかなー?」
「そのあたりは教頭先生にお任せします。お世話になった
俺が訪れていたのは、旅中の簡易な応接室。廃校まで三ヵ月余りとなった校舎内は清掃や片付けが進み、やけに広く閑散としていた。
もうすぐ、旅中が無くなるのは現実──嫌でも、そう認識せざるを得ない。
対面に腰掛けていた教頭が緑茶を
「しかし、
「あはは……自主レーベルなので、必然的にこうなっただけですから」
苦笑い。
「ステージの増設や花道、照明器具なども俺のほうで準備します。イベント会社と交渉して、安くレンタルできるようにしました」
「費用はあるのかいー?」
「動画の広告収入と楽曲のダウンロード販売で、一応は黒字です。まあ、あいつの知名度におんぶに抱っこって感じですけど」
「謙遜することはないさー。あの子が気持ち良さそうに歌えているのも、君が縁の下で支えているからじゃないかー?」
やや自虐的な俺を、陽気な声色で
「五年前はすぐに完売してCDを買えなかったから、ファンとしては待ちわびたよねー」
二人で作った初めての曲を。
「
「大げさです。
「はっはっは、僕が勝手に思っているだけさー。何もなかったところに唯一の楽しみができた……それだけで充分、この町が光り輝いているように見えるよ」
窓の外を眺めながら、教頭が優しげな声色を漏らした。
活気を無くし、名前まで奪われ、やがて消え行く運命にあった町の残骸。俺たちを育て、見守ってくれていた場所に、人々に、ささやかな恩返しを──していこう。
それは、俺たちにしかできないから。
「僕にできることは協力するから、いつでもまた来なさいー。三月の旅中ラストライブ、すごく楽しみにしているぞー」
「……ありがとうございます!」
突発的に熱くなった目頭を隠すため、俺は深々と頭を下げた。
「今度は
「はい! 今度は母さんと……必ず来ますから」
三十分程度の打ち合わせを終え、応接室から出ようと立ち上がった瞬間──
「……っ!」
机の脚に足を引っかけて、力無くよろけてしまう。右腕を使い、左側の壁を丁寧に触りながら歩を進め、応接室のドアを不格好に開いた。
感覚が乏しい左足を引きずり、前へ。
ひたすら、前へ。
「松本君……もしかして、視えていないのかい?」
「いえ……少し視え辛いだけです」
懸念する教頭を背に、意味のない強がり。
半分だけ欠けた世界は、記憶を頼りに書き足せばいい。あいつを頼りに、思い描けばいい。造作もないことだ。
「手を貸そうか? とても
「辛くないですよ。日々やるべきことがあって、やりたいことがあって、毎日でも会いたい人たちがいる──」
正常な感覚を失いつつある中でも、しっかりと
「そんな日常が、本当に楽しくて仕方ないんです」
老人の心配を精一杯の笑顔で払拭してやった。
閉校する前に、近いうちに今度は母さんも連れてくるから……その時は三人で茶菓子でも食べながら、職員室で
面白いに決まっている。教頭が知っている母さんと父さんの昔話なんて、息子は興味本位を禁じ得ない。
恋の話は歌詞用のメモ帳に書き記しておこう。
絶対忘れないために。
何年
──聴こえる。あいつの、あいつだけの音。
すぐに分かるよ。
息絶えた細胞までも
「彼女、来ているみたいだねー」
同様の察し方をした教頭に会釈し、俺は『音の根源』へ。
簡単な打ち合わせと伝えてあるから、実家で待機していると思ったのに。
相変わらず落ち着きがないな、あいつは。
教室沿いの手狭な避難経路を通り、足元の花壇で転倒しそうになりながら、不機嫌な寒空の下をゆっくりと進む。
中学の頃、教師に頼まれていたっけ。授業をサボる問題児を連れ戻すように、と。
今、俺が不格好に歩いているこのルートは、当時とまったく同じ。
取り壊しという余命宣告を受けたセピア調な情景は、今年度を
それでも、大丈夫。
あの頃から──胸に抱いた
だから、居場所なんて手に取るように分かる。俺たちは、その場所で恋心を育んだ。
記憶が、思い出が、歌声が、導いてくれる。
愛する人へと確実に
体育館の
冷え切った中段へ腰を下ろし、エミ
細かい銀色の雪粒が降り注ぐものの、手袋は着用していない。精緻な指先を赤く
最上段に立つ男が聴き
新曲〝Loss Time〟に添えられた歌詞によって、俺は振り返ることができる。
草花が華やかに色付いた時期に、河川敷の特等席で聴くのが待ちきれない。
咲き誇る桜並木と、敷き詰められた菜の花。春の息吹を眺めながら、恋人のすぐ隣で。
その未来へと導いてくれ。
二人の軌跡をこれからも作り続けていくために。
やがて過去の面影が真っ黒に侵されても、お前の存在を思い出せたなら──
後ろを振り返り、自然体で
独りだと何もできない。
でも、二人なら不可能なんてない。
どこまででも、どんな未来にでも行こう。
この場所からいろんな夢を見よう。
青臭い馬鹿なガキだから、最初の曲をこう名付けていたんだ。