「いらっしゃいませ、注文はお決まりですか?」

「ハンバーガーを一つ」

「かしこまりました」

 俺の名前はリュウ。ハンバーガーショップで働いているごく普通の男だ。

 ただ、俺は今、普通じゃない人生を送っている。なぜなら、

「六百クローネになります」

「はいよ。これから魔物討伐のクエストに行くから、その前にうまいもんでも食っておこうと思ってな」

「そうですか、頑張ってくださいね。こちらがハンバーガーになります」

「おお、ありがとな。帰ってきたら店長に俺の武勇伝を聞かせてあげるよ」

「はい、楽しみにしてます」

 そう。俺は日本ではなく、異世界で「ソルーン・バーガー」というハンバーガーショップを経営しているからだ。

 この世界に転移してきた際、偶然『屋台』という、魔力で食料を生み出せるスキルを手に入れた。そこで「サート商会」という商会を立ち上げ、出会った仲間たちと共にこの店を開き、おかげさまで繁盛している。

 突然異世界へとやってきたから初めは戸惑いもあったが、ずっと自分の店を持ちたいなと思っていたから願ったりかなったりだな。

「カイン、作業は順調?」

「師匠! 今日も順調っすよ!」

 料理長であるカインが華麗な包丁さばきを披露しながら答えてくれる。

 いろんな料理を人よりずっと早く作れるようになる『調理』スキルを駆使して、メニューを開発してくれたりと頼りになる部下だ。

「了解、その調子で頼む」

「ハッハッハッ! 悪魔の赤き心臓よ。お前を木っ端みじんにしてやろうか」

 カインの横で同じく調理係のクトルがトマトに包丁を向けながら高らかに笑っていた。

「みじんじゃなくて、ちゃんと輪切りにしてね」

「そ、そんなことは分かってます!」

 独り言を聞かれたからなのか、クトルは恥ずかしそうにしながらも慣れた手つきでトマトを切る。

「クトル! 今日は切るトマトの数を増やしてくれない? あ、悪魔の赤き心臓だったね」

 カインの奥さんのハンナが後ろからクトルに話しかける。

「ハンナまで言わなくていいから!!

「ごめんって、よろしく頼むね」

 ハンナはそう言い残すとカウンターのほうに戻っていった。彼女のスキルは『軍師』といって、本来はその名の通り軍隊の指揮などに効果を発揮するものだけど、俺の店ではこうやって従業員やお客さんの動きを把握して的確に指示をしてくれる。

 なんなら俺より店長に向いているんじゃないのかな。

 ハンナに限らず、みんな優秀だから、この商会に入ってきてくれたことには感謝しかないよ。


 昼の一番忙しい時間帯を過ぎた頃、

「リュウさん、一緒にお昼休憩をとりませんか?」

 俺の相棒でサート商会副会長のサラに声をかけられる。

 彼女は異世界に来て一番最初にサート商会に迎え入れたメンバーだ。『演算』という数字を扱うためのスキルを持っていて、この商会の経理については彼女に一任している。

 それに、困ったときにはいつも助けてくれる存在でもある。本当に彼女と出会うことができてよかったと思ってるよ。

「そうだな、そろそろご飯にするか」

 俺たちは昼食をとりに二階の会長室へと向かった。

「はい、これがリュウさんの分です」

 サラが俺にハンバーガーを一つ手渡してくれた。

「ありがとう、いただきます」

 俺はもらったハンバーガーを一口ほおる。

「やっぱりうまいな」

 パティに肉厚のハンバーグを使っているところがこの店の魅力だ。

「はい! 何個食べても美味おいしいですよね!」

 サラが両手にハンバーガーを持ちながら満面の笑みを浮かべる。

「……それ全部食べるのか?」

 サラの目の前にはハンバーガーのピラミッドが出来上がっていた。

「はい! あ、リュウさんも欲しいですか」

「いや、遠慮しとく」

 俺は一つで十分だからな。

「それにしても、そんなに食べてよく太らないね」

 これまでのサラの食べっぷりを見る限り、ぽっちゃり体型になってもおかしくないんだけどな。

「それが、いくら食べても太らないんですよね」

「俺もそんなセリフ言ってみたいよ」

 俺は食べすぎるとすぐ太るからなぁ。いくら食べても太らないって、俺からすれば十分チートスキルな気がする。

 ハイカロリーなものを目の前にしたときの食欲と罪悪感のせめぎあいといったら……。

 そんなわいもない話をサラとしていると、

「リュウさん、休憩中のところ悪いんですけど、モードンさんがいらっしゃいました。お話があるそうです」

 ハンナが俺の部屋までやってきた。

「モードンさんが俺に?」

 モードンさんは、この街、ソルーンを含むフストリア領の領主セレド・フストリア伯爵に仕える執事だ。

 セレド様にはこのソルーン・バーガーを作るときには大変お世話になったし、うちの常連客の一人でもある。特にフライドポテトを気に入ってもらっている。

「分かった。すぐ行く」

 俺はハンバーガーの最後の一口を食べるとソファから立ち上がった。

「わたしも同席しますね」

 サラも一緒に一階へと向かった。

「リュウ様、サラ様、休憩中に伺うことになってしまい、申し訳ございません」

 いつも通りれいな執事服に身を包んだモードンさんが恭しく一礼してくれた。

「いえいえ、お気になさらず。本日は一体どのようなご用件で?」

 モードンさんがいつものようにハンバーガーを買うだけならわざわざ俺を呼ぶ必要はないからな。

「実は、大事なご相談がありまして……」

 モードンさんが険しい表情になる。

「深刻そうですね」

 以前あった食料危機みたいにまた何か起こったのだろうか。

「はい。わたくしはかなり一大事だと思っています。なので、できればすぐにでもリュウ様を城にご案内したいのですが、よろしいでしょうか?」

「はい、大丈夫です」

 ちょうど、この後はシフトも空いていたし、問題ない。

「サラも来てくれるか?」

「もちろんです」

 こういうときにはサラの知識と決断力が頼りになるからね。

「あの、サラ様には大変申し訳ないのですが、今回はリュウ様お一人で来ていただきたいのです」

 モードンさんがサラに謝る。

 サラにも話せないほどの機密事項ということなのだろうか?

「分かりました。ではわたしはここで待つことにします。リュウさん、頼みますね」

「ああ。任せてくれ」

 サラが来られないのは想定外だったが、できる限りのことをしよう。


 モードンさんが乗ってきた馬車に揺られながら、ソルーン城を目指す。

 馬車の中で相談の内容を聞こうと思ったのだが、話すより見てもらったほうが早いとのことで詳しくは教えてもらえなかった。

 そういえば、最近はセレド様に会ってないな。モードンさんがテイクアウトを注文していくことが多くて、セレド様が直接店に来ることがなかったからね。

 まあ、領主様がわざわざ店に来てくれること自体珍しいことだ。それに、最近は忙しくされているって話も聞いているし、いろいろな事情があるんだろう。

 ソルーン城に到着すると、モードンさんに案内されてセレド様の書斎へと向かった。

 モードンさんがノックすると、

「いらっしゃい、入って」

 中からセレド様の声が聞こえたので、俺は中へと入る。

「リュウ! 久しぶりだね。よく来てくれた」

 目の前にいたのは、金髪で、高身長な……太った成人男性だった。

「お久しぶりです。セレドさ……ま?」

 本当にセレド様なのか?

 確かに、キリリとした目はそうなのだが、丸いあごのライン、そして、服を内側から押し広げる丸みを帯びたお腹。どう考えても別人にしか見えない。

「最近は店に行くことができなくて悪かったね。元気にしていたかい?」

「はい、おかげさまで。セレド様のほうも……お元気そうで」

 とてもじゃないが、「お変わりなさそうで」とは言えないな。

「それで、今日はどうされたんですか?」

 もうモードンさんが何を伝えたかったかは分かったけどね。そして、サラを呼びたくなかった理由も理解できた。

「実は、最近少し太ってしまったような気がするんだ」

「確かに多少はふくよかになった気がしますね」

 少しじゃないけど、とツッコミを入れたかったけどグッと我慢する。

「リュウもそう思うかい? 私としてはいつも通り過ごしていただけなのだが……」

 セレド様が頭を抱える。

「ちなみに普段どのように過ごしているんですか?」

「朝昼晩の食事の他に、君のところで買うポテトとたまにお腹がいたときにはハンバーガーセットを食べるよ。あとは寝る前に夜食としてポテトとか……」

「絶対に原因はそれですよ」

 毎日おやつや夜食にポテトやハンバーガーを食べていればそりゃ太る。

「そのことを他の人には言われなかったんですか?」

 このソルーン城にはセレド様の家族や、仕える人がたくさんいるはずだ。

 誰かしら注意してくれると思うけど。

「もちろん言われたが、それ以後はモードンに頼んでこっそり食べていたんだ」

「……モードンさん?」

 俺がモードンさんのほうを向くと、モードンさんは視線をらした。

 そして、俺が距離を詰めると、

「ご主人様がうれしそうに食べる姿がほほましくてつい……」

 と、白状した。

 あれだな、かわいい孫についついお菓子をあげすぎてしまう現象と一緒だ。

「でも、なぜやめられなかったんですか?」

 そこまでほうぼうから言われたら普通やめると思うけど、

「ポテトを愛しているからに決まっているじゃないか!」

 セレド様が食い気味に突っ込んでくる。

 それから五分ぐらいセレド様がポテトの魅力について語り続けた。

 ダメだと分かっているのにやめられない、まさに禁断の恋! とか言い出した時点で開いた口がふさがらなかったよ。

「今日は実際にご主人様のお姿をリュウ様にお見せして、ポテトを控えることに協力してもらおうと思いお呼びしました。私はどうも甘やかしてしまうので」

 自覚はあるみたいだね。

「そういうことでしたら、しばらくはポテトを食べるのは禁止ですね。あとハンバーガーも」

 これ以上太るとセレド様の体調に関わりそうだ。

 お得意さんだし、やりたくはないけど仕方がない。

「そこをなんとか……」

 セレド様が俺の両手を握ってきた。そこまで切実なんだな。

「ダメです。セレド様のためですから。うちのメンバーのほうにも言っておきますよ」

 これで前みたいに直接セレド様が来ても買うことはできない。

「そんな……私はこの先どうやって生きていけば……」

 セレド様はまるでこの世の終わりが来たかのように、椅子に崩れ落ちてしまった。

「また痩せてから食べればいいんですよ」

「それができるのならとっくにしていたさ……」

 セレド様のテンションがさらに下がった。まあ、確かに簡単にダイエットできるのなら苦労はしないんだよな。

「あの、もしよかったらお手伝いしましょうか?」

「本当かい!?

 セレド様が飛び起きた。

「はい、昔ダイエットをした経験があるので」

 今でこそ標準的な体型を維持しているが、実は、昔九十キロオーバーまで体重が増えたことがあった。

 大学生の頃、バイトで入ったお金をほとんど食費に使ってしまったからなぁ……。

 そこから二十五キロ以上体重を落とした経験があるから、多少は役に立てると思う。

「ぜひとも協力してほしい、そして、また私に心置きなくフライドポテトを食べさせてくれ」

「心置きなくはやめたほうがいいですけど、ダイエットについては任せてください」

「ありがとう、リュウは最高の友人だよ」

 俺とセレド様は固い握手を交わした。

 こうして、セレド様のダイエット計画が始まることになった。

 まずは、ソルーン・バーガーに戻ってサラに説明することにしよう。


 再び馬車に乗って店に戻ると、

「リュウさん!!

 サラが店の前で出迎えてくれた。

「どんな事件があったんですか? 可能な限り教えてください!」

 サラが食い気味で聞いてくる。

「大丈夫だから落ち着いて、会長室で説明するから。あと、カインとハンナを呼んでもらってもいいかな?」

 その後、事情を説明すると、

「セレド様が激太りですか……とりあえず、サート商会にとって深刻な問題じゃなくてよかったです」

 サラが胸をなでおろす。まあ、セレド様本人からすれば深刻な問題なんだろうけどな。

 ちなみに、今回のことはサート商会のメンバーにだけは伝えて大丈夫との許可はもらっている。

 領主の健康状態は政治的に重要な情報になったりするからな。それに今はまだ大丈夫そうだけど、あのままの生活を続けていたら、体調を崩してもおかしくないからね。あまり広まらないほうがいい。

「それにしても、あのセレド様がそのようになってしまうなんて」

 サラが少し残念そうな顔をする。

「でも、セレド様がそうなってしまうのも納得ですね。ここ最近、モードンさんが毎日来てましたから」

 ハンナの発言にみんなうなずく。執事服だとそれなりに目立つからな。店に来るとすぐ分かる。

 いつもポテトを買って帰っていたから、心配はしていたんだけど。

「それで、セレド様のダイエット計画はどうするつもりなんですか?」

「大きく分けると食事制限と運動の二つかな」

 あくまで個人の経験則だが、この二つが大事になってくる。どちらかを極端にやりすぎても健康に良くないから、バランス良くいかないと。

「まず、食事制限のほうで注意することといえば炭水化物とかの摂取を減らすことだな」

「炭水化物?」

 サラが首をかしげる。

「カイン君は知ってる?」

「いえ、俺も分からないっす」

 二人とも初耳みたいだな。それもそうか、炭水化物って言い方そのものが科学の概念を含んでいるからな。

「俺の故郷での食べ物の分類なんだけど、パンとか、白米みたいな穀物を指すんだ。あとはジャガイモをはじめとしたイモ類もその中に含まれるかな」

 これが主食として体のエネルギーのもとになる。

 つまり、炭水化物を取りすぎると、エネルギーを過剰に摂取することになるから太ってしまうわけだ。

 もちろん、炭水化物がすべての原因ではない。特にフライドポテトだと脂質も多く入っているからな。いずれにしても、摂取を控えることでダイエット効果が期待できるというわけだ。

「そういう考え方があるんっすね。勉強になるっす」

 カインが目を輝かせる。

「そういうわけで、カイン、野菜を中心とした献立を考えてみてくれないか? で、パンやイモは減らすように注意してほしい。ただ、完全に抜きにはしないように」

 まったく取らないのは、それはそれで健康によくないからね。

「了解っす。やってみるっすよ」

「……そうだ、献立を考えるときにある食材を使ってほしいんだ」

「食材?」

「今出してみるよ」

 俺は屋台を召喚し、収納魔法からある食材を取り出す。

「これは……豆腐っすよね? 確かリュウさんの作るしるにたまに入っている食材だった気がするっす」

 白い直方体の食材を見ながら、カインが記憶を手繰るように答える。

「うん、正解」

 さすが料理人なだけあって料理についての記憶力は確かだな。

「ということは、献立に味噌汁を入れてほしいってことっすか?」

「もちろん入れてもいいんだけど、実はこの豆腐ってこのまま食べても美味しいんだよ」

 俺は一丁の豆腐を四等分にして、その上から醤油しょうゆをかける。

ひややっこっていうんだけど、試しに食べてみて」

 そう言って、スプーンをみんなに差し出すと、

「食べ方によって名前が変わるのは面白いですね。いただきます!」

 素早くスプーンを受け取ったサラが一口食べた。

!? ひんやり、のど越し滑らかで味噌汁のときとはまた違った美味しさですね! 味がシンプルな分、お醤油との相性もばっちりです」

 サラが驚きの声をあげる。

「すごく食べやすくていいっすね!」

「これなら、セレド様も気に入ってくれるんじゃないですか?」

 カイン、ハンナの反応も上々だ。

「実は、ここからさらに美味しく食べる方法もあるんだ」

 俺は収納魔法から、長ねぎ、大葉、ショウガを取り出して、それぞれ刻んで小皿に盛った。

「追加で豆腐を出すから、これをお好みで豆腐にのっけてから食べてみて。醤油を忘れずにね」

 カインが長ねぎをのせ、醤油をかけて食べる。

「さっきとはまた違うっすね。長ねぎのシャキシャキ感がいいアクセントになるっす!!

 カインが興奮気味に語る。

「あたしはこの大葉ってものをのせてみたんですけど、今まで食べたことのない独特な風味がしますね、さっぱりした味に変わりました!」

 ハンナも上機嫌になる。

「カイン君もハンナちゃんも甘いですね。わたしはこうしますよ!」

 サラは長ねぎ、ショウガ、大葉すべてをたっぷりとよそって食べた。

「んー!! それぞれの野菜の味が混ざり合って最高の味です!」

 サラがほおを膨らませる。

 ややのせすぎな気がするけど、冷奴って薬味を食べるのも目的の一つだからな。

 その後、おのおの好きな薬味ののせ方を楽しみながらプチ豆腐パーティーになった。

「思っていた以上にお腹にたまりますね!」

 食べ終わったサラが満足げにお腹を触る。そりゃ三丁も食べればお腹いっぱいになるけどな。

「サラの言う通りお腹にたまるんだよね。それにこれは炭水化物が少なくて野菜をのせるから安心して食べられる」

 俺がダイエットをしたときには、豆腐を中心とした食事を心がけるようにした。

 それまで大量に食べていた炭水化物が豆腐に置き換わるだけでだいぶカロリーを抑えることができたものだ。

「一緒に食べる野菜でこれだけ味が変わるってことは飽きずに続けられそうっすね! いろいろメニューを考えてみるっす!」

「ありがとう、助かるよ」

「うっす! 店の新商品を考えるヒントにもなると思うっすから頑張るっすよ!」

 こうして、カインに献立を任せることになった。

「あとは運動面か……」

 誰に相談するのが一番いいんだろう?

「それなら、アレン君に頼むのがいいんじゃないですか?」

 サラがそんな提案をしてきた。

「なるほど、確かにアレンが適任だな」

 アレンは『体力』というスキルを持っている。このスキルはいわゆる冒険者が持っているような超パワーではなく、スタミナに優れているという能力だ。

「アレン、ちょっといいかな?」

 休憩室で休んでいたアレンに声をかけ、会長室に連れてきて事情を説明していく。

「つまり、セレド様のダイエットに協力してほしいと」

「うん、運動に関してはうちの商会だとアレンが最適だと思うからさ」

「確かに運動は好きですから、少しは役に立てると思います。精一杯頑張らせてもらいますね!」

「ありがとう、助かるよ」

 もちろんボーナスは出すつもりだ。

 こうして、アレンと相談しながら、セレド様向けの運動メニューを組み立てていった。

 あとはこれを実践してもらおう。


 数日後、

「師匠!! 献立が出来たっす!」

 カインが大きめの紙を一枚持ってきてくれた。二週間分の献立が書いてある。

 野菜中心のメニューが並んでいて、俺の要望通り豆腐を使った料理もあった。

「うん、これならセレド様も飽きないはずだ」

「よかったっす! それと、これが料理のレシピっす」

 カインが紙の束を手渡してきた。さすがにセレド様の料理をすべてこちらで用意するわけにもいかないからね。

 城で働いている料理人にメニューを渡して、調理は任せることにした。

 で、豆腐など俺のスキルでしか作れないものに関してはそのまま渡す形になっている。

「ありがとう。これを持ってセレド様のところに行くことにするよ」


 それから、さらに数日後、俺はアレンを連れてセレド様の城へと向かった。

「いらっしゃい。待っていたよ」

 まん丸セレド様が笑顔で迎えてくれた。

「セレド様、今日はこれから実践してもらいたい献立と運動のレクチャーをしに来ました」

 俺はカインに作ってもらった献立表を手渡す。

「野菜が多いな……」

 セレド様のテンションが下がる。

「もう少しパンがあっても……」

「ダメです。我慢してください」

 ごねてもパンは増えません。

「それと、この豆腐という食べ物はなんだい?」

「そちらについては試食をしていただきたいと思います」

 俺は屋台を召喚して、収納魔法から豆腐を取り出す。

「これは豆腐といって、ダイズから作られた私の故郷の食べ物です。クセはほとんどないので、食べやすいと思いますよ」

 俺は醤油をかけてセレド様に手渡す。

「ほう、舌触りも滑らかでとても食べやすい。そういえば、この上にかかっている醤油という調味料もダイズから出来ていると言っていたね。同じ原料から出来ているとは思えない」

 確かにセレド様の言う通り、同じものから作っているとは思えない。最初に作ろうと思った人は天才だよ。

 セレド様の反応も上々だったから、この献立でやってもらおう。

「一つだけ注意してほしいんですが、体調が悪くなったりしたらすぐにやめてくださいね」

 あくまで俺がやったダイエットがもとになっているから、他の人に合わない可能性があるからね。

「それでは、セレド様、次は一緒に運動をしましょう」

「うう、あまり動きたくはないのだけれど……」

「健康体に戻るためには仕方がないですよ。よろしければ運動できる服装に着替えていただけますか?」

「……分かった。着替えてこよう」

 セレド様は観念したように頷いた。


「着替えてきたよ」

 セレド様が動きやすい服に着替えてきた。白を基調としたシンプルな上下の服だ。ややサイズが小さいのか、むっちりしたお腹がよく分かる。

「さ、行きましょう」

 俺たちはソルーン城の中庭へと向かった。

 ちょうど、芝のようなものが生えているスペースがあったので、そこに移動する。

「それでは、セレド様。ここからは私アレンのほうからレクチャーをしていきたいと思います。はじめは準備体操からやっていきましょう」

 アレンの前に俺とセレド様が横に並んで準備体操を始める。

 屈伸をしたり、アキレスけんや腕の筋肉を伸ばしたりと、ここら辺に関しては現代の準備体操と変わらないな。

「最後にその場で駆け足をしましょう……はい、これで終了です」

 おかげで体も温まってきた。

 すると、

「うん、程よく疲れたね。それじゃあ、私は部屋に戻ることにするよ」

 と、セレド様が満足げな表情で帰ろうとし始めた。

「セレド様? 運動はまだこれからですよ?」

 後ろから肩を押さえて制止する。

「……ばれてしまったか」

 セレド様が悔しそうな表情をする。むしろ、セレド様ほど優秀な人がその作戦で帰れると思っていたことが驚きだけど。

「さて、次は十分間ランニングをしていきますよ!」

 俺たちはアレンを先頭にゆっくりとしたペースでランニングを始める。

 ソルーン城の庭には綺麗な花々が植えられていて、見ていてとてもリラックスできる。コースとしては最高の環境だな。

「はぁ……はぁ……」

 しかし、セレド様には周りの景色を見る余裕はなさそうだ。開始三分で完全に息切れを起こしている。

「セレド様、頑張ってください! 背筋を伸ばして、呼吸を整えてくださいね!」

 アレンがセレド様の横を並走しながらアドバイスをしている。

 その後も走り続けていると、

「私は……もう、限界だ」

 セレド様がすべてを出し切ったような声をあげる。まだ開始五分なんだけど。

「どうする?」

「そうですね……まだ、初日ですし、無理のない範囲にしましょうか」

 完全に足を止めてしまったセレド様の姿を見ながら、アレンと小声で相談する。

 すると、そのとき、

「お兄様!! 大丈夫ですか!!

 一人の少女がセレド様に駆け寄った。

「そ、ソフィア……」

 息も絶え絶えにセレド様がつぶやく。

「水ですわ! お兄様、早くお飲みください」

 ソフィアと呼ばれた少女がセレド様にコップを手渡す。セレド様は水を一気に飲み干すと、

「ありがとう、おかげで少し生き返ったよ」

「あの……」

「リュウは初めてだったね。紹介しよう、妹のソフィアだ」

「ソフィア・フストリアですわ」

 着ているドレスの裾を持って優雅に挨拶してくれた。

 顔立ちはセレド様にそっくりで、美しい金髪のロングヘアの持ち主だ。

 十七歳と言っていたから、セレド様から見れば年の離れた妹ということだな。

「お初にお目にかかります。リュウです。サート紹介というところを経営しています」

「リュウ様のことはお兄様から聞いていますわ。この街の危機を見事に救ってくださったとか。それにソルーン・バーガーの野菜バーガーがとても好きですわ」

 セレド様はよく俺の話をしてくれていたらしい。それに、セレド様の勧めで野菜バーガーを食べてからはそのとりこになったみたいだ。

「それは嬉しいです。ありがとうございます」

 自分の店の料理を気に入ってもらえることほど嬉しいことはないよ。

「それで、今は運動中でしたの?」

「ええ、セレド様に痩せてもらうためにランニングをしていました。ただ、セレド様の体力が限界らしいのでそろそろやめようかと……」

「それはいけませんわ!!

 ソフィア様が俺の言葉を遮る。

「リュウ様、お兄様のことは甘やかさずにビシバシ鍛えてほしいですわ!!

「わ、分かりました」

 ソフィア様の勢いに押されてしまった。

「それに、お兄様。いつまで地面に座っているのですか? 立ち上がってください」

「そ、ソフィア」

 セレド様もタジタジだ。

「いい加減、もとのしいお姿に戻ってくださいまし!!

 ソフィア様がすごい剣幕でセレド様に迫る。

「分かったよ、もう少し頑張ってみるさ」

 セレド様も渋々頷いた。

「それでこそお兄様ですわ!!

 ソフィア様が満面の笑みになる。

「それでは、私はここで見ておりますので頑張ってくださいまし!」

 こうして俺たちはランニングを再開した。

「素敵な妹様ですね」

「私が太り始めた頃から私に対する当たりが強くなってね。ちょうど反抗期なのかな」

 セレド様が愚痴をこぼす。セレド様にあんな風に強い口調で言える人はそうそういないよな。

「それでも言ってたじゃないですか。『もとの凛々しいお姿』と」

 だから絶対ソフィア様はセレド様のことが好きだと思うよ。セレド様が倒れたときに慌てて水を持ってきたということは、それだけ近くでセレド様のことを見守っていたということだ。

「そうだといいんだけど。そのためにはもっと頑張らないとね」

「お兄様ー!! そこからが勝負ですわー!!

 こうして、俺たちはソフィア様の声援を聞きながら無事、最後までランニングをやり終えた。

「さすがお兄様ですわ!」

 スタート地点に戻ると、ソフィア様がセレド様に水を渡す。

「お二方もどうぞ」

 俺とアレンにも水を用意してくれる。優しい人だ。

「さて、水を飲んで休憩できたことですし、次のメニューにいきましょう」

「ま、まだやるのかい?」

 セレド様がかなり驚いた表情をする。

「もちろんです」

 途中でソフィア様の登場があったりと、マラソンばりの密度の濃さだが、実際は十分間のランニングだったからな。

 セレド様が抗議しそうになったが、横のソフィア様の顔を見て文句を言うのをやめていた。これ以上怒られたくはないのだろう。

「では、これからは筋肉を鍛えていきましょう」

 みんなで芝生の上に横になる。

「まずは腕立て伏せからです。お手本を見せますね」

 しっかりと背筋を伸ばした綺麗な姿勢でアレンがやってみせる。

「セレド様は初心者なので、はじめは膝を地面についた状態でやっても大丈夫ですよ」

 普段から運動している人ならまだしも、太った状態のセレド様がいきなり普通の腕立て伏せをやると肘を痛めてしまう可能性がある。

 は怖いし、慣れてきたら回数を増やしたり、膝をつけずに負荷を上げていけばいいと思う。筋トレはコツコツ地道にやっていくことが大切だ。

「やってみるよ」

 セレド様が腕立て伏せの体勢にはいる。

「ふんっ」

 吐く息と一緒にセレド様が腕を曲げる。しかし、

「お兄様……」

 ソフィア様があきれたような声を出す。

「こ、これでも頑張っているんだよ」

 セレド様が力いっぱい叫ぶが、腕が震えていて、まるで生まれたての子鹿状態だ。

「最初なので無理のない範囲で頑張ってください」

 途中休憩を挟みながら、やっとのことで腕立て伏せ二十回を終えると、

「今度は腹筋です。体を無理に起こす必要はないので、お腹に力を入れることを意識してくださいね」

 アレンの指導のもと、セレド様は果敢にこのメニューもこなしていくが、まだまだ改善の余地はありそうだ。

 その後、背筋やスクワットと次々メニューを消化していった。

「三、二、一、終了です。お疲れさまでした!!

 最後に体幹トレーニングを一分間頑張って全メニューが終了した。

「今度こそ、本当の限界だ」

「お兄様、よく頑張りましたわ!!

 ソフィア様が尊敬の眼差しでセレド様を見つめる。

「ありがとう。ただ、これが毎日続くと思うと先が思いやられるよ」

「そのうち慣れてきますから。それまでの辛抱です」

 個人的にはダイエット開始直後の一週間が一つの分岐点だ。

 ここを乗り越えれば、ダイエットのための行動が習慣化できるから楽になってくる。もちろん、まだ正念場は存在するけど。

「運動も終わったことですし、そろそろ私たちは帰りますね」

「うん、ここからは自分で頑張ってみるよ」

 セレド様が決意に満ちた顔で頷く。

「お二方とも本日はありがとうございました。あとは私に任せてほしいですわ!! お兄様をきっちり見張っておきますわ」

「それは頼もしいです」

 ソフィア様のサポートがあれば、さぼることはないだろう。

 あとは、セレド様の頑張りに期待しよう。もとのカッコいいセレド様に会えるのを楽しみに、俺たちは城を後にした。



 セレド様がダイエットを始めてからしばらくったある日。

「師匠」

 休憩中、カインが声をかけてきた。

「次の定休日にアレンと一緒に浴場に行かないっすか?」

 カインによると、近くに新しく公衆浴場が出来たらしい。

「いいね、行ってみたいな」

 この世界に来てからはシャワーが基本だったからな。体をきれいにするだけだったらそれでも問題ないけど、やっぱり時々は湯船につかりたい。


 ということで次の定休日がやってきた。久しぶりの風呂だからワクワクしてきたな。

 全員が集まったところで公衆浴場に向かうと、そこはレンガ造り二階建ての建物だった。

 外から見る分には普通の建物だな。

 中に入ると、外より暖かく感じる。きっと湯船がある影響なんだろうな。

 入浴料を払い、服を脱いで中へと入ると、

「おおー!」

 真ん中にプールのような大きな浴槽があり、その周りには柱が並んでいてヨーロッパっぽい雰囲気だ。天井部分はくもりガラスになっていて、光が差し込んでいる。

 これはゆっくりできそうだ。

 体を先に洗ってから、ゆっくりと湯船につかる。

「ああぁ……」

 湯船につかると、必ずといっていいほどため息がこぼれる。

 お湯は少し熱めで、俺の好みの温度だ。ぬるめのお湯も好きなのだが、これぐらいのほうがあったまったって感じがするんだよな。

「気持ちいいっすね!」

「疲れが取れていくのが分かります」

 カインもアレンもリラックスした表情だ。

 少しの間、無言のまま天井を眺める。こうやってボーッとしている時間がたまらない。


「そういえば、アレンは休みの日は何をしているんだ?」

 湯船の段差に腰かけて半身浴をしながら、アレンに聞いてみる。

「そうですね……ランニングをしてますね」

「すごいな」

 俺は体力がないから長距離走が苦手だ。ダイエットのために走っていたときも、楽しいとは思ったが、終わった後の疲労感のほうが印象に残っている。

 やっぱりスキル『体力』持ちは違うな。セレド様のところへ行ったときも、最後までメニューをこなして息一つあがってなかったし。

「いえ、それに最近はレベッカもよく一緒です」

 カップルでランニングデートか。

「彼女、最初はあまり長い距離を走れなかったんですよ。でも、最近はだいぶ慣れてきたみたいで。なのでわいのない話をしながら街の中を。この前なんて……」

 とアレンののろばなしが始まっていった。うん、幸せそうでなによりです。

「カインのほうは?」

「うーん、やっぱり料理っす」

「仕事熱心だな」

 それだけ料理が大好きってことだよな。

「うっす。それにやっぱりハンナが俺の作った料理で喜んでくれるところを見たいっすから。あ、聞いてほしいことがあるっす、この前ハンナが……」

 といって、こちらも惚気話が始まった。うん、幸せそ(以下同文)。


 そんな風に浴槽の中で話をしていたら、すっかりのぼせてしまった。

 今度行くときには湯あたりに気をつけよう。


 次の日の休憩時間、サラに浴場に行ってきたことを話した。

「リュウさんたちも行ったんですね。実はついこの前、私もハンナやクトルたちと行ってきたんですよ」

 そっちもすっかり話に花が咲いてのぼせてしまったらしい。ちなみに何を話したかについては秘密だそうだ。よく分からないが、ガールズトークというやつか? 別に追及するつもりはないけど。

「それじゃあ私は仕事に戻りますね」

「了解。俺も確認したいことがあって、それが終わってから行くよ」

「分かりました!」

 そう言ってサラは会長室を出ていった。

「さて、久しぶりにステータスでもチェックしてみるか」

 最近見られてなかったからね。


 名前 リュウ

 種族 人間

 年齢 29

 レベル 48

 HP 9250/9250

 MP 53200/103100

 スキル 『屋台』


 創造魔法 水、小麦(薄力粉、中力粉、強力粉)、大麦、米、トウモロコシ、キャッサバ、肉(豚、牛、鶏)、卵、野菜(トマト、玉ねぎ、レタス、ナス、キュウリ、ゴボウ、ニンジン、カボチャ、ジャガイモ、ダイズ、キャベツ、ニンニク、ニラ、タケノコ、セロリ、やまいも、ショウガ、長ねぎ、青ねぎ、大葉、ソラマメ、レンコン、カブ、ブロッコリー、ゴーヤ、ワサビ、ホップ、コンニャクイモ)、果物(リンゴ、ナシ、スイカ、メロン、ブドウ、バナナ、モモ、イチゴ、アボカド、ウメ、カキ、キウイ)、キノコ(しめじ、エリンギ、しいたけ、まいたけ、なめこ)、香辛料(胡椒こしょうたかつめ、唐辛子、クローブ、シナモン、ナツメグ、ターメリック、コリアンダー、クミン、チリペッパー、さんしょう、タイム、フェンネル、セージ、ローレル、オールスパイス、フェネグリーク、花椒、八角)、ハーブ(バジル、ローズマリー)、牛乳、塩、砂糖(上白糖、三温糖、角砂糖)、油(サラダ油、ごま油、オリーブオイル、パーム油)、酒(料理酒、ワイン〈赤、白〉、日本酒、ビール、焼酎)、酢(米酢、黒酢、甘酢)、はちみつ


 創作魔法 パン(食パン、クロワッサン、バンズ、フランスパン)、ナン、うどん、スパゲッティ、白米、餅、ケチャップ、マヨネーズ、醤油、味噌、ソース(中濃、ウスター)、カレールー、トウバンジャンテンメンジャン、バター、みりん、ラード、チーズ、生クリーム、豆腐、納豆、かたくり、ラー油、こんにゃく


 調理魔法 ハンバーグ、ソーセージ、フライドポテト、カレー、麻婆マーボーどう、スポンジケーキ


 収納魔法 創作収納 収容量35


 屋台魔法 透明化、フォルムチェンジ(キッチン、テント、大砲、射的、すくい、たこ焼き、精米機、馬車)、屋台召喚、屋台増殖




 やっぱりレベルは上がりにくくなっているな。前見たときから7しか増えていない。

 とはいえ食材が増えているみたいなのは嬉しい。


「リュウさん、今大丈夫ですか?」

 会長室にいると、サラがやってきた。

「リュウさん宛の手紙を持ってきました。セレド様からです」

「ん? 手紙?」

 さっそく中を見てみると、


リュウへ

 おかげさまで少しずつだが、痩せてきている気がするよ。運動メニューにも慣れてきたし、むしろ、ランニングが心地よくなってきたぐらいだ。考えてくれた献立もどれも美味しくてまだまだ頑張れそうだ。


「セレド様からの近況報告だ。ダイエット順調みたいだよ」

 横にいるサラに説明する。

「それはよかったです」

「少しずつ健康体に戻っているみたいだし、一安心だよ」

 再び手紙に視線を戻す。


 ただ、一つだけ頭に浮かぶのはフライドポテトとハンバーガーだ。ホクホクのジャガイモと肉厚のハンバーガーが頭の中にちらついてしまうのだ。ソフィアのいないすきを狙ってモードンに頼もうとしても、ソフィアからきつく止められているといって買いに行ってくれないんだ。おまけに次の日にはそのことがソフィアにバレて怒られる。わざわざ告げ口しなくていいのに……。


 その後は、自分の人生にいかにフライドポテトが必要かが丁寧につづられていた。手紙の最後は流し読みさせてもらった。

「完全に禁断症状が出てるな」

 個人的に、ダイエットの一番の苦しみは、空腹そのものより、大好きなものを食べられない物足りなさにあると思う。

 自分がダイエットをしたときには炭水化物を抑えるために白米の量を減らしていたが、おかずを食べたときに白米を自分の思うようにかきこめないところが一番つらかった。

「よし、セレド様も食べたがっていることだし、フライドポテトとハンバーガーを届けに行くか」

「えっ、いいんですか? せっかく痩せてきたのに」

「うん、実はたまにならたくさん食べても大丈夫なんだよね」

 いわゆるチートデイと呼ばれるやつだ。ダイエットを続けていると、人間の体は少ないエネルギーで維持できるように代謝を落としてしまう。こうなると、ダイエットの効果が薄れるから、たまにたくさん食べることによって代謝を落とさないようにする、という考え方に基づいたものだ。

 あとは単純にたまに食べたいものを食べることで不満を解消する効果もある。我慢しすぎはダイエットの挫折の原因になるからね。

 ストイックにやりすぎるよりも、無理のない範囲で継続することが大切だ。

「そのような理由があるのですね。奥が深いです」

「じゃあ、明日にでも届けに行こう」

 セレド様に手紙の返事を書こうとしたそのとき、カインが俺の部屋にやってきた。持ってきたトレーにはハンバーガーが二つのっている。

「師匠。新メニューを考えたんすけど、食べてもらえますか? サラ先輩もいることですし」

「もちろん。それじゃあ、いただ……」

「しょうがないですね、わたしも味見をしてあげましょう」

 サラはやれやれという表情をしながら次の瞬間にはカインが持ってきたハンバーガーを一つ片手に持っていた。言葉と行動の不一致がすごい。

「ん? 見た目は普通だな」

「食べてみたら分かるっすよ」

 カインが自信たっぷりに言う。

「いただきます」

 一口かぶりつく。うん、いつものようにケチャップの酸味と肉のうま味がいい感じに……あれ?

「いつもよりさっぱりしてるな」

 食べてすぐ違いに気づく。

「いつもよりハンバーグがふんわりしている気がします」

 サラが目を丸くする。

 そういえば、この食感のハンバーグは前に食べたことがある気がする。

「豆腐ハンバーグか」

「さすが師匠っす! ハンバーグの中に豆腐を入れてみたっす」

 俺は日本でハンバーグを食べるときには普通のものばかり選んでいたが、確かにこれもありだな。

 むしろ、ヘルシーになって女性向けのメニューとしてかなり有力だ。

 普通のハンバーガーだとどうしても「重い」と感じる人もいるからね。そういう人たちに向けて販売するにはうってつけだ。

「開発するの、大変だったんじゃないか?」

「うっす、豆腐を入れすぎると全体的に水っぽくなるっすからね。そこはクトルたちと協力してみたっす」

 みんなで頑張ってくれたみたいだな。

「俺は文句なしの採用だな」

「もちろんわたしもです! こっちなら普通のハンバーガーよりももっと食べられるかもしれません」

 サラも賛成してくれた。

「よかったっす! それじゃあ、新メニューの仕込みを始めるっす」

 そう言い残して、カインは嬉しそうに部屋を出ていった。

「よし、せっかくだからセレド様、ソフィア様にこのメニューも持っていこうか」

 きっと喜んでもらえるはずだ。


 翌日、サラと一緒にソルーン城へと向かった。

「リュウ、サラ、よく来てくれた!」

「リュウ様、お久しぶりですわ!!

 大きい長テーブルのある部屋で、セレド様とソフィア様が歓迎してくれた。

「セレド様、ダイエットは順調ですか?」

 まだ、体型は丸いが、あごのラインなんかは少しシャープになってきたかもしれない。

「おかげさまでね」

「私がきっちり管理しましたから」

 ソフィア様が自慢げに語る。

「それで、今日は念願のフライドポテトが食べられるみたいだけど」

「はい、たっぷり持ってきましたよ」

 俺は屋台を召喚すると、かごから山盛りポテトとたっぷりのケチャップを取り出し、テーブルについたセレド様の前に置いた。

「こんなにたくさん……本当に食べていいのかい?」

 セレド様が夢見心地で俺に聞いてくる。

「ここまできて止めるわけないじゃないですか。揚げたてを好きなだけ食べてください」

 クトルに頼んでこのためにたくさん揚げてもらったからな。それに俺の時間停止機能付き収納魔法を使えば、いつでも揚げたてが食べられる。

「では、いただこうか」

 セレド様は、ポテトを一本手に取ると、ケチャップをたっぷりつけて口に運んだ。

「やっと……やっと」

 セレド様、ちょっと泣きかけてないか?

 そして、そのまま頬張った。

「これだよ、この味だ」

 セレド様がハフハフしながら言う。そして、久しぶりの大好物をゆっくりとかみしめていた。

「少しのあいだ離れていたことで、君の大切さがより一層分かったよ」

 セレド様がフライドポテトに話しかけている。完全に一人の世界に入っているな。

 それをソフィア様が冷めた目で見ていた。

「お兄様は普段は冷静で賢いお方なのに、フライドポテトのことになるとああなってしまうのです。さあ、リュウ様、サラ様。お兄様のことは放っておいて私たちも食べませんこと?」

「そうですね。それに今回は新メニューをお持ちしました」

 俺はソフィア様に豆腐ハンバーガーをお出しする。

「見た目はハンバーガーと同じなようですけど……いただきますわ」

 ソフィア様がハンバーガーを手に持って食べる。それでもご令嬢だからかとても上品な所作だ。

「これは、柔らかくて優しい味わいがしますわ!! 普通のハンバーガーも美味しいですけど、私、こちらのほうがもっと好みですわ!!

「それはよかったです」

 ソフィア様は野菜バーガーが好きって言ってたし、さっぱりした豆腐バーガーも好みなんじゃないかなと思ったんだよね。

「実は、この中には豆腐が入っているんですよ」

「まあ!! お兄様が毎日食べているあの食材が!! 本当にサート商会の発想力は素晴らしいですわ」

「褒めていただけて嬉しいです」

 カインたちにもあとで伝えよう。きっと喜ぶぞ。

 次にセレド様にもハンバーガーを出す。

「リュウ、申し訳ないのだが、豆腐バーガーじゃなくてできれば牛バーガーが食べたいのだが……」

「はい、そうおっしゃると思っていましたので、こちらは牛バーガーになっています」

「本当かい!?

「今、セレド様は豆腐をたくさん食べてますからね、今日は思いっきり好きなものを食べてください」

 セレド様の立場で考えたら、せっかくのチートデイでヘルシーバーガーは物足りないような気がしたからね。

「ありがとう……この恩は忘れないよ!」

 セレド様は口を大きく開けて肉たっぷりの牛バーガーを頬張った。

「……もはや言葉にできないくらいの感動だ」

 その気持ちはめちゃくちゃ分かる。ずっと我慢していたところに食べる脂っぽい料理は最高にうまいんだよ。

 こうして、久しぶりにハンバーガーセットに夢中になっているセレド様と一緒に、俺たちは夕食を楽しんだ。


「今日は最高だった。また明日からのダイエットも頑張れそうだよ」

 セレド様がお腹をさすりながらお礼の言葉を言ってくる。

「はい、また少し経ったらフライドポテトを持ってきますよ」

「本当かい!?

「ええ、そのためにも頑張ってください」

「引き続き私が見張りをしますわ!! リュウ様、またいらっしゃったときには豆腐バーガーを食べさせてくださいまし」

「もちろんです、お約束します。では、今日はこれで失礼します」

 これからも引き続きセレド様のサポートをしていこう。