これは、ミラノやセレネが生まれる遥か昔、まだシュバーン王すら誕生していなかった数十年前の物語。ヘリファルテ王国が大陸の天下を取りきれず、諸国は領土拡大のため、こぞって争いを繰り返していた。

そんな中、どの国からも、影の刺客として重宝された一族がいた。かつて、東の国より「異端者」と迫害され、この大陸に逃げてきた一族の末裔達。

彼らは、大陸の人間とは違う魔力の扱いに長けている。肉体や物質に働きかける大陸の魔力と違い、精神に働きかけ、一時的に別人のようにしてしまったり、人の心を衰弱させ、証拠も残さず人間を暗殺する恐るべき異能集団。

その能力を求め、全身を外套で覆い隠した、怪しげな男がある洋館を訪れていた。

ヴァルベール王国の外れにあるその建物は、壁はいばらで覆われ、まるで吸血鬼や魔女が住むような不気味さをたたえている。

男は、入口で少し逡巡した後、忍び足で洋館の敷地に入りこんだ。辺りは雑草が生い茂っているが、建物の造り自体は非常に精巧だ。決して屋敷の主が貧乏という訳ではなく、趣味でこうしているのだと推測出来る。

男は入口に立つと、扉を八回ノックし、少し間を置き、さらに十回ノックした。これは、この屋敷の主に対する暗号のような物で、依頼の時の叩き方だった。

それから少し経つと、扉が開かれた。

「うふふ、いらっしゃい」

中から姿を現したのは、妖艶な女性だった。流れる黒髪を長く伸ばし、細身でありながらも出るべきところはしっかり出ている。そんな理想的な体型をしていた。黒いローブを脱ぎ、上質なドレスを着て社交界に紛れこめば、求婚する男だらけになるだろう。

「あなたが呪詛吐きですか?」

「そう呼ぶ人もいるわね。あんまり可愛らしい呼称じゃないけど、嫌いじゃないわ」

目の前の女性は薄く笑い、男の言葉を肯定した。

もちろん、「呪詛吐き」は本名ではない。高難度の暗殺や破壊工作をいとも簡単にやってのける魔性の女。まるで呼吸するかのように呪いを吐き散らす彼女は、いつの間にか闇社会で「呪詛吐き」と呼ばれるようになったのだ。

「こんな所で立ち話もあれでしょ? 中でゆっくりお話しましょ。あまり片付いてないけれど」

呪詛吐きは踵を返し、男に屋敷に入るよう促した。前を歩く呪詛吐きから少し距離を取り、男は緊張した面持ちで後を付いていく。

屋敷の中は真っ暗で、男は躓かないよう慎重に足を運ぶが、呪詛吐きはまるで昼の野原でも歩くように、何の苦も無く廊下を進んでいく。

洞窟のような廊下を抜けると、屋敷の中心部らしき部屋に到着した。ここには小さいが窓があり、全体的に薄暗いが、少なくとも相手の表情を読み取れるくらいの明るさはある。

「そこに掛けてちょうだい。じゃあ、お話を聞かせてもらおうかしら」

部屋の中央には古ぼけたテーブルと長椅子が設置され、呪詛吐きは気だるげに腰掛け、両足を組んだ。闇の中でも眩しく見える白い脚線美に、男は思わず生唾を飲む。

「あらあら、そんなに私に興味があるのかしら? でも、私はあなた個人に興味はないの」

「い、いや! 今日は依頼で来たんだ! そういう事は……」

「うふふ、冗談よ」

からかうように呪詛吐きが笑みを浮かべると、男は吸い寄せられるように対面に座った。

「今回は、ある上流貴族の依頼でな。遺産相続のために主を亡き者にしてもらいたいとの事だ。詳細はここに記してある」

男が、依頼の詳細が記された書類をテーブルの上に開くと、呪詛吐きは、

「ん〜、暗くてよく見えないわねぇ」

などと言い、前屈みに身を乗り出した。豊満な乳房が重力に引っ張られ、豊かな谷間を作る。男は、ついついそれを見てしまう。