「うっぎゃあああああああああああー!」

一方、セレネはもう限界だった。アルエが来ると信じていたのに、とんだサプライズを食らった上、よりによってミラノに抱き締められている。力一杯抱きつかれる気色悪さで、セレネは目の前が真っ白になった。



『なあ、ミラノ王子やセレネに挨拶しなくていいのかよ?』

「やるべき事はやったわよ。それに、愛しあう王子様とお姫様の感動シーンの引き立て役になるなんて、ごめんだわ」

聖セレネ霊廟は、蜂の巣を突いたような大騒ぎになっていた。死んだはずの月光姫が蘇った。その噂で人間もエルフも狂喜乱舞している。霊廟に押しかける大量の人間とエルフを、衛兵達が必死で食い止めているのが、シンニの視界の端に映る。どうやら、自分の演出は成功したらしい。

霊廟へ我先にと駆けつける人ごみの中、フードを目深に被り、シンニはそれらの群衆とは逆方向へ歩いていく。

「やれやれ、とんだ休暇になっちゃったわね。ま、色々と貴重な体験が出来たけど」

『おい、本当にこのまま帰るのかよ? ミラノ王子に媚売っとけば、金とかもらえるんじゃねぇ?』

「報酬ならもうもらってるわ」

『聖セレネ基金の事か? いや、でもよぉ、俺としてはもっと贅沢したいっつーか……』

「鳥頭のあんたには分かんないでしょうね」

『あん? 何が言いたいんだ?』

コクマルがそう呟いたが、シンニは答えなかった。シンニが得た物は、金や形ある物ではない。それに、自分でも上手く言い表す自信がなかったし、下手に口に出せば、このひねくれた相棒に絶対にからかわれるからだ。

「じゃ、私達は帰りましょうかね。今なら聖セレネ霊廟に人が集中してるから、ヘリファルテ行きの馬車もガラガラだろうし」

『ケケケッ! 帰るって、ヘリファルテの学園へかよ?』

「何がおかしいのよ?」

『いや、だってお前、あんだけあの学園から出たい出たいって言ってたのに、帰りましょうとか普通に言ってんだもんよ』

「あっ……! う、うるさいわね! 計画を変更したって言ったでしょ! セレネを暗殺するには、あいつとお近付きにならなきゃならないでしょ! 国の中枢にいる人間に相応しい実績を付けなきゃやりづらいでしょ! いつまでも落ちこぼれ学生のままじゃ、暗殺計画が失敗しちゃうから!」

『へいへい、そういう事にしておいてやるよ』

「うっさい、バカ! 死ね!」

コクマルがニヤニヤしながら相槌を打ったので、シンニは怒鳴り返した。そう、これは必要な事なのだ。呪われた力でも、使い方次第で様々な道が開けると気付いたのだ。

コクマルの言う通り、確かに自分はガキで、狭い世界しか見ていなかった。けれど、これからは違う。あの聖なる白い少女に負けぬよう、呪われた黒き魔女のまま、奴に勝ってやる。それこそが、呪詛吐きが偉大であるという証明にもなるだろう。

そんな思いを胸に、シンニは予想通り、殆ど誰も乗っていないヘリファルテ行きの馬車に乗り込み、住み慣れた学園へと帰還していった。シンニの長い休暇は、こうして幕を閉じたのだった。



──月光姫セレネ、太陽王ミラノ、大陸の歴史において、この二人はあまりにも有名で、知らない者はいない大人物である。だが、同時代に、魔術の研究という界隈において、それら二人よりも評価の高い人物が存在した事は、あまり知られていない。

竜の襲撃で家族を全てを失う不幸に遭いながらも、それでもひたむきに研究に没頭し、独創的な魔術理論を編み出した。魔力を体外から放出し形作る技術の基礎は、彼女の理論を元に構築されている。

月光姫の親友の一人として、影のように生涯付き従った偉大なる魔女。忌み嫌われる闇の魔力を持ちつつ、その力を人々のために使い続けたその姿は、迫害され、虐げられてきた不遇の者達を勇気づけた。数百年が経った今でも、彼女を敬愛する魔術師は多い。

彼女の名はシンニ──だが、その名より、後世の魔術師の間では、別の呼ばれ方をする事が多い。呪いの力を持ちつつも、その呪いすら人々の希望に変えてしまう奇跡を起こす「祝福されし呪いの魔女」と。