祝福されし呪いの魔女
シンニの提案通り、セレネとシンニ、そして魔獣二匹は、黒メッキを施した偽黒竜ササクレの背に乗り、宵闇の中を高速で飛んでいた。目指すは聖セレネ霊廟である。
「ササクレさん、この辺りでいいわ。あまり霊廟に近付き過ぎると人にばれちゃうから」
『分かった。では、着地するぞ。落ちないように注意しろ』
ササクレは、背中に乗っている人間達を気遣いながら、少しずつ速度を落とし、平原へと着地した。霊廟から徒歩で三十分といった所だろうか。辺りは何もないただの平原で、人っ子一人いなかった。
『コクマルよ、シンニは一体何を考えているのだ? まさか、人の見ていない所で姫を害する気では……?』
『いや、それはねぇと思うが。ま、なんかありゃ俺達で止めればいいさ』
身体能力の高いバトラーとコクマルは、簡単に竜の背から降りる事が出来るので、少女二人組がササクレの背から転げ落ちないよう見張りつつ、そんな会話をしていた。
ササクレのごつごつした黒い鱗を足場に、セレネとシンニは地面へと降り立つ。こうして、セレネは二年越しに人間の住む世界へと戻ってきた。
「ササクレ、かんしゃ」
『お安い御用だ。我としても、貴様には立派に成長してもらわねば困るのでな。そしてシンニ、我は貴様も気に入ったぞ。お前のお陰で、我が覇道も随分と楽に切り開かれそうだ』
「あら、赤竜……おっと、黒竜様に褒められるなんて光栄ね」
ササクレの言葉に、シンニは素直に喜んだ。自分の呪われた力が、まさかこんな風に受け入れられるとは、つい数週間前まで思ってもみなかった。
『では、我は竜峰へと帰るが、時々はセレネの様子を見に行くぞ。その時は、シンニ、貴様も顔を出すのだぞ。この魔力が本当に永続するか、我にはまだ信じ切れておらんのでな』
「別に構わないわよ。竜に直々に指名されるなんて、人間として誉れだわ」
「ばいばーい!」
そうして、漆黒の鱗を得たササクレが飛び去るのを、セレネとシンニは手を振って見送った。後に残された二人と二匹以外、虫の鳴き声、草木がなびく音しか聞こえない。
「シンニ、なんで、ここ?」
「あんたは世間では死んだ事になってるでしょ。それがのこのこ歩いて帰ってきて、『実は生きてました』なんて、格好つかないでしょ」
「そう?」
「そうに決まってるでしょ! いい? あんたにはこれからも多くの偉業を成し遂げてもらって、立派になってもらわないと困るのよ。だから、帰還にはそれ相応の演出が必要なの」
「えんしゅつ?」
オウム返しに聞き返すセレネに対し、シンニはため息交じりに言葉を続ける。
「本当、あんたって名誉とか出世とかに興味がないのね……まあ、私の言う通りにしてちょうだい。大丈夫、悪いようにはしないわ」
「うん」
セレネは速攻で頷いた。セレネは、美少女の言う事は無条件で聞くのだ。
そうしてシンニが先導し、セレネの手を引きながら暗闇の中を歩いていく。聖セレネ霊廟に近付くと、シンニは前と同じようにコクマルを偵察に飛ばし、見張りがいないか入念にチェックさせた。
『おい、今なら忍び込めそうだぜ』
「前より警備を厳重にしたみたいだけど、お生憎様、私は暗闇のエキスパートなのよ」
シンニは悪戯っぽく笑うと、闇蛍を発動させ、自分とセレネに纏わりつかせる。気配を消す黒装束となる魔力の膜と、コクマルの偵察のお陰で、シンニは二度目の侵入に成功した。
相変わらず霊廟内には清浄な空気が漂っており、純白の棺も前と同じく安置されていた。
シンニは、棺に無造作に近付き、開封厳禁の蓋をなんのためらいもなく開けた。
「……なるほど、これが正体だったのね」
シンニは苦笑した。文字通り蓋を開けてみると、棺の中には土が詰め込まれていた。セレネが棺から這い出た時、ダミーとして入れていたのだ。セレネが土くれで出来たゴーレムなのでは、なんて考えていた自分が馬鹿馬鹿しくなる。
「ほら、コクマル、あんたも手伝うのよ。さっさとこの土を外に捨てるの。見張りにばれない様、明かり取りの窓からね」
『また俺かよ! おい、バトラー、お前もやれよ』
『別に構わんが、この娘、一体何をする気なのだ?』
『よく分からねぇけど、やれば分かるだろ』
そうして、コクマルとバトラーが協力し、バトラーが土を掻き出し、コクマルがそれを掴んで窓から外に捨てる作業を繰り返す。二匹のコンビプレーにより、棺の中は一瞬で空になった。
「よし……これでいいわ。セレネ、ここに入りなさい」
「えっ?」
唐突に謎の提案をされ、セレネは不思議そうに目をぱちぱちさせた。そんなセレネに対し、シンニが説明を開始する。
「これから、あんたを社会的に生き返らせる。そのためには、あんたはずっとここで寝てて、ある日、意識を取り戻して復活したって演出をしたいの。その方が刺激的でしょ」
「なるほど」
「明日の朝まで、あんたはこの棺の中で待機してなさい。私が異変に気付いた事にして報告をするから」
「うん」
別にセレネとしては、そのまま帰ってもいいじゃんと思ったのだが、別に断る理由もないし、サプライズを仕掛けるのも面白そうだという単純なノリで了承した。
セレネは、よいしょっ、と掛け声を上げながら棺に入り込む。棺の中で横たわると、シンニが蓋を閉じる。閉じる直前、シンニはセレネにこう囁いた。
「ちょっと窮屈かもしれないけど我慢しなさい。明日の朝、あんたの愛しい人を連れてきてあげるわ。金の髪に青い瞳を持つ、あの人をね」
「きんぱつ、あおいめ……」
『姫、あの方の事ですぞ! なんと、これはめでたい!』
それだけ言って、シンニは棺の蓋を閉めた。バトラーは念のため護衛として、セレネの棺の横に残るらしい。セレネは真っ暗闇の中、思考を巡らせる。愛しい金髪碧眼の人といえば──。
「ねえさまだっ!」
そう、セレネにとって最も愛しい姉姫アルエである。なるほど、死んだと思っていた妹が復活し、朝日に照らされた、清らかな霊廟で涙ながらに抱き合うのだ。なんと美しい光景だろう。シンニもなかなか粋な事をしてくれる。
「まだかな♪ まだかな♪」
セレネは棺の中で、今か今かと朝が来るのを待ち続けた。生きている人間が棺の中でワクワクしながら蘇りを待つというシュールな光景だった。
それから数時間後、棺の蓋の僅かな隙間から、朝日が差し込んでいるのが見えた。もう少しで、愛しのあの人に会える。そう考えると、セレネの小さな胸の鼓動が速まる。
──そして、音を立て、棺の蓋が開かれた。
「あいたかった!」
棺の蓋が開いた途端、セレネは普段のどんくさい動きから考えられない神速で、目の前の人影に飛びついた。もう、あの甘く、柔らかな感触を一秒たりとも待つ事など出来ない。
「あ、あれ?」
けれど、セレネは困惑した。抱きついたアルエ姉様は、想像に反して妙に逞しかった。つきたてのおもちのような肌ではなく、鍛えられた筋肉の感触だ。
「せ、セレネ……? 本当に……セレネなのか?」
「あるぇぇぇええぇぇぇえええ!?」
セレネは悲鳴を上げた。自分が抱きついたのはアルエ姉様ではなく、金髪碧眼の王子──ミラノであった。セレネは慌てて手を離し、逃げようとするが、ミラノは自分の胸に飛び込んできたセレネを抱きしめる。
「おうじ!? な、なんで!?」
「シンニが教えてくれたんだ。私の魔力は少し特殊で、セレネの鼓動を感じた。試しに見にいってみてはどうだろう、とね。丁度、祈りを捧げようと思っていたから来たんだが……まさか本当に……」
「えええぇぇぇえええ!?」
セレネは身をよじって何とか逃げようとするが、鍛え抜かれたミラノの筋力を振りほどくのは不可能だ。
(し、しまった!)
そこでセレネは今更ながら、自分が重大なミスを犯していた事に気付いた。すっかり忘れていたが、世間一般では女は男とくっつくものだ。金髪碧眼という部分ばかり気にしていたが、これは大変な発注ミスである。
「シンニー! シンニー!……いねぇ!?」
違う。これは注文した商品ではありません。まだクーリングオフ期間のはずだ。セレネは慌ててシンニにチェンジを頼もうとするが、霊廟内にはミラノとセレネ以外誰もいなかった。
こうなったら自分で戦うしかない。この時のために、竜峰でシャドーボクシングを繰り返し、セレネパンチを磨いてきたのだ。今こそ鉄拳制裁をこの男に!
「セレネ……本当に、本当に良かった! 君をもう離さない!」
だが、セレネパンチはミラノの強烈なクリンチにより封じられている! セレネには出す事の出来る技がない!
「うわーん! たすけてぇー!」
「本当に怖い思いをさせてしまったな。でも、もう大丈夫だ。二度とあんな恐ろしい目には合わせない。僕が……君を助ける!」
そう言って、ミラノはより強く、温かな体温を持つセレネを抱きしめた。この温もりを二度と失わないよう、強く、強く抱きしめる。そうしてミラノは目を閉じ、神の慈悲に心から感謝した。